口紅と香水
お隣さんは、とっても美人なお姉さんでした
大学生になる。
大学から近いアパートに部屋を借り、夢だった一人暮らしが始まった。
家具は両親が全て自分に選ばせてくれた。
合格は難しいと言われていた難関大学に無事滑り込むことができたお祝いに、だ。
荷解きが完了し、家具を配置して入学式を終えた。
母を空港まで送り、スーパーで買い物を済ませてからアパートへと戻った。
階段を上って自分の部屋の前で鍵を取り出し差し込む。
鍵が開くと同時に隣の部屋のドアが開いた。
出てきたのは綺麗な黒い髪をなびかせた女の人。
女の自分が見とれるほど美しい人だった。
その女性は自分に気づき、会釈をすると足早に階段を下りた。
爽やかな香りだけが残った。
しばらく立ち尽くしたままだったが、レジ袋の中でじわじわと温まっていく卵を思い出し
僅かに開けた扉の隙間からするりと室内に入った。
母が、家に入るときはこうしなさい、と何度も言っていた。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら、先ほど会った隣人のことを考えた。
あんなに綺麗な人が隣だなんて幸せだなぁ…
思わず握りしめたホウレンソウは少し萎びていた。
そうだ、両隣の人に挨拶しなきゃ
あの綺麗なお姉さんにもう一度会えると考えただけで嬉しかった。
小さいころから美しいお姉さんは大好きだ。
勿論恋愛対象というわけではなく、とにかく美しいものが好きだった。
夜になり、コツコツと階段の方から聞こえてきた。
あのお姉さんが帰ってきた!
自分の部屋の前を通り過ぎ、左隣の扉が閉まる音がした。
今すぐ行くと迷惑だよね…あともう少ししたら行こう…
いや、まず右隣の人から行けばいっか…
白い紙で包まれたタオルを手に、部屋を出た。
インターホンを鳴らす。
しばらく待っても何の反応もない。
…留守かな?
仕方ない、また今度出直そう。
じゃあお姉さんに会いに…いや、ご挨拶に行こう!
緊張しながらインターホンを鳴らす。
足音が聞こえる。
しばらくの後、扉がガチャリと開いた。
ついに…お姉さんと初会話しちゃう!!
「はい」
出てきたのは黒い髪の男の人だった。
眼鏡をかけ、こちらを不審そうに見ている。
あれ…?
「お姉さんは…」
「は…?」
「あっ、いえ、あの、隣に越してきました!九重と申します!
よろしくお願いします…これ、つまらないものですが…」
「ああ、隣に越してきた子か。ん、よろしく」
「そ、それじゃあ私はこれで…」
そう言って踵を返し自分の部屋の扉を開ける。
「ねえ」
突然背後から声をかけられびくっとしながら振り向いた。
「な、なんでしょうか…」
「これ、ありがと」
顔を半分だけ覗かせてタオルをひらひらと振り、男の人は扉を閉めた。
自分もおずおずと部屋に入り、ベッドに腰掛けた。
まず初めに、
お姉さんが出てくると思ったら男の人が出てきた。
左隣の人はお姉さんではない。
つまり隣に住んでいるのは男の人で、あのお姉さんは彼女か姉弟。
…なーんだ、綺麗なお姉さんの隣になれたと思ったのに…
でもまぁ、なかなかのイケメンお兄さんだったからいっかぁ…
お姉さんにはまたいずれ会えるだろうし。
そうだ、ゲームしよ。
今夜は発売されたばかりのゲームをやり込んで朝を迎えるつもりだ。
口紅と香水