おしっこ王子とうんこ大王(3)

三 お腹工場

 午前中の授業が終わり、僕のお腹がぐうと鳴った。偶然にも、授業の終了のベルに合わせて音がしたので、他のクラスメイトには気がつかれなかった。ただし、隣の席の孝君に聞こえたみたいだ。横腹を指で突かれたからだ。
「さあ、昼食の準備ですよ」
 先生の声で、みんなが椅子から一斉に立ち上がり、エプロンを付け動き出した。

「大王、お米が運ばれてきました。でも、お米の形のままです」
「いつもこうだ。もう少し、歯で噛みつぶしてもらわないと、消化に時間がかかってしようがない。それに、栄養分だって吸収しにくい。折りを見て、歯には、よく咀嚼するように、わしから注意しておこう。とりあえず、目の前の課題を解決しないといけないな。すぐに、その流線型をべとべとにすりつぶしてしまえ。えっ、既に、ごはんがべとべとだと?」
「黄色いじゃがいものかけらも転がっています。その傍に、同じく黄色みを帯びた赤いにんじんがひっついていました」
「これらの状況から判断すると、今日の給食はカレーライスか。わしの大好物じゃ。豚肉はないか」
「ばらばらになっていますが、筋を発見しました」
「よし、ごくろう。皆の者、ひとつぶの炭水化物も、タンパク質も、ビタミン類も見逃すなよ。見つけ次第、粉々にして、全て吸収してしまうんだ」
「おー、大王」
 家来たちは、かなづちやカンナ、ツルハシやスコップなど、大工道具や建設用具で、食べ物を細かく砕いたり、すりつぶしたりした後、栄養素などの必要な物と、残りかすなどの不必要な物とに分離すると、タンクの中に放り込んだ。

 今日の給食は、カレーライス。僕の大好物だ。家でも、よくお母さんが作ってくれるけれど、学校で、友達と一緒に食べるカレーライスも、また、一味違って美味しい。特に美味しいのは、キャンプの時の飯合炊飯だ。食事は、食べ物の味だけでなく、雰囲気も大事なんだ。もちろん、これは、お母さんが大好きなテレビの旅行番組からの受け売りだ。さあ、最後の一口だ。僕は、スプーンを口の中に咥え、両唇でサンドした。口の中から出てきたスプーンは、銀色に光っていた。僕の満足そうな顔が、スプーンの鏡にひときわ拡大して映っている。

 大王と呼ばれている茶色の男(?)は、胸を張り、腰に手を当て、周りの自分と同じ姿形で、ひと回り小さい者たちに、指揮・命令していた。
「王子、そちらの様子はどうだ?」
 大王は、ふと反対側が気になったのか、振り返った。そこには、黄色で、同じく人間の形をしているが、体が液体の少年がいた。
「こちらも、順調に進んでいます」
 周りには、王子と同じ形をした家来たちが、ホース持ち、流れついた食べ物から水分を吸収している。
「よし、ごくろう。この十五分間が勝負だ。作業が終われば、僕たちも昼食だ。みんな、頑張ろう」
「おー」
 液体の家来たちが、声を合わせ、ホースを頭上に高く掲げた。

 給食の残りは、後、牛乳ひとビンだけ。みんなは、カレーライスを食べながら、牛乳を飲んでいる。だけど、それでは、口の中で、カレーライスと牛乳が混じり合ってしまい、それぞれの本来の味がわからなくなってしまう。だから、僕は、いつも主食を食べ終えた後、牛乳を一気飲みしている。
「辛くないのかい?ハヤテ君は大人だな。僕はいつも交代、交代で、食べたり飲んだりだよ」
と、友人の中西君から感心される。僕は、それほどでもないよ、と胸を張る。確かに、それほど大したことではない。
 さあ、ラストを締めくくる牛乳だ。椅子から立ち上がる。牛乳の蓋を開け、腰に手を当て、足は肩幅の広さに開き、背筋を伸ばし、不動の態勢で、一気に飲みほそうとした。
「待ってくれよ、ハヤテ君」
 隣の孝君が続いて立ち上がった。僕の周りの村上君も、横井君もすくっと立った。その他のクラスメイトも続いた。教室を見回すと、今日の牛乳一気飲み参加者は十五人。毎日、一人ずつ、参加者が増えている。
「いくぞ。それ!」
 僕の掛け声とともに、十五本の牛乳が、お腹めがけて、一気に流し込まれていく。喉仏が急いで上がったり、下がったりするとともに、白い牛乳瓶の向こう側に、教室の黒板や花瓶などが現れて。ガラス瓶に、牛乳を飲んでいる僕たちの姿が映る。一人、二人、三人、四人、五人。それ以上は映らない。さあ、今日は、誰が一番に、牛乳を飲みきるかな。クラスの牛乳早飲みギネスに挑戦だ。

 働いている者たちの掛け声が終わるやいなや、大量の水分が流れてきた。牛乳の洪水だ。警報まではいかないけれど、注意報に値する。
「みんな、流されるな。僕たちの成長のためのカルシウムだ。一滴残らず、吸収してしまおう」
 王子は体が小さく、まだ少年だが、部下の先頭に立って、ホースを構えている。
「みんな、王子に続け」
 王子のすぐ後ろにいる筆頭家来が声を張り上げた。だが、以外に、牛乳の波は激しい。一気飲みで勢いがついているためか、足元を掬われ、ホースを持ったまま流される家来たちもいる。液体だけに、踏ん張りが効かないのだ。おしっこ軍団の危機だ。
「よし、わしたちも応援するぞ」
 大王が王子の前に立った。
「皆ども、手をつないで、壁を作れ。牛乳の洪水に立ち向かい、勢いを止めるんだ」
「おー」
 さっきよりも勇ましい声がする。うんこ軍団の家来たちが、壁を作り、牛乳の流れを防ぐ。大波を打っていた牛乳は、壁に当たり、跳ねかえった。
「いまのうちだ。みんな、吸収するんだ」
 王子の檄が飛ぶ。おしっこ王子の家来たちが、ホースを構え、牛乳をどくどくん、どくどくんと吸いこんでいく。遥か彼方の壁に流されていた家来たちも、牛乳の海の中を泳ぎながら、元の位置に辿り着く。軍団の大勢は整った。あんなに大量にあった牛乳も、あっと言う間に吸収できた。足元には、牛乳溜まりもない。団結の力だ。
「みんな、よくやった」
「ありがとう」
 大王も王子も、うんこ軍団の家来たちも、おしっこ軍団の家来たちも、体中白くさらされながらも、顔は達成感に満ち溢れていた。緊張した顔が笑顔に変わった。
「よし、これが、多分最後の給食だろう。まだ、栄養分を吸収しきれていない食物が残っているはずだ。見落とすな。これが終われば、休憩にはいろう。後、もう少しだ。頑張ろう」
「おー」
 両軍団の家来たちは、最初の持ち場に戻った。しばらくすると
「大王、王子。すべての食べ物を粉砕し、栄養分を吸収しました。作業は完了です」
 二人の前に、両軍団の筆頭家来から報告があった。
「お疲れさま。当分の間、休憩だ。さあ、この栄養素を体全体に送るぞ」
「はい、了解しました」
 別の家来が、栄養素が蓄えられたタンクのポンプを押し始めた。血液を通じ、体中に行き渡る炭水化物やタンパク質にビタミン類。「体よ、このエネルギーを有効に活用してくれ」
 大王や王子、家来たちは、願いを込めながら、最後までこの様子を満足そうに見つめていた。

 楽しい給食も、休憩の中の遊びの時間も終わり、午後の授業が始まった。さっきは、あんなに膨れていたお腹も、今は、元通りだ。先生が教壇の前に立って、黒板に字を書いている。最初は、字がはっきりとしていたのに、次第に、象や亀に見えてくる。目がぼやけてきたのか。おかげで、漢字やひらがなが物の形から生まれたことを思い出した。目だけではない。先生の声もだんだんと小さくなっていく。僕が、この教室から離れて行ってしまっている。僕の耳が年老いたのだろうか。給食を食べた後で、エネルギー充填百パーセント、体に力が漲ってくるはずなのに、何故だか、眠い。まだ、各細胞に栄養が行き渡っていなせいだろうか。少し休めば、回復するだろう。変に納得して、僕は机に突っ伏した。

「大王。わが体の主はどうでしょうか。ちゃんと、勉強しているでしょうか?」
「もちろんだ、王子。そのためにこそ、わしたち一族は、こうして、休む間もなく、二十四時間体制で、頑張っているんだ。わしたちの働きは、体の主も認識しているはずだ」
「でも、今朝の出来事のように、僕たちにあいさつなんかしてくれませんね」
「あたりまえだと思っているんだ。だからこそ、今朝は、意見してやったんだ。これからも、どしどし、発言するぞ。王子、お前も頼む。それが、主のため、わしたちのためになることなんだ」
「はい、わかりました。大王」

おしっこ王子とうんこ大王(3)

おしっこ王子とうんこ大王(3)

三 お腹工場

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-15

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