チョコレートマジック〜恋と魔法とチョコレート〜

魔法のお菓子

私が作る甘いお菓子は魔法のお菓子。
バレンタインに私が作ったお菓子を持って告白すると、恋が実るという。

あなたが私に微笑みかけて、「欲しいな。」なんて言うものだから、作らないといけない気がしたの。


バレンタインデーが近くなると、きまって恋する女の子達は、学校のある場所に集まるのだった。

「千由~!」
「千由ちゃんは?」
「千由先輩は!?」
女の子達が集まるその場所とは、甘い匂いのする家庭科室。

「あ…」
ちょっと出ている間にまたこれだ。
「あっ千由戻ってきた!みんな待ってたんだから!」
「う…うん。」
みんなが私の元に集まるのには理由がある。
「みんなご利益に預りたいんだな。」
それを聞いてみんなが振り向いて彼を見た。
たくさんの女子が家庭科室に集まる中、一人浮いている存在。

「智史じゃん。…てか
あんたはなんでここにいるの?」
クラスの女子が部外者は黙っててと言わんばかりに話す。

「渡邊のお菓子を食べにきただけ。」

さらっとそう言ってのける彼は、
麻生智史くんだ。男女関係なくみんなから慕われている彼は、サッカー部のエースなんだとか。
うちのサッカー部の人気ぶりは、尋常じゃないらしい。見に行ったことがないからわからないけれど。

「……。」
何も言えないで突っ立っていると、その空気を断ち切るように女の子達は、私に言った。
「千由!ところでチョコの件だけど!」
「はーいあたしもあたしも!」
「私こんなチョコクッキー作って欲しくて切り抜き持ってきたの!」

「…みんな順番ね…。」
私は苦笑いを浮かべながら、一人一人私に作ってほしいお菓子の相談をしたのだった。


「千由ありがとー!14日はよろしくねー!!」
「うっ…うん…。」
最後の一人を見送った後、私は小さくため息をついた。

「今日は何人ここに来たの?」
「34人…。」
「去年の倍くらいか…。」
「だねぇ。」
智史くんにお茶を渡しながら、私はしみじみと話す。
彼が気にすることもなくここに居座っているのは、今に始まったことではない。
1年前くらいからずっとこの調子だ。

私はお菓子作りが趣味で、のびのびと調理が出来る家庭科室を毎週借りて趣味を楽しんでいた。智史くんは、ずっと前から私の作るお菓子が大好きで、部活の日は外から、休みの日は家庭科室に来て何かしら食べて帰っていく。

「バレンタインデーか…。みんな彼氏ほしいんだなー。」
「彼氏が欲しいというか、好きな人がいるんだよ。」
「2月14日に渡邊の作るお菓子を持って告白すると、恋が実るかー。」
「誰だろうね。最初にそんなことを言ったのは…。」
「でも実際バレンタインデーに、渡邊
の作ったお菓子を持って、告白してOKもらえた人多いらしいじゃん。」
「正直に自分が作ったお菓子じゃないって伝えて告白する子は、100%実るっていう噂も聞いたけどね。100%って何かの間違いだと思うけど。」
「今年の人気はチョコケーキですか。」
「去年は、生チョコだったよねー。今年はスポンジ焼くの大変だなぁ。ここのオーブン全部使っても3回は作らなきゃ。」

「でも断らない渡邊は優しいな。」
「え?」
「俺もほしいな。」
「……。」
私は目をパチパチとさせてしまう。
「ははは、そんな驚いた顔するなよ。」
「……どんなのがほしいの?」

彼は冗談ぽく話すけど、顔は真剣だったものだから、困惑してしまった。でもとっさに彼の希望を聞いてしまった自分の行動の早さの方が驚いた。

「んー。どんなのも渡邊の作ったものが美味いのはわかってるんだけどさー。こう愛が伝わってくるようなお菓子?」

「……。」
「だからそんな驚くなって。」

彼はどういうつもりで、こんなことを言うのだろう。
愛が伝わってくるって…本気なの?それともからかってる??


私の作った菓子は、恋が実る魔法のお菓子。


私が自分で作ったお菓子を持って、智史くんに告白したら、実るのだろうか??

100%実るなんて言われているくらいだから、十分にあり得る。
でも智史くんは、それを踏まえて言った言葉なのだろうか…。

智史くんは、お菓子欲しさに私に甘えているのか、それとも……どうぞ告白して下さいという合図なのか…。

全くわからないよ。


「ねぇ。渡邊ってさ、普通に料理するのも得意なの?」
「うん。まぁ。家では普通に作るよ?」
「お弁当食べたいなー。」
「え?」
「唐揚げに玉子焼きはやっぱ王道だよね?後はエビフライにハンバーグに…。」


「……。」
「あ。俺の妄想に飽きた?」
「飽きたも何も妄想だったの?」
「さあ?」
とらえどころのない返答に困惑するばかり。
でも私はそんな彼と過ごす時間が好きだった。
普段は一人で動くことが多い私に、
面白い時間を作ってくれた。
楽しい空間を作ってくれた。
新しい風を吹き込む、そんな存在だった。


彼はとても人気があって、たくさんの人に好かれている。
好きだなんて恐れ多くて言えないけど、好きになってくれたらいいなとは思う。

恋とランチとチョコレート


「寒いなー。」
独り言を言ってみる。
ざくざくと、雪の積もる道路を転ばないように歩く。
今日は荷物が多いから余計脚を取られてしまう可能性が高い。

土曜日の朝、私は学校への道のりを一生懸命歩いていた。
土曜日に学校に行ったことなんてほとんどない。
だけど智史くんが今日は部活だって言ってた。
私は彼が言った冗談?をなかったことにはしなかった。

「お弁当食べたいなー。」
「え?」
「唐揚げに玉子焼きはやっぱ王道だよね?後はエビフライにハンバーグに…。」

昨日の出来事を振り返ってみる。
智史くんにとっては何気ない、いつもの冗談だったのかも。

ズルっ…!
「うわぁっあっ!!」
路面が凍っていて転びそうになる。しかし今日ばかりは転ぶまいと集中して歩く。
「くずれてないよね?」
私は大きなバスケットを開けてみる。この時期に相応しくないピクニックに行くようなバスケット。
本当はもっと良い入れ物があればよかったんだけど、大量のお弁当を作ったことなんてなかったから仕方ない。
「玉子焼きくずれちゃったらどうしようかと思ったよ…。」

あの短い時間で智史くんが食べたいと言っていた物は全て詰まってる。
なかなかのリサーチ力だ。
智史くんが何気なくいったのかもしれない「お弁当を食べたい」という希望を叶えに来たのだ。
ただ彼が喜んでくれることを望んで。

私が向かったのは体育館。冬の間は体育館で練習を行っているんだとか。
ドアを少しずつ開けてみると、部活生の熱気が感じられた。
「あ…。」
体育館ではサッカー部のミニゲームが行われていた。
やっぱり彼は目立つなぁと思った。
自分が無意識に智史くんを探している?それもあるかもしれない。
だけど、やっぱり彼には人を魅了するオーラがあった。
土曜日だというのに、観客が多い。
うちの学校のサッカー部は人気があるって話は本当だったらしい。

「智史ーガンバー!和稀もー!」
サッカー部と言えば、麻生智史と桑原和稀だって、私のお菓子を頼みにきた女の子が言っていた気がする。
確かに2人は輝いているように見える。

そんなことを考えながら、ドアの前で突っ立っていると、
「千由ちゃんだ!」
ミニゲームが終わると同時に、声を掛けられた。
「……桑原…くん。」

桑原くんと私は同じクラスだけど、話したことはほとんどなかった。千由ちゃんだなんて言われるような関係じゃ毛頭ないのに、当たり前のように声を掛けられ、驚いてしまう。

「どうしたの?」
「え?えと…」
智史くんに会いにきたとも言えず、どう答えようかと迷っていると、
「千由!」
後ろからさらに大きな声が聞こえた。
「智史くん…。」
「何してんの?」
「え?うんと…。」
なんて応えようかまたまた言葉に詰まってしまった。
千由って呼ばれたのは初めてで、ちょっとドキドキしている自分がいる。

「何この大きなバスケット。お!?これ!昨日言ってたやつじゃん!」
「え…あ…。うん。作ってみた。」
「やっぱり千由だな。絶対作ってくると思ってたんだ。」
「え?」
「だから今日、昼飯なんにも持ってきてないんだよ。」
「え!?私きてなかったらどうしてたの!?」
「だーかーらー信じてたんだって。」
「あのー。」
私達の言い合いを見兼ねてか、桑原くんが声をかけた。
「千由ちゃんのそのお弁当、とってもおっきいけど、俺たちの分も作ってくれたってこと……」
桑原くんが言いかけた時、
「あああーー!!!千由早く行こう!あっちで食べよう!」
「えええ。ちょっと…」
智史くんに押されて、体育館を出された。


「もう…。そんなに欲張らなくても、 いっぱい作ってあったのに。」
いつものように家庭科室にやってきた私は、智史くんに文句をいいながら、お弁当を並べる。

「あいつらに食べさせるものはないんだよったく。」
と、よくわからない文句を智史くんが言いながら、私の作った唐揚げを食べる。
「みんなと仲がいいんでしょう?そう思って作ったの…」
「うめえええええ!」
話を遮って、興奮した様子で話しだす。
「え、あ…ありがとう…」
自分が望んだ通りの反応が待っていた。
「玉子焼きも美味しいし!ハンバーグも…美味しい!」
智史くんは夢中で、お弁当を食べた。
2人で食べるのもいいなぁなんて思いながら、智史くんを眺めていた。やっぱりお弁当作って来てよかったな。

結局一人でこんなに?って思うほど智史くんは平らげた。
「こんなに食べて…。この後も練習あるんでしょう?」
「うん。しばらくは動けそうにない。」
「…………当たり前過ぎて何も言えないよ。」
私は温かいほうじ茶を入れると、智史くんに渡した。

「ありがと…でも残っちゃったなぁ…。」
残念そうにする智史くんが、なんか可愛くて、私は引き出しからラップやパックを取り出しおかずやおにぎりを詰め始めた。
「それっどうすんの!?まさか、和稀にやんの!?」
智史くんが慌てたようにして勢いよく立ち上がる。そんな智史くんに驚いてしまって私は固まってしまった。
「………そんなに慌てなくても。」
「いや…。」
「心配しなくても、全部智史くんにあげるよ。練習終わってから食べてもいいし、智史くん弟いるんでしょ?よかったら家族で食べて。」
「まっマジで!ありがとう!」
「こんなに喜んで食べてもらえると、私も嬉しいよ。」
「ふー。焦ったー。」
「そんなに桑原くんに食べられるの嫌なの?」
「嫌だ。」
いつものらりくらりの智史くんが珍しく素直に答える。
「何でよ。私、桑原くんと話したことなんてほとんどないんだよ?さっきも千由ちゃんとか言われてびっくりしちゃったよ。」
「…和稀はそういうことが出来るやつなの。というか俺は…。千由の魅力に和稀が気づいて欲しくないし、和稀の魅力に千由が気づいて欲しくないんだよ。」
「……なんかさらっとすごいこと言わなかった?」
「さぁ?」
いつもの智史くんに戻ってしまう。



私のこと好き…でしょう?



そんな自分本位な考えが頭の中をぐるぐるぐるぐる。
良い雰囲気だなって思うと、やっぱり私のこと好きなんじゃないのかなって勘違いしてしまうよ。

告白してくれないかな。
そんなことも考えてしまった。
付き合うなんて恐れ多いってつい最近まで思っていたのに。

「じゃあそろそろ練習戻るわ。」
「えっあっ…。」
「お弁当ありがとう。」

智史くんが行ってしまう。
どう表現したらいいかわからないけれど、このままじゃ終わりたくなくて。
「お菓子!」
「え?」
「お菓子!どんなのがいい!?」
「…っとどんなのって?」
「ケーキとか、クッキーとか!えと、その…やっぱり好きなお菓子の方がいいかなって…」

引き止めるような話題がないけれど、
このまま終わるのは嫌だった。
つい口走った言葉が渡すお菓子のこと。

慌ててる私を見て、智史くんは微笑んで、
「楽しみに待ってる。」
と言った。
智史くんは、この意味ちゃんとわかってるよね?
私が作ったものをあげるということがどういうことなのか。
その日から私は、智史くんにあげるお菓子を考え始めた。

とんだ珍客


2月14日。
男も女もみんながそわそわする日。
去年はチョコを約束の時間までに女の子に渡せるだろうかとそわそわしていた私だけど、今年は違う。
自分も他の女の子と同じ立場だ。
今年は昼に渡す組と夜に渡す組の時間を逆算し、いつ自分が智史くんに渡すお菓子を作れるか念入りに計算したスケジュールで挑むのだ。
とても忙しいスケジュールだけど、どうにかして使命を松任する。

………はずだった。


朝5時。冬の5時はまだまだ暗い。今日はいろいろな人に頼み込んで、朝早くから家庭科室を使わせてもらえることになった。
冷えきった校内に入って、私はお菓子作りの準備をするため、先を急いだ。
でも何かがおかしい。家庭科室に近づけば近づくほど、

………なんだか暖かい。


私が5時から使いたいと頼み込んだから、用務員さんあたりが、ストーブをつけてくれていたのだろうか。
不思議に思いながら、ドアを開けると、暖かい空気が全身に広がる。
「あっ千由。おはよう!」
彼がいたことの驚きで、一気に眠気が覚める。

「智史くん!?」
「おはよー。すぐ使うのかと思って、いろいろと準備してたんだよ。」
「え?」
なんでそこにいるのか、意味がわからなかった。智史くんの考えていることが全くわからない。これから私はバレンタインに渡すチョコレートを作るのだ。
この場に男は一番相応しくない。

「なっななんでいるの!?」
私が驚いてその場から動けないでいると、智史くんは微笑んで、
「早く取り掛からないと、みんな来ちゃうよ?」と言った。
答えになってないよー!と思ったけど、本当に時間はなかったので、もう作業にとりかかるしかなかった。

「じゃあ俺、砂糖の分量計るわ。」
「あっありがとう!よろしくね。」
智史くんはこぼさないように慎重に作業していく。
前からそんな気はしていたけど、すごく智史くんは器用だった。
肝心な部分はちゃんと私がやったけど、簡単なことは智史くんが手伝ってくれて、思いのほか早く終わった。
これなら、私のお菓子作りにも時間が出来そうだ。

「智史くん、私ちょっと買いたいものできたから、ケーキ見ておいてもらってもいいかな?」
「えっ買い物いこうか?」
「ううん、自分で見て買いたいから、お願いします!」
「そっか。了解。気をつけて。」

私はそういって急いで旧校舎に向かった。一人で作業をする予定だったから、みんなのケーキを焼いている途中で、自分のお菓子を作る予定だったのに、智史くんが現れるから予定がくるってしまった。
旧校舎の家庭科室もまだ使えることは知っていたので、私は急いでお菓子作りに取り掛かった。

考えに考えて私はフォンダン・ショコラと、トリュフを作ることにした。
みんなには申し訳ないけれど、自分の料理技術を活かすことの出来る気合いの入ったチョコを作りたいと思った。

みんなのとは違うあなただけのために作るチョコレート。彼が嬉しそうに受け取ってくれること信じて。願いを込めながら楽しく作った。



急いで智史くんの元へ戻ると、もう行列が出来ていた。
「えっえっ!?」
私はその行列を呆然と眺めた。
「千由!ようやく帰ってきた!だいぶみんな取りに来てる!とりあえず名簿に受取サインもらって、お金受け取っといたけど!はやく!」
「えっあっ智史くんごめんね!?ありがとう!」
私は急いで他の子にチョコレートを配る。
「千由ありがとう!」
みんなが嬉しそうに受け取っていく。
それを見るだけで私はとても幸せな気分になった。
「告白頑張ってね。」
「千由先輩ありがとうございます!あのっこれから、憧れの先輩に告白するんですけど!なんか言葉をかけてもらえませんか?千由先輩のおまじないは強力な気がするので。」
「えっ!?」
「そうだよ。千由お願い!」
みんなが期待の眼差しで私を見る。
「えっえっと…。」
そんな展開になると思っていなくて、私は焦ってしまう。
しどろもどろになっていると、智史くんが後ろから微笑みながら言った。
「千由の思った言葉でいいんじゃない?」
「…私の言葉?」
「っそ。今日、みんなに渡すまでにいろんなこと考えただろ?自分に見返りがあるわけでもなく、大量のケーキ焼いてさ。朝早くから頑張って用意して。でも千由はちっとも嫌そうじゃなくて、みんなに頑張ってほしくて、願いをこめながら一生懸命作ってたように俺は思うけど?」
「………。」
「作ってたときに思ってたこと、そのまま、伝えてあげたらいいんじゃない?」
智史くんがそんな風にみててくれたと思うと、恥ずかしいような…でもとても嬉しかった。
「えっと…私のチョコレートがなんで、恋の叶うチョコレートって言われるようになったのかなんて、全然分からないんだけど。……でも1人でも多くの人が笑顔になったらいいなって思って、心を込めて一生懸命作りました。このチョコレートが少しでもみんなの後押しになっていれば嬉しいです。結果はわからないけど…味は保証します!」
最後のところでどっと笑いが起きる。
「どうかみんなが幸せな気持ちになっていただけますように。」
最後にそう伝えるとみんな笑顔で、
「よーし!千由頑張ってくるね!」
「千由先輩いってきます!」
と出て行った。

魔法の効きめはいかが?


「みんな…嬉しそうだったな。」
「…うん。」
「なんか…俺も嬉しくなったよ。」
智史くんが本当に嬉しそうに話してくれて、こっちも本当に嬉しかった。
「よーし。」
「千由?」
「智史くんちょっと待っててね。」
「ん?」
私はさっき完成した智史くんにあげるお菓子を取りに、急いで旧校舎に戻った。
これから智史くんにお菓子を渡そうと思う。
これから告白するたくさんの女の子に元気を貰ったから、私も頑張るよ。

急いで戻ると、家庭科室から声が聞こえた。
まだ誰か渡してない人いたっけ?と思いながら、家庭科室を覗いた。
そこには智史くんと、今日チョコレートケーキを渡した女の子のひとりが楽しそうに話していた。

「智史先輩。あのっ、私…智史先輩のことが好きです。付き合って下さい。」
差し出されたものはもちろん私の作ったチョコレートケーキ。
「……。」
何が起こってるかよくわからなかった。
もちろん智史くんはモテるし、いろんな人に告白されているという噂を聞いたことがある。
けれど、私のお菓子を持った女の子が告白するというのは想定してなかった。
だって私の作るお菓子は…。


ダメ!受け取らないで!受け取っちゃダメ!

私はとっさに思った。
しかし智史くんは…。
「ありがとう。」
と言って受け取ったのだった。

「………。」
何が起こったのだろう。
私は何も考えたくなくて、その場をすぐに立ち去った。

智史くんがチョコレートケーキを受け取った。


私が作る甘いお菓子は魔法のお菓子。
バレンタインに私が作ったお菓子を持って告白すると、恋が実るという。

それならさっきの告白は…。

旧校舎に戻って、丁寧にラッピングした自分のお菓子を眺める。
どうにも出来ないこの思い、やり場のない気持ちにどうしていいかわからなくなる。気持ちに整理がつかなくて混乱している。
これは現実なのだろうか。

だって智史くんは私のお菓子を楽しみに待っていたはずだった。
今日私が何か智史くんにあげる予定があることを絶対に知っているはずなのだ。

私は旧校舎を動けずにいた。考えれば考えるほど、涙が止まらなくなったから。
本当は何かの勘違いなのではないかと都合のいいことを考えた。


智史くんがケーキを受け取ってから3時間ぐらいが立って、すっかり夕暮れになった。さすがに3時間経つと、泣き疲れた。
携帯を眺めると、着信がたくさんある。それは今日私のケーキを持って告白した子たちの喜びのメールだった。
「千由!うまくいったよ!ありがとう!」
「先輩!告白成功です!なんか!どうしよう!よくわかんない!!とにかくありがとうございました!」
みんなの嬉しそうな声がメールごしに伝わってきて、嬉しいような、寂しいような複雑な気持ちだった。だってみんなの恋が叶っても、私の恋は叶わない。

「もう、智史くん帰っちゃったかな
…。」

当たり前だ。智史くんは、あのケーキを受け取ったのだから。
私のケーキを食べてきっとどこかにあの子と遊びに行ったに違いない。

「あーあ。力作だったのに…。」
私は智史くんへあげるはずのお菓子の箱を両手で振り上げた。
泣き疲れたと言ったそばから、涙が出てくる。
「…っこんなものっっ!」

投げようとしたのに、急に持っていたはずの箱の重さが消えた。
振り返るとそこには…

「智史くん。」
「何してんだよ。」
智史くんの顔が怖い。
「………。」
「何しようとしてたんだよ!」
怒鳴られてびくっとしてしまう。いつもの柔和な智史くんとは全く違った。
「……何でいるの?」
「答えになってない、今お前何しようとしてた?自分で作ったもの…めちゃくちゃにしようと…」
「だったら何?智史くんに何か関係あるの!?」
智史くんが言い終わる前にそう叫ぶ。
「…お前の作ったお菓子は、どれも大切に心を込めて作ったものだったよな。みんなが幸せになれるように願って作ったものだったよな?それをめちゃくちゃにするするのかよ?」
「…私の願いは叶わなくても、他の子たちにの願いは叶ってるよ…。それで十分だと思う。」
「何だよ。千由の願いは叶わないって…。」
「……もういいの。終わったことだし。」
「終わってないだろ。はっきり言えよ。」
「………」
本人に言うのは気が引けた。だって本当のことを言うのは、告白することと一緒だから。そして失恋を改めてしなければならない。
「千由っ!」
「……。」
「言え!」
「……っ智史くん…さっき告白されて私のケーキ受け取ってたよね?家庭科室で見た!私の作ったお菓子を持って告白されるとどうなるかなんて噂、智史くんが知らないはずないよね!?
それを知ってて受け取ったのはどういうことなの!?これ…確かに智史くんに渡す予定だったお菓子だよ。楽しみに待ってるって言ってくれたよね……。でも!!いらないってことなんだよね!?」
私は泣きながら、半分怒ったように叫んでいた。

智史くんを見つめると、真剣な表情に変わって私に言った。
「ずっとこの日を待ってた。ずっと…千由のチョコが欲しかった。」

「………。」
「俺だって今日、千由から貰えるだろうって期待してたし、楽しみに待ってた。確かに告白されてケーキを受け取ったけど、付き合うことは出来ないって断ったよ。」

「え……。」
急に心が晴れていくような感じがする。智史くんがあの子と付き合ってないと知っただけで、こんなに気持ちが変わるなんて驚いた。

「じゃっ…じゃあなんであの子から受け取ったの!?」
「千由の…魅力に気付く男を増やしたくなかったから。」

「…どういうこと?」
「あのチョコが、千由の作ったものじゃなかったら受け取ってなかった。」

「……だって私からもチョコを貰えるだろうって思ってたんでしょ?」

「思ってたけど、さっきのケーキを受け取らなかったら千由の作ったものをその子以外の男が食べるかもしれないだろ?そこで食べた男が、美味しいと思って誰が作ったもの?なんて話になったら…。」

「……意味不明だよ智史くん…。」

「前にも言ったと思うけど、俺は他の人が千由の魅力に気づいて欲しくないし、千由が他の人の魅力に気づいて欲しくないんだよ。千由のケーキを食べた男が千由の魅力に気づいたら大問題だ。ずっと…外から眺めてたんだ。美味しそうな匂いを漂わせて、楽しそうに作る千由を。1年前からは、俺のために作ってくれないかなって思うようになったんだ。」

「……智史くん。」
智史くんが私を抱きしめた。

「千由が好き。」
「……うん。」

智史くんもチョコレートのいい匂いがする。一緒にずっと作って来たからかな。私だって智史くんが家庭科室に遊びにくるようになってから、もっともっと楽しく作れるようになったんだよ。

そして私は智史くんにあげるはずだったお菓子の箱をもう一度持って、笑顔で言った。
「智史くん好きです。受け取って下さい。」

智史くんは喜んで、私のフォンダン・ショコラとトリュフ、そしてもらったチョコレートケーキをも食べたのだった。



私が作る甘いお菓子は魔法のお菓子。
バレンタインに私が作ったお菓子を持って告白すると、恋が実るという。

この効果は私の恋にも及ぶらしい。
あなたも私のお菓子をいかが?

チョコレートマジック〜恋と魔法とチョコレート〜

チョコレートマジック〜恋と魔法とチョコレート〜

「私が作る甘いお菓子は魔法のお菓子。 バレンタインに私が作ったお菓子を持って 告白すると、恋が実るという。」 渡邊千由(ワタナベ チユ)は、いつも家庭科室で趣味のお菓子作りに勤しんでいた。 そんな千由のお菓子を食べにくるのが学校の人気者である麻生智史(アソウ サトシ)。 いつからか、千由の作るお菓子を持ってバレンタインに告白すると、願いが叶う。そんな噂が立ちはじめ…?? 短編ほっこりラブをかいてみました。 さらっとふんわり。そんな感じの小説です。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-13

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Copyrighted
  1. 魔法のお菓子
  2. 恋とランチとチョコレート
  3. とんだ珍客
  4. 魔法の効きめはいかが?