シュークリーム
出来心です…すんませんでした。
「これがシュークリームなのか!!」
目の前に置かれている薄茶色の固形物がどうやらそうらしいのだ。
しかし私はシュークリームなるものを知らないので、これがシュークリームなのかは、判別できない。
ただこれが入っていた箱には確かにシュークリームと書かれていたのだから、おそらくこれはシュークリームなのだろう。
「食べるぞ、食べてしまうぞ!」
私は大声で周囲に確認するように質問した。当然どこからも返答はない。私一人しかいないのだから当たり前なのだ。
手にした瞬間指が外壁がへこみ、外装がボロボロとはがれ出した。
「これは何事か!」
驚いた私は手にしたシュークリームを落としてしまった。その瞬間シュークリームは二つに割れて、中からドロリとした粘りけのある、黄色い液状の物が流れ出したでは無いか。
「私はここで死ぬのか?」
額から流れ出る汗が止まらない、緊張とドロリとした液体が下に置かれていた夏休みの宿題を汚し始めている。しかし、この液体が何かもわからないので、とりあえずテッシュでぬぐい取る。
駄目だ、こんな馬鹿な考えを起こさなければ、シュークリームなどにうつつをぬかさずにいれば、おそらくは平穏無事な午後を過ごせただろうに、なにを血迷ったのかシュークリームを食べて見ようなどと思ったばかりに、息子の宿題は汚れてしまい、そればかりか取り返しのつかない事態を招き始めていた。
「よせ!向こうへ行け!」
この甘い香りに釣られてアリ共が現れた。口から吹き出す空気はむなしくアリを撫でるだけで、追い払うには至らなかった。それどころかアリは数は増して来るばかりで、今やテーブルは黒一色に成っていた。
「ああ、取り返しの着かない事態に…」
テーブルに落ちたシュークリームはアリが集まって真っ黒になっていた。そればかりか液がしみこんだ息子の宿題も食べている気がする。
「駄目だ!」
私は手近にあったヤカンのお湯をテーブルへとぶちまけた。アリ共は熱湯におぼれて死んでいった。私は勝利した、無数のアリの軍団をお湯で蒸し殺したのだ。私は浮かび死んでいるアリを見てむしろ満足すらしていた。
「ふふふ、勝った」
それはもう完全な勝利宣言だった。今まで黙って見ていたのは実力への自信の現れだったのだ。如何にアリが束になろうとも、私のヤカンからお湯の一撃の前にすべてはひれ伏す。そう強さとは圧倒的である事なのだ。
できればもう勝利の美酒に酔いしれてしまいたいところだ。しかし美酒の場所も注ぐグラスの場所すら私にはわからない。我が家はもはや迷宮なのだ。どこに何があるのかなど全て知るものは居ない。
しかし私恐るべきものを目の当たりにする。アリが流され綺麗になった机の上には息子の夏休みの宿題が無惨な姿でお湯をすってふくらんでいた。私は戦場で下腹が切られた将校の様に必死で内臓を集めるが如く、息子の夏休みの宿題を手で押した。端から見ればその姿は哀れそのものだろう。
「死ぬな!まだ死ぬな!」
心臓マッサージの様に押し出すとお湯が染みだしてきて、戻すと水を吸った。繰り返す内にドンドン表紙はボロボロになっていく。助けようとしているのに、死んでいく。私はなんと無力なのだろう。
「死ぬな大丈夫だ!かすり傷だ!」
気休めをいくら並べても気休めにしかならない。宿題はいよいよ末期状態になってきた。原形が崩壊しだしたのだ。心臓マッサージをする手にも力がこめる、しかしいくら力強く念じても、状態は悪化するばかりだった。そして宿題は支離滅裂なほどにバラバラとなった。
「何故だー!」
私は天を仰ぎ神を呪った。信じる神など居ないのだが、そんな気分になったのだ。不思議と第三者が居ると気分がかなり楽になった。なるほど神を憎んだ気分は、気分爽快なのかと初めて知る事になった。しかし宿題は帰って来ない。もうじき夏休みも終わりだというのに、畜生、神の野郎め!憎々しげに天を睨んだ。
そこで私は気づいた。そうだシュークリームの謎が残っていたではないか。すべての謎を解くために、アリを払いベタベタしてグショグショしたシュークリームを口へと運んだ。水水しい皮と液体のハーモニーはまさしく地獄。こんな物を食べる事すら信じられない。
「こんなに…不味いのか」
どうりで食べさせてもらえない訳だ。ようやく長年の人生の疑問に一つの答えが見つかった。私は天を仰ぎ見て神に感謝した気分になった。シュークリームが不味い事すらどうでもよくなる実に至福のひとときだった。
しかしまさか帰ってきた家族があんなに激怒して、庭に首から下を埋められ二週間も放置されるとは、私は二度とシュークリームを食べないと心に誓いようやく堅い床で眠る事ができるようになったのである。
シュークリーム
何も言い訳できないです。
「こまんたれぶー」「よくしゃてりあ」サヨナラー♪