シンデレラ
むかしむかし、とても美しくてずぶとい娘がいました。娘にはとても心優しくて美しいお母さんがいましたが、早くになくなってしまいました。一人になるとさみしくて死んでしまうウサギのようなお父さんは独身生活にたえられるわけもなく、二秒で再婚したので、娘には新しいお母さんと二人のお姉さんができました。
ところがこの人たち、そろいもそろって大変な意地悪でした。娘は継母と二人のお姉さんによって徹底的にいびられました。しかし娘はとてもずぶとく、なにを言われてもなにをされてもまったくこたえなかったので「ゴリラ」とか「サンドバッグ」とか呼ばれていました。しかし娘はずぶといのでそれも意に介しませんでした。
「おい!これ洗っとけよ!」
「ちーっす!」
「それ終わったら便所掃除だからな!」
「ちーすちーす!あざーっす!」
二人のお姉さんが今日も精力的に娘をいびりますが、あまり効果的ではないようです。その様子を継母はいまいましく見ています。
「ちくしょう…なんで堀北真希みたいな顔してるくせにあんなにずぶといんだよ。気に入らないね、まったく」
そう言っている間にも娘はテキパキと雑務をこなしていきます。
「なんでこんなに仕事ができるんだよ。お姫様のように育てられてたんじゃねえのかよ」
「母上っ!言いつけられた仕事はすべて終わってしまったであります!次はどこを掃除すればよろしいでありますか!」
「なんで体育会系なんだよ、お姫様がよ。どうしてそんな生活にフィットできるんだよ」
それからというもの、継母のいじめに火がつきました。「あいつぜってー泣かす」そう宣言した継母は相撲部屋の先輩力士のごとく怒濤のかわいがりをはじめました。
まず娘の寝るふとんを「日本のトラディショナルなスタイル」と言って強引に粗末なわらぶとんに替えました。さらに娘の着る服をボロッボロのヨレッヨレのつぎ当てだらけのものにしました。「日本が世界に誇る“もったいない”精神の体現よ」わけがわかりませんでした。おまけに継ぎ当てた服の真ん中にデカデカと「I♡HAMBURGER」と書いてあったのでいよいよ混迷を極めました。
極めつけは家にバカでかい原発のようなかまどを作り、娘に毎日掃除させたことです。これは娘に掃除させるためだけにわざわざ特注で作らせました。下手すると家よりもデカいこのかまどは出力もハンパではなく、家の中は常に中東のような暑さになりました。継母も「さすがにどうかしていた」と反省しましたが、すでにあとには引けないところまできていました。悪い冗談みたいな量の灰が毎日生産され、重機で処理するレベルの灰の山を娘が一人で掃除しました。
「ここまできたのでせっかくだから」という理由でお風呂に入ることも許されず、娘の頭にはいつもかまどの灰がついていました。そこで三人は娘の事を、「灰をかぶっている」と言う意味のシンデレラと呼ぶようになりました。
「完全にやりすぎた」継母たちはそう思いましたが、シンデレラは徐々にこの生活に慣れていき、継母たちを驚かせました。
ある日のこと、お城の王子さまがお嫁さん選びの舞踏会を開くことになり、シンデレラのお姉さんたちにも招待状が届きました。これは玉の輿のチャンスです。しかも王子は絶世の美男子と国中で噂されていたので、継母とお姉さんたちのテンションも最高潮です。
「もしかすると、王子さまのお嫁さんになれるかも、ウェッヒッヒ」
「いいえ、もしかするとじゃなくて、必ずお嫁さんになるのよ、ヒィッヒィッ」
「そしたらイケメン王子に『お母さん』って耳元でささやかれて、ムヒィッフヒィッ」
二人のお姉さんたちと継母は、すでに大はしゃぎで笑っています。そんなお姉さんたちの仕度を手伝ったシンデレラは、お姉さんたちをニッコリ笑って送り出しました。
「さーて、私も行くか」
シンデレラは自分の部屋に戻ると、舞踏会の準備を始めました。ドレスや化粧道具、豪華な髪飾りなど、必要なものはすべて町の人たちにそろえてもらっていました。
シンデレラがいびられていることは町の人の誰もが知っていました。愚痴を言うでも卑屈になるでもなく、強い瞳で「舞踏会に出たい。助けてほしい」と町内の人たち一人一人に頼みこんだシンデレラは人々の心を打ちました。服飾店の主人や宝石商、馬丁の少年、パン屋の主人までもが彼女に協力しました。彼女はずぶといだけではなく、とてもかしこかったのです。
おめかしを終えて外に出ると、一張羅を着てせいいっぱいのおしゃれをしたパン屋の主人が白馬に乗って待っていました。パン屋の主人はシンデレラの付き人としての手伝いを買ってでてくれました。白馬は馬丁の少年が自分の主人の目を盗んで貸し出してくれたものです。
「とてもきれいですよ、シンデレラ。さあ、うしろに乗って」
シンデレラがうしろに乗ると、白馬はお城に向かって駆け出しました。シンデレラがお城に着くと、門番たちは驚きました。姫が馬車ではなく馬に乗ってあらわれたからです。これはどう考えても普通のことではありません。パン屋の主人たちは上流階級のマナーにはうとかったのです。門番たちは不審に思い、城にいれるべきか話し合いましたが、白馬のうしろに乗る女の息をのむ美しさを見て「これは招待された方に違いない」という結論に至り、シンデレラはお城の中に入ることができました。
お城の大広間にシンデレラが現れると、そのあまりの美しさに、あたりはシーンと静まりました。
「なに、あの女。あんなの、勝てっこないじゃん」
「ゲームセットだぜ、ファック。酒でも飲もうや、妹」
お姉さんたちは早々とあきらめてヤケ酒を飲みはじめました。まさか彼女がシンデレラだとは夢にも思わないでしょう。
王子さまがシンデレラに気づきました。王子さまはシンデレラを見ると顔が紅潮し、軽い呼吸困難になりました。
「王子!大丈夫ですか!?」
様子に気づいたお付きのものたちが王子のもとに駆けつけます。「だ、だいじょうぶ」と王子は青白い顔で答えると、弱々しい足どりでシンデレラの前に進み出ました。そして消え入りそうに小さな声で言いました。
「ぼ、ぼくと、お、おど、おどってけれっ」
なまっていました。王子なのになまっていました。予想外でしたが、シンデレラは控えめに「はい」と答えました。
「ぼ、ぼく、あなたみたいなきれいな人見るの、は、はじめてで」
踊っている間も、王子の緊張は止まりません。
「ぼく、緊張すると、たまになまっちゃうんです。乳母さんが山形の人で、いつも語尾に、けれけれ言ってたから、その」
「大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます。ぼく、顔はオダギリジョーみたいな良い顔のくせして性格がこんなだから、王室の人から『残念イケメン』だの『魂だけ誰かと入れ替えたい』だの好き勝手言われてて、あはは、イヤになっちゃいます」
王子は卑屈なことしか言いません。ダンスもあまり上手ではなく、他の人とぶつかってしまいます。
「あ、ごめんなさい。ぼく、ダンス下手で。というか、全体的にいろいろ下手で。なにをやっても呪われたように下手で。こないだも絵を描いたんですけど、乳母さんが『上手な千手観音ですね』って。ぼく、クモを描いたつもりだったんですけどね。そんな複雑なものを描いたつもりはないんですけど。やることなすことそんな感じなんです」
王子は自信のない目で、そう言います。下ばかり向いて、シンデレラのほうを見ることもできません。
「ほんとうはぼくが王子なんて、ふさわしくないんですけどね。実際、陰ではそう言われてますし。あなたも、がっかりしたでしょ。王子がこんな人で。はは、期待はずれで、すいません」
「しゃんと、立つ!!」
シンデレラが突然大声を出したので、会場の注目が二人に集まりました。
「あ、あの…?」
「相手の目を見る。そのまま離さない」
「は、はい」
「声が小さい!」
「は、はいっ!」
シンデレラは王子があまりに情けないので、猫っかぶりをやめてしまいました。王子にこんな口の利き方はもちろん御法度ですが、シンデレラのあまりの勢いにまわりもつい止めるの忘れています。
「足取りしっかり。堂々として」
「はい」
さっきよりはましなダンスになりましたが、今度はほかの組にぶつかってしまいました。
「ご、ごめんなさい」
「謝らない!」
「え、でも…」
「いいの!よそ見しない!」
その後もシンデレラは「もっと体を引き寄せて」「表情やわらかく」と助言を続けます。気づくと二人はホールの真ん中で踊っていました。
「こんな真ん中で踊るの、上手くもないのに」
「下手でもいいの」
シンデレラは王子の目を見て言います。
「下手でも、堂々としていいの。真ん中に立って、笑ってくる人は、笑い返してやればいいの」
「あ…」
「むかしお母さんがね、そう教えてくれたの。うふふ、あの人パパの前では純情ぶってたけど、ほんとはわたしと似てるんだ。一緒なの」
「きみの…名前は?」
「シンデレラ。シンデレラよ」
時計を見ると、もう十二時十五分前です。十二時になると、白馬の主人が厩舎を見回りにきます。そのときまでに馬が戻っていないと馬丁は大目玉をくらいます。パン屋の主人も、明日のパンの仕込みがあります。信頼して協力してくれた二人のために、シンデレラは戻らなくてはなりません。
「ごめんなさい。わたし、行かなきゃ」
「待って、シンデレラ。次はいつきみに会える」
「わからない。でも覚えといて、王子さま。下手な絵でも気にしない。不器用なダンスも堂々と。真ん中で、しゃんと立つこと。忘れないで」
シンデレラはていねいにおじぎをすると、急いで大広間を出て行きました。慌てた拍子にガラスのくつが階段にひっかかって、ガラスのくつがぬげてしまいました。しかし取りに戻る時間はありません。シンデレラはパン屋の主人と一緒に白馬のうしろに飛び乗ると、急いで馬を返し、みんなにお礼を言ってから家へ帰りました。
王子はシンデレラのあとを追い、階段でガラスのくつを見つけました。
「シンデレラ。もう一度、会いたい」
次の日から、お城の使いが国中を駆け回り、手がかりのガラスのくつが足にぴったり合う女の人を探しはじめました。しかしシンデレラのくつのサイズは23cm。これは全国の成人女性の一番平均的なサイズです。明らかに探し方が間違っていました。次々に「わたしがシンデレラだ」「いや、我ぞ真のシンデレラ」と自称シンデレラを主張するものがあらわれました。
これではラチがあきません。そこで町内の年頃の娘を広場に集め、王子が直接見定めることにしました。どんな身分のものも参加させるようにとのお達しだったので、シンデレラもお姉さんたちと一緒に行くことになりました。
しかしシンデレラは気が乗りませんでした。舞踏会の夜、遅く帰ってきたことで彼女は継母から疑われていました。継母はシンデレラが王子に選ばれるくらいならお父さんと別れると言いました。お父さんはとても寂しがりやです。お母さんに先立たれたときもお父さんは何も食べれず、何も話せず、涙を流すことしかできませんでした。継母に見捨てられたらお父さんは今度こそ死んでしまうかもしれません。それを思うと、シンデレラは自分が選ばれるわけにはいきません。
そんなシンデレラの心境をよそに、年頃の娘たちの品評会は進んでいきます。参加者数は二、三百人にものぼったため、王室の人が審査してから王子に会わせることになりました。二人のお姉さんたちは今度こそ最後のチャンスと意気込み、気合いを入れてのぞみました。もともとお姉さんたちもそこそこにきれいな女の人です。妹は目元が大島優子に似ていますし、姉は口元が指原莉乃に似ています。
しかし彼女たちはシンデレラのとなりに立っています。審査員がシンデレラと二人を交互に見比べます。堀北真希と目元だけ大島優子とのあいだには超えられない大きな壁がありました。堀北真希と口元だけ指原莉乃とのあいだには広大な海が広がっていました。お姉さんたちは予選落ち、シンデレラは王子に直接見定められることになりました。
王子の前に呼ばれた娘は二人だけでした。シンデレラともう一人はパン屋の主人の娘でした。パン屋の主人はとても複雑な目で二人を見ています。
「お二人。どちらがシンデレラか、正直に申し出よ」
王子の付き人の問いかけに、パン屋の主人の娘が答えます。
「はーい、ぶっちゃけ私でーす!なんかー、王子さまとはさいしょっからめっちゃ相性よくってー、もうすぐに『大好きぃ☆』ってなっちゃいましたー!ちなみにぃ、EXILEの中では、アツシが大好きでーす!」
ギャル誌のモデルのようなしゃべり方に、王室関係者は頭を抱えました。近くで見守っていたパン屋の主人も頭を抱えています。
「…王子、彼女の言うことは本当ですか」
「うーん、悪くないよ。悪くない」
王子は質問に答えていませんでした。それもそのはずです。王子は娘の顔しか見ていなかったのですから。パン屋の娘は頭はアレですが、顔は北川景子そっくりでした。これになびかない男はぶっちゃけいません。男は面食いです。それはもう、天地がひっくりかえってもそうです。王子もこの道理にはあらがえませんでした。
これにはシンデレラも腹が立ちました。「顔だけやないかい」と思いましたが、これがうっかり口にも出ていました。
「なにをぶつぶつ言っている。きみはどうなんだね」
「えっ、私は…」
そのとき、シンデレラには父親のことが頭をよぎりました。
「…わたしは、シンデレラではありません。人違いです」
「ぼくの目を見て言ってくれ」
突然、王子がシンデレラに向かって言いました。しかしシンデレラは顔を見られるわけにはいきません。ずきんを深くかぶり、下を向いてしまいました。
「おい、きみ。王子が顔を見たいと言って…」
「もう結構です。ここにシンデレラはいません」
王子はきっぱりと言いました。みんなが困惑する中、王子がシンデレラを見て言います。
「ぼくの知っているシンデレラは『しゃんと立て』と言いました。そのシンデレラはここにはいません」
「…」
「このまえ、ぼくは両親に初めてわがままを言いました。すごく緊張しました。たくさんの家臣たちの前で、『ぼく、好きな人ができたけれ、さ、探してほしいけれ、とっても大事な人、強くて美しくて、ぼくにはもったいないけど、でも、もう一度会いたい、会いたいけれ、探してけれ』あんまりけれけれ言うもんだから家臣たちに笑われました。でもぼく、そいつらを睨んでやりました。『不器用なダンスも堂々と踊れ』って、大切な人に教わったから。『私の言ったこと忘れないで』って、言われたから」
「…!!」
「でもここには彼女はいません。人の目も見れない、腰抜け女がいるだけです」
帰ります、と言って王子は立ち去ろうとします。そのとき、シンデレラが口を開きました。
「あ、あんたには、わかりません」
シンデレラの声はふるえていました。
「あんたには、わかりません。ずっとよその家で、母のぬくもりのない家で育つこと」
「…」
「シンデレラって、どういう意味か知ってますか?『灰かぶり』って意味です。私の家、かまどがあるんです。ごっつい、なんかの処理施設みたいな、おっきなかまど。私の二人目のお母さんが私のこと、いじめるためだけに作ったの。だから毎日家の中ジャングルみたいに暑くて、バッカみたい。使い終わった後、かまどの中は灰がピラミッドみたいになってて。私はそれを延々と、掃除していくの。途中で灰が舞い上がって、せきが止まらなくなって、息が苦しくなってひざまずいて。そのうち涙がこぼれてきて。せきが苦しいのと、みじめな気持ちとで、涙止まらなくなって。でもこんな涙知られてたまるかって、涙止めるまでかまどからは出ないんです。『止まれ止まれ』って思ってもなかなか、涙止まらなくて、頭には灰が積もってて。意地はるほどに、神さまにコケにされるの」
シンデレラは、いつも耐えていました。ずぶといと言われ、彼女もそれを誇りにすら思って、今日まできました。しかし、少女がこんな扱いを受けて平気なわけはなかったのです。
「そんな継母でも、お父さんにとっては大事な人なんです。お父さんいなくなったら、私、本当にひとりぼっちになるんです。そんな気持ち、わからないでしょう。みじめすぎて、汚らしすぎて、聞くのもいやになるでしょう」
「はい、わかりません。でも同情もしません」
王子がシンデレラの前に立ちました。王子もふるえた声で言いました。
「あなたが言ってくれましたから。『笑ってくる人は笑い返してやればいい』って。『こんな私はお母さんに似ているんだ』って、うれしそうに言いました。だから同情しません。あのときのあなたが好きですから。大好きですから」
王子はシンデレラの頭の灰を払い、ずきんをおろしました。
「あなたがこんな灰をかぶってる姿を見て、腹が立ちました。どうか、幸せにさせてください」
王子は顔をあげたシンデレラの、今度こそ目を見て、言いました。
「ぼくと結婚してください」
シンデレラは綺麗な涙を一筋流し、こくりとうなずきました。
それから王子は、シンデレラ一家を城に住まわせました。お金持ちの生活ができて、継母もお姉さんたちも大喜びです。しかし、これには王子が二つの条件を出していました。一つは、継母とシンデレラのお父さんがずっと仲良く暮らすこと。二つ目は、継母とお姉さんたちでお城のかまどを毎日掃除することです。
これには継母とお姉さんたちもぶーぶー言いましたが、城で暮らせるとあってしぶしぶ条件を受け入れました。継母とお姉さんたちも神経がずぶといので、かまどの掃除もすぐに慣れました。お父さんも継母と娘たちに囲まれて幸せそうです。
それからシンデレラは王子さまと結婚して、二人にはこどもができました。
「見ろ、シンデレラ。もう少しで立って歩けそうだ」
「がんばれー!あと少し!」
「ふふ、力が入りすぎだよ、シンデレラ」
「それ、しゃんと立て!しゃんと!」
それからシンデレラは大切な家族に囲まれて、幸せに暮らしたとさ。
おしまい。
シンデレラ
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