宵酒

バー通いが癖になっていた。
酒はもちろん料理も旨く、メニューに融通がきく。
静かで雰囲気もよく、騒がしい居酒屋が苦手な俺にはうってつけだった。

一緒に来る相手は決まって会社の同期の川内で、普段会社では話せないような話題に展開するのが常だった。
会社で、というより、他の相手では話せないことというべきだろうか。
もともと友人が多い方ではないが、その中でも更に自分の考えや本心を打ち明けられるのは川内だけだった。

自分の話題が重すぎるのか、それとも単に他の人間に心が開けないのか、それはわからない。しかし川内以外のほとんどの人間との間に見えない壁を感じ、当たり障りのない話しか展開できないのであった。

「また坂下さんに嫌な態度とられてさ」

運ばれてきた鯛のカルパッチョを口に入れながら、川内はつぶやいた。坂下というのは川内の部署の年上の同僚で、川内のような若い衆に反感を持っており、同じ部署のそういった人間になにかとちょっかいをかけてくるらしかった。

「用があって話し掛けても機嫌悪いと冷たい返ししかしないんだよね。こっちは好きで話し掛けてるんじゃないのにさ」

川内は普段会社で明るく振る舞っているので図太いと思われているが、実際は人より傷つきやすい性格であった。

「特別おまえが嫌いでそういう態度をとってるわけじゃないだろう。自分に思い当たる部分がなければ放っておけ」

俺はほとんどの場合聞き役であった。それでも川内にしか話せない話題というものがあるので、
「俺も徳井さんの対応に疲れてきてるけどな」
と自分の愚痴をこぼすこともあった。

「…俺さあ」

二杯目の酒、日本酒ベースのカクテルが届いた時、川内はつぶやいた。
ちなみに俺と川内との酒を飲むペースには差があり、俺はまだ1杯目のウイスキーを半分しかあけていなかった。

「たまに、何で俺生きてるんだろう、何でこんなに頑張ってるんだろうってよく思うんだ。
頑張っても現状は何も変わらなくて、やっぱり生まれが悪いと何やっても駄目なのかなって思えてくる」

川内の両親は決して子供に対して愛情深い方ではなく、家事のほとんどを子供に押し付け、高校の学費も払わず、子供から借りた金で旅行に行ったりパチンコを打ったりするような親だった。
川内ほどではないにせよ、俺も子供時代他の家の子供より金に不自由し、親との摩擦も大きかったのでその気持ちはよくわかった。

「やっぱり小さい頃に出来上がった世界観って簡単に変わらないし、ずっとつきまとう。それで希望を持てなんて言われても無理だよね」

川内の目線は俺から逸れ、何を映しているのかわからなかった。しかし川内の今の精神状態は容易に感じ取れた。自分も常日頃似たようなことを考えていた。

「土井とはさ、きっと育った環境が似てなかったら、きっと仲良くはならなかったよね」

川内は何とも言えない笑みを浮かべながら言った。大して傷付くことはなかった。異論無いからだ。

「父さんと母さん、今度こそ離婚するんだって。俺、この機会に家を出るよ。会社もそのうち辞める。今よりいいとこ見つかったら辞めるよ」


バーは相変わらず静かだった。
俺と川内、二人が感じているものは虚無感とやるせなさ、自分の存在意義。
改めて俺も自分がいる意味を考えてみるが、何も浮かばない。
自分がこの先どうすればいいのか、全くわからなかった。
喉を流れるきつい酒に酔うこともできずに、俺は目を閉じた。

宵酒

小説投稿サイトが見つかったら書こうとずっと思っていた話でした。
人名、飲んでいたお酒の種類など細かい部分に違いはありますが、ほぼ実話です。

宵酒

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-11

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