諧謔の華

第二次世界大戦――ラストバタリオンが元となった殺戮ゲームの果てから幾年もの時が過ぎた
数えるとしたら三回目となるのだろうか?何もない土地で突如起きた殺人事件と並行して起きた少女の失踪事件は街と村に混乱と困惑を漂わせ、罪と罰が交錯する中で、ある人物の依頼により事件の真相へと迫っておくと同時に心中でふと感じた違和感。
それは同じ臭いを持ち、同じく戦場に立った友の存在と彼の裏での顔の事。ある程度の証拠と約束を手に、骨董品屋の主・君津は立ち上がり、歩む。

過去共に戦った物と共に

一人の少女殺害から起きた環状線の物語
過去に賽が投げられた

誰もが悲しみ、血を流し、叫び、慟哭したあの事件――円環の終焉と共に

未だ廻る芽を断ち切るしか道はないのだから
今の神の座は誰のモノではなく、空虚に近き物。
故に全て還るがいい

数多の魂の輪廻の果てぞここに在る――過去の連鎖は今ここに


ここから私が話す事は事実を元にした実話である
私はまだ若輩者とは言え、生きてきた中…つまり、人間として必要な知識と言う物は少しではあるが得ているはず。
しかしこれは学問とは程遠く、人類が生まれ作られた知識のみを今ここでひけらかしていると言ってもいい。現在世間で言う、ゆとり教育から抜け出した私達の後輩達がどの程度知恵に富んでいるのか不明ではあるが、国語と言うよりも今日現在解明されている一つの産物は国語と言うよりは程遠く、寧ろ人間がよく生み出した歴史と言った方が近いのであろう。その二つと平行し共通している書物がある
数えればキリなどない。しかしこれは日本と言う国が生まれ初めて書かれたとされる、日本書紀と古事記。創りこそ正に違えど、どの国にも同じ概念を持つ書物を神話と人は読んだ。
その神話こそ歴史と共に研究家達が調べるに連れ、昔よりも詳しい事が明らかとなり、書店やネット図書館でも各国の神話を読む事は、そう難しい事ではない。
先程、どの国にも同じ概念を持つと述べたが、はて皆様には理解出来るであろうか?答えは至って単純「愛」である。
神話の代表とされるギリシャ神話でも、最終的にはゼウスが神に至るまで幾つもの交わりがあったか。これは古事記にある伊耶那岐 などいい例であろう。彼は表筒男命の父であり、神武天皇の七代先祖であると同時に伊耶那岐命
、日本書紀であれば伊装楉神と表記される伊耶那美の夫。しかし伊耶那美は火の神である迦具土神を産んだ為に陰部に火傷を負って亡くなると迦具土を殺し、出雲と伯伎の国のその境なる比婆の山に埋葬した。
無論、夫である伊耶那岐は伊耶那美に逢いたい気持ちを捨てきれぬまま、黄泉の国へと向かう。しかし妻である伊耶那美も女だ。愛しているとは言え、夫にこんな姿を見られたくないと言う気持ちからか「二度と会う事を許さない」
と約束したが、それは叶わぬ夢だった。黄泉の国へ渡った伊耶那岐は腐敗してウジに集られては、八笛神に囲まれた妻の姿を見て恐れ逃げ出してしまう。酷く不運な話だが、妻は夫を愛し、夫は妻を愛した事が仇となり以降彼らがどうなったのかと気になる方は是非とも古事記を手に取り、読んで貰いたい。現代訳も今では簡単に手に入る上に文庫本であれば800円であれば購入は可能だと勧めてみる事とする。
他、愛の話と言えば猟奇的殺人とも言われた阿部定も有名ではないだろうか?付け加えれば、私が某サイトで見つけた「よい子の殺人」という記事には幾つものエピソードが書かれており、その中で私が一番納得したのが下記の文章だ。
「自分の周りをちゃんと見渡しておけば、石ころの様な幸せでもあるのかもしれない。」と言う意見には私も酷く賛同した。
長きに渡り愛情について綴ってみたが、結論を言わせて貰えば幸せを得たいと言う強い願望こそが原点で、ミリオンを達成した曲も本もその思いに賛同したからこそ意味があるのだ。純粋でも歪でも形はどうであれ、その強き意思が
始まりなのだと私はつくづくと思う
さて皆様前置きが長くなってしまって申し訳ないが、ここからは環状線の物語である。誰も救いのなく忘れられた物語――救いが欲しい者は求めてはならない


私はずっと幼い頃から美しい物を見たいとずっと願っていた
美しき物と言う物は個々の感性もあるが、大抵は人間と言う生き物は自らの傍らにある自然に心魅かれる事が多い
しかし、月も満ち欠けでも雲が邪魔であり、花の美しさも儚く消えていく。ならば、カメラなどに収めればいいと諸兄らは言うであろうが、それでは意味がないのだ。
写真も色褪せてしまう”だから”駄目なのだ
カチャカチャと、組立て、パーツが崩れないようにピンセットで丁寧に創ってゆく。美しき最高傑作を仕上げる為に
これこそが私の人生の中で一番美しい物とさせよう

2
雨宮比米はただの女子高生であり、思念その他諸々他の人間と比べて変わりはない。
祖母らが亡くなり祖母らが所有していた僅かな土地を遺産相続とし都会から、ここ岡山県の小さな村に訪れ、村にある唯一の女子高へと強制的に編入させられた訳である。
全く両親親戚共々の勝手な都合であるものの子は親に逆らえず、連れてこられたのも列記とした理由が一つ。ここの村にはいい腕を持つ葬儀屋がいると言う。葬儀の取り立てだけでなく、骨坪や墓はもちろん遺産相続さえ破格の値段で引き受ける風変わりな葬儀屋の噂は新聞の一面にも載るほど。事実比米が祖母が桶に居る中で、その葬儀屋を見た時にふと思った。
美しい…けれどもとても嗤い方は普通の人間とも違えば、物腰柔らかそうな口調なども胡散臭く見えた。まだ編入して一週間、未だに祖母の葬式は終わらない。
両親親戚が欲しい物は金でしかなく、遺産相続の後に土地を売る。けだるい日々の中、誰とも接することなど出来やしなかった。自身は平平凡凡で頭が良い訳でも運動神経や芸術などに優れた才能など皆無

彼女の全てを覆したのは日直である時の朝
これが全ての始まりだった
窓際にある花瓶の水を替えに行っては、机に置こうとしたその瞬間に、床の僅かに凹凸した部分で躓けば「おっと」と言う声と共に花瓶が割れ、床に転がり落ちる。
「わ、だ、だだだ大丈夫ですか!?」
女子高と言えど、相手の制服を濡らした上に教師の花瓶まで割ってしまうと言う出来毎に制服からハンカチを取り出し、渡した時に比米は目を見開いた。
長い糸の様に美しい髪と白い肌、整った顔立ちに少し色素が落ちた茶色の瞳に囚われて呆然としている中、彼女はくすくすと笑う様子に「ど、どうかしたの?」と言えば一言。
「君、私にハンカチを差し出してくれるのは嬉しいのだけれど、アレはどうしようか?」
指を指されて見えた先にあるのは割れた花瓶で、先程まで朱がかった比米の顔色は一気に青ざめる様子に彼女は笑う。
「いや、だってあれは私がつまづいたから……。」
「ここの校舎も古いと聞いていたけれど、流石にこれは酷い。先生に抗議でもしてみようか?」
「え!?」
笑ったまま返された言葉に、声が裏返ると更に彼女は笑っては答える。
「すまない、これは私のちょっとした意地悪だ。私も片づけるから、先生が来る前に片づけよう。」
「う、うん……。」
ちょっとした意地悪
比米は思う 自分は人と接しないが、この人は人が寄る事すら許さない私生児(パスタルト)と言う名の高嶺の花。美貌も知識も何もかも並ぶ者はおらず正に黄金律の頂点にいると言っても過言ではなかった
そう思いながら破片で指を切れば、今度差し出されたのは彼女のハンカチで。
「焦るからだ、もう少し落ちついて効率よくやろう。」
掃除ロッカーから取り出した塵取りで破片を集め、ゴミ箱へ捨てては何とか朝のHRまでは収まったらしい。けれども比米の頭の脳内では彼女の――岳早深琴の一言がどうしても頭を離れてはくれずに下校時間に席を立っては、帰り
支度をしている深琴の前までバタバタと走っては、目の前で自分が今言いたい事を知る為に勇気を喉と共に振り絞る。
「岳早さん、一緒に帰ろう?」
クラス中がざわめく
長い糸の様に美しい髪と白い肌、整った顔立ちに少し色素が落ちた茶色の瞳は誰もが羨む美貌で、頭の良さと滲み出るその雰囲気は正に高嶺の花。誰も彼女に声を掛ける事はしないと比米はずっと考えていた。
自分が幼い頃、母はとても美しいと評判であったものの歳を取る度に老けて逝く。
潤った肌は乾燥し、しわが出来る。はっきりとしていた二重も薄くなってゆく。自慢の黒い髪にも白髪が生える。つまり比米の言いたい事は女が持つ妬みである。
いつか消えるであろう輝きさえ知らずに、今を羨み未来さえも黒く染めて逝くからこそ自身と他人を天秤にかけた時、やはり人は何を抗うとしても抵抗できずに、妬みは完成し、人へと伝わるのならば、これが…この自分の意見が理に叶うのだとしたら比米に迷う事はもう何もないのだから。するとその大きな瞳は一瞬見開いては細まり、口角を上げては笑い答える。
「構わないよ」
絵にでも書いたような美しさに今度は比米が驚いては表情をくしゃりと崩しては「ありがとう」と小さく呟いた。
校門をくぐり抜け「どこか落ちついて話せる場所へ行こう」と深琴に言われ後を付いていけば、そこは村に一つしかないと噂される診療所で、辿りつけば「行こう」と手を引かれ扉を開けば髪の長い女の姿。
「那美」
たった一言で気付いたのか振り返れば、「あら、お帰りなさい。」と言えば比米のほうへと視線をずらす。
「深琴ちゃん、その隣にいる子は。」
「同じクラスの、君らと同じ関係だ。」
二人の間で交わされる会話の先が見えず比米を余所に話している中で「おーい」と声を遮る声に白衣を着た女は振り返った
「……全く、またお前は仕事仕事と言ってはいつも弁当を忘れる。その癖を直してはくれないか?」
似ている
今、「那美」と呼ばれた女とこの男はとても似ている。そんな中で、男は溜息を吐いては深琴へと一言。
「深琴、またお前は変な事を言ってはご友人を惑わせているんじゃないだろうね?」
「別にそんな事じゃない……君も、見れば理解してくれただろう?私の言った事と、彼ら二人がどうであるのかすらも。」
ここでは話すのも難だろうと勝手に比米も、診療所の一室へ通され紅茶を出されるが見知らぬ場所に見知らぬ顔に囲まれてぎこちない心境でいっぱいであった。本当は聞きたい事を確かめる為に深琴へと話かけたと言うのに何故こうなったのかと姿勢を正しくしていれば、先程の男が「そう固まらなくても構わないよ」と微笑んで、砂糖とスプーンをコトン、と置く。
「にしても深琴がここに誰かを連れてくるだなんて珍しいな、君はどういった関係なんだい?」
「えっと……」
思わず目が泳ぐ
そんな中でクス、と深琴が笑っては「君なら理解できると思っていたんだけれどな」と呟き、再び比米の方へ目を向けては言葉を紡ぐ。
「君は私をどう思う?」
「え?」
突然の問いかけに戸惑う中で、深琴は比米の目を捉えて離さず、か細く比米は答えた。
「……一人だと思った。完璧すぎるから誰も近寄らないし、けれども接した事がないから分からないし、それが逆に裏でのイメージを仕立てていると言うか……。」
上手く言葉にならず、伝わる事も出来ていないのだろう。その証拠として、共に同席している二人も顔を顰め理解しようと努力はしているのだろうが、あまりにも曖昧で、主語・述語どころか、小学校でも習うような言葉遊びの一つ
にすらならない様な。けれども深琴だけは場に似つかわず、くすくすと笑っては口を開いた。
「そう、綺麗に言えば高嶺の花。だが孤高なのに変わりはないといいたいんだろう?」
「は、はい……。」
恥ずかしくて穴に入りたくなる
顔を赤くして肩を竦めていると、深琴は口づけていたティーカップをコトン、と置いては「さっき私が言った事だけれども……」とようやく本題へ入りかかろうとしている。ちょっとした意地悪という違和感。
「ここにいる那美と那岐は双子でね、私は君が転校してきてから……今日になってようやく私も私でこの気持ちの理由がよく分かった。」
この気持ちの理由?とは如何なるものか
もう一度振り返るが、雨宮比米はただの女子高生であり、思念その他諸々他の人間と比べて変わりはない上、平平凡凡で頭が良い訳でも運動神経や芸術などに優れた才能など皆無。そんなどこにでもいる様な人間に抱く感情とは?
「笑顔だよ」
「え?」
「君は私と一緒に帰ろうと誘って、私はいいと言った時の笑顔だ。両親は村から外れる事も多いから、那美や那岐が面倒を見てくれているが私はいつもこの表情を崩さない。」
「あ」
振り返れば確かにそうで深琴はいつも人形の様に整った顔をしているが逆手に取れば人形は笑う事はない
「羨ましかったんだ、ずっとね。君は私を他人から妬まれると言っていた事を否定はしない、誰も寄らずに一人きり…だけど君は一人でいても勇気を出す事も出来ない上、あんなに素直に笑えないさ。だから君は私の"理想の人間"なんだ。」
「私が……?」
朝に感じた違和感を問い正したはいい けれども今の状況ではそれが比米の中では更に複雑となっていた
何もない自分が他の人間と同じく羨む彼女からみればそうなのかと脳内でまるでミキサーにでも掛けられたかのように、考えていれば那岐と呼ばれていた男が口を開く。
「お譲ちゃん、別に彼女からしてみれば疲れるんだよ。そうである事がね……俺も過去そうだったからこそ分かるのだけれども、言ってしまえ――……」

「君も、深琴を羨んでるじゃないか。」

3
眠る事ができない
あの時診療所で言われた事と、深琴の本音。あの男の人も深琴と同じだとしたら情が移るのは当然で、ましてや親代わりなのだから。
ただ素直に笑える事を天秤にかけて『理想の人間』とするのは良い事なのか悪い事なのかは比米には理解などできず、枕を抱きしめていた時に突然電話の音が鳴り響き部屋の外からバタバタと音が聞こえたと言う事はきっと母親が出て
いるのだろうと思いつつも、そっと部屋の襖を開けた瞬間に「冗談じゃないわ!」と母の怒声。
「こんな時間に、娘と会わせろと何を考えているのよ貴女は!!はい、そうですかなんて頷く親がいるわけないでしょう!?」
と言われ、時計の針は既に3の文字を射している。確かにこんな時間に誰が?と考えるが、心当たりは一人しかいないのだ。こんな辺鄙な村で自分に関わる人などあの人しかいないのだから
「お母さん!」
襖を開け、飛び出すと「比米!?」と母の声が裏返るが母の握る黒い電話を握っては
「お願い!その人と話させて!!」
「馬鹿を言うんじゃないの!あんたも明日学校なんだから早く寝なさ…」
「お願いだから!」
母の言葉を遮り、電話の受話器を奪えば母は怒鳴るが気にせずに「もしもし?」と言えば昼間に聞いたばかりの声。
「雨宮さん」
「た、岳早さん…だよね?どうしてこんな時間に?」
困惑が彩る声音に電話の向こう側の主は声のトーンを少し沈めては
「今から会いたいんだ。那岐は家に帰っているし、那美も外に出ているから明日に帰ってくる。」
「な、何で?」
何故、今更会いたいと?
「最後に君に会えたお礼が言いたいんだ、この口で。もう私には時間がない」
「何を言っているの?時間がないって、どういう……。」
「それじゃあ、西の神社の茂みで待っているから。」
「ま――」
制止の言葉も、理由も聞けずにツーツーと鳴る電話を握りしめ、そのままバッと家を飛び出せば「比米っ!」と母は再び制止を掛けるが今の比米にはどうでもいい事なのだ。本能が、告げている。
彼女が危ない――それだけだった
家から走りどこだったか分からない、西の茂みの神社を見つけるようにきょろきょろと辺りを見渡せばそこには、やはり『黒い髪』の彼女がいる。間に合ったのだと思い、手を伸ばした瞬間。この夜で全てが終わりを告げた。まるで
何年も前にあった事件の様に
時は一時間後、急患の手術も終わり車を回して、診療所へ戻ろうとした時に社がある。村の人間はここを村の西の社と言うのだが、ただの古びた社で神もいやしない場所に何かがあった。
車を降りすぐ後ろの茂みをガサガサと進んで行けば先には血の匂いと見慣れた彼女の変わり果てた姿
「嫌ぁああああああああ!!」

4
「……これは、酷い。」
翌日、警察がこの社を訪れた時に見たのは元人間の姿
顔の皮だけが残り、首から上の骨と目玉が無く陰部には竹が胸まで刺さっていたと検視解剖の末結果が出た。殺されたのは岳早深琴であり、第一発見者は彼女と縁のある診療所の医師である三十木那美。
「それで、三十木さん。このお嬢さんを見つけたのは午前四時で、村の外の急患を診た帰りにここを車で通っていたら見てしまったと?」
「はい……」
震える声で答えるが、三十木に向けられる目線は冷たいものだった。
彼女は村唯一の診療所を開いている上、被害者である深琴とは深い関係…彼女の保護者がいない間は預かっていると。ならば彼女側からしてみれば彼女がこんな殺され方をされ、精神を保ている訳もない。が警察はさらに撒くし立てる
様には話を進める。
「アンタはこの被害者との仮の保護者であり、医師免許もある。何かちょっとした事で揉めて殺ったんじゃないのかい?村以外にも出ているそれだけの腕があるなら、こんな事は簡単だろう?」
「ちょっ、ちょっと待て!!何故、那美が疑われる!?彼女は本当に村の外で手術をしていたと言うアリバイもある」
庇うのは兄である那岐
当然だろう 二人は双子であり、ずっと今日現在まで過ごしているのだから誰よりも彼は彼女を知っているし、彼女も彼を知っているのだから。けれども警察はそれを流すかの様に煙草に火をつけては那岐の方へと視線を向ける。
「あのねぇ、お兄さん。いくらアンタらが双子で、ずっとこの村にいて育ったからって彼女の気持ちを完全に理解するのはちぃと不可能なんじゃないのかい?」
「ふざけるな!俺だけではない、村の人間にでも聞いてみろ!那美はそんな人間じゃない!」
「那岐……」と必死に警察の言い分を否定し続ける彼を涙目で見つめていると他の巡査が「警部!」と声を上げ、短くなった煙草を足で踏み「どうした?」と振り返れば小さく何かを呟いている。
「……違うんです」
「何?」
息を切らし伝えに来た巡査の言葉に顔を顰めれば、巡査の後ろにはある二人の夫婦の姿があり、母の方は警察と那岐の方を睨んでは言葉を、ここに徹底的な証言が降ってきたのだ。
「昨日、この被害者である岳早さんの友人である雨宮比米さんも姿を消しているんです。」
誘拐及び殺害のこの事件は、あっと言う間にこの小さな村に広がり岡山県外でも大きく新聞に取り上げられ、事件発生二週間が経っても警察と被害者と三十木兄弟の言い争いは続く。当たり前であろう。何せ誘拐・失踪した娘を持つ
両親は最後に深琴から電話が来たのを知っており、深琴の関係者である那美は医師免許を持つ。いくらアリバイがあったとしても犯行は可能であると、警察側が言い続け、とうとう村でも那美の存在は否定され、「人殺し」、「殺人鬼」と渾名され、診療所の方も定期的に通っていた人間すら近寄らない。当然、那美も言いたい事はあるが深琴と自分が大事なのか――この大人数での否定は苦痛でしかないと兄である那岐は痺れを切らし、ある場所のドアと叩いた。
「骨董屋!お前なら何か分かるだろう!?お願いだ、彼女を救ってくれ!」
何度も何度もドアを叩くが返事はない 「畜生……」とうなだれる中、丁度ドアが開き家の主は眠たげな目で右手で左手で叩いている。
「気持ちは分かるが、そう何度も叩かないで欲しい。こっちは明日の食い扶持すら困っていると言うのに、ドアが壊れたら更に酷い出費だ。」
古びた着物を着たオールバックの男は、うなだれている那岐に「まぁ、上がりたまえ。」と言っては黴と埃と古い骨董品のみ並べられた小屋に通され、茶を出されても俯いたままの中、男は茶を啜り、一杯飲み干せば、早速こちらから
要件へと入ってくる。
「概ね君の事だ、この怪奇事件の容疑者である妹さんの事について私の所へ来たんじゃないのか?」
「だから彼女は容疑者ではない!」
ガタンッと音を立てて立ち上がれば、小さく「失礼」と述べては、また茶を注ぐ。
男は通称村の人間からは、「骨董屋」と呼ばれる。名は君津卓也ではあるが通称はそれは彼の職業であり、ひもじいのは確かではあるものの頭だけはよく回る故に、こう助けを求める者も多い。だからこそ、生活難だとしてもこの村の中でも、それだけの証言が言える身でもあるのだ。要件である新聞記事を開いては沈黙が続き溜息一つ。
「三十木君、私もこの事件には深く興味を持っているよ。」
――深く興味を持っているよ この男がいうその言葉は何かを感じさせていると言う隠語であり、那岐も「そうだろ?」と口を開いては言葉を続ける。
「大体おかしいだろうに…アリバイはある。けれどもこの事件の関連性はあるのか?」
「あるさ」
カタンと飲み終わった茶碗と新聞を置いては口を開く
「君は若いから知らないと思うが、明治にもこんな事件があったのだ。まぁ、簡単に言えば恋慕故の犯行。男が被害者の身体に同じ様に竹を串刺し、妹には金を握らせ黙らせた…だけじゃない、これは私の予測の範疇であるがねアンドロギュロスと言う物が哲学に存在する。言えば背中だけがくっついた胎児とでも思えばいいさ」
中途半端に並べられた言葉に、那岐は声を低くしては「何が言いたい?」と前のめりになると、手のつけられていない那岐の茶碗を持って、茶を啜ってはまた溜息を吐き、話を続ける。
「死体は顔の皮一枚に首から頭部までの骨と目が行方不明で、竹が串刺しにされてはいるが、犯人が彼女を抑えつけて低抗しなかったと警察は思いこんでいるのだ。」
と言えば立ち上がり、そのまま玄関へと向かっては那岐に「ついてきたまえ」と言い残し、フラリと犯行現場へと訪れ、死体のあった場所を、じっと眺めている。
「これで何か分かるのか?」
「分かるのは、三つだ。串刺しにされたのは確かである事、けれどもやはり低抗した痕跡もなく、もう一つ……この西の社に彼女が祭られていると言う事だ。」
「祭られている……?」
「古より双子と言う物は気味の悪き悪しき者だという思想がある、それ故に片方のどちらかを社に納めるのだ。随分と昔の習慣でもあったし、言い伝えとも言われているが私はそうだとは思わない。……ここまで言えば何か分かるか?」
「まさか……」
たった一言で蒼白になったその顔に指を射し「そう」と君津は呟く。
「犯人は君ら二人のどちらかを、埋葬したいのだ。悪しき者として。そうすれば村は事件も解決し、平和も訪れる。どうかね?」
「なら、那美は……」
「完全に無実だ。後、もう一つ君の大事な片割れを救いだす方法を今から問い詰めようか。」
男二人が話しているのを聞いては心臓が跳ねる
まさか”あの男”を連れ出してくるとは……否、あの男が自らここまで活発に動くと言う事は既に気付き始めているのだ。ここであの死体を見てしまえば自分達のしてきた事は確実に水の泡になると考えている瞬間に少女が「大丈夫」と呟くが、そこには影一つしかない。そうこれは俺であり彼女でもあるのだ。
「彼は恐らく気付くでしょうね。でも平気、もう少しで私達の悲願は成就されるから。今は、駒の生成を急ぎましょう。」
嗚呼、彼女が肯定をしてくれるならば何も不安に思う事はない。
「後、二日……それまでには。必ず」
「……」
いそいそと二人は足を運んだのは警察署で、刑事が君津の顔を見た瞬間に目を見開いては、他の刑事に対応をさせようと外へと放り出す。
「き、君津さん……め、珍しいですね。何か御用ですか?」
「いや、この小さく辺鄙な村で猟奇的事件が起きたとなると歳寄りの耳にも聞こえる。さて、既に死体は破棄されている様だから、そこにいる刑事さんを至急呼んでほしい。」
「は、はいっ!」と怯え逃げた様子を見て那岐は苦虫を噛んだような表情で「やっぱ、あなたは変人でしょうに……。」と呟けば笑って「褒め言葉だ」と短い会話をしていれば刑事が「い、いやー……」と冷汗をかきながら外へと足を踏み出し、君津が目を細めては一言。
「かの少女の死体の状況を詳しく教えて頂きたい」
あの後署にいた全員が慌てふためきパイプ椅子が二つ用意され茶が用意された頃、目の前には刑事がおり相変わらず冷や汗をかいている中で本題へと入る。
「死体は確かに新聞にもある通り、頭蓋骨と目が行方不明で串刺しにされていた…と」
「それは私も読んでいるし、何よりだ刑事さん。私も腐っても骨董品屋の主でね、噂だけならば村一番耳に入る。犯行日、確かに三十木さんにはアリバイがあった。私が聞きたいのは他に何か痕跡があったかを知りたいんだ。」
気迫に押され仕方ないと思ったのか、刑事は「確かにありましたとも」と返答しては君津が一言
「やはり、絞首か。」
何故?と首を傾げる那岐に視線を寄こしては「先程の話だ」と言っては更に詳しく付けたして行く
「先程の事件も実は絞首した上で竹で串刺しにされたのだ、相手を如何に容易く殺せるかと言われれば毒殺だが神経毒の結果が出ていないならそれはない上に死体に刺された痕跡はどこにもない」
流石に刑事も参ったのか「おお……」と声を漏らすが、刑事は「じゃあ……」とやはりある事に疑問を持ったらしい。
「じゃあ何故、刺殺じゃないと言いきれるんだ?死体で刺殺箇所なら首と陰部があるだろうに。」
「ああ、だがね刑事さん。この犯人は三十木さんだからこそ、疑いを回す方法がある。君もタダ飯食らいでも長い事この刑事(しごと)やってんなら分かるはずだ、双子の片割れは社に落とせって言う事件はあったはず。分かるか
な?犯人はこれを知っている……その上でどちらでもいいこの二人を容疑者とし、逮捕すれば事件は片が付く上に失踪事件も同時に片づけられるのさ。」
「は?」
君津が述べたのは、死体遺棄事件のみでありで那美の疑いを晴らす為だけなのだが何故ここで失踪事件が関連しているのか二人には理解出来ないが、出された茶を啜り上を見上げては思い出す。
十年前に自身が経験した事を
地球というよりも世界が誕生してから共通したのは、国の分裂と奪い合いイコールその国自体の強さであって、征服者(コンキスタドール)と言うヨーロッパ人も存在し大いに栄えた古代文明を百人という少人数で征服し、黄金を奪っていった。事実日本でも幕末と言う時代は正に混沌期であり、約定を求めたアメリカはただ石炭と水を求め、最終的には金も削り取られていった。将軍慶喜が出した大政奉還も国力の政治判断を下げない為の策で江戸城は無血開城となり時代が進むが、明治政府も金銭的に余裕すらもなく亀裂を生み、日本での最後の戦争を終えれば諸外国と同じく国を奪い合う。幕末期に手に入り鍛え上げられた海軍を武器に。
しかし、本当にこれで日本は勝ったと言えるのか?否、むしろこの判断こそ敗北を裏付け、大規模な二つの戦争の後に再びいつしか国を奪う一線とまでなったアメリカと戦い、大敗。大まかではあるが、この範囲であれば歴史の授業
でも習う。日本特有の神風主義は君津も経験しているのだ。
海軍での大敗、年齢期となれば男は戦場へと借り出される。君津が18の頃であった
配置されたのは陸軍であり、空軍でなかった事に一時期安堵をするものの、陸軍であれど、そこは正に地獄。いくら仲間が血を吐いていただろうか?中には腸が尻から出ている人間もおり、若いうちは本当に地獄であったが、二か月も経った頃には、自分達は天皇が機能せず好き勝手にやっている上の人間に弄ばれるただの駒なのだと理解しては、死に場所を求めるように戦場で戦った。最初は気持ち悪がっていた光景も普通、死んでゆく友も仲間も生き返る事等あり得ないし、戦場で泣き事を抜かすのは恥でしかないのだと。
十年後の姿は細身で何もかもやる気がなさそうな枯れ木の様なイメージを周りに持たすが、試しに武器を持たせれば戦場の一部制圧など容易い事。頭が回るのも、客観的で人生を達観している様に見えるのはその経験の所為であると
過言ではない。
だが、誰しもが君津の様になれる訳ではなかった。当然だ。家族に会いたい、友と笑っていたいのに、何故自分たちが都合の良い様に使われなければならないのか。自分を見送った時の母の目はどんな目をしていた?
戦争で命を落とした父は最期に何といった?幼き兄弟達は無事で生き残れるのか?戦争末期日本軍が敗退の色が濃くなった時に特攻隊の多くの青年たちはヒロポンを飲まされ、出撃しろと上から指示を受けては命を散らす。
現在でもヒロポンは薬局に売られているが、あれは覚醒剤の一種で、神経の活性化と言うよりも機能を麻痺させ脳が物事が判断できなくなり、不安、手足の震え、動悸が主とされ、味覚の異常と蕁麻疹を起こすのが一般的だ。だからこそ脳の機能が停止するまで、少年達はヒロポンを摂取しなければならないのだ。本当にそれで狂ってしまった人間に関しては君津は何も言わなかったが、その中で生き残った人間で見るに堪えない人間もいるのも確か。
これが君津卓也の経験した十年前の出来事であり、この事件をここまで自分に興味を持たせる――否、ここまで予告してきた人間は初めてなのだから。
「君津さん…アンタ何で、この事件と失踪を繋げてるんだい?」
「三十木君から、ここに来る途中で聞きましてね。被害者は事件の前日に失踪した少女を診療所に連れて来ていたと」
「何……?」
「その少女と被害者は被害者によると失踪した少女が被害者のなりたかった姿で三十木君達と似た関係と言っていたそうだ、三十木君は双子。しかも私に言って来てまで三十木さんの無実を証明して欲しいと来た……つまり、犯人は私と同じように骨董品の様に美しい物が好みのようだ。」
と言い残すと、余った茶をずずっと啜っては席を立ちあがり、刑事の顔を見て。
「この事件は関連している、酷く猟奇的でここまでメッセージを残しているのだから。既に犯人は私の中では特定できている。最後に……間に合う内に。刑事さん、ここからはその権力がないと私も確定が持てない。」
まだ、間に合うはずだ。
タイムリミットは恐らく二日…この間にケリを付けなければ、この事件は迷宮入りが確定される。犯人と特定できても、証拠が無くなってしまうのだ。だからこそ迅速に『彼』が送ってきたメッセージを解く為に。
「わ、分かった。ちょっと待ってくれ」
「おい、今から……」と署内で荒れている中、隣にいる那岐は不思議そうな目で見ては思う。
この人は既に犯人と出会っているんじゃないのだろうか?――と
刑事と巡査を数名連れてやってきたのは「雨宮」と表札に書かれた家
「お宅のお嬢さんの失踪事件に関して聞き込みに来たんですよ、お時間貰えませんかね?」
突然の来客に、慌てふためいたのか母が「ちょっとお待ちください!」と言い残し、待つ事十分。客間へ「ど、どうぞ……」と通されては早速本題へ入る。
「最初の聞き込みで聞いたと思いますが、そちらさんがここへ来たのは亡くなった祖母の遺産相続の為でしたよね?」
「は、はい……それが何か……」
「刑事さん、後は私の方から。」
そう君津が口を開けば「あ、あなたは何なんですか!」と言われるが、刑事が「まぁ、落ちついてください。」と宥める。
「この人は、この村で骨董品屋を営んでいましてね。けれどもこの村には長くいまして、言わばこの村の看板役……我々警察として国で雇われてる身ではありませんが、村の長と言ってもいいぐらいの人でして。今、三十木那美が容疑として浮かんでいる殺人事件とお宅のお嬢さんとの失踪が関連していると見て、急ぎの用と言う訳で我々が同行しているのです。」
刑事の言葉に目を見開き「そ、それは……」と言葉を濁す様子にこほん、と咳を吐き、「よろしいですかな?」と言っては、全てを明かし始める。この小さな村で起きた猟奇的殺人事件の真相を
「まず、お伺いします。電話がかかってきた時に相手は何と言っておりましたか?」
「言うも何も、あの女が……!」
再び取り乱す様子に「落ちつきなさい」と一喝し、一拍。
「確か、私は比米さんのクラスメイトで比米さんに用があるので代わって頂けませんか?と言っていました。」
「そこで奥さんは何と?」
「午前三時と言う事もありますし、常識的に考えて娘と代われと言われても失礼だと怒った覚えはあります。すると、突然娘が部屋から出てきて電話を……」
「何と言っていたか覚えていますか?」
「詳しくは覚えておりません……ですが、岳早さんだと言う事と、もう会えない……とか。」
「ありがとうございます」と短く言っては今度は「三十木君」と方向を変え、質問を続けて行く。
「雨宮さんがこの村に来て一週間と聞いたんだが、彼女はもちろん診療所を知っているだろう?こんな小さな村に一つしかないんだからね。だが、事件昨日まで来ていない上に二人とも初見ならば、看板の前に電話番号が書いていない
診療所の電話番号を知る事もない。そこでまた、奥さんにお伺いしますがここの家の番号を知っている人間はどの程度いますかね?」
「!」
その場で刑事と那岐は息を飲んだ
確かに村に来て短く、しかも遺産相続の為……電話番号を知っている人間はおのずと限られる。その通り知っているのは、村に滞在する伯父と葬儀屋のみと裏付けが取れた。すると最後に君津は「お答えいただきありがとうございました」
と頭を下げたまま、確固たる真実をようやく吐き出した。
「まだ、お嬢さんは無事のはずです。ですから、この後は私一人で捜査をします。事件の方については警察の領域ですが、お嬢さんの失踪については必ず私が。」
するとその一言に安堵したのか、母親は涙を流し「娘をお願い致します」と言っては、四人は家を後にし刑事達は事件の処理……つまりは三十木那岐の無実を公表する作業に取り掛かる事となった。
誰もいない坂道を歩く途中で、那岐は「骨董屋」とか細い声で名を呼んだ。
「すまなかった、那美の無実を証明させてくれて。俺一人では那美を救えなかったんだろう、全ては骨董屋が署内で話した戦争の経験のおかげだ。」
あの時十年前を振り返った時に、君津は暢気に茶を啜りながらこう残している。
『実はこう見えて私は十年前に戦争に駆り出されていてね、三十木さん程優れた医者が何人もいたが、精々神経が麻痺して呂律すら回らない患者を生き延びさせる事、膿んだ臓器を排出する事が限度。それに頭蓋骨が無いならば、まず頭部を取らなきゃいけない。首に糸がないなら取り出す方法はそれだけだ』
「あの言葉がなければ、頑固な警察は那美を犯人扱いにして本当の犯人すら見つけなかっただろう。それには礼を言わせて欲しい、でも何故失踪とこの事件が重なるのか――……」
秋が近くの風が頬を撫でる中で、君津は「簡単な事だ」と言っては一つの言葉だけを言い残し、いつも居座っているはずの黴と埃だらけの場所から姿を消した。
「双意(ふたごころ)」

夢想

残り二日でようやく自身の願いが叶うと思うと手足が震えるが、作業に支障をきたしてはならない。
「……ようやくだ」
幼い頃から美しい物を見たいとずっと願っていた
これこそが私の人生の中で一番美しい物とさせる、その為だけに私は俺はこうしているのだ。
黒く糸の様に美しい髪を持った少女、目さえも美しく”私”とよく似ている。
私は衰えてしまった。当然である、何故なら人間だから。では本当に完成された美は一体何なのか?答えは簡単だ人形である
かつて俺がそうだった様に
夕焼けが射すこの場所で幼い声が響く
「下照比賣(したてるひめ)様」
「……比米か、どうした?」
全てを完成する為には道具が必要だ。だからこそ道具の調達にも時間はかけた上に、何よりも会ったその日から使えそうな道具だと知っていたから。
「時間の猶予は?いつになれば深琴は出来あがるのですか?」
これも人形
私と俺を隠す事に特化させた人形で、今では良き刃でもある。
「後二日、と言ったがどうした。それまではここに来るなと命じたはず」
「申し訳ありません……ですが、今入った話で例の社は取り壊され双子の片割れが釈放されたと。」
「何?」
社――それは今世間で世の中を騒がせている、この村での猟奇的殺人事件であり、舌を打つ。
あそこに神などどこにもいやしない、なら地蔵の代わりに最高傑作の皮を。神と謳われたイエス・キリストも処刑された際に使われた釘等は聖遺物…つまりは聖なる物として置いて置かれる。立てて置いたのはそういう理由で、今製作している物はかのキリストの血を思う存分浴びたと言われる聖槍ロンギヌスに値する。恐らくこれを仕掛けたのもあの男の所為だと認識し一言
「足を踏み入れたら逃がすな、一人たりとも殺し尽くせ。駒は好きに使うがいい。」
「分かりました」
静かに足音が去ってゆく最中で男は「どう思う?」と少女へと問いかければ少女は「非常にまずい展開になっているかもしれない」と呟けば「何だと?」と男の声は乱れる
「あの男の事、多分私達が社の近くで様子を見ていたのに気付いたんでしょうね。それにあの男は貴方と同じ様に戦争を経験しているし、何よりニ度も面識があるんだから。」
「…駒の数は?」
「今ある程度で動けるのは子供が二人、男と女が三人計七人。比米が統制を取れば問題は無いと思うわ、何せあの男は絶対に一人でここにやってくる。」
「だろうな」
今世『でも』関わりがあろうと、邪魔をさせる訳にはならない。奴はこの村の主ではあるが、私と俺は墓場の主。死んだ人間を何度でも何度でも換えさせる事など容易く、今統制を命じる祖母の死体の一部もいい部品(パーツ)にな
った上に初めて彼女と認識した時に駒にさせる事は確定していたのだ。私の銘は下照比賣――古事記の表記では高比売命(たかひめのみこと)亦の名が、下光比売命・下照比売命(したてるひめのみこと)夫である俺が死んだ時、私アメノワカヒコと婚約の儀を結び、天若日子が高天原からの返し矢に当たって死んだとき、シタテルヒメの泣く声が天まで届いた事を幸いにその声を聞いた私の父は葦原中国に降りてアメノワカヒコの喪屋を建て殯‎を行った。これこそ私達が下照比賣と名乗る理由で産まれた時からそうであると願い続け、今世で銘の通り表側では葬儀屋を営み、こうして村で生きてきたのだがこの村の中で美しい者は三十木の双子のみであったが何かが足りない。そんな時に見つけたのは、長い糸の様に美しい髪と白い肌、整った顔立ちに少し色素が落ちた茶色の瞳を持った少女。これこそが究極の美なのだが、生身の人間を人形に変えるのは至難の業。まず頭蓋骨を型にし、土を流し込み焼く。骨が溶けず、また土が焼ける温度の調節をした上で肌を作ってはホルマリンに漬けて置いた目をコーティングさせるが、非常に割れやすい為慎重に扱わなければならない。この作業でかなりの時間を費やすのだ。髪は縫い、白く出来上がった頬に紅を塗れば完成となるが、今の時点では目玉を埋める最中であり神経を抜き、血管などの採取も集中しなければ失敗してしまう。ここまでくればお分かりだろうか?
そう雨宮比米を誘拐したのも、美しき彼女(にんぎょう)と関係性があり何より彼女を殺した時に深く関わりのあった双子に罪を擦り付け、同時に関係性があった娘が同じ日に誘拐されたとなるならば、親は確実に三十木らを疑う。
ここまでのプラン……雨宮比米を呼び出したときには彼女は既に息絶え死体。竹で固定させて私が後ろから雨宮比米を浚うと、ここまで手を掛けたのだ。
「本当に大変だったわね」
「…ああ」

1
「岳早さん、どこにいるの?」
ガサガサと言われた場所を探すけれども、目印は社のみ。瞬間石に躓けばそこには彼女の姿があり比米は「岳早さん!」と近寄った際に比米の首が後ろに曲げられた瞬間にくすくすと言う笑い声が灯のない茂みの中で響き渡る。
「夜分遅くにどうしたの?お嬢さん」
比米は口元を押さえられ、身体も抑えられているが明らかにおかしいと思い抵抗するも全く動けず耳元で聞こえる女の声を聞くのみしか出来ず女は比米の耳元で囁いた。
「彼女はもう死んでるの」
目を見開き、視線を僅かに向けた瞬間に比米はその中でこの姿の主を思い出す。この黒髪と不気味な目をした人物はかの葬儀屋なのだと。しかし親と話していた時は男の声だったはず……そう考えていると葬儀屋は「着いてきなさい」と言ってはそのまま比米を米俵でも持つかの様に樹木の後ろにある彼女を見せては悲鳴と涙が一気に溢れだす。あんなにも綺麗だった彼女が、こんな惨めな姿で――…まさかと思った瞬間はもう既に手遅れ。
「ええ、貴女をここに呼び出したのも彼女を殺したのは私。けれど、もう一度彼女に会いたくない?」
その言葉に再び沈黙が訪れ、女は何かを憎むように「許せないでしょ?」と比米の耳元で呟く。憎悪だけが満ちた声だけが
「私と彼は産まれた時からこうだったのよ……彼は私を愛してくれた、彼は私を愛してくれたけれども私はあの双子の所為でこうなってしまった!」
するり、と抜けた掌に比米は「双子……?」と声を漏らせば、今日初めて会った二人の人を思い出せば「そう、彼ら。」と憎悪に満ちた声は止まない。
「前世で特異点だった私は双子の兄の妹。前世に神と渾名されては双子の姉である彼女は前世では私の母代わりだったはずが、その兄の特異点の所為で今は愛しい人と離れてしまった。彼は私と約束したのに!私が死んだ時には共に死んでくれると!なのに何で今世では彼とは会えないの!?どうして一つになってしまったのよっ!!返してよ!私の彼を返してよ!!」
まるで救世を求めるかのような声に比米は黙り、ぐっと拳を握りしめては女へと問いかける。
「…その、愛しい人は表で葬儀屋を営んでいる男の人ですか?」
神だろうと前世がどうであろうと、この女の人は後悔しては再び愛しい人に会いたいと願い比米自身にも深琴に会いたくはないか?と言っていた。この人は大切な深琴(彼女)を殺した犯人。けれどもこの人も涙を堪えてはずっと生きてきた。ならば比米とこの人の想いは一致している。
「あのっ、私は貴女の事を詳しくはわかりませんし、正直言って私は貴女を許せません……でも、愛しい人に会いたい気持ちも分かります。本当に貴女の言っている事が正しいなら、未だ貴女は特異点なんじゃないんですか!?」
妄言の類の言葉が飛び合うばかりだが、これは比米にとっての一度の賭けに振り返り目の前にいる許せない人間へと目線を合わせては自身が出来る精一杯の事を鬼が出るか蛇が出るか……確信を持った瞳で
「岳早さんを……深琴を、もう一度”会わせて”くれませんか!?もし、貴女にそれが出来るのなら私は貴女の悲願を成し遂げる力になりますからっ!」
利害の一致
手間をかけたのは確かではあるものの互いに筋は通っている。であるとしたら、その日失踪したと言うのも比米の意思であり直向きさは思っていた通りどころかそれ以上の出来栄えに微笑んで裏面(男)が手を差し出す。
「必ず完成させて見せる。だが、時間が必要だ……それまで待てると言うのならば、行こう。雨宮比米」
回想と共にカタン、と用具を置いては七つの棺を開けては「傾注」と死体共に女は言い聞かせた。
「今、雨宮比米を汝らを統制させると確定した。以後、彼女の指示に従うように。必ず奴はここへ来る……絶対に通すな。」
「わかりました」
と子供が答え
「殺された俺の復讐を」
と男が答え
「男なんて許せないわ、女を玩具なんかにして。皆殺しにしてあげる。」
と女が答えれば「よろしい」と呟くと同時に意思を持つ彼らへと命を
「殺し尽くせ、あの男を。」

2
三十木に頼まれ、警察へ訪れ、失踪した少女の家へと訪れると目の回る忙しさにまた左肩を右手で叩いては向かう前に手入れのされる事の無かった骨董品の中に隠しておいた小さな箱を取り出しては、懐へと入れドアをバタンと閉め
坂を下りて行く。三十木に残した最後の言葉の双意とは古文で双子を意味している。そして彼らが言いたい事はもう一つ…アンドロギュロスと言うのも背中がぴったりとくっつけられ、一個体を表す。何故ここまで君津がこの事件に深く興味を持ったのかは実に簡単な理由だった。
十年前に変わった一人の人間の姿が重なる、たったそれだけなのだ。その人間も戦場での自分の意味と国がしたがる事を同じく知っている身でありながら、心の奥深くに自身の幻想を隠し今も尚この村で自分と同じ様に生きている。
正反対なのだ
君津は死んだ者はいない、蘇らない、戦場であるならば甘い言葉を並べずに前を向くしか道はない、戦後は亡き友の冥福を祈り通すべきと考え、彼らは死んだ者はいないが死体としては残っている、戦場であるならば自身も戦わなければならないし、生き残る為には甘い事は並べられないが、終わった後はいくらでもその命を芽吹かせる事が最大の亡き彼らに対しての礼儀。同じく戦後は自身の命が尽きるまで、少しだけでも美しい物を見たいというのも人間の性。
だからこそ互いに否定する 互いに自身が勝つと決めている
「目を覚ませ」
今世でも前世と同じ事を繰り返すのか?化外の国を仕立て生きると?
「枯れ木の分際で」
今世でも前世と同じ事を繰り返さなければならない、化外の国である事は今も昔も変わりはない。
両者共に足を進め、君津は葬儀屋の扉を開ければ流石に人間は腐る程にいる。それもそうだ、この村一番の腕を持つ葬儀屋であり葬儀の取り立てだけでなく、骨坪や墓はもちろん遺産相続さえ破格の値段で引き受ける風変わりな場所
の噂は新聞の一面にも載る程なのだから、君津としてはこの商業で繁盛しているのが羨ましいが、今はそんな事を言っていられる場合ではない。客は数えて17名。あの人間の性格を考えれば、この客の中に刺客を差し向けているのは当然で瞬間、その場にいた子供が泣き出し始める。子供の周りには父と母泣き声は止まずに子供はびーびーと泣いている様子に耳を潜ませば「どうしたの?」と母親はあやす中、子供は大声を上げては母へと訴える。
「おかあさんがいないよー、どこに行ったのー?おかあさーん。」
「え?」
向こうからの刺客な上に先手を打ち、やはり君津がこの場に訪れると知っての事。子供は死体であり、あやす母親は人間なのだ。母親が戸惑いを見せる中で「伏せろ!」と警告すれば、泣き声一つで建物が大地震かの様に揺れ店内は混沌の渦。ここで殺すのは構わないが、母はこの子供(死体)を実の子供だと思い込んでいるのだ。やはり、奥へ進まなければ君津にとって手出しが出せない事に面倒を覚え溜息を一つ。袖に隠しておいた万華鏡を宙へとばっ、と
投げ出せば、ここは葬儀屋ではなく万華鏡の中。痛む肩の骨をゴキゴキと入れては歩を進める。残ったのは先程の母と子供のみで案外この二人が共通していた事は流石に君津でも予測は不可能。
「まずは二人か……相変わらず手間をかけさせる。正直これは奴に会う時に使いたかったんだが、世の中そう上手くはいかんか……さて、親子さん方は何の御用かな?」
と問いかければ、獣が何かを言っているような声で母の方が口を開く。
「よくもあの時私とこの子を轢いてくれたな……旦那がどれだけ悲しんだ事か……」
これである
葬儀屋を営む彼は、この事件で何らかを動いているならば火葬したと見せかけたこの亡き殻を動かすのは朝飯前と言ってもいい位だ。実際に見てみたのも初見ではあるが、確かに無残に轢かれ、息をする度に吐血をしている事から、
内臓の何箇所かを潰されて息絶えたのだろう。一方子供は致命傷を負うような傷は見当たらないが頭が肥大化してある所から、拾われた際に何かを仕掛けられたと見るべきか。
ボタボタと床に血を垂らしては、母は内臓を求めてでもいるのか君津に襲い掛かり、子は泣き場が振動する。こんな事をされては、手入れのしていない不思議なびっくり箱は現実へと帰らせる。まぁこれは大方君津の責任ではあるものの、今この状況ではこうして古びた着物を着た中年など装う事などできるものか。
「黙れ」
眠たげな目を見開き一喝
まるで軍人の様な雰囲気に一瞬動きを止めたのが幸い懐から箱を取り出し、開けては一言。
「眠れ、死者に用はないのだ。箱はある……私の絶対命令だ、墓場へと帰れ化外の者が。」
たった一言と共に断末魔を上げ、親子もろとも箱へと閉じ込めては万華鏡に罅が入るがまだ問題はない
「さて……」
時間が刻々と迫られると同時に万華鏡がいつまで持つかと不安を抱えながら、次の扉を開く。


カラン、カランと下駄を鳴らし次の扉をガチャリと開ければあまりにも吐き気を催すような光景が目に映る。
血だまりと腐臭、焼けた皮膚は溶けては床に落ち死人の群れが、先程の親子の様に何らかの意思があって、それぞれ持つ獲物が違うと言う事。正に懐かしくも思い出したくもない十年前と似た光景に君津は目を細めては立ち止まる中、一人だけ生身の人間が死人の群れの後ろに立っており、村唯一の女子高の制服を着ている事から直感で感じた。この少女こそ失踪した雨宮比米なのだと。だと分かったのであれば出来るだけの交渉と覚悟、そして今彼らが何をしているのかをどうしても聞きだしたい。死人に対して君津自身の礼儀であり、唯一の武器はあるが生身の人間にそれを使ってしまえば死人と同じような末路を辿る。
試しに一歩足を踏み入れれば、死人が五人立ち塞がっては少女は「止まれ」と言う。
その様子に、また肩を叩いては溜息を吐いては口を開く。
「君が雨宮比米かな?その扉の奥にいる人間は私の知り合いなんだ、よければ通して貰いたいんだが如何かな?」
「来ないで」
早速入った否定の言葉に目の色を変えて睨んでも少女は怯む事なく、そこに立っている。
「こんな事で巻き込まれて命を失うというのにか?」
「嫌」
おかしい
確かにこれは誘拐ではなく彼女自身が選び、姿を消した。死人は耳を持たない故に言葉が届く事はまずないと言うのに、この娘はあの奴らと同じ様な思考の持ち主ではないはず。見立てでは、もっと純粋であるはずのごく普通の少女が何故こんな場所に立っていられる?
「貴様の友人はあんなにも惨めな死に方となったのは知っているのだろう?ならば何故、彼らを恨まない?」
「……な」
か細い声に耳を立てた瞬間に一気にその場が炎上する
「知ったような口を聞くなっ!!」
怒声一つで万華鏡が崩壊しては、そこはもはや暗闇に包まれた地獄絵図の中で響く少女の慟哭は怒り。それ以外に例える物は何もない
「あの人達は奪われたんだ前世で約束した事を!三十木の双子の兄が前世で神でなければ……妹が兄を埋葬していなければ、少なくともあの人達はずっと一緒にいられたんだ!私も彼女を奪われた事は許せない……だとしても、彼女は生まれ変わる、もう一度私に会いに来てくれる!!だからこそここは絶対に通さない、全て殺し尽くせと言われた以上私はそれに従う。」
という言葉一つを合図に襲い掛かる死体の群れ
面倒な話である
確かに奴の言う事は筋が通っているのだが、何故分からないのか。何故忘れてしまったのか。箱は既にない、ならばこの群れを仕留めるのには二〇枚。そして何も知らぬ彼女に七枚――……果たして足りるか足りないかと考える中で一旦連携を取っていたはずの五人が静止しては、くすくすと女の笑い声が響く。
「人間って…特に男ってすぐ物事を忘れちゃうのよね。羨ましいわ 私達はこんなにも苦しんでいるのも知らずに――この恥知らずが」
「……笑えない冗談だな」
持ち手は刃渡り六センチメートルのナイフ二本の内を一本投げては残る一つで刺し殺すと同時に頬を何かが掠ると思えば、焔。全身焼けた男が正に仕掛けては天井からは顔が扱け、鎖を持った青年がタンッ、と天井を蹴る。まずは小手調べに五枚。流石にいくら戦争経験があったとしても手持ちはこの札のみなのだから自身の身を守る事を最優先事項とする。ガキンッと鳴り響く音こそ成功の合図で、七枚を手持ちにしては口を開く。果たしてこの言葉を口にするのは何年……否、前世ぶりかと多々昔を懐かしみながら唱を呟く。
「魔天楼(まてんろう)」
振りかざし、各位置へと。
「独人求道卬座(どくじんきゅうどうそうざ)」
卬は消えることなく、当たれば一瞬にしては切り刻まれては「え?」と言う短い言葉と同時にドシャッ、と音を立てては崩れ落ちれば後二人は玉砕覚悟の突進にスッと前を通り、札を二枚消費すれば同じく切り刻まれ時間にすれば数分と言った所か。先程まで無残だった光景が消え伏せては目の前にいる少女は目を見開く。
「ど、どうして…そんなたったお札一枚で……」
怯えを隠せない、それもそうだ。その理由を
「今から教えてやろう、この全てを。」
手札七枚を額にぶつければ、少女の意識は暗転し体の制御が利くことなくその場に倒れ込む。きっとこれを見た少女は何を思うのか……それは流石の君津にも分かり得ない事なのだ。

1
声が聞こえる
真っ暗な世界で比米が目を覚ませばそこは崩れた橋の上であり、茶髪で軍服を着た女が黒い髪をし、赤い剣を持って体を支えている光景に目を開く。これは一体何なのか?分からない。けれども赤い剣で必死に自分自身の身を支える
人は彼らとそっくりである。きっとこの人は殺されてしまうんだろうと認識した時に近寄ってくる軍服を纏ったその人の腕は何か――日本刀と繋がっている中で口を開いては叫ぶ。
「己が死ぬ事を受け入れず、奇跡を求めているなど笑止千万。貴様など、騎士なる資格などどこにもないのだッ!!!」
「!」
言っていた あの男も似たような事を言っていた。けれども相手の喉に刺さるのは黒い触手で倒れた女の人は何かを呟きながら目を閉じた瞬間にまた暗い渦に飲み込まれれば、酷い光景。
硝煙の匂いの中で流れ込む記憶プラチナブロンドの髪を持つその女はいくつもの場面で戦い続けている誰かを守る為だけに、最後の攻撃と慟哭の声の持ち主を私は知っている。
守ると決めたのだ、もう60年も前に。だからこそ、私は死してもここにいる……と、少年が心臓を貫かれたと同時に右腕を失ったこの声の持ち主はか細い声で、雪の様に溶けて行く中で誰かに訴えかけては消え、またあの男に似た…否、こちらの方が本物の様な男は、今この暗い世界で先程の女に抱かれては泣いていた。母親に抱かれたかったと間違った願いを問いただされ、泣いている姿に先程消えたはずの女がそっと男を抱きしめて。次こそは、あの残した少女にとって、どうか優しい世界でありますように――と言う言葉にようやく彼らが言っていた事を比米はここで理解した。
「……環状線」
そう巡りに廻って辿りついたのが今世(今)彼らは愛し合っているのは確かなんだろう。
あのプラチナブロンドの髪をしたのが三十木那美であり、元前世で共に眠った神と渾名された男は三十木那岐で赤い剣を持ったあの少女はあの男の片割れ。この光景を見て比米が抱いたのは複雑な感情。何故、叶わないのか。どうしてここまで世の中は残酷なのか、命を賭けて守ったというのにどうしてここでこんな思いをしなければならないのか。ふとした瞬間にまた少女の声が聞こえた。
「――貴方が裏切られた理由は…数えればキリのない駒達を否定したのが、それが原因だッ!!あの人達だって、一人としての人間なんだッ!!」
彼女(比米)の知らぬ世界であった殺戮ゲーム。これが彼らの過去、戦って傷ついてようやく手にしたものが今ならば彼らの言っている事が理解もできるし一層許せなくなってしまう。けれどもそれ以上に比米が許せないのは、この全てを知らずに自分の都合で”こうしていた”事なのだ。三十木の双子もきっとこれを覚えていない、あの男とずっと傍に居たかった二人しか知らない前世を見た中で目を覚ませば、男は自身の側に立っており、感じさせる雰囲気と口調は黒い髪をした男と軍服を纏ったあの女によく似ていた。一方、君津が目を覚ましたのに気付いては何もない真っ暗な天井を見上げている。
「馬鹿馬鹿しいと思わないか?もうここには何もないと言うのに、彼らは今を酷く悔んでいる。私と同じように十年も前に戦争を経験していながら、亡くした物を拾い集めようとしている。そんな事には一切の価値もないと言うのに…その価値を知っていた彼女に私は酷く絶望したよ。殺戮ゲームの最期で共に戦った彼女がここまで堕ちてしまうのはもう見ていられない」
「あなたは、あの人を斬ろうとした軍服を着た女の人なんですか……?」
「そうだ。三十木君達は完全に覚えてはいないが、根本的な所では今でも繋がっている。だからこそ、この事件は私が終わらせよう。」
比米が短い間の中で見た夢から覚めて立ち上がった瞬間に、君津は比米の頭にポン、と手を乗せては微笑む。
「もう、帰りたまえ。全てが分かったと言うならば、君は今を幸せに生きるべき義務がある。」
たった一言に涙を滲ませては君津へと抱きつき、今にも消えそうな声で「ごめんなさい……っ!」と精一杯悔んではそのままこの場所を後にし、見送ればまた下駄を鳴らし前へと進む。
つい最近起こり、この村を震わせた猟奇的殺人事件は警察ではなく、共に知るべき者同士で解決する物。君津は村で人に頼られたとしても、警察と言う権力がなくても、この事件にここまで興味を持ち数えられた証拠と確信のみを持って、相対する仲間なのか敵なのか分からぬ存在をどうしてもこの手で捕まえたかったのは、今まで述べてきた物全て。

操り人形(マリオネット)は消えた

懐にいつも持ち歩いている懐中時計を開いてみれば、タイムリミットは後半日。
今まで神妙に全てを煽る彼らをこの手で――と再び決意しては最後の扉を開けば、そこは割れたはずの万華鏡の世界。時間が不明であったのは大体この所為で、どうやら彼らは時間稼ぎをしこの場で君津を殺すとプランを変更したのか、黒き長い髪を持つ彼らは君津の方へと振り返っては口を開く。
「十年振りだな、君津。まさか今のお前がこうして俺の元に辿り着いては、比米まで帰らせたのか……腕は鈍ってはいないんだな」
「ああ、無論。」
机に残されているのは完成仕掛けている人形を見ては肩を竦める
「そこまで出来る技術は元々私の領分だったんだがな……一見みたらそれは本当に美しいよ。だが」
札を向け、止まったこの時間の中で二人の声が響く。
「貴様は必ず私が手を下すと決めた以上、死を覚悟しろ。馬鹿者が」
「銀は堕ちた、次はお前が俺の創り上げる至高の作品の諧謔となれ。」


これはとある数名が三回目の環状線を回る前の話である
最初に述べた通りに神話や各国の信仰において様々な思想と宗教があるが、大半の人間が述べる神はイエス・キリストと勘違いをしている者も多いが、天照ノ神やブッタより前にアダムとイヴが存在する事によって全てが始まった。
存在したのは赤い実と白い蛇、そして二人の間から産まれ落ちた子供。子供は何も知らず目も見えなくなってしまった両親と自然と別れ、自分は異常なのだと幼くして悟った。異常とは産まれてから言葉が発せた事、異常な速さで伸びてゆく手足。人間で五つを数える頃にはもう大人になってしまった事に失望しては、赤い実を両親へと勧めた白い蛇の存在。そして何より、産まれてから痛んでいた臍の痛みが消え気付けば自分は実の母を手に掛けた事。
子供は殺した女が母だと知らず、殺した瞬間に無くなった臍の痛みに耐えきれず白い蛇と契約を結び事実上、神とまで行かなくてもそれに近い存在として長い時を流離い続けた。
様々な風景を見ては飽き、経験し、学び、人間の本質を悟った頃は丁度人類最大大悪の戦争である第二次世界大戦の最中であり、数え切れぬ偽名を使ってきた男は、長年からドイツに居た故に国の地理をよく理解していた為、国での地質研究者…ハウス・フォファーと名乗り、同盟国日本の地理と戦争の光景を見ては思う。これだけの霊脈を纏う地、誰も上の者には逆らえない自国と似た思想こそ正に最適の地――…父が黄金にして子である男は銀。亡き母に抱かれないという深層心理から芽生えた一つの発端こそ父を自身の手で殺し、自身が神の座に至る事。だが子と父の能力の差は確実に桁は違うのは自明、しかし男には白い蛇との契約で学んだ知識がある上、蛇こそ両親の目を潰した張本
人……これだけの材料があればいくらでも殺せるが、問題が一つ。自身が神となるはいいが、男の表向きの渇望は自分自身の死。長い間流離い続けた中で思う事は自分の命とこの世界を破棄する
さて、視点を変えるが聖遺物と言う物は聞いた事はあるだろうか?
あれは聖なる人間の体の一部やその聖人の血が混ざった釘、使った杯を指す。無論これは男も知っており、ならば自分自身を少しずつ削り取り聖遺物と言う物を作り上げた。だが所詮一部である為、使用者の肉体の強化などはまず不可能。運動量や肉体の視力・嗅覚・聴力・筋力があがるのが精一杯で、自身の血と使用者の渇望を足して出来上がる人間を超えた人間の生成。だが、神ではない男には未だそれが出来ず戦争末期、赤軍ベルリン陥落と同時に男は父へ憎しみを向ければ、あっけなく父は消え、彼こそ銀が全てを統べる事から男はジルヴァと名乗り、彼が持つ能力は聖槍ロンギヌスよりも強化された本物の神の槍…神槍グングニル。北欧神話での神オーディンの元に集められたその魂の数はヴァルキュリアが積み上げた魂の数と一致する最強の聖遺物を以ても自身は父を殺したばかりであり、聖遺物の育成に体が削り取られていくのだから今は不完全。
ならば代わりが欲しいと思い、人間のハイブリットを仕立て上げるレーベンスボルン機関に働きかけ代わりを用意したのは良いものの、自身と血を分け産まれた少女は自身と同じ特異点であり、見た目も全て同じ。
男は歓喜の念を押し殺せる事ができなかった
きっとこの妹は自分の願いを叶えてくれるであろうと思い、実の妹を自身の渇望を叶える為の殺戮ゲームの鍵とする。何故?理由は明白。神である自身と同じ特異点であるならば自分を殺せると言う理屈だからだ。だからこそ、今度こそ本当の代替が欲しいと思い、目を付けたのは髑髏の大隊長ダズ・ライヒ所属である軍人レイラ・フォン・アルセイム。騎士の出身でもなくAHGで主席で卒業し、若くして戦場に立つ英雄とも呼べよう女は夢想である第三帝国の意見に耳を貸さず、全ては国と同胞の為にベルリン陥落後も生き残った猛者。彼女こそ、最強の軍人であると見込み自身の妹を預け代替としたのにももう一つ理由がある。彼女は軍人思想の持ち主だからこそ、亡き同胞の為にその身を捧げてきたならば国を愛している事にも直結する。そこで「世界を壊す」等と言えば絶対に彼女はそれを阻止するであろうと見込んだからだ。
殺戮ゲームの開始は半世紀後 不完全な神はその為の駒を生成する前に自分の爪から練成した鍍金を予めに用意し、不死であるが自分を地に立たせる為の生贄を作り上げた後は戦争時に拾い上げた軍人を生物兵器へと造り変え、日本に訪れた時に聞いた700年前から続く鍛冶師である崇美の一族を惨殺。後に生き残りを戦場へと送りこみ、一番初めの駒であり最強の騎士とさせ、次々と駒を増やしていく。
好奇心旺盛なただの学生、幼い頃に心に傷を負った少年、自身を愛すると言った大女優、死んだ妻と子の贖罪と死に場所を求めた天才、ここに生物兵器と鍍金を投入させてはゲームを開始。だが予想外だったのは自分の代替が自ら動いた事。死の一歩手前まで追い込んだものの始まりとしては十分であり、妹は駒が作り上げたトリックを暴き自身の元へと辿りつかせていく。
しかし、神である男と妹は似た様で正反対の存在。最初は自身と同じく冷めた性格であったが、このゲームで銘である炎の様に挑み、それこそが人間を超えた人間であっても同じ感情を持つ人間が束となり造り上げた駒と対峙してきた事が何より自身への裏切りであったか共に契約を結んだ白い蛇さえ自身を裏切ろうとしている。そんな事があってはなるものか――白い世界で響いた二つの慟哭の末、男は神から人間へと落ち、削り取った体と魂の限界に支えを失くせば死は直前の中で暗い世界で自身が殺したはずの英雄がずっと、ずっと男を待っては本当の渇望(願い)を教え共に眠ったのが最期。
そうして三回目の今は神となった男と英雄は双子へ
少女、少年と愛していた人間は埋葬され、残ったのは神の妹と生物兵器は不完全なアンドロギュロスへ、天才と最強の騎士は、ただの古びた骨董屋の主へとなって今に至る。
長く続いた前提と回想の後、骨董屋である君津は部屋の天井を見上げては「ほう」と小さく感嘆の息を吐く。
「素晴らしいな、この天井は。まるで私の持っていた万華鏡……否、貴様の第一の作品の万華鏡の様だ。」
実を言えば、彼らが仕上げようとしていた美しい物と言う物は既に完成していた。
それは、君津の持つ万華鏡なのだ。彼らはそれを台に当初は硝子の棺を生成し、共に収まり、自分たちを埋葬する事が最初のプランだったのだが、二人が出会った時に君津がその万華鏡を取り上げた事が原因でこの事件が発生したと言ってもいい。つまり犯人は彼らだけではなく、君津も犯行に関わると言う事になる中で万華鏡の話は未だに続く。
「人間の眼球のガラス体を利用し、光の反射によって色が変わる…本当に素晴らしい作品だ。だが、何故殺すのを私ではなくかの少女にしたのだ?」
「簡単な話です」
少女は敵を見るかの様な目線を君津に向けては、口を開く。
「美しい物は自然であるものの儚く消えて逝ってしまう……だから永遠に残る素質体として人形を作り上げたのよ。殺した彼女の目は髪は美しかった…でも髪は時が経つに連れてフケが落ち、色が変色してしまうでしょう?だから型と目玉があれば十分、後はほんの少しの祈りであの社を彼女の墓にしたという事。どう?理解して貰えた?」
「得心が言ったよ」
当然なのか歪んでいるのか判断できない互いの思想に君津が小さく呟けば、札を向けたままの中で少女が笑えば札は燃え上がる様子に目を見開く換わりに少女は笑う。
「まさか私が炎で”あった事”は一番理解しているはずでしょう?たかが札相手に彼が相手するまでもない」
何が起こっていると言うのだろうか?
もう三度目であり、神は堕ち、聖遺物などどこにも存在はしない上に彼女は過去聖遺物を破壊されているからこそ能力は使えない。否、それは生物兵器である彼以外は全員当てはまる対象なのだ。おかしいとふと思い考え込んだ瞬間に「まさか……」と君津は声を漏らす。
死者の蘇生の時点で気付くべきはずの事態である”これ”と秘めた彼女の存在。それは、呪術。いくら神が堕ちても特異点であるのには変わりはなく、転生しても効果はあるはず。彼女の血液さえあれば!
「貴様はその血を全てここで使い果たしては死者の組成ともう一人の奴の素体で呪術をこなしたか」
「洞察力は衰えないようで何より。でも、さっき言った通り私達が創り上げる至高の作品の諧謔となれ!」

札は出せば燃えてしまう
少女は未だその能力を所有している以上、いくら効果のある札といっても箱は使ってしまった。あれは札の効力を保つ為だけに特化している事は霊力の上昇と能力は一品物であるからこそ、先程親子二人を易々と埋葬できたが、時間が盗んだ万華鏡の所為で把握出来ない上に時間が経てば経つほど、保管していた札の効力も薄れていく。二〇枚は必要かと考えていたのもそれであったのだが、早い仕掛けに枚数の削減に成功はしたものの、比米に過去を見せるのに七枚も使ってしまったのが痛手。手持ちは三〇一枚で燃やされたのは、八枚。残りで果たしてどうにかなるか

これが神の過ち
これが君津の過ち

絶対的危機状況の中で思い出すのは、かの戦い。
騎士は生ける刀となり、天才は蛇の動きを止めた。蛇を斬り落としたのは紛れもない生ける刀なのだが、既に破損し剣とは言えない産物。
「そうだったな」
笑う
剣も動きを操る事も出来ない危機的状況の中
二人が起こした行動による猟奇的殺人事件と願い、彼らの願いは既に誰もが知っているであろう けれども君津の願いは未だ誰も知らない事が確か
「下照比賣――否、本城真。過去の生物兵器がこの最強と謳われた私に刃を向けるとは愚かだな、所詮貴様も私の事を化け物と呼んでいたのになぁ…”化け物”」
スイッチが切り替わり、少女から彼へと。彼が持つのは過去の生物兵器ではないよく似た槍の姿
「何だそれは?言ってみろ」
低い声で断末魔かの様に口を開いては彼はその槍がなんなのかようやく明かす
「堅い骨を採取し、俺を取りこんだのが”これ”だ。無論彼女も生きているからこそ」
鳴り響く雷と燃え盛る炎 まるでどこかの神話の様に
「来い、お前の過ちは俺らが亡き殻として埋葬してやる。」
では、と君津は笑ったまま
「始めようか」
事件の解決と犯人両者の争いを


実はこの村の看板とも言われる君津は鬱病を患っている
精神的には強い方でもあるし、戦争経験者でさえあり生き残っているのだから物事は既に達観しているのだが、そうなったのは戦後から。
この事は誰も知らない事であり君津のささやかな願いであった原因は幼少時代の事で、君津の家はとても貧しく兄姉と居たのが、この村は那美が診療所を立てるまで医師など坊主が蘭学で学んだ程度であり、奇しくも薬を買う金も無い。
父の姿は知らなかった 母と兄姉が家計を支え、幼い自分を育ててくれたのだが過労と空腹と流行り病で倒れ到底見れる光景ではなかった。大事な兄は自分に勉学を教えてくれた、大事な姉はいつも幼い自分の面倒を見ては遊び相手となってくれたが二人が亡くなった後に食い扶持を減らす為、母に殺されかけた事、病で村の人間が次々と死んで逝った事。
戦後の風景は幼い頃の光景とよく似ていた――たったそれだけである
黴と埃に塗れた小屋で引き籠っては日々を過ごす事が唯一自分を生かす全てで、寂しさ紛れに適当に余った金で骨董品を買い集め、幼少の頃と同じく貧しい生活を送り、齢は二八と言えど老けて見えるのは確かだった。
葬儀屋であり古い友人である本城とは天と地の差である事は、彼にとってどうでもいい事であって、そんな草臥れた自分の願いは二つ。一つは独りでいたいと言う事ではあるが、そこまで強い意志でもなく復興してきた村の姿を眺めるのも悪くなければ、若く幼い頃から世話をしていた那岐の存在も嫌いどころか好きであった。何せ重なるのは幼少の頃で、性別は違えど姉が自分にこうしてくれた様にと接してきた。
では、もう一つの願いは何なのか?これもまた君津自身しか知らない物である

1
下照比賣と名乗る彼らの造り上げた槍は、第二次世界大戦中ヒトラーが所有していたロンギヌスを羨み、黒魔術に酷く魅かれていたヒムラーが似た物を持ったと言う偽りのシナリオによく似ている。
互い生身の人間で生死を分けたこの争いの中、君津は笑ったままで受け流す様子に本城は声を上げ槍を振りかざす。
「ふざけるなっ!お前も俺から大事な物を奪っておきながら余裕を持っているのか!?」
「いいや?」
違う、そんな理由で受け流している訳でもなく、槍が肩を掠めれば焼かれ刺されと痛みを味わうがこれでいいのだ。
彼にとってそれでいいと言う中、本城の怒りで振りかざされた槍に笑い。
「槍はそうする物ではないぞ」
宙に三枚の札を投げると同時に投げれば炎に焼かれるが一瞬の刹那でも構わないと言うかの様に、残り全ての二〇枚を君津自身の周りに広げては最期の唱を謳う。
「魔天楼独人求道卬座――」
卬の輝きは未だ色褪せる事無く、ピキッと不吉な音を立ててはもう謳う事のなかったはずの言葉を
「姿を現せ、宗光。」
現れたのは前世の自身が失った刀でありイコール渇望ではあるが、今の君津の渇望は過去に捨てている事を証明するかの様に刀身は七〇センチあった物がひび割れ無残な姿であるものの彼は、この刀がどういう物なのか一番知っている。何も斬る事は不可能の名刀・備前宗光だけではなく、彼(彼女)の腕が衰えていないとしたらどうなるかは自明であり、やはり出た。
「ぐっ……!」
見る事の出来ない神速の納刀抜刀術は火の子と雷を自分へと与え、焼かれ痛み蝕んでいく。だとすれば彼女の方は何をするのかも君津はよく分かっている
「貴様ぁああああああああっ!」
振り上げられた炎を纏うその槍をガキィンッと柄で受け止め、姿勢をずらせば体勢は向こうが落ちて行くのは無論で、ギリギリの反撃で横に薙いでも君津は間一髪で避けては神を斬り落としたあの時の様に槍へと刃を振りおろせば、槍は気味の悪い音を立てては折れ、代償として宗光の刀身も折れるがまだ勝負は着いていないのだから反撃に出ても少女の速さでは敵わないこそ彼は慟哭を上げては速度を高め刃を振るうもタンッ、と言う音と共に君津が本城の前へと出れば脇腹を思いきり刺され、本城は床へと血を吐き出してはそのまま君津は宗光を抜くとドシャッと本城は抗う力もなく床に倒れたままで呼吸もヒュー、ヒューとだけ吐く中で君津は宗光を天上へと投げて突きさせば、ガラスは割れ、雨の様に降り注ぐ中で本城の側に完成し掛けた人形を置いては呟いた。
「過去の彼女に、よく似ている。」
ガラスは本城だけでなく、君津も血で濡らすがそれでも君津は本城へと「いいか」と問いかけたまま笑う。
「本当に美しいよ、”君ら”は。私なんかよりずっと……なぁ本城」
まだ彼らが生きているうちに
「私の本当の願いは独りでいられる事ではない、本当に私が心から望む物は――……」
ほんの刹那その言葉を聞いた瞬間に本城は目を見開き、共に笑って「お前と言う奴は……」と呟き、か細い声で君津へと本心を伝えては目を閉じた時に君津は亡き彼らに対し手を合わせては数珠を持ち手を合わせ、そのままその場から出て見れば正に満身創痍。
頭を避けているのは幸いでも肩や腕、つま先に刺さり、槍で突かれ焼かれた場所もそのまま。いくら若いと言っても生身の人間である以上これは致命傷でしかなく、壊れた扉のすぐそこでまた暗い天井を見上げては呟いた。
「あの頃と、一緒だな……”私”よ。」
暗い世界の中で君津の意識は薄れて逝く
何も聞こえなければ何も見えない けれども願いは元友人に打ち明けられた事と、互いに罪を犯した人間同士最初から君津はここに来る時死ぬつもりでいただから何も悔いはない。生活が貧しくとも、少しだけ安堵を覚えていたあの黴と埃に塗れたあの小屋も、長い間に連れ変わって行った村の景色も見れた上に何より大事であった那岐の大事な片割れを救う事も、死んだ共に会いたがっていた少女も無事に帰れたのだから。
けれども暗いその場所で誰かが君津の側で叫び続ける声と、駆けつけたパトカーの音と、大事であった双子の声も今の彼の耳に届く事はない。

2
「……っさん!」
誰だろうか?誰かが誰かが呼んでいる気がしてならない 不思議だ自分はもう死んだはずなのに、ならこの世もまた今世とは違うのだろうと目を開いた時に、君津の目に映ったのは比米の姿。
「君は……」
彼女は過去を見せた後あの場から外したはずなのに何故?と困惑する中で「彼女が君津さんを救ってくれたんですよ」と那美の声が響き、見渡せば那岐や関係のなかった比米の家族さえもその場に居合わせている。
「彼女が診療所(ここ)まで走ってきてくれて、刑事さん達に助けを求めたら息を引き取った本城さんと瀕死状態の君津さんを見かけてすぐに私が手術しました。」
「そうか、だが雨宮君。何故私を助けた?君はあのまま家に帰っていればよかったと言うのに」
「だって……」
泣き腫らした様子の中で青白い君津の手を握っては途切れ途切れに言葉を伝えていく
「あんなにも、あなたが悲しそうな顔をしてたじゃ…ないですか……腕一本に剣を刺したまま、叫んでたじゃないですか…私は深琴に会いたかった、でももう会えないと教えてくれたじゃないですか、幸せに生きろ…って私に言った
じゃないですか…!」
「泣きそうだった?」
あの時叫んだ前世の自分が?と不思議に思っても、君津は「そうか」としか言い様がない。何せ自分の顔は見れないのだから
泣き続ける比米の頭を撫でていれば那美が「腕は動かしちゃいけません!」と怒鳴っては君津は苦笑するが後ろで、比米の両親は「娘を救ってくれて本当にありがとうございました……」と娘同様泣きながら礼を述べている中で君津は「お嬢さん」と天井を見上げたまま、ぽつりと呟く。
「あの頃の私は独りでいたかった、それは今も同じだ。だが、独りでいるよりも古びた小屋から戦後から変わっていった風景や幼かった三十木君の面倒を見るのも悪くはなかった。本来ならあのまま死んでいてもよかった、三十木さんの疑いも晴れたのだから。」
「そんな……っ!」
「もう私はあの頃の私じゃない」
君津にとって今までの道のりは上から正に下り坂の人生であり、自身も諦め、冷め、独りになってようやく気付く事がある。自分には家族がいた、戦時中に友がいた、苦しくも一番下まで堕ちた時に自分は残った友への清算と罪の贖罪をしに死にに挑んだ。結果的には全てを失ってしまったと言えど、隠していた自分の願いがようやく第三者に伝わった。
「過去は過去、何もかも捨て生きてきたが捨てきれずに私は生きていた意味は照らしたかったのだ。こんな草臥れた、枯れ木の様な男でもね……三十木さんは分かっていると思うが、私は今まで以上動くのが困難である事は私がよく
知っている。ただ、本城が作ったガラスは本当に美しかったよ。ガラスが突き刺さる中、私は消えた。もう何も照らせもしないし、影もない。だから、伝えたい」
「何ですか……?」
泣き続けている少女の腕をそっと握っては口を開いた
「忘れるな、全てを。全てから目を背けるな。華も人も同じく枯れ、死んでゆく…儚いひと時だったとしても環状線の先には必ずまた何かがある。」

「諧謔と言う逃れきれぬ時代の連鎖が」

そんな呟きに、少女は手を握り返したまま俯きまた涙を流す。外に飾ってあるコスモスの花は儚くも散っていった秋のとある日に、この小さな村で起きた出来事は全て幕を閉じた。

fin.

諧謔の華

皆様お久しぶりです、常世誓です。

今回あの『Der toric endet』に続き、ミステリー物となった次第であります。
一応これも『Der toric endet』シリーズの1つなので、かなり短いですが物語の繋がりは含ませておいたのですが、話の構成上、かなり短い上に、急ぎ過ぎた所が残念で仕方ありません
前に言った通り、他のキャラを出してみたいと言い、結局ジルヴァ、シスター、緋真、カイン、藤堂教授、飛影さん。後、深琴の元はあのサクリファイスの黄金・録華だったりします。
結構、出させてみたんですが、他のキャラを気に入った方々、申し訳ありません。

というより、私はミステリー物はこれが初めての作品なので、ミステリーの皮を被った何かに見えて残念です。
今度からは少しこの作品を元に勉強・精進させていただきます

ちなみに毎回の事ですが、これも実在の事件を取り入れております。
遺族の方などには非常に失礼千万な上、最初に記したサイト様に関してはお答えする気はございません。
そこらは誠に失礼いたしました

そして今最後の『Der toric endet』の物語を執筆中でございます
『Der toric endet』、とこの『諧謔の華』を並行して読んでいただけると、より面白くなるのではないでしょうか?

出来次第、ここにまた掲載させていただくか、書籍化するかのどちらかを考えておりますので、そこはお楽しみくださいませ。
それではご愛読ありがとうございました

14.211 常世誓

諧謔の華

時は第二次世界大戦より幾年も経った時代――そこで起きた小さな事件はある二人の男を動き出し始める 生と死……どちらとも言えぬこの狭間で会ってしまった皮肉はもうこの世の3回にも前に及ぶ回帰にあった これはそんな哀れな男と、運命に翻弄された者達の物語である。

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-11

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著作権法内での利用のみを許可します。

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