北の海の魔女31.0~40.0

少年は旅の途中でけがをした男を見つけ、助けるが、直後に盗賊につかまってしまう。腹の読みあいの結果命だけは取り留めたが……。

31.0~40.0

†††31.0

男は少し考える素振りを見せた後、了解した。
男は二人の部下と街へと向かい、少年は残りの五人と移動することになった。両手を縛られ、体を馬の一頭にくくりつけられた。歩くことはできるがとても逃げられないだろう。当然縄は抜けられないほどきつかった。
「どこに行くんだ?」
「うるさい、黙ってろ」
少年の隣を馬で進む若い男が少年を黙らせる。
こいつ気が立ってるな、と少年は思った。

†††32.0

しばらくして少年は洞窟の中へと連れ込まれた。アジトだろうか、そうでないといいけど、と思った。
奥へと進んでいくとそうではないことがわかった。生活の跡が見られなかったからだ。少年はまたほっとした。アジトだったら殺されると決まったようなものだからだ。

「そいつを転がしとけ」
リーダーが腰掛けながら洞窟の更に奥を指さす。さっきの若い男に指示したようだ。
「おら、付いてこい」
若い男は少年の体にくくられた縄を乱暴に引っ張った。

「座れ」
言われたとおり少年は座った。
すると若い男が横から思い切り少年の横っ面を蹴った。
「へへ、転がしとけって言われたもんだからな」
そう言って笑ったのだった。

†††33.0

若い男はしばらくは少年を殴ったりしていたぶっていたが、少年があまりに無反応なので、
「何か言えっ、おらっ!」
「おいっ、こらっ!」
「ちっ、つまんねえの」
と三段変化の末におとなしくなった。
少年はいつでも逃げられるように縄を切ったりしておきたかったが、生憎と、ナイフはすでに取り上げられていたし、そう都合よく役立ちそうな物は落ちていなかった。
都へと向かった男のことを考えようかとも思ったのだが、知らない情報が多すぎてどうにもならなかった。あっちはあっちで上手くやるよう祈るしかない。
そういうわけで他にやることもなかったのでリーダー達の会話に聞き耳を立てていたのだが、若い男が見張っている目の前で下手に位置を変えるわけにもいかず、ろくに何も聞こえなかった。
結局、少年は眠りに落ちてしまった。

†††34.0

そのまま一日が過ぎた。
盗賊達の会話のうち漏れ聞いた部分から推測すると、『旦那様』に付いていった盗賊はまず『旦那様』を彼の屋敷へと連れていき、そこで金を受け取り、適切な手順を踏んだ後、都を脱出する手はずだったようだ。適切な手順、というのは『旦那様』を縛るなどして通報されないようにすることだ。
本来ならばもう戻ってきてもおかしくない、むしろ戻っていないことがおかしい、という時間になっても三人の盗賊が戻ってこないので盗賊達は皆落ち着かなかった。それはリーダーにしても同じだった。
「落ち着け、お前ら」
そう言うリーダーの声もひどくいらだっていた。
あとどのくらいで移動するのだろう、と少年は思った。

さらに数時間が経ち、リーダーが移動の号令をかけよう、とした頃に三人は帰ってきた。
「へっへっへ、見てください、お頭」
そう言って、一人の盗賊が札束が一杯につまった袋を差し出した。
リーダーの口元がにやりとゆがんだ。

†††35.0

「よし、逃げるぞ。支度しろお前ら!」
「ど、どうして逃げるんですかい、お頭」
部下の一人が質問する。
「考えて見ろ。こうやって金が手には入ったってことはさっきの男の言葉が本当だってこった。ということはじきに西の国とこの国の戦争が始まる。こんなおっかねえ国に長居するこたあねえ。わかったらさっさと準備しろ、お前たち!」
おー、と盗賊たちが一致団結の雄叫びを上げ、少年がどーしよっかなー、と心の中で頭をぽりぽりとかいていたそのとき、誰かが背後から少年の肩をちょんちょん、とつついた。
「助けに来たよ」
そう言ったのは『旦那様』を送った三人の盗賊の部下の一人だった。

†††36.0

訳がわからずに目を真ん丸くする少年にその男は笑いかける。
「僕は宮廷お抱えの魔法使いだよ。君を助けに来たんだ」
少年は頭の中が真っ白になってしまった。
思うことはただ一つ、『この男を信じてもいいのか?』、だった。
「一つ、いいかな?」
少年はようやく一言を絞り出した。
いいよ、と自称魔法使いが言う。
「証拠は、ある?」
自称魔法使いはきょとん、としてしばらく少年の真剣な目を見、いきなり笑いだした。
「あははは、・・・・・・ごめんごめん。子供が言うセリフとは思えなくてね。・・・・・・ちょっと待ってよ」
そう言って自称魔法使いは持っていた鞄の中に手を入れて中を探り始めた。
そのときである。
「お前!何をしている!」
お頭の声だった。

†††37.0

自称魔法使いが目を丸くする。しかし、その顔には余裕があった。
「へい、お頭。小僧がどこにもいませんぜ」
「何だと!」
お頭が自称魔法使いをすり抜けて少年の目の前に立った。・・・・・・少年と目が合った。
「・・・・・・いないな」
しかし、お頭はそうつぶやくと、大声で少年を見張っていた若い男と思われる名前を大声で叫びながらどこかへいってしまった。
少年は魔法使いに、何が起こったんだ、と言おうとした。
何が、くらいは言ったはずだ。

しかし少年には何も聞こえなかった。
ぎょっとして耳をすますと普通の物音はきちんと聞こえた。
だんだん頭が混乱してきた少年だがもう一度声を出してみた。
何も聞こえない。
少年は藁にすがるような気持ちで魔法使いを見た。魔法使いはくるっとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
まさか、と思って追いかけようとした少年の耳元で小さな声がした。
「しばらくじっとしていて」
魔法使いの声だった。
「この洞窟にいる誰も君を見ることはできないし、君の声を聞くこともできない。君自身にもだ」
少年はえっ、と思って自分の手を見た・・・・・・つもりだったがそこには何もなかった。
「気づくのが早いね。君は君自身からも透明だ。でも君の触覚は残してある。だから気をつけて」
「触覚があるってことは誰かに触れられてしまえばバレるということ?」
と少年は何も聞こえないため困難だったが声にした。魔法使いが傍にいる気がしたからだ。
「本当に鋭いな、君は。そうだ。誰にも触れられてはいけないんだ」
一呼吸おいて魔法使いは続ける。
「いいかい。しばらくしたら盗賊達が移動し始める。そうしたら君は盗賊達の少し後から付いてくる程度でいいから付いてきて。いいかい、付いてくるんだよ。離れすぎちゃ、ダメだ。それに誰にも触れられちゃダメだからね。いいね」

少年はしばらくその言葉を吟味するように考えていましたが、やがて
「わかった」
と言いました。

†††38.0

しばらくして盗賊達は少年を捜すのをやめてぞろぞろと洞窟から出ていき始めました。
少年は魔法使いから言われたとおりに一番後ろを歩く盗賊のさらにその後から付いていきます。一番後ろは少年を見張っていた若い男でした。一番下っ端だったようです。
盗賊達は口々に今回の収穫について話しています。よほどの収穫だったのでしょう。
やがて少年にも洞窟の入り口が見えました。そこに光が見えます。
少年も日の光を浴びます。ずっと暗いところだったので慣れるのに時間がかかりました。
そのまま一行は野原を進んでいきます。

しばらくして、
「君はそこで止まって」
少年の耳元でまたも魔法使いのの声がしました。
やがて盗賊達がすぐそばの丘の頂上を通ろうとしたとき、異変が訪れました。

いきなり丘の周囲をぐるりと囲むように柵が出現し、盗賊達の武器が消え、弓を持った兵と槍を持った兵が姿を現したのです。

†††39.0

突然の出来事に盗賊たちは皆ぎょっとしたようです。ある者は無くなった腰の武器を手に取ろうとし、ある者は逃げようとして柵に阻まれ、ある者は収拾をつけようと号令をかけますが聞く者はいません。
盗賊たちはあっと言う間に全員捕らえられてしまいました。
ただ、あの魔法使いが化けている盗賊だけが一人立っています。
他の全員が地面に伏せて、後ろ手に縛られ、兵士に組み伏せられている中で、その男が手を一振りします。
すると兵士たちは盗賊を立たせて、歩かせ始めました。

男はその様子をしばらく注意深く見ていましたが、盗賊たちが一列に並んで行進するのを確認してふうと息を一つ吐き、
「やあ、ごめんごめん」
と言って男は少年が立っている方向へ向かって指を振りました。
すると、少年が現れ、魔法使いの姿も変わりました。
すらりとした赤毛の青年です。長い髪を後ろで縛っています。服装は少年は知りませんが実は宮廷の文官と同じ格好です。

少年は丘の頂上へ、魔法使いの所へと向かって歩き、魔法使いは少年へ向かって歩いてきました。
「僕はホルトゥンだ。よろしく」
と魔法使いは手を伸ばしてきました。
「よろしく」
少年は手を握り返しました。

†††40.0

「どうやったの?」
「何が?」
「いや、その・・・・・・」
どう言っていいかわからず少年はただ一列に行儀よく行進させられている盗賊たちを見つめるだけでした。
そんな少年の視線に気づいたのか、魔法使いことホルトゥンは、
「ああ。なるほど。どうやってこんな風にやったのかってこと?」
少年はただうなずきます。それに対してホルトゥンは意味ありげな含み笑いを見せました。
「見事なもんだろ。・・・・・・でもね。本当はまだ終わってないんだ。全部終わったら説明するよ」

†††

北の海の魔女31.0~40.0

北の海の魔女31.0~40.0

魔女にさらわれた妹を捜して旅をする少年の物語。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-11

Copyrighted
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