Among snow beyond at will time I am

雪　静寂だ
あなたとわたくしの　snow among

わたくしたちは白い檻に閉ざされ
羽毛のようにやわらかく降る雪を眺めた
窓辺には　蜘蛛の巣に雪の結晶のネックレス
ひらり　またきらきらと天から透明な色に引っ掛けられる雪の結晶
繊細な雪の積もる一部を見つめると　どれもが美しい結晶……

deep amorous　わたくしたちは　愛に溺れ
雪の上でもつれ合う髪と風が粉雪とともに踊る
雫を落としたのは氷柱（つらら）の先
鋭利な狂器と化した心がそれを心にして
鋭く見つめる……それさえも　なまめかしくて

white cage　ここは白い悪魔の降り立った場所であって
黒いカラスは颯爽と飛び立つ
ここから泉を探しに行こうよ
凍りついた鏡を見つけてあなたの心と
映りはしない深い青の星空映す
もう　雪の檻は心をがんじがらめに魅了して

１．綺羅 -kira-

　綺羅は顔下に黒いリボンがついた白のコートを着ていた。群青のビロードドレスの上から。
　馬車に乗り込むとクリスタルのベルを鳴らし、雪の世界を御者が進ませていく。
　まだ、余韻が馬車の箱に美しく響いた。クリスタルの音はいつでも綺羅の心を芯にする。
　黒い革グローブと、黒ファーの耳当て付帽子を膝に置くと街並みを眺める。村は音もなく降る雪で心寂寞としていた。
　二年前、小夜月が綺羅の目の前で自己の身体を傷つけた。透明に森を透かした氷柱（つらら）で……。
「………」
　綺羅は目を閉じ、その記憶を闇に閉ざす。窓辺という種類の場にいると幾度も思い出されることだった。ショックを受けた小夜月の潤んだ瞳。紅の唇を噛み、こうべを垂れて打ち震えたかと思うと窓ガラスを割りそして氷柱を手に掴むと彼女の腕の皮膚を切り裂いた。
『貴女は意地悪よ……』
　苦しげに言った小夜月の手には、それまではハープの様に幾つも連なり月夜と森を透かした氷柱のひとつが持たれ、光り、そして血が流れ滴っていた。
　綺羅は確かに小夜月には愛情と共に精神的苦痛を与えた。無表情で、時に微笑を称え。綺羅の冷たい一重の目は光りをいつでも受け、愛しい小夜月を見つめた。ヒールの前に美しく泣き崩れる小夜月。綺羅はハープを爪弾きそれさえも構わなかった。
『愛……』
　それを綺羅は表現せずに、いつでもフェアでは無い信条を彼女にぶちまけさせた。本来はどんなに小夜月を愛しているか、どんなに想っているのか、分からせたくなかった。
　雪に冷めた色の月光が広がり、あの時でさえも椅子に座ったまま泣く彼女を見上げた。
　小夜月の泣く姿が好き……わたしは、心が病なのかもしれない。

２．小夜月 -sayozuki-

　目の前に小さな蜘蛛が移動していた。
　水色の空と、自己の寝転がり冷たい雪に頬を埋めている雪原と、雪の際のキラキラとした結晶。彼女の黒髪が広がり、背を風が撫でる。
「小夜月」
　驚いた姉がさらさらとした雪を舞わせてやってきた。何故なら気でも違えたのか、小夜月は裸体でいる。
　彼女の背にふわりと焦げ茶のファーを掛け、蒼い影の内側の小夜月を見つめた。
「小夜？」
　二の腕には生々しい傷跡があり、新しく薄い皮膚が張っていた。それは小夜月の苦しい愛の現われでもあった。
　引き起こして屋内へ促す。
　あの頃から小夜月は喋ろうとせずにいた。
　綺羅さんが去っていった。日本に残された妹は包帯の腕を撫でながら何日も寝台に臥せっていた。
『綺羅はあたしがいなければ運命が回らないのよ』
　それさえも微かな声で歌う様に言っていた。
　まるでそれは過去と未来を結ぶ時間旅行に取り込まれて帰ってこれない子のような目でいうのだ。夢見心地にも程があると叱咤しても聞かない。
　悲しくて小夜月を見つめた。
　こんなにも恋に打ちひしがれているけれど、彼女にはそれでさえも幸せなのだとどこかで分かっている。

３．綺羅 -kira-

　黒い枠の鏡を見つめていたら、ふと背後に現れたリヨンドに気づいた。彼は嫉妬深い鋭い眼で綺羅を見ると、歩いてくる。
「どうしたの」
　彼女に惚れこんで無理にでも国へと引き込んできたリヨンドは我侭な青年で、何でも手に入ると思い込んでいる。綺羅がなにか意地悪を言ってやる毎にまるで子供の様に監禁してきた。それは今まで愛する小夜月に彼女自身が行ってきた愛の枷でもあった。それでも、それは相互愛があってのことだとリヨンドはりかいしようともしない。
　窓の外は木枯らしが吹きすさび、轟々と低く長い冬の精の歌を奏でている風情が綺羅の心を落ち着かせていたというのに、リヨンドはまた目を吊り上げて白い顔をどこか蒼くしている。
　彼は怒るとすぐに顔が蒼白くなる。
「黒い鏡の内側に日本に置いてきた女性を見ているな」
「馬鹿ね」
　顔を戻して綺羅は紅の深いルージュを引いた。顎を背後から突然とられ唇を奪われ、綺羅は頬を打って冷たく見下した。
「節操の無い人」
　ヒールを響かせ歩いていき、背後を見た。リヨンドの背は勝手なことを言う。
「これから孤島に行く。そこからもうお前を外には出さない。古い砦を住まいに、ボートも置かない」
　進んでくると腕をつかまれ、打たれた痕のある彼の頬を見上げた。めらめらと光る青い瞳も。
「従わないなら、その地下の扉から海に沈める」

４．小夜月 -sayoduki-

　想い出を抱いて眠る小夜月は、心を完全に閉ざしていた。
　どこからとも無くキラキラという音を聴きながら。まぶたを透かすかに思われる音は、次第に記憶のハープと重なる。
　夢を見ていた。
　真っ白い森のなか、小夜月は探し続けていた。白い月が白く雪の積もった木の枝先に見える水色の空。
「綺羅」
　泣きながら探していた。でも、どこにも見当たらないままだった。
「あなたのハープの音色を聴きたいの。聴かせてもらいたいのよ。突然立ち去って、意地悪にも程があるわ……！」
　叫ぶように言うと、森のカラスが白い世界で黒い姿をして飛び立っていく。かあかあと鳴いて、他のカラスたちが応えている。
「いいわね。あなた方には大切な仲間がいる。わたくしはどんなに叫んでも応えてくれないの。それは……以前からよ。共にいたときだって変わらなかった。あの方はいつでも冷静に瞳を見つめてきて、心に触れさせもしない。でも……分かっていたの。彼女からの深い、……愛」
　だからこそ悲しいのだ。痛いほどに愛しいのに。
「海を見たことがある？　とても青いのよ。日本海の海はね、吹雪を深い色の海が受け入れていく。凍てついた空も、何もかも、彼女のハープの音色が似合う。彼女って、そんな女性。不思議と寒空の似合う」
　カラスは人間が何かを言っているときでもお構いなく木の天辺にいて、そしてバサバサと飛び立っていった。
「……警戒しないで、寂しいわ」
　小夜月はうつむき、ビリジアンのスカートコートから覗く黒いブーツの足を見つめた。雪に深く沈み、この心や身体も沈めたくなる。
　また彼女がよくさせた様に裸で無心で寝そべれば、姉が来て機を確かに持たせてくるだろうからやらない。あの方はそれでも帰ってきてくれないのだ。
「綺羅……」
　その愛しい名を呼びながら、小夜月は目覚めた。涙が頬を流れていた。
　窓の外は雪が降っているのだろう、全ての音を雪は吸収しては静寂が横たわり、自己の生きた心音が身体を鼓動している。
　ただ、その音をずっと目を閉じ聴き続けた。

５．綺羅 -kira-

　綺羅はリヨンドの目を見開き見た。
　ザバンッ
　目をぎゅっと閉じ、勢いに飲まれるなかで目を開く。青い世界……。
　黒い格子に囲まれた狭い空間、白い骨が浮いているのが分かる。いくつも。何本も。
　脳裏にめぐる。孤島の与えられた品のある室内で奏でるハープ。それを鋭い目でカウチに横たわり聴いているリヨンド。まるで美の追随を他には許さないかのごとく、美の悪魔かの様に見つめてくる。
　潮騒が岸壁に打ち付ける音には鴎の声も混ざり、何重奏もの音楽に溶け込むかの様で。ただ、それでも分かっていた。ここに長くはいられはしないだろうことも。ここにはあまりにも生活感が無さすぎた空気のままだ。
　リヨンドが自身の女を自分のこの場という宝箱に収めるためだけに用意された場なのだと、それが今このとき初めて繋がった。
　スキューバダイビングが趣味の綺羅だ。冷静に戻って水面の先のリヨンドを見る。彼女の長い髪がゆらゆらと揺らめき、麗しい顔を美しく装飾した。リヨンドはふっと口端を引き上げ、その態を見つめた。愛しげに。
　ただ、他の女達の様に綺羅が一向にじたばたしてこないので顔がだんだんと無表情になってくる。
　リヨンドは格子の鉄蓋を石床に閉ざし、その場を後にした。
「………」
　綺羅は水面に上がり、唇だけを出して呼吸を取り込んだ。それ以上は出ない。女達の骨だろう、時々身体に触れてくる。鉄の蓋を上げようとするが上げられない。手を彷徨わせて一本骨を手に取った。格子型に交差した穴に入れ、思い切り下に押してテコの原理であけようとする。
　ガガッ
　しばらくもがいて、少しだけ隙間が出来た。手を差し入れると海との境目の格子に両足をかけて思い切り蓋をずらす。
　疲労で重くなった身体でなんとか腕に力をもって来て石の床にどしゃっと崩れる。髪が重く渦巻いて頬を床にうずめた……。
「……許さない、あの男……」
　綺羅は腕の力で起き上がり、髪を片方の肩に流すと顎から水滴を滴らせながら扉を見た。
　リヨンドのいる部屋まで、レイミアが歩いたかの様に水が尾を引いて天井のシャンデリアがその水溜りに映っては鋭い顔をした綺羅の顔もうつしていた。髪をゆったりかきあげ歩き進み、水滴は落ちて波紋をすぐに崩して白く細い足首が痛々しいほどに思える。
「リヨンド……」
　彼は驚き振り返り、綺羅を見た。すぐにその手に掴まれたサーベルも。
「……綺羅」

６．リヨンド

　彼は淵を彷徨っていた。それは暗黒を映して他には何も映しなしない淵だった。足元も何にもつかない。
『わたしは自主するわ……』
　綺羅が言う。
『受けた侮辱を許すつもりも、仕打ちに返した罪を隠し通す卑劣さもわたしには持ち合わせちゃいないから……』
　不思議と痛みは無かった。倒れる間際に彼女の狭い肩において預けた体重がそのまま水にぬれ冷たい綺羅の身体に崩れて、静かに彼女は言い続けた。その言葉が闇に流れている。
『あなたの愛は愛じゃない。愛し合うものから片方を奪う心は勝手なただの自己愛。相手のことなど何も愛してなどいないのよ。それも分からない、お馬鹿で愚かな人！』
　リヨンドは高くも無く低くも無い綺羅の声が好きだった。重くて閉じたまぶたには既に記憶が追いつかずに綺羅の姿が見えない。
　まだ、これから同じ場所へ行くのだろう魂たちの気配だけは気づき始めた。その魂が流れていっているのだ。
『これから、あの子にも一生会わないわ。歪んだあなたに手を掛けたこの汚らわしくなってしまった手では、もう何をしても過去とは変わってしまったから……そして思ったの。無念に散っていった女性達の命をそのまま懐に持っていくって』
　リヨンドが暗黒で目を開くと、そこにはずらりと今まで命を奪ってきた女たちの姿が白く浮かんでいた。
「………」
　リヨンドに近づいてくる。そして、透明な手で足や手首を掴んでくる。ずんずんと、彼女達の重みで沈んでいく。
「………」
　リヨンドは目を閉じた。愛してきた美しい女達と共に沈んでいくこと……ここで、初めて自分も愛をそこはかとなく彼等に感じることが出来たのだとわかった。こうやって共に死んでいくということで初めて到達した愛に。
　身体に彼女達の手腕が這い髪が絡みつきうずもれていく。目を開くと、天の先が明るかった。ハープが聞こえる。
「綺羅……最後にキッスを」
　ふっと唇を閉ざし、そしてリヨンドは静かに沈んでいった。愛の場所へ……冷たく微笑む彼女達と共に。