小さな神
小さな神
夜中、猫が洗面器に入った水を舌で舐める音で目が覚めた。
生き在るものたちが寝静まった深淵の夜にその音だけが部屋にこだまする。それは何か耳に心地が良かった。
私の飼っていた猫は夜中にいつの間にか目を覚まし、良く水を飲んでいた。
そして今、その音で目が覚めた。と言っても猫は5年前に死んでいるはずだ。
その音は夢だったようだ。私はその音だけの夢を聴き、目が覚めた。
あまりにも生々しく私の耳に反響していたのでまさか夢だったなんてまるで夢のようだ。
それは夢というより幻聴の類いになるのだろうか。もしくは幻聴そのものなのか。
自分で思うのだが私は後、少し脳の構造がズレていたならば精神的な異常をきたしていたのではないだろうか。おそらく紙一重で正常なのだろう。
万年床の布団の中、夢のような幻聴、もしくは幻聴のような夢で目覚める。
寝ぼけ眼で時計を見ると3時半。起きる時間では無いが眠れる気配が無いので、起床することにした。
万年床のすぐ隣にある、机の上のノートパソコンに手を伸ばす。
上半身さえ起こせば手が届く距離だ。
その隣の手が届く距離には、小さな冷蔵庫がある。
電子レンジが、机の上のノートパソコンの横に。ポットは冷蔵庫の前方。
手の届く範囲で、生活のほとんどを補える。私の理想郷だ。
下半身だけ毛布を被り、手探りで机に置いているはずの眼鏡を捜す。
調味料やメモ帳、ボールペン、ハサミ、膨大な資料、本等が乱雑した机をしばらくまさぐり、フレームが歪んだ眼鏡を見つけ、左手でその眼鏡を装着した頃にはパソコンのモニターにはデスクトップが表示されている。
右手で握っていたマウスでワードファイルをダブルクリックし、ジジッと短くパソコンが唸り、やっと私の宇宙とご対面する。
外資系企業を辞め半年、そのまま行くなら間違いなく出世街道まっしぐらだったであろうその人生は、私にとってなんの魅力も感じなかった。
聖書の中でソロモンは言う「空の空。全ては空」だと。
彼は歴史上最も金持ちだったと言われている。彼は神から与えられた最高の知恵を持っていた。そして1000人の妻を持ち、あらゆる金銀財宝を所有したほどの栄華を極めたと謳われるソロモンが出した結論は圧倒的なほどの虚無だった。
私は周囲が熱望するエリート中のエリートの道を歩める才覚があるが、そこにはソロモンが出した結論が待ち受けているのだ。
地位と名誉と快楽の果てにある虚無を努力してまで見ようとは思わない。
ソロモンほどの虚無には辿り着かないにしろ、ある程度予測可能な悲惨な未来には1片の価値も見出だせない。
しかし、一体この世には他に魅力的なものなんてあるのだろうか。
息在る知的生命体にとっての真の生きがいとは一体何なのか。
死の宣告を受けている悲惨な生命体にとって、生きるとはどういうことなのだろう。
私は悩み、葛藤した。私の苦悩は計り知れない。
そんな虚ろな日々を過ごしていた時に、芥川賞を受賞した作家のインタビューが私の人生を変えた。
その作家はテレビの中でこう言っていた。
「私の創作した世界が評価される。これほど意義のあるものはありません」
酷く凡庸なインタビューだろう。しかし私はこれだと思った。
創作。創作の中でも世界を、そして人の人生を創ってしまう小説。
何故こんなに楽しそうな生き方に今まで気付かなかったのか。不思議で仕方が無い。
自分の鈍感さに歯痒いほどだ。
世界と、人と、その人生を創ってしまうなんて考えただけで興奮して頭に血が昇り、最高にハイになる。
『作家になる』
私は産まれて初めて胸を躍らせるほどの夢を見た。
30歳の私は作家を目指すならちょうど良い歳だ。
貯金を切り崩し質素な暮らしをするなら、20年は食い繋いでいけるだろう。
誰もが羨むようなルックスを持ち、教養もある、同性からも憧れの眼差しで見られるような女性との婚約を破棄し、そして外資系投資ファンドで、1日に数億円もの金を動かし、会社を起こせば何百人もの人がついてくるというほどの実力を持ちながら、その全てをドブに捨ててまで作家を目指した。
なるだけ長いこと食い繋げるように都内の高級マンションから家賃3万ほどのワンルームマンションに引っ越した。
ほとんどの人間に私がまるで気でも狂ったのではないかと言われたが、間違ってもいない。
私は全ての人間との関係を絶ち、小説の書き方講座なるものの本を読み漁り、文法を学び、語彙を増やし、試しに何作も書き上げてみた。
書いてみると改めて分かった。やはりこれこそが私の本当のやりたいことだ。
何もかも忘れ、食べて寝る時間さえも惜しむほどに私は物書きに没頭した。
私の全ての情念は物書きに注がれた。
何作か試しに書き上げてみて分かったことがある。
私が本当に創りたかった作品は、登場人物の意思で物語が進行していく世界だ。
世界感は完璧に設定するが物語はほぼ決めない。
物語の流れはほぼ登場人物に任せる。つまり、登場人物に意思を持たせることにした。
そのために登場人物の性格を細かく書き上げる。
人間のDNAというのはプログラミングに似ている。
こういった性格ならこういったことをし、こういったことは必ずしないというようDNAの構造により人間の選択肢は決まってくる。
ということは登場人物の全てをより細かく創造するならば、登場人物はその性格の通りに、私が打つキーボードの文字の中で、脈打ちながら躍動する。
4ヶ月、あらゆる本を読み、実際に小説を書き続け、私が本当に創りたい小説が分かった。
それはまさに文字の中にそれぞれの人間の意識が確かにある世界。
果たして本当にそんな夢のような世界を創造することが出来るのであろうか。
早速私は大まかなプロットを考える。
時代、場所、動機、目的、冒頭。主人公や悪役は特に決めない。
そこに住む住人から主人公や悪役はその性格に合わせて産まれてくるだろう。
私は徹底的に創りあげた。まずこの世界と、そこに暮らす人々約5000人を創った。
あまりに細かく創り過ぎた結果A4用紙5000枚程にまで至り、1年間を要した。
そしてその世界を徹底的に頭の中に入れ、フロートチャートを書き、アルゴリズム化し、その世界が上手く動くか実験してみた。
するといくつかのエラーが出てきたので修正を重ねていき、やっと世界がバグやエラー無しに秩序を保ち、そこに住む住民が自然に暮らしていける世界が完成した。私の頭の中で。
1つの世界を創るのに1年ならば早いほうだろう。
時代設定は先の世界大戦の核戦争により人類が99%死滅した、放射能まみれの地上において、ただ1つだけ放射能に汚染されていない奇跡の島があることを知った人類。
地下で生活を余儀なくされていた人間達は、その島を目指し放射能スーツを着、死力を尽くして奇跡の島へと辿り着く。辿り着いた時には既に人類の3分の1が息絶えていた。
無事に奇跡の島に辿り着いた人間達はそこで奇跡を見た。
その島はまさしく、この世の神の哀れみによって成り立っていることを知る出来事があり、それを通して彼らはその神を崇めながら、そこで生活していくこととなる。
ちなみに、その神が私である。私は彼らに私の存在を知らしめた。
他の小説と明らかに違う点はこの私の小説は「生きている」ということ。
そして小説の中の人間達は「私のことを知っている」ということだ。
私の言っていることは気が触れていると思うかもしれない。
そんなことは出来る訳が無いと思うかもしれないが、実際に今それが出来ているのだ。
私の小説は生きている。私が文字を打つ度に進行していく物語は私の意思だけではなく、私が創り上げた登場人物との意思によって成り立っている。
私の小説はこの奇跡の島に辿り着いたところから始まる。
世界を創造し終わったその日、私は感極まり、モニターの前で両手を上げ、雄叫びをあげた。
――私はついに、神になったのだ!
そうして約2年書き続け、今夜中の3時半に目が覚めて私の世界とご対面をし、書き続けているところだ。
実際の世界では2年だが、私の世界では既に80年が経過している。
とはいえ私の創作した世界も実際の世界だ。
『実際』という言葉を辞書で調べると「物事の、あるがままのようす」のことを言うらしい。私の世界も今、あるがままに生きている世界なのだから『実際』の世界である。
それはそうと、この私の世界も80年のうちに色々なことがあった。
平和な国は繁栄し、人口は大幅に増加していき、世界人口は3万人にまで達していた。
初めのうちは争いごともなく、仲良く平和にやっていたのだが、さすがに問題も出てくる。
王に反抗し反乱を起こすものもいた。しかし、そこは私が王を陰から助け、勇士達の活躍により反乱軍を壊滅させた。
今の2代目のアーサー王もそれなりに上手に世界を治めている。
私がパチパチとキーボードを打つごとに私の世界の時が流れていく。
私はA4用紙5000枚にまで書き上げた自分の世界の構造、一人一人の人物の性格を完璧に脳の中にインプットしている訳ではない。それをプログラミング化したものを見ながら、この世界と彼らの動きにそぐわないような言動はしないように書き上げている。
もしもこの世界の秩序、法則を少しでも歪めるようなことをすると、この世界は直ちに崩壊してしまう。そうなると今までの苦労が全て水の泡だ。死んだ小説となってしまう。
だからこそ私が彼らの世界に介入する時も世界の法則に基づいて介入しないといけない。
「突如天から神の声が聴こえ、そして神の手が降りてきて」なんていうことは滅多なことでは出来ない。
そこに住む人間の心をその人間の性格に沿って上手に動かし、自然の法則に則って私の意思を介入していくのだ。
ひたすらパチパチと打ち続けながら集中力が切れてきたので、コーヒーを飲むことにした。
半年は洗っていない汚れ塗れのカップにパソコンの横にあるインスタントコーヒーを入れる。同じように並ぶ砂糖とミルクも入れる。
ポットに水が入っていないので立ち上がると、20時間ぶりに立ち上がったものだから立ちくらみが起こった。おぼつかない足で、生ゴミに溢れた部屋を掻き分けながら、水道の蛇口を捻り、水をポットに入れる。
何年も洗っていないポットの中はカビだらけだ。
神である私がこんな生活をしていると私の世界の人間達に知られると、彼らはさぞかし幻滅するであろう。下手をすると彼らは自殺するのではないだろうか。
次元が違う彼らには知る術は無いのだが。
一人の人間が一つの世界を創り、管理し、動かしていくにはその世界に全精力を注ぎ出し、他の全てを犠牲にしなければとても出来ない。
……カーテンを開けると日の光が一気に差し込んできた。時間は既に13時だ。
再び所定位置に戻りモニターをぼうっと見ながらコーヒーを啜る。
(そろそろ彼らにコーヒーの作り方を教えてやるか)などと考える。
今、私の世界には大きな悩み事がある。
それは今の2代目の王、アーサーが私に祈らずに、そして私の言葉を聞かずに(預言者を通して私の言葉を語らせる)自分で物事を判断し、行動していることだ。
浅はかな、彼の知識と知恵では、先の先まで物事を読むことは出来ない。
今はそれなりに順調にいっているとしても、このまま事を進めていくならば、必ず歪みが出るだろう。
空腹を覚えた私は最寄りのコンビニへ行くことにした。
我がマンションから徒歩5分のところにある交差点のすぐ横だ。
私の日常生活での必要な日用品の全てをこのコンビニで済ましている。
コンビニに行くまでの間、試行錯誤する。
――アーサーは私の言葉を聞かないどころか、今まで私が助けてあげた恩を忘れ、あたかも全て自分の業績のように振る舞い、高慢になっている。
まるで私の存在を忘れ、否定しているかのようだ。
ドリンクの入っているショーケースをぼぅっと眺めながら考える。
(もう一度預言者を彼の前に送り、そのままいくと国にひずみが出ると警告を与えよう)
適当にジュースやお茶を買い物カゴに放り込み、そしてその上にカップラーメンや冷凍食品等を大量に入れる。
レジの店員は新入りのようだ。私のことを怪訝な目で見ている。
それもそのはず、ここ1ヶ月ほどシャワーも浴びず服もそのままで髭も剃っていなかったのだ。
ラーメンの汁等が所々に付いた薄汚れた異臭を放つヨレヨレのジャージを着たこの私が、3年半前まではアルマーニのスーツに身を包んでいたとは、よもや思いもしないだろう。
もし昔の知り合いとすれ違っても、私だと判別することは到底不可能なはずだ。
時間がもったいないのでフライヤーの肉まんとホットドッグを買い、それを食しながら家に帰るまでの間に昼食を済ませた。
私はパソコンの前に再び座る。ここが私の世界。
私は自分の頭の中をこれでもかというほど具現化することが出来た。
タイピングをし、文字が現れている瞬間はその情景が私の目の前にリアルとみまちがうほど、というよりも完全にリアルに私の目の前に広がっていた。
しかし、それを読み返してみるとそれはやはりただの小説になっている。
私が文字を繰り出すその瞬間だけ、この小説は脈を打ち生きている。
このパソコンのモニターの前の文字の羅列こそが過去の私の世界の歴史であり、私がキーボードを打ち文字を入力していくことで今が始まる。始まった今はすぐに過去となる。
それは現実の世界となんら変わらない。
現実の世界となんら変わらないということは、この私が創造する世界も現実だということだ。
もしかしたらこの世界も誰かの手の中の小説かもしれない。
だとすれば、さぞかしこの利かん坊には手を焼いていることであろう。
作者は私をこんな道に進ませたくなかったのかもしれない。
しかし書き進めているうちに私の性格上こうなっていってしまったのかもしれない。
それならば、それも生きた小説だ。
などと考えながらも世界の時を進めていく。
アーサーは段々と独裁的になってきている。国民に重税を課し、さらに税金を横領する始末だ。いよいよ持って私は危機感を感じ始め、早速預言者をアーサーに送った。
預言者を通してアーサーにこう伝えた。
「神はこう仰せられます。『アーサー王。税金は私が示した通りの税以上を民に課せてはならない。それにあなたが税金を横領し、自分の私利私欲のために使用していることを、私は知っている。私は全てを見据えている神である。私の命令を守るならあなたとあなたの王国は豊かに繁栄し、秩序を保ち、平和を維持することが出来るであろう。しかし私に背くならあなたと国は自分のその罪のために』……」
そこまで預言者が語ったところでアーサー王は逆上し、剣を抜き預言者のクビを飛ばした。
アーサーは叫ぶ「王はこの私だ!この私がこの世界を治めている」
アーサーは我を失っている。
まだ父が生きている頃の若いアーサーは謙遜で人徳もあり私の命令に従順するものであったのに。権力が彼を変えたのであろうか。
アーサー王はその後も独裁政治を敷き、少しでも歯向かう者は処刑にしていった。
アーサー王にはそれ相応の裁きを下し分からせてやらないと、彼のためにも国のためにもならないのだが、私が直接手を下すことはまだ出来ない。
時と頃合いを見計らっていかないと世界の法則が乱れてしまうのだ。
しかしアーサーの乱心は続く。
過去に一時期広まった魔術があったのだが、私がそれを行っていた者を罰し、すべての魔術書を燃やし、魔術を行う者は法で裁かれる対象にしたのだが、アーサーは密かに魔術を行っていた者を城にかくまり、魔術書を新しく書き上げ、そしてその魔術を法律的に許可してしまったのだ。
魔術は魅力的で便利なものだが公共の秩序を著しく乱し、非常に危険な行為で死傷者が出る時もあり、とても危険なものなのだ。
さらにはカジノを合法化し、風俗街を作り、阿片のようなドラッグも作り出してしまう始末だ。国はこの10年の間に悪の巣窟と化してしまった。
牢屋は犯罪者で溢れ、人口は犯罪率の増加に比例し4000人も減少した。
私はアーサーの傍若無人を食い止めるために優秀な使徒を3人遣わしたが、アーサーの狡猾さのうちに謀反者として捉えられ処刑にさせられた。
この国の民は全て私が創った私の子供である。さすがにこの状況には胸が痛んだ。
ここまで酷い事態は初めてだった。
私はこんな暴虐なアーサーでさえも愛しており、なんとかして立ち直らせたいと思っている。
しかしどうにもならないのならば、殺すしか無い。それはとても悲しいことだがこの世界を、他の民達を守るためには仕方の無いことなのだ。
アーサーはそのうちに街の真ん中に塔を建て始めた。
「この塔を天の頂きに届くまで築き上げ、神に一矢を報いてやろう」
私は頭を抱えた。一矢を報いるとはどういうことなのだ。私が一体何をしたというのだ。
私はただ彼らの幸せのために死力を尽くし、彼らが間違いを犯す都度、尻拭いをしてきたというのに。
今となってはアーサーとアーサーに洗脳された国民たちは、私の教えを否定し、自己中心的な法律を造りだし、自分たちで欲の限りを尽くし、その自分たちの罪が招いた結果である衰退の一路を「神のせいだ。あんたがこの世界をこんなにした」と口を揃えて訴え初め、自分たちの力を誇示し自分たちの自己顕示欲を満足させるためだけにこの塔を建てている。
塔の建設費には莫大な費用を要する。
国の財政を更に圧迫し彼らの生活はより貧するだろう
どうして自分で自分のクビを絞めるようなことをするのか。
そして何故自らが招いた結果である不幸を私のせいにするのか。
私は彼らに対して良いものだけを提供し続けたのにも関わらず、彼らはそれを否定し、悪しき文化、悪しき思想を取り入れ、自滅の道を突き進む。
このまま放っておけば人類は滅亡するだろう。
私は神の力だと認めざるおえない方法で塔を崩壊させることにした。
――その日、朝から世界は闇の中にあった。
分厚い雲で太陽の光を遮断し、その雲の中から低温の唸り声が響く、響く。
預言者が塔の前で叫び狂う。
「見よ!神の怒りだ!我々の背きの罪は重い!」
私は雷を用いて塔を崩壊させることにした。
なんでも「かみなり」の日本語の語源は、昔、雷は神が鳴らすものと信じられていたため「神鳴り」と呼ばれたらしい。私の怒りの声を響かせよう。
昼になり、夕方になっても天は雲が何重にも重なり、光を遮断し暗闇が続く。
私は唸り声を止めなかった。
塔を建築していた民達は不安になり、一旦建設を中止し、地上に降りてきた。
預言者は狂ったように神の怒りだと叫び続け、民達は不安気な顔で空を見上げている。
――刹那、目が眩むほどの光が一瞬世界を包んだ。人々は目を覆った。
その次の瞬間、まるで天が裂けたかのような叫び声のような亀裂音が鳴り響いた。
民達は耳を塞いだ。耳を塞ぎながら顔を上げた民達が目にしたのは、青白い天から降りてきた竜のような形をした何かが塔にダイレクトに直撃し、爆発音と地響きで国全体が揺れた。
塔は上から下まで真っ二つに裂けて崩れ去り、追い討ちをかけるように青白い、天から投げつけられた歪な槍のようなたくさんの放電が崩れた塔の破片を木っ端微塵に吹き飛ばした。民達は恐れ慄き「神の怒りが降った!」と叫びながら四方八方に逃げ散った。
さすがに恐れをなしたアーサーは10年ぶりに入った祈りの宮でひれ伏し、悔い改めた。
アーサーは地面に顔を擦りつけ、悲痛な声で私に懇願した。
「神よ。私は愚かなことをしました。どうぞ御許しください。慈悲を。どうか私を哀れんでください」
私はアーサーに直接語った。
「アーサー、私はこの世界とあなたを創造した神だ。私に従うなら、あなたを平安と喜びのある道へと私は導く」
アーサーは涙を流し、私を仰ぎ見、感謝の言葉を捧げ続けた。
(などとモニター前で偉そうな私の現実は四畳半のゴミ屋敷に埋もれる、全てを捨てた社会不適応者である)
それから、アーサーは私の命じた通りの政策を行い、世界はまた平和を取り戻し始めた。
私は安堵した。この世界を失うことは決して出来ない。世界を1から作り直すほどの根気は私に残されていない。
だとしたらこの世界の終わりは私自身の死を意味する。
フラフラと立ち上がり、カーテンを開けると、夜の空にうっすらと青白い空が覆い被さっていた。虚ろな目で一言呟いた。
「夜明けだ」
……何かの音が徐々に近付き大きくなっていく。
それはインターホンが鳴る音と、ドアを叩く音だった。
私はいつの間にか泥のように眠っていたようだ。
カーテンを開け、夜明けを観たのが意識のあった最後だった。
時計をチラッとみると7時だったがそれが午前7時なのか午後7時なのかは分からない。
目をしっかりと開けて部屋の暗さから午後だと確認する。
しかしだからどうしたというのだ。
今の私には今が何時かなど、どうでも良かった。腹が減れば食い、眠くなれば寝る。
本能のままに生きているが、やっていることは誰よりも知的で芸術の極致をいく崇高なことだと自信を持って言える。
それにしても騒々しい音が鳴りやまない。
良く聴くとインターホンの音とドアを叩く音の合間に女の声が聴こえる。
「優輝さん!いるの?」
直美だ。何故ここが分かったのだろう。
彼女がどうして私の居場所を突き詰めたかは分からないが、考えれば方法はいくらでもあることだ。
どうやら彼女は私が今、家に居ることを察しているらしい。今出なければ通いつめてドアを叩き続けるだろう。
私はゆっくりと起き上がり、ゆらゆらと玄関まで行き、鍵を開け、ドアをゆっくりと開け、上半身半分だけ、にゅうっと外に突き出す。
そこには白いブラウスに黒いタイトスカートの直美がいた。
直美は私の変わり果てた姿を観た瞬間、大きい目をさらに大きくし、手で口元を抑えて小さく悲鳴をあげた。その次に涙を流しながら言った。
「どうしちゃったの。優輝さん」
私は顔色一つ変えずに答える。
「私はどうもしていないよ。ただ全てを捨ててまでやりたいことを見つけたんだ。今私は幸せだよ」
直美は少し声を荒げて言う。
「全てを捨てて、そんな姿になってまで手に入れるものが本当の幸せだなんて思えないわ」
私は冷静に答える。
「目で見えるところに幸せは無いさ。いくら社会的地位を確立し地位と名誉を築き上げ、素晴らしい家庭を築いているかのように見える人間でも、その人が幸せかどうかなんて本人以外には決して分からないようにね。」
直美は顔を伏せて静かに言う。
「あなたが何をしているのかは知らないし、知りたくもないけれど、婚約前のあたしを捨てて、全ての人の期待を裏切って、責任を全部捨ててまで手に入れたものに本当の幸せなんて無いわ。何故なら本当の幸せって……」
そこまで言うと直美は声を詰まらせて再び涙を流し始めた。直美の涙が玄関を濡らす。
私はボソボソとつぶやきながら語る。
「すまない。しかし私はこの国に、この資本主義の虚しい社会には、否、人の人生そのものが絶望的にかりそめに見える。空の空なのだよ。親父はそれに気付いたからこそ、会社が軌道に乗り順風満帆な時に自殺をしたんだ」
そういうと直美は顔を上げ真っ赤な目で腐った魚のような目をした私をしっかりと見つめながら言った。
「違う。あなたのお父さんは、大事なものが欠けていた。それはあなたにも欠けていたものよ。しかし今のあなたにはそれを言っても分からない」
直美はそこまで言うと後ろを振り向き、静かに立ち去っていった。
私と父に欠けていたもの。そんなこと知る由も無いし知ろうとも思わない。
おそらくはったりか何かだろう。私には私の世界がある。私は神だ。
直美が見えなくなるまでの間、無心に、うつろな目で直美の姿を追い、姿が消えると再び私の世界の前に座り、私の世界に帰る。
キーボートを叩くパチパチという音だけが私の部屋に虚しく鳴り響く。
――私の世界では10年が経過した。
かりそめの現実世界では半年ほどだろうか。最近時間の感覚が分からない。
今日が何日か何曜日かなんてことは全く分からないし時計もあまり見なくなった。
ちなみに私の世界では再び問題が起こり始めた。
最近、アーサーがまた不穏な動きを始めていた。
というのも、昔滅ぼした悪魔崇拝的な邪教を行っていた輩の資料が遺跡の中から発掘され、好奇心旺盛なアーサーの目に留まり、その文化を研究するという名目でその資料を読み耽り始めたのである。
私は再び預言者を通して、アーサーに警告を与えたが、アーサーは、
「将来、登場するかもしれない悪しき文化を聖絶するためなのです。あなたの言葉に『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』とあります」の一点張りだった。
しかし私はアーサーが物珍しいものが好きで、奇妙で得体の知れないものに魅かれるという性格を良く知っている。
アーサーは何やら、羊と人間を組み合わせた奇妙な像を彫刻家に造らせていた。
それはどうやらオブジェとしてではなく、その像を拝むためだと発覚した。
アーサーはその人間と羊の合いの子の像の前に捧げものをし、香を焚き、平伏して祈っていた。私は偶像を拝む行為を強く禁止にしていた。
何故ならそれは私以外に神々を造って拝む行為だからだ。
私以外の神々を拝むとは、例えて言うなら、息子が全く知らない人間を父と呼び慕うようなものだ。
今まで丹精込めて育ててきた父を父と呼ばずに、他の全く無関係な人間を父と呼び慕うなんてことは明らかにおかしいではないか。
しかもその神々はただの造形物であって中身はすっからかんなのだ。
なんの意思も持たないただの物質を拝むなんて、滑稽にもほどがある。
アーサーはそういった物を拝み出し、私との関係をまたもや忘れるようになっていった。
そしてその風習は民達にも蔓延していった。
街のあらゆるところに偶像が建ち、様々な神々が街を支配していく。
中には淫婦の神なるものがいて、その神を拝む者たちは地下室で夜な夜な不特定多数との大乱交、同性同士の性行為、挙句の果てに近親相姦にまで及び耽っていた。
秩序、倫理の崩壊は、性の乱れから蔓延るといっても過言ではない。
性病が増え広がり、その影響で様々な二次災害的な感染病等が発症し、奇形児や精神病が増え広がっていった。
私は預言者を街や王宮に遣わし、そして災いを預言させ、預言者が預言した通りの自然災害を下し、悔い改めさせようとしたが死傷者が出ただけで彼らは全く悔い改めずに無駄に終わった。
彼らは心を頑なにしてしまった。彼らの狂った行為は更にエスカレートしていく。
ヤギの顔をした人間の体を持つ気味の悪い巨大な偶像の前で、自分の赤ん坊をその偶像に捧げるために、巨大な釜に煮え立った湯をなみなみに入れ、そこに赤ん坊を沈めて煮込み、その赤ん坊のシチューを回し飲みし偶像の前に置き、その後で淫行に耽るという陰惨、猛悪、惨たらしい儀式が始まったのだ。
「やめろ!」
私は思わず叫んだ。しかし次元が違うので聴こえるはずがない。
私は自然の法則が乱れてしまうのを覚悟のうち、怒り心頭で、その邪教徒達に向かって天から真っ赤なマグマのような液状の炎を降り注いだ。
ドロドロの炎はまるで生き物のように彼らにまとわりつき、彼らは泣き叫びながらその偶像とともに跡形も無く溶け去った。
私が彼らに幸せな道を歩ませるための掟を作り、彼らが道を踏み外しそうになった時は警告を与えて彼らの道を正しても、しばらくすると彼らは同じ過ちを繰り返す。
塔を崩壊させた事件からの10年間の間にも様々な過ちがあった。
その都度私は、被害が甚大に及ばないように預言者を通して警告を与え、それでも悔い改めない場合は遣わした使徒達の力によりなんとか食い止めることが出来ていたが、今回は食い止めることが出来ずにまた大事件を引き起こしてしまった。
というのも今回は預言者や使徒達も偶像を拝み、悪に染まってしまったのだ。
もはやこの世界に義人はいない。一人も、いない。
まるでかの有名なソドムのような街に成り果てた。
既に街中には民達によってあらゆる偶像が建てられ、あらゆる奇行、悪魔的な儀式が繰り広げられている。あろうことか私の聖なる宮にまで偶像が建てられている。
――もう駄目だ。
私は布団に潜り、うずくまって頭を抱え、呻き悲しみ続けた。
どうして彼らは同じ過ちを繰り返すのか。否、何故かということは理解をしている。
それは彼らの自己中心さと一時の快楽に負けてしまう弱さが根底にあるからだ。
要するに彼らには罪の性質があるからだ。
人間を創造するにはそれがどうしても必要だった。
小説を書く上で人間の弱さ、悪しき部分を書くのは至極当然だろう。それが無ければ物語なんてあって無いようなものだ。起承転結も何も無い。
それは重々承知していた。もしも、ただの「死んだ小説」を書くのならひたすら客観的になれるので登場人物が死のうが、絶望しようが、過ちを犯そうが、悩み葛藤することなどない。
しかしこの小説は私の創った愛すべき子供達の意識によって成り立っている。
私は彼らが間違いを犯し、人生が崩壊し、更に私に反抗し、そればかりでなく私の存在を忘れてしまうことが見るに堪えない。
もしも、彼らを悲惨な罪から救うことが出来るのなら、私は自ら私の世界に行き彼らの罪を背負い、彼らの身代わりとなることだって惜しまない。
しかしそれは出来ない。何故ならそれをするには、今私が生きているこの世界の法則を歪めるしかないのだから。
そしてそれは私には出来ない。私の世界の中の彼らがそれを出来ないのと同じ原理だ。
私の弱い精神力ではもう、この世界を続けることは出来なかった。
そう、それは私自身も、弱くて儚い惨めな人間なのだから。
私は神にはなれない。
――だから私はこの世界を滅ぼすことにした。
私は涙を腕で拭き、意を決し凛とした表情でモニターの前に座った。
そしてキーボードを打ち始める。
まず、世界全体に神々しい光を急に照らし始めた。
それと同時に耳鳴りのような音が世界に優しく響く。
全ての民達は突然の出来事に驚き、戸惑いながら天を見上げる。
地下で偶像崇拝を行っていたもの達さえもその異変に気付き、地上に姿を現し始めた。
アーサーと家来達は城の屋上からその光景を眺める。
私は優しく、かつ威厳に満ちた声で喋り始める。
「私の愛する息子達よ。私はお前たちを救うことが出来なかった。私はお前たちを愛するが故に、愛深き故に、悩み、苦しみ、気が狂ってしまうほどに胸が痛んだ。
私はお前たちが憎いのではない。ただ悲しいのだ。だからこそ聖なる怒りを持ってしてお前たちを懲らしめた。それはお前たちが幸せに生きて欲しいがためなのだ。
しかしお前たちは私の言うことに聞き従わず、忠告も受け入れず、聖なる怒りを持って分からせててもまた同じ過ちを繰り返す。私はお前たちが悲惨な自滅の道を進む姿をもう見たくはない。だからこの世界を滅ぼすことにした」
民達はざわめき、動揺する。叫びながら何処かへ逃げようとする者もいる。
それが無駄だということが分かっているのにも関わらず、ここではない何処かへ逃げようとする。
混乱状態の中語り続ける。
「これだけは分かって欲しい。私はお前たちが憎いのではない。お前たちを愛しているからこそ、滅ぼすのだ。私にはお前たちを救う力も術も無い。全ては私の心が弱く、お前たちに忍耐出来なかったせいなのだ。私は世界を創造する神になりたかった。しかし私は神になれなかった。何故なら私はお前たちと同じ、弱くて儚い、罪の性質を持つ人間なのだから。赦しておくれ……全て、私の責任なのだ。赦しておくれ……」
モニター画面が滲み、私の涙がキーボードを濡らす。
アーサー王は立派だった。彼は涙を流しながら、地にひれ伏し、悔い改めながら最期の時を待っているかのようだった。
私は世界を目が眩むほどの光で満たした。世界は光で真っ白になり何も見えなくなった。
次に耳鳴りのような音が大きく響き渡る。そしてそれは激しい洪水の音のようになり、世界全体が大きく揺れ動く。
世界が、崩れていく。私の世界が。
音が止み、静かになる。光が消え、後には闇だけになった。
終わった。私の世界は今、幕を閉じた。
ノートパソコンを静かに閉じる。
私はスローモーションのように立ち上がり、前のめりで、一歩一歩、フラツキながら部屋のドアを開け、そのまま歩き続けた。素足のままひたすら、歩き続けた。
私の目には何も見えていなかった。視覚は正常だが目の前に広がっている景色を何一つとして脳にインプットすることが出来ない。
クラクションの音が聴こえる。ふと意識が戻った。嗚呼、ここは交差点。
どうやら赤信号のまま――
刹那、私は鈍痛とともに宙に舞った。
地面に叩きつけられ、二度目の鈍痛を感じたところまでは意識があった。
――次に私が見たのはミイラのように包帯でぐるぐる巻きの私と、病室のベッドと、直美だった。
どうやら、体が動かない。首から下が微動だにしない。それに声も出ない。
直美は私が目覚めたのをとても喜び、泣いている。
初めに変わり果てた姿の私を見て、失望したと思いきや、こうして次に見た私は更に変わり果てているというのに、それでも尚、傍に居てくれ涙を流してくれるということは、ここまで堕ちてしまった私を未だに愛してくれているということだ。
どうやら私は脳挫傷の重症で生死の境をさ迷い、辛うじて息を吹き返したが、全身不随で声も出なくなり、嚥下障害、他あらゆる障害が残ったようだ。
そして回復する見込みは0とのこと。
つまり私は一生このままなのだ。死ねなかったのは残念だが、もはや自分がどうなろうとどうでも良いことだった。
「空の空。全ては空」といったソロモンの崇高な絶望から逃れるために全てを捨て、世界を創造したのにも関わらず、その世界さえも自分で滅ぼしてしまい、今となっては真の意味で全てを失った。私はソロモン以上に空の空というのを極めたのではなかろうか。
空の空を避けるために動いた結果が空の空を極める結果となったとはなんたる皮肉であろうか。
これは喜劇だ。ベートーベンの気持ちが分かる。
――諸君、喜劇は終わった。喝采を。
などと思っていると直美が私の頭を優しく撫でながら言った。
「優輝さん、私はあなたがどうなろうと愛しているわ。あなたの世話が出来る今、私はとても幸せよ。例え体が動かなくても、あなたの意識は動いているわ。こんなことを言うと、ストーカーのホラーな女に聴こえるかもしれないけど、あなたの体が動かなくなったから私から逃れることが出来なくなって良かったと思うの。こんな考え方はひとりよがりの狂った愛かもしれない。でもあなたがこうして生きている限り、私はあなたを愛することが出来る。私も鈍感な女じゃない。あなたは私を愛していなかった。いや、あなたは誰も愛してことが無かった。あなたのお父さんがたくさんの女性と関係を持っても、誰も愛していなかったように……」
そう、私の父は誰も愛していなかった。この私さえも。いや、愛し方を知らなかったのだ。それは父が誰からも愛されていなかったからだ。
否、違う。父は誰からも愛されていないと思っていたからだ
そして私も同じように誰からも愛されていないと勘違いをしていたようだ。
愛されるとその愛に裏切られるのが怖かったからこそ、私はわざと勘違いをしていた。
他人から誰よりも賢く強く見えていた私は、その実、誰よりも傷付くのに恐れた愚かで弱い人間だったということだ。
それは私自信さえも知らなかったことだが、直美だけはそれを知っていた。
直美は言う。
「あなたのゴミに埋もれた部屋から膨大な数のあなたが書いたと思われる小説が出てきたわ。あなたはそれがしたかったのね。でもまだ出来るじゃない。最近は目の動きだけで操作できるパソコンもあるのよ」
直美は俯いて、唇を噛み、躊躇いがちに続けて話した。
「ひとりよがりの狂った愛にならないために、私が嫌いなら私はあなたから離れるわ。でももし、あなたが良いと言うなら、一緒に生きてください」
私の目はどうやらまだ涙が出るようだ。その流した涙がOKの合図だ。
どうやら直美にはその意思表示が伝わったらしい。
全ての生き物は愛に反応する。
私は色々なことに勘違いをしていた。
ソロモンは1000人の妻を持っていた。
彼が空の空だったのは無償の愛を知らなかったからだ。
そしてそれを捜し求めていた。
愛があるのならば、例え全てを持っていても、或いは例え全てが無くても、環境に左右されることなく幸せなのだ。
それは男女間の愛や家族の愛などを超えたもっと究極的な完全な愛だ。
この世で本当に必要なのは愛だけであり、それ以外は付録のようはものではないだろうか。
私はその愛を知らなかったからこそ虚無であり、そしてそれを捜すために必死だったのかもしれない。
なんという皮肉だろうか。
私は世界を創造し、全てを得て、そしてその全てを失ったと同時に、真の幸せを得た。
鈍感な私は全てを得てから全てを失わないとそれに気付かなかったようだ
全ての生き物は愛に反応する。
それにしても、人が世界を創造するなんて、おこがましいにも程があった。
そういえば昔、静岡の浜名湖にある温泉に夜入っている時に、夜空に浮いたおぼろ月を観ていた。
分厚い雲のところどころに亀裂が入り、その亀裂の合間から星がたまにちらりと見えるのがロマンチックだった。
私は今と同じ姿勢でそのおぼろ月を観ていた。
ただ、その自然の造り出す創造美に圧倒されていた。
何処かの団体客が五月蝿く騒いでいたが、その声は近くにあるが、まるで遠くの別次元から聴こえるようで全く気にも留めず、ただ何時間もその感動を眺めていた。
それは自然の中で神が創造された感動であり、それも愛だ。
全ての生き物は、愛に反応する。
次は小説ではなくてアンソロジーでも創作しよう。
病室の天井にはあの圧倒的に美しい景色は見えないが、私の心はあの時以上の感動と喜びで満たされていた。
諸君、今度こそ喜劇は終わった。もう一度、喝采を。
「完」
小さな神