菜実と観鞠

菜実と観鞠

「ナミちゃん、みまりさん、波マスの皆さん、ピヨピヨクラブの皆さん、はるそらの二人、ちはるトリオの皆さん、保坂さん、今井さん、マスター、
その他関係者の皆様。本当にありがとうございました。
あなたたちが作中で勝手に動き回ってくれたので、このお話が出来あがりました。
読んでみると、『これは俺か?』『このキャラはあいつだな!』なんて、すぐに解ると思いますが、
笑い飛ばして、読んでいただきたいと思います。」

この前振りが全く理解できない方も、女子高校生の軽音楽部のお話として
楽しんで頂きたいと思っています。

prologue


ポトンと菜実の頭に何かが当たった。
そいつは跳ね返って足元のコンクリートに落ちずに、髪に付いたままだ。
それがもぞもぞと動く気配に、菜実は悲鳴を上げた。
「キャー!なんか付いてる!ミー、取って、取って!」
観鞠は落ち着き払って、菜実の頭に付いているカブトムシをつまみ上げる。
「あら、かわいい。もうこんなのが出てくる季節になったのね。でも、よりによってなっちゃんの頭に留まらなくても良いのに。」
「飛んできて留まったんじゃないわ。上から降って来たのよ。」
「ということは・・・」

二人が同時に見上げた先、二階の理科教官室の窓には、やはり生物の明人先生の顔が有った。
「やっぱり、お前の仕業か!」
「わっはっは!そんなものに怯えるなど、菜実くんも、まだまだ修業が足らんな。」
「修行とかそういう話じゃ無いでしょ。なっちゃんは虫が嫌いなんだから。」
「だから、慣れさせてあげようという優しい気持ちで、虫を留まらせてあげたんじゃないか。」
「嘘だ!優しい気持ちなんて。私をびっくりさせようと思っただけだ。イジメだ!スクハラだ!」
「まったく、こんなことに巻き込まれて、あなたもいい迷惑よね。」
観鞠は手にしたカブトムシにそう話しかけると、チュッとキスした後、そっと自分の肩に留まらせた。

「アッキー、いい加減にしなさいよ。そんな悪戯ばっかりしてると、絵梨先生に言いつけるわよ。」
観鞠が睨むと、明人先生の顔が怯えた表情になる。
「う~ん。教頭に叱られるのは困るな。では、さらばじゃ!」
そう言い捨てて、窓から顔を引っ込め、窓をピシャリと閉めてしまう。


「ほんとにあれでも教師なのかしら。同級生より子供っぽい悪戯ばっかりして。」
「やだやだ。あんなのが顧問だなんて。どうにかして欲しいわ。」
「仕方ないでしょう。教頭先生に頼んだら、アッキーしか余ってる人が居ないって、言われちゃったんだもの。」
「どうして?アッキーだってどこかの顧問になってる筈じゃないの?」
「あれ、なっちゃん知らなかったの。アッキーは去年までは生物部の顧問だったのよ。」
「じゃあ、今年もそこの顧問で良かったんじゃない。」
「それがね。あまりにもアッキーがマニアック過ぎて、顧問ひとり、部員ゼロっていう状態になっちゃって、生物部は実質上廃部。だから余ってるのよ。」
「やっぱり。変態虫男!」
「まあ、虫は変態するからね。」
(幼虫から蛹になり成虫になるのを変態と言う。:作者)
私も生物部に誘われたんだけど・・・と、内心で思いながら、それは言いだせない観鞠だった。


ここは日陽学園高校。(「ひようがくえん」と読む。)略して「ピヨ高」などと呼ばれたりして・・・(笑)
菜実と観鞠は二年生で軽音楽部のメンバーだ。
もっとはっきり言えば、初代部長と初代リーダー、つまりこの二人が軽音の創始者なのだ。
季節は初夏。カブトムシも顔を見せる頃。空は晴れ渡って、風が心地良い。
二人は校舎の前の陽だまりに立って、バンドのメンバーが来るのを待っているところだ。

軽音の活動が始まったのは、今年の四月からだ。
それまでは学園祭の時に、有志が集まってバンドを組んで、ステージに載っていたのだが、昨年のステージが、あまりにも急ごしらえでバラバラだったために、きちんと普段から練習してステージに乗せようと言いだした連中が居て、部活動となったのだ。
(もちろんこれは世の中の流行にも乗せられた部分は有る。)
有志が集まって新人を勧誘して、足りない人材は拝み倒したり、色仕掛けで集めたりと、さまざまな方法でメンバーを集めて、部活動の形にして、顧問も決まったところだ。

集まった十数名で部会を開き、二年生の中で一番落ち着いている観鞠が初代部長に選ばれた。
そして、本来なら副部長やらなにやらが続くのだが、どうせ出来たばかりの部だから、役職名を増やしても・・・ということで、言いだしっぺで一番メンバー集めに活躍した菜実が、リーダーという名称の役目になったのだ。

軽音とは言え、楽器経験者ばかりではない。アニメの「けいおん!」に釣られて入った初心者や、楽器は出来ないけどヴォーカルやりたい、などと言う部員も居る。
そんな中であれこれと調整し、バンドの形もなんとか出来上がり、秋の学園祭に向けて練習に励もうという段階になったところだ。
そして今日は軽音のメインのバンド、菜実をヴォーカルに、楽器経験者四名でバックを固めたバンドの初めてのミーティングが行われるのだ。
ミーティングには部長である観鞠も立ち会う。バンドのカラーや演奏する曲、練習予定などこれから決めなければならないのだ。


「あ~、早くみんな来ないかな。わくわく!」
「何のんきな事言ってんのよ。ようやくメンバーが決まっただけでしょう。これから曲を決めたり、練習予定を立てたり、大変なんだからね。」
(お解りでしょうが、最初のセリフが菜実、後のが観鞠です。そういうキャラ設定ですから。)
「まずは、しっかりしたバンドのリーダーを決めなきゃね。」
「え~と、メンバーは二年生と三年生が二人ずつだよね。それにあたしが入って五人。三年生のどっちかにやってもらえばいいんじゃないの。」
「甘いな。三年生には受験という大変なイベントが待ち受けているのよ。だから、あたしたちが部長やリーダーになったんでしょう。
それに諸田さんも大野さんも、他のバンドと掛け持ちなんだからね。」
メンバーの中のギターの諸田とベースの大野は、去年の学園祭でもステージで演奏したことがある経験者だ。
半分くらいは初心者の軽音内では、貴重な戦力なのだ。

「じゃあ、柳川くんにお願いしよう。」
もう一人のギターの柳川は、菜実のクラスメイトだ。ギターは弾けるけどバンド経験は無いっていうのを、菜実が口説いて引っ張り込んだのだ。
ちなみにもう一人、ドラムの雨賀は観鞠のクラスメイトで、こちらも観鞠に半ば強制的に軽音に引っ張り込まれた。
「まあ、リーダーになると、ある程度バンドのカラーを決める決定権があるから、あんたがリーダーになったほうが良いかもね。」
「う~ん。なんかそれも面倒かな。」

菜実はばったりと校舎の前の芝生に横になって、大きく背伸びをする。
観鞠も隣に腰を下ろし、肩に留まらせたカブトムシを指先でじゃらす。
この高校は制服が強制ではない。一応決められたブレザーの制服は有るが、私服でも構わない事になっている。
(もうお解りだと思いますが、菜実はジーンズにシャツ、観鞠は制服です。)
第三校舎の前の芝生には、二人以外誰も居ない。
この校舎は学校敷地の一番裏側にあって、科学実習室や家庭科室などと、音楽室などが同居している校舎だ。
当然、二人としては音楽室の使用権を確保したいところだが、そこは新興勢力の弱さ。音楽室は合唱部が練習に使っていて、科学教官室の隣の実験室が活動のために使って良い事に決められてしまったのだ。
「顧問も隣に居るから、ちょうど良いわね。」などと、教頭は笑って言うが、
ああいう顧問だから、名目だけは顧問にしておいて、できるだけ関わらずに居たいところなのだが。



ぽつりぽつりとメンバーが集まって来る。
本当は科学実験室に集合なのだが、二人の姿を見つけてこちらに寄ってくる。
諸田はギターを背負っている。バンドメンバー五人と観鞠がなんとなく芝生の上で輪になる。
「じゃあ、お天気も良いからここでミーティングにする?」
「そうね。そうしましょう。」
「えーっと。まず最初は、このバンドでどんな曲をやるか。から、決めれば良いかな。」
「ちょっと待った。」
いきなり大野からストップがかかる。
「その前に、このメンバーで何が出来るか、確認しといたほうが良いんじゃないか。」
「そうだな、大野がどのくらい弾けるかは、去年の学園祭で見せてもらったけど、二年生の二人の腕前次第で、何が出来るのかも決まってくるからな。」

いきなりそんな話かい、と菜実は思ったが、確かに三年生の言う事はもっともだ。
「じゃあ、ちょっとギターを貸してくれますか。」
柳川がそう言って、諸田の背のギターを指す。
「もちろん。そのつもりで持ってきたんだ。」
諸田が笑いながら柳川にギターを渡す。ストラトタイプのエレキギターだ。
「アンプは無いけど、生音でも大丈夫だろう。」
柳川はギターを受け取ると、パラパラと音を出していたが、やがて16ビートの細かいリフを弾き始める。
単音のリフを有る程度繰り返した後で、その進行のまま、コードカッティングに移る。
「じゃあ俺も。」
雨賀もそう言うと、バッグからスティックを取り出し、花壇の縁のレンガを16ビートで叩き始める。雨賀の出すリズムは、柳川のコードカッティングとぴったり合っている。
大野と諸田が顔を見合わせてにやりと笑う。
「オーケイだ。失礼な事を言ったな。こういうメンバーなら良いバンドになりそうだ。」
「そうだな、後はヴォーカルだけか。まあ、唄はどんな曲を選ぶかで変わるからな。」
「じゃあ、メンバーとしては問題無いわね。」
観鞠がみんなの顔を見回し、話をまとめる。
柳川がほっとした顔になる。菜実も内心でほっとする。
柳川を引っ張ってきたのは菜実だが、実際にギタープレイを聞いた事は無かったし、それがどのくらい上手いのかも解らなかったのだ。

「じゃあ、次はどんな曲をやるかね。」
「え~と、きゃりーぱみゅぱみゅとかはどうかな。」
いきなり菜実の意見にみんながこける。
「あのね、キーボードも居ないギターバンドなんだけどな。テクノポップ系は無理だろう。」
「そうよ、なっちゃんの好みだけで選曲は出来ないわよ。きゃりーぱみゅぱむ・・・」
「あっ!ミーが噛んだ。」
お決まりの突っ込みに対して、観鞠は無言で菜実の後頭部を平手で張る。
「もう~、とりあえず思いついた事を言ってみただけじゃない。」
「テクノポップやるなら、まだジャズでもやれって言われた方が可能性は有りそうだな。」
「それは、どっちも勘弁してくださいよ。」
「じゃ、ハードロックとかヘビーメタルとかは。」
「このヴォーカルでか。」
「ヘビーメタルね。『デトロイトメタルシティ』なら観たことあるよ。」
「馬鹿たれ。あんなの観ただけで、ヘビメタが解るか。あの映画で良いのはジーン・シモンズのステージとヒヨコパンツ見せるとこだけだ。」
「メタルやるよりは、ラグタイム系のブルースのほうが良くないか。バンド名は『放課後ラグタイム』なんてのはどうだ。」
「おまえはアニメおたくかよ。名前だけパロディやっても仕方無いだろう。」
「ブルースならシカゴブルースの方が良くないですか。」

「だ・か・ら・!! いいかげんにマニアックな趣味の世界に走るのはやめてね。
高校の学園祭で、みんなに受けるようなバンドをやるの。軽音としての最初のステージなんだから。
一年限りで来年から企画が無くなったら、あたしたちがずっと責められるんだからね。ね~え、初代リーダー。」
観鞠の一喝。

「そ、そうね。初代部長の顔が潰れないように、無難な路線がいいかな~・・・」
菜実も逆らえない。



「ということで、次回は明後日、またここでミーティングね。それまでに今日出た候補曲を聴いて来てね。」
一応の候補曲も出揃ったところで、時間も長くなったので解散になる。
リーダーもバンド名も未だ決まっていないが、五人のメンバーで何とかなりそうな感触はつかめた。
さっさと帰りに向かう観鞠と菜実。その後ろを四人が続く。
「柳川さあ、今までどこかでバンド組んでたの?」
「いや~、今回が初めてなんですよ。今までは家で一人でアコースティックのギターを弾いてるくらいで。」
「じゃ、人前でやったこともないんだ。」
「そうですよ。だいいち、エレキギターだって楽器屋で触るくらいしか経験が無いんで、今日も弾かせてもらってひやひやしてたんですから。」
「その割にはなかなか上手かったよ。あの曲って押尾コータローだっけ。」
「そうなんです。最近ちょっとそっちの路線をかじってるんで。」
「大丈夫、あのくらい弾ければ。エレキが無いんなら、俺のを貸してやるよ。まあ、アコでコードカッティングの伴奏っていうのも曲によっては有りだけどな。」
そんな感じで、すっかり打ち解けているメンバーだった。

観鞠はふと後ろを振り返り、その様子を見てにっこり頷く。『よかった、とりあえずメインのバンドは何とかなりそうね。』口には出さず、そうつぶやいていた。

Part 1

scene 1 菜実=観鞠 十一月六日

「学園祭も終わっちゃたし、先輩は引退するし、年明けには自由登校になっちゃうし、つまんないな。」
「模擬店もいまいちだし、バンドのステージもいまいちだったよね。」
「そうそう、バンドって言えば、ひとりひとりは上手いのに、どうしてあんなにまとまらないの?」
「それは学園祭のために組んだバンドだからじゃない。」
「どういうこと?」
「普段はそれぞれで校外のメンバーと組んでたりする人たちが、学園祭のためにバンドを作るの。
それも、夏休みが終わってから、学園祭の予定が出るでしょう。それからメンバー集めてだから、練習期間もほとんど無いんだって。」
「へ~、観鞠詳しいね。」
「うん、お姉ちゃんも、ここの学校だったからね。」
一年C組の教室での、放課後の菜実と観鞠。この時、二人は同じクラスで、結構気が合うコンビだったのだ。

「どうせなら、もっと前から練習しとけば、上手くなるのにな。もったいない。」
「だって、普段から学校内でバンド組むようなきっかけが無いでしょう。」
「それなら、ブラスバンドだって合唱部だって同じじゃない。コンクールや発表会が有るから、メンバー集めて練習するわけじゃないでしょう。」
「そうね。まあ、あれは部活だからね。」
「じゃあ、軽音部があればいいんだ。」
「そうだけど・・・軽音部なんて無いじゃない。」
「無ければ作る! ねっ。一緒に作らない。」
「あんたはそう言って、バンド組んで遊びたいだけでしょう。」
「う~ん。それも有るけど、軽音部作って、普段から練習しとけば、来年の学園祭にはきっと出られるかなって。」
「そうか。おまえはそれを狙ってるんだな。」
「もちろん!校内の観客の視線を鷲掴みよ。」
「頭の中から、バンドのセンターでヴォーカルやってる妄想がこぼれてるよ。」
「もちろん。ミーもツインヴォーカルなんてどう。」
「じゃんけんでセンター決めるかい?」
「・・・・・」



そんな話から、担任の四津田先生を通して、教頭まで話をつけに行き、音楽の徳家先生に相談して軽音部がスタートしたのだ。
その時点でメンバーは四人。全員一年C組の女の子だった。
楽器はピアノが弾ける子が二人。全員がヴォーカル希望だ。

教頭の田中絵梨先生からは、新学期から正式に部活として活動開始するから、それまでは準備期間として活動するようにと言われている。

「あなたたちの仲好しグループの集まりじゃ、部活として認めるわけにはいかないからね。
各学年に男女ともメンバーが居るのが、最低のラインかしらね。しっかり集めなさい。」
「それって、あと五人探さなきゃいけないってことですか?」
「そうよ。今の三年は卒業しちゃうから、現段階では一年の男子と、二年生から男女各一人ね。
新入生が入ってきたら、その中からも勧誘するのよ。」
「その条件がクリアできないと・・・」
「馬鹿ねぇ。それだけでバンドが組めるの。もっとメンバー集めないと、生物部みたいになっちゃうわよ。期待してるから、頑張ってね。」
励まされてるんだか、脅されてるんだか、どっちともつかない顔で言われた。



「確かに、バンド組むのに、楽器が出来るメンバーが居なきゃ、どうにもなんないよ。」
「じゃあ、楽器の出来そうな男の子を引っ張りこむのね。」
「どうやって?」
「色仕掛けだろうと、脅迫だろうと、どんな手段を使ってもよ! ノルマはそれぞれ二人。しっかり捕まえてきてね。」
「ええっ、二人も。」
「別に彼氏を二人作れって話じゃないし、部活の勧誘なんだもの、簡単でしょ。」
「そうだけど。出来れば彼氏の勧誘と一緒の方がいいな。ヴォーカルの彼女とリードギターのイケメン君って、カッコ良いじゃない。」
「何言ってんの。BLものだと、ヴォーカルとリードギターなんて、どっちも壮絶なイケメンで、男同士でそういう関係になるのよ。」
「ええ~。ヤダそんなの。グロい!やっぱりイケメンギタリストと美人ヴォーカルよ。」
「あんたらの夢を語ってる閑は無いの!楽器が弾ければイケメンでも不細工でもOK!ギターだけじゃなくてベースもドラムもキーボードも募集中よ。男の子だけじゃなくて、二年生の女子でもいいわ。ほら、とっとと捕まえに行っておいで!」


scene 2 菜実→柳川 十二月十三日

世間はすっかりクリスマス気分、世の中はこのカップルの為のイベントで盛り上がっている。
もっとも彼女居ない歴=年齢の柳川には、まったく縁の無い話だ。
この高校に入って、彼女でも出来れば、と思ってはいたが、思うだけで出来るほど、世の中は甘くない。
クリスマスも、クラスの気の合う野郎どもと遊ぶくらいしか、やることは無い。
今日も帰って、お気に入りの音楽を聴くかギターでも弾くか、などと思っているところだ。
そんな柳川の目の前に、菜実がトコトコと寄ってくる。普段はジーンズにトレーナーの私服なのに今日は珍しく制服を着てる。しかも、スカートが結構短い。

「ねえ、柳川君。ちょっと話が有るの。」
そう言うと、あろうことか柳川の前の席の机に、ひょいと腰掛ける。
自分の机に頬杖ついて、席に座ってた柳川の目の前に、菜実の膝小僧が接近してる。しかも生足の短いスカートだ。
思わずドキッとして、目をそらす。
「何?」
まさか、俺に付き合ってくれとか・・・無いだろうな。
「柳川くんって、もしかしてギター弾ける?」
「うん、一応ギター持ってるし、それなりには弾けるけど・・」
「やっぱりね。ほら、音楽の授業でギターをやった時に、上手いんじゃないかなって思ったんだ。」
確かに音楽の授業ではギターを弾く事も有った。芸術科の選択で一緒だったから、菜実も見ていたはずだ。
ごく初歩的な曲を、ガットギターで弾かされた。でも、だから何なのだろう。
「あのねぇ、こんど軽音部を作ろうと思ってるんだ。で、今メンバーを集めてるの。柳川くんもギターが弾けるなら、入って欲しいなと思ってるんだけど・・」
そう言いながら、菜実の膝が柳川の顔に近付く。顔を見下ろしながら話してるつもりなんだろうけど、その膝は脅威的だ。
そんなに近寄ると、膝より先のスカートの中身が・・・

もう柳川は、菜実の話にはうなずくだけになっている。
「じゃあ、入部してくれるわね。」
にっこり笑って菜実が言うのに、顔と膝を交互に見ながら返事をする。
「もちろん。参加するよ。」
だから、一度デートしてくれない・・・なんて、心の中で言いかけた言葉が、口から出るわけもなく。
「じゃあ、みんなが集まるのが決まったら、また連絡するからね。」
そう言って、机からスルリと降り、スカートを翻して後ろ姿を見せる菜実を、ただ見送るだけだった。


scene 2 観鞠・菜実→大野・諸田 二月六日

「先輩!」
にぎやかな女の子の声に、大野は振り返った。俺を呼んだのか?人違いか?
見覚えはあるが、良くは知らない一年生の女の子が二人、大野に近づいてくる。
大野は、何だろうと疑問に思いながらも、二人が来るのを待った。
「大野さんですよね。あの、学園祭のバンドでベースを弾いた。」
「そうだけど。何か?」
「実は、私たち今度軽音部を作ろうっていう話が有って、メンバーを集めてるんです。」
「ふ~ん。それで。」
「で、大野さんにも軽音部に入ってもらいたいと思って、勧誘に来ました。」

ど真ん中、ストレート。暮れ頃からそんな噂を聞いていたけど、とうとう俺の処にも来たか。
どうしようかな。ベースを弾くのは好きだ。今も他校の連中とバンドを組んでいる。
でも、同じ学校の中で、へたくそ相手にバンドごっこをやるのは、勘弁して欲しい。
う~ん、二人とも可愛い娘だしな~。それなりのバンド活動が出来るなら、組んでもいいんだけどな。
そんな考えが頭の中を飛び交う。

そこに同じクラスのギター弾き、諸田が登場。
「どうした大野ちゃん。バレンタインには一週間くらい早いんじゃないか。」
「馬鹿言うな、お前とは違うよ。ベース弾きなんてリードギターに比べりゃ地味なもんだからな。」
「いやいや、あのひたすら低音を弾き続ける姿がセクシーだって言う奴だって多いんだぜ。
特に、目が高いマニアの女の子なんかはな。」
諸田とは二年になって同じクラスになった。去年の学園祭では先輩達に誘われて一緒に組んだけど、実際には別々のバンドで活動している。まあ、腕前も解っているし、ライヴなんかで対バンになったりすることも多い。話の合う奴だ。

「で、ファンじゃないとしたら誰?この子達。」
「あの、私、一年C組の小山田菜実って言います。」
「私は、同じく一年C組の慈恩寺観鞠です。ちょうど良かった。諸田さんにもお願いしようと思ってたんです。」
「軽音部の話だってさ。」
「軽音部って、この学校の中でか?」
「そうらしいよ。学園祭でやるだけじゃなくて、固定したバンドを組みたいっていう事だろう。
今のバンドに邪魔にならない程度になら、学校の中で遊んでもいいんだけどな。」

「ちょっと待てよ。慈恩寺観鞠って、あの観空さんの妹?」
「そうですけど。姉の事、知ってるんですか?」
「ああ。俺たちが新入生だった頃の三年生だからな。」
「えっ、慈恩寺観空って。あのミクさま。」
「そうだよ。あの女神様って呼ばれてたミク様だよ。妹が居たんだな。」
観鞠の姉の名前が出た途端に、二人の様子が変わる。
「分かった。ミク様の身内からのお誘いなら、断るのも気が引ける。入部するよ。」
「そうだな。俺も入るよ。」
「本当ですか。よろしくお願いします。」

いきなりの勧誘成功に、なんだか拍子抜けした二人だった。
「お姉ちゃんって、観鞠と入れ替えに卒業したんだっけ?」
「そうだよ。制服もお姉ちゃんのをもらったし、いろんな事も教えてもらったけどね。
でも、ミクさまなんて呼ばれてたっていうのは、知らなかったな。」
「女神様って言ってたね。どんな崇拝されてたんだろうね。」
「超能力を使って、奇跡を起こしてたりしてね。」
「まさか。出来の悪いライトノベルじゃないんだからね。」
(・・・・・・・:作者)
「でも、観鞠だって、超能力者だもんね。」
「何言ってるのよ。ちょっと運が良いだけじゃない。」

実は、観鞠には不思議な能力が有る。じゃんけんをすれば勝率は八割を超える。負けるのは、本人がどうでも良いと内心で思っている時だけだ。
くじ引きでも、抽選会でも、観鞠が引けばたいていは良い結果になる。きっと受験でも鉛筆を転がして合格するんじゃないかと、親しい友達からは言われている。
こういうのも超能力って言うんだろうか?
本人は否定しているのだが。


scene 3 観鞠→雨賀 四月三日

四月、新学期が始まる最初の日。クラス分けが発表され、観鞠と菜実は別々のクラスになった。
とは言っても、B組とC組だから、隣同士の教室だ。休み時間に廊下に出れば、すぐ話も出来る。柳川は菜実と同じC組になった。
一時限目のホームルームが終わって、観鞠はクラス内を見まわした。そして一人の男の子に近寄る。
「雨賀くんだったよね。あたしは慈恩寺観鞠。よろしくね。」
「こちらこそよろしく。」
いきなり話しかけられた雨賀がきょとんとしている。
「実は、ちょっと話が有るんだけどな。」
「何?」
「雨賀くん、ドラム叩くでしょう。」
ドラムという言葉が出た途端に、雨賀は慌てた顔になる。
「ど、どうして、知ってんの?」
「うん、そうね。なんとなくそんな気がしたんだ。」

実は雨賀は、学校とはまったく関係無いところで、バンド活動をしている。一緒にやってるのは結構年上の大人達ばかりだ。
当然、演奏も高校生の出入りするような場所ではなく、活動時間帯も遅いし、酒やタバコも当たり前の店だ。だから、学校ではバンドの話をした事は無い。
同級生に知られないように、秘密にしていたつもりだ。
そんな動揺にかまわずに、観鞠は話を続ける。
「よかった。やっぱりあたしの感は当たってたんだ。なんか音楽やる人のように見えたんだ。」
明るい口調で言われて、雨賀の内心の動揺がちょっと落ち着く。
「でさあ。今度この学校で軽音部作るっていう話が有るんだけど、入部してくれないかな。」
「でも、どうして俺が・・・」
「いやあ。ギター弾きは何人か見つけたんだけど、ドラムってなかなか居ないのよね。」
「だって、ブラバン経験者とか探せば居そうじゃない。俺も中学ではブラバンだったしね。」
「でも、昔やった人でも現役とは違うし、現役のブラバンのパーカッションは、軽音なんてやってくれないって言うし・・・」
「それで、俺なの?俺だって中学ではやってたけど、高校じゃブラバンには入んなかったんだからね。」
「でも、今でも叩くんだよね。過去形じゃないものね。」
「・・・・・」
「大丈夫だよ。学校内だけの部活だから。三年生の大野さんや諸田さんも入ってくれたけど、他校の人たちとのバンドは、今まで通り続けるって言ってたから。」
「・・・・・」
「高校生が出入りしちゃいけないようなお店で、演奏してるなんて、誰にも言わなきゃバレないよ。」
「ど、どうして、そこまで。」
「あら、なんとなくそんな感じがしたんだけど、やっぱりそうだったの。」
「いや、あの、だから・・・」
「じゃ、入部してくれるよね。ありがとう。」
言う事だけ言って、雨賀に背を向ける。
雨賀は、その背中に向けて、本人には聞こえないようにつぶやく。
「怖い女。どうしてそんなことまで知ってるんだよ。」


scene 4  四月三日

C組の教室の菜実と裕と葉子の三人が集まっているところに、観鞠がやってくる。
軽音発足の四人のメンバーだ。
「うちのクラスの雨賀くんが入ってくれるって。ドラムの子だよ。」
「やった~!これで部員が十人になったね。」
「あとは、明日の入学式の後、新入生をどのくらい捕まえられるかだね。」
「そうね。出来れば楽器が出来る子を入部させたいわね。」
「今のところ、ギターが二人、ドラムが二人、ベースとピアノが一人ずつか。裕がキーボードを弾くとしても、もうちょっと楽器が欲しいよね。」
「あ~あ。今からギターでも練習しようかな。」
「いいね。諸田さんに手取り足取り、初歩から教えてもらえば。」
「でもな~、すぐに『ヘタクソ!』とか言われそうで、ちょっと怖いかも。」
「大丈夫だよ。初心者って解ってるんだから、後輩の女の子にそんな事言わないって。」
「下手って言えばさ。諸田さんと大野さんは良いけど、ほかのメンバーはどうなのかな。」
「千秋さんは大丈夫だよ。今でもピアノ教室に行ってるし、ある程度の譜面なら初見で弾けるって言ってたもの。」

林千秋は裕が勧誘してきた。裕がピアノ教室に通ってた頃の一つ上の先輩だ。
裕は中学校の途中でピアノ教室をやめてしまったけど、千秋は今でも通っていて、音楽関係への進学も考えているらしい。
千秋が軽音に入ったので、もう一人メンバーも増えた。千秋の彼氏の山崎だ。
千秋が軽音に入ると聞いた山崎は
「俺も入ろうかな。これでも中学のブラバンではパーカッションだったし・・」
と言って、一緒に入部することにしたのだ。

「山崎さんの腕前はわかんないわね。ブラバンのパーカッションって言っても色々だからね。」
「トライアングルが専門だったりして・・(笑)」
「まあ、千秋先輩と組む気だから、駄目なら千秋先輩が何とかするでしょう。」
「そういうのが原因でケンカして別れちゃったりすると、ちょっと怖いよね。」
「そうね。同じバンドにイケメンギタリストが居ても、カップルはならない方が良いかもね。」
「それは話が別よ。」
「だって、『お前、唄下手だな』とか言われたら、ショックだよ。」
「そういう事言わない優しい人を選ぶの。」
「そういうのは人間関係は上手く行くだろうけど、それじゃ上達しないわよ。」
「う~ん、そうね。優しいっていうのとは、ちょっと違うかもね。」

「でも、ピアノとドラムだけじゃ、バランスが悪いよね。どうするのかな?」
「うん。千秋先輩は弾き語りでもバッキングでも、なんでもやるって言ってるけど、やっぱりベースとか入った方が良いかなって思うしね。」
「まあ、新入生が入ってどうなるか、それから考えた方が良いかもね。」

「ところでさ。新入部員募集のポスターってこれでいいの?」
「そう、二年C組だけ入れれば完成だよ。二年C組小山田菜実まで。どのくらい集まるかな。」
「かわいい男の子が入ってくるといいね。」
「これでなんとか部員もそこそこ居て、部活にはなりそうね。」
「じゃあ、絵梨先生に報告に行ってくるか。」
「じゃ、あたしたちは校内にポスター貼って来るね。」


scene 5  4月3日

観鞠と裕が職員室で教頭の絵梨先生と話している。
「わかりました。じゃあ、軽音楽部は正式に部として認めてあげるわ。」
「ありがとうございます。」
「それでね、正式な部活動に成るなら、顧問とか活動拠点とかが必要なんだけどね。」
「顧問?」
「活動拠点?」
「そうよ。活動拠点って言うのは、部室の事。運動部は部室が有るけどね。文化部は、例えば合唱部なら音楽室とか、ブラバンは集会室とか、どこかの場所に決まってるの。
まあ、活動中はそこに行けば誰か居るとか、ミーティングはそこでやるとかいう程度のものだけどね。」
「じゃあ、どこかの教室を使わせてくれるんですか。」
「それなんだけど、軽音も楽器をつかうでしょう。普通の教室じゃうるさくすると困るから、科学実験室でどうかしら。家庭科室でも良いけどね。」
「第三校舎ですね。はい、どちらでも良いです。」
「それとね、顧問なんだけど、生物の佐東先生ね。」
「ええっ、アッキーですか?」
「そうよ。佐東先生、昨年度は生物部の顧問だったけど、部員が一人も居なくなって、生物部は無くなったから、空いてるのよ。それとも化学の松さんの方が良いかな。」
「あの・・・マッドサイエンティストの・・・松岡先生ですか?」
「そんな事言うもんじゃないわよ。松さんもアッキーも、優秀な先生なんだからね。
ちょっと専門分野にのめりこむタチだけどね。」

そういう田中絵梨教頭も、結構専門分野にのめりこむタチだ。
以前は社会科の教師だったのだが、教頭になってからは、家庭科を担当している。
なんでもキャラ弁を作らせると、かなり凝った弁当を作るという噂だ。

「う~ん。どっちもどっちかな。」
「じゃ、佐東先生っていう事にしておきますね。部活時間の延長とか、校外での活動とかの時には顧問のハンコが必要だから、そういう時にはアッキーに頼みなさい。
もしも不在でどうしてもっていう場合は、私が副顧問という名目でハンコを押しますから、言って来てね。
それと部室は、科学実験室っていう事にします。顧問が隣に居るからね。なんなら松さんを副顧問にしてもいいわよ。」
科学実験室の隣は、理科教官室になっている。そこに居るのは、生物の佐東先生、化学の松岡先生、物理の四津田先生の三人だ。
四津田は一年の時の担任だったので気安いが、出来れば他の二人はお近づきになりたくないかもしれない。

「新しく出来た部なんだから、あなた達が卒業したら無くなるなんて事が無いように、きちんと活動するのよ。」
「はい、頑張ります。」
「楽しみにしてるからね。学園祭ではステージに出るんでしょう。」
「ええ、そのつもりで作った部ですから。」
「まあ、それが一番の目標ね。でも、他にも少しずつどこかで活動した方が良いわよ。
一年に一回しか本番が無いと、張りが無くなるって話も有るからね。」
「そうですね。新入部員の様子なんかを見ながら、少しずつ考えてみます。」


scene 6  4月17日

「どう?めぼしい新入生は居そう?」
「う~ん。まあまあってとこかな。」
「男の子が三人、女の子が四人か。これで全部で十七人ね。」
「そろそろ、みんな所属の部活も決まって、落ち着く頃だから、これ以上は増える見込みは薄いわね。」
「新入生、担当楽器は?」
「男の子は三人ともギター。でも一人はベースやっても良いって言ってるよ。
女の子はピアノが二人、ヴォーカル希望が一人。」
「もう一人は?」
「うん。教えてくれれば何でもやりますって言ってるけど。現状は何にも無し。」
「そういうのってヴォーカル希望じゃないの?」
「本人は楽器を覚えたいって言ってるのよ。中学校ではブラバンでチューバだったらしいわ。」
「なるほどね。もうちょっと少人数で、いくらかは目立つくらいのポジションがいいんだ。」
「バンド組んで、ベース弾かせるのが良いかもね。」
「どうしようか?いくつかにグループ分けしてバンド組ませる?勝手に放っておいて、自発的にグループになるのを様子見てようか。」
「そうね。しばらくはお遊びで様子を見るのも良いかな。」

「ところでさ、昨日新入生の三人と放課後カラオケに行ったんだ。」
「三人?」
「たまたま集まってたのが、あたしと由果ちゃんと綾香ちゃんと栞ちゃんだったんだ。」
「それで、放課後にカラオケで歌の練習?」
「そうよ。音楽やりたくて集まってきたのに、なかなか機会が無いし、みんなの実力やら傾向やら、知っとこうと思ってね。」
「それで、どうだったの?」
「うん。それがね、由果ちゃんは楽器できなくてヴォーカル志望って言ってたけど、唄わせたら音程がちょっとね。
綾香ちゃんは上手いんだけど『あたしはピアノですから、先輩どうぞ。』って引っ込み思案な感じかな。
それと逆なのが栞ちゃん。これもいいですね、これも唄いたいですねって、あれもこれもやりたがるの。」
「みんなそれぞれ、癖が有るんだね。」
「なに言ってんのよ。一番癖があるのは菜実じゃない。」
「そんなことないわよ。葉子だって癖があるし、観鞠は超能力があるし・・」
「でも、一番癖が有るのは、顧問かもしれないわね。」
「そうね。それは当たってるよ。(笑)」

「男の子の方は、大野さんと諸田さんが、適当に遊んでいてくれるから大丈夫そうね。」
「まあ、ギター弾きはマニアックな部分で盛り上がるからね。」
「そう言えば、エレキとアコースティックでどちらが良いとか、コピーとオリジナルで、とか、いろんな話をしてたよ。」
「オリジナルか。」
「なんか、オリジナルの曲を作るとか、作りたいとか言う一年生も居るみたい。」
「そうか、ギター弾きってそっちの方に向かっちゃう奴もいるんだ。」
「いいんじゃないの。そういうのはそういう方向でソロでもデュオでもやらせとけば。」
「うん。いろんなヴァリエーションが有ると面白いよね。」
「じゃあ、やっぱり、メインになるカッコよくて上手いバンドを組まないとね。」
「そうだね。上手い人を適当にばらして、そこそこのバンドをいくつも作るより、メインにこれっていうバンドを持ってきて、ピアノの弾き語りとか、オリジナルをやるデュオとか、いろんな形が有る方が、聴く方も面白いかもね。」
「よし!じゃあ、そういう方向でいっちょやるか!」

「で、メインバンドのヴォーカルは?」
観鞠がそう言うと、三人が一斉に手を挙げる。
「あたし!」
「こらこら。三人とも同じポジションを狙ってどうする。この中で揉めないでよ。」
「観鞠はヴォーカル志望じゃないの?」
「あたしはちょっと、別にやってみたい事があるから。ロックバンドのメインのヴォーカルの争奪戦からは降りるわ。」
「じゃあ、三人でじゃんけんで決めようか。」
観鞠が参加すれば、そして観鞠が本当にそのポジションを希望するなら、じゃんけんでは勝ち目が無い事は、三人とも解っている。
「じゃあ行くよ。じゃんけんポン!」
「やった~!」
勝ち誇って、右手を大きく上げたのは菜実だった。
「あ~あ。しょうがないなあ。まあ菜実が最初に言い出したんだからね。菜実に譲るよ。」
「そうね。メインなんだからしっかりやってよ。」
裕と葉子は素直に引き下がる。
観鞠は、そのやり取りをにこにこして見ているだけだった。

part2

結局、全員が揃って部会が開かれたのは、ゴールデンウイークも過ぎた5月半ばだった。
四月は、新入生歓迎行事や各部の新人獲得競争などで、落ち着かなかったのだ。
メンバーは十七人で固定された。
三年生は大野と諸田、山崎の男子三人、女子は林だけだ。
二年生は柳川と雨賀の男子二人と菜実たち四人組。
一年生は男子三人、女子四人だ。
顧問は生物の佐東先生。活動場所は科学実験室。第三校舎の二階にある。
部長には観鞠が選ばれた。
全員の意見を聞いて、二年生の中から部長を選ぶ事になり、誰にするかとなった時に、二年と三年の大半が観毬を支持したのだ。
一年生はまだ先輩たちの状況が良く解ってないので、その決定に異議は無かった。

「じゃあ、私が部長ということでやらせていただきます。」
「それでね、本来ならこの後、副部長や書記、会計とかって決めるものなんでしょうけど、面倒だからやめます。」
「え~、そんなんでいいの?」
いきなりの発言に、葉子が突っ込む。
「十七人の中で四人も役職を持ってれば、1/4だよ。たった十七人の中で、そんなにいろんな役目なんか要らないって。」
「部長としての私からの提案です。私一人で何もかも出来ないし、かといって副部長とかっていうと、部長のサブみたいなイメージでも困るから、リーダーをひとり決めたいと思います。どうでしょう?」
「リーダーって、どういう事するの?副部長じゃなくて。」
「そうね、例えばブラバンや合唱部には、部長も居るけど指揮者もいるよね。
先生が指導して指揮をしてくれる時以外、自分たちだけで練習やるときに、指揮をしたり後輩に教えたりしてるような人。そんなイメージでいいんじゃない。」
「なるほどね~。」
「それと、書記は必要な時にだけ、臨時で誰かになってもらいます。
こんな風に全員で会議するなんて、めったにないし、黒板に書くなんて、その場の誰でも出来るものね。」
「そうね。名前だけ書記になっても、その人が欠席すれば誰かが代わりにやるんだし、こんな事めったに無いだろうしね。」
「会計なんだけど、部活として認められたから、学校からもらえるはずだけど、今のところお金を使う予定も無いし、部費も集めるつもりもないからね。
いずれ決めるにしても、今は居なくてもいいでしょう。」
「部費、集めないんですか?」
「う~ん。定期的に集金しても、何かに使うわけじゃないし。みんな揃ってなにかやるよりはグループとかバンド単位でいろんな事やる方が多くなると思うから、それぞれでやりくりしてくれる方が良いんじゃない。」

「ちょっと待ってよ。まず、リーダーで良いのかどうか、決めない。」
話を戻したのは菜実だった。
「そうね。順番に一つずつ決めてきましょう。」
「お決まりの役職じゃなくて、リーダーで良いと思うけど、反対の人居る?」
誰もそこには異議は無いようだ。
「じゃあ、リーダーには誰が良いか。推薦してくれる人。」
「やっぱり、技術的に一番上手い人が良いと思います。ということで諸田さん。」
真っ先に言い出したのは、柳川だった。
「それなら、林さんも上手ですよ。」
一年生の綾香が言う。
諸田と林は、お互いに顔を見合っている。
「ちょっと待ってくれ。」
大野が手を挙げる。
「確かに、ギター弾きはギターの一番上手い奴を推すし、ピアノ弾きにしてみれば、ピアノの上手な先輩が良いだろう。でも逆に考えれば、ギター弾きはピアノの事が解らないし、ピアニストもギターの分野は苦手かも知れない。」
「そうね。五線譜を読むのは良いけど、ギタリストがコードで話をしてると、ちょっと苦手かな。楽譜にしてよって感じで。」
林もそう意見を出す。
「それに、ギターとピアノは数の上では大派閥だろうけど、バンドはそれだけがすべてっていうわけじゃない。ベースやドラムやヴォーカルもある。」
「まあ、そこは少数派でも良いんじゃないか。ドラムは俺とこいつの二人だけだし、ベースは現時点でお前だけだし。」
山崎も口をはさむ。
「まあな、ドラムとベースは縁の下の力持ちだからな。
そういう話じゃなくて、ピアノだけとかギターだけじゃなくて、全体のバランスを考えながら、上手くリードをしてくれる人間をリーダーにした方が、いいんじゃないかってことだよ。」
「じゃあ、逆に大野さんがリーダーでどうです。」
「俺は駄目だよ。というか、さっき部長を決めた時に、三年生じゃなくて二年生の中から決めただろう。リーダーも三年じゃない方がいい。」
みんなも納得してうなずく。
「じゃあ、誰にしましょう?」
観鞠の問いかけに皆の視線が交差する。
結局、柳川と菜実の二人の候補に絞られ、多数決で菜実がリーダーに決まった。

「じゃあ、さっき話が出かけたお金の事だけどね。部活として認められると、学校側や生徒会からお金が出ます。
でも、きちんと使い道を管理しなきゃならないし、そんなにたくさん貰えるわけでもないわ。軽音部の目標は学園祭のステージだから、その頃になったら、ポスター作るとか、その程度は必要になるかな。
でも、実際の活動はバンドやグループの単位で動くことになると思うから、みんなでお金を集めて部の中でなにかに使う事はあんまり無いと思うんだ。だから、それぞれでやってくれる方が良いと思うの。
どうかな?」
「バンド単位って言う事は、みんなで一緒に活動することは、無いってことですか?」
「そんなことは無いけど、合唱やブラバンみたいに一つの曲をみんなでやるのとは違うでしょう。
一人でピアノやギターの弾き語りをやる人も居るだろうし、バンドを組んでドラムやベースも入ってやる人も。いろんな形で活動するつもりだから。
例えば、みんなから部費を集めて、バンドがスタジオで練習する時に、その分を部費で出したら、弾き語りの人は、何にも使わないのにずるいって思うでしょう。だから、そういう時は、バンドのメンバーで負担するとかした方が良いと思うの。」
「やっぱり、バンドだとスタジオなんかでの練習になるんですか?」
「そうね、ここでやっても良いけど、楽器を全部持ち込まなきゃならないからね。大変だと思うよ。
アコギなら簡単だけど、エレキやベースじゃアンプも必要だし、ドラムなんて全部運ぶって言えば、それこそ車で運んでもらわなきゃならないものね。毎日持って来て、持って帰るっていうわけには、いかないでしょう。」
「第一、そんなセットなんか持ってないよ。」
「それに、ここで出来るようになったとしても、一つのバンドがやれば、他の人はそれを聞いてるか、どこかに出ていくしかなくなるからね。アコギやキーボード程度しか無理なんじゃないかな。」

「それよりも先輩。自分の楽器を持ってない人はどうするんですか?」
「それは各自で考えてね。部費は集めないから、自分のお小遣いをためて買うとか、誰かに借りるとか知り合いに譲ってもらうとかね。」
「そうそう。親にねだるとかね。」
「だから、自分が何をやりたいとか、どこまで出来るかとか、良く考えてみてね。ギターを買ったけどやっぱり弾けなかったとか、ベースがやりたいとか、変わったら無駄になるものね。」
「そしたら、そういう楽器は部に提供してもらおうか。」
「まあ、最初のうちは、持ってる人に借りて、それなりの感覚がつかめたら自分の楽器を買えばよいかな。」
「俺の使わなくなったギターを持ってきてもいいけどね。そのかわり卒業する時には持って帰るよ。」
諸田はそんな話もする。
「できればアンプも欲しいよな。知り合いに聞いてみるわ。」
大野も一言。この二人はエレクトリックでバンドの音を出すことを前提に話をしてる。
「生ピアノは無理ですよね。音楽室で合唱部が居ないときに、使わせて貰うくらいしか出来ないかな。」
「ミニキーボードなら有るから、持ってきても良いけど・・・」
「そうね、とりあえずは音が出れば、無いよりはいいかな。八十八鍵なんて贅沢は言えないからね。」

「ピアノ弾きは楽器の確保は大変だよな。まあ、そのかわり維持費はかかんないだろうけど。」
「維持費?」
「ギターやベースは弦を換えたり、ピックやらエフェクターの電池やら、消耗品で金がかかるんだよ。」
「ドラムだとスティックくらいかな。まあ、ヘッドを破ったり、シンバルを割ったりすればかかるけどね。」
「なるほど。それぞれに大変な事が有るのね。」
なんとなく部会の内容がまとまって、そんな雑談に流れそうになる。

「それじゃ、この辺で部会はおしまいね。当面はこういう形で全員集まる事は有りません。
月末には中間テストが有るしね。」
「あ~。それは忘れていたかったな。」
山崎が大げさに頭をかきむしる。下級生は皆で一斉に笑うが、千秋は困ったような顔をしている。
「放課後、ここに集まるのは自由。それぞれ自分の楽器を練習しても良いし、バンドを組むとかどんな曲をやるとか、そこにいる人と勝手にやってもOKね。
もちろん、誰かに楽器を教わったり、今やってるのと別の楽器を触らせてもらったり、何でもやってね。
今、一番少ないのはベース弾きで、大野さん一人だから、だれかベース希望者が居れば、ありがたいんだけど。その辺りも良く考えてね。
希望者全員がセンターになれるわけじゃないからね。」
「勝手にグループを作ってもいいんですか?」
「もちろんよ。この中でくじ引きやっても良いけど、同じような好みの人と一緒にやる方が、くじで無理やりグループにさせられるより、上手く行くでしょう。」
そう言って観鞠はにっこり笑う。
「わたしと菜実は、なるべく毎日ここにいるようにするから、何かあったらどっちかに言ってね。
じゃあ、これで解散します。」

それぞれに別れて実習室を出て行く部員を見送って、菜実と観鞠が最後に残る。
葉子と裕も後輩に誘われて、一緒に行った様子だ。
「観鞠、すごいね。あんな事、全部考えてたの?」
「うん。まあその場のアドリブも有るけどね。」
「部長とリーダーだなんて、スゴイよね。」
「あのね。ホントはお姉ちゃんと話をしてて、こうする方がいいんじゃないって、言われた事なの。」
「それって、観鞠が部長になるつもりで居たって事?」
「それは無いけどね。三年生が引きうけてくれるならいいけど、たぶん三年生はやりたがらないでしょう。
そしたら言い出したあたしたち四人の誰かにまわってくるよね。そうなったら、誰が受けてもこういう話をしようって、考えてたんだ。」
「自分が部長にならなくても?」
「うん。結局四役とか決めると、あたしたちがそれになって、いままでのように、四人だけで、いろんな事を決めちゃうような立場になっちゃうでしょう。なるべく皆平等にした方がいいよって。お姉ちゃんがそう言ってたの。」
「すごいね。そんなことまで考えちゃうんだ。」
「それとね、お金の話もそうなんだ。お姉ちゃんが集めないでもいいんじゃないって。」
「そうか。さすが女神様って呼ばれただけあって、読みが深いね。」
「そうなの。そういう話は相談に乗ってアドバイスしてくれるんだけどね。お姉ちゃんは何してたのって聞いても、にこにこ笑って教えてくれないんだ。」
「女神様伝説も?」
「えっ、そんな事有ったの、なんてとぼけてるんだよ。」
「まあ、力強いアドバイザーだね。」
「そうね。これからもいろいろと相談に乗ってもらおう。」
「お願いしますね、部長さん。」
「頑張ろうね。リーダーさん。」



そのひと月後。再度全員のミーティングを開いて、各グループのメンバーを決めた。
もっとも、大部分のグループは既成事実として出来てしまっている。
その内容の確認がメインなのだが、まだ決まっていない何人かをどうにかする必要もある。

林千秋は当然のように山崎と一緒にやる事になっている。
これは、千秋が望んだのか山崎がやりたがったのかは、どちらとも言えないのだが。そして、ピアノとドラムだけではバランスが悪いということで、ベースが参加する話になっている。一年生の沙代子がベースを弾く事になったが、初心者なので大野が付きっきりで教えている。
「まあ、本番までに間に合わなかったら、俺が入ってもいいんだけどね。」
「そうね。沙代子ちゃん楽譜も読めるし、ブラスで皆と合わせるっていう経験も有るから、有望なんだけどね。
実際に楽器を持ったのが今月からだから、厳しいかもしれないわね。」
千秋もそんな感想をもらす。
このピアノトリオは演奏は良いのだが、千秋がヴォーカルをやるとちょっと隙が出る。
「ヴォーカルを別に入れた方が良くないですか?」
菜実は千秋に相談してみる。
「そうね。わりとスタンダードなジャズ、とまではいかないけど、洋物のポップスとか、何か唄ってくれる人が居れば、その方がいいかもね。」
と、千秋も素直に同意したので、ヴォーカルとして葉子が参加する事になる。
ひたすら千秋のピアノを前面に出して、インストも何曲か入れたメニューを考えているらしい。
「あいつってば、ドラムとベースが付いていけなくなると、ソロでショパンとか弾き始めるんだぜ。」
山崎がぼやく。
「軽音ですからね。ショパンはどうなのかな。まあ、客にうければ何でも良いんだけど・・」
観鞠も複雑な表情だ。菜実はそれを聞いて、笑いをこらえている。

綾香は裕に誘われて、ピアノとキーボードでの女性デュオをやる事になった。
「自分ひとりで弾きながら唄うのって、やっぱりちょっと不安なんだよね。綾香ちゃんが弾いてくれれば、唄いやすいし、間奏の旋律だけキーボードが弾くとか、二人でハモるとか、いろんな事が出来るからね。」
「私も、一人でやるのはちょっと不安だったから、嬉しいです。高志くんに手伝ってくれって言われたんですけど・・・どんな曲をやるのか良く解らないし・・・」

その高志は聡とデュオを組むことにしたらしい。
「コブクロとかゆずとかやってみて、そのうちにオリジナルも作ってみたいですね。」

隆二は最初からオリジナル志望だ。
「人の曲をやるのも良いけど、やっぱり自分の曲を作ってやってみたいですよ。」
そんな隆二に、観鞠がそっとささやく。
「どう、男女のデュオって試してみない。出来れば由果ちゃんも誘ってあげて欲しいんだけどな。」
「いいですよ。オリジナルでもコピーでも、一緒にやりますよ。」
「じゃあ、お願いね。」

栞はピアノのソロで弾き語りをやると言う。
「でも、それだけじゃちょっと寂しいから、誰かに手伝ってもらえたらな、と思ってるんですけど。」
「そうね。その辺は、曲を決めて、どんな感じでやりたいかヴィジョンが決まったら、誰かにお願いすればいいわ。」

そしてもちろん、大野と諸田の二人をメインにして、ドラムに雨賀、ギターに柳川を入れたバンドも組まれた。
ヴォーカルは菜実だ。由果や栞もやりたそうな顔をしたが、観鞠と裕と葉子の三人が反対した。
「おいおい。この部活のリーダーが、メインのバンドに入って無いんじゃ、おかしいだろう。」
そういう大野の一声で、菜実に決まったのだ。

「あれ!観鞠は? 部長は何もやらないの?」
菜実がそう言って観毬を観る。
「あたしはね・・・秘密!」
「なにそれ?」
「ちょっと考えてる事が有るんだけど、まだどうなるかわかんないから、今は秘密にしておくの。
大丈夫、あたしも何かやるから。」
「え~。秘密なんてずるいな。」
「いいじゃない。部長権限でシークレットグループを一つ隠しておくのよ。」
「まあ、観鞠がそう言うんじゃ、仕方ないか。」



そんなこんなで、一応グループ分けも出来上がって、それぞれのグループ毎に、選曲や練習をすることになった。
「そうそう、俺の知り合いのバンド仲間が、余ってるアンプが有るから貸してくれるってさ。
50wのベースアンプと30wのギターアンプだから、出力は小さいけど、ここで練習やる分には、問題無いだろう。」
大野がそう言うと、部員から「おお~」というどよめきが上がる。
「アコギもいいけど、やっぱりエレクトリックのギター鳴らすと、なんだか派手でいいよな。」
「もしかしたらだけど、ドラムもセットを借りられるかもしれないです。」
そう雨賀も言い出す。
「そりゃいいな。お前、セットを貸してくれるような知り合いが居たんだ。」
山崎が、雨賀の肩を叩く。
「まあ。まだはっきりとはしませんけど、この前ちょっと話をしたら、そんな事を言ってくれた人が居たんで・・・」
雨賀はそう言って、言葉を濁す。
「よっしゃ。じゃあ、そのうちにギターを学校に持って来るか。」
諸田ががぜん張り切って言う。

part 3

菜実達のバンドの最初のミーティングから二日後。
今日も良い天気で、一昨日と同じように第三校舎前の芝生に、観鞠と菜実が座って皆を待っている。
「どう。候補曲聴いてみた?」
「うん。どれもカッコイイ曲だよね。」
「男の人がヴォーカルのバンドも有ったけど、大丈夫?」
「そうね、一緒に合わせて唄ってみて、音域は大丈夫だと思うけど。」
「音域に無理があるなら、キーを変えればいいって、大野さんは言ってたしね。」
「ヴォーカルは良いとして、演奏の方は大丈夫なのかな。」
「まあ、諸田さんと大野さんが何とかしてくれるでしょう。」
「頼りになる三年生の先輩だね。」
「そうだよね。三年生四人でひとつのバンド組んだら、すごいバンドになるかもね。」
「ギター、ベース、ピアノ、ドラムって、パートもちょうど揃ってるしねぇ。」
「そのかわり、二年生が何にも出来なくなったりして・・・(笑)」
「ドラムとギターとキーボードか・・・人数のわりに、楽器が少ないんだよね。」
「仕方ない。ヴォーカル希望者だけ集めて、ハモネプでもやるか。(笑)」
「そしたらきっと、由果ちゃんや栞ちゃんも入りたがるよ。」
「う~ん・・・・・」

そんな話をしてる観鞠の肩に、カブトムシが飛んで来て留まる。
「きゃ!ミー、なんか飛んで来たよ。」
虫の嫌いな菜実がビクッとして、ちょっと引く。
「ああ、この子ね。この前の子だよ。菜実の頭に降ってきた。」
「この子って・・・ミーって、虫も見分けられるの?」
「だって、猫や犬だって見分けがつくでしょう。虫も雰囲気で初めて会う子か、知り合いか判るよ。」
「いや・・虫とは知り合いになりたくないし、まして飼いならしたりしたくないから・・・」
「そうなの?ウチは時々、カブトムシとか迷い込んできて、何日か遊んでったりするよ。お姉ちゃんなんか、昔、一週間くらい同じテントウムシと遊んでた事もあったよ。」
「げっ!お姉ちゃんもなの。さすが超能力者姉妹。蟲使いの術が使えるのね。」
「そんなんじゃ無いって。なっちゃんだって、その辺の野良猫をからかったりするでしょう。」
観鞠にしてみれば、犬や猫もカブトムシも同じなのだ。
どうやら観鞠の家族にしてみれば、それが当然だから、なにか他人と違うという感覚は無いのだろう。



そんな話を二人がしてる間に、メンバーがそれぞれに集まってくる。
大野はアンプを抱えて来た。柳川もその後ろに続いて、アンプを運んでいる。
「おーい。アンプを借りて来たぞ。当分は貸してくれるって言うから、ここに置いとけばいいだろう。」
「すご~い!なんか軽音らしくなったね。」
菜実が無邪気にはしゃぐ。

「それでさ。候補曲聴いてきた?」
「ああ、聴いたよ。良い感じだね。『赤い公園』って、どこからこんなの探して来たの?」
「『9ミリパラベラムパレット』もカッコ良かった。ユーチューブで観たんだけど、音も見た目もいいね。」
「『アシッドブラックチェリー』もそうだね。弾けるかな。」
「じゃあ、曲は良さそうね。それと、あの後考えたんだけどひとつ提案です。」
観鞠が言い出す。
「なに?」
「目標は学園祭のステージだよね。っていう事は、先生達や父兄や関係者の大人も聞いてるかもしれないって事だよ。だから、ちょっと大人にも受けそうな曲も入れたらどうかな?」
「さすが部長。そんなところも気がまわるんだ~。で、どんな曲が良いと思ってるの?」
「うん。『いきものががり』なんてどうかな?『ありがとう』とか『風が吹いている』とか。」
「そうだね。あの辺なら、普通の大人でも知ってそうだもんね。いいよ。」

「後は、バンド名とリーダーね。どうするの?」
観鞠が言い出すと、メンバーの男子四人が一斉に菜実を指さす。
「どう考えても、リーダーは小山田だろう。軽音全体のリーダーなんだし、バンドの先頭に立って、一番目立ってもらわなくちゃ。」
「そうだな。女神様伝説の再来を期待してるぜ。」
「なに?その伝説って。」
「いや、二年前の学園祭のステージでさ。部長の姉さんがカッコ良かったっていう話さ。」
「奇跡のステージって言われてね・・・」
三年生の二人は、言葉を濁して、その状況を話そうとしない。
「まあ、部長が本人から聞けばいいよ。」

「え~、あたしがリーダーなの?」
菜実は不満そうだ。
「まっ、みんなにここまで言われてるんだから、やるしかないわね。なっちゃんで決まりね。」

「バンド名はどうしよう?」
「なみちゃんバンド、でも良いんだよ。リーダーなんだから。」
諸田がからかうように言う。
「ヤダよ。そんなの。」
菜実本人は嫌そうだ。
「菜実姫と四人の騎士たち、かな?」
大野もからかう。菜実はブンブンと首を横に振る。
「ヘルシーオイルスクイーズ、ってどうですか?」
いきなりの柳川の提案。
「どういう意味なの?」
「菜の花の実を搾ったら、菜種油でしょう。ヘルシーなオイルを搾るんです。」
「それって、あたしが絞られるって事?」
「いや、菜実って名前がね、いつも菜種油を連想させるからさ。」
「菜種油ってヘルシーなの?」
「なんとなくそんなイメージは有るよな。」
「それなら略してH・O・Sでどうだ。バンド名の由来とか聞かれたら、理由なんか無いってごまかしておけばいいんだ。謎めいてていいだろう。」
「それなら良いかもね。」
「諸田さん。H・O・Sって、エッチなオイルを絞るって意味じゃないですよね。」
「馬鹿。そんな深読みはするなよ・・・」
「こらこら。下ネタに走るのはやめなさいよ。」

「いいわよ。じゃあ、H・O・Sっていうことにしとこうよ。
もっといい名前を考えたら、変えちゃっても良いしね。」
「じゃあ、それで決まりね。リーダー、菜実。バンド名、H・O・S。メンバー五人。軽音のメインのバンドだからね。しっかりやってよ。」



こうして、バンドも活動開始し、他のグループもそれぞれに動き出した。
ベースとギターのアンプは理科教官室の隅に置かれ、諸田のギターもそこに一緒に保管された。ドラムはセットでは手に入っていないが、スネアとハイハットは雨賀がどこからか持ってきた。一方で山崎はカホンを持って来て、ドラム代わりに叩いている。
ピアノを使うグループは、体育館のステージのピアノを使わせてもらって、練習をしている。
曲もそれぞれ、どんな曲をやるか決まってきたらしい。
オリジナルを作ろうとアイデアをひねっている者も居る。



そんなある日の放課後。
いつものように、科学実験室に向かった菜実と観鞠の耳に、ギターの音が飛び込んでくる。
しかも、いつものメンバーが出している音とだいぶ違う。諸田や柳川のようなクリーンな音でなく、思いっきり歪ませたようなノイジーな音だ。さらに、もう一本のアコースティックのギターで、弦を全部使って思い切りストロークをしているような音も聞こえる。
「誰だろう?エレキとアコのコンビなんて居たっけ?」
「誰かがやるにしても、いままであんな弾き方は聞いた事ないよ。」
そう言いながら、二人は実験室のドアを開ける。
「アッキー!」
「松さん!!」
そこには、軽音顧問の佐東先生がアコースティックギターを思い切りかき鳴らし、その隣には、化学の松岡先生が、いつものように白衣を着たまま、エレキギターを抱えて、爆音を発生させていた。
「二人とも、何してるの?」
「わっはっは。私たちもバンドをやるんだよ。」
「やるんだよ、って。どうして?」
「いや。君たちが音楽やってるのが楽しそうだからな。まあ、私たちもやりたくなってな。昔やった楽器を引っ張り出してみたんだ。」

松岡先生の持っているギターは、見た事もないZ字型のようなボディの形をしている。
「松さんの、その変な形のギターは何よ。」
「馬鹿もの!これはギブソンの名作と呼ばれたエクスプローラーモデルだぞ!」
「ええっ!そんなすごいギターなの。見せて、見せて!」
「こら。おいおい・・・」
「ねえ、松さん。これ、ギブソンじゃなくてゴブソンって書いてあるよ。」
「あっ、ホントだ。IじゃなくてOになってる。」
「ああっ・・・・」
「ねえ。モデルって言う事は、本物じゃないってこと?そうなんでしょう。」
「・・・それは、言っちゃダメ・・・」

「で。軽音の顧問なんだから、楽器を弾くのは構いませんが。バンドを組んでどうするの?」
「そりゃもちろん。私たちだって学園祭のステージに出たいからな。」
「ええっ。先生たちが・・・」
二人の先生は、真剣な顔でうなずく。
「二人でバンドになるの?」
「いや、実は四津田先生だがな、大学時代はオーケストラでコントラバスを弾いていたという事が分かってな。コントラバスが弾けるんなら、エレキベースも弾けるだろうって、口説いてるところなんだ。」
『お願い。ヨッシー。この仲間には入らないでね。』
観鞠も菜実も、心の中で祈った。

「でも。三人でバンドって言っても、ベースとギター二本でしょう。ドラムとかは要らないんですか?」
「まあ、それはおいおいメンバーを増やしても良いとは思っているがね。」
『お願い。誰も、この仲間には入らないでね。』
観鞠も菜実も、ふたたび心の中で祈った。

「ところで、先生方はどんな曲をやるつもりなんですか?」
「そうだな、やはり既成のものじゃなくて、オリジナルの曲とかをやるのが良いと思っているだが。」
「オリジナルのヘビーメタルなんていうのがいいな。リードがギンギンに弾きまくるようなヤツだな。」
「やはり理科の教師なんだから、専門分野の教育的なものが良いかと、考えているんだ。」
「それってどういう曲になるんですか。」
「そうだな。虫の生態を曲にするとかだな。」
「ジニトロトルエンとトリニトロトルエンの合成方法だとかな。」
「・・・・・」

菜実と観鞠は顔を見合わせて無言だ。
「まあ、今回はちょっとアンプを使わせてもらったが、軽音の活動時間は邪魔をしないようにするからな。」
「私のエクスプローラーもここに置いておくから、使っても良いぞ。」
そう言って、ギターを置き、教官室に戻って行く。
「どうしよう?」
「まあ、いざとなったら絵梨さまに何とかしてもらおう。教頭の言う事なら、あの二人も聞くでしょう。」

数日後。四津田先生もベースを持たされ、気勢(奇声)を上げる教師トリオの姿が、科学実験室で目撃されるようになった。

part 4

ある日の放課後。すっかり軽音の部室になった科学実験室で、山崎と雨賀が二人で何かしている。
どうやら、カホンにキックペダルを取り付け、ガムテープで固定しているようだ。
「ねえねえ、何やってるの?」
「ほら、今のところドラムはセットが無いだろう。でも、やっぱりバスドラを踏まないと
スネアとハイハットだけでリズム刻んでいても、感じが違うからさ。どうにかしようと思ってね。」
「そうだね。ベースとギターはアンプが有るけど、ドラムはセットが揃ってないもんね。」
「雨賀が、キックペダルだけは持ってるって言うからさ。じゃあ、カホンでも使えば、上手くバスドラムに似た感じになるんじゃないかって思ったんだ。」
「そうなんですよ。ペダルはもう一つ持ってるから、こっちは学校に置いておいても良いかなって思ったんでね。」
「こいつ、結構いろんなもの持ってるんじゃないかな。スネアやハイハットも、いつの間にか持って来てるし。」
「いやいや、知り合いから古いのを借りただけですよ。」
「そういう知り合いがいるんだな。どういうつながりだよ?」
「まあ、それは・・・」
話をなんとかごまかそうとしてるのが、観鞠には良く解った。

そこに、諸田と大野が登場する。
「おっ!ドラム屋さん。なにかやってるな。」
「おう。早いとこ、バンドの音に似たものを出したいからな。」
「その話だけどさ。どこか学校の外で、練習出来ればいいと思わないか。」
「そりゃそうだけど、そんな場所あるの?」
「それが、有るんだな。」
「えっ!どこどこ?」
「公園通りの向こう側に、『ムジカ』っていう店が有るんだ。ライヴハウスなんだけど。」
「ライヴハウス?」
「あんなところにライヴハウスなんて有ったっけ?」
「ああ、俺も知らなかったんだけどね。友達のバンドがライヴをやるって言うから、聴きに行ったんだ。外からちょっと見た感じだとスナックかなんかに見えるから、判んなかったんだけど、店の名前を聞いて行ったからね。」
「で、どんな感じのお店なの?」
「うん、音響はいいし、機材はそろってるし、だいいち、学校から近いもんな。」
「そうね。あの辺だと、公園を抜けて行って、自転車で五分くらいで行けるね。」
「それで、マスターとちょっと話をしてみたんだ。ウチの学校にも軽音が出来たんだけど、まだ練習場所も機材もそろってないって。
そしたら、そのマスターが、店を使ってもいいって言ってくれたんだ。」
「じゃあ、スタジオみたいに使ってもいいってこと?」
「ああ、どうせああいう店でライヴが始まるなんて、八時頃だろう。演るのは社会人なんだから。まあ、土日はもっと早い時間かもしれないけどね。平日の放課後なんて、学生くらいしか暇な連中は居ないんだから、その時間帯なら貸してくれるって。」
「そいつはいいな。機材っていう事は、ドラムセットも有るんだろう?」
「もちろん。ドラムセットもアンプもヴォーカル用のPAも有る。」

「ねえ、お金は?どのくらいかかるかな?」
「俺もそれを聞いたんだけど、まだ決めてないらしいんだ。」
「なによそれ。いい加減な話ね。」
「いや、社会人向けに土日の昼間とか、貸したことは有るけど、平日の昼間なんて考えてなかったらしい。学生相手だから安くてもいいって言ってたよ。具体的な金額は言わなかったけどね。」

「う~ん。ヴォーカル用にPAも有るのか。楽しみだな。ねえ、さっそく行ってみない?」
「いいけど・・・今からか?」
「だって、話だけじゃ、気になってしょうがないもん。実際に見たいよね。」
「行ったって、開いてるかどうかも判んないぞ。」
「いいの。場所を覚えるだけでもいいからさ。」
「しょうがないな。じゃあ、皆で行くか。」
そういう話になって、そこに居たみんなで、そのライヴハウスに向かう事になった。
それぞれが、歩きや自転車やバイクで移動する。
歩きで行くのは、菜実と観鞠の二人だ。菜実は雨賀の自転車の後ろに乗せてもらう。
観鞠はメンバーを見まわして、柳川の自転車の後ろに乗った。
バイクの山崎と諸田は、先に行って待っていると言う。

通りを廻ると遠回りになるので、自転車組は公園を突っ切る。木立の日陰が有り、ちょっとした噴水の出る池が有って、鳩もたくさん居る。
通路に群れている鳩の中を突っ切ると、鳩が一斉に飛び立つ。大野はその様子を眺めて、何かを想っているようだ。


店の前には、もう諸田と山崎がバイクを停めて待っていた。

菜実と観鞠が先頭になり、店のドアを押した。鍵はかかっていない。薄暗い店内にはマスターらしき男がひとりで、冷蔵庫にビールを詰め込んでいる。
「こんにちは。わたしたち日陽高校の軽音部のものですけど・・・ここのマスターですか?」
「おう。ここには従業員なんていないからな。俺がマスターだよ。」
「このあいだのライヴの時に話したことなんですけど・・・」
大野がそう切り出す。
「ああ、あの時の高校生か。練習場所で使いたいんだって。いいよ、使いなよ。」
あんまりにもあっさりとOKが出るので、全員ちょっと拍子抜けしたようだ。
「それで、スタジオ代というか、レンタル代というか。どのくらい払えばいいんですか?」
「そうだな~。どうせ平日の昼なんて、なにかやってるわけじゃないし。俺が開店前の準備をしてるくらいだからな。まあ、無料っていうわけにもいかないか。一人百円でいいだろう。高校生から金取っても、可哀そうだ。」
「一人百円?一時間でですか?」
「いや、来てから帰るまででいいよ。誰が何時に来て、何時に帰って、いくらなんて、面倒だから。」
「ホントにそれでいいんですか?」
「そのかわり、時間は三時頃、俺がここを開けてから、六時までだ。平日だけな。週末は一般のバンドが使うし、夕方六時過ぎは普通の営業になるからな。」
「はい!ありがとうございます。」

「おまえたち、田坂の処の生徒だろう。あいつは俺の同級生なんだよ。」
「田坂?」
「ああ、ちょっと小柄で威勢の良い親父が居るだろう。髪の毛はもう白くなっちゃったけどな。」
「もしかして、それって・・・」
「校長先生の事か。」
「ほう、あいつが校長なのか。出世したもんだな。」
「校長の同級生だったんですか~。」
「俺もあいつも、お前たちの先輩だよ。ピヨ高の卒業生さ。それにしても、あいつの教え子がこの店に来るなんてね。俺たちもそんな年だな。」
「こんな近くにライヴハウスが有るって知ってれば、もっとみんなも来たかもしれませんね。」
「校長だって、同級生がやってるんなら、顔くらい出したかもね。」

「そうだな。あいつも若い頃は音楽が好きだったからな。」
「校長がですか?」
「ああ、よくプランクトンの話を聞かされたよ。」
「プランクトン?」
「あいつの好きなギター弾きでな。ほら、居るだろう、ビッグ・プランクトンとかいうのが。」
「・・・・・」


「あの・・・」
諸田がおそるおそる切り出す。
「それって、もしかして・・エリック・クラプトンの事じゃないですか?」
「おお、そういう名前だったかもしれんな。」

柳川もおそるおそる言ってみる。
「もしかして、クラプトンの名前も、ご存じじゃ無いんですか?」
「いや。俺は音楽って苦手でな。小学校の頃から、音楽の成績は『1』しか取った事がないんだ。」

菜実がはっきりと口に出す。
「いや、そういう問題じゃないでしょう。ライヴハウスのマスターなのに、クラプトンを知らないって。」
「いや~、まあいいじゃないか。ははは・・・」
「・・・・・」
みんなの視線が、宙をさまよった。



その日は、マスターとそんな話をして、挨拶程度で帰ったが、翌日からは練習させてもらう話になった。
マスターは携帯の番号も教えてくれて、
「俺ひとりでやってるから、留守番も居ないし、何かあれば携帯に電話くれれば、それなりにはしてやるから。」
と言う。
やがて、軽音のメンバーは入れ替わり立ち替わり、この店に来るようになっていった。



一学期の期末試験も終わり、学生は嬉しい夏休みに突入する。
軽音メンバーも、試験の結果に一喜一憂する者、受験を考えてペース配分する者、とにかく嫌な事は忘れて休みを謳歌する者と、さまざまだ。
休み中も、軽音の活動は続く。もちろん部室では、朝から誰かが音を出しているし、『ムジカ』にも、マスターが店の鍵を開ける頃から、メンバーが集まって来る。

軽音の中では、おもにドラムを使うバンドが、『ムジカ』に来るようになった。フォークデュオやピアノを使うグループなどは学校で出来るし、その方が都合が良いからだ。
つまり、菜実たち、H・O・Sか千秋のトリオのどちらかが、店に来ている事になる。
マスターもアバウトな人だから、最初の話では、六時までなどと言っていたが、その日のライヴや練習にと、社会人の常連が顔を出すまでは、追い出される事もなく、練習をやらせてもらえる。
そんな事をしているうちに、軽音のメンバーは、『ムジカ』の常連とも顔なじみになり、夜のライヴも客として聴くようにもなった。
もちろん、三年生などは、受験勉強もやったり、課外授業にも出たりしながら、バンドの活動もやっている。



「学生も大変だね。勉強もやらなきゃいけないし、バンドも期限付きで仕上げなきゃいけないんだからな。」
今日もH・O・Sの練習後に、入れ違いで入って来た常連さんに、声をかけられた。
「まあ、でも、親の脛をかじってる身分ですからね。自分で稼いでる人よりは、気楽ですよ。」
「そんな事ないさ。会社なんて、行って仕事をしてれば、くびになるなんてめったにないし、頭の中で別の事考えていても、それなりに仕事してればいいんだからな。」
「だって、仕事って、そんなに簡単じゃないでしょう。」
「そうでも無いよ。まあ、仕事の種類にもよるけど、受験勉強よりは楽だと思うよ。」
「そんなもんですかね~?」
「ああ、だいいち一年区切りの期限が無いからな。今日出来なきゃ、明日やればいいんだ。ライヴだって、そろそろやるかって、皆の気分が合った時にやればいいんだからな。」
「そりゃそうですね。十月には学園祭とか、三月には受験とか、期限が無いですからね。」
「まあ、期限の有る仕事も有るんだけどな。」

「ところでさ。お前たちのバンドの、H・O・Sって、何の意味?」
「いや、それは・・・なんか変ですか?」
「ううん、ただ口に出して言いにくいし、どこかの旅行会社の名前に似てるなと思ったからな。」
「そうですね。まあ、とりあえず仮に付けた名前なんですけどね。」

「名前って言えば、この店の名前の由来を知ってるかい?」
「いいえ。ミュージックのドイツ語読みかなんかじゃ、ないんですか。」
「あのマスターが、そんなおしゃれな事考えるわけがないだろう。」
「じゃあ、どんな意味なんです?」
「あのマスターって、この建物の持ち主でさ、最初はここを人に貸してたんだ。
最初に入ってた店ってのは、酒を飲ませる店でな。まあ、薄着のお姐さんがいるような店だったらしい。
で、その店が潰れて、次に入ったのがライヴハウスをやるっていう人だったんだけど、前の店ままじゃイメージが合わないから、内装をやり直したんだ。」
「へ~、そうだったんですね。」
「それで、その店長とあのマスターで相談して、どんな内装にするか決めたんだけど、最後まで床のデザインで意見が合わなかったっていう話なんだ。」
「床の・・・デザイン、ですか。」
「そう、マスターはチェックの模様の床材を貼りたかったらしいけど、店長が、吸音性なんかを考えて、無地の材料を選んだらしい。」
「もしかして・・・」
「そう、この床だよ。それを見て、あのマスターが『無地か・・』って言ったとかで、店の名前が『ムジカ』になったっていう話さ。」

それを聞いて、皆が一斉にため息をつく。
「なんか、あのマスターらしいよね。」
「やっぱり、そういういい加減な人なんだ。」
「クラプトンも知らないっていう人だからな・・」
「マジか~・・・」
「こら、その一言だけは、言っちゃダメでしょう!」

「結局、その店長も赤字続きで逃げ出しちゃってさ。機材も残ってるし、借り手も居ないし、自分でやるかって事でやってるらしいんだ。」
「それで、音楽の事知らないんですね。」
「まあ、成り行きでやってるようなものだからな。」



店を出た帰り道。諸田が言いだす。
「なあ、さっきも言われたけど、H・O・Sって、なんか言いにくいし、ピンと来ないんだよな。もうちょっと、名前を考えてみないか?」
「うん。たしかにどこかの安売り旅行会社みたいだしね。」
「そう言えばさ。このあいだ、辞典で調べたんだ。菜種油って。」
「なんて言うの?」
「レプシードオイルって言うらしいよ。」
「まあ、ヘルシーってイメージだけだもんね。」
「じゃあ、R・O・Sにする?」
「アルファベット三つじゃ、なんか言いにくいよ。」
「じゃ、Rスクイーズとかにしたら?」
「おっ、それ良いかもね。」
みんなも一斉にうなずく。
「じゃ、それで決まりね。Rスクイーズ。いいんじゃない。」

part 5


長くて短い夏休みも終わった。
夏休みの課題を大慌てで仕上げたり、休み明けの実力テストに向けての勉強をしたりと、それぞれが過ごし、新学期を迎えた。
学園祭はいつもどおり十月の後半の金曜と土曜に行われる。
金曜日は主に体育祭で、クラス対抗で得点を競ったり、個人競技で希望者が競技に参加したりと、学校内部での行事になる。
土曜日は、クラス単位で模擬店を出したり、各部の発表や展示、クラス毎での発表などが行われる。
部長の観鞠も、その打ち合わせに呼ばれた。

「ねえ、どうだった? 軽音でステージやらせてもらえるの?」
「うん。去年までと同じように、屋外にステージを組んでイベントをやるから、今年もそこでやっていいって。」
「やった!あそこで出来るんだ。」

学園祭の発表は、体育館のステージで行うものと、第一校舎と第二校舎の間に野外ステージを組んで行うものと、二つが有った。
体育館のステージは、演劇部や合唱部の発表、クラス単位での発表など、どちらかと言えば堅いものが多い。
そして野外ステージでは、「美少女コンテスト(但し男子に限る)」やバンドのライヴなど、お祭りのようなイベントをやっている。
卒業生や父兄、近所の住民なども、学園祭期間中は見に来るし、模擬店なども出るから、人盛りも多いし、目立つのだ。

「まあ、雨でも降れば集会室になっちゃうから、盛り下がるけどね。」
「大丈夫。そういう悪い事は考えないの。軽音にはミーが居るんだから大丈夫だよ。」
「どうしてそういう根拠のない自信が持てるんだろうね・・・」
「まあ、天気が悪ければ、学園祭に来る客全体が減っちゃうんだろうから、自分たちの事だけ考えてもしょうがないよ。」
「そうだけどね。」
「どうしたの?なにか問題でも有るの?」
「時間枠がね。」
「時間?」
「そう、二時間くらいしか使えないの。」
「そうだよね。去年もその位だったじゃない。バンドのステージって。」
「だから、困るのよ。」
「どうして?」
「軽音にいくつバンドが有ると思う?」
二人は指を折って数える。
菜実のバンド、Rスクイーズ。千秋のトリオ。裕と綾香のデュオ。高志と聡のコンビ。隆二と由果のペア。栞もソロなのかグループなのか判らないが何かやっている。そして、観鞠の秘密のグループだ。

「七つも有るんだよ。それに、アッキー達の教師トリオも出たいなんて言ってるし。」
「まあ、あそこは拒否すればいいわ。生徒が優先よ。」
「それにしても、七つも有れば、一チーム十五分くらいしか時間が無いよ。出入りでモタモタしてたら、一曲やったら交代になっちゃうよ。」
「そうだよね。出入りやら楽器の搬入を考えたら、三十分は欲しいよね。」
「絵梨先生は、自分たちで考えなさい、なんて、笑って言うんだけどね。」
「う~ん。それは困ったな。」



部会ではいろんな意見が飛び交った。
一曲でも良いから、ステージに出たいという意見。数をしぼって出すべきだという意見。
では、どうやって出る組と出ない組を分けるか?くじ引きにするか?上級生優先にするか?まとまらない。

「じゃあ、提案です。」
部長の観鞠が言いだす。
「オーディションをやりましょう。」
「オーディション?」
「そう、ここでいくら話しても決まりそうもないから、客観的な第三者に決めてもらえばいいじゃない。」
「どうやって?第三者ってそんな審査員がいるの?」
「合唱コンクールじゃないんだから、こんなにいろんなジャンルから選ぶのって、審査する人の好みも影響するんじゃない。そういうのはどうするの?」

「もちろん、一人とか数人とかの審査員を頼めば、その人の好みにもよるから、公平かどうか判らないよ。でも、大勢だったらいいんじゃない。」
「どういう事?」
「学園祭のステージはウケた者が勝ち!完璧な上手い演奏よりも、ちょっと下手でも、人気のある方が勝ちだよね。
だから、本番出場権を賭けて、予選会をやるの。
人気投票!『軽音総選挙!』ってどうでしょう?」
「それ、いいかも!」
「勝ちとか負けとかって、言い方は気に入らないけど、確かにそうだな。」
「で、その総選挙って、どうやるの?」
「投票券付きのCDでも売るか。」
「そうだね。売り上げを活動の足しにしよう・・(笑)」

「そこまでは言いません。だいいちCDなんか作れないし、誰も買ってくれないでしょう。
そうじゃなくて、集会室か体育館で公開でオーディションをやるの。来てくれた人に、本番のステージでも聴きたいっていうグループに投票してもらえばいいでしょう。」
「それって、全部のグループが参加するんですか?」
「もちろん。出たくないなら辞退しても良いけどね。」
「その時には、練習してる曲を全部やっても良いんですか?」
「う~ん。そんな事したら、半日以上かかるよ。聴いてる人が飽きて、全部聴かないで帰っちゃうよ。」
「そうね。持ち時間を決めましょう。一グループ十分でどうかな?」
「セッティングは?」
「セッティング時間は別ね。そこまで入れたら、フォークギターの弾き語りの方が有利だものね。」
「ドラムなんてセッティングだけで、半分以上時間使っちゃうもんな。」
「セッティングが出来て、演奏開始から十分にしましょう。持ち時間の中で何曲やってもいいし、聴いてる人にトークでアピールしても、何をしてもかまいません。
まあ、軽音なんだから、あんまりかけ離れた事しても困るけどね。」
「かけ離れたって?」
「手品でもやるか・・・(笑)」

部員全員がなんとなくそういう話で納得しているようだ。

「もちろん、人気投票だから、ファンクラブを大勢引き連れてきてもいいわよ。」
「そんなの、有るわけないじゃん。(笑)」
「それと、全部の演奏を公平に聴いてもらうように、投票は一人一票。
最後まで居た人に、帰る時に投票券を渡して、その場で書いて、投票してもらえば、良いかなと思ってるんだけどね。」
「そうだね。それなら出たり入ったりして、二重に投票したり、特定の誰かだけを聴いて、その人に投票するって事も無くなるよね。」
「遅れて来たり、先に帰っちゃたりするのも有りですか?」
「もちろん。聴いてくれる人に強制は出来ないからね。どうしてもこの人に投票したい、っていう気持ちが有るなら、最後まで居てくれるんじゃない。」
「よし!じゃあ、クラスの中で選挙運動をやるか。」
「そうね。人気投票だから、話題が大きくなれば、来てくれる人も増えるし、良いんじゃない。」
「そのかわり、来てみたらお前より上手い人が居るからって、そっちに投票するかも知れないぞ。」
「じゃあ、それでいいわね。
場所と時間は、先生と相談して決めるけど、本番のひと月くらい前が良いかな。決まったら全員でポスターを作って、学校の中に貼るからね。」



本番は二時間枠だから、選ばれるのは四組。投票は一組だけ名前を書くんじゃなくて、全グループの名前が書いてある投票用紙に、○か×を付ける。聴きたいグループには○、このグループは落とした方が良いと思えば×だ。どちらでも良いグループには、何も付けない。
○の数から×の数を引いたものが、グループの得点になって、上位四グループが本番に出場する、というルールになった。
途中から来た者で、最初の方のグループを聴いていなくても、投票で無印にすれば、得点にもならないが、マイナスにもならない。それが公平だろうという意見だった。


この話は、口コミで学校内に広まった。
自分のクラスメイトを応援する者。自分の憧れている素敵な先輩を推す者。どこが良いか客観的に見てやろうという審査員気取りの者。さまざまな反応が有ったが、この総選挙に興味を持った人は多かった。

教頭先生たちと相談して、場所と日時を決めた。
開催は、学園祭本番のちょうどひと月前の金曜の放課後。場所は集会室になった。
集会室は、体育館よりも狭いが、一学年全員が集会をする程度の広さは有る。
特別講師の話を聞いたり、PTAの総会や、ホームステイのウエルカムイベントをやったりと、さまざまな事に使われている。アップライト型だがピアノも有るので、音楽関係で使うことも多い。音響的にも、数十人の観客を相手にライヴをやるには良い環境だ。
ポスターも作って校内に貼りだしたが、その頃にはすでに、ほとんどの生徒がこのイベントの事を知っていた。

佐東先生たちのトリオも、生徒と同じ条件で、総選挙に参加することになった。
「私たちに一票入れてくれた生徒には、理科の試験の点を甘くするぞ。」
と言ったなどという、笑い話も飛び交っていた。
本当にそのつもりだったとしても、本当に投票してくれたかどうか、調べる方法は無い。

また、予選通過の可能性が低いだろうと自分たちで思っているようなグループにも、このイベントは刺激になった。人前で演奏する、十分間の時間を貰えるのだ。せめてその十分だけでも、恥ずかしい演奏はしたくないという意欲が出て、練習の励みにもなったのだ。

こうして『軽音総選挙!』は、さまざまな期待と話題で、学園祭のプレイベントのような位置付けになって行った。



Rスクイーズも練習に励んでいる。メンバーもそろっているし、三年生も入ったバンドなのだから、シードで本番に出ても良いくらいなのだが、公平に総選挙に参加しなければならない。
もちろん、トップで予選通過して、本番で三十分のステージをやるつもりで、曲も練習している。
だが、学校内という限られた中での投票による選出だ。何が起こるかわからない。まして、下級生はお祭り気分で話題にもしているが、三年生はもう学園祭などには目もくれず、受験一直線という者も多い。大野や諸田のクラスメイトからの得票は期待できないし、一年生がクラス単位で動員でもしてきたら不利だ。

「これだけのメンバー揃えて、これだけ他より上手い音を出してるのに、落ちたらみっともないよね。」
「まあ、上手い下手で言えば、林のトリオとウチは確実なんだけどな。どっちが一番かは決められないけどな。」
「テクニックで言えば、あちらが上だろう。バンドはテクだけじゃ無いから、良いんだけどね。」
「やっぱり、上手いっていうだけじゃなくて、何かアピールするポイントが欲しいよね。」

いつもの『ムジカ』での練習後、メンバーでそんな話をしている。
マスターと常連さんも、総選挙の話は聞かされているから、口をはさむ。

「そうだな、高校生バンドとしては上手い部類だろう。この店でライヴやってもおかしくないくらいだな。
そんな予選なんて、本当なら一発通過なんだろうけど、こればっかりは判んないよな。」
「そうなんですよ。一年生なんかクラスの皆を引き連れて来るなんて言ってるヤツも居ますからね。」
「そういう組織票は怖いよな。どんなに下手でも、自分の推すヤツに入れちゃうんだろうから。」
「上手いって事以外に、何かアピールポイントが欲しいよね。」
「アピールポイントって言ってもな・・・どうするんだよ。それこそ手品でもやるか?」

「やっぱ、見た目ってことになるんだよね。」
「リーダーが超ミニのスカートをはくとか。」
「リーダーが水着で唄うとか・・(笑)」
「ちょっと!やめてよ!そういう路線を私に押し付けるのは!」
「そうだな。見た目って言えば、そういう方向になるけど・・・」
「けど?」
「バンドのユニフォームをそろえるっていうのも、見た目としては良いかもな。」
「ユニフォーム?」
「ああ、ここに出るバンドの中でも、ビートルズのコピーバンドなんかは、本物と同じようなユニフォームにそろえてたりするよ。中には本物の持ってるのと同じ楽器を買ったり、ポールマッカートニーが左利きだから、左用のベースを弾いたりする奴まで居るって話もある。」
「そうは言っても、どこかのバンドのコピーっていうわけじゃ無いしな。」
「まあ、本家のまねをするっていう意味じゃ無くても、メンバー全員が同じ格好をしてれば、良い感じに見えるものさ。」
「そうそう。草野球なんかでも、ユニフォームが揃ってるチームとバラバラのジャージでやってるチームじゃ、ユニフォームのチームの方が強そうに見えるもんな。」

「そうか、見た目も大事よね。じゃあ・・・」
「おっ、ミニスカートはくかな。」
「うん、メンバー全員がミニスカートでステージに出るならね。」
「げ~!」
「やめてくれよ。それだけは見たくない。」
「ドラムはバスドラの影だからあんまり見えないけどね。」
「それなら棄権した方がマシだ。だいいち投票で×が圧倒的に多くなるだろう。」

「高校生なんだから、制服バンドっていう手も有るんじゃないか?
前にそういうのを見た事があるよ。」
「でも、うちの学校、制服って自由だからな~。」
「俺なんて制服持ってないよ。」
「中学の頃の学ランなら有るけどさ。」
「ああ、いっそ、その方がいいかもな。客席には私服とブレザーの制服がごちゃごちゃしてるだろう。その中で学ランなら、『意識的に揃えました』ってアピールになるからな。」
「学ランなら自分で持ってなくても、知り合いに言えば借りられると思うよ。」
「そうだな。中学の制服で学ランだった奴も居るからな。」

「ちょっと待って!あたしはどうすればいいの?いっしょに学ラン着るの?」
菜実が口をはさむ。
「そうだな・・・」
「それはもちろん、揃えなきゃいけないよな。バンドのリーダーだもの。」
「良いんじゃない。制服バンドで。」
「もちろん、男子が学ランなら、女子は・・・」
「セーラー服だ!」

「え~、やっぱりそういう話になるの・・・」
菜実は不満そうな表情だ。
「別に良いじゃないか。ミニスカートで唄えとか、水着で唄えとか言ってるわけじゃないし。それにお前の行ってた中学って、制服はセーラー服と学ランだったんじゃなかったか。」
「そうだけど・・・」
「中学の制服ってまだ有るのか?」
「うん。まだ有るよ。でも・・・中学の制服なんておかしいよ。」
「大丈夫。二年前には着てたんだから、そんなにおかしくはないさ。平気な顔してればいいんだよ。」
「バンドのユニフォームなんだって思えば大丈夫。」
「うん。」
「じゃあ、決まりな。各自、学ランを調達しとけよ。」

どうも、男達の話に乗せられたような気もする。菜実にしてみればなんだか納得がいかない。



帰宅して、タンスの奥から、中学の制服を引っ張り出して着てみた。
着られないという事は無い。身長はちょっと伸びているから、スカートがちょっとだけミニサイズになっているし、上着も短いからへそが見えそうだが、いまどきの学生の制服にしてみれば違和感はない。
「どうせなら、スカートをもっと短くしてみようかな・・・」
鏡の前で制服姿を眺めて、ステージ衣装の確認をして、そんな事も考える菜実だった。

part 6

『軽音総選挙!』当日。
学校内も、放課後のそのイベントの話題で、ザワついている。
菜実もセーラー服のステージ衣装を、バッグに入れて登校した。
中学の制服そのままでは、なんだかおかしいような気がして、いくつか変えた服だ。
リボンはえんじだったものを明るい青に変え、胸に付いていた校章と名札も取った。スカートもちょっとだけ短くしてみた。

他のチームも同じような事を考えたところがあるらしい。おそろいのTシャツを用意したり、普段は着ないのに、制服で登校した者もいる。



機材はあちこちから借り集めた。
ギターアンプは松岡先生が、部室に有るものより大きいものを提供してくれた。
ベースアンプは意外なことに、四津田先生がベースと一緒に新たに買ったものだ。
「いや、どうせ弾くなら、きちんと機材も自分のものが欲しくなってね。」
などと笑っているが、200wのアンプは野外ステージでも充分使える立派なものだ。
ヴォーカルマイクやPA卓は、『ムジカ』に有った予備のものを借りることにした。
もちろんきちんとお金を払ってのレンタルだ。
「金なんていいんだけどな。」
というマスターに対して、
「学校から予算が出ますから、受け取ってください。」
と観鞠が主張したのだ。

キーボードは裕の家にあるものを持ってきた。
裕のお母さんが、数日前に車で運んでくれたのだ。

問題はドラムセットだった。
山崎も雨賀もセットは持っていない。『ムジカ』にも今有るセットしか無いし、それを貸し出すわけにはいかない。みんなで頭を抱えていたのだが、雨賀が言い出した。
「じゃあ、その日だけ、知り合いに借りられるか聞いてみます。」
そう言って、携帯で誰かに電話をして、OKを出した。
「金曜の午後は時間が取れるそうだから、本番前に持ってきてくれて、終わったら持って帰るって言ってるけど、貸してくれるそうだよ。」
「そんな知り合いが居るんだな。」
「まあ、この学校の卒業生なんで、協力してくれるそうなんです。」



出演順は数日前にくじで決めた。投票は全部のバンドの演奏が終わってからだから、出番は遅い方が、聴いてる者も多くなるはずだ。
あみだくじを観鞠が作って、みんなで名前を書いたり、線を追加したりして、出演順が決まった。
出演順は
1.高志&聡
2.裕&綾香
3.栞チーム
4.千秋トリオ&葉子
5.隆二&由果
6.Rスクイーズ
7.教師トリオ
8.観鞠
の順番だ。

出演順にチーム名を書いた投票用紙と投票箱も作った。


こうして、『軽音総選挙!』の準備は整った。


「やっぱりミーがおいしいところを持ってくのね。」
「そんなこと無いよ。偶然だよ。だいたい最後が一番おいしいかどうか判らないよ。アッキートリオの後だしね。」
「それもそうだね。アッキートリオも強敵になるかもね。」
「ミーのところだけ、チームメンバーが書いてないんだけど、まさかソロじゃないよね?」
「それは無理よ。ピアノもギターも弾けないもの。秘密のメンバーが居るんだ。」
「あやしいな~。すごいバックバンドを引き連れて来るんじゃないでしょうね。」
「そんな秘密バンドが組めるくらいだったら苦労しないって。伴奏でギター弾く人だけだよ。」
「えっ。じゃあ男の子?」
「そうだよ。誰がやってくれるかは本番まで秘密。」
「あやしいな~。いい男なの?」
「そうね。いい男だよ。なっちゃんが見たらびっくりするかな。」
「そんな美男子なの?」
「そうじゃなくて、意外性でね。なっちゃんも知ってる人だから。」
「も~。秘密めかして。でも楽しみね。」



総選挙の準備は前日までにほぼ完了していた。
PA卓は木曜の放課後に借りてきてセットして有ったし、アンプ類とキーボードも集会室に運んだ。
後はドラムセットがそろえば完成する。

放課後、真っ先に会場に来たのは雨賀だった。キョロキョロと周囲を人待ち顔で見まわしている。
そこに一台のバンがやってくる。運転席の男はニコニコと雨賀に手を振る。
「すみません、今川さん。借りるだけじゃなくて運んで来てもらって。」
「いいさ、どうせ今日は閑だったし、母校に軽音が出来たんなら、どんなものか見たいじゃないか。」

二人は車から集会室までドラムを運び始める。
そこに、菜実や観鞠たち、軽音部員も集まってくる。皆でドラムやスタンドを運んで、雨賀と男のふたりでセットを手際良く組んでいく。
「なあ。あの人、どこかで見たことないか?」
大野が諸田に声をかける。
「そういえば、なんか見覚えが有るような気がするな。」
その会話に観鞠も加わる。
「この学校の卒業生だって言ってたよ。」
「そうは言っても、俺たちが直接知ってる年代じゃ無いだろう。見た感じ、三十代くらいだ。俺たちが直接知ってるのは、部長の姉さんまでだからな。」
「そうね。姉さんより一回りくらいは上に見えるよね。じゃあ、どこで知ってるの?」
「それより、雨賀はどういう知り合いなんだよ。」

遠巻きに部員たちが見ている中、セットを組み上げた男はスティックを握り、調子を見るように軽く叩き始める。バスドラのペダルとハイハットのペダルを調子を見るように動かすと、タムとスネアを軽く叩き、いきなり早い16ビートを刻みながら、ドラムのソロを始める。バスとハイハットは細かく16を刻み、両手のスティックはスネア、タム、シンバルを縦横無尽に駆け巡る。

「上手~い!」
「凄い!」
皆はあっけにとられて、それを眺めている。ちょうどやってきた山崎も、集会室の入り口で立ちすくんだままだ。
実際には、ほんの一分くらいの時間だっただろう。その場にいた皆にとって、その一分間がとても長く思えた。やがて男は、軽くスネアを叩くと立ち上がって、スティックを脇にいた雨賀に渡した。

「思い出した!」
諸田が叫ぶ。
「あの人、ネクストブルースクリエイションのドラムの今川さんだ。」
「そうか、あの今川さんか。どうりで上手いはずだ。」
大野もうなずく。
「そんなすごい人なの?」
菜実と観鞠は不思議そうな顔だ。
「ああ、ネクストブルースクリエイションっていうのはギターとベースとドラムのトリオバンドなんだけど、県内では片手、いや三本の指に入るくらいのバンドなんだ。
いろんなコンテストで県代表になって、全国大会にも出たことが有るようなバンドだ。」
「ほかの二人もめちゃくちゃ上手いけど、今川さんも『千手観音』と呼ばれるくらいの人なんだ。」
「どうして、そんな凄い人が、いきなり現れるのよ。」
「さあな。それは連れてきた雨賀に聞いた方がいいんじゃないか。」

そんな話をしているところに、雨賀と今川が近づいて来る。
「今川さんですよね?ネクストブルースクリエイションの。」
「そうだよ。」
にっこり笑って、改めてメンバーに挨拶する。
「今川です。よろしく。」
「ここの卒業生だったんですね。」
「まあな。かなり昔の話だけど。」

「今日はヨシがドラムを貸せって言うから、持って来たついでに聴かせてもらおうと思ってね。
ヨシが組んでるバンドのメンバーだよね。こいつをよろしくな。」
「よろしくって・・・」
「ああ、こいつは、まあ、俺の弟分みたいなもんでね。高校生のワリにはしっかりしたドラムを叩くからな。」

皆は成り行きにあっけにとられている。今川のバンドを知っている大野と諸田は、感激と緊張で固まっている。菜実と観鞠と柳川は、どれほど凄いバンドなのか、実際のところを知らないから、そこまでにはなっていない。雨賀は照れくさそうな顔だ。

そこに田坂校長と教頭の田中絵梨先生が現れる。
「おう、なんだ今川じゃないか。」
校長は今川の顔を見ると、そう声をかける。
「お前、今でもドラム叩いてるんだって?ちっとは上手くなったのか。」
「いやいや、先生のギターに比べればまだまだですよ。」
「お前は・・・そう言って教師をからかう癖は、相変わらずだな。」
「そういえば先生。校長になったんですって。」
二人はそんな会話を交わし、顔を見合ってにやにやと笑う。

「こいつは、俺が担任持ってた頃の教え子でな。当時の学園祭でもバンドを組んで大暴れした奴なんだ。」
校長はみんなに説明するように、そう話す。
「あの頃からですよね。学園祭でバンドのステージをやるようになったのは。」
「そうだな。って言うか、お前らが居たから、あんな企画が出来ちまったんだよな。」
「ゲストで飛び入りして、ギター弾きまくる教師も居ましたしね。」
「ああ、そんなヤツも居たっけな。」
そう言って校長は今川の肩を叩く。

「今日は聴いてくんだろう。」
「もちろんですよ。そのつもりで来てますからね。ドラム持って来て、最後に回収して帰るつもりです。」
「じゃあ、人気投票なんだから、お前も一票入れて行けばいい。」
「いいんですか?部外者なのに。」
「ここのOBだし、学園祭のバンド企画の初期メンバーなんだから、そのくらいの権利は有るだろう。
なあ部長。」
「もちろんです。ぜひお願いします。」
観鞠が答える。
投票は生徒だけでなく、教師や関係者など、誰でも良い事になっている。もっとも平日の昼間だから、父兄までは来ないだろうし、まさか高校生になって、投票してもらいたいから親を連れてくる者も居ないだろうから、その区分けは曖昧だ。

生徒たちが集会室に集まってくる。最初に考えていたよりも、かなり多い人数だ。
また、校長、教頭を始め、教師たちもけっこう居る。教師バンドも参加するという事で、それを目当てに来た者も居るのだろう。
予定の時刻を過ぎたので、部長の観鞠が一言、始めのあいさつをして、『軽音総選挙!』が開始された。


最初に登場したのは高志と聡の一年生デュオだ。
譜面台に置いた楽譜を見ながら、「ゆず」の曲をやり始める。演奏もそこそこ上手いし、ハーモニーも良い感じだ。一曲終わると、ちょっと聡が話をして、次の曲を紹介している間に、高志は楽譜をペラペラめくっている。楽曲集の本をそのまま見ながら、やっているのだ。聴いている大勢の人の前で、上がっているのだろうか。なかなか次の曲のページが出てこない。
「どうせ、やる曲は決まってるんだから、暗譜とは言わなくてもコピーを取るとか、せめて付箋を付けるとかすればいいのに。」
千秋がつぶやく。
二曲をやり終えて、クラスメイトからの拍手をもらって、コンビはステージを降りた。


次は裕と綾香のコンビだ。おそろいのTシャツを着て登場する。
裕のキーボードがステージ中央に置かれ、ピアノの前の綾香とアイコンタクトが出来る位置に座る。二人ともヴォーカルが出来るようにマイクがセットされて、演奏が始まる。
誰の曲なのだろう。裕のヴォーカルにところどころ綾香のハモりが絡む。
「次は地元のアマチュア女性デュオ、チャイルドフッドの『私の好きな街』です。」
と紹介して二曲目が始まる。
「いい曲だな。よくこんなのを探してきたな。」諸田が感心したように言う。
会場の一番後ろで壁にもたれて聴いている今川もうなずいている。


三番目の栞のチームは、栞がセンターのキーボードに座る。高志がギターとベースを持って出てきて、両方ともアンプにセットすると、ギターはスタンドに立てて、ベースを構える。
一曲目が終わると、沙代子が登場して高志からベースを受け取る。次の曲は栞がキーボード、高志がギター、沙代子がベースという編成で演奏するらしい。

「ああやって一曲毎に入れ替わったりすると、素人っぽく見えるんだよな。ヴォーカルを持ち回りで唄ったりとかな・・・」
大野がつぶやく。
「それはお前の好みだろう。まあ、確かにそう見られる面も有るけどさ。」
諸田がそう答える。
「この曲だけは一生懸命練習してリードが弾けるようになったけど、こっちは出来ませんとか、俺もヴォーカルやりたいから、一曲歌わせろとか。初歩のアマチュアバンドみたいでさ。」

このチームは着ているものは統一されていないが、同じ帽子をかぶっている。
「次の曲は、私の大好きな曲、『いきものがかり』の『ありがとう』です。一生懸命唄うので聴いてください。」
栞がそう言って曲を紹介した瞬間、軽音メンバーの中に緊張が走った。
栞たちのトリオは平然と演奏を始める。

Rスクイーズのメンバーが、一か所に集まる。
「どうする?かぶっちゃったよ?」
「あいつ。俺たちがやるって知ってるだろうに。」
『ありがとう』はRスクイーズもやる事になっている。部室でも練習していたし、軽音のメンバーなら誰でもその事は知っている。
今日も、本番ステージに向けた五曲の中から、教師票を狙って、この曲をやろうという話になっていた。
「あいつらより、ウチの方が上手いだろう。最初の予定通りにやって、同じ曲をぶつけるかい?」
「まあ、そう大人げない事も出来ないだろう。曲を変えるぞ。」
「そうだな。どの曲でも出来るからな。」
「ブラックチェリーを一曲目にやって、赤い公園が二曲目でどうだ?リーダー、ヴォーカルは大丈夫か?」
「うん。大丈夫。」
「じゃあ決まりだ。みんな進行を間違えるなよ。リーダー、歌詞が飛んだら、スキャットでも何でもいい。とにかく最後まで突っ走るんだ。」
落ち着き払った大野と諸田の意見で、曲目が変更された。他校のメンバーとバンドを組んで、何度もライヴをやった経験で、こんな程度のハプニングには慣れているのだろう。
「まったく困った子ね。自分が好きな事やれば、まわりの事なんかお構いなしなのか。自分の事だけに一生懸命で、まわりが何にも見えてないのか・・・どっちにしても、お騒がせだわ。」
観鞠がそう独り言をもらす。


栞たちの演奏が終わると、大野がステージ裏に回る。
「次のバンドじゃ、ちょっと仕掛けが有るんだよ。行ってくるからな。」


千秋達のトリオは、洋楽のスタンダードから始まった。葉子が英語でヴォーカルを取る。葉子は自分のパートが終わると、ステージから降りてしまい、一曲目が終わると、そのままジャズのようなインストロメンタルに突入する。
ピアノがテーマを弾いて、ソロを終えた後、ドラムのソロが入る。その時、大野がおもむろにステージに上がり、沙代子からベースを受け取る。大野が山崎と千秋に合図を送る。三つの楽器がユニゾンで複雑なフレーズを弾き始める。そこからベースのソロに入り、ピアノがテーマを弾いて曲が終わった。
聴いているみんなは、あっけにとられ、一瞬の沈黙が有った後に、大きな拍手と歓声が上がる。葉子と沙代子もステージに戻って、五人で礼をして拍手を受ける。
時間はもうちょっと残っているから、葉子がマイクを握る。
「ありがとう!一ヶ月後の本番ではもっといろんな事をやるからね。期待しててね。」
「なにやるの?」
客席から声が飛ぶ。
「マイケル・ジャクソンとかもやる予定です。わたしは今、一生懸命ムーンウォークの練習をしてます。」
と言うと、拍手と笑いが飛ぶ。
「ベースの早替わりをやった沙代子と大野さんに、もう一度拍手!」
と言って、客席を盛り上げ、五人そろってステージを降りる。

「高校生でこんな曲をやるんだな。」
今川も感心してつぶやく。


「お前、早替わりをやるなんて、言って無かったじゃないか。」
ステージを降りた大野に、諸田が声をかける。
「ああ、実はな、沙代子から泣きが入ったんだ。後半のユニゾンに付いていけないって。だけど、最初から俺が出ちゃったら、あいつの出番が無いだろう。だから途中で交代しようって話になったんだ。」
「それにしても、一曲目を終わって二曲目が始まるまでに、時間を取って交代するのが普通じゃないか。」
「そんなんじゃ、当り前でつまんないじゃないか。それに、いかにも沙代子が弾けないから交代したみたいに見えるしな。」
「そうだな。曲中での交代なら、トリックプレイに見えるからな。」
諸田はそう言ってニヤリと笑う。


次は隆二と由果のコンビだ。隆二がギターを弾き、ハーモニカホルダーにハーモニカをセットし、由果はタンバリンを片手に、ハンドマイクで唄う。
隆二のコードストロークに合わせて、二人で唄っているのだが、ユニゾンでもなく、ハモってるともいえない微妙な音程で、二人の声が絡まりあう。
間奏でハーモニカを吹きながらになると、隆二のギターのリズムもばらつく。
「あいつらに音感が無いのか。俺の音感が狂ってきてるのか。ちょっと心配になってきたよ。」
柳川が隣に居る観鞠にささやく。
「大丈夫よ。私も同じように感じてるから。柳川君の方が、音感もリズム感も、ずっとしっかりしてるわ。」
観鞠がそう返事をして、こっそり笑う。



次はRスクイーズの出番だ。メンバーはそれぞれに用意した学ランに着替えている。菜実がもう一度抵抗を試みる。
「どうしても今日、これ着なくちゃダメ?本番のお楽しみにしない。」
「ダメ!その本番に出られるかどうかのポイントだろう。今日の投票で五番目だったら、今までの準備や練習が無駄になるんだぞ。それでもいいのか?」
「それはヤダ!」
「本番のチャンスが二回有ると思えばいいよ。今日も客席の視線を釘付けにすればいいさ。」
「そうね。よし、頑張るか!」

メンバー四人がステージに上がり、セッティングも済ませ、イントロが始まる。
センターにはマイクが一本、誰もまだそこに居ない。いきなりステージ裏から、セーラー服の菜実が飛び出してくる。
ギターのリフが少しずつ大きくなる。
菜実は、マイクを握り締めると、客席に向かって叫ぶ。
「みんな!Rスクイーズのステージにようこそ!ノリノリで楽しんでね!」
客席からの大きな歓声がそれに答える。
菜実は大きくシャウトすると、唄い始めた。

「ほう。勢いの有る連中だな。」
田坂校長が感心したように言う。
視線を今川の方に向けると、今川もこちらを向いて、ニコリと笑って親指を立てる。

「ありがとう。次はちょっとおとなしめの曲です。『いきものがかり』をやるつもりで居たんだけど、予定変更して『赤い公園』の曲です。学園祭本番では『いきものがかり』もやるからね。」
二曲目に入る前のトークで、菜実がそう話す。
みんなの視線が、栞の方に向く。

「このバンドで『いきものがかり』っていうのも、どんな感じになるのか、聴いてみたいわね。」
絵梨先生がそうつぶやく。

演奏が終わって、五人がステージの前に一列に並んで礼をすると、拍手が大きくなる。
「ナミちゃ~ん!」と声援も飛ぶ。
メンバーは演奏でも、客の反応でも、良い手ごたえを感じたようだ。



教師トリオは、おそろいの白衣で登場した。
佐東先生はアコースティックギター。松岡先生は、例のエクスプローラーモデルのエレキギター。そして四津田先生はエレキベースという組み合わせのトリオだ。
「みなさん。アッキーズをよろしく。」
佐東先生がそう言うと、いきなり松岡先生から、突っ込みが入る。
「おいおい、いつグループ名がアッキーズになったんだよ。」
「さっき、リーダーの私が独断で決めた。これが証拠だ。」
そう言ってクルリとまわって客席に背中を見せる。
白衣の背中に大きく『アッキーズ』とマジックで書いてある。
「ちぇっ、そこまでされたらしょうがないな。」
松岡先生は、そう言って、エクスプローラーで思い切りディストーションをかけた爆音を鳴らす。客席は爆笑だ。

「よっ!漫才コンビ!」
客席から声がかかる。
四津田先生はニコニコしてやりとりを見ているだけだ。

「では、ここに居る諸君のために、生物の勉強のためになる曲を演奏するから、しっかり聞くように。試験に出るかもしれないぞ。」
そう言ってギターをかき鳴らし始める。
曲の内容は「ゴマダラヒョウモンモドキ」という虫の生態に関するものだ。はっきり言って、アッキーの作る試験以外では、百年に一度も出ないようなものだろう。アッキーのギターストロークの合間に、松さんのギターリフが絡み、ヨッシーのベースとも上手くシンクロする。

「オリジナルの曲だろう。演奏はいいんだけど、歌詞がな~・・・」
校長はそうつぶやく。
その隣では、絵梨先生が
「そうか!そうやって音楽に乗せるっていう手も有るのね。こんど家庭科でも、
『水餃子の作り方』っていう曲でも、作ってもらおうかしら。」
などと考えていた。

「二曲目は松岡先生が作詞した曲です。『TNTの作り方』。」
トルエンをベースに、ニトロトルエンを合成する方法を歌ったものらしい。
化学記号が飛び交う歌詞のなかに、「危ない!危ない!」というコーラスが重なる。
「間違えちゃったら、トリニトロトルエンになっちゃうよ!」という部分では「TNT! TNT!」というコーラスになる。

「おいおい。爆薬の作り方を歌にしてどうするんだよ。もっとも、そんな実験を実際にやるのは、松さんくらいのものだろうけどな。」
あきれたように大野がつぶやく。



教師トリオの演奏が終わって、いよいよ観鞠の出番だ。
観鞠の前にヴォーカル用のマイク、その隣にやはりヴォーカル用のマイクが置かれ、ちょっと低い位置にもマイクが一本セットされた。おそらくギターの音を拾うのだろう。観鞠がメインヴォーカル、隣にギターを弾きながらハモりをやる誰かが立つという様子だ。

そこに、アコースティックギターを持った柳川が登場した。
「あいつ、いつのまに・・・」
諸田があっけにとられたように言う。
「ミーったら。それで最後まで、秘密なんて言ってたのね。」
菜実も、予想外のコンビに驚いている。


「こんにちは。今日の『軽音総選挙!』最後の組です。よろしくお願いします。
まだ名前の無いユニットですので、どなたかいい名前を付けてください。」
観鞠のそんな話に重ねるように、柳川がアルペジオでギターを弾き始める。
ギターに合わせて、観鞠が歌い始める。伸び伸びとした歌声が、会場いっぱいに広がる。やがて、その声に柳川がハモりを入れる。
聞き覚えの無い曲だが、オリジナルなのだろうか。
二人の声が絡み合い、ギターのアルペジオに乗ったままで、曲は淡々と進み、最後の和音がそっと鳴らされ、曲が終わる。

「『星のふるさと』っていう曲でした。いい曲でしょう。オリジナルじゃないんだけど、あまり皆さんが聞いた事は無いと思います。ちょっと秘密の場所から引っ張り出してきた曲です。
次はちょっと陽気な曲をやります。」
観鞠がそう言うと同時に、柳川のギターストロークが始まる。
にこやかに二人の掛け合いやハモリが入り、会場からは手拍子も出る。

「ありがとうございました。ここでちょっとしたお知らせです。
今日のホームルームで、ウチのクラス二年B組は、学園祭でメイド喫茶をやることに決まりました。お店は『冥土』っていう名前になるらしいです。
当然、メイドさんのコスプレをしたウエイトレスが、お茶を運んだりします。私もその役をやることになりました。みんな来てね!
それで、今回の総選挙で選ばれて、本番に出られる事になったら、そのメイドのコスプレでステージに出たいと思ってます。ご期待ください。」
客席から、ワーという歓声が上がる。
「ミマリちゃ~ん!」という声も飛ぶ。

歓声に両手を振って答え、二人で並んで一礼してステージを降りる。

「やられた!最後の一言で、おいしいところを持っていかれた。」
雨賀が悔しそうにつぶやく。

最後の司会になっている葉子がアナウンスを入れる。
「最後までありがとうございました。出口の手前で投票用紙を配っています。
本番でも聞きたいと思ったユニットに投票してからお帰り下さい。」
皆は一列になって、それぞれの感想を友人と話しながら、出口へと向かう。



投票箱は、機材の片付けを終わらせてから、部室で開かれる事になっている。
今川は、雨賀と一緒にドラムを片付け、車に積み込むと帰って行った。
帰りがけに、観鞠に一枚の投票用紙をそっと手渡した。
「ほんとに俺が投票していいのか。とりあえず各ユニットの感想なんかも書いておいたから、渡しておくよ。」
観鞠が眺めた用紙には、箇条書きで感想が書かれ、バンド名の上の記入欄には○が四つ書かれていた。
観鞠は、その箇条書きに一通り目を通した後、その用紙を投票箱に入れた。


開票には絵梨先生も立ち会った。
「ほんとなら顧問が居ればそれでいいんだけど、今回は顧問も参加した投票ですからね。中立の立場の人間が、居た方が良いでしょう。」
と言いながらも、結果に興味が有って早く知りたいようなそぶりだ。

各チームの名前が黒板に書かれ、上側が○の数、下側が×の数を正の字で書いていく。
投票数は二百五十を超えた。一学年の人数よりも多く、全校生徒数のほぼ半分が聴いてくれた事になる。

一番○が多かったのは、千秋のトリオだった。だが×の数もパラパラと目立つ。
続いて、Rスクイーズ、観鞠が同じくらい。裕と綾香のコンビと、教師トリオが、それを追う。高志と聡のコンビ、隆二と由果のコンビ、栞のチームは○が少ない。
投票用紙の中で三枚は、栞のチームのみ○で、他の組は全部×を付けたものも有った。

「ひでーな。こういうの。」
「まあ、そういうルールなんだし、書いた人の気持ちなんだから、しょうがないんじゃないの。」

隆二と由果のコンビ、栞チームは×の数も多い。トータルするとほとんど得点は無くなってしまいそうだ。
高志と聡のコンビも×も少ないが○も多くない。
この三組はどうやら予選落ちが決まったようだ。
千秋トリオ、Rスクイーズ、観鞠の三組は大丈夫なようで、残る一組を教師トリオと裕&綾香のコンビで争う事になりそうだ。
教師トリオの方が○が若干多いが、×もその分多いように見える。

「じゃあ、これが最後の一枚ね。」
そう菜実が言って、その用紙を読み上げる。
「高志&聡、無印。裕&綾香○。栞チーム×。千秋トリオ&葉子○。隆二&由果×。Rスクイーズ○。教師トリオ、無印。観鞠○。以上です。」

○の数と×の数が集計され、それぞれ引き算が行われ、得点が決まると、部員の中からどよめきが起こった。教師チームと裕&綾香コンビは、一点差で裕のチームの方が上だったのだ。

アッキー達は悔しそうな表情だ。
「仕方ないわね、佐東先生。決まった事なんだから、素直に諦めなさい。
あなたたちは卒業する予定は無いから、来年でもさ来年でも再チャレンジすればいいわ。」
絵梨先生は、アッキーにそう声をかける。

結果発表のポスターを作る部員達を眺めながら、絵梨先生が観鞠にささやく。
「良かったわね。たとえ一票差でも決着がついて。まあ、同点だったら、私が佐東先生に引導を渡す役目をやるつもりだったんだけどね。」
そう言って、さらに小声で続ける。
「偶然かも知れないけど、最後に読んだ票は、私が書いたのよ。」


こうして、学園祭のバンドステージに出演する四組が決定したのだった。

part 7

学園祭二日目。いよいよライヴステージ本番の日だ。
一日目の体育祭行事も、トラブルも無く行われ、その後、クラスの模擬店の準備なども行われて、お祭り気分は盛り上がっている。

「大丈夫かな。昨日の騎馬戦なんかで、怪我したりしてないだろうね。」
「それは心配ないんじゃない。夕方見たら、みんな元気そうだったよ。」
理科教官室から、準備した機材を運びながら、菜実と観鞠がそんな話をしている。

「一年生の男の子たちは、結構張り切ってたんじゃないの。高志くんなんか、障害物リレーで活躍してたじゃない。」
「そうね、でも今日はまだ顔を見せてないよ。八時には全員集合って言ってあるのに・・・」
「クラスの出し物の方で、大変なんじゃないのかな。他にも何人か来てない子もいるわよ。」
「そうね。最初からそう言ってる子も居たしね。由果ちゃんとか。」

「結局、一年生でステージに出るのは、綾香ちゃんと沙代子ちゃんだけか。まあ、仕方ないよね。」
「総選挙の実力勝負なんだから、全力でつぶすつもりで、かかってきてもらわないとね・・・(笑)」
「そんな事言ってるけど、来年は危ないかもね。」
「大丈夫よ。対抗馬は栞ちゃんと由果ちゃんでしょう。柳川君と雨賀くんと沙代子ちゃんでも誘ってバンドを組めば、勝てるよ。」
「それはわかんないよ。有望な新人が入ってくるかも知れないしね。」

そんな会話に、諸田が口をはさむ。
「そうそう、有望な後輩を育てないとな。自分が居なくなったら部活が無くなっちゃったなんて、さびしいぞ。」
「そうよ。ライバルが有ってこその主役でしょう。」
「それに、新入生じゃなくても、途中からの入部希望が有るかもしれないしな。あんな風にやってみたいとか、あれなら私でも出来るとか。」
「あれなら、あたしの方が上手いとか?・・・(笑)」

「俺がバンドを始めたのも、一年の学園祭の後だったからな。」
「それって、やっぱり、学園祭のステージを観たからですか?」
「ああ、奇跡のステージって言われたくらい、かっこいいライヴだったよ。」
「それって、やっぱり・・・」
「ああ、ヴォーカルがミクさまでね。演出だったのか、偶然だったのか、いろんな事がいっぺんに起こったんだ。奇跡って呼ばれたし、女神さま伝説なんてのも出来たりした。」
「どんな事が有ったんです?」
「う~ん、言ってもいいのかな?信じてもらえないかもしれないんだけど。
あの日は曇りで、雨が降りそうな空模様だったんだけど、ステージが始まると、雲が切れて、そこから陽が差して来たんだ。それもまるでステージにスポットライトがあたるような感じで、光がステージを照らしてね。それから、鳩が一群れ、ステージに舞い降りて来たりもした。」
「ええっ、ほんとにそんな事が起こったんですか。信じられない!」
「そうなんだよ。実際に目撃した俺だって、今でも信じられない話なんだ。」
「錯覚とか幻覚とか催眠術じゃなくて?」
「あそこに居た全員に、一斉に幻覚を見せられるんなら、超能力だな。」
「まさかね・・・」



今日は晴天、降水確率もゼロパーセントだ。そんな奇跡が起こるような舞台設定には、なりそうもない。
本番のステージは午後一時から三時の予定だ。軽音部員は準備が終わったらいったん解散して、十二時半にまた集合することになっている。
ステージ脇にアンプやキーボード、ドラムなどをひとまとめにして、解散になった。

それぞれに、クラスの出し物や模擬店に参加する。時間が空けば、他のクラスの模擬店を眺めたり、体育館での発表を見に行ったりしている。



お昼すぎになると、メンバーがボツボツと集まって来る。
菜実も今日は、セーラー服で集合した。お昼休みに着替えてきたのだ。
他校の生徒や中学生も来ているから、セーラー服でも違和感はない。
ステージの上では、「美少女コンテスト(但し男子に限る)」が行われている。

「おっ、リーダー、可愛いよ。このままステージに上がっても、優勝出来そうだね。」
大野がそんな軽口を叩く。
ステージ上では、さまざまな男の娘たちが、観客に向かってアピールをしている。
「そんなこと言うんなら、これはあげない事にしようかな。」
菜実はそういって、手にしたクッキーの袋を見せる。
「観鞠のクラスの喫茶店の、テイクアウトメニューだよ。もうすぐ売り切れそうなのを、確保してきたんだからね。」
「おっ、旨そうだね。」
「売り子がメイドさんだから、すごい人気なんだよ。入ってお茶飲んでく人の売り上げと、同じくらい売れてるって。」
「まあ、これなら歩きながらつまめるからな。」

「意地悪言わないで、分けてくれよ。」
「じゃあ、このクッキーの名前を当てたら、あげる事にしようかな。」
「メイドのみやげ!」
即座に諸田が答える。
「えぇ~、どうして解るの。見てきたの?」
「バ~カ!二年生の考える事くらい、お見通しだよ。」

「あいつが一年の時のクラスでさ。そっくり同じ事やったんだぜ。」
大野がこっそりと雨賀にささやく。

「他にも何か面白そうな模擬店とか、無かった?」
「う~ん。一年生のクラスで『お化け屋敷』なんてやってたけどね。」
「暗幕引いて、暗くしただけだろう。怖くなさそうだよな。」
「それがね、お化け役が髪の長い女の子でね。急に後ろから抱きついてきたりするから、怖いっていうよりビックリしたね。」
「えっ、抱きついてくるの。俺、行ってこようかな。」
「お化けだって、抱きつく相手くらい選ぶでしょう・・・(笑)」



そこに観鞠も現れる。もちろんメイド服のままだ。
「おっ、部長、可愛いよ。このままステージに上がっても、優勝出来そうだね。」
今度は諸田がそんな軽口を叩く。
「学園祭だからいいけど、普段だったら恥ずかしいかもね。」
「お祭りだからね。今ステージに出てる連中に比べれば、普通さ。」
「軽音のメイン美女二人が、セーラー服とメイド服だもんな。お祭りらしくて華やかでいいよ。」

「裕たちはおそろいのTシャツでしょう。千秋さんのトリオは、制服で出るって言ってたよね。それぞれ違って面白いかもね。」
「そうそう、葉子のクラスの発表を見たんだけど、ステージパフォーマンスでマイケル・ジャクソンやっててね。葉子が一番前でムーンウォークしてたよ。」
「あいつ、ステージでもやるって言ってたから、一石二鳥ってところかな。」
「あのトリオって何でもできるからね。どんな事やってくれるか楽しみだな。」

「ところで、柳川くん、まだ来てないのかな?」
「どうしたんだろうね?」
「さっき、お姉ちゃんとばったり会ってね。そこに柳川くんも居たんだけど、お姉ちゃんに拉致されて、どこかに連れてかれちゃったみたいなんだ。」
「えっ!お姉ちゃんって・・・ミク様が来てるの?」
「うん。ここの卒業生だし、あたしのステージも見たいって言うし。」
「女神様が来てるのか・・・緊張するなぁ。」
「別に先輩達を観に来たんじゃ無いんだからね。」
「そうは言っても、伝説の女神様なんだからな。そこに居るだけで空気が変わっちゃうよ。」

そんな事を話してる処に、長身の美女が登場する。
顔は観鞠に良く似ているが、髪が長く、観鞠よりちょっと背が高い。
「お待たせ!」
「あっ、お姉ちゃん。どこに行ってたの?」
「ちょっとね。マリの相棒をコーディネートしてたんだ。」
「コーディネート?」
観鞠の姉、観空の後ろを隠れるようについて来た柳川が、押し出されるように観空の前に出る。
ビラビラと胸の前に飾りがついたドレスシャツ、黒い蝶ネクタイ、ジャケット。
「下は学ランのパンツだけど、おかしくないよね。」
「かっこいい!」
「なかなかやるな!」
「メイドさんと並んでステージに出るなら、お似合いだな。」
「これってもしかして・・・」
「眠れない時に数えるヤツ!」
「バカたれ!それはヒツジ!」
「そうじゃなくて、執事だよね。」

「ほら、ご挨拶してごらん。」
観空がそう促す。
「はい、お嬢様。」
柳川が、そのセリフを言った途端に、皆から大爆笑が起こる。
「お前、すっごく似合ってるぞ。」
「じゃあ、ミーも『ご主人様』って言わなきゃね。」

「マリも言ってみる?」
「そうか、お姉さんと居る時は、ミーじゃなくてマリって呼ばれるんだ。」
菜実が口をはさむ。
「そうだよ。ミクとミマリだからね。ミーって呼んだらどっちか判らないじゃない。」
「ミーとミーじゃあ、猫の姉妹みたいだからねぇ。」
「それよりも、どうしたのこの服?」
「これ?これは私のだよ。
実は先週やった大学祭でミスターコンテストが有ってね。
このステージでやってるのの、逆ヴァージョンなんだけど、私がクラスの代表に選ばれたんだ。それで皆が寄ってたかって、こんな服をコーディネートしてくれたんだ。
お前が男の子と組んで、メイド服でステージに出るって言うからね。相棒もこんな格好にすれば似合うんじゃないかと思って、持って来たんだ。」
「それで、相棒はどんな感じとか、聞きたがったんだね。」
「まあね。身長2mとかXLサイズとかじゃ、無理だからね。」


「軽音の皆さんね。観鞠の姉です。妹がいつもお世話になってます。」
改まってそう挨拶を切り出すと、大野と諸田は緊張が表情に出る。
「お姉ちゃん。この二人、お姉ちゃんのステージに影響されて、バンドをやるようになったんだって。」
「あの奇跡のステージのイメージが強烈で。今でも憧れです。」
「や~ね。あれはいろんな偶然が重なったのと、バックの連中の音が良かっただけよ。
あの後、女神様だの何だのって、伝説が出来たみたいだけどね。」
「そんな事無いですよ。ヴォーカルのインパクトが凄かったです。」
「そんなに褒めてもらって嬉しいわ。」
観空はそう言うと、気軽に大野と諸田の二人と握手をする。二人はカチカチになっている。

「あなたが菜実ちゃんね。マリからいつも話は聞いてるわ。」
そう言うとこちらはハグする。
一度体を離して、菜実のスタイルを眺めた後で、もう一度菜実の体に手を回す。
「もうちょっとスカートは短い方が可愛いわよ。」
菜実の耳元でそう囁くと、菜実のスカートのウエストに手を掛け、クルクルと二度ほど
ウエスト部分を折り返す。
「ほら、この方がいいわ。」
そう言って、もう一度菜実の全身を眺める。菜実はされるがままだ。

「そろそろ、ステージの準備じゃない。あたしはちょっとあれこれ眺めて来るからね。本番の始まるまでには戻って来るから。頑張ってね。」
観空はそう言うと、皆に手を振って、校舎の方に離れて行く。数人の三年生が観空に気付き、指をさして何か話している。おそらく伝説はまだ忘れられていないのだろう。


ステージでは美少女コンテストも終了して、軽音のライヴの準備が進められる。
出演は、裕&綾香コンビ、千秋トリオ+葉子、観鞠&柳川、Rスクイーズの順に決まっている。
入れ替えが手際よく出来るように、ドラムやアンプ、キーボードなどがステージに上げられる。
ピアノは音楽の徳家先生が自宅の電子ピアノを提供してくれた。裕のキーボードと並べて二台がステージ中央にセットされる。
本番前のマイクチェックも行われ、いよいよ軽音ライヴステージの始まりだ。


最初に登場するのは、裕と綾香のコンビだ。おそろいのTシャツで、綾香がピアノ、裕がキーボードに座る。
二人で顔を見合わせて、ピアノが最初の一音を弾く。出だしはアカペラで入るらしい。
しっとりとした二人のハーモニーが流れる。その声にやがてピアノの伴奏が絡む。
メインのヴォーカルは裕が唄い、部分的に綾香がハモリを入れる。
間奏部分では裕がキーボードで旋律を奏でる。
選曲はさまざまだが、どの曲もピアノやキーボードにアレンジがしてあって、激しいロックバンドの曲がこんなに変わるんだと、感心させられる。
「この曲は総選挙でもやりました。地元のアマチュア女性デュオの『私の好きな街』です。
この人達のようなコンビを目指して、今回のステージをやりました。また来年もやれるといいなと思っています。」
最後の曲だろう。五曲目の前にそんなトークが入る。

『あなたはこの街で一番好きな場所はどこ? 
 私は優しい人たちがいるこの街が好き
 だから 大切にしたい この場所で過ごす時』

そう唄う二人の声が空に消え、大きな拍手が起こる。
二人は立ち上がり、手をつないで、客席に一礼してステージを降りた。



次は千秋達のトリオだ。キーボードがステージから下ろされ、ピアノとドラムとベースがお互いにアイコンタクトできる位置にセットされる。
ゆっくりとしたピアノのソロが始まり、ドラムとベースがそれに合わせて行く。
曲がブレイクして、ドラムが速いテンポでカウントを出すと、いきなり曲が替わり、それに合わせて葉子がステージに登場する。
マイクをスタンドにセットしたままで、ワンコーラスを唄い、間奏ではちょっと踊っても見せる。葉子が振り向いて、各パートを順番に指差すとその楽器のソロが始まる。

「なかなか凝った演出だな。」
「ああ、ソロの受け渡しが上手くいってよかったよ。なにせトリオだから、バックの音に乗せてリードを弾くのとは、ちょっと違うからな。」
「今回はお前の飛び入りは無いのか?」
「沙代子だってあれからひと月、猛特訓したんだぞ。今回は全曲自分で弾くさ。」

総選挙で予告したようにマイケル・ジャクソンの曲も入る。
葉子はステージでムーンウォークをしながら唄うと、客席の最前列で、葉子のクラスメイトらしい生徒が一群れで、同じ振付で踊って見せる。
客席とステージがシンクロして盛り上がる。
このトリオは全曲洋楽で選曲しているらしい。
曲間にトークも入らず、演奏が続き、最後の曲のソロ回しで、葉子がメンバーを紹介する。
一年生の沙代子がベースのソロを取ると、同級生らしき数人から声が掛かる。
曲が終わると大きな拍手が起こり、四人はそれぞれに客席に手を振ってステージを降りた。



客席では、佐東先生と松岡先生が、教頭の隣に座ってステージを観ている。
「そういえば、佐東先生達は来年もこのステージを目指すの?」
「もちろんです。今回はトリオでしたが、自分たちの弱点も見えたので、そこを補強して、再チャレンジですよ。」
「弱点?」
絵梨先生は思わず聞き返す。
この人たちの弱点と言えば、オリジナルの曲の歌詞だろうけど、そこを素直に認めて変えるのかしら、と疑問が頭に浮かんだのだ。
「はい。やはりドラムの無いトリオだと、リズムセクションが弱くなってしまいますので、徳家先生に参加をお願いしました。」
「いよいよ音楽の教師も参加ですか・・・で、ピアノが入るんですか?」
「いやいや、徳さんはパーカッションで入ってくれるそうです。もしよろしければ、教頭もウチのバンドに参加しませんか。今なら女声ヴォーカルの座が空いていますよ。」
そんなお誘いに
「そうね。それも面白そうね。考えてみますわ。」
と表情を崩さずに返事をする。
その表情からは、社交辞令なのか本気なのかは読み取れなかった。



観鞠と柳川がステージに出る。総選挙の時と同じように、柳川の前にはマイクが二本、観鞠はスタンドを使わず、手にマイクを持っている。

「さて、いよいよマリのステージだね。」
いつの間にか軽音の関係者の群れに合流した、観空がつぶやく。

「こんにちは。『秋空』っていうユニットです。総選挙の時には名前が無かったんですが、クラスメイトが付けてくれました。」
「へ~。そんなユニット名になったんだ。知らなかったよ。」
柳川が、とぼけた発言をする。
「そうだよ、私がさっき決めたんだもん。その証拠に・・・」
そう言って、観鞠はくるっとターンして見せる。

「あれって、総選挙で私がやったネタだぞ。」
佐東先生は客席でぼやく。

くるっとターンして背中を見せたが、メイド服のスカートが翻ったくらいで、どこかにユニット名が書いてあるわけでは無い。
「証拠って? どこかに書いてあるの?」
「うん。実はパンツに書いてあるんだ。ここでお見せするわけにはいかないわね。
皆さんもステージ下から覗いたりしちゃダメですよ。」
そう言いながら、スカートのお尻の辺りを押さえるしぐさをする。
もちろん冗談なのだろうが、会場が大きくどよめく。

「じゃあ、最初の曲です。けっこう古い曲だから、知ってる人がどのくらい居るかな。
このユニットの名前にもふさわしい曲。ブルーハーツの『青空』っていう曲です。」
柳川の軽快なギターストロークが始まる。観鞠が手拍子を煽ると、客席全体に手拍子が広がる。

「あの子もあんな事を言うようになったんだね。ステージから降りてきたら、ホントに書いてあるか見てやる。」
観空が言う。
「まさか。冗談でしょう。書いてないと思うな。」
菜実が答える。
「そしたらマジックでホントに書いてやる。ここでね。」
観空はそう言って笑う。


ステージでは、曲もトークも軽快に進む。
観鞠は、客席の反応を見ながら上手く話を進めたり、柳川をダシにしてみたりと、トークでも客席を沸かせている。

「じゃあ、私達の最後の曲です。この曲は元々は合唱の曲なんですが、メロディがとても綺麗なので、このステージで唄おうって思いました。『星のふるさと』っていう曲です。聞いてください。」
観鞠がそう言うと、柳川がギターをアルペジオで弾き始める。

『飾り気のない人の心は、深い緑の山のたまもの
 ほら、澄んだ水音が、ほら、ふるえる胸のふちを、まぶしさで満たす
 生きよう今を、たった今を限りなく、限りなく』

ワンコーラス観鞠一人で唄うと、次は柳川がハモリで加わる。

『茜にじませ空は夕焼け、小さい翼、家路に送る
 ああ、遠い風の音、ああ、思い出と憧れは、なぜ似てるのだろう
 生きようひとつの、ひとつの命分け合って、分け合って』


そう唄いながら、観鞠は天を指差す。
何気なくその指の差す方を眺めた菜実が
「あっ!」
と驚いて小さな声を上げる。

観空もそちらを見上げると、上空には一群れの鳩が、大きく輪を描いて飛んでいる。
「あの子ったら・・・呼んじゃったんだ。」
観空はちょっと困ったような表情で、そうつぶやく。
「お姉さん?『呼ぶ』って?」
菜実が不思議そうに尋ねる。


「ここだけの秘密にしておいてね。そう約束してくれるなら、教えてあげる。」
観空のそんな言葉に、菜実は真剣にうなずく。
「あの子には、ちょっと不思議な力があって、虫や鳥と意思が通じるの。
操れるっていうほどの力じゃなくて、好きとか嫌いとか、なんとなく解る程度なんだけどね。」
「そういえば前にカブトムシが懐いてたけど・・・」
「そうね。犬や猫が寄ってきたり、声をかけると反応する程度のものなんだけどね。」
「それって、もしかしてお姉さんもおんなじですか?」
「どうしてそう思うの?」
「ミーが前に言ってたことがあるんだけど、お姉さんも同じテントウムシと一週間も遊んでたって。」
「そうよ。私にも出来るわ。
子供の頃なんて無邪気なものだからね。テントウムシが窓から飛び込んで来たから、それとしばらく遊んで、逃がしてあげたの。
それで次の日に、『昨日みたいにテントウムシさんが遊びに来ないかな』って窓の外を見てたら、ホントに来たの。ちゃんと昨日と同じテントウムシだって見分けがついたの。不思議だけどね。」
「そうやって、一週間も同じ虫と遊んでたんですね。」
「そうよ。そのうち死んじゃったのか、飽きたのか、私が呼ぶよりも別のことに気を取られたのか、来なくなったんだけどね。もしかしたら、私の方が飽きちゃったのかもしれない。」
「それって、虫だけじゃなくて鳥もなんですか?」
「たぶんね。実際に試したことはあんまり無いんだけど、庭のスズメ程度なら、手に乗って餌を食べるくらいにはなるわよ。」
「どんな虫でも寄ってくるんですか?」
「心の声に反応するみたいで、嫌いな種類の虫なんかは寄ってきたりしないわね。蠅や蚊やゴキとかね。鳥でもカラスの群れが寄ってきたら怖いでしょう。そういうことにはなったことが無いわね。」
「すご~い!超能力ですね。」

「でも、こちらの声が伝わるように、相手の気持ちもなんとなく解っちゃって、困ることもあるけどね。」
「どんなことで?」
「お腹が空いてるとかね。公園でお菓子食べてたら鳩が寄ってきて、『ちょうだい!』って言うのが聞こえるの。分けてあげないわけにはいかないじゃない。結局、自分の食べたのは一口だけなんてこともあったわよ。」
「そういえば。ミーもスタジオに行く途中の公園で、手に持ってたポップコーンを鳩の群れにバラ撒いちゃったこともあったな~。」
「あそこの鳩ね。私もそんなことしたよ。それでね、そうやって親しくなると、余計に声が聞こえやすくなるみたいでね、ちょっと離れてても、声が届くの。」
「それって、『こっちにおいで!』みたいな呼び声なんですか?」
「そこまではっきり呼ぶんじゃないと思うんだけどね。遠くから知り合いの声が聞こえるから、何してるのか見に行ってみよう、っていう感じじゃないのかな。」

「それでお姉さんのステージの時にも、鳩が舞い降りてきたんですね。すごいな~。」
「まさか、あの子が同じことを再現するなんて思って無かったけどね。どう言って誤魔化すんだろう。まあ、説明できない偶然っていうのも世の中には有るから、勝手に騒がせとけばいいんだろうけどね。」

「他にも奇跡が起こせるんですか?」
「あのね~。何を聞いたか知らないけど、偶然とか、運が良いとかと、奇跡を起こす能力なんてのは別なのよ。私たちは超能力者じゃないんだからね。」
「ミーが異様にジャンケンが強いのも、超能力かと思ったんだけどな・・・」
「そういう意味では『幸運をつかむ能力』っていう意味での超能力かも知れないけどねぇ。
偶然、雲が割れて陽が射してくるとか、偶然、あみだくじで当りを引くとか、自分で考えて起こしてるわけじゃないんだからね。」

観空と菜実がそんな話をしてる間に、曲は最後のコーラスに進んでいる。
観鞠は自分が起こしてる事を知らないが、空を指した手が円を描くと、その軌跡につられるように、鳩の群れも空中を旋回している。

『涙かわけばまた歩き出せる、くちびるに歌をとりもどして
 ああ、星のふるさとよ、ああ、たとえ生まれ変わっても
 ここにまたなりわい、生きて、ここにまたなりわい生きていく』


曲が終わり、二人の声とギターの最後の和音が消え、二人はゆっくりと礼をする。
そこに、上空を舞っていた鳩が次々に舞い降りてくる。客席から大きな拍手が起こる。
何か叫んでいる者もいる。三年生の中には、観空の奇跡のステージを実際に目撃した者も居るのだろう。それと同じような奇跡が、再度起こったのだ。記憶が蘇る。
ステージを観ていた田坂校長も、今川も、先生達、生徒達も、まだ拍手を続けていて、鳴り止む様子が無い。

観鞠と柳川がステージを降りる。鳩の群れも、一羽、また一羽とどこかに去って行き、ステージから姿を消す。


「あんなステージも出来るんだな。演出なのか奇跡なのか解んないけど・・・」



柳川は大急ぎで着替えて、みんなの処に合流する。
ステージでは、マイクスタンドがセンターに置かれ、アンプが定位置にセットされて、五人の出番を待っている。
五人は円陣を組む。

「観鞠の奇跡のステージも素敵だったけど、主役はあたしたちだからね。」
菜実がみんなに声をかける。
「気合入れて行くよ!客席を総立ちにさせてやる!」
「おう!」
「もちろん!」
「やってやる!」
「最高のステージにするぞ!」

五人は元気にステージに駆け上がって行く。



菜実と観鞠 完

菜実と観鞠

登場人物

小山田菜実(軽音部リーダー)
慈恩寺観鞠(軽音部部長)
柳川一志(二年生:菜実のクラスメイト:ギター)
諸田康(三年生:ギター)
雨賀芳之(二年生:観鞠のクラスメイト:ドラム)
大野時彦(三年生:ベース)

山崎慧(三年生:ドラム)
林千秋(三年生:ピアノ)

横森裕(二年生:キーボード・ヴォーカル)
伊藤葉子(二年生:ヴォーカル)

坂田由果(一年生:ヴォーカル)
今岡綾香(一年生:ピアノ)
笠原栞(一年生:ヴォーカル・ピアノ)
深田聡(一年生:ギター)
佐田隆二(一年生:ギター)
若部高志(一年生:ギター)
仲野沙代子(一年生:ベース)


佐東明人先生(生物教師:軽音部顧問)
松岡飛松先生(化学教師)
四津田智雄先生(物理教師)
徳家正志先生(音楽教師)
田中絵梨教頭(家庭科担当)

田坂校長

LIVEHOUSE『ムジカ』マスター

慈恩寺観空(観鞠の姉)

今川(県内有名バンド、ネクストブルースクリエイション:ドラム)


作中挿入歌

いきものがかり「ありがとう」
ブルーハーツ「青空」
アシッドブラックチェリー「Re:birth」
赤い公園「ランドリー」

歌詞引用

「星のふるさと」作詞、覚和歌子、作曲、信長貴冨、「祈りの果実」より
「私の好きな街」作詞、マユミ、作曲、エリナ、編曲、演奏、チャイルドフッド




最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

これを書いたのは、2013年の夏です。
FBのノートに書いた部分から逐次発表していって、
書き始めてから1カ月かからずに書きあげてしまいました。
私にしてみれば、かなり良いペースじゃなかったかな・・・

登場人物が勝手に動いてくれたんで、ストーリーは進めやすかったですね。

モデルが居るキャラも有るし、まるっきり架空のキャラも居ますが
ともあれすべて実在の人物とは全く関係は有りません。完璧なフィクションです。


ちなみに観空と観鞠の「超能力」は、「ティーラ・ブラウンの遺伝子」と言います。
これはラリー・ニーヴンというSF作家の「リングワールド」という作品の中に登場します。
ご興味がありましたら、そちらも読んでみてください。

そもそものこの話の始まりは、菜実ちゃんにセーラー服を着せよう。観鞠ちゃんには
メイドのコスプレをさせよう。というところがスタートになっています。
そういう意味では、本来の目的は達成されたと思います。


この原稿は一つにまとめて、小学館ラノベ文学賞に応募したのですが、見事に一次審査不通過!
大賞受賞 → 出版 → ベストセラー → アニメ化 → 実写版映画化 なんて
夢のような事を考えていたのですが・・(笑)


山梨の私の周りで音楽をやっている人にしてみれば、内輪ネタが盛り沢山で
楽しめる内容だと思っています。
全く関係ない方も、それなりに楽しんで頂けるとは思います。

連載小説のように、不定期な発表にお付き合いくださったみなさま。ありがとうございました。
書き続ける間に、さまざまなリクエストやアイデアを寄せてくださった皆様にも、大いに感謝しています。
またこんなお話を書いた時には、よろしくお付き合いください。ありがとうございました。

また、勝手にモデルに使用させて頂いた方々にも、深く感謝しております。
一部のキャラでは悪いイメージの役回りを振り当ててしまいました。ご無礼をお詫びします。

続編の短編も二つ有りますので、そちらもこの星空文庫に
近日発表予定です。お楽しみに。



20140220
「柳川くんの多忙な一日」を公開しました。
学園祭後の軽音部のあれこれを書いたサイドストーリーです。
よろしかったらこちらも合わせてお楽しみください。
http://slib.net/28281

20140228
「菜実ちゃんの楽しい一日」を公開しました。
軽音の卒業生を送る会の日の
菜実ちゃんが主役のストーリーです。
彼氏が出来た菜実ちゃんのベタ甘のお話。
よろしかったらこちらも読んでみてください。
http://slib.net/28596

菜実と観鞠

高校生の菜実と観鞠は、学園祭のステージに憧れ、出場を目指す。 まずは軽音楽部を作って、メンバーを集め、活動実績を認めさせ・・・ と、着実に目標のステージに向かうのだが。 教師トリオが参加表明したり、おかしなライヴハウスのマスターが登場したり 校長の過去が暴かれたり、観鞠の姉(と観鞠)の超能力が発揮されたり・・・ 波乱のスタートから、『軽音総選挙!』を勝ち残って 本番のステージに立つ事が出来るのか?

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. prologue
  2. Part 1
  3. part2
  4. part 3
  5. part 4
  6. part 5
  7. part 6
  8. part 7