初恋、恋空。

窓の外から

ザッ、ザッ、ザッ…サラサラ…
いつものように、キャンバスに色を重ねていく。
私の、至福の時間。
放課後はいつも、6時まで美術室にいる。
結構長く絵を描いているけど、この部活を苦だと思ったことなんて一度もなくて。
それくらい、絵を描くのが好き。

でも、最近。
絵を描くことだけに集中できていない自分がいる。
(…あれ?おかしいな)
普段は、一つのことに没頭すると周りの物、音が全て消えて自分だけの世界に入り込むことができていたはず。

きっと、この席順が悪い。
私の通っている高校は、美術部員が私を含めて10人。
そして、私の席は、窓側。
隣の席は話したことない男子。
人が少ないうえに窓側の席なんて、外を見るにはもってこいのシチュエーション。
今は11月。
グラウンドでは野球部とサッカー部が練習をしている。

(…あ、いた)

私は、そのグラウンドにいる人たちの中の、ある一人を見つけるのがマイブーム。
我ながら、自分のことを変な奴だなぁ、と思う。
私の視線の方向にいるその人は、坊主頭。
肌が小麦色に焼けていてとても健康的。
基本インドア派で肌が真っ白な私とは真逆だ。

身長はきっと、180cmくらい。
だって、みんなよりずば抜けて背が高く、みんなより一つ分頭が飛び出ている。
名前は「星野 雅空(ホシノ ガク)」という。

…というか、一応私と同じクラス。
一度も話したことはないけれど。
最近、グラウンドにいるときの彼を目で追っている自分がいる。

(昔読んでいた少女漫画でこんな気持ちをしている主人公がいたような…)

部活中にそんなことを考えている、『変な奴』な、私。
きっと私は恋をしている。
話したこともない人に。

ひとめぼれというやつですか…。
私は人生で一度も恋をしたことがなかった。

恋に興味がなかったと言えばウソになる。
でも、異性に好きとか、そういう特別な感情を抱いたことがなかった。

何度か告白というモノをされたことはある。
そのたびに、ことごとく断ってきたが。

そんな、恋愛の「れ」の字も遥か遠くにあったこの私が、気になっている男子がいるなんて…。
自分で自分を信じられないというか、奇跡というか…。

でも、まぁ。
儚く失恋して終わるだろう。

相手は野球部。

野球部と言ったらモテの極み!

しかも、星野君は格別にモテる。
昼休みになれば、周りに女の子の人だかりなんて当たり前。
そんな、スーパーボーイ、星野君が私なんて眼中にないことも当たり前。

それなら、ひっそり片思いして、星野君に彼女ができたときに一人で失恋しているのが一番いい方法だ。

(…って、私、根クラだな。)

自分で自分をそう思う時点でかなりアウトな女子…。
しかも、星野君のことを気にしている割には野球のルールなんてさっぱりわからないというこの状況。

中途半端にもほどがある。
自分で自分にツッコミを入れたいわけではないけれど。

キーンコーンカーンコーン…

そのとき、チャイムが鳴った。
文化系部活の終了のチャイム。
…と、いうことは。

「ああああっ!」

つい、私は大声を出してしまったせいで。
もともと静かな部室が、さらに静けさを増す。
だって、キャンバスに2~3回筆をおいただけで、本日の部活終了、なんて、こんなことある!?
時計を見る。
はい、6時です。

……。

私、森下雪菜は。
一体、何しにこの美術室に来たのでしょう。

(…絵を描くために、決まってるじゃん)

また、一人でツッコミ。
絵を描きに来たはずの人が、約2時間も外を眺めて、キャンバスはほぼ真っ白なんて…。

あり得なさすぎる。
私は正真正銘のバカだと、自分で思った。

あーあ、先生になんて言おう?

まさか、星野君を眺めてました、なんて言えるわけがない。
はぁ、と一人溜息をついて、家に帰る準備をする。

そのとき。

ポツ…ポツ…
ザアァァァァ…!

「えっ?」

思わず窓の外を見ると。
雨だ。
急に、驚くほど激しく雨が降り出した。

グラウンドにいた野球部とサッカー部が、急いで校舎に入っていく姿が見えた。

初恋、恋空。

初恋、恋空。

雪菜はどこにでもいるごくフツーの女の子。 絵を描くのが好きで、美術部に所属している。 いつも部室から見えるグラウンドにいる野球部の一人、「雅空」に恋をする。 そしてまた、雅空も雪菜のことが好きなのだ。 お互いにすれ違ってばっかりだったが、めでたく付き合えることになった二人。 だがある日、雅空はガンだとわかって…!? 二人の運命は? 衝撃のラストに涙が止まらない! 号泣の純愛物語。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-02-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted