TVショー
星空文庫での初投稿作品。無事完結しますように、頑張れ俺。
scene #1
「ちょっと!えっ!!なんで!?なんで猫が居るの!?」
芸歴10年目の若手お笑いコンビ「パンク・フィクション」のツッコミ担当「五十嵐のぞむ」が帰宅すると、彼の部屋には無数の猫が放し飼いにされていた。部屋のあちこちを荒らしたのか、棚の上にフィギュアやテーブルの上にあった飲みかけの缶ジュースが倒され、ジュースはこぼれカーペットにオレンジのシミを作っている。この猫、皆さんのお察しの通り五十嵐のペットではない。しかも五十嵐は猫アレルギーで猫に近づくとくしゃみ、鼻水、さらには涙が止まらない。
「あぁもう大事なフィギュアが!ほら、そこ降りて!」
目を潤ませ、くしゃみをしながら必死で猫を棚から降ろし、無数の猫を羊追いの犬のように壁際に追いやっていく五十嵐。よく見るとカーテンの裾は爪で引っ掻かれ破けているし、壁のいたるところにも爪痕がある。それらに目を奪われている隙に一匹の猫が五十嵐に飛び掛かった。あまりに予想だにしなかった事だったので、部屋中に五十嵐の断末魔のような叫び声が響く。
バランスを崩した五十嵐はその態勢を直せないまま、ベッドの上に手をついた。門番のいなくなった壁際から猫たちがまた部屋中に散っていく。それを阻止しようとする五十嵐だが、ベッドの上についた手が生温かく柔らかい物の上にあることに気づいた。これはまさか・・・と手を退けるが、その予感は的中し五十嵐の手の下には、手をついた際の圧力でつぶれ引き伸ばされた猫の糞があった。
「ちょっとー!!ベッドにウンコしてるじゃん!!潰しちゃったよぉ!」
この五十嵐、猫アレルギーもさることながら実は極度の潔癖症。部屋の中に塵ひとつも許せない男の部屋が猫によって荒らされ、さらにはベッドの上に糞までされる始末。あまりの怒りでこれ以上上手いリアクションが取れず、ただただ震える手についた糞を凝視している五十嵐。すると玄関から大量の爆笑と共に相方の「一条祐樹」と「ザ・デペイズマン」の番組スタッフが一斉になだれ込んできた。
「五十嵐五十嵐!これ!」
一条の手にはお馴染み「大成功」の看板。それを見てもまだ肩に力の入ったままの五十嵐。
「ドッキリだよ!ごめんなー毎回こんな事しちゃってさ。ほら行くぜ、せーのナイスデペイズ!!」
一条により収録は半ば強制的に締めらた。
scene #2
「お前何回洗うんだよ?」
先ほどまでとは打って変わって静まり返った五十嵐の自宅。無数の猫たちはスタッフ達により回収され部屋では若手ADが二人。一人はベッドにあった猫の糞の後始末を終わらせ、床にこぼれたオレンジジュースを拭いている。そしてもう一人は猫によって荒らされた棚の上やテーブルの上の整理をしながら、部屋中に仕掛けられた隠しカメラの回収をしていた。そんな中パンク・フィクションの二人は洗面台の前に居た。
必死にハンドソープを使い、猫の糞が付いた手を洗う五十嵐。ただ黙々と速いスピードで手をこすり合わせ、泡立ててはすすぎ、またハンドソープを手に付け泡立ててはすすいでいる。その作業を横でじっと見つめる一条。よほど猫に焦る五十嵐が面白かったのか、まだ口角がひくひくと上がっている。
「今回のはけっこう撮れ高良かったんじゃないか?スタッフみんな腹抱えて笑ってたぜ」
「そう。それは良かった」
「てかまたデペイズマンかよって思った?」
「部屋の扉開けて猫がいた時点で‘ああまたか’って思ったよ。猫がいろいろ荒らしたせいで棚の上のカメラ見えてたから」
「分かってたならもっと上手いリアクションしろよ。いつも同じなんだよな、お前のリアクションって。リアクション芸なんだからさ、芸を磨かないと」
「分かってるよ。たださ・・・」
「え?何?」
「いや、いいや」
「何?気になるじゃん。あ、怒ってんの?」
「怒ってないよ」
いまだ収まらない鼻水とくしゃみ。やっと手を洗い終え、ふと鏡を見ると目は赤く充血しており、自分の顔がなんとなく腫れているように見えた。五十嵐は備え付けのタオルで手の水気を十分に拭い、部屋の方へ向って行った。部屋はADのお陰で何とか整頓されてはいるが、まだいたるところに猫の体毛が残っている。先ほどの作業を終えたADが掃除機をかけたり、粘着ローラーで体毛の掃除をしていた。
「これきれいにするの大変だな。この前のBB弾ばら撒きより面倒なんじゃね?ほら五十嵐も掃除しろよ、お前の部屋なんだからさ」
一条が余っていた粘着ローラーを手に取り床やソファの上に付着した体毛を掃除しながら言った。五十嵐も粘着ローラーを手に取り掃除を始めるが、くしゃみ鼻水が止まらずそれどころではない。ADが「大丈夫ですか?」と声をかけてきたが、五十嵐は「大丈夫大丈夫」と言い、ティッシュで鼻をかんだ。しかし明らかに五十嵐の体には何か良くない変化が起こっているように見えたADが五十嵐に恐る恐る聞いた。
「五十嵐さん、もしかして猫アレルギーですか?」
「・・・実はそうなんだよね」
その返答に二人のADは驚いた顔を見合わせ、一人のADは部屋を飛び出し、外のロケ用のワゴンへ走って行った。
scene #3
五十嵐の自宅マンション外の駐車場には、ロケスタッフの乗り込んできたワゴンが止まっていた。その中では先ほどのロケの映像をディレクターの「ペリー鬼頭」が確認していた。ペリーは気鋭のテレビディレクターでここ最近の委縮した番組作りに対して異を唱えている人物である。ゆえに彼の手がける番組は現在のテレビ番組の中でも異彩を放つ番組が多い。この「ザ・デペイズマン」もその一つである。
そもそも「デペイズマン」とはシュルレアリスムの手法の1つである。もともとの意味合いは「異郷の地に送ること」という事だが、意外な組み合わせをおこなうことによって、受け手を驚かせ、途方にくれさせるというものである。この言葉をコンセプトにしたのが、この「ザ・デペイズマン」である。例えばクラブのDJとラッパーを葬儀に潜入させ、木魚の代わりにターンテーブルを回し、お経の代わりにラップを披露するといった企画ロケがあった。さすがにこのロケは喪主一家の抗議により失敗に終わったが、こういった不謹慎すら無視して笑いにする番組なのだ。
今回のロケでは「潔癖症の男×無数の野良猫」というデペイズマンをテーマにしたロケで、企画会議には相方の一条も参加していた。
「あいつ潔癖なんすよ」
番組の中でも恒例になってきたパンク五十嵐のドッキリ企画。その企画会議では毎回彼をどう騙すか?、というよりどう驚かせるか?を重点に企画が練られる。過去数回のネタと被らないように構成作家たちがネタを試行錯誤する中、一条の一言が会議を大きく進展させた。
「あいつ潔癖症で、ほんとその辺うるさいんですよね。前にあいつんちでポテチ食べた手でリモコン触ったらすげー怒られて。だからなんか逆にあいつの家汚してやろうとかって思って」
こうして考えられた企画が今回のドッキリ企画。何とはなしに言った、思った事が良かれ悪かれ実現してしまうのがテレビの恐ろしい所である。そして実行されたロケは成功。一条の欲しかった五十嵐のリアクションも撮れ、ペリーも満足そうにVTRチェックをしている。そこに息を切らし、駆け込んできたAD。
「ペリーさん、大変です!五十嵐さん猫アレルギーだったみたいです」
「え?何アレルギー?」
「猫アレルギーです。今鼻水とくしゃみが止まらないみたいで」
「ったく、しょうがねぇな」
ペリーはトレードマークのサングラスをかけ、五十嵐の自宅にADと共に向かった。
scene #4
ペリーとADが五十嵐宅の玄関の扉を開けると、中から二人の怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら二人は今回のロケのことで口論になっていたようだ。残されたADも二人のあまりの怒りっぷりにどうすることもできず、ただ部屋の隅でじっとしているだけであった。
「お前知ってたんじゃないのかよ!?」
「は?何をだよ?」
「俺が猫アレルギーだって事だよ」
「・・・んなこと知らねえよ」
「この前のペットショップロケで俺が猫に近づけないって話したろ?」
「そんな事覚えてるわけじゃないだろ?俺はお前の彼女じゃないんだからさ」
二人の口論は止まることはなく、過熱するばかり。
※4章は後日加筆致します。今回の更新はここまで。すみません。
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