酔いどれ兎は馬鹿に溺れる
「ふいー。」
「にんじん酒はおいしいですか?」
「愚問だな。」
「それは失礼。しかし毎日毎日トビも飽きないものですね。」
「こいつがいないともう俺は生きていけねえんだ。相棒よ、相棒。」
「相棒と言うよりも魔性の雌兎といった感じに見えますけどね。いつも酔わされてばかりで。」
「はっ。上手い事言ったつもりか?まあ、そう言われちゃ否定も出来んがな。」
「ところで、いるんですか?」
「お?何がだよ。」
「だから、そういう関係の雌兎。」
「おーおーそういう事か。一瞬言ってる意味がわかんなかったぜ。」
「あまりそう言った話をあなたから聞かないもので、実は結構気になっていたんですよ。」
「なんだよ。聞きたきゃいつだって聞いてくれていいんだぜ。言っておくが俺はなかなかのやり手だぜ。」
「そうなんですか?」
「こういうのは自分からあんまり言う話じゃねえからな。そういうのをがつがつと聞いてもいねえのに武勇伝のようにべらべらと話したがる奴もいるが、だせえじゃねえか。」
「なかなか雄気に溢れてますね。」
「おうよ。」
「聴かせてくださいよ。非常に新鮮で興味深いです。」
「そうか?そう言うなら話してやろうか。そもそもおめえ、雌と上手くやっていく為に、俺達雄には何が必要だと思う?」
「さあ、なんでしょう。フェロモンですか?」
「まあ魅力という点でそれも大事だが、一番大事なのは自分が相手にとってオンリーワンだと思わせる事だ。」
「オンリーワン?」
「そうだ。雌達ってのはな、雄達なんかより遥かに現実ってものをしっかりと見てるんだよ。記憶掘り起こしてみな。雌達がよく言うだろ。雄は皆ほんとバカばっかりだって。」
「言いますね、皆さん。まあ事実ですもんね。」
「そう。雌は何一つ間違った事は言っちゃいねえ。雄ってのは夢見がちで、現実から目をそらしがちなもんだ。それに比べりゃあいつらは真っ直ぐな道をしっかり見据えた真面目ちゃんだ。でもな、それは一匹で歩いている限りの話だ。」
「というと?」
「真人間が火遊びを覚えると、そう簡単に元の道には帰ってこれない。それと一緒だ。」
「人間と雌兎が一緒だと?」
「そこまでは言わねえ。俺達雄兎が雌兎にしてやる事は、夢を見せてやればいいって事だ。」
「夢?」
「平坦な現実ばかり見ているからこそ、ほんの僅かな夢を見せてやれる存在が横にいれば一生を変えてやれるんだよ。」
「なるほど。ショック療法みたいなものですか。」
「そんなとこだ。俺達雄は雌が言うようにバカではあるだろう。だが、愚かってわけじゃねえ。自分の為にバカは出来ても、誰かを巻き込んでどうこう出来る奴は少ない。だからこそ見せてやるんだよ。真面目なあいつらに。バカの世界も悪かねえってな。」
「バカの世界ですか。本当にそんなもので雌を落とせるのですか?」
「中途半端な覚悟じゃなく、お前だけの為にそれを見せてやるって心意気が大事なんだよ。そして自分だけじゃなくて一緒にバカを楽しんでみねえかってな。」
「押しの強いセールス販売みたいですね。」
「相手を引き付ける売り込みってのは大事なものさ。いかに自分が魅力的な存在か、そしてあなただからこそオススメですよってのを伝えてやるんだよ。こんな事が出来るのは俺しかいねえってな。」
「知らないトビの一面が見れて良かったですよ。」
「ラビ、おめえはそういうものとは無縁に見えるが、どうなんだよ正直。」
「私はそんな。一人が好きなものですから。」
「おめえにはそれが合ってるな。」
「ところで話は最初に戻りますが、結局トビには今そういった方はいるのですか?」
「最近はいねえな。なかなかこう、なんだ。ピンと来るのがいねえんだよな。」
「そうですか。でもトビ。」
「なんだ?」
「あなたには、バカな世界を毎晩見させてくれる相手がいるじゃないですか。」
「ははっ。そうだな。こいつを手放す事は当分出来そうにもねえ。」
「本当に毎日飲み過ぎなんですから。」
「俺にとっちゃこいつが夢を見させてくれるオンリーワンなんだよ。」
「だから言われるんですよ。やっぱり雄はバカだって。」
「違いねえ。」
酔いどれ兎は馬鹿に溺れる