脱出ゲーム
脚本用の骨子。多少、内容をはしょり気味。
「ここ……どこだ?」
目覚めると見知らぬ部屋にいた。
辺りを見回してみるが全く見覚えがない。
どうしてこんなところにいるんだろう?
最初に浮かんだのは適当なホテルに泊まったのではないかという疑問。そういえば昨夜はなにをしていたんだっけか?
そうだ。昨晩は学生時代からの友人たちに誘われて飲みに行って……それで?
まずい。その後の記憶がまったくない。
はっきり言ってショウはあまり酒に強い方ではない。でも昨晩は仕事の疲れでストレスが溜まっていてついつい飲みすぎてしまった。いつもならビールを3杯も飲めばやめるところを日本酒にまで手を出して……。
「やっべえな。てか、今何時だ?」
ポケットに手を伸ばしてみる。
――ない。
「あれ? 携帯どこやった?」
慌てて体中まさぐってみるがどこにもない。
それどころか腕時計もカバンもない。……サイフもない。
そこで血の気が引いた。
俺、今やばいことになってる?
「やっべえ! マジでどうなってんだ? 俺、昨日酔いつぶれてカバンとか丸々盗まれてちまったか?」
飛び跳ねるように起き上がる。
ギシっと音を立ててベッドが軋んだ。ベッドから起き上がり改め部屋を見回す。
やはり知らない部屋だ。
窓がなく、ドアは一つだけ。
部屋の中はいろいろなものでごちゃごちゃしていて統一性がない。テレビや本棚、それになにかしらの趣味に使われる道具がもろもろ。生活感はあるのに、どんな人間がこの部屋の持ち主なのかまったく読めない奇妙な部屋だ。
プレゼントの包装紙に包まれたままのものや、いかにも高そうなインテリア。何に使うのかよく分からない道具まで適当に転がっている。
配置を整理すると、ショウが起きたベッドの対面にあるのがドアで、ベッドから見て右手側に本棚、左手側にテレビがある。あとは雑多は物が部屋中に転がっている。
窓がない上に証明が薄暗いせいか部屋全体がどんよりとした空気になっている。
こんな部屋にいたら気分が滅入ってしまいそうだ。
「そこらへんカバンが落ちてたり…………しねえか」
カバンの中には結構大事な書類が入っている。
どこかに捨てられたならまだいいが、もし他企業に盗まれたんだとしたら洒落にならない。下手すれば億単位の損害賠償を求められかねない。
「さっさと警察いかねえとっ」
大股でドアに近づきノブをひね…………れない。
ガチガチと音が鳴るだけでビクともしない。
「おいおい……マジか。もしかして、俺閉じ込められてる?」
冷や汗がつーっと背中を伝う。
昨晩の記憶がない上に、知らない部屋に監禁。
犯罪の匂いが濃厚だ。
「くそっ、どうなってんだ? 俺なんか監禁してなんの得が……」
競合になっているプロジェクトのライバル会社の仕業か?
いや、額こそ大きい事業ではあるが犯罪のリスクを覚悟してまで取るようなものじゃない。
なら、個人的な恨み?
自分で言うのもなんだが、監禁されるほどの恨みを買った記憶はない。万人に好かれているなどと言うつもりは欠片もないが恨まれるほどのこともない。
いたって平凡な人生だ。
「くそっ、わけがわからんぞ。どうすんだよ。どうすればいいんだ? いっそのことドア壊しちまうか? なんか良いのねえかな?」
ふと視線を下ろしてみるとドアの近くに奇妙な文字が。
『喝采の時はきた』
紅い、おどろおどろしいフォント。
ペンキかなにかでドアに直接書き込まれたものだろう。
「ははっ…………なんだよ、これ……」
声が震えた。
ヤバイ気配がしてきた。
尋常じゃないことが自分の身に起きている。
心臓が早鐘を打つ。べっとりとした汗が全身からじわじわと湧いて来るのを感じた。
「わけわかんねえよ! どうなってんだよ! ここはどこなんだよ! 俺、なんで閉じ込められてんだよ!?」
怒鳴り声はむなしく響くだけで返事はない。
荒れた呼気だけが妙に耳朶を打つ。
千々に乱れていく感情とは裏腹に、静寂はただただ深くなっていく。
頭が混乱する。意味が分からない。
苛立ちが心を支配していく。
「――――ッ! ……はあああ…………」
深呼吸。
そうだ。
深く、深く、深く。息を吸って…………吐く。
繰り返す。幾度、繰り返す。
「うしっ。なんかよく分からんことになっとるが、ひとまずは落ち着こう。まずはそっからだ」
こんな状況で冷静さを失くしたら本当におしまいだ。
まずは心を落ち着けて、
「まずは部屋を見てみるか。どっかに鍵とか落ちてるかもしれんし」
パっと見た感じ、扉の鍵穴は内側にもある。
つまりは、この扉は内側からも鍵を開けられるということ……かもしれない。
希望的観測は恐いが、可能性の一つとして持っておくことは重要だ。
そして気になるのが、
「これ、よく見たら紙が引っ付いてるのか」
扉に書かれた奇妙な文字。
さっきは動転していて扉に直接書かれていると思っていたが、よく見ると紙に書かれているものだ。しかも四隅を適当にテープで貼り付けてあるだけ。
気味が悪いな。と思いつつも、もう一度よく見てみる。
べったりと赤いペンキで書かれた文字。言葉の意味は分からないが、強いメッセージ性を感じる。
「ん? これよく見てみると、裏になんか書かれてるぞ」
扉から紙をひっぺがし裏返すと、
『さあ、ゲームをしよう』
視界を埋める大きな文字。
その挑発的な文字に思わず心がズクンと震えた。
『さあ、ゲームをしよう。
君はある罪を犯したため、この部屋に閉じ込められている。
君の大事なものは全てこちらが預かっている。
返して欲しければ、君はその部屋のあちこちにちりばめられた謎を解き、
この部屋から脱出しなければならない。
全ての謎を解いたとき、君は鍵を手に入れ、真実を知り、己の罪に震えるだろう。
そのときの君を見るのが愉しみだ。
では、前置きはこの辺にしてゲームを開始しよう。
まずは、扉の横にある黄色い箱を開けてくれ。全てはそこからだ』
「ゲームだあ? やたらと挑発してきやがるなあ」
ボリボリと頭をかく。
なんだかよく分からんが、自分をここに閉じ込めた相手はゲームがしたいらしい。さらにこっちがなんかしら罪を犯したと言っているが正直ショウには身に覚えがない。きっぱり無視してドアを破壊して出て行くのもいいが、わざわざ監禁してゲームなんてものを仕掛けてくるような奴だ。
力任せな行動に出ようものならなんかしらのペナルティがあるかもしれない。
「なんか言いなりになるのは気に食わんが、まずは従ってみるか」
紙に書かれた通り、扉の横の黄色い箱を探す。
箱はすぐに見つかった。
開けてみると、中にはデジタル式の時計が一つと紙が一枚。
時計は『2時30分』を示している。
そして紙には、
『終焉と始まりを支えるもの。知識の下に道しるべは眠る』
「謎解きってわけかよ……」
なかなかに趣向を凝らしている。
文面から察するに、謎を解くことで次の謎が手に入る仕組みだろう。そして全ての謎を解けば鍵が手に入り、この部屋から脱出できるというわけだ。
無理やり監禁してきたような奴が相手だから無事に脱出できるのかは分からないが、少なくとも今はゲームに付き合う他ない。
さて、謎解きをするわけだが問題が一つ。
「俺、この手のなぞなぞ苦手なんだよなあ」
頭を使うのが苦手……というわけではないが、ショウは発想が柔らかいタイプではない。基本的には経験や知識を応用して問題を解決するタイプだ。
いわば努力の人間であり、感性やセンスに頼るような類は苦手なのだ。
「まずは考えてみっか……」
文面を分解してみる。
まずは「終焉と始まりを支えるもの」。これは文字通りに世界の終焉を指しているわけじゃないだろう。なにかしらを比喩した表現なのだろうが気になるのは「終焉と始まりを」のくだりだ。
普通、こういう場合「始まりと終焉を」と書くはず。なのにこれはあえて終焉を先に書いている。つまりは、この文章が指すものは終焉から「支えるもの」なのだ。
終焉はなにかの終わりを指す言葉。なにかを終わらせるときに使って、なにかを始めるときも使うもの……?
「スイッチとか……?」
たとえば証明とか、テレビとか……。
探してみる。
両方ともすぐに見つかったが、特になにもくっついていないし書かれてもいない。試しにスイッチを入れてみるがどちらもオンオフが出来る以外に使い道はなかった。
「スイッチはハズレか……? つか、知識の下にってくだりに繋がらんしな」
そうだ。『知識の下に』というフレーズについても考えなくてはいけない。
知識……と一言に言ってもなんの知識を言っているのかが分からない。
広い意味で知識となると、もう範囲が広すぎてどう考えればいいのやら……。
「知識……。知識ねえ……。知識っていうと頭が良いってことか? 頭良い奴ってのは…………勉強が出来るってことで、勉強するには本を読むよな。……ん? 本?」
そこでハっと閃く。
本といえば……
「しおり! 本を読み終わるときに使って、読み始めるときに使う!」
本棚に駆け寄る。
片っ端から本を振ってしおりが入っていないか確かめる。
四冊目を振ったところでしおりがひらりと舞う。
「あった!」
本を投げ捨て、しおりを拾ってみる…………が、
「ただのしおりだな……」
本を買ったときについてくる安物の紙のしおり。
裏返したり曲げたりしてみるが、なにもない。
他のしおりかもしれないと思って探してみたが、結局出てきたのはそのしおりだけだった。
「これもハズレかよ…………。参ったな、結構自信あったんだが、これも違うとなるとやべえぞ」
考え方が根本から間違っているのか?
難しく考えすぎている?
「あぁ~ッ! ダメだ。ちと休憩。いったんリセットしよう」
ベッドに寝転がる。
マットレスが悪いのかあまり寝心地は良くない。まくらもごわついている。
「う~ん、このまくらかてえな。なにで出来てんだ?」
よくこんなもので寝ていたなとため息をつきつつまくらを掴んでみる。
ショウは結構ふとんやまくらにはこだわる方なので固いふとんだとどうも気になってしまう。
「ん? なんか裏についてる」
指先にかさっと違和感。
裏返してみると、
「おいおい……」
小さなメモ用紙がついていた。
ひっぺがしてみると、
『秋から始まり、春、夏、冬となる。「赤」を調べよ。道しるべはそこに』
次の謎が見つかった。
「マジかよっ! てか、なんでまくらの裏? 謎解きと関係ねえじゃ…………いや、待てよ? あるのか。そうか……そういうことか」
『終焉と始まりを支えるもの。知識の下に道しるべは眠る』
終焉と始まりというのは本当にその言葉の意味だったのだ。生活の終わりと始まり。つまりは就寝だ。それを支えるもの――ふとん。そして、知識というのは人間の頭のこと。その下にあるのは…………まくらだ。
「夜に寝て、朝に起きるから、終焉から書いてたわけか。おまけに最後に眠るってのもヒントだったんだな。くっそ」
まったく分からなかった。
やっぱり自分はこういう謎解きには向いていない。
少しブルーな気分になるが、いつまでもしょげていられない。次の謎解きはもう始まっている。
「うしっ、気を取り直して次の考えるか」
次は『秋から始まり、春、夏、冬』ときた。おまけに次が『「赤」を調べよ』ときた。季節の順番がめちゃくちゃで、おまけに次は関係のない色。どういうこっちゃ?
ひとまず、このでたらめな季節の順には意味がある。それを解かないと次の赤の意味が分からない。
「秋から始まってるのに、次が春……、夏、冬……ってことは秋だけ順番がおかしいのか? いや、普通春から始まるよな? ってことは全部おかしい? 秋……あき…………しゅう、しゅん、か、とう……違うか」
読みを変える?
全部ひらがなにしてみる?
漢字を分解する?
言い換え?
いろいろと試してみるがどうもパっとこない。
「秋……あき……空き? から始まって、はる……貼る? なつ……ナツって他にいい様ないしな……」
五十音順ってわけでもない。
これ、一体どういう順番なんだろうか?
「う~ん、もしかして重要なのは後半だったりするのか?」
『「赤」を調べよ』
「ん? なんかこの文章変じゃね?」
赤を、調べよ?
季節と色という繋がりの悪さのせいで気にしていなかったが、そもそも赤を調べるってどういう意味だ? 赤は赤でしかないような気がするんだが……。赤って言葉の語源を調べるってことか?
「調べるたって、携帯ねえからネット繋がらんしパソコンもないしな」
そこでさっき荒らした本棚のことを思い出した。
「そういや辞典があったか……」
転がっている辞典は国語辞典と広辞苑、それに英和辞典。
英和………………英語? 英語!
「そっか、英語だ! 秋はAutumn、春はSpring、夏はSummer、冬はWinterだから順番が合う。つまりは英和辞典で赤を「RED」を調べればいいんだ!」
本棚から英和辞典を引っ張りだして「RED」の項を調べる。
「R……R…………E……あった! …………紙が貼ってあるな」
ゆっくりとページを破かないように慎重に剥がす。
紙には、
『罪人よ。旅路を今一度確認せよ。悪魔の記録は東にある』
またも謎掛け。
「なんか、どんどん難しくなってねえかこれ?」
もう謎掛けの意図すらほとんど分からない。
旅路を確認せよってなにをすればいいんだ? というか、悪魔の記録って……。
意味不明度合いがレベルアップしすぎていてショウの頭はもうショート寸前だ。
「無理! 一旦、リセット。さっき休憩しようと思って出来なかったし今度こそ休憩だ、休憩」
ベッドに転がる。
やはり寝心地は良くない。
まるで檻に放り込まれた囚人のような気分になってくる。
「そういや、最初の紙に罪を犯したって書いてたよな。俺がなにしたってんだ?」
改めて思い返してみてもちっとも浮かんでこない。
そりゃ、世界の誰にも嫌われたり不快な想いをさせたことがないとまで言うつもりは一切ない。人間として普通に生きていれば誰かとすれ違ったり反発し合うことだってあって当たり前だ。
だからといっていきなり監禁された上にへんてこなゲームなんぞを仕掛けられるようなことをした覚えはない。
テレビで脱出ゲームなんかを見て面白そうだな。俺も参加してみたいなと思ったことはあるし友達にも話したことはあるが、それは納得した上での話であっていきなり記憶にも残らない形で監禁されることじゃない。
「てか、俺気絶してたんだよな。ってことは、気絶したまま何日も眠ってたってこともありえるかもしれねえよな。時計もカレンダーもねえわけだし……いや、待てよ。時計はあったよなそういえば」
最初に開けた黄色い箱にデジタル時計があったはず。
あれはどこにやった?
体を起こして探してみると箱は扉の近くに転がっていた。
拾い上げて中の時計を取り出してみる。
『01:12』
「ん?」
見間違えたかと思いもう一度見てみる。
『01:11』
時計はチカチカと点滅しながら時間を示している。
「ちょっと待てよ。最初見たときは二時半だったよな。なんで時間が戻ってたんだよ。てか、今さっきも一分戻ったよな」
時間が逆転するなんてありえるのか?
いやいや待て待て。冷静になれ。
時間が戻るなんてありえるわけがない。ということは、これは時計じゃなくて……
「タイマー……? ってことはこれ、制限時間かよ!?」
『さあ、ゲームをしよう』
そう書いてあった。
クイズ番組は大抵早押しか制限時間がある。
そして、ペナルティも。
「やべえ! あと一時間ちょいしかねえ!? 二問解くのに一時間ちょい使ってるから、この調子だとあと二問しか解けねえってことじゃねえか。休んでる暇なんかねえぞ!」
飛び上がる。
全身からブワっと汗が吹き出た。
ゲームの説明にはペナルティについてはなにも書かれていなかった。向こうのミスというより、あえて記載しないことでこっちの恐怖を煽るのが目的だろう。
最悪の場合、一生この部屋から出られないってこともありうる。
それにペナルティなんてなくてもゆっくりしている場合なんてないのだ。
今はまだ大丈夫だが、空腹や便意に襲われたらもうまともに思考することは不可能だ。そうなったら謎を解くなんて出来ない。結局は一生出れなくなる。
「考えねえと……いや、その前に冷静にならないと。少しでも呼吸を落ち着けて、考えが固まらないように……」
苛立たしげに部屋をうろうろと歩く。
脳内ではいろいろな考えが浮かんでは消えていく。
罪人というのは多分自分のことだ。最初の紙にも罪を犯したと書かれていたのだからまず間違いない。では、旅路とはなんだ? 今、部屋に閉じ込められているのだから旅なんてしようがない。これは比喩なんだろう。そして悪魔の記録だ。悪魔がなにを指すのか分からんが、記録というのだからメモとかノートとかそういうものだろう。
それに東といわれてもこの部屋の中じゃどうやっても方角なんて分からない。方位磁石がどこかにあるのかもしれんが、きっとそういう物理的な意味での東じゃないんだろうと思う。例えば、北を上とするなら東は右だ。なんかしらを北に例えて右手にあるって意味じゃなかろうか? いや、わからんけど。
「普通、道を確認するなら地図がいるよな。でも地図なんかねえし道ってなんだ? なにが道なんだ? それに今一度ってことは俺はその旅路を一回は確認しているってことなるのか? じゃあそれはいつだ?」
ぶつぶつと言葉が漏れる。
口に出して考える方が自分の中に落とし込んでいける。
筆記具がないのでメモを残せないのが本当に辛い。
「そういや、道しるべって文字が今回からないな。これも関係してるのか? ってことは今までは道しるべに従ってたわけで、それが旅路?」
言いつつ、部屋の中を歩き回る。
まずはベッドから扉へ。ついでまたベッドへ。そして本棚。
くるっと振り返ってみると正面にはテレビがある。さっきスイッチを点けてみたがなんの変哲もないただのテレビ。
ついでなんでそっちまで歩いてみる。
別になんか変わるわけでもない。
「えっと、ベッドからドアへ移動して……んで、戻って本棚行って」
自分の歩いた順に指差し確認。最後に本棚から今いる場所へ。
脳内で部屋の配置を考えて歩いた道を確認してみる。
「ん? んん~?」
もう一度、歩いた道をトレースしてみる。
道を線で描いてみると、「4」みたいな図形が出来上がる。
「地図によく書いてあるアレだよな……? ってことは4の頭の部分が北になるわけで……」
丁度、今自分がいるところが東だ。
振り返る。
テレビがある。
しゃがみこんで覗きこんでみる。
さっきは見逃していたが、テレビ台の中には大量のDVDが詰まっていた。一本一本抜き出してみると、一本だけ明らかに手書きで書かれたパッケージに「悪魔」と一言書かれたものがある。
「これ、か……?」
箱を開けてみると、DVDが一枚。
すぐ近くにプレイヤーがあったので再生してみる。
…………。
…………………………。
真っ黒い画面が続く。
ハズレだったのか? そう不安になりかけた瞬間、ガチャガチャ! と大きな音と共に画面に大きくオペラの仮面が映し出される。白い、人を小ばかにしたような笑い顔の道化面。それがすうっと引いていくと、面を付けた黒服が出てきた。ローブのようなひらひらしたものを着ているので、性別が全く読めない。
『やあ、私のプレゼントは楽しんでくれているかな? この映像まで辿りつくとはなかなかに大したものだ。正直、君はここに辿りつく前に時間切れになると思っていたよ』
音声処理がされているのか、妙に低い声が響く。
『その非礼を詫びよう。だが、時間はもうそれほど残っていないんじゃないかな?』
くすくすと楽しそうに肩を揺らす道化。
チラっとタイマーを確認すると残り時間は40分だった。
『説明するまでもないが、あえて言わせてもらおう。君をその部屋に監禁したのはこの私だ。君は恐らく自分がどうしてこんな目に遭わなくてはいけないんだと疑問に思っているだろうが、それ自体が罪なのだと認識して欲しい。君は人の心を踏みにじっているのだ。それが君の罪だ』
心を踏みにじる……?
誰かを傷つけたことなんて…………ないわけじゃない。が、言い訳するつもりじゃないが誰だって大なり小なりそういうことはあるんじゃないのか?
『そこへ監禁したのは君に罪を自覚してもらうためさ。君は他人へは強要するのに、自分は関係ないという顔をするのが実に気に食わなくてね。一度、君には自分のことを知ってもらうことが必要だと思ったわけだ。これは私なりの愛情だと受け取ってもらえると嬉しい』
くつくつと漏れる笑い声。
おかしくて仕方ないと言わんばかりのその声音に怒りがぐつぐつと煮えたぎってくる。こんなおかしな奴に自分は監禁されているのか。理不尽な境遇にただひたすらに苛立ちが募る。
『では、余計な話はこれくらいにして本題へと入らせてもらおうか。これからはエクストラクイズだ。じっくりと考えてくれたまえ。ではいくぞ?』
一拍空く。
おもわず唾を飲み込んだ。
『……物事に囚われてはいけない。必要なのは全てを忘れることである…………以上だ』
「――なに?」
これは謎掛けなのか?
ただのメッセージのようにしか思えないんだが。
『では、クイズを楽しんでくれたまえ。どうしても解きたいというのであればこのテレビの裏にヒントを用意してある。是非活用してくれ。では』
言いたいことだけ言ってしまうと映像はブツンと唐突に切れた。
黒い画面を見つめながらしばし固まる。
「…………は? どういうことだ、これ……?」
問題が全く分からない。
というかどうなれば正解なのかすら分からない。
いや、待て。物事に囚われてはいけないと言われたじゃないか。つまりは、この問題は柔軟な発想をしないと解けない問題なのだろう。
必要なのは全てを忘れること。
忘れるってなにをだ? わざわざ全てと指定してきているということは
どうすればいい?
「ああ~っ! とりあえずヒントだ! ヒント!」
時間もないことだしさっさとヒントを見てしまおう。
テレビの裏を覗き込んでみるとダンボールの箱が置いてある。手に取ってみる。
――軽い。
振ってみるがほとんど音がしない。
音から察するに紙となにかやわらかいものが入っている。
考えていても仕方ないのでさっさと箱を開けてみると、
「は?」
女物の下着が入っていた。
はっきり言ってしまうとパンティーが入っていた。
「え? ……え?」
一緒に入っていた紙には、
『かぶれ』
とある。
「いや、待てよ……え?」
視線が箱の中に戻る。
女物の下着が入っている。
はっきり言ってしまうとパンティーが入っている。
「え?」
紙を見る。
『かぶれ』
とある。
「いやいやいや! ねえよ! ねえから!」
箱の中には女物の下着が入っている。
はっきり言ってしまうとパンティーが入っている。
そして紙には『かぶれ』の文字。
「……………………」
この部屋に閉じ込められて一番の窮地に陥っている気がする。
さすがにこの事態は想定していなかった。
というかなんなんだこれ?
かぶれ? いや、無理だし!
てか、なんで下着? かぶれとかおかしくない?
というかこれがヒントってどういうこと?
「いや、待て待て。問題は物事に囚われるなって言ってたよな……。つまりは下着を被るなんて変態だ、なんていう考え方に囚われていてはいかんってこと……なのか? いや…………え?」
さっきより混乱してきた。
かぶったほうがいいのか? それともかぶらないほうがいいのか?
この部屋には窓がない。
つまり外から見られることはない。
例えかぶったとしても変態のそしりを受けることはない…………はずだ。
もし、見られていたら…………死ぬしかない。
「やるしかない……のか……」
問題の答えなんて浮かばない。
そしてヒントがこれなのである。
時間もない。
いや、でも人としてどうなの?
いや、でもこれがヒントである以上はやるしかない。
悩む。
悩む。
悩む。
悩んでいる時間がもったいない……か。
ならば――
「――――ッ!」
おそるおそる下着を掴み。
それを。
かぶった。
…………。
……………………。
……………………………………。
「なにも起きねえじゃねえかよ!!」
下着を思い切り床に叩きつける。
むなしい!
ひどくむなしい!
そして、なにか大事なものを失った気がする。
「くっそ! 嫌がらせか!? 嫌がらせなのか!? なんの意味があるんだこれ! てか、残り時間はどうなってる?」
『00:12』
「うおおおおおおおおッ! めっちゃ時間なくなってるじゃねえか! パンツに時間掛けすぎたあああああああああああああああああ!!!!」
ちょっと前の自分を殴りたい。
いや、殺したい。
「どうすんだよ!? なにも分かってねえぞ! 変態になっただけだぞ! まじどうすんだよ!?」
理由もなく部屋の中をうろつく。
腹が減って徘徊している熊のようだ。
「あああああああああ! ムカツク! もうやってられっか! ドアぶっこわしゃいいじゃねえか! もう知るか! 知ったことか! 俺は出るぞ!」
ズカズカと扉へ向かう。
謎解き? はっ! もう知ったことか!
ここまでバカにされてもう大人しく従っていられるか。謎を解いたからといって無事に帰れる補償なんてどこにもないのだ。
どうせこのまま考えていたって時間内に答えが分かるとは思えない。
正直、今までだってほとんど偶然で答えが分かったにすぎないのだ。
ドアノブを握る。思い切り捻りながら引くなり押すなりしてぶっ壊してやれば……そう思って捻った瞬間。
「おろ?」
ノブは簡単に回った。
するっと。あっけなく。
もしかして手が滑ったのかと思い、両手で握って回してみるとあっさり回る。
「さっきは、動かなかったよなあ?」
鍵が開いている。
何時の間に開いたのか?
というか、謎も解いていないのにどうやって?
さっきまでは無理にでも出てやると意気込んでいたが、こうもあっさりと開いてしまうとつい警戒してしまう。
「いや、迷ってもしょうがないか。どっちにしろ時間が来たらアウトなんだし出たほうがいい」
意を決する。
ノブを捻り…………一気にドアを開ける。
刹那!
パンッ! パンッ!
炸裂音が響く。
――銃声!?
撃たれた?
思わず目を瞑り身をよじる。
俺は死ぬのか?
胃の底から冷たいものがあふれ出し、背骨を通して体に流れていく。
膝がガクガクと震えて立っていられない。
恐怖で体が硬直する。
「「「ドッキリ成功! おめでとう!」」」
直後、気の抜けた明るい声が響く。
「はい!?」
とっさに目を開ける。
視界に映るのはひらひらと舞うカラフルな紙片と、満面の笑みを浮かべる見慣れた友人たちの顔。
「ヒロ! コバ! それに、タカコまで! お前ら一体……?」
昨晩、飲みに行った三人組だった。
わけがわからずおたついていると、三人は耐えられないとばかりに吹き出す。
「ぶっは! やべえ、めっちゃマヌケな顔!」
「ショウがこんなオタオタしてるの初めて見たかも!」
「いやあ、良いもの見せてもらっちゃったわ。アタシも協力して正解だった」
「? ? !?」
なんだこの軽いノリは?
というか、なんで三人がここにいる?
いやいや、待て。さっきこいつらはなんと言った?
そう……ドッキリって言っていたような。
「ドッキリ? だと」
「正解!」
お調子者のコバがビシっと指を刺す。
「いやあ、見事最後の謎を解いたわけだ。時間的にもギリじゃん」
「だね。時間切れだったらアタシらが部屋に乗り込むつもりだったんだけど、おしかった」
「というか頭の固いショウが解けるとは思ってなかったんだけど意外だったね」
のんきに話を進めようとする三人。
「待て! 待てって。ドッキリだ? おかしいだろ……おかしいだろ? なんでそんなわけのわからんことを」
「いや、だって今日はお前の誕生日じゃん」
「は?」
「ほれ」
言いながらコバが携帯を放り投げてくる。反射的に受け取ると自分の携帯だった。
画面を見てみるとたしかに今日は自分の誕生日のようだ。
「それと……ドッキリとなんの関係がある」
「だってさ。ショウってばアタシらの誕生日にはやたらサプライズのイベントを放り込もうとするくせに自分の誕生日は決まって仕事だ~とか、予定が別にあるから~とかで付き合い悪くてなんもさせてくれなかったじゃない?」
「なんかそれってムカツクよねって話になったんで、今度は俺らでとんでもないサプライズを用意してはどうかってなって」
「ドッキリを仕掛けたってわけだな。ほら、前に脱出ゲームとか参加してみてえなみたいなこと言ってたろ? だからやってみたわけよ。ちなみにその部屋とこの建物は俺の会社が管理している物件の一つで、ここ一週間ほど丸々借りてんだわ」
「おまけにどうやってここに運び込んだのかって言うと、昨日の飲みの最中に睡眠薬を盛ったわけ」
「は、はははっ……」
空笑いしか出ない。
「つまり、アレか? お前らは俺をドッキリにハメるために、建物丸々一個貸しきって、人に睡眠薬を盛ったあげく、あんなわけの分からんゲームをやらせたと?」
「「「うん」」」
三者三様に頷く。
「あはは…………お前ら、バカだろ」
「まあ、どっちかというバカかな?」
「バカだな」
「否定はできないわね」
参った。
こいつは参った。
なんともバカらしいことに踊らされたもんだ。
しかしまあ、なんというか……面白い連中だ。
自分の友達なだけはある。
「まったくっ! バカなことしやがって。さすがだわお前ら」
三人はニっと笑う。
人生、それなりに生きてきた。
もう社会人としても一人前になってきた自信もある。
だっていうのに、この歳になってまだこんなバカをやってくれる友人がいるなんて嬉しいことじゃないか。もう、笑うしかない。
「よっしゃ、そんじゃ記念すべき三十代の門出を祝って今日は飲むか!」
「「「おう!」」」
パチンと手を叩き合う。
まるで学生の頃のような軽くて楽しいノリ。
仕事に追われてなんとなく生きている日々。
だっていうのに、こいつらと一緒だとこうも楽しい。
まだまだ人生。捨てたもんじゃない。
「ほらほら、さっさと飲みに行こうぜ」
飲みとなると俄然やる気を出すヒロがせっかちに呼んでくる。
それを見ながら足早にみんな歩き出す。
「あ、ちょっと待て。最後の問題について解説してくれねえか? てか、なんでドア開いてたんだよ?」
歩き出そうとする三人の背中に問う。
「ああ、なんだ分かってなかったのか。てっきり分かって出てきたんだと思ってた」
「あん? どういうことだよ?」
「最後の問題って、DVDのこと言ってるんでしょ? あれ、問題じゃないわよ」
「は?」
「DVDでも言ったと思うけど、エクストラクイズだって言ってたでしょ? 実は、DVDが流れるときにでかい音が鳴ったと思うんだけど、あのときにドアの鍵を開けてたんだよね」
「まあ、ようするにDVDを流すってところでゴールなのよ。あとはドアが開いてることに気付いて出るだけってこと。だからエクストラクイズなのよ」
「じゃあ、解く必要がないってことか?」
「だから、物事に囚われずに全部忘れろって問題になってたろ? 鍵がかかってるってことに囚われずに、やった謎解きのことは全部忘れてドアへいけばよかったんだわ」
「……ひっかけかよ。最後の最後でそれってどうなんだ?」
「でも、解けなかったろ?」
「………………まあな」
見事にひっかかったマヌケとしては反論のしようがない。
「じゃあ、あのヒントはなんだったんだよ!? ひっかけならいらねえだろ」
「いや、あれは……な?」
「うん……ね?」
コバとヒロがお互いに視線を送りあう。
すると、タカコがちょんと肩を叩いてきた。
「あ、それについてはアタシから説明するわ」
「なんだ?」
「実は、あの部屋の天井とか本棚とかにカメラを隠してあってね」
「……おい、待て」
「ショウの面白い映像が取れるかなあって思ってついやってみたんだけど」
「マジで待て。ちょっとヤバイぞそれ!」
「アタシとしてもちょっとやりすぎかなって思ったからちゃんとショウが喜ぶサービスをつけておいたわ」
「いや、いらねえよ! てかそんなことよりメモリーを」
「最後のパンツ。あれ、アタシの脱ぎたてだから」
「はあ!? マジか!?」
「さあ~って、どっちでしょ~?」
ケラケラ笑いながらタカコが走り去る。
その背中を呆然と見ながら苦笑。
なんとも、最後にとんでもない謎解きが待っていたもんだ。
こんなのどうやって解けっていうんだよ?
なあ?
愉快な夜は続く。
もう少しだけ。酒宴にのせて。
End
脱出ゲーム