『邪精霊の心』

 プロローグ

 ようやく終わったか。
 ビルはところどころ崩れ、あたりには水たまりがあったり、水が噴き出しているところもあった。
 目の前には生きているものがいない静寂で包まれている。
 だと、良いんだがな……。
 俺は家へ帰ろうと後ろへ向いた。
 隆起したコンクリートを一足とびに乗り移る。
「!」
 その精霊は、5メートルの水玉を空に浮かべていた。
 隠れていたようだ。長呪文のため、時間がかかったのだろう。
 大きな水玉の下に、小さな水玉が見える。
 あれがこの大きな規模の魔法を使っている邪精霊だ。
「そんじょそこらの対精霊師と思ってはこまる」
 俺はそいつにそう告げて、ナイフを取り出した。
 勝負は一瞬。
 これは、長時間戦うと俺が不利になるかとそういう意味ではない。
 俺の技は、一瞬で終わるのだ。
 精霊の目は分からないが、睨み合っているのが分かる。
 ――バギン、バシュウウウ
 水道管の破裂音。と噴射音。
 それが合図だった。
 巨大な水玉が一瞬で迫る。
 おそらくこの水玉は高速回転しており、その渦は岩をも削る力を持っている。
 それを受けたら、俺だってただではすまない。
「ま、当たらなければどうということはないがな」
 俺は手首だけの動作でナイフを投げた。特殊なナイフだ。
 超自然現象のような魔法を使えない俺にとって、これは唯一の技。
 だが、それで十分だ。
 物理は精神を超える。
「……ガ……ハ……」
 この声はその精霊の声なのか?
 みんな当たり前のように精霊の声は聞こえないと言ってるが、俺の勘違いか?
 まあそれはいい。あとで考えればいいことだ。
 俺のナイフが切り刻む音は聞こえない。
 が、かたちを崩され、消滅していく様子が見られた。
「……ク……ソ」
 ――タン!
 俺は地べたを踏み鳴らした。
 瞬間、大きな水玉と小さな精霊ははじけ飛ぶ。
 あっけない最後だった。
 霧散した精霊のところから、小さな黒い玉が転がり出た。
 それも回収しなくては。
 といっても、これでなにか起こるわけじゃない。
 だからほとんどの人は集めてなかった。
 貧乏性だな。
 さてこれを拾ったら、百個目になる。
 なにか起こればいいな。
 俺は前かがみになってそれを拾い、99個入ってる袋に入れた。
「…………」
 なにもおこらな……ん?
 黒い玉は合体しはじめた。
「お、お」
 収束して、一つになる。
 その瞬間、大きな光を発して、水色の玉になった。
「おお!?」
(――)
 俺は慌てて振り替える。
 誰もいない?
 いま一瞬、なにかの声が聞こえた気がする。
 聞いて分かったが、なにか格の高い声だった。
「いったい」
 袋には小さな金色に輝く玉がひとつあった。
 この金色の玉となにか関係あるのか?
 振ったり触ったり、……さすがにペロペロはしなかったけど、うんともすんともそれは言わなかった。
 このことを他のみんなに話した方がいいのだろうか。
 だけど、絶対あいつた、頭おかしくなったと言ってくるはずだ。
 くそ、ほんとなのに。あいつら……。
 まあいい。とにかく大事にとっておこう。
 俺はそれを胸ポケットに入れておくことにした。
 袋じゃこころもとない。
 と、言うわけで。俺――大久保千尋は、今日の仕事も無事終えた。
 この玉はなにに使えるか分からない。
 でも、もしかしたら、もあるかもしれない。
 俺はこの手で街の人々を守りたい。
 ゆくゆくはこの街を出て、各地の邪精霊を狩るつもりだ。
 それまでは、俺のできることをしていくつもりにしている。

 章 災害と精霊

 災害のほとんどは、精霊がもたらす。
 これは周知の事実である。
 災害は、地球の平衡力を保つために行われる精霊の魔法だ。
 精霊は高位の能力者でもなかなか見えない。それほど神聖な存在だった。
 だが、今世紀になってから、明らかに精霊は人間を狙って動いていた。しかも、邪悪な色を見せていて。俺たち普通の能力者でも、彼らのかたちが見えるし、戦うことも出来ていた。
 この異常事態に、俺たち能力者は、やむなく精霊を倒すことを決めたのである。
 高位の能力者たちはこぞって、精霊界に接触しようとしている。しかし、精霊との言葉を交わすのも大変難しい作業。困難を極めた。
 このままでは暴走した精霊たちの災害によって人類は滅びることになるかもしれない。
 それで俺たちは、やむなく精霊たちと戦うことになったのである。
 たとえば、そう、この爆発も、精霊のしわざかもしれない。
 いや絶対そうだ。そうにちがいない。
 そう、だよね?
 ――ドゴオオオオオオオオオオオオン
 フライパンの上に乗った卵が、爆弾のように爆発し、キッチンを真っ黒に汚している。
 なんでだ? なんで俺が料理すると、フライパンの上に乗った食材が爆発するんだ?
 俺は料理苦手なドジッ息子じゅないぞ!
 なんで火の調理に限って、料理が爆発するんだ?
 種も仕掛けもないぞ。
 これは近くのスーパーで買ってきた食材だ。まさか店員さんが爆弾を仕込んだというわけではないはず。そんなお店、いったいどんなお店だ!
 卵だけじゃない。キャベツも人参も、爆発してしまう。
 俺はフライパンに呪われているのか?
 まさか、前世が?
 そんなあほなことあるか。いったいどんな前世だったんだよ!
 ――ドタドタドタドタ
 隣のうちから大きな足音が聞こえてきた。
 この音は、斉藤静香の足音だ。
 俺の幼馴染でボクッ娘。男勝りなくせに、クマの人形が好きで、それを集めまくっている。これはたぶん、俺の部屋へ行く準備をしているのだろう。
 ああ、怒られる。
 俺は情けなくなって、キッチンを見る。
 このこげ、落ちるんんだろうかな。いやだなあ、また掃除しないと。この変なスキルのせいで、掃除のスキルが上がってしまったよ。
 精霊のやつらめ。
 とにかく精霊のせいにしておいた。
 もちろん、これを理由に戦いはしないが、食べ物の恨みは恐ろしい。
 それを知っておくべきだ! 邪精霊たちよ!
「アッハッハッハッハ……はぁ」
 ――ガチャ
 幼馴染の静香がチャイムを押さずに入ってきた。
 なんど言っても聞かない。いい加減にしろ。と、心の中で愚痴る。
「千尋! なにやってんだ! フライパンで料理するならボクにお願いしろとなんども言ってるじゃないか!」
 静香はハムエッグの乗った皿を机に乗せて、キッチンをじっと見る。
 茶髪で短い髪の毛を右手でパサッとたなびかせる。ああ、怒ってるときの反応だ。
そして、左手で俺を指差した。
「火事になったらどうすんだ! そこで正座しろ!」
「はい……」
 理不尽だ。おれが悪いわけではないのに。
 せ、精霊のせいなんだ。
「なんどもなんども言うけど、なんでフライパンを使おうと思った?」
「ひ、火の精霊のせいなんだ!」
「いい加減にしろ!」
「はい。すいません」
 そのまま俺はどけ座する。
「まったくもう」
 静香はさっそく片付けはじめた。
 またガミガミと俺の説教をし続ける。
 どうして俺は魔法がだめなんだ。
 あまつさえ、料理との相性もいまいち。
「はい終わった。食べるよ!」
「あい」
 静香の作ったハムエッグは格別だった。
 俺はケチャップ、静香は醤油と、それぞれかける。
 なんで静香はここで食べるんだ? という疑問はとうの昔に過ぎ去った。
 さすがに毎日というわけじゃないが、爆発をしない日にまでやってくる。
 迷惑というわけではないんだが、こいつの父親とはなんだかきまずいのだ。
「「ごちそうさま」」
 すぐさま俺たちは鞄を持って、飯野魔法高等学校に向かった。
「さ、いこうか」
 く、静香。また平然とかっこいいこと言いやがる。
 こいつが男だったら、俺の貞操がやばかったかもしれん。
 並んで歩く俺たちは、女子制服を着ているものの、まさにイケメンたちである。俺もたぶん。
 静香にはっとして振り替える女子生徒たちが結構いた。
「なあ静香。これ見てくれ」
 だいぶ歩いたところで、俺は昨日の戦利品を見せた。
 金色の光り輝く玉に、静香は目をほそめる。
「これはなんだ?」
「え、ええとだな」
 どう説明したら良いだろうか。
「ま、まさか女の子からか! ち~ひ~ろ」
「ちょっ、ちょっと待った。これは精霊のだよ」
「せい、れい?」
 そのあと沈黙が広がる。
「なあおまえ、もしかして」
「まままま待ってくれ。女の子の精霊って言おうとしたんだ。勘違いするな」
 ああ、たしかに精霊たちの大半は女の子っぽいもんな。だが、今ではすべて邪精霊だった。
 もし美少女として見ることが出来たなら、俺は感動でナイフの能力をすさまじく上げただろう。
 だが、俺たちはまだ普通の能力者。姿かたちはいまだみることが出来なかった。
「これ、あの黒い玉を百個集めたらいきなり合体したんだ」
「千尋、まだ集めてたのか?」
「なにかの役に立つかと思って」
 俺はそう言って、それを静香に渡した。
「ふーん」
 彼女は俺を路地裏によせると、、さっそくそれを観察し始めた。
 静香はそれをさわさわしたり、目で覗き込んだり、ペロペロしたり……。
 関節キス、と言ったらぶん殴られるだろうなあ。
 彼女は静香という名前のくせに、容姿と口調は男前、でも心は乙女なのだ。
 いぜん軽くからかったら、ごにょごにょしたあと、顔を真っ赤にしながら怒ってきたな。
 あれは死ぬかと思った。
「ふむ。分からないね。魔力をわずかに感じるが、この魔力はなんの魔力か分からないや」
 そう言って、俺に黄金の玉を返してきた。
 俺はそれをポケットにしまって、また聞いた。
「これ、先生に見せたほうがいいかな?」
 あまり渡したくない。これは直観では、渡さない方が良いと囁いている。
 しかし、静香の意見を聞いておくにこしたことはない。
「なにか、変なことあったか?」
「精霊の声が聞こえたような気がした」
「精霊の声!?」
 静香は驚愕の顔で俺を見る。
「そんな、しかし……ほんとうか?」
「ああ、言葉、みたいなものが聞こえた」
「これを知らせれば世界を塗り替える。でも、これを渡していいかというと、それは別だ。君だからこそ選ばれたと考えられる」
 静香は真剣な顔をして言った。
「千尋が持っていたほうが良い。先生などへの公開はまだ控えた方がいいな」
「わかった」
 と、俺は無事を確認するように、ポケットへ入れておく。
 たぶん、戦闘でなんらかに必要なるはず。
 箱につめておくより、ポケットへ入れておいた方がいい。
 それと、謎の声について話すべきだろうか?
「ん、なんだ?」
 あれは、精霊のような精霊じゃないような声だ。
 しかも、頭の中に直接話しかけてきているような感じだった。
 これは、静香なら信じてくれただろう。
 しかし、静香に余計な心配はさせたくなかった。
 静香もいろいろと任務についている。
 だからこのまま黙っておくことにしようと思う。
「そろそろ行かないと遅刻になるかもな」
 静香は時計の確認をする。
「よし、走るか」
「いくぞ」
 俺たちは走ることにした。
「それで千尋、邪精霊サラマンダーの話を聞いてるか?」
「サラマンダー、まさか、俺のフライパンをやつは」
 ――ポカッ
「ふざけんでいい。さきへ続けるぞ」
「あい」
 俺は頭を片手でおさえつつ、静香のあとを追った。
「こんどはボクたちの街を狙っているらしい」
「たく、せっかく水の邪精霊を追い出したのに、今度は火の邪精霊かよ」
 今度はこの街は火事に見舞われるのか。こんなに連続してくることってあるのか?
「狙われていると考えてる? 狙うものなんてないだろ。ま、偶然だろうな」
「そうだろうな」
「こ、今度は一緒のチームでやらないか? ペアを組もう」
「ん? なんだ藪から棒に?」
「そ、それがだなあ。ちょっと後輩が……」
「後輩?」
「いやなんでもない。だが、ペアは組むぞ」
「分かったよ」
 遠くに学校が見えてきた。
 他の生徒たちもぼちぼちと歩いている。
 俺たちは間に合ったのを確認し、歩くことにした。

 いつも通りの授業をこなしたあと、まだ学生だが、即戦力として期待できる人材のみ召集された。
 召集されたのは、俺と静香、そして静香にくっついている後輩、生徒会長、副会長、書記の六人だった。
 他の五人は二週間ほど前の水の邪精霊によって与えられた傷がまだ癒えてないらしい。
 大人たちベテランの助けは入りそうにない。今、海の邪精霊も大暴れらしく、それに手をやいているとか。
 だから、俺たちだけでやるしかないようだった。
 重責に悩む副会長を励ます会長がよく目に映った。
 俺たちは三つのチームに分かれて対処することになった。
 どこに本体が現れてくるか分からない以上、前回とは違って均等に配置された。
 まず、俺と静香と後輩、会長、副会長と書記の三つに別れた。
 そして俺たちは三人は北方で戦うことになった。
 会合を終えて、俺たち三人は帰ることになった。
「ねえ静香せんぱい、千尋先輩は強いですし、さらにチームをつくりましょうよ」
「そう言うがな後輩。ボクたちはチームなんだ」
「むー」
 不満そうな後輩。
 静香によると、音川空というらしい。青い短い髪に、真っ赤な目をさらに真っ赤にさせて俺を睨む。静香いわく、音の能力らしい。
 頼むからやめてくれ。赤目って怖いんだよ。
「せーんぱーい」
 と言って、後輩は静香にまた抱き着いた。
「はぁ~」
 これじゃあ、対策のための話し合いが出来ないじゃないか。
「なあ、静香」
「さんとつけろや、千尋」
「こらっ」
 後輩は静香に頭を叩かれる。
「ご、ごめんなさい……というか馬鹿やろう!」
 ――ゴッ
 静香も容赦ないな。
「うう、すいませんでした」
 と、そんなところで後輩は突然顔を真っ青にさせて立ち止まった。
 俺と静香も立ち止まる。
「どうしたんだ?」
 と静香。
 俺はなんだろうと後輩を上から下まで見て、足が小刻みに震えているのに気付いた。
 静香もはっとする。
 後輩は俺がいるのも構わず足を大胆にあげた。
 縞々だった。
 いやそれはどうでもいいか。
 彼女の靴にはべったりとガムが付いていた。
「あちゃー」
 と静香はめんどくさそうに離れる。
 俺も静香に合わせて少し離れた。
 後輩の顔が顔面蒼白から真っ赤な鬼に変わった。
「ぎゃあああああああああ」
 そのまま足裏を道路にこすり始めた。
「って!」
俺と静香は瞬時に頭を伏せた。
 直後、刃になった音が通過する。
 背後では復興途中の道路が砕け散る。
 そのあとも、俺たち二人は彼女の無鉄砲の攻撃を回避した。
「その、千尋。空はいつもこうなんだ。彼女はガムが超のつくほど大嫌いなんだ」
「そ、それでこんなことになるのか?」
 今も猛烈と靴を地面にこすっている後輩がいた。
 あのぐらいこすればとれるって。
 でも、そんなもの忘れたように、猛然とこすっている。
「ああ、そして、なぜか彼女はガムをよく踏むらしい」
 ガムを踏むたびにこれでは、呆れるぞ。
「俺が落ち着かせる」
「い、行くのか」
 静香のこの様子だと、いつも止めているのはたいてい静香らしい。
「静香はまだ回復しきってないしな。俺がいくよ」
「ああ、頼む」
 俺は全身を集中させ、彼女の音に耳を傾けた。
 最初の一撃ほどではないが、彼女の一メートルほどの周りには、音の壁が渦巻いていた。
 普通の人だと気絶、俺たち能力者だとちょっと痛いくらいだ。
 あえてよける必要もないが、邪精霊を倒すためにもなると思って、俺は気合を入れた。
 いまだ。
 瞬時に彼女に肉薄する。
「チッ」
 だが、一つだけ遅れて小さな音の壁がやってきた。
 俺はそれを蹴りでぶっこわし、後輩に手刀を入れて気絶させた。
「ふぅ」
 まったく困ったやつだな。
「よっこいしょ」
 俺はこいつをおぶった。
「千尋、なにしてんだ?」
「え?」
 さて、苦労をねぎらう声が来たなと思ってたが、なんか低い声だった。
 え、なんでちょっと怒ってるんだ?
「どうしておぶっていると聞いている」
「そ、それは俺が気絶させたし、送り届けなきゃなと思って」
「く……だって、おぶってくれても……」
 悔しそうに静香はなにか言っていた。
「え、なんて言ったんだ?」
「なんでもない。……ついてこい」
 なんだろう。この俺が悪いことしたみたいな空気は。
 もしかして、女の子を背負ってるからなのか?
 そう意識したとたん、背中にある妙な膨らみと、腕にかかる膨らみが気にかかり始めた。
 静香に気付かれないように、こっそりと息を呑む。
 このドキドキ、伝わったりしないよな?
 背中をこっそりと覗き込むが、たしかに寝ている。
「おいそろそろつくぞ。……なにやってる?」
「せ、精霊がいないか確認してただけだ」
 静香は眉を吊り上げたが、
「そうか」
 あとが怖い。
 そのまま楽しいような息苦しいような時間が過ぎ去って、ようやく後輩のマンション前に着いた。
 俺はそこで彼女を小さな階段に座らせる。
「おい、起きろ!」
「ん、ん!?」
「…………」
 静香はそれ以上をしゃべらず、ゆっくりと見守った。
 静香、やさしいな。
「あ、先輩。おはようございます」
「その調子だ。ここはお前の家だろ」
「あ、はい」
 すると、後輩は俺を見た。そしてにっこり笑った。
 またなんか言われるんじゃないだろうかと身構えるが、
「千尋先輩、ありがとうございます。では、私はこれで」
 千尋先輩っていったか?
「ま、あな」
「じゃあまた」
 彼女はそう言うと、すぐさまマンションに駆け込んでいった。
 静香は渋い顔をして俺に近づいた。
「帰るぞ」
「だな」
 それ以上聞くなという圧力に俺は屈することしかなく、長い沈黙の帰り道になってしまった。
 静香とは玄関前で別れて、俺はベッドに倒れこんだ。
 ふと、黄金の玉を取り出してみる。
 やはり反応がない。
 だめか。あの声が聞こえるかと思ったんだがな。
「邪精霊はどうしたら邪精霊じゃなくなるんだよ」
 邪精霊はいくら倒しても復活する。これが俺たち人類を疲弊させていた。
 再現がなく、人間を確実に狙っていて、しかも断続的に来る。
 この問題を解決できないと、俺の目標も解決できそうになかった。
 声が聞こえてこないか、もう一度ためしてみよう。
 あのときの声が、聞こえてこないだろうか。
「邪精霊はどうすればいい?」
 しかし、待てど暮らせどあの声は来なかった。
 だめか。俺はそれをポケットにしまって、天井を眺めながら次の戦いにそなえることにした。

 授業の途中、突如警報が鳴り響き、俺と静香は先生に確認を取って、すぐさま学校を飛び出した。
 事件はショッピングモールからだった。
 通報したのは消防局の方たちだった。
 その方たちによると、まるで炎が生きているようにうごめくらしいので、この案件はこちらだと判断したらしい。
 そいつはたぶん、邪精霊サラマンダーの分体だ。
 携帯への連絡によると、もう一つ別の場所にもどうようの奇妙な炎が目撃され、会長たちはそちらへ向かったらしい。
 俺と静香と、校門で合流した後輩の音川と一緒に、俺たちはそちらへ向かった。
 車を追い越す速度で走りながら、俺たちはすでに武器を整えた。
 俺はナイフ、静香は道端に落ちている石を引き寄せかき集め、乙川は喉の調子を確かめる。
 遠くには真っ黒な煙が立ち上っている。
 俺たちはそれをかきわけて、消防士に話して人目をしのびつつ、仲に侵入した。
 そとからは放水をしてもらってる。これでこの邪精霊は逃げ出せないはずだ。
 あとは俺たち自身は体周りに魔力を練り壁を作って、熱や火から体をお防御した。
「千尋先輩、この前はどうもありがとうございます」
「? ああ、お互い様さ」
「千尋、音川、なにやってる、もっと奥いくぞ」
 俺たちが通ったところは自然に鎮火していった。
 しかし、すぐさま別の炎がそこに火をつけていた。
「下がれ!」
 すぐさま俺たち三人は、横にジャンプした。
 そこを、炎の渦が通り過ぎて行った。
 そして、火の中から小さな火の玉が出てきた。
 魔力の塊だ。あれが火の邪精霊の分体か。
「わ」
 乙川の反撃。
 音の壁、よく見ると、文字通り「わ」という文字が邪精霊を襲う。
 火の邪精霊は反応しきれず、半身を吹き飛ばす。
 しかし、周りの火、一部屋分の火を吸収してすぐさまもとの形に戻った。
 俺たちの周りはぽつんと空間が開いたように、壁などは燃えカスだらけになった。
 火を吸収し回復する。
 ここでは当然、やつが有利だな。
「こりゃあ際限がないな」
「でもここから出すわけにはいきません」
 後ろには野次馬が控えている。
「水があれば良いが、当然なにもないぞ。なら、削るしかない!」
 まあそうなるよな。
 静香は袋に入れた小石をたくさんつかむ。
 静香の能力は石を爆弾に変えることが出来る。ただし、変えられるのは自然石のみである。
 あとは任意で爆発場所を決めることを可能にしていた。
 静香はひょいっと軽く投げたあと、すぐさま思いっきり力を入れて投げた。
 軽めに投げた石は当然当たらず、巨大な爆発音。
 火の精霊はすかさず火のシールドを作るが、それを貫通した小石が爆発する。
 俺はすぐさまナイフを投げた。
 縦横無尽に光の線が走り、建物や炎そのものを細かく寸断した。
 そこへ、音川は声ならぬ声の拡散した声で、周囲を吹き飛ばす。
 効いたか?
 確認しようとして一歩進めようとして、俺は向きを変えて横に回避した。
 先まで立っていた場所を、火柱が通り過ぎた。
「あぶねえ」
 これは、ちょっとめんどくさい奴だな。
「しぶといな」
「しぶといわね」
 さて、どうっやって倒したらいいのか。
 この建物もそれほど長く保ちそうにない。
(私を使え)
「!?」
 俺はポケットのあたりに鼓動を感じて、それを取り出した。
 焔のゆらめく光に反射して、キラキラと黄金に輝いている精霊の玉だ。
「どうした?」
 俺が困惑した顔をしたから、静香が心配してきた。
 奴はまだ形を整えていないが、どこからともなく絶え間ない攻撃で俺たちをおそっていた。
 俺たちはなんなく回避できていたが、それをいつまでもできるわけがない。
(私を握って、分体をなぐれ)
「どうしたんですか千尋先輩?」
「なあちょっと思いついたんだ。援護してくれ」
 こいつ(黄金の玉)のことを信じるのはあほらしいが、試してみる価値はありそうだった。
「あとで説明しろ!」
 と、静香は小石を煙幕のように張った。
 そこへ火柱が到達、小石がそれに反応して、爆煙をあげる。
 俺と後輩の音川は、そこへ突入。
 第二波がもう来てる。
「うるさいなあ」
 音川は大きく息を吸って、
「わわわわわわわわわわわわわわわわわ」
 わを飛ばした。
 火柱とわが衝突。
 俺はそこへ体を突っ込ませて、黄金の玉を強く握りしめて殴る。
「うおおおおおお」
 火の邪精霊がようやく形を取り戻しつつあるところに、手を突っ込んだ。
「――――」
 邪精霊の奇怪な絶叫が響き渡る。
 だが痛いのはてめえだけじゃねえ。こっちだって熱いんだよ!
 そのまま拳を奥まで突っ込んだ。
 瞬間、拳が光り始める。
 金色の光。
「こ、これは」
「うわああ、きれええええ」
 溢れた光に、邪精霊の体は一気に吹き飛んで行った。俺たちの周囲の壁や床も、火が消失した。
 邪精霊の分体消滅。完了だ。
「はぁー、はぁー。熱かった」
 俺は手を出して、確認する。
 やけどは少しあるが、すでに治癒が始まっていた。
「千尋先輩、さっきのなんだったんですか? すっごい綺麗だったです」
 音川がキャンキャンと近づいてきた。
 それに続いて静香もゆっくりと歩いていくる。
「まさか、アレを使ったのか?」
「そうだ」
「これはすごいな。今までは存在を削り取って薄くして追い払うことしか出来なかったのに、こんなに派手にやっつけられるとは」
「せんぱーい、なんなんですか~?」
「ほら、これを見てくれ」
 先ほどの輝きではないが、キラキラと玉は光っていた。
「きれーですねえ。……でもこんな武器ありましたっけ」
「空、精霊玉って聞いたことないか?」
 静香はそれに答えず、質問をした。
「あ、聞いたことあります。なんでも、邪精霊を倒しているうちに、ごくたまに精霊が真っ黒い玉を持っているとか。……私は未だ手に入れてませんが」
「それが、これだ。千尋はそれを百個集めたんだよ」
「百個!?」
 音川の驚きに、俺も驚く。そんなにすごいことか?
「それが、これになったらしい」
「ああ、百個集めたとたん、こうなったんだ」
「すっごーい」
 音川は触りたそうに見てるので、俺は渡してみた。
 しばらくじっと目をキラキラさせたと、名残惜しそうに俺に返してくれた。
「これなら戦術の幅も広がりそうだな。本体が到着する前に、分かったことも大きい」
「私たちが本体に相対した場合、逃げるようにしてますからねえ」
 会長たちの手も借りないと、本体は手に負えなかった。
「よし、本体が来たときは、これでぶっ潰すぞ」
 静香は意気揚々と腕を上げた。
 俺もうなずく。
「先輩! やっちゃいましょう!」
 俺たちは次の戦いへの決意を固めて、この場所をあとにすることにした。

(サラマンダーが来る)
 日課の夜のワークを終えてぐったりしているとき、そんな声が突然聞こえてきた。
「サラマンダーが来る?」
 そんなの分かってるぞ。だから鍛えてるんじゃないか。
(明日、夜中に来る。イメージを送る)
「あ、おい待て! お前はいったいなんなんだ!」
 おれは黄金の玉へ向けて大声を発した。
 って、ここ俺の部屋だった。
 おれは慌てて口を押える。
 近所迷惑だし、誰かに聞かれるのはまずい。
 隣は静香の家で今彼女の両親は旅行してるらしくまだ良いが、もう一方の隣は無関係の人だった。
(精霊を助けてやってほしい。健闘を祈る)
「あ、待て!」
 どうにかしようと玉をぎゅっと握りこんだところ、突如に玉が光りだした。
 眩しくて目をつぶると、瞼の裏にスクリーンが浮きあがり、絵が映し出されていく。
 サラマンダーと呼ばれる精霊は、赤くて長い髪に赤い蝶の髪飾りを付けていた。ただ、その赤は黒ずんでいて、理性は感じられないように、目の光は失われていた。
 俺はすぐさま、紙とペンを手に取って、そのイメージを写しはじめた。
 俺は絵心がある方だ。
 三十分ほど頭をひねって描いたあと、俺はすぐさま静香の家へ向かった。
 静香には合鍵をなぜか貰っていた。
 それを使って、俺の描いた絵を見せてみよう。
「おーい、静香あ?」
 きょろきょろ見回っていると、足音が来た。
「え?」
 静香は体にタオルを巻いて、ぶらぶら歩いていた。
 俺を見たとたん、彼女は固まった。
 だいぶ成長したな。
 話題を逸らそう!
「なあ見てくれよ。あの玉からイメージが」
「ほう。絵、上手いな。私も描いてくれんか」
「お安い御用だ」
「む、胸は盛ってくれよ」
「ああ、小さい胸でも巨乳にしてやんよ!」
「やっぱてんじぇねーか!」
「ゴフッ」

「これが、そのサラマンダーか」
 顔が痛い。すごい痛い。
「千尋は相変わらず上手いなあ」
「そうだろそうだろ」
「それにこいつ、結構可愛いやつだよな」
「ああ」
 戦うときは遠慮なしにいくが、仲良くなってみたいものだ。
「邪精霊は人類の敵だが、こうも可愛いと」
 唸る静香に、俺も首肯した。
「明日の夜、いよいよ決戦か。ボクがみんなに連絡しておく。もちろん、アレについてはぼかしておく」
「助かる」
「では、明日のためにもう寝ろ」
「ごもっともだ」
「明日、またな」
「ああ」

 夢は見ることが出来なかった。
 俺たち戦う人間たちは、授業を昼に終えて、北と南西、南東に散らばっていた。
 俺たちは北。俺と静香と音川の三人だ。
 会長いわく、危うくなったら俺の居る南西へ来い、と言ってくれた。
 恩に着る。
 すでにサラマンダーを挑発するため、松明を十個ほど円形に配置しておいてる。
 俺たちはそれを囲うように、さらに大きな三角形で立って見つめていた。
 特訓で鍛えていた技がいよいよ使える。
「静香先輩、千尋先輩」
 音川が手を振っている。
 俺はしかたなく、手を振った。
 それから、徐々に周囲の温度が上がってきた。
 俺たち三人は互いに目配せして頷きあった。
(来た)
 円形に集められた松明の火がその中心へ吸い込まれた。
 ――ドゴーーーーン
 爆発。
「今だ!」
 俺は魔力をナイフに力の限りこめて投げる。
 縦横無尽に入る死線。
 静香が投げたのは頭ほどの大きさの石。
 そして、
「わわわわわわわわわわわ」
 音川の連射。
 邪精霊サラマンダーの爆発を相殺する。
 よし、いまだ。
 これが本物だったら、儲けものだ。
 サラマンダーよ、滅びよ!
 黄金の玉を拳に包み、ぶん殴る。
 ――ガッ
 拳が入らない!?
 俺の目の前に、灼熱の火球が現れる。
「まにあわ」
 すぐさま回避行動をとる。
 くそ!
「わ」
 音川の意図を理解して「わ」を足掛かりに俺は横にとんだ。
 ――ズドン
 地面をえぐる音。
「まだまだいくぞサラマンダー。さげろ!」
 俺は帰ってきたナイフを手にして、しゃがみこんだ。
 目の前に先ほどより二倍の石。つうか岩。
 それに三十個ほどの小石がぶつかって爆発し、大きな石を砕く。
 そして砕いた礫がさらに爆発して、
 俺はすぐさま後ろに下がった。
「あぶねえぞ、静香」
「このぐらいやらんと倒せはせん」
 どうだ? 今度こそ!
「キャアアアアアア」
 乙川が危ない!
 俺と静香はすぐさま向かうが、そこに火柱が向かってきた。
「ち、千尋!」
「静香!」
 静香にたっくるされて横に転がると、静香はそこで地面に向かって小石を一気にぶつけた。
 爆散する地面。
 しかし、それでも火柱の勢いに耐え切れず、静香は火柱をまともに受けてしまった。
 静香が地面に転がっていく。
 そして沈黙。
 周囲の煙が徐々に消えていくと、遠くには音川が、近くでは静香がよこに転がっていた。
「てめええええ」
 煙が消えると、現れたのは生気を失った目をしたサラマンダーの少女だった。
 我を失っている精霊を置いて、会長たちを呼べるわけがない。
 ここで決める。
 体を絞り込むようにして、魔力を絞り出し、ナイフに込める。
「これはさっきの千倍だ! サラマンダー!」
 俺が叫んだ瞬間、5メートルを超えるような大きな火球が出現した。
 それを切り刻んでやる!
 ナイフを手放して、また持つ。
 その瞬間、火球も、邪精霊も粉のように空気にふわりと浮かんだ。
 生気のない眼から、驚愕の眼に変わった。
 俺は全身の疲労を気合で突き放す。
 ゆっくりと邪精霊に近づいて、黄金の玉を拳にゆっくりと突き出した。
 邪精霊の体を拳が貫通する。
(解放!)
 玉は金色の輝きを放つ。
「ぐわあああああああああ」
 火球は消失して、邪精霊全体が波打った。
 こいつは本体だったのか。
「がああああああああ」
 邪精霊の黒い部分が次第に薄くなっていく。
「きゃああああああああ」
 邪精霊の声もなんだか、女の子の声になってきた。
 あ、だめだ。倒れる。
 目の前の地面にキスをして、俺は視界を閉じた。

 エピローグ

「起きろ! 起きてくれ!」
「せんぱい! 先輩!」
 意識が覚醒したときの浮遊感に戸惑いながらゆっくりと目を開けると、目の前には静香と音川がいた。
 ここはどこだ?
 さっと視線をめぐらせると、どうやら病院だった。
 静香と音川はなんともなさそうで良かった。
「先輩!「千尋!」」
「うわあああ」
 二人に抱き着かれてドギマギする。
 くすぐったい。
 二人はしばらく俺に抱き着くと、ゆっくりと俺から離れた。
「ボクたちだけで倒せたんだな」
「やりましたよ先輩!」
「はは、そうだな」
 まだまだ語りたいことはあったが、ひとまず手を重ねあわせて、
「「「やったー!」」」
 快挙だ。俺たちだけで倒したんだ!
「あの玉のおかげだなあ」
 そう言うと、千尋にそれを渡された。
 黄金の玉はさらに輝きを放っていた。
「そういえば、邪精霊はどうなったんだ?」
「ああ、あいつか」
「むー」
 なんだか二人は歯切れ悪そうだった。
「倒したんだよな?」
「そうなんだけど、仕方がないな」
 静香と音川は俺の目の前を開けると、窓際にふわふわと精霊が浮かんでいた。
 サラマンダーだ!
 黒い模様がさっぱりない。
 そのサラマンダーは俺にゆっくりと近づくと、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
 開口一番そんなことを言ってきた。
「ああ、いや」
 俺が困惑した目で静香と音川を見ると、二人も分からないようだった。
「どういうことがありがとうなんだ?」
 それが問題なのだ。いったい何に対してありがとうなのだろう。
「みなさんが邪精霊と呼ばれるものにも本体があって」
 サラマンダーはそう言って、今精霊界にある危機を説明した。
「こういうことか」
「まだ嘘ついている可能性はある。だが、否定できるものはない」
「人間を殺したことについて問いたいけど、言っても無駄よね、災害だし」
 静香も音川も複雑な表情をした。
「千尋さん! あなたのことを見込んでお願いしたいことがあります!」
 そう言って、サラマンダーは俺に近づくと。
「!?」
 キスされた。
「私はなんでもします! ですから、あなたと一緒にいさせてください!」
「ちーひーろー」
「せーんぱーい」
「おひょひゃひょひょ」
 二人に頬を引っ張られて痛い。痛い。
 俺にとって今は精霊界のことより、こっちを問題にしたかった。  END

『邪精霊の心』

燃える美少女ってのも良いですね。
開いてくれてありがとうございます。楽しんでくれたらさらにうれしいです。

そろそろ道具名とかに、中2ネームを付けたい。
今回はキャラ描写について頑張ってみました。
次回も同じくかな。
次回はアクション無し。でもファンタジーありの予定で行きたいと思います。

『邪精霊の心』

邪精霊に襲われる街で戦う少年と少女たちのお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-06

CC BY
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