コノハナガールズ日常絵巻・スキーの神様?

まえがきにかえた作品説明
 この作品は儀間ユミヒロ『宗教上の理由』シリーズの一つです。

 この物語の舞台である木花村は、個性的な歴史を持つ。避暑地を求めていた外国人によって見出されたこの村にはやがて多くの西洋人が居を求めるようになる。一方で彼らが来る前から木花村は信仰の村であり、その中心にあったのが文字通り狼を神と崇める天狼神社だった。西洋の習慣と日本の習慣はやがて交じり合い、木村に独特の文化をもたらした。
 そしてもうひとつ、この村は奇妙な慣習を持つ。天狼神社の神である真神はその「娘」を地上に遣わすとされ、それは「神使」として天狼神社を代々守る嬬恋家の血を引く者のなかに現れる。そして村ぐるみでその「神使」となった人間の子どもを大事に育てる。普通神使といえば神に遣わされた動物を指し、人間がそれを務めるのは極めて異例といえる。しかも現在天狼神社において神使を務める嬬恋真耶は、どこからどう見ても可憐な少女なのだが、実は…。
(この物語はフィクションです。また作中での行為には危険なものもあるので真似しないで下さい)

主な登場人物
嬬恋真耶…天狼神社に住まう、神様のお遣い=神使。清楚で可憐、おしゃれと料理が大好きな女の子に見えるが、実はその身体には大きな秘密が…。なおフランス人の血が入っているので金髪碧眼。勉強は得意だが運動は大の苦手。現在中二。
嬬恋花耶…真耶の妹。真耶の妹で小四。頭脳明晰スポーツ万能の美少女というすべてのものを天から与えられた存在。真耶のことを「お姉ちゃん」と呼んで慕っている。
御代田苗…真耶の親友で同級生。スポーツが得意でボーイッシュな言動が目立つ。でも部活は家庭科部。猫にちなんだあだ名を付けられることが多く、最近は「ミィちゃん」と呼ばれている。

1

 地面が霜柱でいっぱいになるほど冷え込んだ朝。天狼神社の境内におめかしした女の子が姿を見せた。最近子どもに流行りの、リボン飾りがついたフェイクレザーブーツが今年の彼女のお気に入り。ダウンジャケットにはお手製のワッペンが一杯付いている。
 そのそばにいるのは姉の、いや正確には兄と呼ぶべきなのかもしれないが、誰もそうは呼ばない。寒さをよけようとばかり妹に寄り添うその子のお召し物は今年買ってもらっダッフルコート。今年流行りの丈が短いデザインで、中二にしてはちょっと幼いファッションを好む傾向があるにしては大人っぽいが、それはそれとしてかなり気に入った様子。ふたりとも寒い日ならではの暖かそうなお洒落。でも、残念ながらそれらの装いも取り替える時期がきている。
 冬が近づいているからだ。

 木花村の冬は早い。そして雪の訪れも、また早い。
 標高が高く、村全体が緩やかな北向き斜面でかつ南側に山があるため地表温度が低く、さざんか梅雨の頃から雪になりやすい。また日本海で作られた雪雲の影響も周辺の市町村より受けやすい。幾重にも連なる山脈の奥にあるため、強力な寒気の吹き出しもその勢いをそがれることが少なくない地域のはずだが、そんな時でも何故か木花村だけにはまとまった雪が降ることが多い。その理由は諸説あり、南東側の山に邪魔されて雪雲が滞留しやすいというのが最も有力な説だが、本当の理由はまだ断定されていない。
 もっとも、村人は誇らしげにその理由を語る。
「神様が雪を好きだからだ」
と。

 木花村の人々はともかく、冬と雪が大好きであるらしい。
 冬の木花村はカラフルだ。特に子どもたちは寒いモノクロの季節を明るく乗りきろうと、色とりどりの服装に身を包む。もちろんそれらは実用性も兼ね備えていることが最低条件で、量販店の防寒パンツでは厳しい寒さに太刀打ち出来ない。だから冬将軍を迎え撃つ子どもたちの普段着はスキーウェアが標準。この長所は中綿が暖かいのもあるが、なんといってもサロペットタイプであるところが利点。腰を冷やさないこと、また活発な子どもたちが雪遊びをしても雪が入りにくい、というのが重要ということ。また足元は雪用のブーツが必要で、ウィンターブーツと呼ばれるものもあるが、普通のゴム長靴に防寒加工をしたものも多く使われる。
 神社の境内で一見冬装備に見える装いをしていた、木花村で生まれ育った元気姉妹の真耶と花耶。平地では冬の装いであるダッフルコートやダウンジャケットですら、ここでは秋からよくて晩秋までのそれとなる。木花村の本番の冬にはそれらでは太刀打ちできない。
 中二の真耶も、学校にはスキーウェアで通う。さすがに小学校を卒業と同時にスキーウェア登校をやめる生徒もいるわけだが、中学校でも冬季は防寒着での登校を認めているし、何より真耶と苗は学校までスキーで通っている。家から学校まで緩やかな下り斜面が続くのでそうしているという生徒はそれなりにいるし、学校までの最短経路が雪に埋まることから、スノーシューで通う生徒もいる。まあまじめな性格の真耶は、スキーウェアの下にセーラー服をちゃんと着ているのだが。
 そして冬休みが始まった。村営のスキー場もそれに合わせてオープンするのだが、それにあたって天狼神社の安全祈願が行われる。オオカミを神にいだく天狼神社の分社的存在に位置づけられる管狐の祠。これがゲレンデのてっぺんにあり、そこで祀られる神使はオコジョと、その捕食関係にあるとされるネズミ。ネズミとは呼んでいるものの実際はヤマネであり、森の妖精ともあだ名されるかわいらしい小動物。神社の教えでは祠の名こそオコジョから取っているものの、二頭とも対等な神使で、仲良く祠を守ると伝えられている。もともとはこの二体を対象とした昔からの冬のお祭りだったこの行事は、スキー場開きと近い時期であることからいつしか合同で行われるようになり、村人は今も冬の祭りと呼んでいる。
 そしてそれら神使に扮するのは、これまた人間にして神使という役目を天から仰せつかっている真耶の仕事。天狼神社における人間の神使は村内にあるほかの神社や祠の神使の魂をも宿らせることができるとされている。去年までは真耶が一人二役をこなしてきたが、今年からヤマネ役を花耶が務めることとなった。花耶は神使を援ける「守り人」という役目を背負っており、これは神使に近い肉親が務める。守るといっても神事を一緒にやるというのが重要な仕事であり、今までも似たようなことはあったが、ヤマネ役に限って成長を待っていたのは、雪にヤマネの全身を埋めてそれをオコジョが掘り起こす、という小さい子にはハードと思われる手順があるから。
 オコジョはヤマネを食べることでその魂と一心同体になり、行動を共にするといわれている。神事は雪の中に埋まっているヤマネ、すなわち花耶をオコジョ、すなわち真耶が「食べる」ことで成り立つ。もちろん食べるといってもそれはたとえで、その素振りをすればいいだけなのだが、よりリアルにやったほうが良いと思った真耶が張り切りすぎていたし、着ぐるみの中にのぞいた花耶の愛らしい顔に激しくときめいた。
「か、かわいい…」
妹大好きな真耶にスイッチが入り、興奮した感じで花耶の顔を甘噛みしたり舐めずりまわったりもして、周囲に苦笑させた。もっとも良かれと思ってのことだと花耶もわかっており、そのためフォローのつもりで言った、
「花耶、ちっちゃい頃からお姉ちゃんにペロペロされてたから大丈夫だよ? それに今も時々されてるから平気だよ?」
という告白が余計に周囲の心配を煽ったのだが。
 ともかくその一件を除けば、祭りもつつがなく終わった。あとは新年を迎え、神様にも休んでほしいという意味から初詣の無い天狼神社は、二日に村の人達をささやかにお出迎えするべく静かに佇む。

2

 というのが、例年の趣向。

 冬の祭りの翌日、天狼神社はちょっとした賑わいを見せていた。
 木花村営スキー場は安全に力を入れており、例えば数年前から子どもは勿論大人にもヘルメットの着用を推奨、啓発のポスターを作ってきており、無料のヘルメットレンタルもある。そして実は天狼神社によるお祭りと一緒に行われる安全祈願にも、多分に安全への注意を啓発する意味合いがある。神頼みをすることは同時に、安全への意識を高める。天神様のお守りを買っただけで勉強しない受験生が合格しないのと同様、神頼みを成立させるにはそれに向けた人間の行為が不可欠となる。
 その試みに、数ある日本のスキー場運営者たちが呼応した。もとよりスキーヤーの安全を願う気持ちはどのスキー場だって同じ。そしてそれに向けた象徴的存在として、真耶たちに白羽の矢が当たったのだった。

 手始めに、真耶たちの家からも比較的近い、温泉地に開かれたスキー場に二人は向かった。ここには真耶たちの曽祖父母と、真耶の従兄弟である真奈美がいる。
「真耶ひさしぶりー」
真奈美はもともと東京に住んでいたのだが、父が海外転勤、母は入院。兄は全寮制の高校に進んだが中学生である真奈美を一人にしておくわけにも行かず、親戚である天狼神社に預けられた。しかし真耶の正体、つまり男であることは伏せられていたため、男嫌いな真奈美との間には一悶着も二悶着もあった。でも真耶のことを「オカマ」と言い放ち、毛嫌いしていた真奈美だったが今はすっかり和解し、仲良しになっている。あたかも女の従兄弟が出来たかのような振る舞いで、早速二人でゲレンデに出かけた。それにしても、変われば変わるものだ。最初は真耶に触れることすら出来なかったのだから。
 真奈美はもともと東京の生まれ育ちなのでスキーの経験はあまりない。運動は真耶と比べればかなり出来るのだが、スキーだけはちょっと及ばず、それがちょっぴり悔しいのだという。
「でも真耶って、ダンスも出来るんだよね。リズム感がいいから。スキーも結構リズムだもんね、ターンとかさ」
確かに真耶はリズム感が良いし、音楽への反応が敏感だ。アメリカのスタジアムとかで場内の音楽に合わせて踊る女の子の映像があるが、村のイベントなどでもあんな感じで、音楽が流れてくると自然とリズムを取る。それは欧米系文化が根付いている木花村に育ったことや、ヨーロッパ人の血を引いていることも関係しているのかもしれないが、
「…うーん、自分だとよく気づかないけど…でも、母さんの影響かなあ…」
という真耶の答えも一理ある。真耶の母はもと丸岡ソフィアという女優で、歌も出しているし、劇団で培ったリズム感が真耶と花耶に受け継がれたのかもしれない。そんなことを真奈美が真耶に話していたそのとき。

 「呼んだ?」
突然、後ろからの声に真耶が驚きと歓喜の入り混じった声とともに振り返った。

 「…母さん?」

 男の子として生まれながら、神使は女子たるべしという神社の教えに従って育てられた真耶は、言葉遣いも女の子と同じようにしている。でも唯一両親だけは「母さん」「父さん」と、男の子のような呼び方をする。これは真耶の父が彼の父母、つまり真耶の祖父母をそう呼んでいたのが移ったと思われる。一方、母のほうも真耶をクン付けで呼ぶのだが、これは単なる彼女のクセでそれが証拠に花耶のことも「花耶クン」と呼ぶ。サバサバして活発なイメージの彼女らしくはある。真耶と花耶に遺伝した綺麗な金髪と青い髪がモノクロの冬景色に映える。フランス人の、それも北欧にルーツを持つという家系の血を濃く引いているからだ。
 真耶が驚いたのには理由がある。母がやってくることは知らされておらず、真耶の曽祖父も朝にかかってきた電話で初めて知ったらしい。もちろん歓迎はするがびっくりはしただろう。実は神使の実の両親が神事に立ち会うことはおおっぴらには認められていない。神使は天狼神社の祭神である真神の子であり、地上の親とかち合うことで対立が生まれるというのが表向きの理由だが、優しい性格とされる天狼神社の真神に限ってそれはあまりに説得力がない。真相は、親に見られると恥ずかしいような格好や行為も神事には含まれているし、男子は思春期を迎えると親、特に母親が自分の行動範囲に口を出したり見聞きすることすらひどく鬱陶しがる。例えば男子が着ぐるみを着て愛嬌をふりまくなんてさまは屈辱であろうから、というところ。
 だから普段の神事では、神使の肉親はせいぜい影から見守るくらいしか出来ない。もっとも普段の真耶たちの母はそういうことに興味が無いというか、あまり見たくないようだ。
「だって、真耶クンの苦しんでいるとこ見たくないもの。心配かって? それはあるけど、希和子クンやお友達のこと信じてるもの」
といつも言っている。
 だが今日だけは違う。いつもの神事とは違う臨時のものだし、何よりそれにかこつけて、
「うわー、スキー久しぶりー!」
遊びたかったようだ。

 母の本名は「いね」という。このきわめて日本的で古風な名前は、世界中の人に通じる名前をという理由で付けられた。日本語で稲は実りの象徴。こうべを垂れる稲穂のごとく実りある人生を送り、多くの人に恵みを与えられる子になってほしいという意味が込められていると説明すれば、言語に関係なく世界中の人に名前の尊さが伝わる。どんなに英語が世界中の共通言語として君臨しようが限界はあるし、英語圏の子どもと同じ名前の価値は主に英語圏でしか通じない。だが食文化の無い国など無いのだから、食に紐づけて名前の意義を説明できれば額面通り世界で通用する。
 そのいねも交えての一家団欒だが、希和子はここに来られない。神社を守らないといけないからだ。高齢であることから孫の彼女に神社を託した二人もそれだけはちょっと寂しそう。だがその分、真耶と花耶が頑張ることになっているし、その点では誰もが安心しているようす。

 翌日、儀式がおごそかに、ということは決してなく、いつもながらの和気あいあいとした雰囲気の中で執り行われた。その中にあってそれをつかさどる役目を仰せつかった真耶と花耶だけは真面目な格好、でもなかった。
「ねー、真耶もさー、花耶ちゃんもさー、それで滑れるの?」
スキーウェアの上に巫女装束を着込んだ、お手伝い役の真奈美がからかう。真耶たちがまとっているのは天狼神社の正装、と言うだけでこの神社の特徴を知る人なら察しがつくことだが、それは着ぐるみ。今回は真耶がオコジョ、花耶がヤマネという、冬の祭りと同じ格好。今日はその上に、初めて見た人にも神事であることを分かりやすくするため巫女装束を着ている。滑る際の安全のため内部にはヘルメットを被れるようにしてあるのでかなり重い。足元のブーツにはそれぞれの動物の足の形をしたカバーが被せてある。これは子ども用におもちゃ屋で売られている、アニメキャラのなりきりセットと同じ構造。
 そんなおちゃらけたように見える格好でも、真耶がお祈りを始めると皆厳粛な雰囲気になる。やはり神の子、そういう雰囲気をコントロールする力を持っている。

 もっとも、祈願が終わればあとは楽しい事のみが待っている。真耶達も滑る。子ども達が寄ってくる。二人はそれを優しく迎え、グリーティングする。こう大人気では、儀式が終わっても着ぐるみを脱げないし、サービスを第一に考える彼女たちの意思で、合間を見て裏に引けるということもない。ゴーグルとマスクで完全に顔を隠して見守っていたいねも合流。でも真耶とは距離を置いているあたり思春期の男の子の扱い方を知っているように見える。
「劇団にいたとき、男の子はよくお母さんに文句言ったり離れてたり、すぐ一人で通うようになるの。だから分かるんだよね、男の子がお母さん嫌がるの」
なんてことを言ういねの表情に寂しそうな感じは微塵も無い。それくらいで家族の絆は揺るがないという自信の現れだろう。
「あまりベタベタすると、逃げちゃうでしょ? ほどほどが大事。親子の付き合いって恋愛と同じなんだよ?」
と、真奈美に講釈するいね。一理あるし当の真耶がいねを嫌っているようすはないが、現実のいねは夫の真人とベッタリなので、ほどほどな距離感の重要性を説く彼女に、一般的な説得力はあまり無い。

3

 お祈りの翌日、真耶たちはさっそく次のスキー場目指して旅立つ。真奈美たちとの別れが名残惜しくもあるが。
「よし、真耶クン、花耶クン、行こっか」
真奈美たちと別れた真耶と花耶は母の運転する車に揺られていた。次に行くのは県境を越えたところにあるやはり日本屈指のスキーリゾート。だが真奈美たちが住む温泉街とこのスキー場の間には山脈が壁のように立ちはだかり、そこは日本有数の豪雪地帯。そのため最短経路である峠道は冬季に閉鎖されるので、時間にして倍以上の遠回りをしなければならない。だから真耶たちの母、いねがわざわざ東京からやってきたのは冬の間近くて遠い存在となったそのスキー場に二人を送るためでもあった。曽祖父は高齢のため車の運転免許証を返上、真奈美の母である麻里子は東京育ちで雪道の運転をしたことがない。スキー場関係者が送ることを申し出てくれたのだが気持ちだけ有難く受け取った。移動は自力でやる決まりだからだ。

 県境を峠で越え、一度下がったと思ったら再び高原にかけ上る。ここにもスキー場があるのでサービスでお祈りをし(天狼神社のほうからお祈りをお勧めして回ったわけではないので情報があとから届いたスキー場も少なくない。でも安全を祈る気持ちはどこのスキー場も同じなのでこうやって通りがかったスキー場ではなるべく、依頼の有無を問わずお祈りを捧げることにした)、また盆地に降りるとリンゴ畑の中を駆け抜け、かつて冬季オリンピックが行われた時造られた立派な道路を疾走しまたしても山道にトライする。そしてようやく着いたのが、日本有数の規模を持つスキーリゾートエリア。
 さっそくスキーウェアに着替えてゲレンデに繰り出した三人。その姿を見てひそひそ話をする女性客二人組がいた。
「あ、なんか懐かしいスタイルのウェアね」
「うんうん、あたしらの大学時代に流行った映画で着てたじゃない? 主演のあの女優さん」
真耶のスキーウェアを指して言っているのだが、それに気づいた真耶がコメントを挟んだ。
「あ、これ、母さんにもらったんです
「あ、そうなんだ。昔これ着てた人にこんなおっきな子がいるんだから、あたしたちも歳取るわけだ」
そのことに苦笑しながらも、その二人がウェアを褒めてくれたので真耶も上機嫌。その横でいねも微笑みながら、褒めてくれたお礼を言う。顔はゴーグルとフェイスマスクでわからないが、帽子から少しはみ出た金髪が、真耶と親子であることを語っていた。
 二人の女性は、リフト乗り場へと消えていった。引き続き、かつて流行ったそのスキーウェアが登場した映画の話をしていた。
「あのタイプのウェアいっぱい見たよねー。あの映画の女優さんきれいだったよねー」
と言っていたが、まさか…。

 そのスキーウェアが、「本物」だとは思わなかっただろう。

 その真っ白なスキーウェアは、今は珍しいワンピースタイプ。セパレートに比べて取り回しに不便なところもあるのだが、スッキリしたシルエットが綺麗だ。
「母さんが、仲の良かった女優さんからもらったんだよね?」
いねが芸能界にいたころ仲の良かった女優が主演した映画。それは当時のスキーヤーのバイブル的存在となった。そしてその撮影地がまさにこのスキーリゾート。
「そう。これを着て映画に出たんだよ。だからこの子に里帰りさせたかったんだ」
とは母の言。この子、とはスキーウェアのこと。高校生時代のいねこと丸岡ソフィアと共演したのがきっかけで何かと面倒を見ていたある女優。いねが高校の卒業旅行でスキーに行くと決まった時、一度しか行かないかもしれないからもったいない、スキーをしてみて気に入ったら自分のを買えばいいとばかりそのウェアを貸してくれたのだった。勿論それがヒット映画の衣装であることも知っているいねはそれを大事に使い、丁重にクリーニングして返しに行った。だが、
「良い子だなあ、丸岡さんは。芸能界って借りたもの返さない人も多いのにね。スキー面白かった?」
「はい、また行きたいです」
「良かった。だったら、あげる」
え? いねは自分の耳を疑った。それに気づいたその女優は続けた。
「だから、あげるってば。プレゼント。大学の合格祝い。だって、わかるでしょ? 記念に取っておけって監督にもらった映画の衣装をあなたに貸すってことは、あなたに着てほしいってことよ?」
だからこれは二人の友情の証、とばかりにいねはそれを押し付けられた。
 以来、その女優とは今も手紙のやり取りが続いているが、いねが芸能界を引退してから会ってはいない。世間の好奇の目から離れて暮らすいねが有名人と深い親交をしていてはたちまちゴシップメディアがやってくる。まして子どもができたとあってはなおさらなので、向こうが気を使ってくれているのだ。
 真耶が生まれたことと、子育ては雪のいっぱい降る村でやっていることも手紙で報告した。そしたら、その子が大きくなったら着せてあげてね、と返事が返ってきた。そして体格の小さい真耶がようやく着られる身長になったので、その約束は果たされた。もっとも、それを知らされていない真耶は単純にそのウェアの白いシルエットに魅せられているようだった。なんにせよ気に入ってくれてよかったといねは思うのだった。

 翌日、今度は着ぐるみを着た真耶と花耶によって安全祈願が執り行われた。前日真耶のウェアを褒めてくれた二人組もその儀式をほほえましく見ていたが、その正体が真っ白な雪原に真っ白なウェアでたたずむ真耶だとは気づかなかった。
 天狼神社の神使が着る着ぐるみは原則として中の顔が見えない。と言ってもイベントの動物着ぐるみのように完全に顔が隠れているわけではなく、口の部分が開いていて下から覗き込むと中にいる真耶や花耶の鼻と口が見えるといった構造になっている。これは中の真耶たちが恥ずかしくないようにしつつ、外部とのコミュニケーションを遮断しないよう最低限の開口部を設けたということで、また身長の低い子どもには顔が見えるので、着ぐるみを怖がるような性質の子どもにも安心感を与える。
 オコジョの着ぐるみの正体に気づかず、昨日のあの子かわいかったねーと語る二人。だが彼女たちにはもう一つ気づいていないことがあった。
「あのころは映画いっぱい観たなー。昨日話したスキーの映画も良かったけど、ほかに好きな女優さんいた?」
「うーん、そうだなあ…あっ、あの人。すっごく綺麗で、すっごく演技うまかったのに、急にやめちゃった人!」
「ああそうそう、今全然テレビとか出なくなったあの人でしょ? わたしも好き! 会ってみたいなー、会えたらいいのになー」
「うんうん、どこで何してるのかなー、全然わかんないんだもんねー」
会いたいよねーという声の直後、二人がユニゾンで叫んだ。
「丸岡ソフィアに!」

4

 このスキーリゾートは、エリア内にいくつものスキー場があるのでそれらをハシゴしてお祈りを終えるのに二日かかった。それでも翌日のフリータイムにはしっかり滑りまくるところが二人ともタフだしスキーloveなところ。ともあれ三人はいったん木花村に帰ってきていた。年内は近在の村のスキー場で祈願をいくつかし、新年を迎えた。元日は天狼神社とかかわりの深い照月寺で除夜の鐘を聴いた後、希和子や村に残ったいねと家族団らん。いねは道路が混まないうちにと二日の朝に帰ったが、真耶たちは晴れ着を着て村の人々を神社にお迎えする。あくまでも嬬恋家個人が新年の挨拶として。振袖の着付けも真耶はお手のもの。寒い気候は和服にはつらいが、何とかこなす。もっとも中に防寒着を仕込んでいる。
 そしてそれが済んだ午後、真耶と花耶は晴着を着替え、大荷物で神社の下のバス停に立っていた。これから再び各地のスキー場を巡り、安全祈願を行う旅が始まる。
 今回に限らず、天狼神社の神使が神事を行うため旅をする際には、いっさいの荷物を自分たちで持たねばならない。江戸時代に手厚い政治的保護を受けていた天狼神社。何か行事をするとなれば、藩は領民にそれを手伝うよう労役を課す。当然大量の荷物を大名行列よろしく農民たちが運ばされることとなり、それを神社側が良しとしなかったため作られた決まり。だから宮司や家族は例外として手伝って良いが、いねは東京に戻ったし希和子は神社を守る義務がある。勿論宅配便も禁止であり、車による送り迎えも駄目。結果大量の荷物を抱えて公共交通で移動する羽目になる。
 板・ストック・靴のスキー一式はもちろんのこと、神事用の着ぐるみとその上に着る巫女装束や道具も持っていかねばならず、それらが背負ったリュックの大部分を占めてしまっている。それ以外にお菓子やゲーム機、本、それに来年の冬には高校受験を控えた真耶の勉強道具もある。そうなると一番体積を食う荷物、そう、着るものが問題となる。
 もとよりスキーウェアは着たまま移動することにしている。白のワンピースは母に思い出を温めるべく託し、真耶は別の動きやすいウェアにした。問題はその下で、使い捨ての下着や、古い下着をわざと持って行って旅先で捨てるというのは自然とともに生きる天狼神社の主義に合わない。そこで下着の代わりにレオタードを着ることにした。これなら宿で洗ってもすぐ乾くし、念のため替えを一枚リュックに忍ばせてもコンパクトで邪魔にならない。ちゃんと手首や足首まであるものを着れば、スキーウェアのインナーがわりにもなる。さらにもう一つ、木花村に伝わる、ある伝統的な子ども用の服が採用された。
 ラテックス。ゴムのような素材の全身スーツは、村の子どもたちに長く愛用されている。仮装文化のあるこの村らしい、体のシルエットが外に影響しなくて防水と防寒を兼ね備えたこの素材を真耶たちが選んだのは、要は下に着ている服を毎日取り換えなくてもよいという発想から。早い話ぶっちゃけると、
「洗濯できなくてニオってきてもそれを中に閉じ込めればいい」
ということ。もっとも寒冷地と言ってもスキーはスポーツ。真耶も花耶も通気性ゼロであるがゆえの蒸れに苦しめられることになるのだが。

 電車はそれなりの混雑だったが、終点でディーゼル列車に乗り換えると客数も落ち着く。それとともに沿線の積雪が目に見えて増えてくるのがわかる。
「あっ、着いた。花耶ちゃん、降りるよー」
ホームに立つと、木彫の巨大な男女対の像が二人を出迎える。これは道祖神と言い、これから向かう村に伝わる伝統の神様。神様と神使が挨拶を交わす。駅前から乗ったバスはどんどん高度を稼ぎ、趣ある温泉街に入っていく。ここは真奈美たちが住んでいるところとはまた違った雰囲気で、より雪深いことが影響しているのかもしれない。
 宿に着いて荷を下ろすと、さっそくスキーをかついで出かけた二人。ここの特徴は温泉街である村の中心とスキー場が目と鼻の先にある点で、人家からのアクセスの良さは日本屈指だろうと思う。
 各スキー場は真耶たちに対し、特別の配慮をしてくれている。リフトの運賃はサービス。何もできないならせめてそれくらい…ということなのだがもう一つ、泊り場所の確保も大きな課題。すでに言った通り神事のために人々に負担をかけることは良しとしないため、自分たちが泊まることでほかの人が泊まれなくなってはいけない。まして今は正月の松の内。旅館の高い客室を用意してくれるという破格の申し出を丁重にお断りし、集会所の仮眠室を貸してもらっていた。こんなところでと恐縮する村の人たちはせめてもとばかり、料理やおやつ、特産の菜っ葉を持って現れる。感謝とともにいただく真耶と花耶。おかげで食費もコストゼロ。持ってきてくれた人とも交流が深まるし、子どもとも仲良くなった。

 さて、荷物が多いために服装にいろいろ苦労が多いことはすでに説明した。だがもう一つ、この姉妹が抱える着るものにかかわる大きな問題があった。
「お姉ちゃんはいいよねぇ。寝るとき普通のぱんつでいいんだもん」
「んー、でもあたしその代わり昼間はぱんつだとダメだよ?」
小さい頃、おねしょに悩まされていた花耶だが、実は小四になった今でも治っていない。だから宿の布団を汚してしまっては申し訳ないので、パンツではなくおむつ着用で就寝する。幸い今は赤ちゃん用より大きなサイズのおねしょ対策用紙おむつがあり、かわいらしいデザインなので花耶も実はひそかに気に入っている。
 一方真耶はしきたりにより、男女別のトイレが使えない。なりが女子なので男子トイレには入れないし、かといって体は男の子なのだから女子トイレも使うわけにいかない。だから外出時は男女共用のトイレに巡り合えない限り、その場でしなければならない。路上で、駅のホームで、レストランの座席で、ゲレンデで。
 ただ真耶はしきたりとして割り切っているが、花耶のほうは引け目もある。本当は夜尿症の治療を始めてもいい頃だが、背も小さいので水分制限などはしないほうがいい、成長とともに落ち着くのではという判断に落ち着いている。もっとも、
「でも教室では今年してないもん!」
そう言うと花耶は胸を張った。冬、寒くなると「失敗」してしまう子が現れる。花耶も例外ではなく、寒い時期はワンシーズンあたり複数回トイレ以外の場所で水たまりを作ったことがある。以前スキーの授業の合間、お昼寝中にしてしまい、スキーウェアの中だったので大事を免れた前科だってある。だが今年は学校でその失敗をしていない。それを花耶は誇らしく宣言したのだ。
 だが裏を返せば、去年まではしていたということを白状してしまっているのだが…。それでも褒めてあげるのが真耶の優しさ。だって真耶は、花耶のおもらしが本人の失敗であることももちろんある一方で、困っている子を放っておけない彼女が自分のトイレを我慢して助けていたために間に合わなかったことも多いと知っている。それにクラスの中で自分が一番最後におもらし癖が治るようになれば、ほかの子が恥ずかしい思いをしなくて済むという気持ちがあることも知っている。

 翌日、安全祈願も無事終わり、着ぐるみで一日滑った夜のこと。さすがに疲れたと見え、畳の上で舟をこぐ二人を見て村の人たちが言った。
「神使さまたち、もしかして、お風呂に入っていらっしゃらないのでは?」
 そう。男子でありながら女子として生きる真耶は、共同のお風呂に入れない。そのことを説明された村人は何とかしようと思い、営業時間外の掃除タイムに貸切で入ってもらった。寺社を思わせるかのような木造の共同浴場は天井も高く時代を感じさせる。湯量も湯温も豊富な温泉に大満足していると、
「まだ終わりじゃないですよ。あと十二湯ありますから」
お湯は良いし有難いのだが、さすがにそれをすべて回るのは大変だろうと二人は苦笑した。

5

 再び車中の人となった二人は、途中で第三セクターの鉄道に乗り換える。さらにいくつかのスキー場をめぐりながら移動し、再びJRの路線に合流ししばらく南下すると、そこは有名な小説にも描かれた日本に名だたる豪雪地帯。真耶たちは国境の長いトンネルをくぐらずに北から回り込んだ形になる。
 だが小説に書かれた風情が今残っているかと言えばどうだろうか、という気もする。新幹線で東京から直結していることからホテルやリゾートマンションが相次いで建てられ、高層の建築物が並ぶさまはちょっとした都会という感じもする。だがそれも時代の流れ、というべきかもしれない。この地が東京からダイレクトで来られるという利点を生かし、スキー人口の増加に貢献したことは間違いない。
 ここも広大なフィールドで、真耶たちは存分にスキーを楽しんだ。だが。

 「困ったなぁ…」
儀式は真耶たちがこの地を発つ前日に設定されていたのだが、吹雪のため実施がなかなかできず、翌日に持ち越しとなった。しかしその日は移動してすぐさま儀式をやるスケジュールになっていた。スキー場とていろいろ都合があるので、どうにも日程が合わない。結果、朝イチで安全祈願を行った後、着ぐるみのまま、移動と相成ってしまった。

 こんなこともあろうと、真耶と花耶は子どもたちとのグリーティングは前日各ホテルや旅館、パブリックスペースを回ることで済ませた。それでも電車の中でだって子どもに出会うことがある。重い荷物を持ちながらの移動にもかかわらず、まして寒いゲレンデでもそれを感じないほどの厚着なうえ、中には通気性ゼロのラテックス。暖房の効いた電車の中では暑くてたまらなかったろう。
 でも一切二人は弱音を吐かなかった。そんな二人の奮闘ぶりは乗客たちに伝わった。ジュースやお菓子が差し入れられ、二人はそれをありがたく頂戴する。スキー場のスタッフからもらった駅弁と笹団子もある。だが着ぐるみの手では箸が持てない。初めて真耶たちを迎える人たちがそこまで想像つかないのは当然のこと。だが近くでプリンを食べていた子どもが箱の中に余っていたスプーンをプレゼントしてくれ、子どもたちがかわるがわるあーんで食べさせてくれた。
 神使はあくまで縁の下の力持ち的存在に徹する。着ぐるみといっても顔は口の中にのぞく程度という天狼神社伝統のスタイル。完全に顔が隠れているわけではないので会話はできるが、子どもの身長でなければ中にどんな子がいるかはわからない。写真撮影にも気軽に応じるけど、素顔までは記録に残らない。

 いったん日本海側に出たところで電車を乗り換える。このあたりは日本にスキーが初めて伝わったというところにしてこれまた日本有数の豪雪地帯。日本海からの季節風が直接当たるのだ。そのためこのあたり、スキーをするには申し分ないが交通が大変。そんな中人間大のオコジョとヤマネがのそのそ駅舎より出てきた。スキーや荷物をかついで、しかも足元は着ぐるみがしっかりスキー靴をホールドしているのでそのままで電車に乗ってきている。それでも頑張って二人はお祈りを済ませた。日本にスキーを伝えた少佐も、この二人の根性には舌を巻いているかもしれない。

6

 いつの間にか夕方になってしまい、電車のダイヤの関係からさらに着ぐるみのまま南下して、県境近くのスキー場に近い駅前でグリーティングをしてから一泊、翌日そこでもお祈りを済ませ、さらに翌日滑って楽しんでから電車移動開始。次の目的地へはいったん電車で県境を越えてからバスで行くのがショートカット。
 ここは標高三千メートルになりならんとする白銀の山脈のふもと。ヨーロッパアルプスに例えられるこの山々が人里からこれだけ間近に見られる場所は珍しい。そしてここもまた昔からスキーが盛んなところ。駅を降りるとちょうど小学校が授業を終えたところらしく子どもがいっぱい下校してきているのだけれど着ているものは皆スキーウェア。これは木花村と同じなので、真耶たちにとってはなんだか親近感を湧かせる。
 同時にここは昨今、外国人が多く観光で来る村。それも白人の血を引く人が多く住む村からきて、自身もそうである真耶と花耶にとっては見慣れた風景。もっともお店で買い物をしたら外国人と思われ英語で話しかけられたのには苦笑したが。それに対し勉強大好きな花耶が英語で返したことに真耶はなおさら苦笑したが。
 ドミトリーと呼ばれるベッドだけの宿が充実しており、真耶たちもそこに泊まる。収容人数にはまだ余裕があるが、シーズン中ということもあり真耶と花耶は遠慮して二人で一つのベッドを使う。添い寝は普段からやっているのでそれを不便とは思わず、むしろ一緒に寝られて嬉しいと思うわけだけど。近くに温泉もあるが真耶は入れないのでドミトリーのシャワーで我慢。これらも掃除の時間に入れてもらえることになっている。むろん掃除の人に迷惑かけないよう掃除している脇で入るのだけど。向かいの売店で夕食がわりにおやきや飲み物を買ってささやかな二人パーティーをしてから就寝。

 翌日。駅の待合室で二人は電車を待つ。乗る電車も場所も前持って決まっている。ある人と合流するために。
「よっ」
「おはよう! 苗ちゃん!」
両耳のところに紐が垂れたウールの帽子の下から、見慣れた黒髪がのぞく。鮮やかなドット地のウェアは本来スノボ用とのことだが、せっかく今年のモデルを買ってもらったのでスキーだけど着てきたとか。可愛い服を友達が着ていると腕を組んだり背中からおぶさる仕草をしたりする癖のある真耶がそうしているということは、この着こなしがいたく気に入ったということだ。
 駅に着くと、電車にはスキーウェアに身を固めた集団が乗ってくる。沿線に多数のスキー場が点在するので、スキー出来る格好のまま電車で移動するのは普通のこと。子どものスキーウェアといい、スキーを中心に人々の生活が設計されている環境が木花村の子どもにはとても親近感がある。そしてそんな環境だから、電車の中でスキーウェアを着てずっと旅をしてきた真耶たちも浮いたりしない。スキーウェアが大好きで、冬の万能服と思っている真耶にとってはなんと過ごしやすい村かと思う。

 村の中心部から見える大山脈は木花村の大火山とはまた違う美しさ。電車を降りた三人はその凛々しさに見惚れていた。
 真耶にとって一番の親友である苗は、自宅のペンションが多少暇になったタイミングでやってきた。もとより冬休みは毎日のように真耶とスキー場で会う仲。よく一緒に遊んでもらっている花耶も喜んでいる。
 「じゃーん!」
スキー場に着くや否や、苗の取り出したスキー板。そこには可愛らしいアニメのキャラクターが微笑んでいた。
「わー、苗ちゃんすごーい! 可愛いー! 作ったの?」
「昨日プリントしたんよ」
苗が持っているのは痛板といって、最近アニメ好き兼スキー・スノボ好きの間で流行ってきている。アニメやゲームとスキー、両方大好きな苗にはぴったり。そしてこの近くのスキー場が痛板オーナーにとって聖地のようになっており、イベントもあることを真耶はポスターを見たことで思い出していた。そしてそのことが、真耶の心に、ある懸念を抱かせた。
「苗ちゃん…本当は痛板フェス、行きたいんじゃないの?」

 広大なフィールドは何日あっても飽きないと思われる。四人乗りリフトの上で苗が言った。
「んなわけないじゃん。ウチそういうみんなで集まってとか好きじゃないし。それに、真耶といるほうが楽しいしさ」
それを聞いて、もしかして自分に合わせてくれてるのかと思った真耶は言う。
「そう言ってくれるの嬉しいけど…でもお祈り明日だし、言ってくれればあたしも一緒に行ったのに」
と、そこまで言って気付いた。

 「苗ちゃん…ごめん!」
苗の腕をぐっとつかんで、真耶が言う。肩に擦り付けるようにした顔は真っ青になっていたことだろう。
 苗が今住まうペンションの両親は本当の両親ではない。苗の元々の父親は誰もが知るような一大企業グループのトップ。だが彼は妻、すなわち苗の実のの母とは不仲になり離婚、そちらについて行った苗は新しい事実婚の父親と出会うが、その男に虐待を受け、児童相談所に救われたのだった。実の父親のことを苗は恨んでいないし時々は父の住む大邸宅に遊びに行く。だが苗は自らの判断でそれを目立たないようにやっている。
 苗はかつて「名の知れた実業家の一人娘」として幼い頃から社交界にデビューしている。その頃の面影残る彼女が違う苗字で出てきたとき、彼女と社交界で見知っていた人はどう思うだろうか。だから苗は目立つ場所へ行くことを極端に避けてきた。そしてフェスティバルとなればどんなきっかけで自分の顔が表に出るかわからない。
 それに村の人達はその事情を知っており、その上で彼女を色眼鏡で見るようなことは決して無い。でも、広い世の中、中にはいるだろうと思う。彼女がいつも名乗っている御代田という姓ではなく、実の姓を使わねばならない局面もあるということに不審をいだく人が。何かにエントリーで名前を書くとき彼女はいつも迷う。どっちの姓を使うべきかと。そしてその事情を問われた時に説明した結果、腫れ物に触るようにされるのを苗があまり好まないことも、真耶は知っている。
 木花村ですら悲しいかな一枚岩ではない。特に村の歴史に疎い人の中には苗が里子であることを告げないほうがいい場合もある。まして全国から不特定多数が集まるイベントでは…そのことを思うと、そしてそのことを忘れて無邪気に参加を促した自分の配慮のなさを思うと、目から熱いものをこぼさずにはいられなかった。
「…ごめん、ごめんね…あたし、なんで気づかなかったんだろ…」
気が付くとリフトが終点に来ていた。苗と花耶は真耶の変化を察し、リフトを降りるとコースの隅っこに誘導し、真耶のゴーグルの中にたまった涙を捨ててあげた。
「気にすんなってば。真耶がそんな悪気持ったヤツだなんて、思ってないよ」
それでも真耶は気持ちの整理がつかないのか、座りこんで泣き続ける。その頭を、花耶がぽんぽんと撫でて慰めてあげている。
「お姉ちゃんだって同じでしょ? ひっそり生きなきゃいけないのは。はがくれ、みたいなさ?」
男子として生まれながら、女子として育ち、過ごしている真耶。それは世間的にはなおさら隠さなければならないこと。だから真耶だって苗の気持ちがわかっていることはわかっている、そう言いたかったのだが、裏目に出てしまったようだ。
「…う…じ、じゃあ…あたし花耶ちゃんにもひっそり生きさせてるんだ、う、うう、うえええ~ん」
花耶が目立つことを避けたがるのは、何でもできる万能人間なのでその中で何をしていこうか決めていないのと、何でもできるためあちこちで引っ張りだこになるのがたまに鬱陶しいからなのだが…。だが真耶が本格的に泣き出したらどうしようもないことを二人とも知っている。ただただ真耶のことを抱きしめ、嵐が過ぎるのを待つしかない。と、その時。

 「おやおや、泣き虫さんがいる」
急斜面を一気に滑り降りてきていたその人は、方向転換すると真耶たちのところにスッと近づき、真耶の顔の寸前に自分の顔を近づけた状態でピタリと止まってそう言った。飛び散る雪しぶきに一瞬ひるんだ真耶だったが、それが功を奏して嗚咽が止んだ。真耶たち同様ゴーグルにフェイスマスクをしていたがそのスキーヤーの正体は、女性だった。
「どうしたのかな? せっかくスキーに来たんなら泣いてちゃもったいないよ?」
凛とした、それでいて澄んだ声。スキーの腕前からしても、スポーツウーマンといった感じ。
「…う、えう…実は…」
説明しようとすればするほどしゃくり上げてしまう真耶に代わって苗が説明した。自分が実の両親のもとを離れて暮らしていること、そうなったのはあまり良い理由ではないこと、だから痛板フェスへの参加をためらっていたこと。洗いざらい話した。もちろん今泣いているこの子がフェスに行くよう自分に勧めてきたきたことやそれで自分を傷つけたと思って泣いていること、でも自分はそんなこと思っていないことも話した。でもこの子も同じ境遇であることと、その理由までは言わなかった。
「…そうなの…」
女の人はちょっと考えると、スッと真耶の腰に回り込み、
「よいしょ」
真耶を抱きかかえ、軽々と持ち上げた。
「気持ちいいでしょ? いい景色でしょ? 私、この風景を見て育ってきたの。悲しいことなんか、忘れちゃうでしょ?」
それはスキージャンプの選手が飛形をチェックするためにするもの。特に子供の選手が飛行中のフォームを大人に抱き上げられた状態でやることが多く、完全に持ち上げられた真耶はあたかも本当に空を飛んでいるようだ。
「うわあ、すごい…」
眼下にはふもとの村や、それを取り囲む山々が美しく広がる。高所恐怖症の真耶だが怖さはまったく感じなかった。その女の人がしっかり支えてくれていることがわかるからだ。それを苗はしっかり見抜いていた。
「わあ…すごい力…」
女性に対して失礼かもしれないその言葉は苗の意図通り、褒め言葉として伝わったようだ。
「ありがと。その褒め方嬉しいな。まぁ私の専門はジャンプじゃないけどね」
そう、女性であっても馬鹿力という表現がときには褒め言葉になる職業。まさに彼女はアスリートであり、その腕力は厳しいトレーニングの賜物であると、苗は気づいたのだ。

 「細かいこと気にしちゃダメだよ。見ればわかるよ、キミたちすごい仲良しだもんね。雪の上だとそういうの全部わかっちゃうの。こんな美しいところでキミだけ泣き虫さんしてたらこの子たちも悲しくなっちゃうよ。友達思いで妹思いのキミなら、できるでしょ? 笑うこと」
それを聞いた真耶は、自分でも不思議なくらい微笑むことができた。それを見届けた女の人は、三人の頭をぽんぽんと撫でると、再び華麗なシュプールを描きながら滑り降りていった。彼女の爽やかな雰囲気に三人とも心がすっかりなごんでしまった。女の人はそのあともゲレンデで転んでいる子供を助け起こしてあげたりしている。
「優しそうな人だね」
「うん、スポーツ選手なのにね」
という苗の返事に花耶はびっくりした。確かにスキーはうまいけど、それだけでプロの選手とわかるだなんて。
「苗お姉ちゃん、わかるの?」
「わかるよ。だいいち声が、さ。フェイスマスクしてたからモゴモゴした感じだったけどそれでもわかるよ」
苗は自信をもってうなずいた。真耶もだ。そして二人とも同時につぶやいた。それを聞いて花耶も気づいたようだった。
「あの人、ひょっとして…」

 その夜。
「ねえ真耶…一緒に、寝ていい?」
真耶や花耶と同じドミトリーで泊まる苗。もとより真耶と花耶は同じベッドなのだが、そこに苗も合流したいという話。真耶のことは全然気にしていないけど、それはそれとしてフェスティバルに行きたい気持ちはある。だからそういうことを自由にできない自分の境遇が、悲しくはある。普段は気にしていないが、夜、おやすみ前のほんのちょっとの時間だけ、切なさが胸を襲うことはある。そのことをあとの二人はわかっていた。
「もう、苗姉ちゃんは甘えん坊さんだなあ」
花耶の軽口がかえって苗の心をほぐす。苗だってまだ子どもだ。本当は寂しい。宿の人に言って、苗が使うはずだったベッドを他の人に譲るよう言ったらびっくりしていたが、それでよかった。
 花耶の言う通り、苗は案外甘えん坊で、お泊り会があると必ずみんな同じ布団で寝る。一人で寝る時もぬいぐるみを抱いて寝ていることはペンションの両親と真耶たち親しい友達だけが知っている。花耶を間に挟んで、手前に真耶、奥に苗というのが普段のパターンだが、今日は慰められる対象の苗が真ん中に寝る。窮屈にも見えるが全員小さくて華奢な身体であることが幸いしたものの、結構な密着具合で、でも寂しさや切なさを癒やすにはちょうど良かった。
 もっとも朝になって、ゴーグルとフェイスマスクをすれば素顔なんてわからないということを宿の人から指摘されたので、フェスには行ったのだが。それに受付の人にに自分が里子であることを話しても、全然普通と違う扱いをされることはなかったし、巨大なオフ会みたいなものなので本名を表に出す機会もそうはなかったのだが。

7

 三人がこの村に来て数日、安全祈願が始まった。今シーズン最後にして、来年は無いことが分かっているので気合いが入る。そう、来年真耶は受験。過密スケジュールを承知で頑張るのは、スタッフも真耶も来年は受験で無理だと分かっているから。祈願は他の神官でも構わない。それでも今年だけでも自分がやってみたい、そんな真耶の意気にスキー場が応えたというのもある。
 電車の沿線に連なるスキー場を巡っていく。当然移動は着ぐるみだが、こないだより短距離なのでもはやお手の物。苗はついでに、アニメの聖地になっている駅に行ってきた。氷に包まれた湖が綺麗だった。
 そして安全祈願最終日。この地域で最も歴史あるスキー場に三人はいた。苗はお祈りのサポート役をずっとやってきている。ほかにスキー場のスタッフの人や、当然見物客もいるわけでごった返している。その中で雪を積み上げて作った小山は舞台袖のかわり。その影で出番を待つオコジョ姿の真耶がつぶやいた。
「あれ、お馬さんかなあ」
真耶が指さした先に、真っ白な頭でっかちの生き物がいた。
「あー、ここのゆるキャラらしいよ」
ヤマネ姿の花耶が答える。これまでも安全祈願の現場にゆるキャラが遊びに、もとい一緒に祈願しに来ることはあった。スキー発祥の地でそれを伝えた外国の少佐を模したゆるキャラ。熊がリンゴを被ったような、あたかも着ぐるみが着ぐるみを着たかのようなゆるキャラ。などなど。
 でもその真っ白な馬の着ぐるみはそれらの中でも特におかしさとゆるさで抜きん出ているように、彼女たちには感じられた。そしてそれは、着ぐるみの立ち居振る舞いの中に、中にいる主の本気度がにじみ出ているということでもあった。かなりの演技派と見える。自らも着ぐるみを着てきた真耶にはそれがわかる。
 そして、三人はほぼ同じ瞬間に、あることに気づいた。
「ねえ、あのお馬さんって…」
「ああ、ウチも思ってた。多分あの中って…」
着ぐるみのような重くて動きにくいものを着てスキーをするにはかなりの技術がいる。だがその着ぐるみの中にいる人はそれどころではないほどの相当な腕を持っている。それはスキーを得意とし、自らも着ぐるみを着て滑る真耶と、それをそばでみてきた苗には分かった。そしてそれにもかかわらず、その着ぐるみが持つゆるさを表現する演技力。
 まだお祈りは始まっておらず、儀式の開会式が行われている。表から退場してきた着ぐるみに対して、苗が真耶から預かっていたスマホの待ち受けをそっと見せる。
「うふふ、やっぱり分かっちゃうんだね」
白い馬の口に作られたのぞき穴の中から、澄んでか細く、でもそれでいて身体を鍛えた人に特徴的なしっかりした声が聞こえた。

 「う、うそ! だってもうすぐオリンピックだし…」
「しーっ」
馬の右手が、その中身が自らの憧れの人だったことを確信したオコジョの口にそっと添えられる。本当は人差し指を一本立ててやりたかったのだろう。
 中町愛花。この村が生んだ世界に誇るフリースタイルスキーの選手で、腕前と同時にその端正かつ柔和な美しさも人気の理由。見せる要素のあるスポーツで抜きんでている彼女が着ぐるみとしての演技力を発揮するのに長けていたとしても不思議ではない。そして真耶は彼女の試合がテレビでやっていると必ず録画保存して観るほどのファン。スポーツが苦手だし観戦することも少ない真耶がそこまでして追いかける唯一のスポーツ選手。
「で、でも、どうして…」
小声だが、興奮をおさえきれないふうで真耶が尋ねる。
「だって私、ここ地元だもの。地域貢献っての? したいでしょ? 壮行会やってくれるっていうから来たんだけど、してもらうだけでも悪いでしょ? だから、恩返し」
「そうですけど…でもなんで着ぐるみ…」
「うーん、応援してくれるのはうれしいけど、ずっとみんなチヤホヤされるのって疲れちゃうでしょ? これならみんな気づかないと思ってさ。それにね」
白い馬が、オコジョとヤマネ、苗をぐっと抱きかかえて言った。
「楽しそうなんだもん。きみたちが」
 村の偉い人などの挨拶が終わり、いよいよお祈りを捧げる時が来た。四人、いや一人と三匹はひそひそ話をやめ、神妙なムードで自分を高め始める。そして真耶は思っていた。そう、楽しいんだ。神使の仕事ってつらくて大変だけど、あたし楽しいからやってるんだ。
 あとでわかったことだが、着ぐるみに入る予定の人が風邪でダウンしたため、急きょ彼女が着ぐるみの中身を買って出たということだった。そういう優しい人なんだというのも感じると同時に、でもやっぱり自分がやりたかったのも嘘じゃないんだろうなと、真耶は思っていた。だって、自分もそうだから。それにしても、フリースタイルスキーで世界相手に争う選手と間接的に握手している子供たちはそれとは気づかないだろうけど、なんと幸せなことだろう。
 ひとしきお祈りを含めたイベントが終わったあとも、三匹の着ぐるみによる安全PRとグリーティングは午後まで続いた。ときどき楽屋がわりの雪壁のところで休憩しながら、ガールズトークに花を咲かせた。普通の格好は苗だけで残りは皆着ぐるみのままだったけど、真耶のみならず、その中の誰にとっても幸せなひとときだったに違いない。
 愛花選手は予定が詰まっていたのでその日のうちに出発した。でも一緒に滑れたことは良い思い出になった。お互い着ぐるみの中だったけど。その夜ドミトリーの共用スペースでささやかに節度を守りながらのプチ打ち上げ。旅に出て楽しいのはこういうひととき。その間も思い出話は弾んだ。

8

 二月最初の日曜日、真耶はいつものように神社の掃除をしていた。といっても境内は雪に覆われており、本来の参道も除雪して石段を登れるようにしてはかえって危険なのであえて雪を積もらせたまま閉鎖している。それにここの神様はオオカミだから、凍った石の上はかえって歩きにくかろう。だから賽銭箱のまわりを拭くだけのささやかな作業だけど、真耶は気を抜かない。
 真耶たちのもとに、日常がかえって来ていた。最後の安全祈願を終えて真耶たちは木花村に帰還。ほどなく三学期が普通に始まった。相変わらず学校以外ではスキー三昧の真耶たちだったが、そればかりしているわけでもない。
 花耶は朝早くから、これまた長年続けている空手の練習試合に出掛けた。夏はジョギング、冬はクロカンが好きで、その途中によく神社に立ち寄る苗も今朝はペンションを手伝っている。希和子は朝食の準備中だし、神社の掃除は子どもの仕事という決まり。だから今日は真耶一人で掃除をやっている。他に誰もいない静寂の中、雑巾を滑らす音だけがかすかにしていた、その時。

 さく、さく、さく。

 誰か来た。気付いた真耶が振り返る。参道が閉鎖された神社へは横から入るかたちになる。そこは嬬恋家の母屋にもつながる小道で、それも雪を踏みしめただけの状態になっている。参道の下にまわり道との表示はしているが、わざわざそれに従って林道から回り込んで参拝する人はめったにおらず、そこの鳥居の下からお参りすればいいことになっているしその告知もしてある。だからここまで登ってくる参拝客というのは珍しい。
「誰だろう? お参りしてくれるのはうれしいけど…」
真耶はその瞬間、目を見開き、そして両手で口を覆い、顔がみるみるほころぶ。

 「お久しぶり」

 ぱん、ぱん。天狼神社ならではの、礼をせず神と対等に向かい合うスタイルで愛花がお祈りを済ませた。フリースタイルスキーのシーズンはまっただ中であり、今も世界を転戦しているはず。いや、それどころか、もうすぐ、オリンピックが…、という思いは見抜かれていた。
「オリンピックはどうしたって顔してるよ? でもね、だから来たの。必勝祈願」
その言葉はうれしかった。でも同時に控えめな性格の真耶は恐縮しながら言った。
「でも、あたし、運動苦手だし、あんましそっちのご利益ないって思う…」
「ウ・ソ」
愛花が人差し指をぴんと立てて、真耶の唇に当てる。着ぐるみの時、真耶が名前を叫びそうになった時もしていた仕草。
「ウソ、そんなの。だって私、あのお祈りのあとすごく調子いいんだよ。きっと真耶ちゃんと一緒にお祈りしたからさ、神様が私のことも応援してくれたんだよ」
「…神様のこと褒めてくれるのはうれしいですけど…でも、それは愛花選手の実力だと思います」
「神社の子がそんなこと言ってどうすんの? スポーツ選手は勝ちを信じて頑張る。神社の子はご利益を信じて頑張る。同じだよ」
「同じ…」
真耶の表情がぱっと明るくなった。
 「そう、同じ。ううん、仲間。私も、真耶ちゃんも、花耶ちゃんも、苗ちゃんも、ね」
愛花は真耶の前にすっと回りこんだ。そしてそれからアスリートの証であるかのように、瞬時の身のこなしで、

 「ちゅ」

 余りのスピードに、真耶は呆気にとられた。
「うふふ。仲間ならこれくらい当たり前でしょ?」
真耶はすっかり上気してしまった。空気はひんやりしているのに、顔がかっかと熱くなる。特に愛花の唇がふれた、おでこのあたりが。
「もっと自分に、自信持たなきゃダメだよ。真耶ちゃんはすごいんだから。私あのお馬着て滑るの、結構大変だったんだから。なのにあんなもこもこしたの着てスイスイ滑る真耶ちゃんたちはすごいよ」
そして、再び真耶に接近した愛花は、真耶の頭を自分の頭のそばに引き寄せ、さっきキスしたおでこを突き合わせて、こう言った。
「だから、男の子がわんわん泣いちゃだめだよ。あ、女の子もそうだけどさ」
それだけ言うと、愛花は真耶の頭をぽんぽんと撫でて、手を振った。
「それじゃ、またね! 花耶ちゃんと苗ちゃんにもよろしくね!」

 真耶は、心だけが天国にいるようだった。天国というのが神道の概念にあるかどうかなんてことはこの際どうでもよかった。だが去っていく愛花選手をぽーっとした顔で手を振って見送っているとき、はっと気づいた。

 男とばれてたー!

 「あ、安心して。男の子だけど女の子として頑張ってる真耶ちゃん、偉いと思うよ」
振り返った愛花選手にそう褒められたのはうれしかった。でも自分が完ぺきだと思っていた女の子としての振る舞いも、見る人が見ればわかるんだなあ、というか、スポーツって体格や身のこなしに性別が反映されちゃうから、一流アスリートには見抜かれちゃうんだなあ、なんてことを高速で考えつつ、
「でも、愛花選手の前では女の子でいたかった!」
という結論がいったん出た。でも同時にこんなことも思った。その感情がどういうことなのかそのときの真耶には整理がつかなかったが、
「男の子だって、わかってたんだ。そっか…愛花選手には、本当は男の子だって見られちゃうんだ…」
そう思うと、またみるみる顔が真っ赤になった。同性としての憧れだと思って追いかけていた愛花選手、でもこれからは、異性へのそれが真耶の心に芽生える。そう考えると、恥ずかしさといたたまれなさがないまぜになってくる半面、ちょっとだけ、楽しみでもあった。

コノハナガールズ日常絵巻・スキーの神様?

ソチ五輪開幕までに何とか間に合いました。木花村だけ雪が降るというのは、実際は信州の高原って意外と積雪量少ないんですね、相対的に。だからそれを補うために何とかひねり出した設定です。
そのほかも、いろいろ遊んでみました。モデルとなったスキー場や地域は自分が行ったことのあるところが中心で、土地勘のないところは書かなかったり書き方が淡白になったのは申し訳ないところです。いろいろちりばめた小ネタ、通じましたかね。そうでないとすれば自分の文章力がないかもしれませんが。
愛花選手は個人的にお気に入りのキャラクターになりましたが、書いているとなんとなく真耶の母にキャラが似てきたような…というか母と似たタイプのスポーツ選手に胸ときめくって、真耶ってマザコンなんですかね、って自分で設定作っておいてなんですが。

コノハナガールズ日常絵巻・スキーの神様?

この小説は『宗教上の理由』シリーズのひとつとして、一話完結で木花村の愉快な仲間たちを描きます。木花村にもスキーシーズンが到来し、スキー大好きな真耶たちは大喜び。でも天狼神社を守る真耶と花耶には毎年すべき神事があり、今年はさらにある依頼が舞い込んだのだった。冬季オリンピック直前にウインタースポーツのお話をひとつ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-06

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