番外短編1. 凍える街
読み終えた小説をそっと閉じた。
外の世界を照らす光の源が、月から太陽に変わったことに気付いた僕は時計を見る。午前7時。
「もうこんな時間か」
そろそろ寝よう。そう思いつつ窓の外をぼんやりと見つめる。
そこには本来あるはずのない綺麗な白があった。
ぼんやりとした僕の目に、美しく荘厳な白の世界が飛び込んできた。
窓の外は大阪では滅多に見ることのできない美しい白い白い雪景色が広がっていたのだ。
その白の世界に数秒見惚れていた僕は、上着を着るのも忘れ玄関にあったサンダルを軽くはくと同時に扉を開け、刺すような冷気とすれ違う形で、外の世界へ勢いよく飛び出す。
外の世界はいつもとは景色が違っていた。
家の前の、小さいころからお世話になっている平凡な公園は、降り注ぐ雪による着色で白く染められていて、いつもより特別に見える。
外の世界は凍てつくような鋭い冷気で満たされていて、その冷気を纏った雪が僕の肌に容赦なく降り注ぐ。
だが、そんな小さなことを気にしていられないほど、僕は目の前の"大きな美しい世界"に心を目を、五感の全てを奪われていた。
それほどまでに衝撃的であった。
もちろん事前に天気予報などで雪が降ることは知っていた。
だが積もるなんて予想もしていなかった。
雪が降る"だけ"だと思っていたのだ。
だから僕は目の前の大きな美しい景色を前に酷く興奮した。
この貴重で特別な風景を保存するため、僕はズボンのポケットからゆっくりと携帯を取り出す。
僕は携帯のカメラをすぐに開くと、"大きな美しい世界"を"小さな電子の世界"に写し、夢中で携帯のボタンを押した。
サンダルに侵入した雪が体温で溶けて冷たさを感じるまで十数秒。
それまで僕はこの"白い世界"に見とれて、シャッターを切り続けるだろう。
やがて僕は思うだろう、「寒い」と。
寒さに耐え切れなくなり家の中へと駆け戻るまであと数十秒。
それまで僕はこの"白く冷たい世界"の心地好さをゆっくりと味わうのだろう。
目の前の"大きく美しい世界"とそれを写す"小さな電子の世界"を眺めつつ僕は思う。
「たまには凍えてみるのも悪くない」
番外短編1. 凍える街