南米で男を一人買った

 自分にとって14個目の仕事で、私は南米にいた。別に望んでここに来たわけではなかった。そうせざるを得なかったというだけのことだ。そこはずいぶん辺鄙なところだった。街並みは一見すると賑やかで整って見えたが、一歩路地へ入るとどの家も似たような貧相な土色をした壁で出来ていた。どの民家も鶏と豚を飼っているような街だった。そして街のどこへ行ってもなんとなく肥料の臭いがした。それは当然のことだった。街には大きな肥料工場があって、ほとんどの住民はそこに勤めていた。私も含めて。
 その街の肥料工場での私の仕事は、ただ黙々とこちら側の肥料の山をあちら側のコンベアにシャベルで移し変えるというもので、まあそんなに悪くはなかった。何しろ他人と一言も口をきかなくて済んだ。それに一日中黒煙草を吸っていられた。そうでもしなければ肥料の悪臭で鼻がおかしくなってしまいそうだった。肥料はいったい何で出来ているのかしらないが、多分豚と牛と人の糞で出来ているに違いなかった。そういう臭いがした。支給された分厚いゴムの手袋とエプロンは、それ自体に臭いが染み付いていて気休めにもならなかった。一日の仕事が終わると、私はとにかく急いで家に帰り、強力な洗剤で全身をごしごしと洗い、熱いシャワーを浴びた。おかげで顔も体も皮膚はぼろぼろに崩れてしまった。顔を手で擦ると、白く乾燥した皮膚の欠片がぼろぼろと落ちてくるのだ。しかし、それでもまだ私の体には糞の臭いが染み付いていた。聞いた話では、私の前任者たちは臭いと疲労で皆せいぜい3ヶ月ほどで辞めるか、逃げ出してしまったということだ。私はその仕事をもう1年以上勤め上げていた。別に自分が人よりタフだと誇るつもりはさらさらないが、要は他に選択肢が無かったというだけのことだ。実際に臭いは頭がおかしくなりそうな程酷かったし、毎日筋肉痛で全身が燃えるようだった。仕事の間、私はただ糞の塊を運ぶ機械の一部になろうと考え、早く終業時間が来て酒を呑みに行きたいと考えていた。だが工場の持ち主は何故か私のことを気に入ったようで、私の姿を見かけると英語とスペイン語で話かけてきた。給料もそれなりの額を日払いにしてくれた。私としては彼が何事かを笑顔で話しかけてこようが、給料を手渡されようが軽く会釈して辞去するだけだったのだが。
 その日の夜も、私は街のバーのカウンターで一人吞んでいた。そこはその街の中では比較的上品な部類に属する店で、私のような異邦人が一人でいても面倒ごとに巻き込まれることが割と少ない場所だった。大体週に2、3度誰かを打ちのめすか、あるいは自分が打ちのめされるだけで済んだ。その日私は肴は取らず、ひたすらスコッチを吞んでいた。かなり酔っ払っていた。多分6杯くらいは飲んだと思う。私がこの一杯を片付けたらもう寝ようかと考えていると、左隣の席に無言で誰かが座った。そちらの方から視線を感じた。また誰かに絡まれたのかと思い、私はぎゅっと握りこぶしを作ってから隣を振り返った。
 隣には若い男が座っていた。男といっても、まだ子どものように見えた。耳に掛かるくらいまでの黒髪が、店の電灯の光を反射して輝いていた。きめ細かい褐色の肌はミルクコーヒーのようだった。やや露出の多い袖を切った白いTシャツと、カット・オフのジーンズから伸びた腕と足は細く、不思議なくらい艶かしく見えた。そして瞳だ。前髪の間から見え隠れする、青がかった緑色の、地低湖の水底のような色の瞳。私は数秒の間阿呆のように見つめていた。それから我に返ると、カウンターの奥でバーテンが、私のほうをニヤついた顔で見ているのに気付いた。彼はニヤけた笑顔のまま、左手の親指と中指で輪を作り、そこに右手の親指を出し入れする仕草を繰り返していた。私は一瞬不愉快になったが、まあつまりはそういうことだ。この街には糞の臭いがする肥料工場で働く人間もいたが、それと同じ位たくさん売春婦や男娼もいた。男娼は買ったことはないが、これまで何人も見たことはあった。大体の男娼は若くて、小さな少年達で親がいないか、親に売られたか、親に身体を売るように言われて街角に立っているかのどれかだった。大抵の少年は妙に痩せていたり、意地悪そうだったり、病気持ちのように見えた。しかしこの子は特別だった。奇跡のようだった。私はふと、この痩せっぽちの子どもに対して体の芯が熱を持ち始めているのを感じた。熱を冷ますためにぐいと酒を呷った。
 酒のグラスに口を付けながら、改めて横目で隣を見た。背はせいぜい160センチ後半といったところだ。骨格も筋肉の付き方もまだ幼さが残っていた。どんなに良く見ても、とても二十歳を超えているようには見えなかった。15を超えているかも怪しいものだ。しかしバーにそんな歳の子どもがいるというのもおかしな話だったし、それに顔を見る角度によっては確かに二十歳くらいに見える時もあり、私は年齢について正確な判断を下しかねていた。少し悩んだが、私は結局、なにか飲むか、と隣に声を掛けていた。
「ありがとう」と彼は答えた。どうも声変わりもまだのような高い声に聞こえた。私は指を2本上げてバーテンを呼ぶと、私と同じものを作らせた。バーテンは特に何も言わず彼の前に酒を出した。
 彼は酒が好きらしく、かなり呑んだ。私は人と話すことは好きではないが、その日は会話は滑らかに進んだ。他愛もない会話だったが、私たちは店が閉まる時間まで酒を呑んでいた。彼は自分の名前はチトだと名乗った。それは女性名のように私は思った。チトは断片的に身の上も話した。今年で二十歳になること。両親はいないこと、施設に2回入れられていて、まともな職にありつけないので今の商売をしていること。どんな施設に入ったんだ、と訊くと、すぐ分かると言わんばかりに肩をすくめるだけだった。それからチトは、私のにおいが好きだと言った。だから私の隣に座ったのだと。そして実際に首の辺りに顔を近付けて鼻を鳴らした。私は思わずグラスを床に落としそうになった。私の顔のすぐ下にあるチトの髪からは、オレンジの匂いがした。私は笑った。悪い気分はしなかった。
 何杯目かの酒を呑み終えた後、チトはヒップポケットから小さなビニール袋と鍵を取り出した。ビニール袋の中にはさらさらとした白い粉が3センチばかり入っていた。中身が何かはおおよそ察しがついた。チトは粉の中に鍵を突っ込むとさっと引き上げて鼻の下まで持って行き、溝に残った粉を吸い込んだ。そして私の方にも粉の袋を差し出した。私は結構だと断った。チトは面白そうな顔をすると、袋をポケットに仕舞った。これでチトが施設に入れられた理由も分かった。
 チトは潤んだ大きな目でこちらを見たままぼんやりとしていた。いったい本当は幾つなんだ、と私は言った。チトはグラスの底に残った最後の酒を喉の奥に流し込んだ。
 「18」、とチトは微笑みながら答えた。
 私は手を上げてバーテンを呼ぶと、二人分の勘定を済ませた。そしてチトに、幾らだと訊いた。チトは一晩の金額を言った。私一人分の飲み代より安いくらいだった。行こう、と私は声を掛けた。そして二人で店を出て行った。
 二人で私の部屋まで歩いた。途中ドラッグストアで、ビールを半ダースと安物のワインを一本買った。夜空は向こう側が透けて見えそうなくらい晴れ渡っていた。どこかで乾いた銃声が聞こえ、犬が吠えていた。
 部屋に着くと、チトはすぐにシャワーを浴びに行った。どうにも落ち着かなかったので、私はベットに腰掛けて買ってきたビールを呑み、煙草をふかした。試しにテレビをつけてみる。酷い顔をした人々が何かを話して笑ったり怒ったりしていたが、内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
 3本目のビールを飲み干した時、チトがシャワールームから出てきた。一糸纏わぬ姿で、首から白いタオルをかけただけの姿で。チトは素晴らしかった。薄茶の肌に、まだ少し水を含んだ黒い髪。しなやかな体にふさわしい細い腰は、私の両手の平で包み込めそうだった。もちろん胸は無かったが、その代わりちょうど腰の下にある双丘は滑らかに丸く、適度に引き締まっていた。そして体には一本の毛も生えていなかった。とても18には見えない、と私は言った。
 「本当は16なんだよ」とチトは言って、笑った。そしてベットサイドに脱ぎ捨ててあった服のポケットから、さっきの粉が入った包みを取り出すと同じように吸い込んだ。私は半ば呆けてしまい、ただ新しいビールを開けると、それを喉の奥に流し込みながらチトの体を眺めていた。チトにビールは呑むかと勧めた。チトは一本手に取り、一口だけ飲んだ。そして滑り込むように私の体の前に膝まづいた。
 その時には既に私の体は硬くなっていた。ジーンズの前は大きく張り詰め、勝手にチャックを押し下げてしまいそうな勢いだった。私はまだシャワーも浴びていなかったが、チトは構わず私のジーンズの前のチャックに手をかけた。私が少し腰を浮かすと、チトはズボンとパンツを私の膝の辺りまで押し下げた。私の体のその部分は、全く違う意思を持った別の生き物のように見えた。これまで見たことが無いほど熱く硬く脈打ち、青黒くなっていた。赤ん坊の腕くらいはある代物だ。チトはそれを見て一瞬息を飲んだが、一瞬後にはためらわずそれを握っていた。細い、小さな指でゆっくりと上下にまさぐりながら自分の褐色の頬に押し当て、先端を刺激した。少し骨ばった指の硬い感触と、なめされた皮のようなつるつるとした感触が一度にやってきた。私はどんどんいい気持ちになってきていた。徐々に透明な液が先から出てきて、それはチトの頬について透明な糸を引いていた。チトはしばらく唇と舌と手を使い続けた。そしておもむろに口に含んだ。
 チトの手や舌使いは相当巧みで、それだけで私は徐々に腰が浮き上がって来ていたが、口の中はそれ以上だった。熱く湿った、蠢く小さな穴。それが私を包み込みながら上下に動き、吸い上げ、小さな歯が当たり、唾液と体液が混じる音を立てていた。そして私の足の間で、揺れる前髪の間から一対の美しい緑色の瞳が見上げていた。なんて素晴らしいんだ、と私は思った。素晴らしくいい気持ちだった。声を上げないためには、私はずっと自分の唇を噛んでいなければならなかった。
 抑えることもできず、私は5分と持たず達した。絵に描いたような完璧な射精だった。本当ならそれは大きく弧を描いて空中を1メートルも飛び上がったことだろう。だがチトがまだ私を口に含んだままでいたので、そうはならなかった。代わりにチトは口で全てを受け止めていた。その間緑の目は閉じられていて、私はというと両手でシーツを握り締め低く唸り声を上げるばかりだった。しばらくして、チトは私から口を離した。
 「続きをする?」とチトは口の周りを手の甲で拭いながら言った。
 いや、今日はいいと私は言った。少しふらつきながらもなんとか立ち上がって、キッチンから大きなグラスを二つ持ってくると、ワインの栓を開けて並々と注いだ。そしてチトとベットに寝転がりながら、二人でそれを呑んだ。私は下着を身に着けただけで、チトはシャツを脱いでベルトを緩めていた。特に何も会話はしなかったが、なんとなくその方が良かった。ワインを呑みながら、チトは私の胸の辺りに鼻を寄せてにおいを嗅いだ。あまり頻繁にそうしてくるので、私は段々とくすぐったくなってきてしまった。その頃にはワインは空になったので、私は棚からウィスキーを取りベットに戻った。ついでに安葉巻を一本持ってきた。茶色くて、太い形のやつだ。自分のとチトのグラスにウィスキーを注ぐと、私は葉巻の尻の方を噛み千切ってから火を着けた。一口燻らせてから、チトへ葉巻を回した。チトは私から葉巻を受け取ると、薄い唇で吸い付くように咥え、酒の酔いでまどろみ始めていた瞼をゆっくりと降ろし口の中に煙を貯めると、葉巻を唇から離し白く濃い煙をゆっくりと吐き出した。その一連の動きはなかなか様になっていた。商売女でもこう上手く葉巻を吸える奴はそうそういない。私は半ば感心して、チトが葉巻を吸う様を見ながらウィスキーを喉の奥に流し込んだ。そうしながら、私はもう一度あの唇に咥えられたら、と考えていた。私は徐々に興奮してきた体を冷ますため、ただ酒を呷った。その夜はそのまま気がついたら眠っていた。

 目が覚めると、ブラインドの隙間から陽の光が差し込んでいた。仕事に行かなければ、と思いベットの上に起き上がったが、すぐに私は今日は休日だったことを思い出し、もう一度横になり目を閉じた。そして隣にチトがいないことに気がついた。やられた、と私は思った。きっと私をいい気持ちにさせて、どんどん酒を呑ませ、酔いつぶれて寝てしまったところで財布の中身を抜き取って逃げ出した、そんなところだろう。挙句の果てに、やり損ねてしまったわけだ。我ながらなんとも間抜けな話だった。私は、もう死ぬまでベットから出ないで一人で過ごしたいと思った。
 自分を呪いながら目を閉じていると、コーヒーの匂いが漂ってきた。それから卵を油で焼く音がした。私は起き上がると、ベット横に落ちていた衣類を適当に着込んだ。
 隣にあるキッチンに入ると、チトが朝食の準備をしているところだった。チトは昨日と同じ白いシャツとカット・オフのジーンズを着ていた。チトは私に背中を向けて、卵を焼いているところだった。朝の光の中で見ると、チトはより一層幼く見えた。それにとてもいい尻をしていた。私は黙ってテーブルの前に座った。
 チトは私に気付くと、振り返り「おはよう」と言った。私は口の中で曖昧な音を出した。チトはテーブルの上に食事を並べた。パンと両面焼きの卵、それにコーヒーだった。私たちはキッチンのテーブルに向かい合って座り、朝食を摂った。卵を一口食べ、千切ったパンを口に放り込み、コーヒーで流し込んだ。私はそれを規則正しく繰り返した。卵を食べ、パンを放り込み、コーヒーで流した。
 サービスがいいんだな、と私は言った。チトはコーヒーのカップ越しに笑った。多分ありふれた、ゆったりとした朝の時間だったが、それは私にはずいぶん久しぶりのことだった。
 あっという間に朝食を平らげると、私は胸ポケットから黒煙草を一本取り出し火を点けた。そしてコーヒーの残りを飲んだ。チトはまだパンを千切って、卵を乗せているところだった。私はチトが食事をするところを眺めながら、煙草を吸った。
 皿の上が綺麗に片付くと、私は財布から金を取り出してチトに払った。昨日チトが言った金額よりいくらか多く支払った。チトは金額を数えもせず尻のポケットに突っ込んだ。
 「昨日のあれ、凄かったでしょう?」とチトは言った。
 確かに凄かった、と私は認めた。深々と煙を吸い込みながら、私は少し昨日の感触を思い起こしてみた。確かに凄いものだった。

 それからもチトとは毎日のように会った。いつも私が一人でカウンターで呑んでいると、後からチトがやってきて隣に座るというパターンだった。私が酒をご馳走し、その後チトは私の家やバーのトイレで口を使ってやってくれた。まだ最後までやったことはなかったが、特に気にはならなかった。チトの技術は巧みだったし、それに口でする方がチトの瞳を見ていられた。最初の1回目以降は、チトは酒代以外の金は受け取ろうとしなかった。だがチトは会う度に必ず例の白い粉を吸っていた。私はある時、頼むからそいつを止めてくれとチトに言ったことがある。
 「僕の体なんだから、どう使っても僕の自由でしょう?」とチトは言った。違う、と私は言った。
 「違う?」とチトは言った。そうだ、と私は言った。私が嫌な気分になる、と私は言った。チトはしばらく私の顔をじっと見てから、袋の中身をカウンターの上の、チェイサーの水が入ったグラスに空けた。グラスの底には白い粉の層が、2センチほど積もった。
 「これでいい?」とチトは言った。ああ、と私は答え、気を取り直して酒を2杯注文した。そしてチトの腰に手を回して引き寄せ、軽く唇を合わせた。私が口を離すと、今度はチトが私の首筋に鼻を近づけ、においを嗅いだ。「海の近くの匂いがする」と、チトは言って笑った。テーブルに座っていた数人の酔客がこちらを見ているのを感じたが、放っておいた。酒を呑み終わると、チトは私の部屋でいつものようにしてくれた。その夜のチトは一層素晴らしかった。
 酒場で会う以外にも、何度か夜中に電話に叩き起こされ警察署までチトを迎えに行った。理由は路上で客を取ろうと立っていたところを警察に目をつけられたか、客とトラブルを起こし殴られたかどちらかだった。いつも客のほうは何のお咎めもなかった。警察は薬のことは全く触れようともしなかったが、ちっぽけな男娼に意地悪をすることには妙に熱心だった。あるいは警察署に連れて行く車の中で、チトが口でやってくれることを期待していたのかもしれない。
 チトを迎えに行き、助手席に乗せてハンドルを握っていると、私はいつもチトが他の男を客に取っているところを想像した。そしてなんとも言えない気持ちになった。二日酔いがまだ抜け切らない時のような気分だ。だがそんな気分になったところで、私には何も出来ることがなかった。なんにしろ、生きるために金を稼がなくてはならないのだ。だから私には、チトに客をとるのを止めろという権利はなかった。だから黙ってハンドルを握り、アクセルを踏んだ。そういう時には、チトはじっと車窓の向こう側を眺め、殴られて張れた頬を擦っていた。沈黙が妙に重く感じられた。
 明日、二人で出掛けないか、と私は言った。夜に酒場でではなく、昼間にどこか明るい場所へ。思いついたというより、つい口をついて出たという感じだった。口に出してしまうと、それはなかなかいいアイディアに思えた。上手い具合に明日は休日ときている。
 チトはずっと助手席側の窓から街の灯りを眺めていたが、私が声を掛けるとこちらに向き直った。流れる街灯の光を反射して光る、緑の瞳が私を見つめた。チトは数分の間黙って私を見ていた。街灯りを映すチトの目は、いつもより大きく、潤んで見えた。
 「どうかな。そういうのはしたことがないし」とチトは言った。
 行けばそう悪いものじゃないさ、と私は言った。そして街に移動遊園地が来ていることを思い出し、そこへ二人で行こうと言った。チトは少し困ったように笑った。
 「いいよ、行こう」とチトは言った。これで決まった。決まってしまうと、妙に気分が高ぶった。片手を伸ばしてバックシートからビニール袋を取り上げ、中から缶ビールを2本取り出した。一本をチトに渡し、一本を左手で空けて呑みながらアクセルを踏みつけた。運転席の窓も開けた。夜は涼しく、心地よかった。ラジオを流すと、とっくの昔に死んだ歌手が歌った歌が流れていた。「俺達みたいな半端者は、早く、若いうちにこの街から出て行くんだ」という歌だった。それは哀しい歌だった。しばらくの間、古い歌を聴きながらビールを呑んだ。飲み干してしまうと、窓から缶を投げ捨てた。
 私は黙って運転を続けた。警察署から私の家までは大体30分というところだ。時間は真夜中を過ぎていた。他の車の姿はまばらだった。
 チトは助手席で舐めるようにビールを吞んでいたが、信号待ちをしている間にホルダーに缶を置くと、体を乗り出して私の足の上に手を乗せた。そして悪戯っぽく私の方を見上げながら、ゆっくりと上下に手を動かした。私はチトのするがままにさせておいた。私が何も言わないのを見ると、チトは小さな褐色の手を私の足の間に差し入れ、ベルトを外し、ジッパーをゆっくりと下げた。その時には既に私のものは硬く張り詰めていた。すぐにチトは下着をずらし、起立したものを外へ出した。そしてそれを細く、滑らかで僅かに骨の感触がする指で愛撫した。私は、自分でもびっくりするくらいの早さで自身が滾ってくるのを感じた。あっという間もなく、チトの手の中で私は限界まで大きくなっていた。私は段々といい気持ちになってきていた。その時信号が青に変わった。私はアクセルを踏んで、車を走らせた。
 私は努力して平静な表情を保っていた。チトは車が走り出してからも熱心に手を動かし続けていたが、私が冷然とした顔でハンドルを切っているのを見ると、一瞬面白くなさそうな顔をした。そして次の瞬間には、さらに私の方に乗り出してくると、さっきまで指で弄んでいた場所へ唇を押し当てた。思わず車が左に揺れたので、私はハンドルを小さく右へ切った。小さな唇が何度も先端に押し当てられ、柔らかな頬で全体を何度も擦り上げられ、熱い舌が何度も舐った。私は歯を食いしばりながら、なんとか前方を睨みつけてハンドルにしがみついていた。それでも何度か自分の口から溜息のような声が漏れるのが分かった。車の中には、ラジオの曲に混じって、チトの唾液と私自身の体液が混じり合う音が響いていた。チトは口を使いながら、同時に手で擦り上げ徐々に私を追い詰めて行った。チトは一度手を離すと、私を喉の奥の方まで入れてしまった。私のものは今や根元までチトの口の中へ入り込んでしまっていた。あの小さな口で、どうやって私のものが収まっているのか、私は不思議に思った。だがそんなことを考えている暇はなかった。チトは根元まで飲み込んだ後、きつく吸い上げながら、口から抜け出してしまう一歩手前まで一気に引き抜き、直後にまた喉奥へと押し込んだ。それを何度も繰り返した。時折チトが動きを止めると、小さな歯が私を優しく噛んだり、咥え込んだまま中で舌が動くのを感じた。車内に響く湿った音は段々と大きくなってきていた。
 途中もう一度信号で車を停めた。チトは構わずに口を使い続けた。他の車の姿は見えなかったが、そのうち左側の車線にもう車が一台やってきて停まった。車高の高いピックアップトラックで、運転席には白人の若い男が座っていた。彼は最初のうちはなにも気付いていなかったが、ふとこちらを見た時に私の車の中を覗きこむ形になった。男は目を見開き、馬鹿みたいに口を半開きにしてこちらを見ていた。私は気付かない振りをして、放っておいた。多分チトも隣に車がいて、見られていることには気付いているはずだったが、行為をやめる素振りは見せなかった。それどころか、一層動きを早くして大きな音を立て始めた。ひょっとすると、隣の車の男にまで聞こえていたのではあるまいか。
 信号が青に変わっても男は私たちの行為を見つめ続けていた。私は窓を開けると、拳を作って男のほうに突き出した。男は我に帰ったように前方に向き直ると、飛び出すようにピックアップ・トラックを走らせた。私は拳を引っ込めると、大きく息を吸ってからその手をチトの頭に乗せた。そして髪の間に指を軽く這わせて、撫でる様に動かした。さらさらとした感触が心地よかった。ひとしきり感触を楽しんだ後、私はチトの顔を見た。チトは変わらず熱心に私のものを吸い続け、舌を使い続けていた。口の端からは透明な液がこぼれ、頬張りながらもチトの口から時折小さな声が漏れ聞こえていた。私はその光景に見とれていた。するとチトがこちらを見つめ返した。緑色の瞳が私を見上げていた。私は込み上げてくるものを感じ。チトの頭を引き寄せた。そして達した。一滴残らずチトの口中に吐き出した。チトは懸命に飲み込もうとしたが、飲みきれなかったものが口から伝い首まで流れていった。私は胸ポケットから黒煙草を一本取り出し、火を着けた。胸一杯に熱い煙を深々と吸い込み、ゆっくりと吐き出した。そしてもう一度ハンドルをしっかりと握り直してから、車を発進させた。チトはティッシュペーパーで、私のものを拭って清めていた。それから自分の口から漏れて顔や首筋に付いた白い体液を拭き取った。液体はシャツの胸の辺りにも流れて、純白のシャツに灰色の染みを作っていた。どうやら着替えが必要になりそうだ、と私は思った。
 なんとか無事に私の家に帰りつくと、二人でシャワーを浴びた。チトの着替えはなかったので、二人とも下着一枚になってベットに横になりながらワインを呑んだ。テレビをつけてみたが、酷い映画しかやっていなかったので、5分ほどで消してしまった。その後はずっと二人でワインを呑みながら話していた。右手でワインの入ったコップを握り、左手でずっとチトの髪を撫でていた。穏やかで、温かい気持ちになった。そうして何杯目かのワインを飲み干し、私は眠った。

 次の日、私たちは少し早く起きて車に乗り込んだ。街の外れでは移動式の遊園地が開かれていた。休日で、家族で遊びに来ている人々や、若い男女やとてもたくさんの人がいた。皆笑って、着飾り、幸せそうに見えた。私は手持ちの中で一番清潔そうに見えるシャツを着て、一番古びていないジーンズを穿いていた。チトは汚れた自分のシャツの代わりに、私のシャツを借りて着た。出来るだけ小さいものを渡したつもりだったが、それでも首周りや袖が余って生地が弛んでいた。周囲の人間全員が、私たちをじろじろ見ているような気がした。明らかに私とチトだけが、その場に馴染んでいなかった。私たちは乗り物や出し物小屋の前では立ち止まらず、黙って歩き続けた。こんなところにこなければ良かったかもしれない、と私は思い始めた。
 30分ばかり歩いたところで、あまり人気のない場所に出た。簡単な売店と、飲み食いの出来るテーブルと椅子が置かれていた。少し休まないか、と私は言った。チトは頷くと椅子の一つに座った。私は売店に行ってビールを二つとポテトチップスを注文した。ビールは無かったので、コーラを二つとポテトチップスを注文してテーブルまで持って行った。そして二人でコーラを飲み、ポテトを食べた。その日はいい天気だった。暖かいの陽の光が木々の間を縫って、私とチトに降り注いでいた。白ワインのような色をした光の粒が、チトの肌に水滴のように映っていた。その光の中では、なにもかもが浄化されていくようだった。ポテトチップスの袋すら、なにか特別な意味合いをもっているように見えた。
 私たちはしばらくいつもの他愛もない話を続けた。ほとんどチトがしゃべり、私は黙って話を聞き、気が向いたら二言三言言葉を繋いだ。そのほうが良かった。チトが話し、私がなにかをつぶやくと、チトが笑った。笑うと白い歯が少しだけ見えた。言葉は少なくても、お互いに通じ合うような感じがした。
 しばらくすると、チトはトイレに立ち上がった。私はコーラを飲みながら待っていたが、段々と胸騒ぎがするのを感じた。肺の中に丸めた新聞紙を突っ込まれているような気分だ。
 コーラのカップを置いてトイレまで早足で歩いた。ドアをくぐると、チトは洗面台の前に立っていた。そして前と同じ小袋を持っていた。いつか、どこかの夜に私がチトにそれをやめるよう頼み、チトが水の張ったグラスに捨てたのと同じ、白い粉だった。
 チトの姿を見た瞬間、私は頭に血が上るのを感じた。さっと右手を払い、チトの手からその袋を叩き落とした。袋はトイレの中を弧を描いて飛んだ。向かいの壁に当たって落ち、床に中身がばら撒かれた。チトは何も言わなかった。私も言うべき言葉が見つからなかった。私とチトは何も言わず見つめ合った。チトの緑の瞳は怒りも悲しみも感じさせず、ただ私を見返していた。その大きなアーモンド形の瞳はいつもと変わらず潤み、奥に光を宿していた。そして変わらず美しかった。私はとてつもなく哀しくなった。私はチトの手を掴むと、その場所から連れ出した。
 私とチトは元のテーブルについた。私はコップに残ったコーラを一息で飲み干した。チトはまだ私のことを見つめていた。
 「ねえ、あなたは他の国の人なんでしょう?」とチトは言った。そうだ、と私は答えた。
 「最近、ずっと考えてたんだ。二人であなたの国へ行ってみるのいいかもって」とチトは言った。私の国、と私は思った。改めて自分の国のことについて思い出そうとしてみる。私はずいぶん昔にそこから飛び出して来ていた。もう記憶も曖昧で、どちらかというと思い出したくもないことばかりだった。私はそこからあまりにも遠く、長く離れ過ぎてしまっていた。
 私が何も言わないでいると、チトは誤魔化すように笑った。そしてテーブル越しにコップを握った私の手の上に、チトは自分の手を重ねた。
 「嘘だよ」とチトは言った。私の手を包むチトの手に、少しずつ力がこもるのを感じた。もちろんそれは嘘ではなかった。でもその時に私はそれ以上何も言おうとしなかったし、何もしようともしなかった。

 チトに手を引かれるようにして、私とチトは車まで戻ってきていた。私の車は駐車場の一番隅のほうに停めてあった。車に乗り込むと、チトはすぐに全部のドアをロックして助手席と運転席のシートを後ろに倒した。私は黙ってシートの上に横になっていた。なんとなく何をするかは分かったし、特に止めるつもりもなかった。周りに他の車も人影も見えなかった。
 チトはシャツを脱ぎ捨てた。考えてみれば、昼の光の中でチトの肌を見るのは初めてのことだった。背中も胸も、艶やかな褐色の肌が光を弾いて輝いているように見えた。チトは私の上に跨ると、下に穿いていたものも全て脱いで、車の床に落とした。私は思わず、すぐ目の前にあるチトの腿に手を伸ばした。そこの感触をしっかりと感じたかった。ゆっくりと摩り、軽く揉みしだく。チトの肌は温かく、肌は張ち切れんばかりに滑らかだった。素晴らしい身体だった。私が腿を撫で続けると、チトは小さく身を捩るようにしながら、小さな声を漏らした。
 チトは私のズボンの前を寛げ、私のものを握った。そこは既に硬くなっていたが、チトの手で握られ、指先で細かく愛撫されるとさらに硬さと大きさを増していった。15センチはあったに違いない。先端からは既に透明な液が出てきている。チトは私が十分に固くなったのを見ると、腰の位置を少しずらし、それを右手で導きながら自分の尻の間に当てた。小さな身体にどうやって私の巨大なものが入るのだろうかと私は思ったが、チトはその部分の入り口に私を当てがったまま、ゆっくりと腰を降ろしていった。その間チトの瞳は強く閉じられていた。2、3分程でチトは私のものを全て飲み込んでしまった。私はといえばただ首を仰け反らせて、時折無意識に唸り声を出すだけだった。チトの中は肌で感じた以上に熱く、滑る肉が全体を断続的に締め付けてきていた。実にいい具合だった。チトは私のものが全部入ったことを手で触れて確認すると、ゆっくり目を開けて、腰を使い始めた。
 繋がった部分から漏れる湿り気のある音が車内に響いていた。徐々にチトの腰を動かす速度が速まるにつれて、その音も大きくなっていった。私は腿を撫で摩っていた手を後ろに動かし、チトの尻を掴んだ。そこはつるりとした肌に柔らかい肉が詰まっていた。チトが私のものを締め付けるのと同時に、私の手の中の尻も硬く締まるのが分かった。私はそこも両手で揉み続けた。手の中の肉の塊を持ち上げたり、逆に間に咥えている私のものに押し付けるようにした。するとまた違った快感が生まれ、チトの口からは一段と大きな嬌声が漏れた。私は早くも昇りつめてしまいそうだった。
 たまらず身体を起こすと、チトの腰の辺りを掴み上下に揺さぶる。同時に自分でも腰を使った。チトは私の急な動きに小さな悲鳴を上げたが、すぐに持ち直すと私の肩につかまり良い声を上げた。奥に身体を進めるほど快感が生まれてくる。私はひたすら腰を動かした。私が一番奥まで入ったまま腰の動きを止め、中でかき回すような動きをした時、チトは目を大きく開いて私を見た後、微かな呻き声のようなものを上げて私の肩に爪を立てた。すると次の瞬間には一層強く私を締めた。絶えられずに、私はチトの奥で達してしまった。同時に自分の腹に熱いものが掛かるのを感じた。チトも同時に達していた。私は自分の腹に手をやり、そこに掛かったものに触ってみた。当たり前だがそれは白く、熱かった。
 しばらくチトの中に入り、抱き合ったままで過ごした。チトはしばらく肩で息をしながら目を閉じていた。やがて呼吸が落ち着くと、チトは私を見て微笑んだ。チトの顔は私のすぐ近くにあった。その瞳はいつもと違う色をしているように見えた。

次の日からの仕事は忙しかった。糞の山は普段の2倍程の高さまで積み上げられているように見えた。きっと世界中の便秘症の牛や豚や人の通じが良くなったに違いない。とにかくその1週間は目一杯働いた。一日が終わると疲れ果て、何とか部屋まで帰り着くとベットに倒れこむ毎日だった。シャワーを浴びて糞の臭いを擦り落とす余裕すらなく、酒場には一度も足を運べなかった。
 でもなんとかその1週間をやりきった。私はつくづくうんざりしていたが、金曜の夜から土曜の昼までしっかり眠り、熱いシャワーを浴び、髭を剃った。タオルで身体を拭き、裸のまま台所に立って卵を3個茹でて塩を振り食べた。熱いコーヒーにウィスキーのショットを入れて飲んだ。さっぱりとして、なんとか胃に食べ物を詰め込んだ後で、私は全裸で洗面所の鏡の前に立ってみた。一通り自分の身体を点検してみる。この一週間で少し痩せた気がする。頬の辺りが落ち窪んでいた。だが気分は悪くなかった。適当な服を着てからコーヒーカップにもう一杯ウィスキーを注いだ。それをちびちび飲みながらラジオを聴き、少し眠った。
 目が覚めるともう夕方だった。私はヒップポケットに財布と鍵を突っ込みバーに出掛けた。いつも通りにカウンターに座り酒を呑んだ。だがその日はいくら呑んでもチトは来なかった。他の客が店の入り口のドアを開ける度に、私は振り返ってそちらを見た。結局真夜中近くまで呑み続けてもチトは来なかった。私はあきらめて勘定を払って店を出た。かなり吞んでいたので、少し足元がふらついた。
 店を出て夜の街を一人で歩いた。いい夜だった。この時期にしては涼しく、静かで、空には星と月が輝いていた。ずっと遠くの空に、飛行機のライトが小さく見え、ゆっくりと夜空を横切って消えて行った。あれは一体どこへ行く飛行機なんだろう、と私は思った。
 夜道を歩いていると、途中で数人の人だかりが前方に見えた。道路脇に立っている送電用の鉄塔の横だった。6~7人の人間が集まって何事かをしきりに喚いている。私は近寄って行って、何の騒ぎなんだと尋ねた。一斉に何人もの人間が答え始めたので要領を得なかったが、じっと聞いているとおおよその内容が分かってきた。「誰かが飛び降りた。まだ10代くらいの男の子みたいだ」とそこにいる人々は言っていた。話の内容が分かるにつれて、私は胃から酸っぱいものが込み上げてくるのを感じた。ちょうどその時、誰かが呼んだ救急車がやって来て、その場所に横たわっているものがライトで照らされた。
 救急車は来るだけ無駄だったようだ。路上に打ち付けられて倒れているその人間は、明らかにもう既に死んでいた。歩道の上に2メートルくらいの歪な楕円形で、赤黒い血が飛び散っていた。手足や着衣は不自然なくらいに綺麗なままで、首から下だけを見れば酔って路上で寝ているように見えなくもなかった。多分頭から落ちたのだと思う。顔の左半分が完全に潰れてしまっていた。まるで熱したナイフでバターを切ったように、綺麗に左だけ顔が無くなっていた。右側は綺麗なままだった。右目はしっかりと開かれていて、見慣れた、美しい緑の瞳がこちらを見つめていた。
 私は後ろにふらふらとよろめいた。あと少しで転びそうなところで立て直すと、早足でその場を後にした。家に向けてどんどんと歩いた。夜はもはや優しくなかった。凍えるばかりに寒くなってきていた。私はただ歩き続けることしかできることがなかった。歩いていると、自然に涙が零れた。銀の月の下で涙が零れた。可哀想なチト、と私は思った。私は大馬鹿者だった。チトはまだ16だと言っていた。チャンスはいくらでもあったはずだった。切符を買い、チトを連れて街を出る。攫ってでもそうすべきだったのだ。私には出来たはずだった。だが私はそうしなかった。私には一握りの糞程度の値打ちしかなかった。次々に涙が溢れて、頬を伝い、その塩気で荒れた肌が痛むのが分かった。
 夢中で歩くうちに足がもつれ、私は転んだ。もうこのまま起き上がれないような気がした。路上に横になり、長い時間空を見ていた。その間も涙は零れ続けていた。ずいぶん苦労した後でなんとか立ち上がり、また歩き出した。額から温かい血が流れるのを感じたが、放っておいた。私にはもう帰るべき場所がなかった。

南米で男を一人買った

南米で男を一人買った

村上真紀先生の新刊楽しみです。 ややグロテスクな表現有り。

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2014-02-02

Copyrighted
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