生態学教授のフェチな日々
一先ずどんな感じかの仮投稿に用いてます。
シュレーゲル青蛙
『 私はとある大学で、生態学の研究をしている。
今日もお気に入りの場所…そう、緑に囲まれた美しい池の畔へ足を伸ばすつもりだ。
どうやら今日の天気は、雨のようだ。ここのところの春靄で黄ばんだ空気をすっきりと洗い流してくれると思うと、雨もまた良いものだ。
いつものように池の畔にやって来た私に、突如天から舞い降りたような美しい響きの歌声が聞こえてきたのだ。
まさに目の醒める思いがした。これは天の思し召しであろうか…
強い感銘を受けた私は、慌てて美声の持ち主を探した。だが、見渡すだけでは見つかる筈もない。
私は傘を差すのも忘れ、夢中で歌姫―美声の彼女を探し回った。
神はそんな私の情熱に御心を砕いてくださったのか、不意に翡翠色の輝きを放つ彼女の姿が、私の瞳に飛び込んできたのだ。
まさしくこれは、運命の出会いだ。
私の姿に驚いて、彼女は息を飲んで、そのまま押し黙ってしまった。
私はそっと彼女に近づき、優しく肩に触れようとした。
だが、彼女は嫌がって、身を翻してしまう。
諦め切れない私は、少々強引に手を伸ばし、彼女の足を掴んだ。
ああ…なんと瑞々しく、張りのある足なのだろうか。このひんやりとした手に吸い付くような肌も良い。
大きな金色の虹彩に縁取られた瞳が、私を見つめる。物憂げに潤む眼差しに、私の心は激しくかき乱され、言い様のない興奮に胸が高鳴った。
私はすぐ様とって引き返し、…
』
杉原女史はノートを静かに閉じた。傍らには…恐らく教授に捕獲されたのでもあろう…逆さにしたグラスを被せられた、緑色のカエルが机の上にへばりついている。
そのじと目で睨むような、気味の悪い横長の黒目。
触ると恐らくベチャ、としてふやけた肉の感触がするであろう。
そして何より菌糸を拡大したような、吸盤状の指が、机に貼り付いているかと思うと…
想像するだけでも身の毛がよだつ。
彼女はすぐ様、後ろの窓ガラスを開けた。そして、被せられたグラスを取り除く。
ふてぶてしく居座ったままの、びくともしないカエルを掴み取り―
思い切り、外へと放り投げた。
カエルは放物線を描いて地面に落ち、間もなく草むらに消え失せた。
すぐさま、手を洗い流す。あのぶょぶょとした感触と手に残ったぬめりを取り除く為だ。
そして、教授の大いなる勘違いに、彼女は心の内でありったけの声を上げて叫んだ―
鳴くのはメスではありません、
オスの方ですっ!!
―シュレーゲルアオガエルの章 完 ―
孑孑
『 ○月△日
爽やかな風が吹く。今日もよい天気だ。
私は今、水面を見ている。そこには幼い彼女達が、水面から顔を覗かせているからだ。少し惚けた表情で、私に向けて微笑んでいる。
その丸く開いた口元も、小さな瞳も、何と愛らしい事か。
私が少しでも動くと、一斉に身をくねらせて水の中へ潜り、暫くするとまた、水面に浮き上がって顔を覗かせる。
私をあどけない笑顔で誘っておきながら、焦らすとは…あまりに愛し過ぎて、返って憎らしい。
だが、知っているのだ私は。そんなにも小さな身体で、そんなにも可愛らしい口で、実はとてつもない大食漢だと言う事を。
昨日も私が食べ易いように柔らかくした実を、皆であっという間に食べ尽くしてしまったね。私にはかなりの量だと思ったのだが…。
ああ、そんなに見つめないでおくれ、私を。
ああ、そんなに悩ましく身体を躍らせないでおくれ。
ああ……、この身悶えんばかりの熱い情熱を、私はどうすればよいのだろうか─
』
教授の机の足元には、隠される様にそっとバケツが置いてある。水臭い臭いを放ちながら。
腐る…まではいかないが、綺麗な水ではない事は確かだ。
そして、その中にはおぞましい数のボウフラが無数に湧いている。
どおりで…此処のところ、やたらと蚊に刺され易いと思ったら─!
怒り心頭でバケツを見つめ、耳元で煩く纏わり付く蚊に、杉原はその怒りをぶつけた。
一撃で仕留め、天誅を食らわす。蚊からして見れば、とんだとばっちりかも知れない。が、こんな所で繁殖なんぞされてたまるかっ!と、彼女はバケツを持って外に出た。
日光が燦々と降り注ぐ夏の真昼間。熱く焼け過ぎて、蜃気楼が立ちのぼる構内の道路を前に、彼女は軽く汗を拭った。
そういえば、どこぞの男子学生が、幾つも頭だけを千切って、背骨のような、毛の生えた長細い体を一つに丸めて、『肉団子だー』等と言いながら、捕まえたトンボに無理矢理食わせていたっけ。
杉原女史はバケツの水を、容赦なく、灼熱のアスファルトに撒き散らす。あっという間に水は蒸発し、すぐにアスファルトは元の通り乾いてしまった。それでも気化熱で幾分か涼しくなった気分を味わいながら、一息つく。
これで、あの煩い蚊に悩まされずに済むわ─
彼女はルンルン気分で、研究室へ戻った。
─ボウフラの章 完─
沼蛙
『 今日も良い天気だ。プールにでも行きたい気分だ。
そう思っていた矢先、学生にプールに行く誘いを受けた。
その誘われた出先で、思わぬ出会いがあった。
いつもの様に何気なく辺りを見回し、そろそろ戻ろうかと考えていた矢先だ。
彼女は勢い良く、私の目の前を横切った。
渡り切った向こう側で、脚を止める。
ふくよかな肉体。
パッチリとした大きな目。
一目で私は、彼女に惚れ込んだ。
共にいた学生をさっさと振り払い、慎重に、彼女の死角へ回り込む。
そして、両手を伸ばして彼女をしっかりと捕まえた。
驚いた彼女が激しく抵抗し、冷や水を浴びせかけて、私から逃れようとするも、そのぐらいで諦める私ではない。
力尽くで押さえ込み、モノにした。
彼女を仰向けにすると、私はその濡れた肌に指を這わせた。
思った通り、白い胸元から腹部まで、とても滑らかだ。
何とも触り心地が良いではないか。流石、女神の名を冠するだけの事はある。
こうして、キュッと折り畳まれた脚を、伸ばしてやる。
初めは頑なに拒んだが、力負けして脚を広げた。だが、油断をすると直ぐに閉じる。全く困ったものだ。
内股に見える、ライトグリーンが鮮やかな豹柄が目に付いた。
背後から見ていた時には気付かなかったが、隠れた部分で魅せるとは、なかなか御洒落だ。
彼女の咽がヒクヒクと蠢く。半分閉じられた瞼が私に訴えかける。
ああ、そうか。苦しいのだね、この姿勢が。
私はそっと彼女を抱え起こした。直ぐに丸く縮こまり、上半身だけ起こして私を見た。そして─
私の手を思い切り蹴飛ばし、プールへ飛び込み、泳いで逃げて行った。
……………。
ショックで暫く呆然としてしまった。
だだっ広いプールの真ん中まで泳いで行かれてしまっては、流石に私も手が出せない。
仕方が無い、今日の所は引き上げるとしよう。
しかし、あの跳ねっ返りな強さは、いささか…私を手こずらせて困るな。
今度は是非とも、キャフンと言わせてやりたい。
』
…キャフン?
ギャフン、の間違いではないの?
そもそも“ギャフン”と言うかどうかは、置いておくにしても、だんだんと内容が危ない…方向に向かっている様な気がして、杉原女史は溜息を吐いた。
しかし…プール? この近くにそんな大きなプールなんてあったっけ。
首を傾げながら、そう言えば今朝、農学部の学生が教授を水田に誘っていたのを思い出す。
ああ、そうか!
ピンと閃いて、鳴き声調査時の蛙の資料を広げ見る。
目当ての物は直ぐに見つかった。
『…沼ガエルという名前だが、どちらかというと田んぼのカエル。咽元にある鳴嚢がハート型をしている。お腹は真っ白でつるつるしており、腹がざらざらして灰褐色のツチガエルと区別し易い。学名は“沼の女神”という意味を持ち…』
(参照:身近な両生類・爬虫類観察ガイド 他)
…確かに『キャフン』で、合っているわ。
でもね、教授。しつこいようですが、
『キャフン』と鳴くのは“オス”ですよ。
─ヌマガエルの章 完─
蛞蝓
『 ○月×日
今日は、部屋には誰も居ない。私一人だ。
勿論、邪魔する者も居ない。
私は息を殺し、隙間から彼女を伺い見た。
ぬめりを帯びた肉体を、床にのた打たせ、じわり、じわりと進みゆく。
彼女の匂い立つ様な、湿り気を感じながら、私は身体を熱くしていた。
てらてらと光を放つ、這い擦った跡があまりに淫靡で、私の興奮は今やMAXだ。
緩慢なその仕草は、肉の熟れた体を私に魅せて、怠惰に誘いを掛けているようだ。
はち切れんばかりの肉体が、目の前をゆっくりと横切る。
我慢出来ずに伸ばした私の指先を、包み込むかのように、纏わり付いてくる彼女の体。
ねっとりと皮膚に張り付く彼女の肉の味。
ああ、この…微妙な締め付けるような感触がたまらない。
』
「何やってるんですか、教授。」
「おをわ!?どどどどうしたんだね!?杉原くん」
杉原女史は、教授の手の上のナメクジを見るや否や、手持ちのピンセットでそれを摘まむと、素早く塩壺の中に投げ捨てた。
「…っ!?!!ぁっ!!!!」
声にならない叫びを上げて、塩の壺を覗き込む教授に、彼女は何事もなかったかのように、催促する。
「早くしてください。ゼミの連中が待ちくたびれていますよ。」
未だショックから立ち直れずにいる教授を他所に、机に置かれてあるプラスチック製の飼育ケースを手に取ると、汚れ具合を確認した。
ケースはナメクジの這い回った跡で一杯だ。
「教授、これも洗っておきますから。」
早く来てくださいよ。と催促の言葉だけ残して、杉原女史は去っていった。
ああ…あんなにきつく締め付けられて、さぞや痛かったろうに…苦しかったろうに。
私の胸の内は彼女の悶絶を想像し、張り裂けんばかりに痛んだ。
壺の中では水分が抜けて小さくなった幾つかのナメクジが、コロコロ転がっている。
私はそっと、それらを一つずつ、丁寧に拾い上げ、水で洗ってやった。
暫くすると、きっと元気に、辺りを這い回り始めるだろう。
…良かったな。元通りに戻る事が出来て。
私は先程の彼女をそっと拾い上げ、植木鉢の下へと置いてやった。
其処には鉤状の頭を持つヒルがたむろしている。
仲良くして貰うんだぞ。
願いを込めて、私も部屋を後にした。
植木鉢の下は程好く湿っており、ナメクジには絶好の棲みかだ。
そして捕食者であるヒルの棲みかでもある。
ナメクジを主食とするヒルの特徴は、頭の形が鉤状になっている事だ。
ナメクジの、その後を知る者は、誰も居ない。全ては神のみぞ…………………………。
─ナメクジの章 完─
黒蜚蠊
『
真黒に身を包む彼は、紳士の様装で、穏やかに佇んでいる。控え目でありながら、忘れる事の出来ぬその存在は、巷に溢れている執事にも似ている気がする。
薄い肉付きがそう私に思わせるのだろうか。
礼服に隠された彼の腹の濃い体毛は、男のフェロモンを強く意識させ、私を官能させた。
逞しい上腕からすらりと伸びる手。腕に生えている剛毛すら、鋭く美しさを讃える。大腿から伸びる足もまた同様に、密な剛毛に縁取られ、輝きを放っている。
黒々と光る腕。そして脚。
服従を示すかのようにかしずく彼。私はその体を串刺しにした。
手足を震わせ、ばたつかせる。呻くようにもがき、それでも絶える事のない生命力は流石だ。
彼の下腹部から流れる濃密で白く粘る液は、何処となく甘い匂いがした。
』
ノートに書かれた文面を読んで、教授はほんのりと頬を紅潮させた。
うっとりと空で想いを馳せる姿は、まるで初潮を迎える前の夢見がちな少女のようだ。
在る意味不気味な教授のその様子に、誰しもが退くなか、杉原女史はただ一人、凛と立ち向かって訊ねた。
「教授、何を御覧になっていらっしゃる…のですか。」
…振り向き様の教授の顔が萌え過ぎて、返って恐ろしい。
「ああ、杉原くんか。君も読んでみるかい、我がハニーが書いてくれた考察だ。」
敢えて、何の考察かは聞かずにノートを手にした。その書かれた頁を開きつつ、ゴクリと息を飲む。
「私ならさしずめ、こう書くかな。」
一人ごちに呟きつつ、思いに耽る教授の横顔には、最早誰にも立ち入る事が出来ない領域であった。
『 彼女は、黒いドレスを纏っている。
その大きな瞳は、小さな顔とは対照的だ。見つめるだけで吸い込まれそうな、不思議な魅力が、彼女の瞳に宿っているようにさえ思う。
長い下睫毛が彼女の眼をトロンとさせ、広いおでこと相まって、少し気だるげな少女の印象も持たせていた。
細く締まった足首とは対照的な、豊満な太腿。常に広げられたその脚は、私をイケない愛の輪舞へ誘い込もうとしているのか。
私はスレンダーな彼女の胸に目をやった。
薄いベールを脱いだら純白になるという、彼女の姿はまだ見た事が無い。が、その名残だろうか。
腕の付け根を目印に、胸元から覗く白い肌が、黒を基調とした彼女の容貌に相反し、惹き付けられる。
つと、彼女が笑った。
妖艶な笑みを浮かべる彼女の口元の、鋭い牙を目の当たりにし、私の身体は武者震いを覚えた。
彼女のその牙が、私の躯に突き刺さればどうなるのだろう。
じん麻疹が起こり、痺れが身体を突き抜け、私の肉体に彼女の接吻の痕が赤く、刻み込まれるのだ。
ああ、駄目だ。私には愛しいハニーがいるというのに。君の愛には応えられない─
』
脇で悶え喘ぐ教授の痴態を他所に、ピタリと動きを止め、暫し後にノートを閉じた杉原女史は、何も言わず、無表情のまま俯き加減に部屋を出ていった。
その後、構内に響き渡った杉原女史の絶叫は、その夏の間の怪談として、長く語り継がれたとも…云われる。
─黒ゴキブリの章 完─
大雀蜂
『
それは偶然であった。まさかこんな屋外で、彼女の華麗なプレイを拝めるとは。
ヴ………ン、と低い震音を奏で、妖しくも美しい容貌でゆっくりと彼女は降臨した。
黒で被われた下半身の…恰度尻のアソコの部位が黄色く、切り抜かれたように見え、何とも淫靡である。
いや、よく見ると黒で統一された腹部にはうっすら橙黄色の縞が入っているではないか。
黒と橙黄の二色で交互に彩られたボディラインは、さながら密林に君臨する虎の如く。すらりと滑らかで、彼女の魅力を余すことなく伝えている。
立派で重厚な胸に、キュッと締まったクビレ、魅力的な丸みを帯びた尻。
蠱惑的な瞳はまさしく女王の威厳を示している。
アマゾネスのような、派手な橙黄色に彩られた顔も、頬のラインが鋭く引き締まっていて、ゾクゾクする程私は魅入っていた。
彼女は獲物に照準を定めると、すかさず彼の身を捕らえる。最後の足掻きに似た彼の足が微かに震えるのを眺めつつ、彼女はゆっくりと顔を近付けた。
彼女の口が甘く彼の肉体に食い込み、勝者の笑みを浮かべ、彼の体を堪能する。
その姿を生唾を飲み込んで私は息をするのも忘れ、食い入るように凝視していた。
憐れにも彼は、体を次々と剥かれ、何度も噛みつかれたその身は、無惨にも肉の塊へと化してしまった。
だらりと下がる彼の腕が、昇天してしまった、ただの獲物でしかない彼の惨めな立場を物語っている。
彼の体を肉団子の様に丸くして、彼女は御満悦に浸る顔を振り上げた。
その彼女が私の存在に気付いたのである。
彼女は、カチ、カチ、と音を鳴らして私を見据えた。
全身に鳥肌が立ち、芯がキュゥゥと縮こまる思いがした。
彼女との距離は、最早目と鼻の先だ。
ヴ…………ン、と彼女の立てる唸音が私の耳にも届く。
もし、アレに突き刺されたら…鈍く光る彼女のソレに目眩を覚え息を飲んだ。
私は思わず後退りした。
それがいけなかったのかもしれない。
鋭い痛みが私の臀部を襲ったのだ。
声にすらならぬ悲鳴を上げて、私は地べたにのたくりまわった。
倒れ込む私を見下す様に一瞥し、暫くの間唸る震音とカチカチとハを合わせる音を立てていた彼女は、私への興味が薄れたのか、そのまま何処かへ飛び去っていった。
私は必死で後ろを振り返り、猛烈に威嚇の羽音を立てるスレンダーで脚の長い彼女達に…』
「●×△ハううっぅ!?」
話が途中で切れたのは刺された痛みに耐えかねた教授が、悲鳴を上げたからだ。
杉原女史は呆れ顔で、そんな教授を冷ややかに見下ろす。
「良かったですね。刺されたのが、オオスズメバチでなくて。」
前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の大雀蜂、後門の足長蜂である。何をどう罷り間違って、そのような奇異な状態になったのか。呆れ過ぎて、労わる言葉も出ない。
「…す…、杉原くん…」
ピクピクと震える体で助けを求めてか、徐に伸ばされた手が宙を掻く。それを冷ややかな眼で見つめ、にっこりと彼女は笑った。
「ほうら、教授。お迎えが来ましたよ。」
見ると体格の相当よい学生達が、教授を担ぎ出す為にぞろぞろと入ってきた。
「では、後お願いしますね。」
「ウッス、任せてください。」
彼等に、怪我人をそっと運ぶという気遣いは恐らく無いだろう。有無を言わさず教授を担ぎ上げると、悲鳴を上げ立てる彼をそのまま掲げて廊下を駆け足で行った。
折角、医学部まであるのだ。未来の医師になる卵達の研鑽の為、教授にはその栄えある土台になって頂こう。きっと皆に可愛がられることよね。
うふふ、と然も嬉しそうに杉原女史は笑みを浮かべた。教授が収めたビデオを手に、せっせと己れの講義用教材を作りにかかる。
秋の蜂には御用心あれ。
─ オオスズメバチの章 了 ─
胡麻斑天牛
『
黒地に白い星を散りばめたドレスを着て、彼女は恍惚とした表情を見せている。
押さえ付けている私の手元で、彼女は戦慄かせる様に、手足をばたつかせてもがいた。
今は、私と彼女だけで、他に誰もいない。思う存分、彼女を堪能する事ができる。
そう思うと…嗚呼、この胸の高鳴りをどう表現すれば良いだろうか。
手の内にある彼女の姿に、私は何度もほくそ笑んだ。
頚を仰け反らす度に、軋むような甲高い悲鳴をあげ、私にイヤイヤと首を振ったね。
その仕草が私をゾクゾクとさせる。
そう言えば、彼女との馴れ初めは、あれが初めてであったろうか。
硬いものが好きなようで、初めての時も彼女は夢中でその芯を貪っていた。
奥へ、奥へとその身をどんどんめり込ませる。
彼女との格闘は楽しい反面、流石の私も骨身に染みた。
だが今度は私が彼女を攻める番だ。
ゆっくりと、じっくりと、その身のヴェールを剥いでいく。
ああ、長く細くしなやかで、まるで鞭のようだ。
私は遠慮無しに手で触れて扱いてみた。
彼女にとっても其処は敏感な部分なのであろう。形振り構わず頭を振って、強く抵抗した。
「…っ」
痛い、と思ったら、彼女のハが私の指に食い込んでいた。血が少し滲む程に強く彼女は咬んだのだ。
「痛いではないか!!」
思わず私は怒鳴り付け、彼女の頭に生えているそれを摘まんで振り回し… 』
相も変わらずくだらない事を…杉原女史は冷めた眼差しでノートを閉じた。
今回のターゲットは恐らくこれだろうと、先日ゼミの連中総出で駆り出された害虫駆除の戦利品を眺め見る。
捕獲したカミキリ虫の幼虫達が瓶の中でのたうっていた。
そしてその脇には教授が採取したゴマダラカミキリが、出せ、と言わんばかりのキィキィと金切り声を上げて鳴いている。
何が“恍惚とした顔”よ。
何を考えているのか分からない虫の顔に、表情もクソも在るものか、と幼虫の入った瓶だけ持って、待ち合わせのカフェへと足を向ける。
勿論、外からは見えない様に紙袋に沈めて、だ。
気分はちょっとしたデートかもしれない。だから無粋な物体は、極力目に入らないようにして、と。
そういう間に、目的地へ到着した。
「お待たせ。これがお約束のブツよ。」
そう言って、提げていた紙袋をテーブルの上へ置く。
「有り難うございます。うちのピーちゃん(四十雀)もきっと喜びます。」
「早く良くなって野生に帰れると良いわね。」
「はいっ。」
嬉しげに頬を紅潮させる、キラキラとした愛らしい彼女(後輩)の笑顔に、自ずと女史の頬も弛んだ。
アラヤダ、私ったら。
思わず照れ隠しに下を向き、何度も頭を下げる彼女を見送る。
教授の変なのが感染ったかしら。
まあ良いわ。と、妙なステップを踏みながら、カフェを後にする。
そんな彼女の奇怪な姿が目撃されつも、誰も止める者はいなかった…らしい。
暫くの間、杉原女史の機嫌が良いと影で噂されていたが、その真相を知る者は果たしているのだろうか。いや…。
─ゴマダラカミキリの章 完─
蚊
『
この季節、この場所へ来るとあの、忌々しく痛ましい出来事が、私の脳裡に鮮明に甦ってくる。
ああ、今年もこの季節が来てしまったのだな。
それは夏の宵であった。
開け放たれた室内は、望めば誰でも出入り自由であった。月の薄明かりの元、仄かに漂う煙香に酔いつつ、私は暑さに蒸し返る夜をどうにか遣り過ごそうと、幾度も寝返りを打っていた。
そんな時だ。妖しげに揺れる甲高い音を響かせ、寝苦しさに悩む私に近寄って来たのだ。明るさが足りないせいで、近寄るものの姿が見えない。
私は身を起こし、プー…ン、と鳴る妖しい声に耳を傾けた。
『アタシは此処よ、此処に居るわ。』
そう囁いているような、細く高くに鳴り響く音だった。耳許の近く遠くで囁かれる都度、私の胸はどきりとし、鼓動が速く脈打つのを感じていた。
じわりと肌に張り付く蒸し暑さが、見えない彼女と私を淫靡に包み込んでいる。そんな妄想さえ沸き起こしてしまう、危険な夜になりそうな予感がしていた。
白濁する意識と戦い、精神を集中して、私は彼女の居場所を必死で探った。
慌ててはいけない。もし慌てれば、逃げられてしまうかもしれないからだ。
他人からすれば、単なる笑い話かもしれないが、私は真剣であった。気付けば、首筋にもじっとりと汗が滲み出ている。それ程に、夢中になったものだ。
不意に彼女の囁きが止んだ。後から思えばその時に、彼女は私の首筋にそっと吸い付き、その繊細な唇でキスをしていたに違いない。
誰にも気付かれぬ、彼女の秘密の口付けだ。
舌先をストローの様に丸めて刺すが如く、鮮やかすぎて私に分からぬ華麗なキスを幾度も彼女は繰り返したらしい。
途端に我慢ができぬ疼きが、私の身体を襲った。
「ああああ…」
思わず私は声に出して、見悶えた。彼女の口付けは場所を変え、身体中を転々とする。
爪を立て、堪らぬその疼きに私は身体中を掻きむしった。
そんな私を嘲笑っているのか、ムウゥゥ…ンと再び彼女が囁き出して、私の周りを舞っている。気配だけの彼女であったが、ついに私はその姿を見つけた。
ゆっくりと、赤く膨らんだ腹を見せて、悠々目の前を過っていく。子を孕んだ腹だと、はっきり分かる程に、彼女の下腹部は重く大きく張っていた。
そっと壁に寄り添って、細やかな脚をはらりと垂らす。ゆらゆら揺らして尚も私を誘っている様だ。
疼く肉体を堪え、ごくりと生唾を飲み込む。私はそっと彼女に近付いた。それこそ息も漏らさずに、だ。
ふと、揺らしていた彼女の脚が止まった。後はスローモーションを見るかの様に、彼女は壁から離れ、ゆっくりとそのままの姿で落ちていく。
そして、畳の上に仰向けのまま、息を引き取った。
「ぬをおぉぉぉ!!」
声にならぬ声で私は叫び、四肢を投げ出した彼女の身に何が起きたのか、全く想像できず…
』
パタン、とノートを閉じる音がした。
此処は、夏期限定のゼミの合宿所だ。恒例の合宿前の掃除に、まだ何処と無くあどけなさの残る優秀な後輩二人を連れて、杉原女史は訪れていた。
「蚊取り線香、こんなにあるじゃないですか。」
なんで使っちゃダメなんですか?と尋ねてくる後輩瑛子に、杉原女史はにっこりと微笑みを返す。
そろそろ本館の薬剤散布も終わったことだろう。毎年不快害虫の巣窟になるこの合宿所の清掃をするのは、女史の役目である。
何故なら、合宿中の己の快適な居住空間を確保する為には、それが必要不可欠だからだ。
「蚊取り線香は、教授より『使用禁止令』が出てしまったからねぇ。」
とはいえ、捨てるのも勿体無い。他のゼミに売り付けてしまおう。胸寸で算段をし、清掃道具を揃えに動いた。
「彼女の下腹部って…彼女って…」
もう一人の後輩柊菜は、見てはならないものを見てしまった様に、手にした教授の日記を持ったまま震わせている。
困惑気味の眼差しで、女史に救いを求めてきた。
「どうしたの。」
瑛子も疑問に思って気遣うように柊菜に声をかける。
「気にしなくて良いのよ。只の戯言なんだから。」
多分、教授の情事が書かれているとでも思ったのだろう。ある意味では間違いなくそうだろうが。
「でも、その女性…亡くなられたんですよね!」
「えっ、何かの事件があったの!」
二人が驚くのも無理はない。
杉原女史は微笑みを向けたまま、二人を本館へと案内した。薬剤の散布も終了し、元の静けさが戻っている。
躊躇いなく中に踏み入り、その光景を見せた。
「これ、よ。」
本館座敷の畳一面に累累たる虫の死骸が広がっている。その手近な中から、小さな虫を拾い上げた。
ポテ、と膨らんだ腹が何処と無くどす黒い。
「蚊、ですよね。」
「そうそう。で、こいつが『蚊取り線香禁止令』の原因。」
蚊の死骸を前に、二人とも首を傾げる。
「蚊のメスってね、卵育てるのに手っ取り早く、動物の血液から栄養分摂るのよ。」
幻滅する二人を前に、意気揚々と女史は語る。
昔とった杵柄の様に、ノートに書かれた話の解説を延々と…。
「さ、バ○サンも終わったことだし、教授が戻るまでに片付けちゃいましょう。」
そうしておかないと、また一々煩い。軽く室内を芳香剤で香り付け、今年の合宿所の準備が整った。
帰り道、妙に距離感のある後輩達との温度差に、哀しいかな、杉原女史も気づく気配は無かった。
類は友を呼ぶのだろうか。それとも、朱に交われば赤く染まっていくのだろうか。
渦中の人は未だにそれを知らず、である。
─カの章 完─
生態学教授のフェチな日々