嘘つきな僕
忘れた…
黒い海に俺は浮かんでいる。服は着ているのか?髪は長いのか?身長は低いのか?
そんなことは忘れた。否、覚えていたって何もならない。覚えていたくないのだ。
だって、これから俺は造られるんだから。
次の主は誰だろうか。どんな奴だろうか。
そうやって、今を楽しむんだ。それしか無いんだから、仕方ない。
やっと来た。新たな扉、新たな人生、新たな道。
結局は忘れてしまうけれど、新たな主を楽しもう。
プログラム・恋人
今日も僕「朱音 暁介」(アカネ キョウスケ)は、寝不足だった。寝不足と言っても、昼夜逆転しているだけなんだが…。
ああ、くそっ。寝ようにも明るすぎて眠れない。だから昼は嫌いなんだ。
頭をボリボリと掻き、部屋を後にする。目指すは茶の間にある「せんべい」だ。母さんに気付かれないように盗まなければ……、いやいや取らなければならない。
母さんは洗濯か…。なら今の内‼…そう思った奴は甘いな。茶の間には父さんが居るはずだ。居なくても、妹の香衣(カイ)が居るはずなんだ。
ったく、頭が痛くなるぜ。
茶の間の扉を少し開けて、中を確認する。父さんはソファーに座り、新聞を読んでいるように見せて寝ているな。カイは……部屋か。
こそっと中に入り、父さんの前に置いてある小さい器から「せんべい」を二枚抜き取った。一枚を口に挟み、もう一枚を親指と人差し指で挟んで茶の間を出た。素早く部屋に戻って、椅子にドカッと座った。
「はぁ……」
今日も疲れた。「せんべい」と称した僕の朝ご飯。今、午後二時だけど。
バリバリと朝ご飯を食べて、目の前にあるパソコンを開いた。Twitterだ。僕の生き甲斐。Twitter。
僕⇒部屋に居る⇒Twitter。おK?
でも、Twitterには僕が存在しない。何故かって?僕は「なりすまし」をするからさ。可愛い女の子になったり、臆病な男の子になったり。なりすました僕のアカウントは数知れない。それもやり始めたのは、一昨年だ。中二の頃。…と同時に不登校になって、昼夜逆転した。
「ふわぁぁ~…、ん?」
ああ、引っ掛かったな。「友達になりませんか?君と同じの中三です。」か。断る気はサラサラ無い。つまり、OK‼
「これから、よろしくねっと……」
今やっているTwitterサイトでは、可愛い中三女子になりすましている。別にちやほやされたい訳じゃない。皆の反応が面白くてね。
「………あははっ」
サイト内だっていうのに、本気で惚れて来る奴がいる。そういう奴は、とことん遊んで振ってやる。
そして、「なりすまし」をしている為か他人の「なりすまし」が分かってしまう。
そうやって、サイトで遊んでいると部屋の扉をノックされた。コン……コンッ
この叩き方は、カイだな。
「どうしたの?」
「あっ…えっと……」
扉を開けて見下ろす。僕もカイも身長が低い方だ。小さいカイは、これでもかと体を縮めて持っているプリントを握った。
「こっこれ、教えてほしくて……」
昼間っから宿題ですか…。生が出ますね。
妹に感心して、部屋に招き入れた。ちなみに、カイは中三だ。可愛い可愛い受験生。頑張ってクダサイ。
「あぁ、これね……」
「うん、兄さん分かる?」
「訳ないでしょ」
何、この子。僕を馬鹿にしにきたの?中二で不登校になったのに、中三の勉強が分かる訳ないでしょwwwwwww
「ちょっと、待って」
「…うん」
そういう時は決まって、パソコンで調べる。カイもこれを期待して来てるんだし。カタカタとパソコンを操作して、答えを調べる。
「あった…。これだよね?」
「あっ、うん!ありがとう、兄さん」
起きたら、もう夜だった。カイの勉強が終わった後、ベッドに倒れ込みそのまま寝たんだ。
真っ暗な部屋に手探りで電気をつけた。机には閉じたパソコン……の上に晩ご飯。
「カイの野郎…」
恩を仇で返してきた。パソコンの上に物は置くなって言ってるのに…。
バッと晩ご飯を退かして、パソコンを撫でた。大丈夫だったかい?重かっただろう…。
退かした晩ご飯をチラ見して、味噌汁は冷めてるんだろうなぁとか考える。カツならまぁまぁ食べれるか。
パソコンを開き、Twitterをしながら食べよう。カツを摘まんで口に入れ、逆の手でパソコンを操作。油のついた手でパソコンは絶対に触らない。触ったら殺す。
「え……、何!?嘘、バグった!」
急に画面が真っ暗になって、応答なしになってしまった。電源のキーを打っても画面が明るくなることは無い。
なんで‼
「はぁ、嘘だぁ…」
もう諦めて、また部屋を真っ暗にした。データが飛んでいないことを祈り、布団を被る。朝になったら直ってるだろうか、遠隔操作されたないよね、とか考えて眠れない。いつもはスゥッと睡魔が眠りに誘ってくれるのに…。
パソコンに背を向けていたのを寝返りを打って向き合う形にする。
「大丈夫だよね…」
呟いたって返事がある訳ないのに、あぁ何やっているんだ僕は…。
気が付いたら眠っていて、瞼に当たる光に目を開けた。その光は……
「何?……戻ったの?」
パソコンの光で、青白い光が部屋を照らす。
「良かったぁ…ん?」
画面には何もなく、白いだけ。あぁ、データ飛んだんだ…。
そう思った矢先、真ん中に何かが現れた。少しずつ少しずつそれは形を成していき、仕舞いには人の形を成した。
「何これ……」
呆然とそれを見ていた僕は、画面中の「人」を見つめた。
ふわふわと浮くようにその「人」は居て、声を掛けたら返事をしてくれそうだ。
しばらく見つめていると、ビビッとウィンドウが現れた。
『プログラム・恋人を受け入れますか? yes no』
断る必要はない。受け入れる必要もないけれど、カーソルは『yes』に向かった。
でも、もしもこれが悪性なウィルスだったら?いや、もうデータは飛んでいるんだ。悪性なウィルスだって知ったことか。
僕は何故か口元を緩め、クリックした。
真っ黒と真っ白
カタカタと部屋に乾いた音が響く。部屋は青白くパソコンの光だけで照らされていた。
「……話、聞いてます?」
少女が呟いた。
不登校な僕の部屋に少女が居るはず無い。そうだ、少女はこの部屋には居ない。何処に居るかって?
「邪魔なんだけど…」
「だったら、話を聞いてください。大事な話なんですから」
「後にして。今、友達と絡んでんの」
「知ってます」
画面に広がるエメラルドグリーンに近い髪。左目が前髪に隠された顔が頬を膨らませた。
少女は、不機嫌その物顔をして僕を睨む。吊り目だから、ちょっとだけ怖いです。
「分かったよ」
話をしていたサイトの友達に寝ると伝え、少女の話に耳を傾けた。
少女はつい先日、僕のパソコンにやって来た。『プログラム・恋人』と言うプログラムの癖にアプリケーションっぽい要素を持つ。服装を替えられたり、髪形も口調まで替えられる。まぁ、面倒臭かったから来た時のままで居るんだけど。
プログラムなのかアプリケーションなのか知らないけど、少女は何も知らない子供だった。話せるけど、物の名前だとか難しい言葉の意味だとか知らない子だ。名前も無かった。だから僕が付けたんだ。
「つぼみ、それって……」
「何ですか?」
「いや。それはね、勘違いって言うんだよ」
「え?」
「つぼみ」髪は緑だし、子供って言う訳だから。子供と言っても姿は僕と変わらない歳だ。
ちなみに、データは飛んでいなくて、つぼみが全て持っていた。あの時、noを押していたら飛んでた。
「てか、全然大事な話じゃ無いじじゃん…」
「そうですか?」
キョトンと首を傾げる。可愛いから許します。
「ちょっと、君弄っても良い?」
僕好みにしたい。そういう思いに駆られた僕は『プログラム・恋人』を開き編集し始めた。
「髪色まで出来るんだ…。緑で良いけど」
「……、変にしないですださいよ?」
「大丈夫、こういうの得意なんだ」
手はスラスラと止まる事無く少女を替えていく。髪の長さから服装まで。
「結構、楽しいね。この服似合う‼」
「おい、服がデカい」
「大きい方が可愛いよ」
「…そうか?」
「うん‼」
残念だけど性格は替えられないらしい。口調は替わるのに、何で…。
つぼみを一新して、それをルーズリーフに写した。絵は得意だ。
「可愛いよ、つぼみ」
「………」
ちょっとボーイッシュ少女にして、でも髪は長く女の子らしさを残した。
「うん、俺もこれ気に入った」
照れ笑いを浮かべる少女は、くるっと回って見せた。
……なんで現実に居てくれないんだ。
不意にそう思ってしまって、胸が締め付けられた。
「キョースケ?」
「ごめん、トイレ行って来る」
そう言って笑って部屋を出た。はぁっはぁっと息を荒らげ、階段を降りる。視界が眩んで、残り少しの階段は落ちてしまった。その音で家族が起きて、僕の名前を呼ぶ。
「暁介!?しっかりして‼」
「兄さん、わかる?」
「はぁ…、はぁ…」
胸が苦しい。服を握って耐えても、苦しさは消えない。目を閉じたら、意識を手放してしまいそうだ。
誰か、助けて…っ。
キョースケがトイレに立ってから戻ってこない。俺は真っ黒な海の中に蹲った。暗いのは嫌いだ。
朝になって、キョースケの妹がパソコンを閉じてくれた。その顔は暗くて、悲しそうで…。
キョースケに何があったんだろう…。いや、何かあったとは限らない。たぶん、学校だ。俺が来たのはゴールデンウィークとか言う連休だったし。きっとそうだ。
キョースケ、そうだよね?
あの時の笑った顔が脳裏に浮かんで、足を持つ手に力を込めた。
キョースケ。俺のずっと探していた人。…忘れたくない人。俺はキョースケを知っている。でも、キョースケは俺を…。
目を開けると、見慣れない天井が映った。鼻を掠める薬品の匂い、白を基調にした部屋、腕にある違和感。それらを全て認識すると、重い頭を左に転がした。
「母さん…」
「ん……、キョースケ?…あんた、大丈夫!?」
ここは病院だ。僕が幼い頃、お世話になった小さな病院。
「先生、呼んでくるから待ってなさい」
「……」
僕の返事を待たずに母さんは病室を出て行った。
真っ白な世界だ。陽の光も、掛かっている布団も、壁も、床も…。
明るいのは嫌いだ。暗闇に一人で居たい。……、いやパソコンと居たいな。
パソコンと言えば、つぼみ大丈夫かな。電源つけっぱなしだ。
「つぼみ…」
腕は全く動かせなかった。点滴があるから、と言うのもあるが鉛のように重たい。あんなに簡単にマウスを動かしていたのが嘘のようだ。
腕だけじゃない。足も重たいな。体全体が重たい。
病院だから、そういった錯覚に陥っているのかも。
「…っ‼」
また来た、胸の苦しみ。ナースコールがあるのに、重くて動かせない。僕の体はどうなってしまったのだろうか…。
何故か涙が零れ落ちた。…死亡フラグ立っちゃったな。
また、目を開けるとそこは暗闇だった。
ここは何処だろう。まさか、本当に死んじゃったのかな……。
「…っ………?」
声を出したいのに、口だけが動いて出ない。
喉に触れてみる。きゅっと力を入れてみて、喉を絞ってみた。苦しくない。
どうやら、僕は死んでしまった様だ。
死んでしまったんだ。死んでしまった……。『死』んだ?
「っ‼……っ‼」
カッカッと喉がなって、全く声が出ない。でも、叫ばなくちゃ。どうして叫ぶんだろう。……叫びたい。否、叫ばなければいけない。
喉に爪を立て引っ掻く。鋭い痛みが走って、喉を押さえた。と同時に頬に涙が伝って、何かを『思い出す』。
その何かは断面しかなくて、僕の目の前に誰かが倒れている。
(誰?君は、誰)
思っても口に出せない。見た事のある緑の髪。
君は……
「っは‼…はぁ、はぁ…」
僕は本当に目を開けた。さっきも見た見慣れない天井。鼻を掠める薬品の匂い、白を基調にした部屋、腕の違和感。
「兄さん?」
「はぁっ…はぁ……」
海の中にでも居たのかというくらい息が苦しかった。体も同じ様に、海の中にでも居たのかというくらい濡れている。
「すごい汗…。大丈夫、兄さん?」
「あっ、…うん。大丈夫、大丈夫。タオルある?」
体は濡れてはいたが、前みたいに重くは無かった。むしろ、軽いかもしれない。
上体を起こし、カイから貰ったタオルで体を拭いた。
頭が痛いけれど、何の問題も無い。だから、カイに笑って見せて話を聞いた。
外と内
僕はあれから少しの間、入院して今もうは家に居た。
「ふわぁぁ~…」
相変わらず寝不足で、、半分寝ながらキーを打っていく。器用だろ?なんて、キーの場所なんか全て頭の中にあるし、間違ってもつぼみが修正してくれる。なんて有難いんだろ…。
「布団で寝たら、どうだ?その内、頭ぶつけるぞ?」
「う~…ん、もうちょっともうちょっと」
とか言いつつ、やめる気はない。眠気MAXな状態で、やる気もMAXだ。
欠伸のし過ぎで顎が痛いが何の問題も無い。
「あ、間違い…」
「う~ん…」
間違ったところを消す様に服で擦り、指で文字を書く。変換もつぶみに任せているが…、意味は大丈夫そうだ。
「もう、4時かぁ…」
窓の外が明るくなってきて、時計を見れば4を指していた。そろそろ寝ようかな…。キリも良いし。
「寝るの?」
「うん、……ん~~っはぁ…」
立ち上がり思いっ切り伸びた。背骨がコキコキっとなって、首がゴキッと言った。その瞬間、僕は蹲り首の後ろを押さえた。
「くぉお~…‼」
「……だいじょぶ?………じゃないか」
結構痛かった。痛みはあまり引いてはくれず、涙が目に浮かんだ。
そのまま、もそもそ布団に入り頭を枕に置き首に負担が掛からない様にした。
つい先日、気付いたんだけどつぼみは自分で電源を切れるらしい。現に今も勝手に消えて、つぼみも寝たのだろう。僕を心配してくれず…。いや、良いんだよ別に。寂しくなんか無いしさ。……うん、寂しくなんか…。
「心配してくれたって良いじゃんか…」
ボソッと呟いて目を閉じる。首の痛みなんか関係なく、MAXだった眠気が僕を眠りへと誘う。
それじゃあ、おやすみなさい…。
嘘つきな僕