峰雲の下で

第一章 小学 葛藤編

1
先日、部屋を整理した。
進めていると、小学生時代と中学生時代の思い出の品々が、収納されているボックスが現れた。
中を開ける。
その中で、自分が写っている、1枚の写真を見た瞬間、当時の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。


•••••。


小学6年生の冬。
学年全体が、中学進学に関して、意識をし始める。
私立受験組は追い込みだったろうし、担任も中学校でどうしたいか?などと、言っていた気がする。
俺、中学行ったら、何しようかな。
やっぱり運動部だろ。
走るの好きだし、陸上をやってみたいな。
みんな、どうするのかな??

そんなこんなを頭で想像しつつ、とある日曜日。
従兄弟の家に遊びに行った。
従兄弟は三つ年上で、俺が進学する予定の足立区立中学3年生。
高校の受験勉強をしている従兄弟を尻目に、俺は同じ部屋で、ドラゴンボールを黙って読んでいる。
「ひろ、部活、何するの?」
従兄弟が机に向かったまま、背中越しに話しかけてきた。
「陸上部にしようかと思って。」
「ん??!」
「陸上部ぅ!」
従兄弟は、ペンを机に置く。
そして、こちらを振り返りながら、こう言った。
「陸上部、ないよ。」

2
従兄弟の家から、帰路へつく。
バスケ•サッカー•陸上•野球は、必ず中学の部活にあるものだと思っていた。
マジかぁ。
仕方ない。
サッカーでもするか。
帰宅すると、夕飯の支度をする母が、父から話があるとの事を告げてきた。
奥でタバコをふかす父に用件を聞く。
「ひろ。中学校で何かしようと思っている事はあるのか?」
普段は無口な父だが、芯があって、ここぞという時に、真っ直ぐ向き合ってくれる。
こんなにありがたい事はない。
「特にないよ。部活で、陸上やりたかったけど、中学校に陸上部がないっていうから、サッカーでもしようと思ってるぐらい。」
「陸上したいのか?」
「出来ればね。」
話をしている間、母は黙って、目の前にあるテーブルの上に、料理を運んでくる。
「少し遠くなるかもしれんが、陸上部がある公立の中学校に行くことが出来る。どうする?」
間髪入れずに、答えた。
「行きたい!!」

3
少し前に、陸上をやりたいと母に雑談したのを思い出した。
それを聞いて、両親は色々と思案してくれたのだろう。
その時の気分で、行く!と二つ返事をした小学生な俺。
この返事が、ジレンマの引き鉄となり、卒業までの間、葛藤することとなる。

明くる日、いつも通り登校する。
教室へ入る。
いつものメンバーがそこにいる。
当然のように、友人が話しかけてきたり、お茶らけたりする。
チャイムが鳴り、担任登場し、授業開始。
休憩時間には、ドッチボールをしたりして。
給食は、班ごとに固まり、モリモリ食べる。
すべてが、日常のはずだった。

その日は掃除当番な俺。
早く遊びに行きたいから、率先して机を後ろに押しやり、ホウキで床を掃く。
同じ掃除当番の女子が、ホウキを持ち出し、俺と調子を合わせながら、床を掃き始める。
すると、独り言のように、ポロっと呟いた。

「もう半年ないんだね。。」

その言葉が耳に入った瞬間、雑巾を絞るかのように、胸がギューっと締め付けられてくる。
何だ??この感じ。。。

4
次の日曜日、夕食を済ませてから、長い間、家族会議をした。
お題は、地元中学に行くか否か。
「ひろ。先週は、行きたいと言ったよな?」
父がタバコをふかしながら、真っ直ぐこちらを見て、喋る。
「うん。」
「なぜ?」
「別にいいかなって。。。」
本当の理由をうまく親に言えなかったのをよく覚えてる。
「ひろ。この一週間で、陸上をやりたくなくなったのか?」
「いや。。。」
テーブルを挟んで、対面に父、私の右手に母という格好。
右にいる母が、口を挟む。
「別に行きたくないなら、それでも構わないよ。あんたが、陸上をやりたいなら、別の学校になるでしょ?そうなると、色々な学校があるから、選ばなきゃならないんだよ。実際に行ってみたりしてさ。」
なるほど。
悩む俺は、即答出来ず、少し下を向くと、父が続けた。
「お前、陸上、やりたいんだろ??地元の中学に入学してから、違う学校にする事は、出来ないんだぞ。まだ、少し時間があるから、考えな。」
家族会議が終わって、風呂に入る。
次の日の準備をする。
寝床に入る。
先程の父の言葉が、小学生な俺に、重くのし掛かる。
どうしたらいいのかな?
先日の胸の痛みは、友人と疎遠になりたくないという気持ちからだろう。
よく考えると、友人の中でも、エリアで違う足立区立の中学へ行ってしまう者もいる。
しかし、心の中で、「足立」という土地が繋いでくれていて、会おうと思えば会える。
そんな気がしているから、全く違う地域への進学は、俺にとっては、冒険で、寂しくてたまらない。
なんで、地元中学に、陸上部がないんだ!!
布団の中で、何度も何度もローリングしながら、どうしたらいいか考えていた。

5
先日、遊びに行った従兄弟には姉がいる。
従兄弟より4つ上。
俺から見たら、変わらず従姉妹だが、7つも上だったので、ものすごく大人に見えたし、頭が良く、よーく面倒をみてもらった。
その7つ上の従姉妹だが、学生時分から、よく我が家に来ては、泣きながら、うちの親と話をしていた。
俺は、従姉妹が来ると、席を外しているので、何の話をしているのかはわからない。
ただ、すすり泣く従姉妹の声は、いつも壁ごしに、聞こえていた。
数日経った、ある日。
俺は自分の部屋で、マンガを読んでいると、従姉妹が遊びに来た。
親としばらく話した後、俺の部屋に来る。
「ひろ、入るよ。」
「おう。」
入ってくるなり、最近ハマっているボーリングの話しを聞かされる。
話しも尽きた頃合いに、立ち上がりながら、従姉妹がこうきた。
「そういや、ひろ、中学は地元中学?」
「んとね、今、考えてるんだ。」
そういうと従姉妹は、困惑顔をして、ゆっくりとまた座る。
「何を考えてるの?まさか、私立?」
「いや。違うよ。」
従姉妹に今までの家族会議の様子と、親には言いづらかった友達の事などを話す。
話し終えると、ため息をつきながら、従姉妹が話しかける。
「ひろ。」
「ん?」
「あんたが、うらやましいよ。」

6
「何がうらやましいの??」
「あんたね。自分がやりたいと思った事が出来るんだから、幸せだよ。周りには、やりたいと思っても、出来ない人だって、いるんだから。私だったら、陸上をやるな。」
「でもなぁ。。。」
「友達と別れたくないのもわかる。けど、ひろは、違う学校に行けるんだから。きっと後悔すると思うよ。」
「そうかな??」
「バスケやりたいのに、バレー部三年間とかありえないでしょ?(笑)」
友人がいれば乗り切れる!と心の中で、思った。
さらに従姉妹は続ける。
「それと、部活はキツい事があったりする。仮に地元中学で、サッカー部に入って、先輩にこき使われて、キツい練習ばっかりだったら、どう?」
「や、辞めるかも。。(笑)」
そういうと、従姉妹は、ニンマリする。
「中学三年間の部活。自分が望む部活に入るのと入らないのとではは、中学生活自体も変わってきちゃうと思うよ。それと、ひろは、友達がいないと何も出来ないの??」
従姉妹が帰り、食事等済ませ、その日の寝床。
布団の中でローリングしながら、考える。
「友達がいないと何も出来ないのか??」という従姉妹の言葉。
そんな事、あるかぁ!!!
だけどね。
考えれば考えるほど、胸が痛む。
あぁぁーー!!
どーしたらいいんだ??

7
従姉妹からと話してから、数日。
そろそろ、結論を出さなくてはならない。
自分の進路なのに、他人に依存していて、決めきれない自身に、イライラしていた。
何度も何度も考えた。
そして、俺は『陸上』を選択し、他地域の越境入学を決断した。
決め手は、従姉妹のあの言葉。
「友達がいないと何も出来ないの??」
今からだったら、開き直るかも。
小さい頃から、いつも従姉妹と比べられて、嫌な思いもしてきたし、反骨精神一本で、陸上に軍配でした。
ただ、従姉妹との会話がなければ、煮え切らず、そのまま地元中学に行っていたと思います。
次の日から、卒業までの間、必要以上に、友達を遊びに誘った。
結構、断られたけど
寂しかったんですよ(笑)
遊んでいくに連れ、向こうも、意識し始めたのか、お互いに、おもいっきりお茶らけたりした。
こいつらは、元気でやっていくんだろうな。
そう思いながら、楽しんだ。
しばらく、男友達と遊んでいて、ふと気付く。
この胸苦しい感覚の本当の原因が。

8
彼女は、クラスの中で、特に目立つという訳でもなかった。
けど、いつも、楽しそうにしていて、笑顔が可愛くって、話しをすると癒された。
大好きです。
もう、会えなくなる。
向こうは、俺に対して、どう思っているのだろう?
告ってみようかな?
いや、でも、他にカッコよくて、面白い奴いるからな。
きっとそいつの事、好きなんだろうな。
あー、でも、会えなくなるだよなー。
考えると胃が痛くなる。。
学校では、ポーカーフェイスだったが、心の中では、そんな状態が続いていた。

卒業式前日の夜。
全て準備を済ませ、消灯して、寝床に入る。
ローリング。
考えるのをヤメて、寝よう。
ローリング。
みんな、寝たかな?
ローリング。

忘れもんとかないよな?
考えるのをヤメて、寝ようと思えば思うほど、想像が膨らんでくる。
ため息をつきながら、仰向けになり、目を閉じる。
真っ暗闇。
すると、すぐに6年間の思い出が、鮮明に活写してくる。

放課後、駄菓子屋にいったり、公園で水風船して遊んだり、クラス対抗でサッカーしたり。
担任もいい先生だったな。
バカな事を言う俺たちに、付き合ってくれて、授業、面白かったなぁ。
それから、運動会、移動教室、学芸会、写生会、書き初め。。。
俺は常にあの子を意識してたな。
今でも意識してるけど。
本当に寂しい。
中学、楽しいかな?

9
空想の中、「中学」というワードを、心の中で呟いた瞬間、急に、従姉妹がカットインしてきた。

「友達がいないと何も出来ないの??」

んがあぁぁぁぁー。
イライラして、目を開ける。
上半身だけ起こす。
相変わらずムカつく口調だ。
従姉妹は、いつも偉そう。
まーず、俺の事を褒めた試しがない。
少し位、親身な言葉をかけてくれてもいいじゃんと毎回思っていた。
しかし、間違った事は言わない。
言い方はキツイけど、それによって、何度も助けられた。
上半身を起こしたまま、下を見つめ、従姉妹との会話を思い起こす。
「望む部活に入るのと入らないのとでは、中学生活が全然違ってきてしまうよ。」
視線を水平にする。
正面に、先日あつらえてきた、中学の学ランが、かかっている。
自分は陸上をやりたい。
その気持ちに偽りはない。
しかし、正直あの子と別れるのが何より辛い。
選択が出来ただけに、余計に。
どうせ、越境して、陸上するんだもんな。
誰が聞いても、笑っちゃうぐらい走れば、あの子は俺になびいてくれるかな?

よし。

「よくやったなぁ!」って、みんなに言ってもらえる位、走ってやる。
「すごーい!頑張ったね!!」って、大好きなあの子に言ってもらえる位になるまで、会うのは我慢して、死ぬ程走ってやる!!
従姉妹が言う、中学生活を充実させる為ではない。
卒業してから、あの子に会った時に、褒めてもらう為に。
すべては、いつか、いつか、あの子と再開する事が出来た時に、「頑張ったね。」と言ってもらえる為に。
そう気持ちをシフトすると、徐々に胸のつかえが取れて、楽になってきた。

10
卒業式が終わる。
皆、涙しながら、散り散りになっていく。
あの大好きなあの子も、正門を出て、友人と帰路につこうとしている。
俺は校庭から、遠目で彼女を見送る。
特別な会話はなかった。
するつもりもなかった。
決心がついて、何か別の人間になった感じがする。
先日までのウジウジした気持ちがない。
やるだけやって、また会いにくる。
認めてもらう為に。
そう思いながら、視線を正門近くに移す。
そこには、小学校のシンボルでもある銀杏の木が立っている。
大木といってよかった。
離れていても、噂になるぐらいの存在感が必要なのだろうか。
この銀杏の木の様に。

第二章 中学 試練編

ドカン!!!!

びっくりして、我に返った。
食事中に、居眠りをして、目の前のおかずに味噌汁をブチまけている。
右横で一緒に食事をしている母が心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫かい?」
「ひどく眠い。」
「もう、寝たら?起こしてあげるから。」
「そうするわ。」
全身筋肉痛で、体がいうことをきかない。箸すら重く感じる。
二階へ上がり、寝床へ入る。
考える間もなく、眠りに入っていった。

部活を始めて、半月。
とにかくキツイ。
陸上部男子短距離エース、三年・小山先輩とつきっきりで、練習をしている。
毎日、ヘタッている俺に、「よくついてきている。体が慣れるまでの辛抱だ。」と励ましてくれて、俺はその言葉を信じて、こなしている。
中学に入ってからは、帰ってきては、泥のように眠り、また起きの生活の繰り返しだ。
翌朝。
重たい教材を肩にかけ、朝七時十七分の路線バスに乗り、田端駅へ。満員御礼の山手線に乗り、鶯谷駅で下車する。
そこから、十五分程歩き、学校へ。
地元中学の道のりと比べると1時間は違うだろうか。
自分が選択した訳で、黙って通うしかない。
入学して気付いたのが、学年全体の3割位の生徒が、俺と同じ他地域からの越境入学であるということ。
同じ境遇のクラスメイトがいてくれるので、アウェイ感はそれ程ないのが、何より。


授業が終わる。

覚悟を決めて、グラウンドへ向かう。

峰雲の下で

峰雲の下で

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-31

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  1. 第一章 小学 葛藤編
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  11. 第二章 中学 試練編