無意識と意識
あれは何だと思いますか。あれ、あれ、あれえが気になって仕方ないのですが、先程から。あの、真ん前のビルの上の、あれ。仕事帰りそこそこ混んでる電車のすぐ隣のそう、アナタ。ちょっと見てみてあれ、あれよ。ビルの上に乗っかっとるあれ。あ、あれって言われてもわからない?イメージわかない?ノーヒント?でもなー私もあれとしか言えなくて困ってる中その謎めいたあれの抽象性を皆に具体的に説明するだけの正確な言葉のチョイス、文学センスも甚だ持ち合わせてはおりませんので、皆様どうか、あれをあれのまま、想像しておくんなさい、ごめんね。
そうして隣の人とエアー会話してるうち電車出発ドア、プシュー。次の駅もう、私の最寄り。周りのおじちゃん、いっぱいグッタリ。
最寄りドアプシュー、電車それぞれの口からわーと人出て、びゃっと階段、私はエスカレーター左側、ゆとり組。はあー。ヒールの踵、靴ズレ、痛い、痛いの飛んでいけー。背中でプシュー、電車出発。いってらっしゃい、皆を連れて。おじちゃんお家に、帰してあげてな。
改札機ピッピッピッ、レジみたいな音で次々お通し。スマートになったなあ今は改札機も。昔は一個一個切符食べて、いらんの吐き出し、いるの飲み込み、あな忙しやーとしてたのに。でもそんな思いは0.5秒、改札通る間にしゅんと消えて、私は夜の街出る、ネオンの光。
駅前の光の誘う色々、TSUTAYAファミレス商店街。私は帰るよもう帰る、一直線に、脱兎ロータリー。
ドルルルル。目の前を横切る車の波。あれは車というモノが走っているのではなく、そのいちいちに全部人が乗っているのだと思うと、何かグロテスク。車のカタチをした人が目の前を休みなくあっちこっちわらわらとそれぞれの目的意識と人格とコンディション抱えてスピード出して通って曲がって横切って、というのを意識し出したらこの世の中は生きていけないので、ここでおしまい。ってな感じで交差点横切り、お兄ちゃんの自転車スレスレ通られて危なっかしい全く、呟いて渡り切ると、そこにはアラ見たことある顔、さっちゃんじゃないのいやん久しぶりぃ何してんのー元気ー?てななって、世間話立ち話。
さっちゃんなーあんなーあっくんと結婚してなーいまラブラブなんよぉやーんこんな恥ずかしい話してまたアホやと思われるわーあははやだぁ、とさっちゃん今更アホ気にしても仕方ないのに言って、私はああ、あっくんと結婚したんかあの頃からバカップル表で言われ陰でも言われが結婚ですかそうですかと、バカップルの響きと結婚のそれとのギャップにちょいと戸惑いつつもやーんめでたいねえ二人お似合いだったし本当におめでとぉ今度ご飯でも行こうねじゃあねえと、そろそろ帰りたくて切り上げモード。
で、帰宅。玄関。靴、脱いで、電気、点けて、リモコン、持って、テレビ、オン。「九時のニュースをお届け致します」ジャストタイミング!ご丁寧にどうもです、いつもの顔のいつもの声をいつもの調子で聞いて…ピンポン、えっ誰誰。こんな時間に。ドタドタ。ガチャ。
「警察です。少しお話聞かせていただいてもよろしいですか?」
うおお刑事ドラマ。いやドラマとちゃう。なになに何なの。何の事件?怖いやつ?この辺なの?え同じマンション?犯人近い?知り合い?隣の人とか違うよな?強面のおじさんだけど違うよな?話せば割といい人だし違うよな?な?でもわからんかな?こういうのは?ああ、怖いな?怖い。とか思うてる間に私は色々聞かれて色々答えて、ご協力ありがとうございますあまり外出なさらないようにでは、と立ち去る警官の「あまり外出なさらないように」で心底震え上がって今夜はもう外出せん。鍵ガチャ。おー怖。テレビ、テレビ。脈絡ないけどテレビはつける。あーなんか全然面白くないじゃんこの時間、あの番組こないだ終わったもんなー、ピッ、テレビちゃんおやすみ。音楽かけよ、音楽。
行かないで そばにいて
現実を見ないで
目を見せて 手を見せて
顔見せて
キスさせて
あーなんかオナニーしたくなってきたなぁとなる。他の女の子はしないんかなオナニー。絶対してるだろっ。いやしないか。しないの、本当?ああ、彼氏いんのかそうね、そうですか、クソが。嘘嘘、そんな荒んだ気持ちではないです。ただ羨ましいなー、って。生殖活動。腰振ってサンバのリズム、ピーヒャラピーヒャラパッパパラパー、てなうちにパンツに突っ込んだ手もうビショビショに濡れて、思い出してたのは初めてセックスした可愛い彼。可愛いなぁ思い出して。思い出し可愛い。そんときいっしょけんめい、尿道に入れようとしてて、あーお客さん違いますよこっちこっち、ごめんなさいねえおなごには穴三つあるんですわぁ、と内心呟きながらのご案内、おっかしいわあ初めてってと、思い出し笑いしてるうちズキューン、果ててしまう。私の指は物凄いわぁ加藤鷹とか目やないでぇと実物見たことないけど名前だけ知ってる人挙げ得意げぼんやり、inベッド。
良い気分寝転がっての左側、電話の留守電ボタンのピカッピカッが目に入り、ポチッとな。
「あ、葉子?お母さんよ。あんた、元気にしてんの?いや最近あんた全然連絡よこさないしどうしてるかなって思ってさ。ホラ、あんた一人で抱え込むとこあるし、前もその…賢一くんだっけ?とかあるから、って言うとあんたまた怒るか…まあとにかく!母親ってのはどうしたって心配しちゃう生き物なんだから月に一回は電話はしなさいよ!じゃあね!ブツッ、ツー、ツー、ツー」
留守電に入った思いやりぃが、ヌメヌメジメジメ、うーしんど、首のあたり、まとわりつく。それに賢一やない、賢二じゃーと、ツッコみたくもないのに心の中でツッコまされて、えらい迷惑。
はあもう一気に気分悪、も寝よ寝よ…チャラララ~、おーい今度は電話かい!もうどうせ絶対明子で………
「…もしもし」
「久しぶり」
「久しぶり、じゃないよ」
「ゴメン」
「…何の用なの」
「俺達この前別れたけど、さ」
「あんたが言ってな」
「…」
「あんたから言ってな」
「聞いてくれよ葉子」
「何を」
「俺ヤクザだからさ」
「知ってる」
「うんだから」
「だから、何」
「葉子とこのまま付き合っとっても」
「前も聞いた、二回目」
「いや聞いて」
「嫌」
「違うってだから」
「嫌!!」
「葉子」
「名前で呼ぶな!振ったクセに!」
「好きなんだって!」
「ハア!?」
「好きなんだよ!」
「誰を何を!?私を振っていま付き合ってる女を!?その子とのセックスを!?」
「葉子を!」
「何を…」
「でも俺ヤクザだからさ!葉子のこと好きでもさ、もう、どうにもならんやん!それは、もう、どう良い感じの想像したところでそれはダメやん!無理やん!」
「そんなん、最初からそう…」
「だから俺ヤクザやめた」
「…え」
「ヤクザやめた」
「あの」
「やめた、ヤクザ」
「や、め、た」
「そう、やめた」
「はあ」
「俺結婚したいんよ、お前と」
「うん…」
「結婚したいんですあなたと」
「本当かよ」
「うん、この血にかけて」
「何それ」
「いまちょっと大変なことなってて、今からそっち行ってもいい?」
「…」
「すぐ行く。走っていく」
ツー、ツー、ツー。はあー。もう、腹立つ、あいつ。腹立ちすぎて、涙が止まらん。勝手に切ってんなよ、電話、クソッ。女泣かせてんじゃねえよ馬鹿、死ね、と思いながら「わかった待ってる大好き愛してるまたねじゃあね」と言って、
受話器を置いた。
無意識と意識
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