タロウ君なにすんねん

眠れない寒い冬夜の怪談話

どうも昨年の秋口に屏風ヶ浦あたりで拾ってきてしまったらしい。

この数ヶ月で、車にまつわる小さな事故を三つばかりした。一つは、自転車に乗った女子大生が急に道に飛び出してきて引っ掛けた。急ブレーキをかけたら彼女の自転車のペダルが前のナンバープレートに引っかかってナンバープレートはぐんにゃりと曲がってしまったが、彼女は転倒したものの、無傷で大事無かった。車もナンバープレートは大きく壊れたのに奇跡のようにそれ以外は無傷だった。2回目は、冬直前、季節外れの大型台風の日、一人暮らしの父親の家に様子を見に行こうとして、崖際の山道が下の沢からふくれあがった水で崖と道の境目が見えず、命が惜しければ到底通れるはずも無かった。そんなとき、親父の家の方に一直線にのびる畑の中の道を見つけてアクセルを思いっきり吹かせた。と思ったら、それは道でははく、畑の中の畝であったようである。廻りが雨水で水浸しでまるで蓮池(レンコン畑)の中の一本道に見えたのである。車は10メートルも進めずあえなくずぶずぶと土砂にめり込んでいった。前にも後ろにも動けなくなって仕方なくJAFを呼んで救出してもらった。そして、3回目はこの正月。目をつぶっても通れるはずの家の車庫への小径。隣のおっちゃんが、「あけましておめでとう」と行ってくれたので、車を動かしながらそっちにお辞儀したら自分ちの塀にこすってしまった。

私はほぼ30年ほど車を運転してきたが、正直今まで事故をした事も車を当てたこともこすった事も無い。それがこの数ヶ月に立て続けに三回。とてもショックでまたとても心配になった。
「オレ、とうとう頭いかれてしもたんかなあ?」と思った。注意力が極端に落ちているのでは?何かの脳の病気の前触れかあ?そう思うととても怖くなった。病院に行って頭の検査しなきゃ、と身内の誰彼に云っていた、そんな時だった。

私は実は、年に一回主に正月に、巷ではちょと有名な霊能者の方に一年を占ってもらうつもりでいわゆるスピリチュアル鑑定をしてもらっている。仕事の事、プライベートな事、世事世相の事など、いろいろな話題で、小一時間ほど彼女と電話で雑談する程度だけど、いつもおみくじみたいな感覚で話を聞いている。いつもは・・・所が今回は、いきなり開口一番、彼女は私にこういった。

「あなた最近海に行った?」
「いいえ・・・あっ、年末に阿字ケ浦にドライブしたけど。真冬の海水浴場だけど」
「いや、そんな所ではなく、崖地に行かなかった?あるいは磯とか。そんな風景が見えるけど・・・」
おぼえがないなあ、と不審に思っていると、
「そこで、連れてきたのかしら、あなたの車の後ろの座席にずぶぬれの男の人が座っているのが見えるけど・・・」と云われた。
私はあっと驚き、最近の車での小さな連続事故の事を思い出した。そして、まずはなぜだか、正直一瞬ほっとした。
(なんだ、おれの頭がいかれた所為ではなかったんじゃん・・・こいつのせいだったんじゃん)
そしてその直後にとても怖くなった。私は、途方にくれてどうして良いか分からなくなった。そしてアドバイスをもらった。「あなたの馴染みの深川不動さんとか霊力の強いパワースポットに車を持っていってお祓いしてもらってください。3回ぐらいゆけば、除霊できると思いますよ。」「え、3回も? 一気に、あなたが除霊してくれませんかね。」「私は霊媒師ではありませんので・・・それにあなた、前にも云った通り前世お坊さんだったのだから自分でがんばってみてください」という会話をした。腑に落ちずに家に帰ってその話をすると、
「ええ? 行ったじゃない、秋口に。家族みんなで銚子に行った帰り。千葉の屏風ヶ浦って絶壁だったよね」 
とつれがそういった。
ああそうだったと思い出して、急にぞっとした。そしてその後ネットで調べてそこが、けっこう自殺者が多いという事を知った。
しかし今年は正月から海外出張とか立て込んで、未だに深川さんにお祓いにゆけていない。

でも、毎日車に乗らないわけにはいかない。会社への通勤。朝はまだ良い。問題は帰り、暗いどころか、時々真夜中12時を越える時もある。
私は最近、駐車場につくと、暗闇で外から車をそっと覗き込むように視る癖がついた。
「後ろの席に居るんだよなあ・・・」
何か見えるだろうか?と私はいつも目を凝らす。とてもビビりながら・・・燐火(ひのたま)とか見えたらどうしよう・・・と。
私は車に乗り込むと、いつも平然を装い、出来るだけ華やかな曲(若い頃聞いていたニーナ・ハーゲンとか)のボリュームをギンギンにして家まで帰ってくる。怖さを紛らすという事もある。またこの霊のことを意識するとこいつにつけ込まれるのではないか?だから無視した方が良いのではないか?とかいろいろと考えて試行錯誤していた。

そんなことが数日続いた後、急に腹立たしくなった。なんで、身勝手に自殺した奴のためにオレがびびらないかんねん。そう思って腹が立ったのである。私は音楽を止めた。そしてこいつに話しかけてみる事にした。
「きみさあ、なんで死んだん?」
「なんで、車に乗ってついてきたん?」
「おまえさあ、オレが居ない間、いつも車の中で何してるん?何考えて過ごしてるん? ヒマちゃうん?」
「考えたら間抜けな話よなあ。どんな間抜けな顔して一人でそこで座ってるん?いっつも・・・」
そして一言発するたびに(実はかなりビビりながら)ミラー越しに後ろの席を視るのだが、何も見えなかった。
「あんたも、生前は名前あったんやろ?名前なんて云うん?」
「そうや、あんたとか、君とか云ってても違和感あるから名前付けたるわ。ええっと、そや、タロウにしょう。じゃあ今日から君はタロウ君ね・・・」一人で、話していると、急に愉快な気持ちに成った。もし誰かが聞いていたら頭のいかれた中年男にみえるんやろなあ・・・

それから、車に乗るたびにタロウ君に話しかけるようになった。
「やあ、タロウ君。おはよう。頼むで。悪させんといてな。後ろでおとなしい座っといてね。」
先日、事務所に来客があり駅までこの車で迎えにいった。普通お客さんは助手席に座るが、その人は珍しくタクシーのように後ろのドアを開けて、助手席の後ろに乗り込んできた。
(あっ、そこタロウ君の席・・・)ととっさにつぶやきそうになった自分が可笑しかった。タロウ君今嫌々横に退いたかな?それともこのお客さんの尻に敷かれて、う〜とか唸ってるんやろか。そう考えると愉快な気分に成った。

昨日、つれが深川不動さんで清めの塩をもらってきてくれたので、車の隅々に、トランクの中まで撒いた。お不動さんの真言を唱えながら・・・
「のーまく、さんまんだー、ばーだらだーせんだー、まーかろしゃーだー、そわたらうんたらたー、かんまん」

真言を唱えながら、タロウ君が塩をかけられてキューっと成っているのを想像した。
私;(さあ、どうだ! さあ、どうだ!)
タロウ君; (キューっ、キューっ)

タロウよ、お前はナメクジか!

そうして、憑依霊を相手に結構楽しんでいる自分自身の事の方が、ちょっと怖いかも、と初めて思った。

タロウ君なにすんねん

タロウ君なにすんねん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-30

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