今宵も月は、綺麗ですか。
今宵も月は綺麗です。
痛いくらいに。
「子りすちゃん、いったい何処へ行って仕舞ったというのだい。」
あの日、あの夜会の夜、髪を乱してまで走り回ったのは、きっと見つかると感じていたから。しかし今回は・・・
「子りすちゃん・・・」
あれから一体、何度呼んだだろう。柔らかく、歌うように軽やかに返事をしながら振り向いて、慣れない袴におぼつかない足取りで駆け寄って来て、ニッコリと笑う。しばらくして不思議そうに目をくりくりとさせて、からかわれたのだとわかるとぷっくりと頬を膨らませるその様はまさしく子りすそのものである。
「子りすちゃん・・・」
会いたい。今すぐに、抱きしめたい。彼女は突然来て、そして消えた。何も言わずに。大切な人を失う痛みなど、人生で何度も味わうものではない。もう、あのような思いはしたくなかった。それに、彼女にも味わって欲しくなかったのだ。たいそうな自惚れだが、子りすちゃんが自分と同じような痛みに苦しんでいるのだろうかと思うと、それだけで心が苦しくなる。
「子りすちゃん・・・」
姿を見せておくれ。
「子りすちゃん・・・」
声を聞かせておくれ。
「子りすちゃん・・・」
その愛らしい眼差しで僕を見つめておくれ。
「芽衣っ・・・」
「何ですか?」
はっとして振り向いた。しかしそこに映るのは長く伸びた廊下ばかり。ああ、重症だなあ。
「いたた・・・。ひどいです鴎外さん。急に振り向くから私、びっくりして転んでしまいました。」
目線を下げる。愛らしい目が映る。本物だろうか。確かめたくて、離したくなくて、ただただ抱きしめた。ああ、ああ。
「い・・・痛いですよお。」
クスクス笑いながら芽衣は「ただ今戻りました」と言う。こんなに心配したというのに、子りすちゃんは気にも止めていない様子でただ笑っていた。だが、目にはやっぱり涙がうっすらと浮かんでいた。言いたいことがあふれて、言葉にならない。ただ今は帰ってきたことが嬉しくて、伝えたくて、
「よく帰ってきたね。子りすちゃん・・・」
それからひとつキスをした。
今宵も月は、綺麗ですか。
鴎芽衣のhappy endを書いてみたくて・・・(笑)