桜会
会いたい人がいる。どうしても、会いたい人がいる。
そんな時、ある噂を聞いた。
『とある丘に咲いている桜の下で人を待っていると、その人に会える』
少年は、その場所で人を待つことにした。ずっと。
ここで、キミを待っている。
少年は、いつもの様に一本の桜の木の下で人を待っていた。丘の上に咲く桜はいつも満開で、風に揺れては花弁が儚く散っていくのだった。桜の木は、かなりの大木で、何百年もここから世界を眺めているのだろう。この幻想的な場所で、少年はただ、人を待ち続けているのだ。
暫くして、雨が降ってきた。少年は木の下に座ってその様子を見ていた。雨は次第に強くなっていった。雨が降る中、少年は目を閉じて耳を澄ましていた。
すると、どこからか鈴の音が聞こえた。徐々にその音が近づいてきた。その鈴の音は澄んでいて、雨が降っているにもかかわらず、はっきりと聞こえた。少年はすっと目を開けた。
目の前に、少女が立っていた。長く黒い髪は、赤い紐で二つに束ねていて、服はあの時と同じように紺色のセーラー服だった。髪を束ねている紐には小さな鈴がついていた。雨が降っているが、少女は全く濡れていなかった。少女は微笑むと、少年の隣に座った。
「また、待っていてくれたんだね」
「……あぁ」
少年も少女も、ただ雨が降っているのを見ていた。少女は続けて少年に尋ねた。
「ねぇ、どうして待っていてくれるの?」
「……会いたいから」
「そう……。ありがとう」
頬が少しだけ赤くなったのを隠すように、少女は下を向いた。沈黙が続いた。雨の音は少しだけ静まっていた。少女は顔をあげて、少年を見つめた。少年は、どこか遠いところを眺めていた。それから少女は口を開いた。
「私、そろそろ行かなくちゃ」
「……今度はいつ会える?」
「きっともう、会えない」
少女の声は、少しだけ震えていた。少年はうつむいて、すぐにまた顔をあげた。それから、小さく呟いた。
「……そうか。もう、一年経ったんだな」
「……うん」
「君が死んでから」
少年はそう言うと、またうつむいていた。泣くことも、笑うこともなく、ただうつむいていた。いつの間にか、雨はすっかり止んで、星が瞬いていた。桜の花弁は月の光に照らされて、とても綺麗だった。雨が降っていたからだろう。少女は少年の様子を見て、元気づける様に明るい口調で言った。
「もう、私のことは忘れて、新しく好きな人を作って、たくさん楽しんでよ。もう……もういいから、待たなくて、いいから」
少女は微笑みながら泣いていた。少年は顔をあげて空を見上げた。それから、ゆっくり首を横に振った。
「なんで……?もう待っていても、会えないんだよ。貴方が……貴方が辛いだけなんだよ」
少女は泣きながら叫んだ。それでも少年は首を横に振った。そして、少女の方を向いて少しだけ微笑んだ。
「俺は、君に会えなくても、ここで待ち続けるって決めたんだ。……だから、泣くなよな」
「どうして……どうしてなの?」
「決まってるだろ」
少年は少女を抱き寄せて、そして言った。
「君が好きだから」
それから、少女は少年の胸の中で消えていった。少女は嬉しそうに、また寂しそうに微笑んでいた。最期にありがとう、そう呟いて。
少女と別れてから、どの位経つだろうか。少年には分からない。ただいつもの様に、人を待っていた。桜の木も、少年も変わることは無いのだろう。少年はまた、木の下に座りながら人を待ち続けるのだ。
いつか会える日を夢見ながら。
桜会
噂には、続きがあった。
『その場所に行くと、こっちの世界に戻って来れないらしいよ』
少年の行方を誰も知らない。