犬になったぼく 第一部 一人と二匹
事実上、処女作です。
小学生時代のヤツをそのまま転載。
その名の通り
物事には必ずなにかきっかけがある。
ある日、急に素晴らしい力を得たり、頭から角が生えたりしたとしてもそれにはたいてい、何かしらの理由があるものだ。まあ角はやりすぎだけど……。
ぼくの場合だってそうだった。『それ』はあの日に起きた。
ぼくの名前はアインツェル・ヴォルフだ。
この変な名前は、僕の祖父がつけてくれた。なんでも「ヴォルフ」というのはドイツ語で「狼」、「アインツェル」は「単独の」という意味らしい。知り合いは皆「狼」だなんてかっこいい とか言ってるけど、当のぼくにとってはアインツェル(1人)なんて、ぼっち推奨名はむしろ、コンプレックスに感じてさえいた。
話を戻そう、
今思えば、この時点で『それ』はその始まりをちらつかせていたんだ。単にぼくが気づいていなかっただけで……
いや、気づこうとしてすらいなかったから『それ』が起きたんだ。
そうはいっても、気づいていたかと言っても、どのみち起きたかもしれない。そうだってわかってても今でも思うんだ。仮にぼくが『それ』の存在に気づいていて、ぼくの体に異変が起きていなかったら……って。でもだ、今更後悔してももう遅い、仮定話をしたって、脳内にパラレルワールドを作っても所詮ただの妄想だ。現実になることはない。過去は取り消せないし、やり直せない。今からどうすべきなのかが問題だろう。
第一章 始まり始まり
坂道のてっぺんにひとり自転車従え、薄茶色の半ズボンと緑の上着を羽織っている少年。少し癖のある(首までは伸びていない)茶黒い髪をなびかせ、眼も髪同様に、澄んだブラウン。そんな少年がいたらそれは間違いなく、このぼくだ。ぼくは自転車とまたがりら二人の親友を待っていた。
待ち合わせ時間を過ぎた。さすがに二人が先に行ったのではないかと心配になってきた。
さて、どうしよう
(1週間前)
「アインツェル君」ぼくは睡眠が邪魔され、イラつきながらも頭をあげた、ぼくの顔を顔をひきつらせながら凝視している先生の顔。ここは教室、それも授業中の。・・・・・・ぼくは助けを求めるように辺りを見た。親友のジェラルドは首を横に振った。何がいいたいか、ぼくには理解できた。
「たすけてやれない」そう言っているんだ……最後の砦のウィルは、ぼくになにかいっているけど残念なことに全く聞こえない。口パクでもしてるんじゃないか?
「アインツェル君ポケットの中身を出しなさい」
先生が太い鼻にかかっている厚い黒渕メガネを、鼻同様に太い指で押し上げた。先生は顔はにこにこしているが怒りはこちらにひしひしと伝わる。
間違いない、人生最悪の日に出くわしたようだ。よりによってレルムにバレるとは……レルムはぼくが通っている学校の教師の一人だ。奴は、生徒になにかと文句をつけようとするタイプの教師で、メガネの奥の眼を常に鋭く光らせている。だが普段は怒るようなことはめったになく、ぼくたち生徒も怒らせないように日頃から気をつけてきた……
だが、今ぼくは怒らせてしまっている。悪いことにレルムを……ぼくはなにかしゃべって言い訳をするため、唇をゆっくりとなめ、唾をごくりとのんだ。レルムはぼくから眼をそらさないようにしている、教室じゅうの目線がぼくに集中していて、緊張で倒れそうだ……頼むからこっちを見ないでくれよ。
「どうしてですか?先生」
ぼくはいつもより声が上ずっていたが、なんとかいいきった(普段の声も高いとみんなによく言われるが…)。
「どうしてかって?
それはきみ自身一番よくわかっているのではないかね?」
ああ、そうさ。
その通りさ。
よく分かってるよ。
あんたもぼくのポケットの中身が何かわかってるくせに、
その時学校中に、授業終了合図が響いた。
チャイムだ。普段なら耳を痛めるこの音に、今日のぼくはかおを輝かせた。レルムはもの惜しそうな顔をしてから、舌打ちをした。
「授業はおわりです、みなさん休日だからってはめをはずさないように、特にアインツェル君」
ぼくはレルムの説教を逃れたんだ!奴はイライラしたような歩き方でずんずん歩き、教室を出ていった。レルムが消えるなりぼくの机にウィルとジェラルドが走りよった。「危なかったな」
「運がよかったなヴォルフ」
ジェラルドはぼくの肩を叩いた。変なところを触るウィルの手を払い除け、ぼくは言い返してやった。
「よく言うな、二人とも傍観を決め込んでいたくせに!」
ぼくは嫌みったらしく言い返した。もちろん二人ともぼくが悪ふざけで言っていることくらい承知の上だ。ウィルはムスッとして
「おいおい、ジェラルドは傍観者だが俺は違うぜ、ヴォルフ。『もうすぐ授業が終わるから時間を稼げ』ってずっと言っていたんだぞ」
ウィルがなにか言おうとしてたが 本当にそんな内容だったのか?そんなことは今となってはどうでもいい。
「それにしても嫌みな野郎だな、レルムさんは」
ジェラルドの言葉にぼくとウィルは確かにな、とうなずいた。
「で、話が変わるけど、今日いかない?」
急にジェラルドが話を切り込む。
「何の話だよ?」
ウィルが怪訝そうな面持ちで返す。
「ショッピングセンターいくって話だろ?」
僕がとっさに助け舟を渡す。
「ああ……そんな話もあったな……」
とウィル、さらに彼は続けた。
「今日か……ヴォルフはどうだ?」
ウィルに問われ、ぼくは首を横に振った。
「今日は無理」
「なんだよ?」
「家の用事だよ 母さんにお使い頼まれてんだよ」
そういいつつ、ぼくはポケットの中の手紙を握りしめた。それにしても……レルムにばれなくて良かった。
結局、1週間後の日曜日が約束の日となることで話がまとまり、話題はレルムヘと戻った。
第二章 最後の日常
朝起きると、待ち合わせ時間の50分位前の時間を時計が示していた。・・・・・・頭が痛むし、体の節々も殴られたようにいたい。実はぼく、朝にはとても弱いんだ…その体をゆっくりと起こしベッドからすべりおりた。下の階から弟の騒ぎ声、それを静止させる母さんの声にイラつきながらぼくは何度も滑り落ちそうになりながら階段を下り、洗面台へ行くか否か迷い結果、面倒くさくて席についた。だが、ガラスに写った自分のいつも以上にでたらめな方向に生えた髪を見て洗面所へ走って髪を濡らすだけしておいた。ぼくは濡れた髪を揺らし水を飛ばしながらテーブルにつき、時計を見る・・・待ち合わせまであと20分しかない!。朝食のパンを急いで口に押し込み、起きたとき着ていた黒いアンダーウェアの上から適当に選んだ緑っぽい上着、灰色のパンツの上から薄茶っぽいジーンズを乱暴に履き込み、(暑いからすこしだけたくし上げた)。その格好で玄関の棚にある引き出しを片っ端から開けて鍵を急いで取り自転車に飛び乗るなり鍵を素早く差し込み・・・回す。
さらにぼくは足で地面を蹴り軽く助走をかけた(せっかくたくし上げたジーンズがもとに戻ってしまった)。足を素早くペダルにのせ、地面に叩き落ちないようにしっかりとハンドルを握りしめる。重たいペダルを踏んでまた踏んでいくたびにはじめは遅くから回りしていた自転車の車輪が高速回転していく、さらに加速していく。そこの時点でぼくの中に熱い感覚が込み上げてきてぼくは思わず笑い、舌をベーっと突き出して風にヒラヒラ揺らした。いつもそうだ、すごい勢いで走ると舌を出したくなる。変な趣味だけどなぜかいつもそれがしたくてたまらなくなるんだ。……自転車はどんどん加速していってぼくの濡れた髪はすぐに乾いていつも通りになり、風に吹かれて踊った。ぼくはさらにスピードをあげ車輪をブーンと心地よくならし、ノーブレーキのまま坂道をすべて下りた。その勢いを殺さず右に曲がった。さらに平らな道を駆け抜ける。今のぼくなら車にも負けないだろう、実際に車三大を余裕で追い越しさらに、引き離した。角を曲がるときもブレーキはかけず、なんども車や人と、自転車にぶつかりそうになったが瞬間的にルートを変え、かわしてやった。信号機が赤の時も車の間を縫うようにして走りきり(トラックにぶつかりかけた)最後の難関、六百メートルの坂に差し掛かった。今までためてきた勢いを一気に放出し、ぼくはペダルをこぐスピード、リズムをどんどんはやめ、自転車が壊れるんじゃないかと思うぐらいにぶっ飛ばした。心臓が車輪と共に唸る。坂道のてっぺんについたときぼくの体力は0、スッカラカンになって、汗だくになっていた。腕時計では待ち合わせ一分前、ぼくはぜえぜえいいながら忍び笑いをして、坂のてっぺんに停めた自転車にもたれ掛り、二人の親友が来るのを待つことにした(二人に見られないように舌もしまった)。
結局、12分後にジェラルド、それからさらに三分後にウィルが待ち合わせ場所に姿を現した。ぼくは二人
今からぼくら3人が行こうとしているショッピングセンターのペットショップはとても遠い。だいたい…五十キロくらいある。だからこんな朝早くから皆で集まったんだ。さすがに自転車で五十キロもあるペットショップまで走る気は起きないので、ぼくらペットショップにいくときはいつも近くの駅まで自転車で行き、切符で電車にのって行くことにしている。ペットショップはカンザスという町にあった。このまちはぼくらがすんでんでる町に比べたらすんごい都会で、ウィルは暇さえあれば将来カンザスに住みたいと言っている。カンザスにはペットショップだけじゃなくショッピングセンターもある。ペットショップに行ったあとはそのショッピングセンターへ行って昼を過ごすのがぼくらのゴールデンパターンなんだ。ぼくらは駅までのんびり走り、30分かけてやっとついた。そのあとは電車で五か六駅分のって……
ペットショップに着いた。
ぼくらは興奮ぎみで『open』とかいてある正面ドアを開けた。中はいぬと猫の臭いがたっぷり充満していた。なんというか……サーカスにも漂う異様な臭い…獣臭だ……
壁はすべて高級感漂うアイボリー。汚れはひとつ残らずピカピカしていて、とてもきもちがいい。天井に『特売品』と書いてあるなん十キロものペットフードが細く頼りない紐でつってあるのには驚いた。この店の連中は来客を殺す気か!?
しかし……そんなことはたいした問題じゃない。重要なのは犬描だ。ショーウインドーの中に入った可愛いらしい犬や猫。これが目的だ。ショーウインドーには犬猫一匹ずつ入っていて、ひとつひとつの個室の床には紙を引きちぎり、作った敷物がばらまいてあり、水はお揃いの銀容器に並々とついであった。ウィルはいつもより顔を赤くして猫を抱かせてもらっていて、ジェラルドはショーウインドーの犬を目を細め、じっと見ていた。よーし、ぼくも今日くらいは、はめを外すか!
ぼくが帰宅したとき時計は七時半を指していた。今日一日の旅でウィルはいつも通りに前髪をいじってたり、2、3人の女たちを口説き、失敗していたし、ジェラルドもいつもみたく変な文を紙に書き込んでいた。ウィルは本当に女ったらしな野郎だけど、かっこよくて男のぼくでも惚れ惚れする程の顔の持ち主だ。童顔のジェラルドはいつもなにか面白いことを考えてぼくとウィルを笑わせてきた。ぼくは家の倉庫に車がないのを見て家族が家にいないと悟り、いそいで家へ飛び込み机の上のメモを読んだ。
ルドルフ(弟のことだ)の急病で病院へいきます。夕食は冷蔵庫のなかだから残り物でもちゃんと好き嫌いせず食べておくこと。いつ帰れるか分からないから、宿題もやっておくのよ
ということは……今日は家で一人っきり!?やったー、何年ぶりかな家でひとりなんて……三年かな?
いそいで風呂をわかし、お湯につかった。(ウィルとジェラルドによく、その髪はリンス使ってるだろと言われるけどリンスを使うのは四年前にやめた)そういえば昔、ぼくはお湯に浸かるのが無性に好きで、近所の銭湯に親に内緒で一人でいったりもした。(あとでこっぴどく叱られ、もうそれっきりいかなくなったっけ。いまあの銭湯はどうなってるんだろう……)バスタオルを体に巻き、ぼくは冷蔵庫から「100%」とかいてあるリンゴジュースの瓶蓋を弾き飛ばし縁を自分の唇に押し当てて中の液体を喉に伝わせた。液は胃にするりと流れ込み、潤した。瓶を携え二階の自室に行き、最期の一滴をのみ尽くした。ぼくはふと天井を見上げ、ふかふかのベッドの上にダイブした。予期せぬ眠気の襲撃に大きくあくびをしてから寝返り、眼を閉じた。睡眠はいい。夢の世界で主導権を握るのはほかでもないぼく自身だ。空もとべるしどんな強いやつも簡単に殴り飛ばすことだって朝飯前だ。崖から飛び降りても首をかっ切っても絶対に死ぬことはない。例え死んでも目
が覚めればすぐ蘇生だ。それは言わば自由な時間。睡眠中の者にだけ許される至福の瞬間、当たり前のことが当たり前に繰り返されるだけ、それだけの毎日、延々と繰り返し、終わることがない……死ぬまでその日常が続くかと思っていた。
ぼくは自分の荒い息づかいに眼をさました。いつの間にか全身あせびっしょりで全力で走ったあとのような……いったいどんな夢を見たのだろう?覚えてない。……悪夢じゃなかったはず、じゃあ一体?灰色のなにかが黒いなにかと混ざりあい……それしか思い出せない。。髪がベットリと濡れていて気持ちが悪い。そんな髪をかきあげ、ぼくはベッドから立ち上がった。そのとき『それ』が始り、ぼくの日常が終わった。
第三章 変化
『それ』は今まで味わったことのないような檄痛と痒みが全身を襲うことから始まった。痛みと痒みが同時に発生なんておかしな話だけどそうとしかいいようがなかった。体の中がジュージュー唸る……骨が溶けて変形していくようだ……ぼくの体になにかが起きている!!まずい、なんだかこれ以上痛みが続いたらまずい気がする!!手から瓶が滑り落ちてゴトンと鈍い音が床に響く。ぼくはなぜか立つのが急に辛くなり、思わず布団の上に倒れ込み、普段出さないような大きな声でうめいた。ぼくは小さい頃から危ないいたずらばかりして、そのたんびに骨折とか脱臼とかして色んな痛みを味わってきたけど、今ぼくが受けている痛みは今まで体験してきた痛みを軽くしのぐほどだった。尻が痛む!痛みの原因を確かめるため尻を触ってみる、体の内側から骨かなにかが盛り上がっている?尾骨が延びて、延びて尻の皮膚を突き破っていくようだ。三百万年前くらいに退化した尻尾が今、再びぼくの体のなかで活性化したのだ。その際の痛みで体がこわばり、眼も景色が真っ白でぼやけ
なぜか見えず、かすれ声しかでない……しんどい、ぼくの肺と心臓はちゃんと機能しているのか!?肌が日焼けしたみたいにヒリヒリ痛む、虫がぞろぞろ這い回っているのではと疑うほど全身がむず痒くなっていく。いっそのこと皮膚をすべてかきむしってひっぺがしたい!鼻がもげるような痛み、舌までやけどしたみたいにヒリヒリ痛む。痛み、痛み・・・・・・これは夢か!?そのあと急に全身の痒みがさらにひどくなり、ヒートアップしていく。ぼくは痛み、痒みで床を転げ回り声にならないような叫びをあげた。ようやく『それ』がおわり、まどろむ意識のなか、不思議な心地よさと共にぼくは意識を失った。
ゲホッ……咳と一緒にぼくは蘇生した。いままで働きをさぼっていた肺と心臓がじんわり痛む、まだ夜だ。そんなに時間がたっていないのか……ぼくは自分にかかっているばかでかい布をどかした。よくみると、さっきまでぼくが着ていた服だ。いつの間にか服が全部脱げてる。パンツまでもだ。つまり今のぼくは丸裸無防備状態というやつだ。でも、なぜか体は暖かい。ぼくは恥ずかしくて早く服を着ようとしたがなぜか服のサイズがばかでかくなってて、ぼくの体にどうやっても合わない。仕方ない、ほっとこう。痛みに顔をしかめながらぼくはなにかが動く気配がして、ふとすみに目をやった。そこには犬がいた。茶黒いとても小さな可愛らしい子犬きちんと座っていた。
「どうしたお前、いつの間に部屋に入ったんだ?」
ぼくは子犬に訪ねるため声を出そうとしたが声がでなかった。代わりに子犬がワンと鳴き声をあげた、なんで?ぼくは犬に首輪かなにかすんでた場所の手がかりがないかと見るため、犬に近づいた。すると犬の方もぼくに近づいた。ぼくは不思議に思い試しに一歩うしろに後退した。すると犬の方も一歩うしろに後退した。そういえばさっきから部屋の天井が高くなったような気がする……いや、天井が高くなったんじゃないぼくが低くなったんだ!!ぼくは急いで犬にかけよった。バン!あと少しというところでなにか硬いものにぶつかった。子犬にぶつかったんじゃない、これは……鏡だ!! ぼくは急いで自分の腕を見た。ぼくのうでは見覚えがない、茶黒い毛だらけで肉球までついているものに激変していた。間違いないこれは犬の手だ。
「この犬はぼく?」
ぼくは確かにそう言った。けど、室内には犬の鳴き声だけが響いた。ぼくが小さい子犬になったから急に服が小さくなったのか……まだ自分が子犬になったなんて信じられないぼくはためしに、右耳の力を抜いてみた。それに応え、鏡に写った犬は右耳をダランと下げた。さらにぼくは左耳の力も抜いてみた。案の定子犬は可愛らしく両耳をチョンと下げた。 ああ分かったぞ、これは夢だ。出なければこんなの現実的に言えばあり得ない。ぼくが小さい子犬になるなんてまず、比率的にありえないし……よーし……自分を夢からさますため、ぼくは頭を思いっきし壁にぶつけた。鈍い痛みが頭にできただけで夢も覚めないし、ぼくの体に変化も起きない。夢じゃないのか?
「うわああああああああ!!」
ぼくは思わず叫んだ。
なにが起こったんだ?まずわかること、この鏡の犬は間違いなくぼくだ。先の痛みの影響がこの体だろう。しかも、これはおそらく夢じゃなく現実だ。さっきの痛みとなにか関係があるのか?ぼくの子犬の体は赤褐色の毛でおおわれていて、まるで毛布で全身をくるんでいるような暖かさだ(人間だったときに着ていた服は未だにベッドの上でくしゃくしゃになって散らばっている、今は着る気はない)。四つん這いは変な感覚でたつのが辛い(でも二足歩行よりましだ)。あと目だ。はじめは普通だったけど、だんだん視力が落ちて見るものの色も落ちてきた。耳は人間のときよりでかくてとてもよく聞こえる……。よくみると尻尾まである。尾骨と尻の痛みの犯人はこいつか、独りでに動いていてのんきな野郎だ。一番すごかったのは鼻だ。人間のときと違って色々な臭いを感じ取れる。こいつはすごい!!この部屋の物一つ一つの臭いまではっきりわかる。歯を剥き出してみると、鋭く尖った犬歯が歯茎の間からニュ~と突き出ていてなかなか迫力がある。もはや人
間だったときの面影はない。ぼくは自分の体を隅から隅まですべて眺めてみても、自分が犬になったなんて信じられない、だけとなぜか・・・いぬの体は妙に落ち着く……懐かしいかんじがした。そうだ、早く家族にこの事を知らせなきゃとぼくは入り口に走り出したところでぼくはハッと踏みとどまりぼくの臭いがぷんぷんする衣類(前より敏感に臭いを感じ取れる)を鋭い歯でくわえ、ベッドのしたにねじ込んでおいた。(服だけベッドの上に転がってたら変だろ?)ねじ込み終えると、ぼくは階段を
「落ち着け、落ち着け」
と自分に言い聞かせながらかけおりて電話の受話器を床におとし、頑張って後ろ足でたち電話を母さんの携帯発信でかけた。ブー……ブー……沈黙……ブー……沈黙……。仕方なくぼくは通話を切った。ため息をつき、誰にも助けをもとめられない孤立感にぼくは急に泣きたくなった。ぼくは小さな子犬の姿でしくしく泣いた。しばらく泣いてから、なに泣いてんだ!と自分で自分を叱り、ぼくは決心した。もう、頼みの綱はこれしかない
あの二人のところにいこう。ウィルとジェラルドのところへ
第四章 訪問
二日後、ぼくはウィル・ハワードの家ノ前にいた。
犬になった直後から時間が経ち、冷静になったぼくは、ひとまず家にとどまり、母さんとルディの帰りを待つことにした。下手に外に出たりしたら、どんな問題が起きるかわかったもんじゃない。後先考えずに行動するのは控えよう。
ぼくは二人が帰ってくるまで何にも口にせず過ごした。二日間ずっとだ。
結局、二人が帰る気配もないし腹も減った(子犬の体じゃ台所の食品を取れない)し、僕は思い切って外へ出ることにした。
母さんのメモには『いつ帰れるかわからない』と書いてあった。母さんは昔から物事を大げさに言うことが嫌いな人だったし、メモの内容に『いつ帰れるかわからない』と書いてあったのなら、文字通り、今後、帰ってくる可能性さえ皆無に等しいということだ。確かに最近の母さんは少し、父さんと仲が悪かったみたいだし……。
いや、最悪の事態を考えるのにはまだ早すぎる。まずは……、
ぼくは喉をゴクリとならし、ウィル家に近づいた。
ウィルの家の庭では朝早くからウィルの父親と母親が雑草抜きをしているところだった。両親二人はこの親あって子ありという言葉どおりウィル同様二人とも見事なまでに美男美女だった。
犬のままチャイムを押すわけにはいかないし、ぼくはウィル家ノ前をいったり来たりとぶらぶらして、これからどうしたもんかと考えていた。事実上ぼくは丸裸で外に出てるわけだが……犬だからまぁいいだろう……とか、考えたりもしなが——
「どうした、お前?」
ぼくの背後にウィルが立っていた。今のぼくにとっては背がとても高く見えるウィル。紺色の薄いアンダーウェアに青のジーンズ。家族にしか見せないような出で立ちで彼はぼくのことを不思議そうに見ていた。ぼくは驚きと困惑で思わず逃げ出しそうになったが、ウィルに体をおさえられて叶わなくなった。
「迷子か? 黒すけ、でも首輪無いしな……」
ぼくは必死にウィルにジェスチャーでここ二日のことを伝えようとした。まあ、はなっから無駄だと分かっていたが……。
ぼくの想像以上に大惨敗だった。ぼくは
「ぼくはヴォルフだよ。何だかわけがわからないと思うが犬になっちゃったんだ!!」
と説明したつもりが、ウィルの耳には当然、犬の鳴き声しか聞こえず、
「腹が減ってるのか?」
と言うなり、ぼくをひょいと持ち上げ、家のなかに連れ込もうとした。改めて近くで見たウィルの容姿はクール……といったところか、とにかくぼくとは顔のタイプが違う。ウィルの髪の毛はここら辺では珍しい黒、毛先が黒の軽めのストレートで、髪質がぼくと明らかに違う。顔立ちはとても整っている。性格は真に冷静沈着で、見た目通りクール。自分でいうのもなんだが、ぼくの方は茶目で向こう見ずだ、と知り合いにも親にまでよく言われる。鑑賞会もこれくらいにして、ぼくは全力で暴れ倒し、なんとかウィルの手中から逃れることに成功した。ぼくはウィルに呼ばれるのも無視して黒い体を疾走させた。
分かってもらえない以上ここにいるわけにはいかない。ぼくは馴れない四本足走りを しかも長距離で走り、すっかりぜえぜえいいながらようやくジェラルド・ラグブラスの家についた。ジェラルドの車庫に車はなかった。ぼくと同じで今親が出掛けてるんだな……。いや、もしかすると家族総出でのお出かけか? ジェラルドが留守番してくれてたらいいけど……。
ぼくはしょうがないからジェラルドの家ノ前の木陰でぺたんと座った。それにしても慣れないなあ、このからだ。
……もう朝焼けだ…二日間何にも食ってないから腹も減ったし…ぼくなにを食べればいいんだろう?ペットフード食べるだなんて考えただけでもおぇってなっちゃうし……それに、もし、人間に戻れなかったらどうしよう……そうやって考えてるうちにぼくは眠ってしまっていた。
目が覚めたらそこは見覚えのある部屋だった。ぼくは寝起きでボーッとした頭をもたげ、辺りを見た。その際、ぼくを見ている金髪の少年のかわいらしい顔もぼくの目についた。
ジェラルドだ。
「目が覚めた?」
ジェラルドは13という年のわりには子供のような声でぼくの頭を撫でてくれた。ぼくは撫でてもらった気持ちよさに眼を細めた。ジェラルドは前述の通り、歳のわりには幼い声、容姿をしていて、常にメモ帳を持ち歩いて暇さえあればなにかを書き加えている変わり者キャラだ。茶髪のぼくときれいな黒髪のウィルに対しジェラルドの髪は金色の癖っ毛、というハデハデなカラーリングで、毛先が茶というのだけが唯一の救いだ。顔はぼくやウィルより目が大きめで、愛らしい。本人はその声や容姿を気にしていて、頑張って大人っぽいしぐさを意識して生活しているようだが的外れで余計に……。
「なにか食うか?」
返事がわりに激しく首をたてに降り、ぼくはジェラルドに持ち上げてもらった。ここはジェラルドの臭いがすごくする。甘いにおい。なんだか女の子みたいな臭いだ。ここはジェラルドの部屋かな? この部屋はどうやらジェラルドの家の二階に位置するらしく、階下の方からひとの声がした。ぼくはジェラルドの腕に潜り込み、ようやく食事にありつける。と安心して眼を閉じ、ついでに嫌なことも思い出した。ジェラルドはたしか……。
したの階からまた声がした。でも、さっきの声とは違う。人間のこえじゃない……。
嫌な予感は的中した。ジェラルドは生き物を飼ってたんだ。嫌なことに大型犬を。犬と会うなんて厄介事の種になるに決まってる。ジェラルドが犬のいるリビングにつく前にぼくはなんとか逃げようと、ジェラルドの腕に甘がみして(悪いとは思ってるよ)床に飛び降り、その勢いのまま、閉まりかけの外へのドアをギリギリ走り抜けた。ぼくはジェラルドの家から離れた。危なかった。まさに危機一髪だった……
と、算段よくジェラルドから逃げられると思ったが、今のぼくは子犬。ジェラルドはからだが小さいといっても人間だ。逃げ出せるわけがない。ジェラルドは小さいからだでぼくをガッチリと抱き、リビングへのドアの取っ手に手をかけた。ぼくはため息をついた。またひと事件起きそうだ。
第五章 暗転
ジェラルドは案の定茶色い毛の大型犬を飼っていた。大型犬はおそらく人間でいう三十代くらいで、大型犬は見知らぬ犬(ぼく)が自分の主人(ラグブラス一家)の家にきたというのに、ぼくには結局、一別もくれないまま、さっき目の前にきたペットフードをがつがつかきこみだした。ぼくは人間と犬がコミュニケーションをとれないことは想像していたが、犬同士もコミュニケーションがとれないのかと早合点した。ジェラルドは大型犬と同じ量のペットフードを持ってきてくれたが、ぼくは言うまでもなく一口も口にせず、大型犬の方へ押しやりジェラルドがいない間にこの家からとんずらしようと外への隙間を探したが、蟻の子一匹として入る隙間がなかった。ぼくは諦めずに他の出口を探そうとしたとき、驚いたことに大型犬に話しかけられた。
「おい、若いの」
急に耳に他者の声が響いて、驚きで毛が逆立った。大型犬が話しかけてきたのは恐らく僕へだろうけど一応聞いてみた。
「ぼくのこと?」
大型犬は口にペットフードを含んだ。
「それ以外に誰がいる?」「まあ…そうだけどさぁ」ぼくは今、大好きな犬と話していると思うと興奮を隠しきれず、思わず尻尾を振り回した。大発見!
『犬は人間には理解できない言葉でコミュニケーションをとることができる!』
「で……なんかよう?」大型犬に聞く。今の僕から見たら大型犬は化け物同然。でも不思議と普段通りにしゃべれた。
ペタペタぺタ
ん?
ペタペタぺタ
ぼくの尻に違和感が襲った。見てみると……案の定、大型犬がぼくの尻に鼻をペタペタ着けて、クンクンと臭いを嗅いでいた。
「お前……なんだか変なやつだ――」
大型犬の言葉か言い終わらないうちに、さっさとぼくはドアの前まで逃げた。
「い……いきなりなにすんだよ!」赤みの指した顔でぼくは叫んだ。ふと、ごくりと唾を飲むと、異常に喉が乾いていたことに気づいた。
「なにって……挨拶だよ知らねえのか?」
少し困惑した様子で大型犬が唸り、続けた。
「ほら、俺のも嗅がさしてやるから」
大型犬はそれだけいうと、ぼくの方に尻を向けた。ぼくはさっき尻を嗅がれた恥ずかしさと思春期の発情が折り重なって複雑な気分になったけど、尻を嗅ぐのを断ろうとしたときだった。「そんな!可愛そうだよ!」
リビングの向こうからジェラルドの高めの可愛らしい声が響いた。誰かと口論しているようだが……一体誰だろう?
「家ではもうクラブを飼ってるでしょ、もう一匹飼う分のお金なんてどこにあるの?」
甲高い声……分かった、ジェラルドは母親と言い争ってるんだな
「ぼくがだすよ!子犬だからまだ食う量も少ないだろうし……」
ジェラルドの声
「なあジェラルド、あの黒い子犬は『ベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダール』とかいう犬種で大人になったらクラブよりでかくなるんだ。わかるな?」
ジェラルドの父の声かな?「……うん」
ジェラルドがとうとう折れたようだ……分かったぞ、ジェラルドたちは今、ぼくをこの家で飼うか飼わないか揉めてるんだ。ぼくとしては……ジェラルドの家にいるのはいいけど、正直、『飼う』という言葉がやはり気になる。
「でも、家内で飼わないと飢え死にするかもしれないじゃないか!まだ小さな子犬なのに」
ジェラルドが叫ぶのは珍しいことで、ぼくは今、一ヶ月ぶりに聞いた。
沈黙……
「分かったよ、じゃああそこへ届けよう」
ジェラルドの父の声、ジェラルドとは正反対で大人びた渋い声だった。
「あそこって?」
ここから先の会話はなぜかよく聞こえなかった。でも、ジェラルドはぼくを飼えなくなってしまい、ぼくをどこかに運ぶ相談をしているということは分かった。
ガチャ
リビングのドアが開き、ジェラルドが立っていた。ぼくはジェラルドを見上げた。ジェラルドは顔を真っ赤にして、今にも泣きそうだ。ジェラルドは急にぼくを抱き締めた。なんだかからだの内側がポカポカして変な気分になった。
「ごめんな」
第六章 シュールとマッド
ボスはぼくの小さいからだをひょいと持ち上げた(前足2本を持たれて前足でボスの手にぶら下がっている状態だ)、ぼくは泣いたジェラルドを目にしたあと、ジェラルドに段ボール箱に入れられ、車で運ばれ、しばらく箱が揺れていざ、箱が開けられたら目の前に顔が凄まじく濃い人物と二人っきりになっていた。(ちなみに、この顔が濃い男はジェラルドの父じゃない)そいつをぼくは顔立から『ボス』と呼ぶことにした。そしてこの状況だ。まず顔をじっと見てきた。顔を見るなり、ボスは手元にあるペンで同じく手元にあるボードつき書類になにか書き込んだ。次にボスはぼくの毛を上から下まで撫でてみたり、腹をさわったり(腹を撫でられたのはとても気持ちよかった)最後は局部を見てさわってきたりして(この感想はあえて控えておく)、そのたんびにペンを動かした。(ボスはぼくの局部を見て「去勢が必要だな」とか言っていた、・・・やばいぞ……去勢なんかされたらオスとしていきる意味が……)ボスはようやくぼ
くの体を箱に戻し、箱を誰かに手渡したようだ。この箱を手渡された人物をぼくは『男』と呼ぶことにする。女かもしれないけどね。
そもそもここはどこなんだ?まさか保健所か!?それじゃあ……ぼくの飼い手が見つからなかったら……ぼくは殺されるのか!?そんなの、いやだ。こんな情けない今から去勢される子犬の姿で生涯を終えるなんて!
ぼくは必死に箱の中から飛び出そうとしたり、男に「だしてくれ~」
と哀願したが、男には犬の「ワンワン」という鳴き声にしか聞こえないはずだ。ぼくは仕方がないので降参し、運命と我が身をこの男に任せた。ふと、男は歩くのをやめた。何かの鍵をガチャガチャ開ける音もした。
カチッ
鍵が開いたようだ。ぼくはドキドキしながら次に何が起きるかと身構えた。
がちゃっとドアを開ける音につづき男は再びのっしのっしと歩みだして、先と同じく止まった。また鍵をガチャガチャといじる音……ギイという金属と錆の擦れ合う開閉音……次の瞬間、僕が入っている箱はすごい勢いでひっくり返され、結局去勢されないまま、ぼくは鍵までかけて檻に入れられた。
調べてみたところ……このへやには檻が……20個はある。一つの檻は大体……1平方メートル位の大きさで、20個ともその大きさで統一されている。もちろんぼくの檻もだ。子犬にとってはゆとりがあって不自由はまぁ無いが、大型犬や成犬にとっては缶詰め状態だろうなぁ。檻は鋼鉄製に加え、錠前までついている。例え檻から逃げられても、このへやのドアを通らないと外へは出られない、部屋は。ドアに対し、檻は凹型にならんでいて檻の上に檻がおいてあり、二段状態というわけだ。(ちなみにぼくは上段だ)これはどうやっても逃げ出せないな……ぼくは地面に寝転がり耳、尻尾を垂らした。(他の檻から犬の唸りや猫の甘い鳴き声が聞き取れた)さて、これからどうしよう……ぼくはクンクンと辺りを臭い、様子を見た。辺りは暗く明かりは天井のバチバチ点滅してる蛍光灯だけだ。少しペットフードの臭いが漂っている。
「ねぇ」
ぼくの下の檻から声がした。ぼくはゆっくりしたをのぞいた。
「君新入り?あの店員雑なんだよ許してやって、ぼくもぉ新しく入ったばっかだけど」
ぼくの下の檻にダックスフントが一匹しゃべっていた。
「店員!?」
初対面など気にせず、ぼくはダックスフントが唯一ここがどこなのか知る手がかりだと気付き、問うた。
「そう、店員さ
だってここはペット・ショップだからね」
ペットショップ!?まさか……今日いったカンザスのペットショップか!?……そういえば、さっき犬と猫の鳴き声がしたじゃないか!ここらへんで犬猫両方がいるペットショップといえばカンザスのペットショップだけだ!!ぼくをはこんだ『男』店員のひとり、『ボス』は店長だったんだな!!ぼくは一旦落ち着いてから、もうひとつ、犬になって気になっていたことを聞いた。
「君ぼくの声が聞こえるの!?」
ぼくは思わずダックスフントに尋ねた。
「そうにきまってるだろ、でも人間には通じないよ
だから好き放題言えるけど」
ダックスフントは体をペロペロなめながら落ち着いた口調でぼくに返した。ぼくはもう一度聞いた。
「動物同士だと会話できるってこと?」
「そう、人間は人間同士、動物は動物同士で会話。常識だよ?」
ダックスフントはめんどくさそうな顔をして言った。だからジェラルド家の犬クラブと会話ができたわけだ。
ダックスフントが上(ぼくの方)を向いて、ぼくを観察してる。「ぼくの名前はシュール、よろしく」
ダックスフントがぼくの下半身を見て、
「いまは尻は匂えないからおじぎでがまんしてね」
といい、ペコリと頭を下げた。(尻を匂われなかったのはぼくにとって好都合だったけど)犬がお辞儀、聞いたらおかしいけど実際にみたら腰を抜かすぞ!!ぼくは人間のときの名前で返した。
「ぼくはヴォルフ、こちらこそよろしく」
と言ってお辞儀し返した。「君も災難だね、こんな狭い店につれてこられて、ぼくなんかさぁ…母さんとはぐれちゃって、飼い主に捨てられて、いつのまにかここにつれてこられて」
シュールがペラペラせかした。
「あと名前が変えられるんだって、今の名前は捨てるらしいし…ぼくいやだよ」二人会話していると…いや一匹と一人か…奥の檻のゴールデンレトリバーが動き出したのが見えた。ゴールデンレトリバーはこちらはみてうなっている。
ゴールデンレトリバーはぼくやシュールのような子犬からみたら化け物に見える。ゴールデンレトリバーはゆっくりと起き上がり、キョロキョロと辺りをみている。口からはよだれをだらだらとたらし、檻の床に小さな水溜まりができていた。部屋が寒いせいかくちからはく息が、白い煙のようになっている。ゴールデンレトリバーはこっちの方を向いた、ものすごい迫力だまさに化け物!!ぼくの檻と奴の檻の差は1・5メートル位しかない。今にもやつが出てきて襲いかかってきそうだ!!さっきからこちらをじぃーとみている。ぼくの檻はシュールの檻の上になっていて顔とかおの高さがちょうど向き合う形だ。奴の歯茎はよだれで濡れ光っている、その間から突出た巨大な歯…・・・奴はグルルルルとうなる。(あとでシュールに聞いて確認したが動物同士でもワンと言ったら、やはりそのままの鳴き声でワンと聞こえるらしい。どちらにしろぼくは、ワンと聞こえるだけならまだしも、自分からワンとは絶対鳴かないぞ・・・)
「よう」
え?・・・ゴールデンレトリバーの口からでた声と言葉は、今までぼくとシュールをわざと怖がらせていたことがわかった。奴はがたいがすごいわりに、とても優しい犬だった。
「そうびびるなよ。おれはマッド、ちなみにマッドが名前だ」
ぼくは驚きのあまりで口がポカァンと空いたまま
「ぼくはヴォルフよろしく」
と言い返した(臭いをかぐのではなく、もちろんおじぎにしてもらった)
つづいてシュールも
「ぼくはシュールよろしくマッド」
とあいさつした。
そのとき店員らしき人物が部屋に入ってきた!!
その店員は檻一つ一つにふってある番号を読み、その檻のなかにいる犬を出して抱き抱えた、その犬は暴れたが逃げられずそのままショーウィンドーに展示され販売品となってしまった。「あのガラスの外から観察されて、最後は人間のもとに預けられるんだ…」
シュールは声のボリュームを大きくしていき最後は両手で顔をおおった。ゴールデンレトリバーのマッドはここで僕らを呼び、声のボリュームを低くして檻ごしに顔を近づけていった(いくら性格が怖くなくても、やはりかおは怖い!)
「飼われるのは嫌だろう、逃げるぞここから」
ぼくとシュールは喜んで賛成した。ぼくだってどこかの他人に飼われるのは嫌だ。おしゃべりなシュールも今は静かだ。
「言い考えでもあるの!?」シュールは興奮しながらも落ち着いた口調で尋ねた。マッドは笑顔で
「ない」
と答えた。
だよな……
そもそも、犬三匹の頭でペットショップから逃げ出すなんて……
いや、ちょっと待てよ……ぼくは人間じゃないか!(危うく忘れるところだった)ぼくには人間の頭脳がある!
三匹では脱走は不可能だが……一人と二匹なら、もしかして……
第七章 脱出劇
ぼくは檻のなかで軽くあくびをして壁の時計をみながら、10分前にシュールとマッドにぼくが考えた作戦を発表したときのことを思い出していた…・・・
10分前・・・・・・
「ぼくから作戦がある」
二人・・・・・・いや、二匹が顔をあげてぼくの方を向いた。ぼくは作戦を話した。説明し終わると、二匹は驚いたかおをして
「君、まだほんの2~3歳だろ?。ぼくと一緒でまだ子犬なのに・・・・・・よくそんなこと思い付くね」
シュールがぼくの方をやけにじろじろみてきた。
「大人の犬でも考え付かないよ、」
マッドもほんとにそうだよなとうなずく。マッドはちなみに四歳、体は大きいが、一応まだ子犬だ。
シュールがやっと静かになったところで、ぼくは二匹にそれぞれ仕事を言った。あとついでに時間あわせのため、時計の読み方も教えた。二匹はなんでそんなこと知ってるの?という顔をしていたがあまり詮索してこず、すぐに読み方を覚えてくれた。次にぼくとマッドで力をあわせ、ペットショップの大体の地図を頭に描いた。二匹とも覚えがよく、よくはかどった。すべて作戦のためだ。
そしてぼくは今、作戦開始時刻を待っていた。少し時間があるから簡単に作戦の要点を説明しよう。
まずこの作戦を実行するために必要なのは、このペットショップのどの動物がどのショーウィンドーに入れられる予定か人目でわかる図、それが必要だった。なぜかというと、作戦上、作戦を実行するのはマッドがショーウィンドーに入れられる日じゃなきゃダメだからだ。図があればマッドがショーウィンドーに入れられる日もわかる。なぜその日じゃないと駄目か、理由は・・・あとでわかる。次にこの檻の鍵を管理している場所。ちなみに今、話した場所は全部知っている。ぼくが人間のときの記憶にあったからだ。(人間のときの記憶はそのままだ、記憶までなくなったらそれこそ本物の犬じゃないか!)
少し話がが変わるが、ぼくの想像以上にいぬの頭はよかった。(単にこの二匹の頭が良いだけかもしれないが…)時計の読み方、店の地図をすぐ覚えるのがその証拠だ。二匹の頭がよくなければこの作戦は実行できない。
おっと、そろそろ時間だ。あと7分…(え、まだまだじゃないかって?ぼくの座右の銘は『時間厳守』なんだ)
今日は作戦の実行日、つまりマッドがショーウィンドーにつれていかれる日だ。ああ、あと二匹のいぬの年齢は、人間版にしたら二匹ともぼくより年上だった。あいつらにとってぼくはガキ(子犬)ということになる…改めてぼくが犬になったなんて信じられなかった。ためしに鼻で辺りの臭いをクンクンと嗅いだ。相変わらずすごい嗅覚だ。一匹一匹の檻の中の動物の臭い… 檻の鉄の錆び臭い臭い…そしてちょっと建物の木の臭い。そしてぼくの犬としての臭い、それらを嗅神経がいともたやすく感じ取った。
おっ!!時計が5時20分になった。ぼくはゆっくりシュールとマッドに目配せした。二匹は
「うん」
とうなずいた。さぁ…作戦開始だ!!
そのとき部屋のドアが勢いよく開いて、ちょうど良いタイミングで店員がやって来た。そして『ゴールデンレトリバー』と書いてある檻の鍵を開け、マッドを持ち上げた。(少してこずっているやはり重いのか?)マッドをだいて店員がぼくとシュールの檻のまえに来たとき、マッドはこっちをみた。そしてペロリと舌を出した。今だ!!
マッドは店員から逃れようと暴れだした。店員は
「ああ…こら…すぐ終わるから……ちょっ……おまっ……」
となだめているが、マッドは余計に激しく身をよじりよじり、暴れた。実はコレ作戦の一部なんだ。マッドが暴れている内に…ぼくは、ぼくの檻のまえで止まっている店員の腰の鍵束を、檻から手を伸ばしそ~っと盗った。よし気づかれていない。シュールが小声で
「器用だね~君ほんとなんでもできるんだね」
とつぶやいた。ぼくは鍵束を尻尾のしたにいれら、ばれないように毛で隠してしまった。一方マッドは店員の手から逃れゆかに着地し開きっぱなしのドアの方へかけていった。ここまでは作戦通り、ここが一番作戦で難しいところだった。店員がここで止まる保証はないし、力の強い店員だったらマッドは逃げれないどこらか店員の気を引けず、売られるかもしれない。まあとにかく成功はした。マッドを逃がした店員は鍵束のことに気づかないまま、他の店員に
「ゴールデンレトリバーが一匹逃げました!!」
と、とても焦った表情で言って、マッドはこの店すべての店員の気を引いた。ぼくとシュールはマッドが店員全員の気を引いている間に、檻の錠を鍵で外し(犬の手は不器用なので、少々てこずった)2分くらいでぼくは檻からでて、上から床に飛び降り、シュールの錠を外すのには3分もかかった。マッドが逃げ出してからもう5分だ。少しおくれた!!(シュールはぼくが鍵を使っておりを開けたので驚いてポカァンとしていた)檻から抜けた僕とシュールは店員が開けっぱなしで出ていったドアへかけて、店の客用の部屋に出た。すべてあの時のまま……カンザスのペットショップだ。ペットフードが棚にキチンと並べられている。前行ったときと同じく、入り口のところにはペットフードが釣ってあって天井からぶら下がっていた。落ちたらひとたまりもないな…ショーウィンドーの犬、猫がワンワンニャーニャー騒いで
「だしてくれ」
とうるさかったが、いまは我が身の心配が先だ。店のなかに見とれていると、さっきぼくたちが出てきたドアからマッドがやってきた
「店員たちは?」
ぼくとマッドが同時に聞いた。マッドはにやりとして。
「ちょちょいのちょいさ」と笑いながら答えて続けた。
「でも急いだ方がいい」
僕たちもマッドに同意し、店の外に出る唯一のドアにいこうとしたら、このペットショップの店長(やはり店長は渋顔の『ボス』だったんだな……)がドアのまえに立ちふさがっていた。
「どうやって抜け出した?・・・え?・・・この汚れた動物め!!」店長は口からハァハァ息を出している、全力で走ったあとという感じだ。
「お前らのような生物にそんな頭脳があったとはな…」
店長は重そうな体を支えていた杖を振り上げて
「お仕置きしてやる!もうこんなことが…二度とできんようにな!!」
マッドとシュールの二匹は汚れた動物と言われてすごく怒っていた。キバを剥き出して、二匹ともグルルルルとうなっている。店員はそんな二匹にも動じず、シュールを杖でバシンと叩いた。さらにマッドにも一撃おみまいした。さらに店員は二匹を異常なほど殴り付けて、痛め付けた。二匹ともキャイン、キャインと鳴いて苦しんでいる。ぼくは耐えきれず、店長に吠えた、吠えまくった。(実際には「この野郎!!」とか「この豚やろう!!」しかいっていない)店長は吠えるぼくをにらみ「キサマもオレに文句があるのか?」
とどなった。奴はものすごい形相で太い体とは思えないほどの早さでぼくの方へ走りよってきた。もちろん杖を構えてだ!!ぼくはサッと向きをかえ、店長に背を向け小ぜまい店内を走った。人間のときよりスピードがとても出る!!ぼくはあることを思い付き、犬の散歩用の紐(リード)のコーナーまで走り着き、一番長いリードを歯でくわえて店の出口に走った。(ここに来るまでに尻尾に二回杖をくらい、思わず「痛!」と叫んだが店長の耳には「キャイン」という犬の鳴き声に聞こえただろう)出口につくなり店長は
「バカめ!!正面扉には鍵をかけた。逃げようたってそうはいかないぞ!!」店員は出口の鍵をこれ見よがしに掲げこっちに来る!マッドとシュールは店のすみにうずくまり、クゥ~ンと鳴いている。ぼくは二匹がここにいないことを確認し、リードを天井にぶら下げてある大量のペットフードに投げ、引っ掻けたあとに歯で思いっきり引いた!
細く頼りない縄はぶちぶちと嫌な音をたてた。
ヒューー・・・ペットフードの山が、店長の頭へ引力と重力の法則にしたがってダイブしてきた。ドズン!! 鈍い音と共に店長が床に倒れた。ぼくはすっかりのびている店長の手から、さっきの鍵をヒョイと抜き取り出口のドアを勢いよく開けた。外には運よく誰もいなかった。久しぶりの外に一人と二匹は思いきり息をして、歓声をあげた。店員、店長が目をさまさない内に僕たちはその場を去った。
二匹はそのあと、ぼくを誉めちぎった。人間にも匹敵するとか言われたけどそりゃそうだ。だってぼくは元人間だもん。
三匹はその後別行動をとろうとしたが、シュールが「ヴォルフとマッドと一緒がいい!」と強く言い張ってこれからも一緒に行動することになった。ここでもう一度三匹の特徴をまとめておく。
アインツェル・ヴォルフ(ぼく)
元人間で犬種は、ジェラルドとジェラルドの父の会話から、恐らく『ベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダール』毛は黒で体は小柄、シュールと同じサイズ。人間年齢で一番年下。
シュール
この三匹の中で一番おしゃべり、常にしゃべっている。ダックスフントで黒いきれいな毛を持っている。> すこし臆病。子犬っぽい性格。
マッド
ゴールデンレトリバーという名の通り全身が金の毛でおおわれている。見た目はとても怖いが、性格は温厚でとても優しい。一番力が強く、からだが大きい。(だからマッドが作戦で逃げる役だったんだ)
この二匹はぼくが犬になってからはじめての友達だった。
第八章 6日間
ここでぼくは初めて野良犬の大変さを知った。ぼくとダックスフントのシュール、ゴールデンレトリバーのマッドは何度も死にかけた。ペットショップから抜け出してもう7日。今、ぼくたち三匹(正確には一人と二匹)はごみ捨て場で食料を探していた。食料については問題がいくつかあったが、シュールは食う量が少ないが三匹の中に大型犬のマッドがいるのも大きな問題だった。
なぜ今、こんなごみ捨て場をあさる状態になったのか1から6まで話そう。
ペットショップ脱走から
1日目・・・
『ペットショップから犬が暴れ脱走した』という内容の記事は事件発生から二日後の新聞のすみに小さく掲載されていた。ぼくはポストから盗んだ新聞を読み上げた(背が低くて苦労したよ)。
「『三匹の狂犬ペットショップから脱走。店員数名が重軽傷を負い、店長は頭を強打していまだに意識が戻らない』だって」ぼくは人間の字が読めない二匹に話しかけた。(二匹によると、人間の文字が読める犬も数匹いるらしい。犬にも文字があるとも言っていた。もちろんシュール、マッドは読めてぼくは読めないが…)
「おれたちのこと、ばれてないのか?」
マッドが体をなめながら言う。
「今のところ…犬が三匹でその内三匹とも子犬。ということがわかってるらしいよ」
「へぇ~やるね~人間も」シュールが言い
「まぁ用心するに越したことはねぇな」
とマッドが話に区切りをつけ、この話題は終了となった。その日の夜、ぼくとシュールはマッドに包まれるように寝た。
ペットショップ脱走
から2日目・・・
ぼくが一番犬の姿になって困り、悩んだのはトイレの事だ。犬はご存じの通り、片足をあげて人前で普通に用を済ます。シュールもマッドもそうしていたが、ぼくはやはり抵抗があった。しかし、いくら抵抗をしても便意にはまける。しかも、犬のぼうこうは弱く、トイレを我慢するなんて難しかった。以下の理由から、ぼくは仕方なく、人目の少ない通りの電信柱の根本に向かって片足をあげながらもよおした。恥ずかしい話、なれない犬の体で朝起きてみたら漏らしていたなんてこともあった。>
シュールとマッドいわく、尿に自分のプロフィールを染み付け、電柱にかければ電柱にプロフィールを残せるらしい、それを『マーキング』といい、子犬でできるやつはほんの少数で、代わりにプロフィールをかぎとることなら誰にでもできるらしい。プロフィールは
『名前、年齢、マーキングした日にち、性別、体形、性的成熟度』を示すらしい
ぼくも嫌々電柱を嗅いでみたが、確かに二匹のいった通りプロフィール情報の嵐だった。
ペットショップ脱走
から3日目・・・
マッドによればペットショップではろくなものは食べさせてもらってなかったらしい。さすがに三日も何も食べないのはきついので、ぼくたちは食料を集めることにした。集合場所は空き地の隅っこだ。僕らは別れて行動し、ぼくは空き地から走って5~6分のところにファストフード店があるのを見つけた。こいつはラッキー、今日店は休みだ。ぼくは人がいないか確認し、店に近づいた。やっぱり昔より大きく見える。(人間の頃より)看板に『スペースイーター』とかいてあった。昔よく食べに来たなぁ…ぼくは、どでかい看板を見上げながら店の入り口の前までいき、鍵を見た。窓、裏口からすべての戸に鍵がかけてあった・・・さて・・・二階は…クソ!! 今日は無理だ。帰ろう…ぼくはゆっくりトボトボ空き地へ帰った。二匹は、ネズミ四匹、かびたパン四切れを見つけてきた。二匹が進めたが、ぼくはネズミを食わなかった。・・・正しくは食えなかったんだ。ぼくはパン二切れ食って寝た。二匹はぼくがネズミを食べなかったことに不思議がって首をかしげていた。その日は空き地の草原で三匹で身を寄せあって寝た。嫌な夢を見たが、今朝にはもう忘れていた。
ペットショップ脱走
から4日目・・・
痒い!痒くて痒くてたまらない!!何が痒いかって?『歯』だ。歯が痒いんだ。昔、子犬の本を読んだとき、子犬は歯が痒くなると書いてあったが、本当だったんだ。いや、想像以上だ。ぼくは痒さのあまりに、あるものあるもの噛みまくった。マッドもシュールも同じようで、僕ら三匹は噛む限りをつくした。それはそうと、ぼくは自分の家族や学校のことがきになっていた。まあ、当たり前と言えば当たり前だろう。ぼくはあることを二匹にせがみ承諾もしてもらった。そうしてぼくらは、カンザスから五十キロは離れたぼくのすんでた町にいくことにした。
ペットショップ脱走
から5日目…
ぼくたちは五日もフロに入らず、汚い場所を寝床にしていたのでずいぶんみすぼらしくなった。> シュールの白い毛は汚れて灰のどす黒い色になっていたし、マッドのきれいな金の毛は始めに比べると輝きを失い、随分黒ずんでしまった。ぼくの毛は元々黒いと言っても、とてもからだが臭いのが自分でもわかった。三匹とも整った毛からボサボサな毛になってしまった。二匹はあまり気にしていないようだったが、ぼくはというと・・・とても気にしていた。昨日の夜二匹に、すこしでもいいから水浴びしたい!とせがんだが「おいおいヴォルフ、おめぇが行きてぇところに俺たちが一緒に行ってやってんだぞ」
とマッドにピシャリと言い返されてしまった。シュールは、歩いているときもえんえんとしゃべっていた。自分の身の上話から、最近のニュースまで丸一日だ!!拷問に思えたよ…
三日前に食事(?)もしたし、四日目はぼくの学校へと向かい続けた。二匹はしつこくなんで学校なんていくんだよ、と聞いてきた。「ねぇヴォルフ、学校にはぼくたちにとって一番の天敵、学生がいるんだよ~考え直してよ~」
とシュールがぺらぺらしゃべっていたのは、今でも覚えてる。ぼくは理由を適当に考えて、その場をしのいだ。理由の内容は「みんなだって一回位見たいだろ、学校を!!」だった。あまり良くできた内容とは言えないが、まあ良しとしよう。
ぺットショップ脱走
から6日目・・・
ぼくはいつも通り七時に起きた、そしてぼくがあまりにもしつこく水浴びをしたいと言ったので、二匹とも観念して五日ぶりに水を浴びた。ぼくは犬になって初めて水を浴びた。身体中の毛がベットリとたれたが、いくらか汚れは落とせた。二匹とも文句を言っていたわりには、水浴びを楽しんでいるようだった。しばらくして毛も乾き、ぼくたちは人目のつかぬように路地裏を歩いた。・・・右に曲がり、左、右、左・・・ゲ!・・・行き止まりだ。もどらなきゃ…
「なんてこったい!!」
マッドがうめく。
「ヴォルフ、本当にこの道だったのかい?」
シュールがぼくに真顔で聞いた。シュールの真顔なんて一年に一回か二回しか見れないぞ!
「静かに!」
ぼくは叫んだ。ぼくのベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダールの巨大な耳が誰かの声を感じ取った。・・・路地裏の向こうからだ…こっちに来る!!ヤバい、こっちは行き止まりだから壁と挟まれる。声の主は三匹の犬猫だった。一匹は柴犬、二匹目はブルドック、三匹目は三毛猫、の三匹だ。全員ニヤニヤしている。とても汚くて臭い!
「こんな所で何してんだいガキ(子犬)ども!!」
柴犬はぼくらに舌をたらしながら聞いた。その声には皮肉っぽい響きがあった。「手前だってガキじゃねえか」
マッドも皮肉を込め、柴犬をにらむ。ああ一事件起きそうだ…
「何?」
柴犬の横のブルドックがピクッと反応し続けた。
「俺たちがガキ?」
マッドは答えるかわりに、にっこりしながらうなずいた。その瞬間、ブルドックはマッドにすごい勢いで飛びかかり、マッドを押し倒した!!マッドも負けじとのし掛かってきたブルドックの右耳に噛みつく。マッドは噛みついたまま、首を激しく動かしてブチンとブルドックの右耳を噛みちぎった!!ブルドックはキュン!と弱々しく鳴いて、三毛猫と柴犬のいる方へよたつきながら走り逃げた。マッドは立ち上がり、口の中のブルドックの噛みちぎった右耳を、ペッと地面に吐いた。ブルドックはすっかり縮こまっている。いい気味だ。柴犬は
「よくも!!」
と叫びブルドックの様子を確かめた。マッドは柴犬に「口論から実力行使に発展させたのはあんたらだろ」と最もなことを言った。シュールも調子良く、そうだそうだと便乗している。ぼくも思わずにやりとした。柴犬はもちろん言い返せず、柴犬三匹目は、覚えてろ!と叫び走り逃げた。
僕たち三匹は、またトボトボ歩いて何とかぼくの住んでいた町までついた。あとすこしだ!それでもここはあまり見かけない場所だった。もう暗いし、ぼくたちは広場の隅で寝ることにした。
今日はやケに視線を感じたな…なぜだろう…
第九章 黒猫
ぼくはすっかり犬の姿に慣れた。ペットショップを抜け出して、二週間がたとうしていた。今は夜、真夜中の2時だ。ダックスフントのシュールとゴールデンレトリバーのマッドは路地裏で身を寄せ合い、何時間も前に寝ていた。ぼくらは二週間歩き続け、とうとう学校の近くまで来ていた。ぼくは二匹が寝ている路地裏から、中央に噴水がある広場に出た。月がとてもきれいだ。ベンチは噴水をかこむよう円状に並べられていて、噴水からはまだ水が出ている。その噴水のてっぺんから棒が天に向かって突き出ていて、てっぺんに時計がちょこんとついてスプーンみたいな形をしている。ぼくは誰もいないことを確認してから、噴水に顔を突っ込み、ガフガブ水で喉を潤してからベンチに飛び乗って座りこんだ。ぼくのすんでた町にこんな所があったなんて…空を見た。まばゆく光る星と月が雲に隠されては出てきて、隠されては出てきてを繰り返している。ぼくはそれをうっとりと眺め、しばらくボーッとしていた・・・・・・その時、
「良い夜空ね」
姿は見えないのに声だけがどこからか聞こえた。
「誰だ!」
ぼくは真夜中だと言うのに、叫んで辺りを見回した。誰もいない…空耳か?と思った次の瞬間、
「こっちよ」
またしても怪しく声が響いた。間違えない、噴水の方から聞こえた。目を凝らして噴水を見てみる…(相変わらず犬の視力は悪い)誰もいない…噴水から棒の上へと目を泳がす…誰かが時計の上にのってこちらを見ている。なんの動物かわからないが、目がすごく光っているのはわかった。鋭い目付き…細く知的な感じだ、メスか?・・・ぼくは黙って相手の様子を見た。自分の耳が垂れているのがわかる…嫌な予感がする…時計の上の生き物は一声、ニャーーと鳴いた…猫だ。そういえばシュールが猫に関わると、ろくなことがないとか言ってたなぁ…そのときはずっとしゃべってたからうるさくて聞き流したけど、そんなことン考えながらもう一度時計の上を見たが、誰もいなくなっていた。ぼくは首をかしげ、二匹のいる路地裏に戻ろうとし、振り向いた。
バシン!!
ぼくの犬の顔に大きな傷ができた。猫だ。あのクソ猫がぼくの顔を爪で引っ掻いたんだ。ああ顔に風が当たるたびに、ひどく痛む。ぼくは本能的に鼻にシワを寄せ、歯を剥いた。毛が逆立つ、犬の本能のせいか戦いたくてたまらない。そんな気持ちを理性で止め、ぼくは顔の傷をつけた奴……猫を探し辺りを見た・・・・・・誰もいない?その一秒後、ぼくの背中に重みが加わった。ぼくはすぐに合点がいった。後ろから誰かが、ぼくの背中に乗ったんだ。―後ろを見る…猫だ!あの時計の上にいた奴だ。全身が墨まみれになったように真っ黒な毛におおわれ、それと対象に目だけがらんらんと光り輝き黒いからだにとても目立った。その猫は血のように真っ赤な口を開けて鋭いキバをさらけ、耳をつんざくような・・・黒板を引っ掻くようなシャーという音をたてて唸った。
「こいつ!!」
ぼくは唸りながら、猫の足にガブリと噛みついた。(本当は噛みつくなんて犬っぽいことしたくなかった。けれど心より体が先に動いたんだ…)黒猫は甲高い悲鳴をあげて地面に着陸し、たおれこみピクリとも動かなくなった。ぼくはメス相手にすこしやり過ぎたかな?・・・と思い、猫に「大丈夫?」と聞いて近づいた。ぼくが油断した瞬間、黒猫はパチンと弾いたように飛び上がり、矢のようにぼくの方へ跳んできた。いきなりの出来事にぼくはなすすべなく、猫と激突し頭に激痛と耳鳴りが起きた。その二つにぼくはうぅっとうめいて黒猫に反撃することなく、あおむけに寝かせられた。痛みも幾分かマシになり、立ち上がろうとしたが黒猫に押さえつけられて、むなしくまた寝かせられた。> 黒猫はぼくに覆い被さり、刃物のように鋭いツメをだし首に押し付けてきた。固く冷たいツメの感触が首から神経を通り全身に伝う…猫は動いたら切るぞとでも言いたげに、ツメを引く構えをした。これでは動くどころか、呼吸の胸の上下運動さえうかつにできない!ぼくは隙をつき、猫のか細い手を噛もうとしたら
「やめといたほうがいい…あなたの身のためよ」
猫は猫なで声でぼくに告げた。ぼくは思わずゴクリと唾をのみ、抵抗することなく大人しくして身を任せた。ただ、尻尾だけはせわしなく動き回ってぼくの言うことを聞かなかった。猫もこればっかりは許してくれた。近くになってわかったが、この黒猫の目は、よくいる細くて鋭い目つきの悪い目ではなく、まんまるとした目だった。まだガキ(子猫)だな。なかなか可愛らしい・・・・・・(猫を一瞬でも異性として可愛らしいと思うなんて……ぼくは犬でやつは猫だぞ、いや、人間と猫だ。犬でいる時間が長くなるにつれて、本物の犬に近づいてきてるみたいだ…)
「ぐ…あ・・・なんだよ…」
ぼくは喉をつまらせ蒸せた。
「あなたのことをしりたかったのよ」
猫の声はぼくと同じく幼い。ハキハキとしゃべるその声にはぼくに対する好奇心にも溢れていた。 猫はぼくの体に鼻を近づけ、クンクンと臭いをかぎだした。
「あなた…何て言うのかしら……とってもいい臭いね」
猫は嬉しそうな声をあげ、次はぼくの顔に鼻を近づけた。あの光る目が近づいてきてぼくは目を細めた。
「それに顔も…」
猫は言葉を途切れさせ、喉をゴロゴロと鳴らして続けた。
「まあまあね」
猫はくすりと笑ってぼくをやっと解放してくれた。やれやれ…無理な体勢になりすぎた。
「三日前にあなたたちを見かけたの」
猫はちらりとシュールとマッドの寝ている路地裏を見た。
「たしかあなた名前は…ヴィルフだったっけ?」
「ヴォルフだよ」
ぼくは修正を加え続けてしゃべった。
「三日前ってことは…つけてたのか!?ぼくたちを」
猫は意味ありげにうなずき答えを教えてくれた。
「ええ、新聞に子犬三匹の事についてかいてあったからあなたたちがそうかもってね」
「合ってる、子犬三匹はぼくたちのことだよ」
猫はやっぱりねという顔をした。
「人間に挑む子犬三匹。なんだかドラマを感じない?」
猫はうれしそうにしゃべることをやめない。こいつの口はシュールと同じだな。「で、これからもぼくらをつける気?」
猫は大きくうなずく。
「もちろんそのつもり。あなたたちを見てると…ハリウッド映画をタダ見した気分になれるしね」
「そりゃけっこう」
ぼくは憎しげに返したが、ねこは態度を変えず
「でも、『犬猫廃止収容条約』の時はどうしようかしら…」
「『犬猫廃止収容条約』?」
ぼくは『犬猫廃止収容条約』という聞きなれない言葉に反応し、聞き返した
「アラしらないの?『犬猫廃止収容条約(けんびょうはいししゅうようじょうやく)』を」
ぼくはうなずきどういう行事?と聞いたが「ツレのチワワかゴールデンレトリバーに聞きなさいよ」と言って教えてくれなかった。でも猫はひとつだけ教えてくれた。
「あと数日で『犬猫廃止収容条約』は始まる2年ぶりにね・・・」
それだけ言うと猫は暗闇に走っていった。
「君、名前は?」
ぼくは叫んだ。
「アルテミス」
そうして黒猫アルテミスは暗闇に黒いからだを溶け込ませ、去っていった。ぼくはアルテミスがさったあともしばらく広場で星を眺めてた
第十章 希望
第十章 希望
・・・やけに視線を感じる…勘違いじゃない…まったくアルテミス・・・つけるって本当だったのか…
シュールとマッドはそんなことは知らず、いつもどおりにのんきに過ごしている…すこしぐらいは感づけよ…と、でも良い知らせがある、ぼくたちは学校とあと三キロ位というところまでやっとたどり着いたんだ。あくまで三キロく・ら・いだ。しかし、いい知らせもあれば悪い知らせもある。ぼくたちは空腹で倒れそうだった。しかもシュールの「腹が減ったら戦ができないってことわざがあるじゃん、そもそも戦だけに限らず腹が減ったらなんにもできないじゃない。ねぇ、そうは思わない?二匹とも!まあ、このことわざが作られたのが結構な昔な訳だから見方の相違ってやつかな?ま……腹が減ってるときに腹が減る話なんて酷だけどね」
ありがたいお言葉(文句)で腹の減りは悪化する一方だ。そうは言っても実際ぼくとマッドも文句をいいたいぐらいだった。『学校まであと一キロ』の看板を見るまでは…
ぼくらは看板を見て空腹のことなんか忘れ、走って住宅街に入っていった。そこでぼくは人間の時の知り合いの家まで見つけた(知り合いと言っても威張りな嫌われものの家だ。ぼくの家と遠かっただけでも不幸中の幸いだ)ぼくは知っている場所が次々と見えてきて、だんだんうれしきなってきて尻尾をふった。・・・が、ここでひとつの疑問が生じた。ぼくがいなくなってなんの騒ぎにもなっていないのか?ということだ。その疑問は以外と早くとけることとなった。壁に紙がはってあるのをぼくらは見つけたんだ。その紙の内容かはこうだ。
探し人
名前・・・アインツェル・グラムディー・ヴォルフ(Einzel・Guramdi・Wolf)
年齢・・・13歳
特徴・・・茶髪のネコ毛 気味の髪、 身長169 体重52
見つけた人は警察に
もし、シュールとマッドが文字を読めたなら、ぼくが人間のアインツェル・ヴォルフとどういう関係か二匹に疑われたことだろう。幸いマッドもシュールも双方とも犬文字しか読めない。本当によかった。ぼくがいなくなって心配してくれる人がいる。その事実がわかっただけでもここに来てよかった。学校にいけばさらになにかわかるかもしれない!
二分後、ぼくらは学校の前にいた。
「おぉ~でけぇ建物」
「人間の臭いがすごくするね」
とマッド、シュールの二匹は学校に興味津々だった。けどぼくは二匹の会話など頭に入らなかった・・・しまった…今日は土曜日…学校は休みだ。目的地にいくことだけ考えていて、日にちのことを一切考えていなかった。ぼくらはしばらく、学校の周りの柵をいったり来たりした…まあ、ともかくぼくの家の近くまで来たというのも事実だ。ぼくらは仕方ないから、ぼくの家に行くことにした。二匹は「なんで学校を離れるの?せっかく来たのに!?」
と聞いてきたから正直に
「休みだからさ」
と答えた。シュールはためいきをついた
「人間ってことあるごとに休むよね、一生の半分は休んでるんじゃないかな?。時間をぼくら犬みたいに有意義に使わなきゃ」
ぼくらは学校を見て安心して、歩くペースを落とし休憩を多くした。休憩中、マッドとシュールはもっぱら人間の話をしていた。
「一応ぼくら犬は高貴なオオカミの末裔だぞ、それなのに、あの扱い・・・」
「まぁたまにはいい飼い主もいるらしいがね」
そこでぼくも適当に話を会わせておいた。まあとりあえず、学校に着き希望の光りは見えてきた。その日、ぼくは久しぶりにぐっすり寝た
第十一章 犬猫廃止収容条約
次の日、ぼくは二匹に思いきってアルテミスの言っていた『犬猫廃止収容条約』ってなに?って聞いてみた。その瞬間シュールは青ざめ、マッドはうれしそうにニヤリとわらい、ぼくの質問に答えず二匹で話し出した。
「もう二年たったの?」
とシュールは震えていて上手くしゃべれていない。
マッドはシュールの問いに答えるかわりに首を重々しく縦にふった。
「ああ、みたいだな…」
「それより、なんで『犬猫廃止収容条約』のことを知らないのヴォルフ?」
ぼくは最高の言い訳を考えた。
「記憶喪失なんだ」
それを聞いて二匹は合点がいったようで、マッドがようやく『犬猫廃止収容条約』について話始めた。
「犬猫の世界には『犬代表会議』会議で定められ…」「『犬代表会議?』」
ぼくは再び現れた聞きなれない言葉に食いついた。
「犬の代表がする会議」
ぼくは そうかそうかと早合点して済ませた。マッドは続きを話した。
「『犬代表会議』で定められた『犬猫廃止収容条約』というものがある。・・・・・・飼い主のいない犬猫、簡単に言えば野良犬、野良猫だ。そもそも野良犬、野良猫というのは人間からも犬猫からも嫌われていて、双方とも、なくそうとしているんだ。だから野良犬、野良猫を減らすため二年のおわりに一回、討伐犬と呼ばれる犬猫を世界中に解き放ち、野良犬、野良猫を捕まえてよい。という条約が五年前に正式に定まったんだ。それが『犬猫廃止収容条約』だ」
「捕まった犬猫はどうなるの?」
ぼくは聞いた。答えは大体予想がつくが…
「捕まっておりにいれられる…捕まったあと…飼い主が見つかれば逃がしてもらえる。見つからなかったら…・・・場合によっては死に繋がる。この世界で野良犬、野良猫になることは犯罪に等しいんだ」
つまり保健所に移されるのか……保健所のことを犬猫たちは『収容所』と呼んでいるようだ。「そんな!?野良犬になりたくてなった奴なんていないだろ!!」
ぼくは反論したが、その言葉をまるで破壊するかのようにシュールの言葉がとんできた。
「そのための二年って訳さ、その間に、人間に飼ってもらったり、拾ってもらったりするんだ。どう考えても短いけどね」
で…
「いつ始まるの?今回の『犬猫廃止収容条約』は?」シュールがいつになく真面目な声で答えた。
「明日……だっけ?」
「時間は?」
ぼくは震え声を競りだした。シュールもぼくみたく、ブルブル震えている。しかしマッドだけは嬉しそうだ。
「夜中の2時から4時。その時間帯は人間も寝てるし、一番『犬代表』にとって都合がいいんだよ」
ぼくは驚いた。ぼくたち人間が寝ている間に、二年に一回、そんなことが起きていたなんて…
「もし・・・2時に誤って寝ていた犬はどうなるの?
ぼくはすこし期待して聞いた。
「もちろん、捕まる。奴ら討伐犬は非情で残忍だ。」マッドはつぶやいた。シュールもがっくりとうなだれた。
「シュールとマッドは体験したことある?」
まあ、二匹とも偉そうにぼくに説明してたし、未体験ということはないだろう…シュールはしばらくもじもじ恥ずかしそうにしてから「0」
と答えた。・・・え?
「なんで?シュール。詳しかったじゃん」
ぼくは少しきつく叫んだ。シュールは縮こまり、
「ぼく、ずっと飼い犬だったから…それに二年前にぼく、生まれてないよ!!」
と消え入りそうな声で、答えた。ぼくはシュールがかわいそうにり、いいよ、いいよとなだめた。
「2」
マッドはニヤニヤしながら答えた。
「なんで嬉しそうなんだよ?」
シュールがマッドに聞く。「討伐犬は…母親の仇なんだ・・・奴らを久しぶりに殺せると思うと…」
そうか…ぼくはベテランとまではいかないが、唯一の体験者のマッドにシュールと一緒に質問を浴びせた。「討伐犬の特徴は?」
マッドは空をしばらく見てから、歩くのをやめ休憩にしようと促した。ぼくとシュールは喜んで賛同し、近くの公園へいそいそと入りこみ、涼しい木陰に寝そべった。幸いひとっこ一人も公園にはいなくて暴れ放題できる。
「討伐犬って言ったって猫もいるしメスもいる。だがすべて共通して、黒い毛に赤い目をしている。ちょうどお前さんみたいにな」
マッドはぼくの方を見た。すぐさま、その言葉は自分に向けられていると理解したとて、ぼくは慌てて反論した。
「ぼくは確かに体は茶に黒だけど、目は赤くないよ」
「赤いよ」
シュールはぼくをじっと見据えた。そしてもう一度繰り返した。
「赤いよ」
ぼくは本当!?と思い、近くにあった水溜まりを鏡がわりにのぞいた。その水溜まりは茶黒い毛の犬を写した…たしかに目が赤い。今まで目の色なんてきちんと見てなかったから気づかなかったんだ!!その目には、元々のぼくのブラウンの瞳の面影はわずかにしか残っていない。
「大丈夫、少なくともお前は討伐犬じゃねえよ。」
「なんで?」
ぼくは聞き返した。
「お前が討伐犬だったら今頃、俺たちは殺しあいをしてる」
マッドはぼくに近づいてクンクンと臭いをかいだ。
「臭いも討伐犬とは違う」ぼくはここでやっとほっとしてまた寝そべった。
「普通の犬猫にも黒い毛に赤い目の奴なんて山ほどいるしね」
シュールは笑顔で口を開いた。
「さて、明日は『条約』の日だ。早めに寝ようぜ」
ぼくらは結局ぼくの家とは遠い公園の木陰で寝ることにした。ぼくらの頭は目的地につくよりも、『犬猫廃止収容条約』のことで一杯だったからだ。
『犬猫廃止収容条約』当日。ぼくは午後二時の開始時刻までにマッドとシュールの二匹と共に町の構造をおさらいしていた。ぼくの利点は、この町に住んでいたから大体町の構造がわかる。といううことだった。二匹が例のごとく、なんで?と尋ねられたから昔ここに住んでいたんだ、と返した。別に嘘は言っていないだろ。ぼくはその構造、隠れ家、近道など知ってるすべてをこの二匹に教え、その構造を理解した上で、ぼくらは討伐犬から逃げ延びるのに有利な場を探した。マッドは逃げることに不満があったみたいだが、ぼくとシュールがいるし仕方ないと認めてくれた。マッドもあることを教えてくれた。討伐犬達は世界中の野良犬、野良猫を捕まえるため何個もの部隊で構成されていて、二年に一回の一回分が終わるたびに部隊がシャッフルされるらしい。つまり奴らは町の構造を何一つ知らないということだ。そこをつけばいい、奴らが知らない道や隠れ家を利用して、二時間逃げ切ればいい!簡単だ!!
ぼくとシュールは二匹でそんなことを言っていたが、マッドはずっと深刻そうな顔をしていた。ぼくもシュールも開始時間が近づくにつれ、すさまじい吐き気と緊張感に襲われる事となった。
そして、ぼくたちは運命の時を待った。
第十二章 討伐犬
ガウガウ…ニャー・・・奴らの声…もう何回聞いたか知れない悲鳴…次はぼくたちじゃないかとビクビクしながら路地を走り抜ける三びきの子犬…ぼくらだ…ハッハッハッハッハッハッぼくらは息を荒げながら、ひたすら走った。暗い路地…バケツ、ごみ袋、すべてが後ろへと駆け抜ける。しんどい!口の…中が!血のような(鉄か?)味が口のなかに広がる!シュールはもう白目を剥いている。マッドはまだ余裕のようだシュールを背負ってやっている。ぼくはというとブラジリアン・タービュレンの子犬の姿で恐怖のあまり小便を垂らしながら野生の本能だけで走っていた。犬の膀胱は弱いが、これじゃあ弱すぎる!
「おい、二匹とも!あと三十分で終了だぞがんばれ」「・・・!」
目の前に路地の出口が見えてきた。バッ!暗い路地からでて目にいきなり街灯の光がささった。町の景色…いつもと変わらない…犬の死体がなければ、その時!横からいきなり黒いなにかが飛んできた。奴らだ…討伐犬だ!!ぼくは走りより体当たりを仕掛けた。犬のとてもでかい討伐犬が口を開けた。真っ赤な口と何びきもの野良犬、野良猫を切り裂いた赤い血がついたキバをひんむいて飛びかかってきた。まずい…こっちは体当たりだ…このままじゃ、ぼくの柔らかい肉が奴の歯にゴッソリとえぐりとられる!!・・・ぼくの横からマッドが飛び出してきて、討伐犬の首に噛みついた。相手はぼくの方に意識がいっていて、マッドに反撃ができなかったんだ!!マッドは相手の首に噛みついたまま、相手を地面に叩きつけた。さらにマッドは首をブンブンと激しく振って相手を振り回し、壁に投げつけた。キャンキャンとうなって痛がっている討伐犬の横をぼくらはなんなく通ってぼくらは大通りにでた。
「体当たりなんかじゃダメだ!!相手を殺す気でやれ!!殺られる前に殺らなきゃ…死ぬぞ」
マッドがすごい形相で叫んだ。ぼくは震えながら
「殺すなんてできないよ!!」
と言い、シュールは
「ガゥゥ」
と唸った。
「向こうはそうは思っちゃくれな・・・」
マッドは言葉を途中で途切れさせた。なぜなら、どこからともなくやってきたマッドと同じくらい…いや、それ以上の大きさの討伐犬がマッドの首に噛みついて、さらに鋭いツメでマッドの身体中を引っ掻いた。マッドの血が討伐犬に飛び散る!
「マ…マッド!」
ぼくは叫んだ、だが返事はなかった。シュールはガタガタ震えていて、さきのぼくのように小便をジョロジョロ垂らして水溜まりを作っていた。
「みて!」
シュールがぼくの耳元で呟いた。ぼくはすぐにシュールが言った意味が分かった。ぼくとシュール、重傷のマッドの周りをおびただしい数の討伐犬が囲んでいた ガブ・・・ガブリ・・・ガブリ、さっきからシュールが何匹も討伐犬を叩き殺している。・・・・・・シュール・・・・・・ぼくはただ見ることしかできなかった。その内…とうとうシュールが何びきもの討伐犬に囲まれてズタズタにされた。キャンキャン!!シュールの鳴き声が無情にぼくの耳に響いた。ぼくは助けに出れない自分が情けなくて、耳をいっそのこと切り落としたかった。やがてシュールの悲痛な鳴き声も止み、マッドと同じようにピクリとも動かなくなった。二匹(シュールとマッド)は引きずられて、どこか(恐らく収容所)につれていかれそうになっている!!ぼくは助けるために討伐犬の輪に突っ込もうとしたその時だった!!建物の屋根から一匹の影が、ぼくと討伐犬達との間に矢のようにとんで来て、音もたてずにきれいにフワリと着地した後
「ニャー」
と討伐犬達の方に威嚇するように鳴いた。・・・猫!?・・・まさか…猫は次々と討伐犬達をなぎ倒していく!だが、騒ぎを聞き付けた他の討伐犬達がこの大通りに集まりだした。まずい!猫はぼくの尻尾をかんで
「逃げるのよ、早く!!」
と叫んだ。・・・やっぱり、この黒猫はぼくに『犬猫廃止収容条約』の存在を教えた張本人、名はアルテミスだ。アルテミスはさらに討伐犬を二匹地面に叩きつけぼくを引っ張り逃げた。必死に逃げて覚えていないが、気づいたときには討伐犬がいないところにアルテミスと二人でいた。
「これでも、全速力で助けに来たのよ」
アルテミスは荒い息づかいで、途切れ途切れに洩らした。
「どうしよう…?マッドとシュールを助けなきゃ…」アルテミスため息をついてぼくをじっと見据えた。
「仕方ないの、強いもの、運のいいものは生き残る…あなたは運がよかった、あの二匹は運が悪かった。ただそれだけ…」
ボーンボーンボーン
どこからか、鐘が鳴り響いた。
「四時だ…」
ぼくはか細い声をやっとのことでひねり出した。
「あなたは運がよかったようね、今頃彼らは収容所ねきっと」
そういってアルテミスはその場から消えた。
こうしてぼくはとうとう一人になった。
第一部 一人と二匹
おわり
犬になったぼく 第一部 一人と二匹
思いつく限り改文、加筆していく予定です。
大目に見てやってください
間奏に続きます。