ジゴクノモンバンⅡ(10)
第十章 それぞれの道
四人が落ちた先はジゴクの門の前だった。
「あっ、青鬼や」
「あっ、赤鬼や」
門の前に佇んでいたにせ青鬼やにせ赤鬼が叫ぶ。
「帰ってきたぞ」
「帰ってきたぞ」
「青鬼だ」
「赤鬼だ」
節をつけて歌い出す青鬼と赤鬼の親子。
「ひえー」
にせの青鬼とにせ赤鬼は逃げようとしたが、腰が抜けて、その場で座り込んでしまった。
「さあ、お前ら、用は済んだぞ」
「済んだ、済んだ」
青鬼と赤鬼がにせ青鬼とにせ赤鬼の前に立ちふさがる。
「へえ、御勘弁よ」
「でえかんさま」
にせ鬼たちが鬼たちの足にすがる。
「誰が代官や」
「江戸時代は終わってまっせ。今は、平成の時代でんがな」
青鬼と赤鬼はにせ青鬼とにせ赤鬼に組伏せ、相手の顔を引き剥がすと、自分の顔と交換した。合わせて、ぼろ服や背広とトラのパンツを交換した。
「いたた」
「お許しを」
その場で崩れる人間たち。
「とうちゃん!」
「パパ!」
青太と赤夫は顔を取り戻した父親に抱きつく。
「わしら、どうしたらええんでしょうか」
「ジゴクの門お中に入るんでしょうか」
自分の顔を取り戻し、心配顔のホームレスとサラリーマン。
「まあ、お前らにも世話にはなったわ」
「 おかげでジゴクの門の中も、人間界も見学できたわ」
青鬼と赤鬼の言葉に、
「はい」
「はい」
と、しおらしく答える人間たち。
「まあ、もう一遍、人生やり直したらどうや」
「そうや、人生は二度あるで」
「と言うことは・・・」
「と言うことは・・・」
互いに顔を見合すホームレスとサラリーマン。
「とうちゃん、時間や」
「パパ、やってくるよ」
鬼の子どもたちが合図する。
「よっしゃ」
青鬼と赤鬼はジゴクの門を開けた。
「さあ、入れ」
青鬼たちは、ホームレスとサララーマンのえり首を掴むと、門の中に放り込んだ。お尻から地面に落ちたホームレスとサラリーマン。
「いたた」
「いたた」
ジゴクの門番の仕事で息が合ったのか、声を合わせる二人。そこに、ビューと唸り声をあげて、竜巻がやってきた。
「あーれー」
「れーあー」
二人とも、竜巻に飲み込まれ、舞い上がって行った。
「とうちゃん。サッカーしよう」
「パパ。キャッチボールしよう」
青太と赤夫が青鬼と赤鬼に抱きつく。
「そうやな。サッカーするか」
「キャッチボールで、思い切り投げるで」
「そうと、決まれば、家に帰ろう。でも、門番がおらんようになってしまうな」
「今時間は何時でっか」
赤鬼がジゴクの門に掛かっている時計を見る。
「青鬼どん。もう、五時を過ぎてまっせ」
「仕事は終わりや。さあ、帰ろう、帰ろう」
「帰りまひょ」
青太と赤夫が急に叫び、走り出した。
「わーい。桜や」
「桜が満開や」
青太たちは、ジゴクの門の近くで咲いている桜の木を揺する。桜の花びらがはらはらと落ちる。
「こらこら。桜の花は、ほっといても落ちるんや。落ちるまで待ってやれ」
「ほんまや。鬼も人間も落ちる時は、すぐに落ちるんでっせ」
「落ちないようにするには」
「こうしまひょ」
二組の鬼の親子たちは仲良く手をつないで、スキップしながら、家路へと向かった。
その頃、竜巻の中では
「にせ赤鬼どん、大丈夫か」
「大丈夫やあらしませんけど、そのにせはやめてくれませんか。にせ青鬼どん」
「あんたも言うとるがな。わしらどこへ行くんやろか。にせジゴクやったら、ええんやけど」
「にせテンゴクやったら、どないしましょ」
「にせこの世やったら、どうする?」
「にせあの世かもしれまへんで」
「この竜巻も、にせやったらええんやけど」
「竜巻だけは、ほんまもんでっせ」
「人生、うまいこといかんなあ」
「僕らの人生もにせかもしれまへんで」
ドスン。
ドスン。
「あいたたたったあ」
「たたあいたあ」
二人はお尻を撫でる。
「一体、ここはどこやろ」
「なんか、どっかで見た風景でっせ」
「あった、あった」
何を見つけたのか、ホームレスが突然走り出した。
「どこへ行くんでかいな」
サラリーマンが首を傾けながら、後を追い掛ける。ホームレスが着いたのは公衆便所。その便所の側に置いてあった段ボールに頬ずりするホームレス。
「わしのや。わしの匂いがする」
「そんな、気のせいでしょう。僕ら、長い間、ジゴクにおったんですよ」
「いいや、この臭いはわしの匂いや。間違いない」
「ジゴクの中で、鼻がくさったんとちゃいまっか」
足元に新聞紙が落ちていた。それを拾うサラリーマン。
「あれ、今日は四月八日になってまっせ」
「四月八日?」
「ええ、四月八日。月曜日でっせ」。
「何年の?
「二千十三年ですわ」
「わしらがジゴクに行ったんわ?」
「確か、四月七日の日曜日やったと思います。日曜出勤だったので、よく覚えてますわ」
「そうか。わしらがジゴクでおったんは、たった一日の出来ごとやったんや。なあ、サラリーマン」
「なんです、ホームレスさん」
「わしは、当分、この公園で生きてみるわ」
「はい。僕も、もう一度、サラリーマンをやってみますわ」
「それでもいかなんだら、ここにこいや」
「ええ。必ず、戻ってきますよって」
「その時は、わしが木の枝で首吊るで」
「僕は、ハトのエサを横取りして、喉に詰まらせますわ」
「じゃあな」
「それじゃあ」
二人は互いに別れの手を振った。
「どっこらしょ」
ホームレスは段ボールに座りこむと、拾った新聞を読みだした。
「なんや」
新聞のページの上に桜の花びらが落ちた。空を見上げるホームレス。だが、桜の木は近くに咲いていない。
「風で飛んできたんかいな」
ホームレスは花びらを指で掴んで放ろうとしたが、気が変わったのか、新聞の片隅を破ると、その上に花びらを置き、「わしと一緒や」と呟くと、大事そうに懐の中にしまいこんだ。
また、去っていくサラリーマンの髪の毛の上にも、桜の花びらが舞い落ちた。
ジゴクノモンバンⅡ(10)