三つの星! 将棋と囲碁
一つ目の星は、青き星。生命はぐくむ母なる大地。
二つ目の星は、赤き星。野望秘めたる情熱の太陽。
三つ目の星は、黄色き星。闇夜を照らす希望の満月。
青・黄・赤と、一列に並んだ星々を、人はこう呼んだ――三連星、と。
大陸東部の川のほとりに、巨大な塔がそびえ立つ。
【赤の塔】――周辺の住民はおろか、王都に住む者までが、この塔をそう呼んだ。
名前の通り、塔の外壁は燃えるような赤色をしている。
元々は魔力増幅器として建てられたこの建造物は、現在では魔導士を育てる高等教育機関として機能していた。
この世には【魔導】と呼ばれるものがある。
最初に発見されたのは、千年昔とも、二千年昔とも言われている。
【七色の研究】と呼ばれる理論が広まる前の魔導戦はひどいものだった。
戦いが始まるやいなや、中央にそれぞれ陣を引き、そこから魔力による押し合い……すなわち、力任せの魔力戦が主だったのだ。
魔力に優れた者は、最初に線を引く速度が早いため、相手より先に下まで線を下ろし、そこからまだ線を引き終わらぬ敵陣へと侵入していく……そういう戦法を取る。
これにより、魔力の低いものは圧倒的に不利であり、魔力の差がそのまま勝敗の差となった。
ところが、二六四二年に賢者カムイが導き出した【七色の研究】以降、その戦い方が一新されることになった。
スタートと同時に両者は離れて陣を引き、そこへ魔力を集中した駒を練成する。
それらを敵陣へと雪崩れ込ませるという、そういう戦い方である。
駒ごとの練成時間は短いため、旧来の戦法では陣が完成する前に個別に侵入され、陣は内側からボロボロにされる。
また、両者が駒を使った魔導戦を行うとき、片方の魔力が低く駒の練成速度が遅い場合でも、将棋で言う所の駒落ちの状態で勝負ができた。
この戦い方が用いられる様になってからは、魔力の大きさのみで魔導戦の勝敗が決定することは少なくなった。
魔力の大きさと、魔導コントロール力と、そして頭のキレが、勝敗を分ける様になったのである。
【七色の研究】を発表する際、カムイは以下の様に述べている。
『七色の研究を学び、将棋を学べば、魔力及ばずとも魔導の道は開ける』
その言葉の通り、【七色の研究】は、将棋という古くから伝わる盤上ゲームにアイデアを得ていた。
命名の由来も、金将、銀将、桂馬、香車、飛車、角行、歩兵の七色に、無色の王将(術者自身)を足した理論とされたからだ。
そして、将棋における戦術と戦略の多くが魔導戦においても有用であることが、その後の研究や実戦において実証された。
――――と、【赤の塔】の一室で、空中を白いチョークが一直線に飛んだ。
チョークは、机に伏せって眠っていた学生の頭へと直撃し、学生の目を覚まさせるのには充分な効果を発揮した。
学生はガバッと顔を起こした。
そうして発した第一声は、とても間の抜けたものだった。
「もう昼御飯の時間ッスか?」
場の雰囲気に合わない言葉を発した後も、学生は頭を掻きながら、ぼけ?っとしていた。
「キサマ、授業を聞いていたのか! 今、【七色の研究】の歴史について復習していた所だ。ここは試験にも出るからな!」
教師は、学生に頭を近付けて、大声で怒鳴った。
それもそのハズ。学生の前期の成績は、お世辞にも良いと言えたものではなかったからだ。
学生の名前はコースケ=アキヅキ。魔導の才能にあふれる18歳である。
生まれつき魔力が高い様で、身体測定の際の魔力値は相当な数値を指していた。
それだけに、この学生の努力の無さに、先生達は呆れ返っていた。
教師のお説教もつかの間のこと。
授業終了のチャイムがなると、コースケはさっさと教室を出て、食堂へと向かった。
そして午後。魔導戦の実戦練習が開始される。
コースケの現在までの勝率は、2割と低い。
それもそのハズ、授業中に寝ているのだから、【七色の研究】の理論がほとんど身についていない。
「コースケ、魔導戦の成績は大丈夫? そんなに勝率悪いと、留年決定しちゃうんじゃないの?」
と、コースケに話しかけてきたのは、黒髪の少女であった。
「なんだ、ヨーコちゃんか。うん……何とかなるんじゃないのかな。うじうじ悩んでも仕方がないから、戦い方を変えてみることにしたよ」
頭を掻きながら、コースケは言った。
言った後で、バトル用のヘルメットをかぶる。塔での練習の間は、ずっとヘルメットでの魔導戦である。
塔を降りると、魔法生地・ハゴロモで織られたローブについているフードが、ヘルメットの代わりになってくれる。
「戦い方を変えるって、大丈夫? 今日はいよいよ公開実技最終日で、先生が見てるんでしょ? 下手な戦いを見られたら、本当に留年になっちゃうんじゃない?」
心配そうに、ヨーコはコースケを見つめた。
しかしコースケは、頬を掻きながら、ニッコリと笑った。
目を見ることは出来なかったが、ヘルメットの隙間から、頬が緩んでいるのが良く分かった。
「どうせこのままだと、留年決定だからね。まあ見てなって。毎晩徹夜で編み出した新魔導戦術の、今日がお披露目日に成るぞ!」
コースケは、歩き出した。
そして、魔導闘技場へと入っていく。
『えー、これより、コースケ=アキヅキVSカズマ=オオスミの実技試験を行う。我々も見ているから、両者とも全力を尽くす様に!』
と、スピーカーから音声が流れた。
今日の相手はカズマ。
劣等生のコースケに対して、優等生のカズマは、勝率9割である。
教師も生徒達も、試合が始まる前から、カズマの勝利を確信していた。
魔導闘技場の中は、特に何もない正方形に作られた一つの部屋であった。
地面には、生徒が駒を配置しやすい様に、九×九の升目が描かれている。
そのハジとハジで離れて、コースケとカズマは対峙していた。
静寂が、場を征する。二人は精神を集中し、心の目を開いた。
『えー、それでは試合開始十秒前、八、七、六、五……』
秒読みが開始される。両者はそれぞれに構える。
そして、カウントが零を読み上げたと同時に、二人は動き出した。
カズマを取り囲む様に、王の駒がフィールドへと出現していく。
一方コースケはというと、小さな丸い球が一つ、コースケの右側の隅の方へと出現した。
「なんだ、あれは。【黄の塔】のポーンの出来損ないみたいな駒を練成しおって、【赤の塔】の誇りは無いのか!?」
コースケの新魔導戦術を初めて見た教師陣の感想は、この様なものであった。
しかし良く観察すれば、チェスのポーンとも少し違う。
そしてカズマが次の駒を出現させるより早く、コースケは今度は左側の隅の方へと、小さな丸い球を出現させた。
カズマの王の駒の隣に、金の駒が出現する。
対するコースケは、自分の正面に、球状の駒を出現させる。
カズマの両脇に金が完成する。
……次の瞬間、会場にどよめきが起こった。
カズマの側の隅に、球状の、すなわちコースケの駒が出現したからだ。
「そんな、自陣の守りも固めずに敵陣に駒を送り込むなど、前代未聞だぞ!」
見学室で、教師が声をあげた。
もちろん試合中の両者には聞こえていない。
金の駒と違い、銀の駒が出現するのは早かった。
桂馬や香車が出現するのはもっと早い。
駒のランクによって、出現させるまでの時間が変化するからだ。
しかしカズマが香車の駒を出現させようとした時、既に両隅にはコースケの球状の駒が列を成し、陣取っていた。
香車の駒が、出現しようとして、コースケの魔力に掻き消される。
カズマは仕方なく、残りの歩兵を並べていった。
残りの駒が並び終えた時点において、フィールドは今まで誰も見ない様な配置をしていた。
フィールドの3辺を、コースケの小さな駒が少し間をあけながらも、囲んでいたのである。
この時点において、カズマはまだ冷静をたもっていた。
『コースケの出現させた小さくて弱そうな駒なんか、自分の駒が蹴散らしてくれる!』
そう安易に考えた。
それだけの自信も、カズマには在った。
カズマが歩兵を進める。
コースケが球を出現させる。
カズマが歩兵を進める。
コースケが球を出現させる。
そしてカズマの歩兵が、段々とコースケの陣へと進んでいく。
それは、コースケの球へと衝突する直前のことだった。
小さな球は連なって、壁と変化した。
壁はカズマの歩兵の駒の進路を塞ぎ、それ以上先へは進ませない。
それどころか、駒の後ろへと新たに出現した球が駒を取り囲んだ時、球はワッカになって、駒を締め付けた。
駒は絶命し、消滅した。
「そんな、バカな!」
この現象に、カズマは驚きを隠せなかった。
次に一気に敵陣へと飛び込んだ飛車までもが取り囲まれ、そして消滅した時、カズマは狂気に身を任せた。
そして、勝敗が決定したのはその2分後であった。
丸裸にされた神々しいまでの王の駒が、形のない球状の駒に取り囲まれ、そして絶命した姿は、なんとも無惨であった。
圧勝。成績特上。――と、教師はその場で、コースケの成績書に記した。
『ただし、妙な魔導戦術を使う』
との追記も忘れない。
カズマは地に膝を付き、そして絶望した。
コースケは、そんなカズマをみながら、なんだかやりきれない気分になり、そしていつもより激しく、頭を掻きむしった。
誰もが帰った放課後の教室に、三人の生徒が残っていた。
コースケとヨーコと、そしてカズマの三人である。
コースケとヨーコが残っているのは、いつもの事だった。
カズマは毎日将棋部に通っていたし、他の生徒もそれぞれの部活にせいを出していた。
コースケは、碁盤に囲碁の棋譜を並べていた。
【赤の塔】に、囲碁部は無い。
だからコースケは、毎日放課後に教室に残って、私物の碁盤と睨めっこしているのだ。
ヨーコは囲碁ができないから、もっぱら横で碁盤を眺めるだけで、コースケとの雑談を楽しんでいた。
時折、ヨーコの視線は、コースケの熱心な姿へとそそがれる。
この日、カズマがその場に加わっただけで、いつもとは全く違う風景が、教室に出現した。
碁盤を、カズマが覗き込んでいるのだ。
コースケが並べている棋譜を見ながら、カズマは少々気が滅入っている風だった。
『こんなものに……こんなものに僕は負けたのか?』
そういう思いが、カズマにはあった。
カズマがあまりに熱心に碁盤を見つめるものだから、コースケは頬を掻いた。
そしてその後で、碁盤の石を碁笥に終いながら、カズマに話しかけた。
「今日は悪かったな。誰もしない様な反則的な戦い方をしてよ」
と、カズマとは視線を合わせないそのままで、コースケは言った。
「優等生の君が、劣等生のオレに負けるなんて、先生達に悪い印象を与えちまったな」
「いや、良いんだ。あれも、君らしいといえば君らしい。授業中、つねに寝ている君を見ていて、僕は不満だらけだった。けど、今日こうして負けてみて、放課後の熱心な君を見ていると、これも当然の結果かなぁってうなずけたよ」
妙にスッキリとした声で、カズマは言った。
コースケはちょっと顔を上げた。
その時にカズマと視線があって、それがあまりに真剣な視線だったので、おもわず頭を掻く。
「教えて……やろっか? 囲碁の打ち方」
コースケの何気ない一言に、カズマは飛び付いた。
それから卒業までのしばらくの間、放課後の風景は、カズマも交えた三人が碁盤と睨めっこしている……そんな風景へと変わった。
『
これより、卒業式を始める。
各人は、既に就職が決まっていることと思う。
卒業後、就職の先で全力を尽くして欲しいと思う。
そして決して精進を怠ってはならない。
君たちは、我等が【赤の塔】の卒業者であるのだから、その看板を背負っていかなくてはならない。
本日、58名の卒業生が、塔を巣立つ事を、わたしは嬉しく思う。
』
マイクで、塔長の声が式場全体に響きわたる。
卒業のために用意された式場に、教師も含めて70名が、感涙の涙を流していた。
ただの一人、コースケを除いて、である。
彼だけは、他とちょっとだけ反応が違った。
素直でないというか何と言おうか、ひたすら頭を掻きむしるのである。
ふけが飛ばないか心配だったが、他も感動で涙が止まらず、それどころではなかった。
コースケの就職先は聖都であった。
聖都の、法皇の元で、直々に仕える事が決まっていた。
これは【赤の塔】としては実に、7年ぶりの名誉あることだった。
あの後、非公式のバトルで、何度も圧勝していたコースケの姿が、聖都から来たスカウトマンの目に止まった事が原因だった。
優等生のカズマはというと、王都行きである。
王宮魔導士、それは、赤の塔の誰もが憧れる就職先であった。
毎年最も成績の良い者が、王宮魔導士となるのである。
塔長の挨拶が終わり、マイクがカズマの元へと運ばれる。
どうやら、優等生の一言というのが在るらしい。
カズマはマイクを毅然とした態度で受け取り、そして堂々と言った。
「次に会うときは、お互い敵かもしれない。たとえ相手が僕であっても、全力で掛かってこい! 僕も全力を尽くす。特にコースケ、君には二週間とはいえ、とても世話になったよ。僕は君から学んだ魔導理論によって、君を倒す事に燃えている。戦場で会ったら、命は無いものと思え!」
激しい言葉をさらりと言ってのけたカズマは、司会へとマイクを戻した。
その後で、今度は塔歌の合唱だ。
こんな時でなければ、決して歌うことのない歌だ。
歌い慣れてない所為か、皆下手である。
一人だけ……ヨーコの歌声は、隣にいたコースケには良く響いた。
にごりのない、綺麗な音色だった。
ヨーコは商都で傭兵となることが決まっている。
ヨーコが結婚相手を探すのが早いか、コースケがそれなりの地位を築いてヨーコを招くのが早いか、コースケは気がかりでならなかった。
卒業式が終わったあと、各生徒はその場で散り散りとなり、塔を巣立っていった。
碁盤を風呂敷に包んで塔を出た所で、高級車に乗せられて聖都へと向かうコースケの姿も、その中に混じっていた。
三つの星! 将棋と囲碁
もう10年ぐらい前に『ヒカルの碁』に感化されて書いた作品です。
友人が読んで、「ハリーポッターに似てる」と評され、その後に『ハリーポッターと賢者の石』を読みましたが、個人的にはあまり似ているとは思いませんでした。
どちらかと言うと、元々遺跡で現在は教育機関の【赤の塔】のイメージは、『魔術士オーフェン』シリーズの【牙の塔】に近いです。
今回、10年前のものを、少しだけ手直しをしての公開となります。
読み辛い点、多々あると思いますが、楽しんで頂けたなら幸いです。
なお、続編はこの8倍ぐらい書かれていますが、手直しが大変なため、公開の予定は今の所ありません。