片道切符
片道切符・・・・。帰りの切符は無い・・・・。
片道切符
母さんは、私にこの片道切符を渡したくはなかったんだろう。
駅の改札口前で両手で汽車に乗るための片道切符を母さんは私の前に差し出した。
その切符を片手で受け取ろうとしたが、なかなか母さんの両手から引き抜けない。
真夏だったこともあり母さんの手は汗でびっしょりになっていて切符はその汗でしけっていた。
片手で引き抜けない切符を持ちながら私は「母さん」と一言いうと、母さんは我に返ったように「ああ・・・ごめんよ」と言って両手でしっかり握っていた切符を手から離す。
母さんは下を向いて悲しそうな表情をしている。
そんな母さんを見ていられずに私は「母さん、戦地に行くからって行って、もう戻ってこないわけじゃないよ」と言った。
そうすると母さんは「そうだね、戻って来ないわけじゃない。そうだよね」とその言葉を嘘とは分かっていながら母さんは悲しさを隠しながら無理に笑う。
ポー!!汽車の汽笛の音が聞こえた。「じゃあ母さんもう行かなくちゃ」と母さんに私は声をかけると母さんは「体に気をつけてね」と最後まで私の心配をしながら見送ってくれた。
「バンザーイ!!、バンザーイ!!」他にも見送りに来てくれた人達がそう私に向かって叫ぶ。
私はその声に振り返ることなく、真っ黒の汽車にゆっくりと乗り込んだ。
汽車に乗り込んだ私は乗車口側の窓際に腰掛け、悲しそうな顔をした母さんの方を見つめていた。
シュシュシュシュ、汽車が走り出すと母さんとの距離がじょじょに離れていく。
何時しか母さんの姿は見えなくなり、私の目からは今まで我慢していた涙が溢れ出してきた。
今私の手元に母さんを思い出させるのは母さんの汗でしけった右手に握っている片道切符だけだった。
片道切符