もう好きだなんて言えない

わたしはマフラーを自分で巻けない。

ぱたぱたとやかましく廊下を走る。
隣のクラスの先生がじろりと私をにらんだが、わたしは見なかったふりをした。
「亜衣ちゃーん!マフラー巻いてー!」
目的地は1組の友人。
「ああもう、なんでこんなに立てつけが悪いのっ!」
亜衣ちゃんによって、荒々しく1組の扉が開けられる。
亜衣ちゃんはやれやれといった様子でわたしを見た。
「マフラーくらい自分で巻けるようになってくれませんかねぇ」
「昨日練習したよ!5分くらい!」
「もっと頑張れよ!」
「だって出来なかったんだもーん」
頬を膨らませてみる。こうかはばつぐんだ!
亜衣ちゃんはため息を一つついて、わたしの手からマフラーを取った。
「涼夏はねー、やる気が足りないのよ」
「すみませーん」
わたしがマフラーを巻けないのには2つほど理由があって。
1つは手先が不器用なことと、もう1つはまあ、あの、なんていうか。
「ひゃっ」
亜衣ちゃんの冷たい手がわたしの頬に触れる。
「あ、ごめん。冷たかったね。」
思わずドキドキしてしまう。
伏し目がちにわたしにマフラーを巻いてくれる亜衣ちゃんは、そのときだけはわたしだけのものだ。
わたしはたぶん、亜衣ちゃんのことが好きなのだ。それが2つ目の理由。
「はい、出来たよ。」
「ありがとう、亜衣ちゃん!」
わたしは素知らぬ顔をして亜衣ちゃんの友だちでいる。

わたしにも彼氏がいたことはある。なんとなーくすれ違って別れてしまったけれど。
調べてみれば、どちらの性も好きになる人をバイセクシャルというらしい。けど、だからといってわたしが何かを情報からもらったわけではなかった。
純粋に思う。
これから高校を卒業してもその先もずっと一緒にいれたらいいな、なんて。
「無理だよねえ」
手つかずのワークを閉じる。
きっと、亜衣ちゃんに彼氏ができる。
亜衣ちゃんは結婚して、わたしは友人代表スピーチなんて読んでるの。
それが正解だ。それが一番だ。

思ったよりも、その時は早く来た。
「か、彼氏が出来まして・・・」
顔を真っ赤にして言う亜衣ちゃんはもうほかの誰かのものなのだ。
「おめでとう」
なんとか笑って、なんとか涙をこらえて、なんとか、なんとか自分の気持ちを押し殺してわたしは言った。
もう、亜衣ちゃんはわたしにマフラーを巻いてくれない。
「あっ、今日わたしママに早く帰ってくるように言われてたんだった!ごめん帰るね!」
「引き留めてごめん、また明日ね。」
笑って手を振る亜衣ちゃんは幸せそうで、不幸中の幸いとしか言えなかった。

鞄をかっさらって、誰もいない廊下を走る。
痛い。すごく胸が痛い。
ぼろぼろと涙がこぼれて止まらない。
予想してたのに、分かってたのにつらくてたまらない。
息が詰まって、張り裂けそうになる胸で私は理解する。
本当は、亜衣ちゃんを誰にも取られなくて。
本当は、亜衣ちゃんが好きで好きでたまらなくて。
本当は、ちゃんと亜衣ちゃんに好きだって言いたかった。

わたしはまだマフラーを自分で巻けない。

もう好きだなんて言えない

もう好きだなんて言えない

私にマフラーを巻いてくれるあの子は、もう他の人の彼女になってしまった。 こんなことになるなら一回でも、あの子に告白すればよかった。 ⚠︎百合物ですので、苦手な方は避けてください。

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-21

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