ゴランノスポンサー

ゴランノスポンサー

カレーライスカレーライスカレーライス

 朝起きると昼で、お前は歯磨き顔を洗う。
 コインランドリー上がり湿った感じのする、自己の所有物であるも自身の匂いではないタオルをユニットバスのトイレ側。隅へと放り、鏡に向かい「お前は誰だ、お前は誰だ、お前は誰だ」問い掛け続け結構になるが、一向に精神崩壊してくれる気配は無い。
 テレビを点けるとドキュメント番組が放映されている。木材の上を(かんな)が滑り、鉢巻きをしたステレオタイプの職人が難しい顔をしている。
 お前は最近物づくりに興味がある。何を造っているのだろう、素人には皆目検討も付かない。
 食い入るように画面を見つめるが、いつの間にか「健康あっての自分」工匠は、緑色の液体を豪快に(ゴーと)飲み干し、気狂い染みた笑みを浮かべている。
 まーた青汁のCMか、フェイクドキュメンタリーには辟易させられる。「美味しいです」という個人的な感想。誇大なテロップ、あまつさえ何ら関係の無い主婦や演歌歌手まで続々と登場し始めた。
 そんなことより腹が減る。早く錠剤一粒で食欲が満たされ、且つ、全ての栄養価が賄える革新的な食品が開発されないものだろうか。
 開発されないのでコンビニへ行こうと、腐ったキッチンを過ぎ、玄関から出る。
 ドアを開けると空気が変わるのが分かる。長時間のフライト、降りた空港で感じる匂いの変化にも類似している。それを鑑みると先ほどの居場所は、1ヶ月の滞在費が3万円で事足りる、自尊心と塵だらけで愛国心の欠如した無政府国家と言えるだろう。
 隣のお姉さんが、媚びるような半笑いで挨拶をしてくる。それほど可愛くもないのに人気のあるアイドルみたいな顔をしやがって。

「カレーライス」
 
 軽く会釈する。歩けば不意に足元を鳥が(かす)め飛び仰天、目が完全に覚める。気が変わり、近所の喫茶店へ顔を出そうかと行き先を変える。
 大通りから外れ、一方通行車両専用の通路に面したその店は、軽トラックでも突っ込めば軽く大破しそうな華奢な造りに見える。
 窓へ掛っている(のれん)は実に嫌らしい事に、店内の明度の関係で外から中は見えないが、内から外の者がはっきりと確認できるのだ。お前も初めてここへ来たときは、店の回りを彷徨(うろつ)き、中へ入って絶望したものだ。
 軋む扉を開ければ金具の先に成った鈴が、カラリと間抜けな音を立てる。お前は窓際の二人用テーブルに腰掛けた。
 有名漫画家が趣味で書くことを許された(てい)の、誰でも名前だけは知る長編の漫画本が、平積みで高く、高く。埃が接着剤の役目でも果たしているように感じられる。
 意味としての形を持たなくなった、紙で出来た塔は一種のオブジェだろう。ミニチュア模型をそのまま拡大したかのようなカウンター、厨房で忙しなくマスターが動き回っている。そう思えるのはお前の主観に過ぎず実は、足で碁でも打っているのかもしれない。

「最近見なかったけどどうしたの?」
「カレーライス」

 問いには答えず注文をする。因みにここのカレーは、常連客の間でトランスカレーと呼ばれている。何故このような名称なのかは分からないが、縦縞な某球団のユニホームが壁に掛けてあるあたり、大方そういうことか。叩けば良く鳴りそうなメガホンも、カウンターの隅、煙草のヤニで変色している。
 適当に取った雑誌のページを繰っていると、およそ付箋大の豚肉が3個入ったカレーライスが置かれる。
 場末の喫茶店特有のぐらつくテーブル上、塩や胡椒の瓶が並ぶ一帯。常温放置が心配な陶器の器から、持ち手が湾曲した付属の匙で福神漬けを掬い、ルーと米が鬩ぎ合う防衛ラインに散らす。
 今度は申し訳程度にチューリップの形を模したペーパーナプキンと共に、運ばれてきた銀色のスプーンでカレーライスを口に運ぶ。確かに旨い。具は付箋肉の他に見当たらないが、おそらく細かく切った野菜が溶け込んでいるのだろう。だがそれが自家製なのかレトルトなのか、はたまた巧妙にレトルトへ手を加えたものなのかは分からない。
 マスターはあとから来た別の客のために、換気扇を動作させ、やけにカラカラ鳴る鍋を再びかき回し始めた。
 「ごちそうさま」言うとマスターが微笑む、テーブルに500円置いて外へ出る。
 休日、家族連れや観光客で賑わう、もんじゃ焼き屋ばかりの商店街を歩く。率直に言うが、もんじゃなんかよりお好み焼きの方がどう考えても食べ物として優れているだろう。もんじゃ焼きは一種の食文化だという見解もある、しかし現代では他に美味いものが幾らでもあるわけで、好き好んで食事としてそれを食べる者は居ないはずである。
 在っても無くてもどうでも良いものが存続するのは、極論から云えば、商売=生業として成り立つからだとお前は思う。その証拠に店の品書きにはしれっと、お好み焼きの文字も載っている。
 だが世の中に不都合な真実を公表してはいけない場合もある。先程から客引きを装った人間がお前を監視し、家族連れのスパイがお前の動向をカメラに収めている。肩へ無線機、腰に拳銃を下げ自転車に乗った男が、遠くからゆっくり近付いて来るのが見える。
 身の危険を感じたお前は「そういえば髪が伸びてきた」独り言を呟き、理髪店『ヒカリゴケ事件』へ入った。

「いらっしゃい」
「カレーライス」
 
 主人はお前の指定する髪型をなかなか覚えようとしない。その割には「お客が減って」などと同情を誘い、お前の美容室デビューを阻止しようとしている。
 切る、切り終わられる。「ありがとう」3600円渡す、帰る。どうせなら1000円床屋という手もあるが、掃除機を改造したようなホースで、出来上がった髪を中途半端に吸われ、チクチクしながら帰るのは嫌なのだ。店長以外の店員が理容師免許を持っているのかも怪しいし。
 アパートへ戻る。眠いので寝る、起きる、時計は22時を指している。今日は確か銭湯が100円の日だったな、銭湯へ行く。
 先月末からだろうか、番台には携帯電話を弄る高校生くらいの、地味で大人しそうな女の子が座っている。反射的に普段からの450円渡してしまい、無言の訝しげな手が100円硬貨3枚と50円玉を包み戻ってくる。入る、出る、帰る。
 部屋で寛いでいると珍しく母の人から電話が掛かる。

「学校はどうなの?」
「カレーライスカレーライスカレーライス」

 昨日も今日も何も無かった本当に何も。今日の続きが明日で、その先もずっと毎日が積み重なって行くのは分かっている、分かっているからこそ性質が悪い。積み上げるモノが無く、手持ち無沙汰な者が、どれだけ肩身の狭い思いをしようか。
 では、落ちてくるのを待てと云うのか?積み損うのは目に見えている。ずれが生じ、揃わず、整って次へ行く事も四方をブロックで囲まれ自らの力ではどうする事も叶わず。彼らが発展的に消え自分達はいつもそれからの話しである。無かった事があったただそれだけ。電話を切る。

 コンビニへ行けば偶然。強盗事件に巻き込まれ射殺されていたり、使用中の歯磨き粉が北朝鮮産だということ。
 となりのお姉さんが、赤塚不二夫の「うなぎイヌ」の体のフォルムに性的興奮を覚え、鰻のコスプレで毎日五回は指を汚す“表面温順に見える一種の白痴で、且つ、甚だしい変態性慾の耽溺者”であること。
 お前の足元を翳め、飛んでいった鳥は、図鑑に載っていない新種の生物だということ。
 ユニホームとメガホンは、単なる客の忘れ物が自動的に店のインテリアと化したもので、喫茶店のマスターが六尺褌を締めて、和太鼓を汗だくになりながら敲きつつ、トランス状態でカレーを呪術的に作っていることや、割とまともそうな理髪店の主人が、気に入った客の髪をコレクションとして保存する奇人であること。
 払ったお札の内一枚が、今後世界経済を震撼させる精巧に出来た偽物だったこと。
 銭湯に居た女の子は手伝いに来た孫などではなく、男の裸体を見るため逆にお金を払って番台に座っている、血縁関係も無い只の異常者で、しかも少なからず、お前に好意を抱いていること。
 電話の母の人は実の母親ではなく。お前自身も話すとき無意識に「カレーライス」と、発声してしまう奇病に侵されていることに、全く気付いていないのだった。ついでに言うとこれも青汁の宣伝である。

「そんな、非常に自棄なお前が毎日飲んでいるのはコレェエエエエエエーーー!おすすめ♪『グレート涅槃青汁V』睡蓮配合で飲みやすくなりましタアアァアアアアアン!番組終了後、56億7000万年以内のご注文でなんトォウオォォウン!戒名が無料になります!!お早いお求めヲヲヲオオゥオオオオン!ヒットエンドラーン!ヒットエンドラーン!兎が焚火に飛び込んだ~、ハイッ!!」
 全ては臆測に過ぎない、予測できない未来だから今この時を生きていられるのだ。ドアを開けたら見ず知らずの男が立っており、滅多刺しにされ、考える間も無く絶命するかもしれない。歩いていると頭上の橋桁が崩れ、圧死する可能性も0ではない。極端な話、お前は1秒後、息をしていないかもしれない。それにお前は自身をいつでも殺害する事が出来る。それをしなくとも他人がお前を殺しにやってきたり、予期せぬ事故で、自分の意志に関係なくお前は完成してしまう。
 考えれば(きり)が無い、人はそれを杞憂と笑う。運命や因果、俗世という標本空間で起きる複雑な部分集合の包括関係を等閑(なおざり)に、日々の生活を惰性で送っているからこそだろう。
 未来が予測できれば、自分の都合の良い世界になるよう誰もが好き勝手行動し、今以上に争いの絶えない、やった者勝ちの世界になるのは明らか。しかし蒸発した水が、水蒸気を経て再び雨を降らすかの如く、地球で始まったものは全て地球の中で完結するのだ。人間など何処にも居ない、居るのは次から次へと、幸福追求に歯止めの掛からない“幸福の奴隷”である。
 現存する意識の枠内から、揃って弾かれたブロックも点数として今に反映されている。元から無かったものと、在ったが今は無い場合とでは大きく意味が異なるのだ。
 そうやって悟りを開きかけたお前は「明日からまた生きるぞ」などと意気込み眠りにつくも、朝には忘れてしまう。
 
 3980円3980円、リフレインが叫んでいる。

ゴランノスポンサー

ゴランノスポンサー

4277文字

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-01-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted