若年無業者メロス
ヤサイスクナメニンニクダブルアブラスクナメ
夢走は所謂、DQNネームだ。キラキラネームとも呼ばれる。
学生時代、成績優秀、人当たりも良くスポーツ万能。だが、この呪われた名前のせいで五十社受けたが内定は決まらず。性格も捻じ曲がり、現在ニートという世を忍ぶ仮の姿で毎日を細々と生きている。
家族は両親と兄弟が二人。姉は大学を経た後、直ぐに仕事を辞めたが物書きで生計を立てているらしい。弟はというと地元の工業高校へ通い、これまた地元企業に就職。兄弟の中で一番親の手を煩わせていない出来た弟だ。
「仕事を探す」と言って初夏の頃、夢走は青森の片田舎から、関東に出てみたものの、無い、内定。半年経ち肌寒くなり実家から暖かい蒲団一式が送られてきた今も、親のすねを齧りあまつさえ偶数月には祖母の年金に集る始末。夢走は平日の昼過ぎ、優に三週間洗濯を怠り、香ってきそうな部屋着のスウェットにジャンパー、サンダルの装いで元々学生寮である箱のようなワンルームから外へ出、歩く。
マンション立ち並び木枯らし吹き付ける住宅街を抜け、駅まで一本続く道へ出た。自転車や少ない人通りに、平日は俺のためにあるのだなぁと感慨にふける。駅の方角へ体を向け、道なりに進めば左手によく利用するコンビニが見え、更に進むとスーパー『セリ☆ヌン』がある。店先に並ぶ球形の果実は、屋根として存在する日光を介した橙色のシートの影響で、遠目からすべてが柿かオレンジのよう。
「どうも柿って買って食べる気がしないんだよね、食べるとおいしいけど」
老爺の言葉に苦笑する従業員を後目にスーパーの角を曲がり、メロスは『ディオニス亭』の暖簾を潜った。
「いらっしゃいませ! 磔にすっぞ!」
いつものように山賊風コスプレ店員が一斉に棍棒を振り上げ、威勢の良い声を張り上げる。どこかの王様らしきブロマイドが飾られた石造りの堅牢な店には数人の先客が居り、「あのうスープ割りってなんですか?」などとビクビクしながらほざいている。……いいから羊とFUCKでもしてろ。
あきれた素人だ、生かしては置けぬ。格の違いを見せ付けてやろう、まずはノールックメニューからの。
「焼き豚あぶら麺大盛」
「へい」
「ヤサイスクナメニンニクダブルアブラスクナメ」
「……はい?」
少し間が空き、伝票片手に山賊の人は露骨に首を傾げる。こいつ何言ってんだ?と、言わんばかりだ。ばっ、馬鹿な……椅子を引き、座る。
「野 菜 少 な め」
「はい」
「ニ ン ニ ク ダ ブ ル ア ブ ラ ス ク ナ メ 」
「へい、かしこまりました」
もう勝手にするが良い。やんぬる哉——注文を復唱している店員の声なぞ無論メロスに届いていない。
数分後の事だった、メロスは唐突に口を開いた「水、よろしいか?」「申し訳ありませんが当店、おかわりのお冷はセルフです」店員は後ろを向いたまま棍棒でスープ鍋をかき回している。「ならば……」メロスは何処と無く決意を秘めた険しい顔をし、ガタンッと席を立つ。
直後、店員の制止を振り切り、飛鳥の如く厨房へ突貫。
「ファッ!?お客様困りますうううううううう!!!」
「コップ自体が出てねぇんだよオオオオオオォ!!!」
メロスは激怒した。
若年無業者メロス