ジゴクノモンバンⅡ(9)

第九章 公園にて

「あーあ、疲れた」
「ほんまに、疲れた」
 青太たちは自分たちが最初に落ちた公園に戻ってきた。
「なあ、赤夫。ほんまにここは人間の世界やろか」
「ジゴクではおまへんから、人間の世界とちゃいまっか。青太」
「そういう意味やないんや」
「どういう意味でっか?」
「ジゴク言うたら、人間が生きとるうちに、悪いことしとって死んだ後に、裁きを受けるところやろ」
「ジゴクの学校で、鬼の先生が言うとりましたけど。それが何か」
「俺たち、ジゴクや言うたら、怖いとこやと思ったけど、なんや、人間世界の方が怖いんとちゃうか」
「そう言うたら、ほんまでんな。タダなら行列ができるし、仮面を被ったまつりで盛り上がるし、友だちは画面の中やし、夜遅うまで塾に通うし、空屋でひとり生活やし、なんや、怖いと言うよりも、寂しいでんな」
「あーあ、疲れた」
「ジゴクに帰りたい」
「かあちゃん、心配してるかなあ」
「ママはどないしとんやろ」
 二人は公園のベンチに座りこんだ。二人の目の前の先に、体はがっしりとしているけど薄汚い服を着たおっさんとピシッとした背広に身を包み、頼りない顔のあんちゃんがいた。その二人を眺める鬼の子どもたち。
「あのおっさんたち、何するんやろ」
「友だちのようには見えんまへんね」
「あんちゃんがハトに近づいていったで」
「エサやるんやろか」
「そうかも」
「いや、違うで。あんちゃん、ハトを押し退けて、地面に落ちているエサを喰いよるで」
「ひどい奴ですねん。人は見かけによらんと言いますけど、サラリーマンやから、小銭ぐらい持っとるように見えるけど」
「背広に金使いすぎたんとちゃうか」
「着倒れですかいな」
「その隣にいるおっさんが木にベルトかけとるで」
「ホームレスのおっさん、ベルト持っとんたんや」
「ズボンを履いとるようには見えまへんけど」
「何するんかいな」
「首吊るんとちゃいまっか」
「こんな真昼間から?」
「首吊るんに、時間の制約はありまへんで」
「そんでも、さっき通った商店街のうどん屋は、午前十一時から午後二時までの営業やったで」
「うどん屋と首吊るんとはどういう関係がありますのん」
「いや、両方とも、伸びたらお終いや」
「お後がよろしいようで」
「それよりも、隣のあんちゃん。おっさんが首吊ろうとしとんのに、止めんのかいな」
「ほんまや。ハトのエサ喰いよる場合やないで。口から泡やのうて、豆が噴き出てまっせ。卑しい奴や」
「あっ、おっさん、首吊りよった」
「隣のあんちゃんも、ハトのエサ喰うて、地面に倒れたで。喉につまったんかいな」
「どないしょ」
「どないしょ言うても、どないしましょ」
「このままやったら、二人とも死ぬで」
「死にまんな」
「死んだら、ジゴクに登るんかいな」
「ホームレスのおっさんは、間違いありまへんで」
「いやいや、あのサラリーマンも顔はやさしそうでも、体つきからして、ひと癖ありそうやで」
「ほんなら、二人ともジゴクでっか」
「その可能性は大や」
「それなら、あの二人が死んで、ジゴクに登るときに、一緒に登りまっかいな」
「それもえけど、俺らも鬼の子や。人が死ぬのを見て見ぬふりはできん」
「そりゃそうでんな」
「助けに行くで」
「行きまひょ。行きまひょ」
 青太と赤夫は、首を吊ったおっさんと、ハトのエサを食べて喉を詰まらせて倒れているあんちゃんの元に向かう。
「おっさん。もう、年やけど、自殺したらあかんで」
と、青太が木の枝を折る。おっさんは地面に落ちる。
「あんちゃん。あんたはまだ若いんや。ハトのエサ喰うて死んだら、一生、恥かいて生きていかなあかんで」
と、赤夫が背中を思い切り叩く。あんちゃんの口から、豆が鉄砲のように飛び出した。おかげで、目も豆のようにくるくる回っている。
「イテテテテテ」
「ゲホゲホ」
 おっさんとあんちゃんがその場で蹲る。
「何、邪魔すんねん」
「ほんまや、このガキども」
 おっさんとあんちゃんが叫ぶと同時に、
「なんや、青太やないか」
「ほんまや、赤夫や」
「なんでおまえら、こんなとこにおるんや」
「ここは人間界やで。ジゴクやないで」
 おっさんとあんちゃんが口々に叫ぶ。人間に自分の名前を呼ばれた青太と赤夫は互いに顔を見合す。
「俺、こんな薄汚いおっさん知らんで」
「僕も、人間のあんちゃんに知り合いはおりまへんわ」
「人間の分歳で、勝手に名前を呼び捨てにせんとくれ」
「ほんまや。僕の名前は、パパがつけてくれたんや」
 青太たちが怒りだす。
「勝手やないわ。わしはお前のとうちゃんや」
 ホームレスが胸を張る。
「本当や。赤夫。パパや。パパや。会いたかったわ」
 サラリーマンが赤夫を抱こうとする。顔は確かに人間だが、声は確かに青太のとうちゃんと赤夫のパパの声であった。
「とうちゃん・・・か?」
「パパ・・・?」
 青太たちは互いに顔を見合わせ、後ろを向いて談合する。
「いや、声だけではわからんで」
「他人の声の空似ちゅうこともありますわな」
「赤夫、あれだして」
「あれって?」
「あれは、あれや」
「あああああ。わかりましたわ。ちょっと待って」
 赤夫は虎のパンツから二枚の写真を取り出した。
「青太。これや」
「借してみ」
 青太たちは前を向き、写真とホームレスやあんちゃんを見較べる。
「貧乏くささと頼りなさが、うり二つやなあ」
「ほんま、よう似てまっせ」
 青太たちは何回も何回も写真とホームレスたちを目で交互に見る。
「お前ら何言うとんねん」
「似るも似ないも、ほんまもんや」
 青太の親たちは腰に手を当てて、胸を張る。
「とうちゃん!」
「パパ!」
「青太!」
「赤夫!」
 抱きしめ合う青鬼と赤鬼の親子たち。感動の一瞬が永遠に続くように思われた。
「それよりも、なんでお前たちが、この人間界におるんや」
「ほんまや。今頃、ジゴクの学校やないんか」
 かくかくしかじかと、これまでのいきさつを親鬼に話す青太と赤夫。
「そうか、やっぱり、人間ではわしらの代わりは無理やな」
「早う、帰りまひょ。青鬼どん」
「そうやな、折角、可愛い子どもたちがはるばる人間界に落ちて、迎えに来てくれたんや。帰らなあかん」
「でも、どうやって。首は吊る枝は折れてしもたし、ハトのエサはなくなってしまいましたで」
「ごめんな、とうちゃん。知らんかったんや」
「ごめん、パパ」
 謝る青太たち。
「それはええんや。自殺しようとした人間、いや鬼を助けようとしたんや。さすが、鬼の子や」
「パパも嬉しいわ」
 鬼の親たちは親ばか振りを発揮する。
「それはそうとして、四人揃って、ジゴクに帰らんといかんのやけど」
「どないしまひょ」
「どうする?」
「どないする?」
 鬼の親子が車座になって、顎に右手の掌を当て、右ひじを左手の掌で支え、考える鬼たちになる。ひゅー、ドテと、空から人間たちが落ちてきて、地面に衝突した。イテテ、イテテ、とお尻を触っている。この様子を見た青鬼が叫んだ。
「今や。みんな、あの木に登れ」
 青鬼、赤鬼、青太、赤夫が公園で一番背の高いクスノキに先端にのぼる。クスノキは鬼たちの重みでしなる。
「それ!」
 四人は一斉に掛け声を上げ、両足で地面を蹴った。弓なりにしなったクスノキが元に形に戻ろうとする。
「いまだ!」
 鬼たちがクスノキから手を離す。ヒューンと、鬼たちは空高く舞い上がる。
「あの竜巻まで行くんや」
「届きますかいな」
「届くと思えば届くで」
「届いて!」
 鬼たち願いはエンマ様に通じたのか、竜巻に吸い込まれた。
「わあああああああああああああああああ」
 四人の叫び声が合唱となる。
「わあああ」
「わあああ」
「わあああ」
「わあああ」
 合唱から輪唱に変わった。そして、
「ドドドスン」
「ドドスン」
「ドドス」
「ドス」
それぞれの体重に合わせて、音が鳴り響く。
「あいたた」
「たった」
「あい」
「た」
 それぞれの痛みに応じて声を上げた。

ジゴクノモンバンⅡ(9)

ジゴクノモンバンⅡ(9)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-18

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