変なバイト
ある道すがら、電柱に張られていた張り紙に目がいった。
「日給2万円」アルバイトの募集だ。
奇妙なことに、そのアルバイトの具体的な内容は明記されていない。詳しくはお問い合わせください。
僕はその時彼女が出来たばかりで、デート代を効率よく稼げるバイトを探していた。すぐにその張り紙に書かれている番号に電話した。
受話器から聞こえてきた声はくぐもっていて、耳をそばだてないと話の内容を聞き逃してしまうほどだった。
「とりあえず、来てもらえますか」その声の主はそう言った。そう言われたので僕は、とりあえず指定された場所へと行った。
その建物に入ると、突然どこかから誰かの声が聞こえてきた。電話で聞いた声と同一のような気がする。その声は言った。
「仕事内容は、毎日数回、決められた時間にある公園に行き、ある遊具を僅かに動かすことのみです。給与はあなたの口座に毎日振り込まれます。引き受ける気はありますか」
その声の主の顔も見えないし、怪しさは十分にあったのだが、僕はそれを引き受ける意を示した。言葉通りに捉えれば、そのバイトはものすごくおいしいではないか。それだけで日給2万円。
僕はすぐに採用され、具体的な仕事内容を告げられた。
この町には「うろこ山公園」という名の公園があり、その中の地球ジム(鉄のパイプで球体に作ってあり、回転するジャングルジムのような遊具)の真ん中あたりに、市の象徴とされる花が描かれた20cm四方の看板が取り付けれられている。
その花の看板の部分が、公園の入り口がある方向を向くように、地球ジムを回してあわせる、という奇妙な仕事内容だ。その角度もきっちりと決められた。
毎日朝6時から始まり、1時間おきに夕方5時までの計12回、それを行う。
雇用期間は未定らしい。
僕はさっそく次の日からその仕事を始めた。
毎朝6時ちょうどに「うろこ山公園」の地球ジムを回し、家に帰り、1時間後にまた回し、というのを夕方5時まで繰り返す。
180度動かす時もあれば、ほんの僅かだけの日もあった。とにかくそれを毎日続けた。
給料は確かに毎日2万円ずつ振り込まれた。通帳の額はどんどん増えていき、僕は有頂天になる気持ちの傍ら、なんだか後ろめたさを感じ始めていた。
彼女に高価な物を頻繁にプレゼントすることも出来たし、デートも贅沢三昧だった。自分の服やゲームソフトなども何のためらいもなく沢山買えた。
しかし、ほんとうにこんなことをしていて、いいのだろうか・・・。
良心の呵責と不信感に悩まされ、僕はある朝、今日の仕事を終えたらこのバイトを辞めようと決意した。
しかしその後、僕のそんな決意は不必要なものとなる。
「うろこ山公園」に着き、地球ジムの前に立った時、それを知った。
花の看板に張り紙がしてある。それにはこう書いてあった。
『昨日の仕事をもちまして、雇用期間は終了となります。お疲れ様でした』
その唐突さに唖然としながら、岐路に着いた。
まぁ、ちょうどよかったな。しかしなんて変なバイトだったんだろう・・・。
ある病院の一室では、看護師が何度も出入りをしたり、大声で何かを喚いたりと、とても慌ただしい空気が流れている。
その日、その病室の入院患者が自殺をしたからだ。
まわりの者はそれぞれに言った。
「自殺の理由に心当たりがない」
「あのおばさん、少し前まですごく明るかったよね」
「退院する気満々だったように見えたし」
「いつも窓の外ばかり見ていた気がする」
「最近ちょっと元気がなかった気もするけど」
遺書などは発見されなかった。
霊安室の中は、静けさと、独特の匂いで満ちている。
自殺をした婦人の遺体はすでにこの場所に運ばれている。
その目にはうっすらと涙の跡があった。
突然、その遺体はかっと目を開いた。開いた目から涙があふれ、霊安室の冷たい床へと落ちて行く。
その悲しげな目には、一つの映像。
それは、枯れてしまった、名もなき雑草の花。
「人間の手によって、むしられてしまったほうがまだ良かった」
夫人の口が僅かに開き、今にも消え入りそうな声で言った。
「あなたが自分の力で生きていけないのなら、私も同じだ」
そうして夫人は、目も口も閉ざしてしまった。
霊安室に再び、完全な静けさが戻る。
床に落ちた涙だけが残った。
枯れてしまった雑草の花はちょうど、何かの建造物の影になる位置に生えていて、唯一太陽の光が当たる方向に、その病院はあった。夫人のいた病室の窓から、その花はよく見えた。
花があった場所は、ある公園の中だ。公園の入り口に、「うろこ山公園」と書かれた看板が立てられている。
公園の中の地球ジムには、市の花が描かれた看板が取り付けられていて、それがちょうど雑草の花の方向を向いている。
看板が光を遮り、花に光が当たることは無かった。
変なバイト
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。