超能力の部屋1『居場所』
この世には、常識ではありえない不思議なことがたくさんある。
宇宙人やタイムマシンなど、その種類は星の数ほどある。
そのなかで、超能力というものは、一番身近なものなのかもしれない。
1 居場所
1
春風吹く季節、河川敷にはたんぽぽが生え、春の訪れを知らせていた。
そんな春真っ直中、想は河川敷で寝転がっていた。
神田想は就職した大企業の会社に1ヶ月ほどで辞表を提出した。
いくら仕事をこなしても手応えがなかったからだ。しかし、冷静に考えると、どうでもいい下らない理由で辞めたことに気づき、辞表を提出する覚悟をしたときの自分を殴りたい気持ちだった。
想はぼんやりと、この先のことを考えてみた。
糞みたいな時間を過ごし、収入が無く家賃を滞納し続け、住む場所も、生きる気力もなくなり、最後はー
そんなことを考えると、後悔で胸が苦しくなる。
暗い気持ちを振り切るように立ち上がり、この状況の打開策を考えながら、あてもなく歩き出した。
そんなじめじめした気持ちに誘われたのか、蠅が想の周りを飛び始めたが、しばらくすると、想の顔の前で動きを止めて地面に落ちてしまった。
まずはバイトを探すことにした。収入源がなければ生きていけない。
スーパーに置いてある求人のフリーペーパーを覗いてみる。 中には「スタッフ大募集!」だとか「未経験者歓迎! 」など、いろいろなことを書いて人手を集めようと躍起になっている文字が並んでいた。
コンビニから パン屋、農作業まであったが、想の目を惹くものはなかった。
しかし贅沢は言ってられないので、いくつかのコンビニに絞った。
仕事を選ぶ権利は無いに等しいのだ。
夜、布団に寝転がりながら、再びこの状況の打開策を考えた。
家賃が一番の痛手だ。実家に帰ることを考えたが、仕事を辞めたことを言ったときの親の気持ちを考えると、言えない。 やはり、さらに安いアパートを借りるしかなさそうだ。
次にバイトのこと。昼間にフリーペーパーで見たコンビニへ 電話をかけたが 、運悪くどこも人手は足りているらしい。それもそのはず、フリーペーパー をよく見ると、発行されたのは二週間ほど前であった。
「不幸は続くんだな…」 想はうなだれた。
次の日、想は新しく発行されたフリーペーパーを手に取り、スーパーを後にした。
平日の昼下がりは客がいないらしく、店員も暇そうだった。
公園のベンチに座ってフリーペーパーを開くと、昨日のフリーペーパーと同じく、たくさんの募集の文字が並んでいた。
想がフリーペーパーを読んでいると、遠くで遊んでいた子どもたちが 困った表情を浮かべ、こっちへ近寄ってきた。
「おにいさん、あのボール届く?」どのボールだろうかと思い、子どもの指指す方向をみる。子ども たちが指差した先には、木にひっかかったボールがあった。想がジャンプしても、若干届かない位置にある。
仕方ない、奥の手を使おう。
「ちょっとあっち向いてて」と、子どもたちに指示をする。
子どもたちが目を逸らすと、想は周りに人がいないことを確認して、ボールに思いっきり念を送った。
するとボールは、ふわりふわりとヘリウムガスの入った風船のように浮き出し、ボールが想の近くまで飛ぶと、ボールは地面に落ちて、我に帰ったように跳ねた。
「よし、ボール取れたよ」と、子どもたちに報告すると、子どもたちが嬉しそうに振り返り、ボールを受け取る。
「ありがとうございます!」 といい、また遊びに行った。
便利な能力だな、と改めて実感した。
想は何故か昔から『サイコキネシス』を使うことができた。
初めて使ったのは、小学生のころだっただろうか。
確か、夏休みのときの話だ。
友達の家に向かう途中、自転車がスリップして、想自身だけ道路の真ん中に投げ出された。
起き上がり、後ろを振り返ったとき、絶望を感じた。
目の前に、自動車があった。
幼いながら、自分の死を悟った。
自分の中で何かが切れるのを感じた。
その瞬間ー
自動車が、アクション映画のワンシーンのように、放物線を描いて宙を舞った。
自動車は綺麗に着陸して、何事も無かったかのように走り出した。
「え?」驚きが声に出た。
目の前の出来事を信じられなかったが、タイヤ痕を見る限り、事実としか思えなかった。
それからは小さいものなら、簡単に操れるようになった。
今考えると、運転手が出てこなかったことの方が驚くべきことのような気がする。
しかし、そんなに頻繁には使わなかったし、口外もしなかった。便利なのは便利なのだが、人前でそんなに披露してはいけない気がするのだ。
拉致されるんじゃないか、と本気で考えたこともあった。中二の夏の話だが。
想は何事も無かったかのように、またベンチに戻り、フリーペーパーを再び開いた。
同じ時刻の同じ公園。木陰に隠れて、男が子どもたちのボールを取る一部始終を見ていた。
「あの男はどうやら、『超能力者』みたいだなァ」
そう呟くと、木陰の男はにやりと笑いその場から一瞬で消えてしまった。
2
フリーペーパーを見て、バイト先に良さそうな場所にある程度目星をつけた。
想の顔に西日が差す。空をみると太陽が沈み、あたりが茜色に染まり始めていた。 もうそんな時間かと思い、家へ帰ることにした。
すると、後ろになにか気配を感じた。
振り返ると、誰もいない。
「気のせいか…」
そう呟いて、前を向くと目の前にいきなり人があらわれ「バイト探してるのか?」と言ってきた。
「うおっ!」 驚いて、つい声が出る。
「バイト探してるなら俺についてこいよ。オススメな仕事を教えてやるぞ!」
想は唖然とした。いきなり現れた男は笑みを浮かべて想を見ている。
「あの、誰すか?」
「俺は柴田弦。なんでも屋をやっている」
わざわざ自己紹介をしてくれたのはありがたいが、唐突すぎて話が耳に入らなかった。
「あ、もう一回お願いします」
「訊いといて聞いてないのか、関心しないな…。もう一回だけだぞ?」 そういうと、弦はひとつ咳払いをして「俺は柴田弦。なんでも屋をやっている」と、同じ内容を繰り返した。
「あぁ、はい…」 どう返事すべきなのか。
「と、いうわけでこれから暇、だよな?」
「いやまぁ、暇っすけど…」
弦はその応えを聞いて、すこしうなずくと、想の腕を掴んで 「目ェ閉じろ」 と言い、目を閉じた。
想も反射的に目を閉じる。
「絶対開けるなよ?」
「え?」 そう言うと体が一瞬宙に浮く感覚を覚えた。気色悪い感覚に鳥肌がたつ。
「もう開けていいぞ」と言われ、言われるがまま目を開けると、 いつの間にか『なんでも屋possible』と書いてある看板をぶら下げた扉の前に立っていた。
周りを見渡すが、知っている場所ではないみたいだ。
「まぁ入れよ」 弦はドアを開けて、想が入るのを待っている。
想はまだ動けずにいた。混乱していたのだ。いきなり一瞬で知らない場所に連れてこられたら、混乱するのは当たり前だろう。
するとドアの向こうの『なんでも屋』から「どうしたの?お客さん?」という、女の声がした。
「新しいバイト連れてきたぞ」と、弦は応える。
その会話の間に、想は頭を整理し「あの…バイトって、どういうことっすか?」 と、わからないことを一つずつ訊いていくことにした 。
すると弦は「まぁ、ここじゃなんだし、中に入りなよ」 と想を事務所の中に案内した。
想は否定できず、言われるがまま『何でも屋』に入った。
なんでも屋possibleの内装は質素でこじんまりとしていた。
そこでは、若い女が一人と 、老人が一人が、想を興味ありげに見ていた。その表情は 、どことなく嬉しそうだ。想にとっては気味が悪い。
「えっと、バイト希望?」 女が想に質問する。
「いや、この人に無理矢理連れてこられたんですが…」 そういって、弦を指差す。
すると、女が弦を睨みつけ「あんた、もしかして 、また強引に連れてきたの?」と脅すように言った。
弦も「いいだろうよ、バイト探してるみたいだしよォ、 暇だったらしいし」 と反論した後「あと、人に指指すなよ」と文句を言い、女の手を叩き落とす。
「そうかもしれないけど、無理矢理連れてこられたら、驚くでしょ」
女の言葉に弦は「いいだろ?驚いたって。こいつだって無理矢理連れてこられたけど、仕事は見つかるし、いいことずくしじゃねぇか」と返す。
女は一瞬イラっとした表情を浮かべ「確かにそうだけどさ、せめて説明ぐらいしろって前にも言われてたでしょうが」と言う。
「説明は面倒だろ?実際みたほうが早い、これ常識」
口喧嘩を目の前で見せられて、ただただ呆然とする想に、老人が「君、アルバイト探してるのかい?」と、柔らかい口調で尋ねてきた。
「はい、まぁ…探してます」想が応えると、老人は微笑んで「じゃあ、ここでバイトしないかい?」と返してきた。
「え?」想は聞き返す。
「弦君が連れてきた子なら多分、大丈夫なはずだからね」
そう言われると、弦は勝ち誇った顔で女を見て「ほれ見ろ」と言う。
「じゃ、決定ってことでいいよな?」弦が女に訊くと「納得するしかないか…」と、女は応えた。
「はい決定!!そういうわけでお前は今日からここのバイトだ! !」と言い、弦が想を指差す。
指された想は「いやいや待って、待ってくださいよ」と、慌てて言う。
話が唐突なうえ、なにも説明がないままなのは怪しすぎる。もしかしたらブラック企業の類かもしれない。もしそうだとしたら今の生活はおろか、人生が台無しになってしまうではないか。
「あ、そういえば仕事内容の説明してなかったよね、ごめんごめん。でもブラック企業なんて思わないでね」と、老人が言う。
その言葉に「なにィ!?お前、ここのことブラック企業なんて思ってやがったのか!」と、弦が反応したが「仕方ないでしょ、そういう振る舞いしたんだから」と、女になだめられた。
ふと、想は違和感を感じた。
『ブラック企業かもしれない』とは一言も言ってないのに、何故老人はこのことを理解して言えたのだろうか。心が読めるとでも言うのだろうか。
「そう、僕は心が読めるんだ」と、老人が楽しそうに言った。
なるほどそういうことか、と納得した。
どこかに自分のような超能力者がいるかもしれないということは、心のどこかで思っていたが、実際に会えるとは思っても見なかった。喜びと驚きが混じる。
「まぁ、ゆっくり慣れてくれればいいからね」
「はい…じゃなくてですね」と、想は反論しようとしたが「じゃあ次は俺が自己紹介するぞ」という弦の声に遮られた。
「俺は柴田弦、ってもう知ってるか。俺は瞬間移動ができるんだ」と、どや顔で言う。
想はここへ一瞬で来た理由に気付いた。弦は瞬間移動で想をここに連れてきたのだ。実際に瞬間移動でここに連れてこられたが、なんて現実味がない話なんだ。
そう考えたのを読まれたのか、老人が「弦くん、一度やって見せたらどうだい?」と言った。
「それもそうっすね…」 そう言うと弦の姿が一瞬で消えて、すぐに現れた。その手には、さっきまでなかったコーヒーが握られている。
弦は「ほれ、その辺の自販機で買ってきた。まだあったか~いぞ?」と言って想にコーヒーを投げ渡す。確かにまだあったか~い。
「これで信じたか?」
「まぁそうですね…じゃなくて…」と、自分のペースに戻そうとするが「じゃあ次は私の番ね」という女の声に、また遮られた。
「私は大引梨緒。能力はー」というと梨緒は想を指差し、その形のまま指を鳴らした。すると想は驚いて、目を手で押さえた。
「なんだ…これ…、目が…目の前が…真っ暗じゃねぇか…!」梨緒は少し笑って「驚いた?私の能力は五感を操ること。 で、あなたの視覚を奪ったの」と言う。恐ろしい事をよくも淡々と言えたものだ。
「なんか…気持ち悪いから、早く戻してくれ!」と想は言う。
だが梨緒は「どうしよっかな~?」と焦らす。
その様子を見ていた二人が見兼ねて「やめてやれよ、バイト入ってくれなくなるだろ?」
「そうだよ梨緒君、まだ彼は慣れてないんだから」と、梨緒を止める。
「そうですね」と、文句があるような顔でいうと、また指を鳴らした。すると想の視覚は回復し、目が見えるようになった。
「どう?私の能力、わかった?」と言う梨緒の質問に想は頷いた 。 驚きのあまり声も出なかった。まさか人生で自分の視覚を奪われるとは思ってもみなかったからである。
「それで、あなたの名前と特技は?」と、梨緒が聞く。容赦ないなぁ、と思いながら「俺は神田想です。念力が使えます」と、言った。そしてさっき弦からもらったコー ヒーの缶に念を送り、缶を浮かばせてみせた。
「おぉ、浮いた浮いた」梨緒は感心した。
「公園でボール浮かしてたんだぜ?」弦は自慢した。
「へぇ、子どもを助けてあげたみたいだねぇ」 老人は心を読んだ 。
想が缶を降ろすと、老人が「人助けが好きなのかい?」と尋ねてきた。
「そうでもないですけど、嫌いでもないですかね」というと「じゃあここの仕事は向いているね、ここは名前の通り、なんでも屋なんだ。~お客様に頼まれたら引き受ける~、 ただこれだけの仕事だよ」と、仕事の説明を兼ねて言い「どうだい?ここで働いてみないかい?」 と、もう一度勧誘をした。
想は少し考える。本当に怪しくないだろうか?そもそもなんでも屋で生活していけるのだろうか?
色々考えたが「はい、お願いします」と承諾した。 まずはやってみて、ダメなら辞めてしまおうと想は考えた。辞められなかったら強行突破でもすればいい。できるかわからないが。
一同は嬉しそうな顔になり、満足そうに笑った。
「よし、お前は今からここのバイトだ!よろしくな!」と、弦が手を差し出す。
想は「はい」と返事をして、弦と握手をした。
possibleからの帰り道、想は少し考えた。 あの店で働いて本当に 大丈夫なのだろうか、と。
弦という男は瞬間移動をして、自分を移動させた。
梨緒という女は自分の視覚を奪ってみせた。
しかもあの老人までもが自分の心を読むという現実離れなことを して見せた。
あの職場は普通ではない 超能力者の集まりだ。
その集まりに自分も加入し てしまったのである。
だが後悔はしていない。仕事が見つかっただけで良しとしよう。
そんなことを考えながら、弦から貰ったもう冷えたコーヒーをぐ いっと飲んだ。微糖は口に合わない。
3
次の日、事務所には八時半までに来ればいいと言われていたが、想は早めに家を出た。
早いうちに出勤しておかないと、なにか不安になるからである。
昨日は半ば強引に連れて来られたので、もらった宣伝のビラの地図を頼りになんでも屋へ向かった。
なんでも屋は予想よりも近く、徒歩15分程歩いたら『なんでも屋possible』のある建物に着いた。
建物の外観は少し黒い汚れがこびりつき、ところどころへこんでいる。
内観はコンクリート打ちっ放しで、なんだか肌寒い。天井が低いので狭く感じる。だが部屋の前は天井が高く、アパートのように開放感がある。客が少ないのは一目瞭然だろう。
想は「なんでも屋possible」と書いてある看板がぶ下がった扉の前に立ち、一応身だしなみを整える。「動きやすい恰好」と言われたので、かなりラフな恰好になってしまった。少し心配だが、まさか怒られはしないだろう。
ドアノブに手をかけると、当たり前のように弦が瞬間移動で想の前に現れ「よう、早いな想」と笑顔で言って、また瞬間移動してしまった。
あまりの早さに何も言えなかった。そんなことされると不安は大きくなるばかりである。
またドアノブに手をかけて、扉を開けた。中には老人と弦がいた。想は「おはようございます」と元気に挨拶する。
老人は「やぁ、おはよう」と挨拶を返す。
弦は「よう。早いな」と、さっきと同じことを繰り返した。
それから沈黙する。ただでさえも緊張しているのに、沈黙が続くと逃げ出したくなるほどのプレッシャーを感じる。
想が困ったように見渡していると「想君、ちょっといい?」と、 老人が手招きしてくれた。
想が歩み寄ると「少し奥の部屋で待っててくれないかい?」と、 奥のほうの扉を指しながら言った。
「え?なんでですか?」もちろん聞き返す。初日から裏に呼ばれるなんて、絶対に何かある。やっとなくなりかけていた想の不安が 、また溢れてくる。
「まだ疑っているのかい?心配しないでよ、これからちゃんと仕事について詳しく説明するからね」またいつの間に心を読まれている。いつの間に心を読まれるとなると、この職場はあまり油断ができないようだ。もしかしたらブラック会社よりもたちが悪いかも しれない…。
「ん?何か思った?」
「いえ、何も…」これは本当に油断できない。
奥の部屋の扉には『休憩所』とだけ、張り紙がしてある。
老人に言われた通り奥の部屋で待っていると、老人が資料を持っ て部屋に入ってきた。
「いやいや、待たせてごめんね」
「全然大丈夫ですよ」二分程度しか待っていないので当たり前の 返事だ。
「そうか、なら良かった」と言いながら老人は席に座り「そうい えば、まだ自己紹介してなかったね、僕 は中西純、ここの社長だよ 。よろしくね」と言い、 中西は想に手を向ける。
想も「神田想です。こちらこそよろしくお願いし ます」と言って 、中西の手を握った。
「じゃあ、これからこの事務所について説明するよ。主な仕事内 容は、言われたことをできる範囲で引き受けて、それをこなすだけ の簡単な仕事さ」
「簡単な仕事…ですか」
「そう、犬の散歩だって行くし、おつかいだってする」
「そんなことまでですか!?」なんともやりがいのなさそうな仕 事内容だ。
それをまた心を読んだのか、中西が「でも、いつもやりがいのな い様な仕事ばっかりなわけではないよ。大晦日時期は大掃除の手伝いで 忙しくなるし、引っ越しのお手伝いだってある。まぁ、君の能 力なら楽な仕事かもね」と、言い訳っぽく言った。
想はとりあえず愛想笑いをしておいた。
「危ない仕事も来るかもね」
「危ない仕事?」想の愛想笑いが崩れた。
「いやいや、気にしなくていいよ」気にせずにはいられない。冗 談でも愛想笑いできない。 心配なので「犯罪とかじゃ、ないですよね?」と訊く。
「犯罪は基本受け付けないよ」中西が真顔で答える。
「それなら安心なんですけどね…」基本というのが気になるが、一 応触れないでおく。今の会話で不安がまた大きくなった。
「大丈夫だって!そんな依頼が来ても君はバイトだから多分その 仕事は回さないよ!」多分、か…。
「はい…」
「ちなみに給料は歩合制で、依頼者からの報酬の 三分の二が給料 になる。三分の一は事務所の運営費に回さしてもらうよ」良いのか 悪いのかは分からないが、多分頑張らな いと生活費は稼げないらし い。
「ちなみに事務所は9時から19時まで開いてて、基本日曜日は休み だよ。もちろん依頼が入っているなら、営業時間外も動いてもらう けどね」
「なるほど…」
「どうだい?ちゃんとした職場だろう?」
「そうですね」超能力のことを除外すればだが。
「まぁ、働いているうちに馴れるさ。頑張ってね」と言い、中西 が立ち上がる。 想はそれに対して「はい、頑張ります!」と返した 。
中西は部屋を出たが、何か思い出したのか戻ってきた。
そして「明日、履歴書持ってきてね」とだけ言い残し、また部屋 を出ていった。 普通履歴書は、もっと早い段階で見せるものじゃないだろうか…。
想が休憩所から戻ると、梨緒が出勤してきていた。昨日のこともあり、ちょっと恐ろしい。軽くトラウマだ。
「大引さん、おはようございます」と、緊張気味に挨拶する。
梨緒は「おはよう、今日からよろしくね」と気さくに返す。
「はい、よろしくお願いします」と言い、きっちりと礼をする。
そうすると、梨緒がむず痒そうな顔になり「なんだかちょっと堅いんじゃない?もっと馴れ馴れしくていいんだよ?」と言う。
「あ、そうっすか?」言葉に甘えて、ちょっと言葉を崩す。こっちの方が気持ちも随分と楽になる。
「そうそう、あんまり堅いの嫌なんだよねぇ、なんつうか、鬱陶しいっつうの?」
「まぁ、そうっすよね」
「ところでさ、何歳なの?」
「え、22歳ですけど…」そう言うと、梨緒の顔が 明るくなり「マジで?!同い年じゃん!」と言う。 想も「へぇ、マジっすか!」と、同じ調子で返した。
「えぇぇ、それなら全然敬語とか使わなくてもいいじゃん」
「いやぁ、さすがにそれは悪いっすよ」一応否定する。
「同い年なんだし、敬語とか違和感あるでしょ?」確かにそうだ。
「まぁ、それもそうか…」
「ついでに呼び方も梨緒でいいよ」
「あぁ、そう?それなら…」
話していると、どこかへ行ってたのか、弦が瞬間移動してきた。
想は驚いて体がビクッと動いたが、梨緒は「あ、おはーす」と軽く挨拶した。
弦は「お、梨緒も来てたのか」と梨緒を見て言 い、「想、初仕事だぞ」と想を見て言った。
初仕事とは、自分の得意分野である引っ越しの手伝いだった。
大学生時代に手伝いとして何度もやった仕事なので、もう慣れているが、念力を多様するため、手伝った後は精神的に疲れる。
現場には、弦さんの瞬間移動で行くと思ったのだが、 レンタルの軽トラックで移動した。弦さんもさすがに軽トラックと一緒には、瞬間移動ができないらしい。
どうやら超能力はそんなに万能ではないようだ。
軽トラックで移動中、弦さんが「そういえば、現場であんまり超能力は使うなよ」と運転しながら言ってきた。
「え、そしたら念力封印ですか?」それは予想外だ。
「いや、バレなければいいだろうが、超能力使ってるとこ見られると…こうよォ…面倒なんだよな」 なんとなくわかる気がする。
「あぁ、なんとなく、わかりますね」
「だからバレない程度なら念力、使っていいぞ」
「バレない程度、ですか…」
やっぱり身体的にではなく、色々と精神的に疲れそうである。
現場のアパートに着き、依頼者のいる105号室の前に二人は立った。
依頼者は大学生だが、学校のほうは大丈夫なのだろうか?大学生時代の単位が足りなくて焦っている自分を思い出して、会ったこともない依頼者に親近感が湧く。
ボロくなったチャイムを鳴らしたあと、弦さんが「おはようございます!なんでも屋です!」と声を張って言った。
なるほど、なんでも屋でも通じるのか。
少し待つと足音が近づいてきて、扉が開いた。
出てきた依頼者は「あ、どうも」と、無愛想に言った。今起きたのか、寝癖が酷い。
部屋の中は、綺麗に片付けられていて、冷蔵庫やタンス、段ボール箱が一つの場所に固めて置いてある。引っ越しの準備は万全のようだ。
弦さんは部屋を見回し、手を叩いて「それじゃあ、アパートの前に軽トラ止めてあるので、積んでいきましょうか」と言った。
想と依頼者は、同時に返事し、同時に動きだした。
冷蔵庫やタンスなどの大きな家具を運び、軽トラックに乗せていく。サイコキネシスのおかげで少し軽くなるが、もっと大胆に使えればもっと楽に仕事が進むだろう。
全て積み込むのは、そこまで時間も要さず、スムーズに終わった。
「じゃあ、引っ越し先に移動させますか」と弦さんに言ったが、弦さんは首を横に振り、105号室のほうに顎を使って指した。
見ると、依頼者が名残惜しそうに部屋の中を見ていた。
「あぁいうの見てると、なんだか懐かしくなるんだよなァ」と、弦さんは遠い目で言った。
「やっぱり弦さんも、こういう経験したことあるんですか?」
「まぁ、実家出ていった以外、引っ越ししたことないんだけどな」と言い、依頼者に「そろそろ行きますよォ」と言った。
何故懐かしむことが出来たのだろうか。
依頼者は自分がかつて住んでいた105号室に一礼をして、自分たちのほうへ来た。
弦さんは「今から引っ越し先のほうに移動しますので、場所の指示、お願いしていいですか?」と、依頼者に言い、助手席側に乗るように指示をした。
… そうすると自分の席がない。
「想、お前はー」
サイコキネシスは物を抑えるのにも使える。だからと言って荷台に自分を乗せるのはちょっとひどいのではないだろうか?
「まぁ、仕方ないか…」景色もいいし。涼しいし。全然車内より快適だし。
だが通行人に見られるのは、なかなか恥ずかしい。
小窓から車内を覗くと、依頼者と弦さんが楽しそうに会話をしているのが見えた。
なんだか寂しくなる。
15分ほどして、依頼者の引っ越し先に着いた。
もはや心身ともに疲れた。
弦さんが軽トラックから降りてきて「想、中に運ぶぞ」と、何事もなかったように言ってきた。
「少し休んじゃ駄目ですかね?」超能力者なら分かってくれるはずだ、連続して超能力を使ったあとの疲労感が。
15分は短いようだが、沢山の物を広い範囲で固定しておくことは、かなり疲れる。これ以上やっていたら失神していたかもしれない。
弦さんは困った顔をして「なんだァ?仕方ねぇな、10 だけだぞ?」と言ってくれた。
「すいません、ありがとうございます」と心から礼を言った。
木陰で休憩している間、弦さんは依頼者に新たな部屋の場所を案内してもらっている。どうやら二階の一番左端の部屋らしい。
二人が軽トラックの荷台から荷物を運び出し始めた頃には大分休めたので、手伝いに戻る。
「お、もういいのか?」弦さんが訊く。
「はい、もう大丈夫です」と、返事をする。
この会話のあと、誰も喋ることなく、黙々と引っ 越し作業を続ける。喋ることと言ったら重たいものを二人で持つときに「せーの」と声を掛け合うくらいだ。
その作業を続けて1時間、荷物を全て部屋の中に押し込み、段ボール箱から物を出して、依頼者の指示のもと、部屋を完成させていく。まるでパズルをしている気分だ。
依頼者が最後の泡が下から出てきて綺麗な電飾を置き、納得したように頷くと「これで終わりです。 お疲れ様でした」と言った。
その言葉を聞くと、達成感が心の中にじわじわと染み込むようにやってきた。
依頼者が、自分たちのほうを見ながら「助かりました。本当にありがとうございます」と言った。
「まぁ、仕事なんで当然ですよ」と、弦さんが言うと、依頼者は何かに気づいた顔になり、ポケットから財布を出して「何円でしたっけ?」と訊く。
そういえばこれは仕事だ。ボランティアの気分でいた。
そんなことを考えているうちに、弦さんはお金を受け取り「またのご利用、お待ちしております」と言っていた。遅れて自分も言う。
依頼者のアパートからの帰り道、弦さんは「どうだった、初仕事は?」と訊いてきた。
「いやぁ、どうでしょうね」と曖昧に返事すると 「まぁ、引っ越しの手伝いだもんなァ」と言って弦さんは笑った。つられて自分も笑った。
「でも、終わったときの達成感はありましたね」
「お、気付いたか」弦さんは驚く。
「え?」
「なんでも屋の良いところってのはそういうとこなんだよなァ、やりたくない仕事でも、依頼者さんからの『ありがとう』とか『お疲れ様』とか言ってくれるだろ?そのときの達成感ってのが、またたまらないんだよなァ」
「へぇ、そんなもんなんスね」と、軽い返事をしたものの、確かに依頼者から言われた『お疲れ様』 は、確かに嬉しかった。
以前の職場でも『お疲れ様』と言われたが、達成感は湧かず、心のこもってない形式的な挨拶にしか思えなかった。
それとは違い、この仕事での『ありがとう』や『お疲れ様』 は、心のこもった、あたたかい言葉に思えた。まだ一回しか言われてないが。
「で、どうだ?ここで仕事続ける気になったか?」と弦さんが訊ねる。
「そうですね、頑張れそうです。」と応える。 ここには前の職場と違い、居場所がある。 達成感も感じられる。
「ここに来て良かったです。ありがとうございました。」と弦さんに言う。
弦は照れながら「おう」と短く返事した。
なんでも屋のあるビルに着くと、弦は想を降ろして、他の依頼へ向かった。
想はそれを見送ると「よし、頑張るか」と独り言を呟き、ビルの中へ入っていった。
超能力の部屋1『居場所』