アキバ24h

ポケットに入っていた見知らぬメモ。携帯に送られていた美樹の拘束された画像。彼女は拉致されたのか? それともイタズラ? 秋葉はメモを辿る事にした。

 秋葉は秋葉原の中央通り沿いの喫茶Mから外を眺めていた。日曜の今日はホコテンになっているはずだが、強い雨足で人通りはまばらだった。
 秋葉はコーヒーをひと口啜った後、上着のポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出した。時間と場所が時系列に並んいるだけのメモ。その一番最初がここ喫茶Mになっていた。
 時間は十五時。秋葉には身に覚えのないもので、誰かが自分のポケットに入たとしか思えなかった。でもただそれだけの事なら、ゴミだと思って躊躇う事なく捨てていたに違いない。
 昨日の夕方、美樹から一通のメールが携帯に送られていた事に気付いたのは、今日の昼になってからだった。電池が切れていたので気が付かなかったのだ。
 タイトルに”メモ:記念”とだけ書かれたメールには、一枚の写真が添付されていた。手錠でパイプ繋がれ、しゃがみ込んでいる彼女自身の写真だった。
 一体何の記念なのか? 受け取った秋葉に思い当たる事はなかったが、そんな事は問題ではではない。
 警察に届けるべきなのか秋葉は迷った。制服を着ているし、写真は確かに美樹に見えたが、目にはアイマスクがされていて別人でないとは言い切れない。もしかしたら感じの似た人の画像をイタズラで送って来ただけかもしれなかった。
 僕が彼女を慕っている事を知っている人は多いし、こんな事をしそうな顔も浮かばない事もない。大事(おおごと)にしてしまうと、後でとんだ恥をかく可能性があった。
 ただ送信元が彼女のアドレスなのが引っ掛かった。これを送る為には美樹を巻き込まなければならないが、彼女がそんな事に加担するとは思えない。そしてこのアドレスは、彼女を拝み倒してようやく教えて貰った物だから、間違っているはずはなかった。
 秋葉は携帯を開くと、彼女に打っておいたメールの返事が来ていない事を確認した。見ていないか、それとも見られないのか……。
 電番はまだ教えて貰っていない。二人はまだそういう間柄だった。
 ”メモ:記念”のメモとはこの紙切れの事を指しているのか? なんとも言えなかったが、偶然こんな物がポケットに入っているのは不自然な気がした。なぜならその中には彼女の勤めている喫茶店の名前があったからだ。
 意味は分からなかったが、とにかくこのメモを辿ってみれば何か分かるかもしれない。そう思って、秋葉は時間より大分早目にここへやって来た。
 店に入った時からずっと周りを気にしていたが、雨宿りの客でそこそこ埋まっている店内は静かなものだった。
 誰かが接触してくるのか? ドッキリなのか? どきどきしながら待っていたのに、結局何も起こらない。
 携帯を見ると、十五時を十五分程過ぎていた。そろそろ出ようか……。
 秋葉はポケットから小銭を取り出すと、オーダー伝票を手に席を立った。

 ***

 十五時半。ディスカウントストア、ドン.キュポーテ。
 メモには、続けて、「ク」や「菓」などの文字が並んでいた。「ク」は分からないが、「菓」は菓子しか思い当たらない。文字を繋げて読んでも意味のある言葉にはなりそうもなかった。
 取りあえず菓子売り場を手始めに店内をぶらついてみたが、これといって何がある訳もない。 そもそも何を捜したらいいのかが分からなかった。
 誰かが後を尾行けているかもしれないと思い、時々後ろを振り返ってみる。でもそんな人は見当たらない。
 結局何の収穫もないまま、ジュースだけを買って秋葉は店を後にしていた。
 十六時。アダルトショップWXY。
 店は少し外れたビルの地階にあった。こんな所を知っている事を考えると、メモの送り主はやはり男なんだろうな。秋葉はそう思いながら中へ足を踏み入れた。
 ここでは、「手」とある。それを手掛かりにまた店内を歩き回っていると、途中で手錠が売っているのが目に入った。これが「手」なのかと思って、商品を手に取ってみる。
 そういえばあの写真の彼女には手錠が嵌められていたっけ。でもこんな物はどれも形は同じに違いない。ここで買った物と特定するのは、素人には難しいだろう。
 それにこのメモとどういう関係があるんだろう? まさかこの店の関係者が関わってるとか? そう思うとさっきのドン.キュでもそういう可能性があった。でも少なくとも、どちらにも自分の知り合いはい。
 男の店員の顔は頭に入れておこう。秋葉は手錠を元の位置に戻した。ふと横を見ると、商品を並べながら店員がちらちらとこちらを見ているのに気が付いた。
 なんだろう? こういう状況では男の態度がとても怪しく見えた。さっそく顔を覚えた秋葉はそのまま売り場を後にした。
 ちょうどその時、店長らしい男が店員を呼びにやって来た。呼び掛けたその名前を、秋葉は忘れないように携帯に打ち込んでおいた。
 そして陳列されているエッチなDVDについちらちらと目が行ってしまうのをぐっと我慢して、秋葉は足早に店を出て行った。
 しかし外に出た秋葉はすぐに足を止めた。次はレンタカー屋になっていたからだ。
 用もないのに中へ入ってもヘンに思われるだけだしな……。試しに「不審な人が来ませんでしたか?」とでも訊いてみるか? 
 そんな質問をする人の方がよっぽど不審だと思いながら、仕方がないので取り敢えず店の場所だけを確かめる事にして、後は周辺を少し散策して次に進む事にした。
 十七時。美樹が勤めている喫茶K。
 そこは中央通りから一本入った、とあるビルの一階にある。彼女の休みは日曜日と月曜日。案の定、店内を見渡しても彼女の姿はなさそうだった。
 これでは美樹が無事なのか確かめようがない。
 しかし店を出ようとした秋葉に、顔なじみの店員が声を掛けてきた。しかも彼女は小声でこう囁いたのだ。
「美樹が昨日から家に帰らないらしいんだけど、何か知らない?」
 秋葉は驚きを隠せなかった。
「本当に?」正直半信半疑でここまで来たが、やはりあの写真は本当の事なのかもしれないと思った。
 彼女は秋葉と美樹がそんなに親しくない事を知っている。それでも敢えて尋ねるのだから、近しい人にはすでに訊き終えているという事だった。
 彼女はそんな秋葉の反応に、何も知らないようだと判断したらしい。
「もし何か聞いたり、気が付いた事があったら連絡してね」彼女は詳しい事を話してくれなかったが、秋葉は「もちろん」と即答して、時計を見上げて急いで店を後にした。
 写真を彼女に見せようかと悩んだが、メモにはまだ続きがあり、そして次の時間が迫っていた。残りはひとつだけだ。ここまで来ればそれを見届けてからでも遅くはないと思った。
 十七時二十分。喫茶K社員通用口。
 美樹の勤務時間は通常十七時半までだが、彼女がいないのにここを見張る意味があるのか疑問に思いつつ、他に手掛かりもないので少し様子を見る事にした。
 さっきの店員との会話の直後に、ビル内の奥にある通用口をうろついていては怪しまれそうだったので、秋葉はすぐ脇にある階段を下りて、踊り場から監視する事にした。
 これからシフトに入るらしい女の人が三人中へ入って行ったが、誰も外に出て来ない。結局三十分経っても何も起こらなかった。
 そもそもメモには日付がないので、今日その内容を辿る事が正解なのかも分からなかった。
 とにかくメモの書き込みはこれで最後だった。

「さて、どうしようか……」
 メモの送り主がどこかで接触して来る事を想像していた秋葉は、この後どうするべきなのか考え始めた。結局あの写真以外に何も新しい事実は見付からなかった。
 佇んでいた踊り場からさらに階段を下りると、秋葉は薄暗い廊下を宛もなくだらだらと歩きながら頭を巡らせた。
 成人女性が休日にひと晩家に帰らなかったからといって、すぐに騒ぐのもどうかと思うが、しかしそれが美樹だという事になれば話しは違って来る。少なくとも秋葉には大問題だった。
 しかも拉致されているかもしれないとなれば、このまま何もしないという訳にもいかない。理由は分からないが、わざわざ秋葉にヒントを寄越して来たのだから、何かあるに違いなかった。
 しかし実際には何の手掛かりもない。あわよくば自分の手で彼女を救い出せればと思ったが、ここに至れば警察に事情を話した方がいいに決まっていた。
 その前にさっきの店員に事情を話して相談する方がいいかもしれない。自分より情報を持っていそうだし、美樹の家とも連絡が着きそうだ。
 今来た廊下を戻り始めた秋葉は、その途中で落ちている靴を見付けた。なんでこんな所に、と思ったが、よく見れば喫茶Kの制服だった。それも片方だけ……。
 これが彼女の物かは分からなかったが、何か閃きにも似た物が秋葉の頭を過った。
「まさか、ここに?」
 秋葉はもっと他に何かないか辺りを捜し回った。
 地下二階まで下りると、今度は鍵が落ちていた。しかも秋葉には見慣れた形の物だった。
 思いつくままに、空調や電気設備が詰まっている部屋の扉に片っ端から鍵を差し込んでいく。
 しかしどこも違う。
 そして最後に残った何の案内プレートもない金属の扉に、その鍵はぴたりと吸い込まれていった。

 ***

 いた! 間違いなく彼女だった。
 扉を開け、電気を点けてから衝立のように置かれた古いロッカーをぐるりと回ると、携帯の画像そのままの姿で、美樹はぐったりと壁に寄り掛かるようにして座り込んでいた。
 床はコンクリートだ。コツコツと足音が自分のすぐ傍までやって来た事に気付いた彼女は、突然身構えるように身体を起こすと、耳を澄ませて音の位置を探り始めた。
「怖がらなくていいよ。助けに来たんだ。今アイマスクを外してあげるからね」
 それでも彼女の緊張は続いていた。
 秋葉が声を掛けながら美樹の目隠しを外してやると、彼女は明るさに目が慣れるまでしばらくじっとしていた。
「大丈夫? どこか怪我したりしてない?」
 本当に助けが来たのだと分かったその表情から強張った物が消えると、彼女は力が抜けたように床にへたり込んでしまった。
 どうやら服装に乱れはなさそうだった。多分閉じ込められて丸一日くらい経っているはずだった。それでも彼女がさほど衰弱していないように見えて、秋葉もほっと胸を撫で下ろしていた。
「ありがとう、秋葉さん。身体は大丈夫」
 少しして顔を上げた美樹の声は震えていた。きっと無理をしてそう言っているに違いなかった。なぜならその目にはうっすら涙が滲んでいたからだ。
「もう大丈夫。大丈夫だからね……」
 秋葉は彼女の身体を抱き締めながら、赤ん坊にするように背中を叩いてやった。華奢な彼女の身体から発せられる甘い香りが鼻をくすぐった。もちろん彼女を抱き締めたのは初めての事だった。
 そのまま少し泣かせてやり、彼女が落ち着くのを待った。緊張の糸が切れたのか、そのまま彼女はわんわん声を上げて泣いた。
 自分を頼ってくれる彼女に、狂おしい程の感動が押し寄せていた。
「ちょっとごめんね」
 秋葉は彼女を怖がらせないように細目に話し掛けながら、まずは彼女の手を取って手錠を観察した。困った事に思ったより頑丈そうで、ちょっとやそっとの事では壊れそうもない。
 その時の彼女は秋葉の話しに相槌を打ちながらも、どこか心ここに在らずという感じだった。 やがて考え込むように俯いた彼女は何も言わなくなり、突然何かに気付いたように、はっとした表情を浮かべた。
「ヘアピンみたいな物、何か持ってない?」
 秋葉は美樹が首を横に振るのを見ると、手錠を外す為に利用出来る物がないか、まずは自分の服のポケットを漁り始めた。
 上に行って何か道具を取って来た方がいいか。秋葉がそう考え始めた時、ズボンの尻のポケットの隅から小さな鍵が出てきた。
 何の鍵かは忘れてしまったが、この大きさなら手錠の鍵穴に入るかもしれないと思い、物は試しと鍵穴に差し込んでみる。
「あれ?」
 驚いた事に手錠はあっけなく外れた。
 秋葉が手錠を手にしたまま不思議そうに見詰めていると、彼女はイヤイヤと頭を振りながら、背中が壁に当たってもさらに後ろに逃げようとしていた。
 その表情は明らかに怯えた物に変わっている。
 彼女の態度は腑に落ちなかったが、それでも秋葉は落ちていた上着を手に取ると、肩に掛けてあげようと足を向けた。 
 彼女はそれを引ったくるように身体に巻き付けると、秋葉を睨み付けた。こちらを見上げるそのめは、助け出してくれた恩人に向けられる物ではなくなっていた。
「秋葉さん。あなた、こんな事で私を騙せると思ってるの?」 
「それってどういう意味?」
 彼女の言葉の意味が分からず、秋葉はそのままを口にした。
 そしてよろけて一歩離後ずさった秋葉の目に、彼女の傍に落ちている財布が目に入った。
 いくら捜しても出てこないと思ったらこんな所にあったのか……って、なんで僕の財布がここに落ちてるんだ……。
 彼女は両手で自分の肩をきつく抱き締めながら話しを続けた。
「その声……。私をここへ連れて来た男の声だわ。男がここを出て行く時にはうっすら意識があったの……。間違いない。どこかで聞いた事があると思ってた……」
 美樹の言葉に耳を傾けながらも、秋葉の目は財布に釘付けになっていた。
 あのメモ。手錠の鍵。どちらも誰かが自分の服に押し込んだのだと思っていたが、目の前にそれを否定する物が落ちていた。
「これは一体何なの? 私を助けた事にして恩を売るつもりだったの? 最低っ! あんたなんか最低だわ!」
 彼女の言いたい事は分かったが、秋葉の頭の中は疑問符でいっぱいだった。いくら考えても身に覚えはない。
 だって昨日は…………。
「…………」
 自分の行動を思い返そうとした秋葉の頭には空白だけが存在していた。昨日の出来事は何ひとつ思い浮かんでこない。いや、夜仕事をした後は覚えている。
 その前数日分の記憶だけがすっぽりと抜け落ちているのだ。
 必死に思い出そうと頭に手をやりながら、秋葉はいつの間にか床に座り込んでいた。
 頭を抱える秋葉の姿を見詰めながら、美樹は壁伝いになんとか立ち上がった。足は動きそうだった。
 そして横目で扉の位置をそっと確認する。
 今だ。今しかない。美樹は秋葉の横を擦りぬけると、外へ向かって走っていた。
「誰か、誰か助けてください!」
 彼女の声が地下に反響した。
 秋葉の携帯からメールの着信を知らせるメロディが鳴った。恐る恐る取り出してみれば、それはレンタカーショップからの確認メールだった。

 ***

 昨日の十五時過ぎ。秋葉は秋葉原でメモを見ながら買い物をしていた。
 喫茶Kの入っている建物の五階にあるビル管理会社での仕事が終わった秋葉は、一階まで下りて美樹の顔を眺めながら朝食を取ると、その後眠る為に一旦家に帰った。
 そして午後になってから、買い出しの為に再び秋葉原に出て来ていた。
 クッション、菓子、手錠……。買ったはいいが、思った以上に荷物が嵩張ってこのままでは身動きが取れなかった。仕方なく一度ビルの地下にそれらを運び込んだ後、レンタカーを予約する為にもう一度地上に出る事にした。
 翌日彼女を別の場所に移す為に必要だったからだ。

 美樹は仕事が終わると決まって通用口から出た所で電話を掛ける習慣があった。家の人に仕事が終わった事を連絡しているのだという。そういう事に厳しい親らしいのだ。
 彼女は人の邪魔にならないようにいつも階段を少し下りた所で話しをして、電話が終わるとビルを出て帰路に着いた。
 そんな行動を秋葉が知っているのも、ビルの監視カメラに映っている彼女の姿を眺め続けた成果だった。
 秋葉はそこを狙った。
 古いビルの地下には店舗は入っておらず、電気や空調の設備があるだけだった。そしてそこには使われなくなって久しい、見捨てられた部屋がある事ももちろん知っていた。
 設備、共用部分の管理、そして清掃。さらに会社は隣接するビルの管理も請け負っていた。
 自分を入れて僅か五人しかいない社員。出社すれば席を温める暇もない程忙しい業務が待っている。そしてその行動はお互いに嫌という程知り尽くしていた。
 もちろん監視カメラは設置してあったが、実際には映像など誰も見ていなかった。録画された映像は、機械が古いので僅か一日で上書きされてしまう。
 しかもやろうと思えば自分で黒く塗りつぶしてしまう事も可能だった。

 電話が終わった美樹を背後から襲って気を失わせると、秋葉はそのまま背負って階段を下り始めた。
 翌日が休みの彼女は、恐らく洗濯をする為に制服を持ち帰ろうとして、面倒なので上着を羽織っただけの姿で帰宅しようとしていた。
 途中で彼女の靴の片方が脱げた事には気付いたが、こんな格好で拾うのは無理だった。後で取りに戻ればいいや。そう思って秋葉は靴を残したまま、再び歩き始めた。
 前日に整理した小さな部屋は、隣で常に空調設備が唸っているお陰で多少の物音は埋もれてしまう利点もあった。つまり彼女が多少騒いだ所で、誰かに気付かれる恐れはないという事だ。
 床には二回に分けて運び入れたクッションが敷き詰めてあった。その上に彼女の身体を降ろした秋葉は、天井から床に三本伸びているパイプの一つに彼女の腕を後ろ手にくぐらせてから、手錠を嵌めた。
 灯台下暗し。今まで何の役にも立たない部屋だったけど、彼女を隠すのには最適な場所だった。
 後は時間を見計らって、彼女をもうひとつの家に連れて帰るだけだった。
 彼女は自分の物になった。やっと自分の物にする事が出来た。

 ----秋葉は彼女にとことん入れ込んでいた。
 毎日のように喫茶Kに通っては彼女の顔を眺め、話しが出来るタイミングを窺い、果ては後を尾行して自宅を突き止めようとまでしていた。
 熱い視線を送り続ける秋葉の事を、正直彼女がどう思っているかは分からなかった。
 ただ常連の客で、しかもビルの管理会社の社員なのだから、そう邪険には出来ないだろう。秋葉はそういう事まで考えて彼女に接していた。メルアドを教えて貰えたのは、そんな努力の結晶だった。
 でもそこで進展は止まった。
 メールは打っても気のない返事ばかり。もちろん誘いを掛けても乗ってこない。特定の恋人はいないと彼女は言っていたが、だからといって自分に靡いてくれる訳ではなかった。
 付き合ってくれるなら、どんな我が儘でも聞いてあげるのに……。どうしてこの熱い気持ちを分かってくれないのかなぁ?
 悶々とした日々が続くと、秋葉は彼女を抱き締めたくて堪らなくなった。そして彼女を手に入れたい衝動を抑え切れなくなっていく。
 彼女の行動。隠し部屋。移動先。必要な諸々。すべてが頭の中で結ばれた時、秋葉の凶行はスタートしていた。

 彼女の仕事がいつもより延びたせいで、秋葉の仕事の時間が迫っていた。今日もシフトは夜勤に当たっていた。そろそろ出社しないと引き継ぎに間に合わなくなりそうだった。
 せっかく彼女を手に入れたというのに、思うようにならない時間が恨めしい。
 でもこれからは彼女はいつも自分の傍にいる。明日は秋葉も休みだった。仕事が終われば時間はたっぷりとある。お楽しみは後に取っておこうと思った。
 愛おしい美樹の頬をひと撫でした秋葉は、せめて記念に写真を撮ろうと思い付いた。仕事の間もこの感動を味わいたかった。
 でも取り出した肝心の携帯は電池が切れてしまっていた。どうしようかと考えた末、彼女の携帯で写真を撮って、それを自分の携帯へ転送しようと思い付いた。会社に行けば充電は出来る。
 カメラでアイマスク姿の彼女を写真に収め、”メモ:記念”と打ち込んでから、自分の携帯に送信した。この部屋はダクトが地上に伸びているせいで、アンテナの棒が一本だけ立つ事に前から気付いていた。
 すでにタイムリミットが過ぎていた。
 美樹の携帯を持って行こうか迷い、一度ポケットに突っ込んでから、やはり見付かった時にマズいと思い直し、彼女から離れた所に電源を切って放置する事にした。
 その時財布が落ちた事に気が急いていた秋葉は気が付かなかった。そして秋葉の独り言を彼女の耳が拾っていた事にも……。
 つまらない事に時間を掛けたせいで遅刻は免れなくなっていた。携帯の電池が切れているのが、不幸中の幸いだった。
 慌てて部屋を後にした秋葉は、扉に鍵を掛けると、五階を目指して一目散に走り始めた。
「そうだ、靴……」
 思い出したのは階段を駆け上がっている時だった。頭は靴を取りに戻ろうとしたが、身体は急に止まれない。
 あっと思った時にはバランスを崩していた。足先が階段を捉え切れずに滑ったかと思うと、秋葉は声を上げる間もなく階下まで転がり落ちていた。

 ***

 地下二階で目を覚ました秋葉は、頭に出来た大きなコブを摩りながら起き上がった。
 頭の他にも腕や足に痛みがあったが、どこも単なる打ち身で大事には至らなかったようだ。手足を動かして大丈夫そうな事を確かめた秋葉は、よろけながら階段を上り始めた。
 地上に出た所で、明らかに不機嫌な表情の先輩が待ち構えていた。秋葉が出社しないので帰れないのだと気付いた。
 開口一番、遅刻を怒鳴り付けられた秋葉は、引き擦られるようにしてエレベータに乗せられると、そのまま仕事に追い捲られる事になった。
 腹癒せに次々と仕事を押し付けられた秋葉には携帯を充電する暇も与えられず、家に帰ると疲れて死んだように眠ってしまった。

 もはや破れたズボンのポケットから零れ落ちた鍵の事も、床に転がったままの靴の事も、そして自らが監禁した美樹の事さえ、秋葉の頭からは綺麗さっぱり消えて無くなっていた。

アキバ24h

アキバ24h

ポケットに入っていた見知らぬメモ。携帯に送られていた美樹の拘束された画像。彼女は拉致されたのか? それともイタズラ? 秋葉はメモを辿る事にした。

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted