ファンタジーゲームっぽい世界の話(仮題)~水槽の中の時空~
プロローグ~現代の非科学と魔法の箱~
プロローグ
蝉の声が聞こえはじめた7月下旬、ようやく『そいつ』が僕の元に届いた。
僕は『そいつ』の入った段ボールを開けるかどうか一瞬悩んだが、すぐに好奇心に負け、無心でガムテープをバリバリ剥がしはじめた。
段ボール箱の中、粉雪を模したようなしゃれた人工緩衝材にうずくまっていた『そいつ』は、ぱっと見にはただの球体であった。にぶい青色を放つ重金属のような素材で出来た、ドッジボールぐらいの大きさの球体だったが、手に持つと、意外に重たくはない。
『そいつ』の形状は、ほぼ完璧な球だったが、ただ一点、黒いコードが一本伸びている点が違った。おそらく電源用のものだろう。
とにかく、そいつは、その「用途」から顧みれば、大分奇怪な形状であった。
噂には聞いていたが、予想以上に興味をそそらない『そいつ』のみために僕は安堵した。
夏休みは始まっていたが、僕にはまだあと2日分、学校にいかなければならないタスクがあった。何のことはない。社会と数学。赤点だった科目の補講である。
「だからまだ開始(プレイ)しちゃ駄目なんだ。」と僕は自分に言い聞かせ、『そいつ』を元通り箱の中にしまい、ベッドの下にそっと隠した。
そう、『そいつ』とは、ゲームなのだ。
第0章~ 侵入口
二日後、僕は再び『そいつ』の入った段ボール箱をベッドの下から引きずりだした。数学と社会、(僕にとっての)人生の二重苦から(一旦)ようやく解放されたのだ。
もうひとつ朗報が。
どうやら、このゲームは「あたり」だったらしい。
というのも、一緒に試用ハガキを送った友達のモトキがさっそくtwitterのタイムラインから行方不明になったからだ。基本的に友人のモトキの行動はものすごくわかりやすい。ゲームに熱中している時だけ、twitterからいなくなる。そして、飽きたらタイムライン上に帰ってくるのだ。
多分あいつの家にゲームが届いたのも僕と同じ頃なのだろう。あいつはここ二日間、さっぱりつぶやいている形跡がなかった。
「それさ、どんな感じ?」と、僕はトモキにスマホでメッセを送ってみた。
返信を待つ間、僕はゲームのレビューサイトを携帯(スマホ)から覗いてみたが、まだどこにも書き込みはなかった。おかしいな、ゲーム廃人向けのβ版テストとはいえ、もうテストプレイ開始から2~3日経っているはずだ。クリアした人はいないのだろうか?
5分ほど待ってみたが、モトキの返信は来なかった。
…まあいい。それほど熱中しているのだろう。
僕はスマホをいじるのにも飽き、箱を開封し始めた。
そのゲームのタイトルは、『箱庭迷宮』という。僕の手元に届いたこれは製品化される前のβ版であり、300名限定の試用版だ。試用版は無料だと聞いたので、トモキと共に応募してみたら二人とも抽選に通ったのだ。トモキは骨折した時たまたま病院で知り合った女の子からこのゲームの存在を教えてもらったのだという。
二日前に開けた時は気付かなかったが、箱の中にはそいつ「本体」だけじゃなくて、よくみると一応、説明書が入っていた。よく見慣れた、ホチキス止めの薄い冊子だ。
こういうところは、従来型のゲームの仕様を踏襲しているようだった。従来型と言うか、むしろ古臭さすら感じられるハードゲーム仕様だ。かたや最先端のモニタリング環境を装備したそいつ「本体」と、漢字にいちいちふりがながふってあるような時代に取り残された小冊子。その組み合わせはちょっと珍妙な感じがした。
プレイ方法はいたって簡単、そいつ「本体」から伸びるコードを電源につないで、そして両手で握るだけ。僕の家は無線環境が整っているので、通信設定もとりわけ必要ではないようだ。
それでどうやってゲームをするのかって?
僕もこのゲームの噂を初めて聞いた時はそれを疑問に思った。確かに液晶ディスプレイといったものは付属していないし、最近よくみかけるようになった、振って操作するリモコン型コントローラというわけでもない。
もし、リモコンだったら、情報の送信先として、別のハードでできたゲーム機本体とディスプレイが必要だ。従来のハードゲームでいえば、テレビとか、パソコンのディスプレイを一時的に借りるというおなじみのスタイルである。しかし、僕の手元にあるそいつ(=箱庭迷宮)には、指示を出す先がない。つまり、こいつ自身が「本体」である。
どういうことか。そう、ゲームなのにディスプレイが要らないのだ。
ディスプレイの要らないゲーム機? 一体、それはどういうことなのか? それまでのテレビゲームの系譜からはこんなものが考えられただろうか。
実は、考えられはした。
むしろ、誰もが一度は夢想したことがあるスタイルではないだろうか?
電源スイッチを入れると、目の前に3次元のヴァーチャル空間が現われ、それに呑みこまれたようにプレイヤー自身も感じ、その架空世界に混在するヴァーチャル・キャラクター達と一丸になって、冒険し、戦い、大切なものを守る…といった夢のゲームを。
そう、それなのだ。
誰もが考えはしたような凡庸な発想、しかし、技術が追いつかなかったから、実現できなかったそれなのである。
この何の変哲もない球体に、電源を入れてから両手を置くと、球体内部の回路から微弱電流が流れ、僕の脳内物質と共鳴が起こり、そういった誰もが空想した夢のような世界が映し出される…らしい。説明書にはそう書いてあったが、いまいち僕には実感が湧かなかった。というかこの時点で実感が湧いてたらそいつはただのキチガイだ。
また、説明書には、この球体はアラジンの魔法のランプのようなものなのだとも書いてあった。その例えも妙に古臭くて的を外しているように感じられた。おそらく制作者の世代は僕とはあまり近くはなさそうだ。
僕はとりあえず、説明書に描いてあるようなフォームを真似てそいつに手を置いてみた。もちろん、電源はまだ入れていない。
妙に見覚えのある感じだ、と思い返してみると、そうだ、これは占い師が水晶玉に手を置くスタイルに似ている。しかし、その割には、僕の手にした水晶玉は透明ではなく、放つ光沢は鈍い。
その鈍く光る曲線を見ながら、僕の今まで抱いていた懸念は確信へ変わりつつあった。こんなものがゲームなわけがない……と。
どうしてあの時、一か月前、「ヴァーチャルゲーム・箱庭迷宮Ver1.0」テストプレイ参加への応募はがきなど送ってしまったのだろうと思った。300名限定のテストプレイと言うから、ついその言葉につられてしまった。モトキにそそのかされたとはいえ僕自身も相当浮かれていた。選民にでもなったつもりで、気でもおかしかったに違いない。
そういえばモトキ、あいつはどうしただろう、と携帯(スマホ)のアプリを見てみる。驚いたことに返信はまだなかった。夏休みのあいつに、30分も返信ができない用事があるのだろうか。と思ったが、そうか、ゲームに熱中しているのか、と思い出した。
やはりこれはちゃんと動作するゲームなのだろうかと、目の前の球体としばし見つめ合ってから、僕は、いったん左手を離してそいつのコードを部屋の隅の無表情なマークにはめ込んだ。電源スイッチはないので、これで実質的には準備完了となる。
そして僕は、左手を球の左半分に添えた。
その時、『ゲームスタート!』という声が脳内に響き渡った。
その透き通ったあまりにも鮮明な響きに、僕はおののき、球体を取り落としそうになった。しかし、球体は手から落ちたりはしなかった。静電気で指先にくっついてでもいるのだろうかといぶかしんだのも束の間、そいつはきらびやかな生彩を放ったかと思うと急に輝きだした。
その輝きはどんどん明るさを増してゆき、目も眩むような光の輪を放ったかと思うと、今度は僕自体がその白い輝きの内部に取り込まれていった。
きらめくばかりの真っ白な空間が僕の周りを包み込む。白い空間の中、螺鈿のようにきらきら瞬く無数の光の粒子に包まれ、僕の中で言葉に表せないような高揚感が込み上げてきた。手元を見ると、そこにあるはずの球は、その眩さによって輪郭すら曖昧になってきていたが、僕はその内部に何か黒曜石のような異質な輝きがあるのを見つけた。
その刹那、僕は、球体内できらりと一瞬光った黒い何か―それはまるで水面に映ったナイフの切っ先のような鋭利で力強い輝きを持った――に心を奪われ、そして、吸い寄せられるように、そいつのなかに……ダイブした。
その一連の流れはほんの一瞬のことであった。
僕は幾何学模様のデジタルデータの渦に飲み込まれた。0と1の、単調な二種類の記号が連なり、不思議な形状の黒光りする幾何学模様となって、僕の前後左右で渦巻いているのであった。僕はそれを『時』そのものなのではないかと感じた。なぜそう思ったかはよく分からないけれど、時を制するもの。各々の『時』が流出しないように、閉じ込めているのではないのか。そして、見たことがない世界なはずなのに、どうにか、懐かしい感じがした。
その暗い空間の中で、僕はぼんやりと浮いていた。あるいは落下していたのかもしれない。いずれにせよ、周囲で渦巻く黒い潮流は、僕には何の作用も及ぼさなかった。それらの溢れ出てくる黒い流れは、僕の周りに来ると避けるように分岐し、あっさり過ぎ去ってしまうのであった。
その異質な空間に呆然としていた僕が我にかえった頃、突如、耳元で電子音がした。聴き慣れたビープ音である。
僕は、はっと思い出した。これはゲームであり、心像空間などではないのだ。
ビープ音の後に、チャルメラのようなチープでカリカリした音質のファンファーレが鳴り響いた。これも聞き覚えのあるものだ。レトロゲームでありがちな、荘厳風なメロディーがチャチな音質で奥行きのある空間に鳴り響く。
すると、それを合図に、目の前に巨大な四角いスクリーンが現れた。
僕は、これがゲーム開始前の設定選択シーンであるのだとわかった。その巨大なスクリーンに映し出されたいくつかの選択ボックスは、今まで慣れ親しんだ初期設定画面そのものだったからだ。もちろん、この、途方もない大きさのモニターで見るのは初めてだったが。
『箱庭迷宮Ver1.0へようこそ』
と、そのモニターの上方から声がした。モニター自体には相変わらず何も映っていないままだ。無機質な声が僕に呼び掛ける。
『プレイヤー様、お名前をよろしいでしょうか?』
僕は口を動かして答えた。
「ヨシキ」
すると文字「ヨシキ」が目の前のスクリーン中央に映し出されて、表示が切り替わる。
『プレイヤー名、ヨシキ 様。こちらでよろしいでしょうか?』
あ、プレイヤー名のことか、と思った。そうだ、ここはゲームの一シーンなのだ。僕はそう思いだしてあわてて、モニター左下の「いいえ」をタッチする。
『もう一度、お名前をよろしいでしょうか』
「レイビス」
僕は僕にとってなじみのあるプレイヤー名を発音した。今まで何度も使ってきた名前だけれども、こうやって口に出していうのは新鮮味があるというか、違和感があった。
『プレイヤー名、レイビス 様、こちらでよろしいでしょうか』
もちろん。僕は、今度は画面の右下の「はい」と書かれたボックスをタッチした。
すると、モニターの画面がまた切り替わった。今度は真ん中の方が、鏡のようになって僕が映っていた。先ほど家にいた普段着のTシャツのままだった。
『装備選択に入ります』
先ほどの無機質な声がかかると、僕の服装が変化した。正確には僕のTシャツの周りを外からファンタジー風の鎧が覆った。
モニターの右側には別のいくつかの装備が表示されていて、それをタッチすることで、装備を選べるシステムらしい。
僕は、いくつか試したのち、一番しっくりくる色合いのものを選んだ。少し赤みがかった鈍色の光沢をもつ金属製の鎧で、一応、短いながら肩からマントもついている。モチーフとした職業はきっと勇者見習い、といったところだろう。腰にはいくつかのポケットのある革製のウエストポーチと、気休め程度の短剣がくくりつけられていた。
『レイビス 様の身体条件を変更しますか?』
「身体条件?」
するとモニターに鏡となって映っていた僕の顔が変化した。顔だけじゃない、身長も伸び、体格も多少変化したようだ。
見たこともないようなファンタジーゲーム風の国籍不詳の優男が目の前に映っていた。
『身体条件の設定では、装備と同様、プレイヤー自身の身体的特徴――髪型、顔、身長、体格、性別など――もデフォルトのパーツを組み合わせて選ぶことができます。』
なるほどこれは気持ち悪い。
僕はすぐさま「いいえ」ボックスを押した。
僕の顔は元に戻った。
『それでは、準備はよろしいでしょうか。』
僕は、うなずいた。
再びモニターの画面が切り替わる。
設定選択画面は終了したのだろう。今度は、ボックスの中が黒塗りの闇になった。ただ一つ、中央に大きく描かれた文字を除いて。
僕はその文字をそっとタッチした。
「ゲーム・スタート」だ。
すると、漆黒の闇が僕の体内に溶け込んでゆくのを感じた。
第一章 VS竜魔王 01(vs巨大芋虫)
気がつくと僕は草原の上に臥ていた。うっすら目を開けると、眩いばかりの太陽が目に入り、頭がくらくらした。ぼーっと空を仰ぎ見ると、頭上でひつじぐもを横切る鳥の群れが見え、息を吸うと新鮮な草の匂いもまざってきた。
初夏の昼下がりの日差しにまどろみながら、僕は一体何をしにきたんだっけと思ったが、すぐにどうでもよく感じて、再び、横になって惰眠を貪ろうとした。
「ねーるーなー!!!」 耳元で大きな声がしたかと思うと、体にすごい衝撃が加わった。痛みはなかった。僕がぎょっとして目を開けると視界を最初に占拠したのは、……大きな太もも。
「もー、いままでいろんな人見てきたけど、二度寝する奴は初めてだよっ!」
あきれたような声が聞こえた。上へ視線をやると、声の主は同じぐらいの年代の女の子だった。
闊達そうな少女だった。長く伸ばした黒髪を上の方で束ねており、胸部には武具を纏っていた。武具は硬質でいかついデザインのものだったが、その割に、関節の所などところどころが割れており肌がよく露出するような造りだった。一体、護りたいんだか晒したいんだかよく判らないような装備だと思った。あるいはどうしようか迷っている途中か。他がごついだけにそこから覗く素肌がまぶしい。
「あ……え」
「きみ、起きるの遅かったねえ。このぐらいのワープに耐えられないなんて、今後の戦いが思いやられるわー」
「たたか……い?」
僕がそういうと、少女はあれ? という風に首をかしげて言った。
「きみ、箱庭迷宮ってゲームプレイしに来たんじゃないの?」
「ああ……そうだった……」
てことは、ここは、ゲーム世界?
「ははーん、このゲーム舐めてたんっしょ」
少女が馬鹿にしたような声で言う。
僕は飛び起き、改めて周りを見回した。とても造りものの世界と思えないほど、リアリティを伴った世界だった。澄んだ空気が心地よい。
「ほんとに……?」
僕の、意味を伴わないつぶやきに彼女はなぜか呼応する。
「嘘だと思っても構わないけれど……と言いたいところだけれども、嘘だと思われちゃかなわないなあ。」
「何が……?」
「ん……まあ、いろいろとこちらの事情があってね」
なんだこいつ、同じぐらいの歳の癖に偉そうなと思ったが、そもそもこれがゲームだとしたら、見た目通りの歳だとも限らない。第一、彼女は僕と同じようなプレーヤーなのか?なんていうか、僕と装備が違いすぎる。第一ステージのものにしてはガッチリしすぎているのだ。それに、使用者の腕にすっと収まるように馴染んだ剣の柄。そして使い古されたような鈍い光を伴う刃。そういったものっていうのは、どちらかといえば古参の戦士が持っているイメージだ。しかしこのゲームはまだ未公開のβ版である。そんなやりこみをする期間はないはずだ。
かといって、彼女はゲーム内の架空(デジタル)な存在なのだろうか。それにしては先程からのやり取りや仕草が……。
「あ、いっとくけど、あたしきみみたいな一般プレーヤーじゃないから」
それを見透かしたかのように少女が言った。何が面白かったのか、少女はにやっと笑った。
「なんで……って顔しているね、そりゃあ、あたし、きみらの思考読めるからね」
僕は引き攣った。
「嘘だよ。今までここでこうやって何度も案内してきたんで、同じこと何度も聞かれたからさ」
「何度も案内……別のプレーヤー達?」
「そっ」
「その人達は、……いまどうなっ……」
少女はもう僕の話は聞いていなかった。彼女は向こうを向いて、遠く空を仰ぎ見ていた。
「……来た!」
空の上に黒い点があらわれた。はじめはただの黒い点だったが、次第にそれは鳥の形を帯びてきた。どんどんこちらに近づいてきているようだ。
「なにぼけっとしてるの、はやくいかないと」
「え」
少女は僕の腕を強引に引っ張る。
「うかうかしていると、鳥爆弾(バード・ボマー)の熱烈な歓迎をうけちゃうよ!」
「鳥爆弾……?」
そう言いかけた時、地面が揺らいだ。
ものすごい爆風がこちらを襲った。
「ちょっと、ここでゲームオーバーとか、流石にはやすぎるってば!」
甲高いつぶやきが高速で耳元を流れた。そして、その時、僕の身体に妙なことが起こった。
ふっと身体がもちあげられる感触。そして鋭い物が空を切り裂く音。目の前にあるのは空。
そして、着地、地面の感触。草むらに投げ出された。
「ってて……」
身体を起こすと、何か温かいしぶきが身体にかかった。手元をみると、それは血のように紅い、粘着質の体液だった。
目の前で少女が立っている。手には、血ぬられた武器。
僕は、ようやく何が起こったことを理解した。
少女の向こう側には2メートル大の巨大な鳥。僕や武器にかかったものと同じ色の体液が流れ出ている。
情けないことに、僕は少女に抱えられた挙句、彼女に怪鳥を撃退してもらってたらしい。
もっと情けないのは、そのあと、僕の口から飛び出した言葉のほうなのだけれど。
「こんなゲームだなんて……きいてないよ?」
少女は向こう側を向いたままいう。
「うーん、まあ、ちょっとグロいかもだけどー、君、一時期全国で流行った、モンスターを狩って皮はいでいくゲーム、知らない?」
「え……そりゃ、知……」
「ま、ほら、そういうゲームだからさ。しかもこっちは皮はがないし」
全然違うと僕は思った。彼女がさっき言ったのは、ゲーム機の中でモンスターと闘うやつだ。まさかこんなリアルな感じで、僕自身が身体を動かしながら、ふっ飛ばしたり吹っ飛ばされたりしながら闘うだなんてのは予想外だった。いや、やってみたかったけどさ……。あらかじめ箱庭迷宮がこんなゲームだなんて知ってたら多分僕はハガキを出したりしなかっただろうと思う。
ていうかどこが箱庭だよ。ぜんっぜん狭くない、青い空、広大な大地、じゃん。
不満たらたらでうつむいていたら、ふと、僕の装備に付着した返り血がさらさらと溶け始めたことに気付いた。僕が服をパタパタしていると。少女が何事もなかったように言う。
「あ、知らなかった?ゲーム内時間で5分たったら消えるんだ、それ」
血と同時に巨大な鳥も小さなデジタルな砂の破片となって消えてゆく。
武具から血が雲散したのを確認してから、少女は武具を丁寧にしまった。
そして、少女が大掛かりな動作で、こちらへくるりと振り向いた。
「まっ、そういうわけで、ゲームですから、これ。元気出していきましょ」
最高ににやけた顔だった。
僕はとんでもないところに来てしまったと思った。
そのあと僕らは、あまり広くない山道を一緒に降りて麓の町に向かった。こう書くと、まるで僕らが話し合って決めたみたいに思えるが、何のことはない、少女の指示に僕が従っただけだ。彼女はそれを案内と呼ぶが、僕には一方的な命令にしか聞こえなかった。しかし、抗う気は微塵にも起きなかった。彼女は間違いなく強くて、そして、この世界は、怖い。
少女は、僕の少し先を、慣れた足取りでざくざく歩いていく。僕は木々の隙間からさっきみたいな巨大なモンスターが飛び出してこないか気を配りながら慎重に、――ああ、慎重にだ、断じて怯えていたわけではない――歩を進めていた。
たまりかねたように振り向いた。
「おっそいなー。そんなびくびくしなくて大丈夫だよ。ここ、まだモンスターでないから」
「びびび……びくびくなんてしてねえよ!」
僕自身だって、そういう発言がびくびくしていることの証左になってしまうのは、わかっている。が、やっちまった。やっちまったことにはしかたない……。
まあ、ここではモンスターが出ないことが判ったのはよかった……。
なるべく素知らぬ体をして、僕は彼女のもとへ駆け寄った。
「……おぅ」
「まあ、きになさんな。最初はみんな、そんなもんさ」
それで慰めたつもりなんだろうか。そんな発言を、同年代ぐらいの女の子に言われたら余計身にしみるじゃないか。いや、むしろ、わざとか……。
木漏れ日が心地よいきれいな景色の中で、足元の小石ぐらいしか障害になるような物がない、なだらかな道を下りながら、なぜ、僕はこんなみじめな思いにならなければならないんだろうか、と、僕の小汚い部屋へ思いを馳せた。普段モニター越しにゲームしているときの爽快な気分とは、程遠い、リアルに体感できるってこういうことかとつくづく思う。ていうか、そもそも、こちらのステージに放り込まれた後、いっさい装備の説明とかなかったよな?この少女は案内人とかそういう役割とかじゃないのか?いくらなんでも、ちょっとずさんすぎやしないか?
僕は少し前を行く彼女にさっきからずっと抱いていた疑問を訊ねてみた。
「てかさ……君は誰なの」
「ん?」
「……自己紹介とかしてなかったよね、ほら、職業とかさ」
「ああ、そーね、あたしはミナモ」
「ミナモ?」
一瞬、そんな役職名がRPGにあっただろうかと考えた。
「ん、名前。そんな変だったかな……で、あんたは、えーと」
言いながら少女は何か指で長方形の窓を作って僕の方を覗いた。少女の指の間に薄いディスプレイのような物が作りだされた。
「ん、ああ、レイビスっていうのね」
そして改めて僕の顔をまじまじと見た。
「レイビスう……?」
呆れたような眼で見てくる少女。ああ、これぞまさしく「見下されている」っていう表現がふさわしい感じ。
「な、なんだよ」
「レイビスなんて柄じゃないなあって……太郎って感じじゃん」
「うるさいな、ゲーム中ぐらい、いいだろ。強い男になりたかったんだよ」
「あーはいはい、レイビス君ね。わかったわかった」
なんか完全に舐められている感じ。でも、そういえば彼女は一般プレーヤーじゃないって言ってたよな……。もしかしてそういうウザカワ系のキャラ付けされた登場人物なのか……。
「え、だって、それ、地の身体じゃないの?」
「地の身体?」
「選択画面で美麗なプリセットのキャラとか選ばなくて自分のままかってこと」
「うん」
「でしょー?じゃ、やっぱ変じゃん、そういうかっこいい系のカタカナ名で呼ぶの!このジャパニーズ平たい顔族くんっ!」
最高にうざいぞ。なんなんだこいつ。
ミナモはお構いなしにつづける。
「でも、それならしゃあないな。最初は上手くバトル出来なくても」
「そういうもんなの?」
「だってほら、自分の身体は一から鍛えていかなきゃなんないからさあ、うーん、最初からパラメーター調整してあるプリセットのように、手っ取り早くはいかないよね」
「そんなの知らなかったよ……」
僕は、ミナモの方はどうなんだろうと思った。さっき見た彼女の機動力はすさまじかった。アクロバットな跳躍。無駄のない身のこなし。彼女の言うように、自分の地の身体だと闘うための難易度が高くなるとしたら、やっぱり彼女は架空(ヴァーチャル)の映像として投影された存在なのだろうか。
僕は少女の横顔の造作を盗み見た。美麗ゲームのメインヒロインにはなりえない顔だが、しかし、選択画面のモブっぽい方・朴訥な顔の東洋人サンプルの1つには合ってもおかしくないぐらいには愛嬌があって整っていると思った。プレーヤー自体はおっさんなのかもしれない
「じゃあ、君は?」
「んっ?」
ちょっと機嫌を損ねたらしかった。
「あたしのことなんか聞いてどうかするの?」
「どうもしないけどさ、……なんかアンフェアじゃん、君は俺のこといろいろ詮索していいのに俺は君のこと聞いちゃ駄目なんて」
「どうもしないならいいじゃん。だって向こうではあたしは君と会う機会なんてないんだし」
「向こうって」
少女がばつが悪そうに頭をかきあげる。まるで、ここでは忘れていたかったのに厭なことを思い出させたな、みたいな感じだった。
「現実世界、リアルな空間」
「あっ……君は、やっぱり人間だったんだ」
「え、ゲームのプログラムかなんかだと思ってたの?」
「思ってなかったけど、もしそうだったらやだなって思ってた」
「なんだ、その程度の個人情報、ならべつに」
少女はふっと口元を緩める。
「普通に人間だし、まあ性別も女だよ。学生。ま、中身はおっさんだけどね」
「おっさん……?」
「部屋きたないとかつまみがすきとか」
ああ、そういうことか……。
「それなら、なんとなく想像つくなあ」
「あらあ、出会って一時間で私生活が想像つくだなんて、それはすごい洞察力ですこと」
急に、演技かかった口調になるミナモ。どう考えても馬鹿にされているとしか思えないが、ここで顔を赤らめて焦ったりしたらそれこそ相手の思うつぼなので、僕は極力冷静に耐える。
「だって、君も、向こうと同じ、地の身体なんだろ……?」
「さあー、どうだかね」
ミナモが満面のニヤニヤした笑みでいう。さっき一瞬だけ見せた素直な表情は、どこへいったものか。
道なりに山を下っていくと、少し開けたところに出た。目の前にはひざ丈ぐらいの雑草が一面に生い茂っている。どうやら草自体には毒があるとか、奇妙な香りがするとか、そういう怪しげな仕組み(トラップ)はなさそうだ。ところどころ、草のあいだを縫って、三十センチほどの幅のスキマがあり、そこは土が見え、小石で軽く舗装されていた。そこが通り道にできるということなのだろう。僕は、小学校のころ好きだったコーン畑の人工迷路を思い出していた。
ふと、ミナモが開けた草原の入り口にて僕を手招きした。いってみるとミナモの前に、あまり大きくない看板があった。
「押してみ?」
ミナモに言われる通り、僕が看板の中部にいくつかある四角いエリアのうち一つを押してみる。すると、看板の向こう側に妙ちくりんな恰好をした人物が飛び出した。
「わあ!」
僕が驚いてよろけながら後ずさると、ミナモが腹を抱えながら笑っている。そんなに爆笑することか、いや、確かに声裏返ったけどさ。
看板から飛び出した人物は、僕が苦手な感じの、ピエロみたいな恰好をしていた。性別すらはっきりしない、ただただ無表情で気持ちの悪い感じだ。
焦点のあってない目で、どこか遠くを向いて棒立ちしている。
僕がおそるおそるそいつの顔を見上げると、一瞬、目が合い、その瞬間、ガッとそいつの口が開いた。正確には顎が垂れ下がった。くるみ割り人形のみたいに。
「ヨウコソ、箱庭迷宮ステージ1、迷いの草叢(クサムラ)、へ」
今度は驚いてやらないぞ。いや、ほんとは喉元まで変な声でかかってたけど、僕はこらえた。大丈夫だきっとばれてない。
隣のミナモはなれた顔つきで欠伸をしている。……ほんと何なんだこいつ。
そいつは、顎をカクカクさせながら、――ただそこだけを動かして――ぱらぱらと抑揚のない声で喋り続ける。
「ココカラハ、新モンスター、『キャタピルラー』ガ出現。汝、オオイニ警戒セヨ」
機械音声が途切れた。話し終えるとそいつは口を閉じ、突っ立ったまま動かなくなった。
「なにこれ……」
「案内人。ゲームのところどころでヒントをくれるやつ。今後もいろんな所でさっきみたいなボタンを押すと出てくるよ」
そういって、少女はさっきの看板の四角い模様を指し示す。
「案内人って、君じゃないの?」
「あたし?あたしは気が向いたら、プレーヤーさんにアドバイスしてあげてるだけの一プレーヤーだよ?任意任意~♪」
「え……そうなん……」
でもさっき、自分で一般プレーヤーじゃないとかいってたような……。ますますわけがわからなくなって来たぞ。
「あたしが説明してもよかったんだけどね、折角だし、やってもらおうかなーって思ったの。最初の山の上の看板も飛ばしちゃったしね」
「最初んところに、看板あったんだ……」
「そうそう、看板のこっちのボタンを押すとね」
ミナモがさっき僕が推したのとは違う、緑の四角の模様を押すと、今度は目の前に半透明のテレビスクリーンが飛び出て来た。
『キャタピルラーは、リンシ目をモチーフにしたモンスターであり、ドロップキックや打撃レベル1攻撃で撃退できる初級モンスターである。このゲームの入門者へは、戦闘のいい訓練になるだろう。』
スクリーンにはモンスターに矢印が描かれている簡易な図と、それに伴う説明文があった。ちょっと難しい感じにはふりがなが降ってあり、ゲームの攻略本とかで僕には見慣れた雰囲気の画面だった。図を見る限り、そのモンスターは、はちょっと派手なだけのただの芋虫のように見えた。
ゲームのステージとか、バトルとかルールとかの説明一切なくて変だなと思っていたけれども、僕が見逃していただけだったのか。そりゃそーだよな。そんな不親切なゲームあるわけない。ていうかなんでミナモはそれを言ってくれなかったんだよ……。
「あんまり強くなさそうだな」
僕が指で画面をスクロールしながら説明文を読んだ。成程叩いて蹴るだけか。手元の短剣でも十分戦える、ってある。これならなんとかやれそうかも。
そう思った矢先、僕の視界にふっと、ある一行が目に入った。
『体長…2.5m』
僕の頬が引き攣った。
それを見計らったかのように、ミナモが再度看板に手を伸ばしたのが視野の隅に見えた。呼応したようにスクリーンが消える。
「とゆーことでっ」
ミナモが僕の肩に手を置く。
「うふふ。ここから、おまちかねのモンスターが出るよ」
耳元でささやく声がニヤニヤしていた。十分少女の表情が想像できたので、当然、僕は目をそむける。
「きぃ~みはこのせかいに~なあ~にしにやってきたのかなあ~?」
「……ゲーム」
「さあ、いきましょお!」
ミナモが僕のぐいと手をつかんで引っ張った。
僕にとって、人生で初めて女の子に手を握られた瞬間なはずなのに……くそ。全然嬉しくねえ。
ミナモが僕のぐいと手をつかんで引っ張った。
僕にとって、人生で初めて女の子に手を握られた瞬間なはずなのに……くそ。全然嬉しくねえ。
僕は、ミナモに引っ張られたまま、雑草の間に突入した。ただし、彼女が握りしめているのは、もう、僕の手ではなくてシャツの袖である。
「いいかげん、離してくれよ……」
「だって、なんか離したら逃げちゃいそう」
「ににに……逃げたりしねえよ」
きっと、さっきスクリーンにあった2.5mという文字は、2.5cmの見間違いだったんじゃないかと僕は思うことにした。
「……ん。じゃっ、離す」
そういってミナモが勢いよく僕の袖を放り投げる。さっきまで、ぐいぐい引っ張られていた反動で、僕は反対に転びそうになった。
慌てて出した左足が、地表面に半分顔を出していた木の根っこみたいなものを勢いよく踏ん付けた。その瞬間。
僕の目の前に巨大な芋虫が地面から突き上げて来た。
「ぎゃあああああああああああああーーーーーーーっ」
我ながらとても悲鳴らしい悲鳴だったと思う。横幅80cmぐらいの巨大な幼虫の頭部とにらめっこする状態になってしまった。それも滅茶苦茶リアル。しかも体色は化学薬品みたいなグリーンの上にどぎついパープルの装飾模様まで付いている。
そういえば、今まで忘れていたが、僕は虫の類が苦手だった。とりわけ、うにょうにょした奴が嫌いだ、幼虫とか環形動物とか。派手な色をしたやつは、なおさら。
こいつは全部を兼ね備えている。完璧だ。オール5だ。
「ふああ。まあまあ、皆驚くけどさあ」
ミナモは、突っ立ったまま欠伸をした。余裕……余裕すぎる。
「なあに、ただの芋虫だよ」
「ただの……じゃねえよ……でけえよ」
「まあ、「でけえ」けどさ。でかいだけじゃん。大丈夫大丈夫、あんまり動かないし」
「大丈夫って……何が」
「うーん、じゃあ、最初はあたしやってあげるから、お手本。見ててよ」
言うなり少女の目に急にきりっとした光が宿り、さっと腰から短剣を取り出す。さっき使用していた長い剣とは別の、銀色のきれいな短剣だ。
そして、その場でうごめいている芋虫にすたすたと近寄っていく。ミナモは、芋虫のつい鼻の先に立った。
僕が小さく叫ぶのと、ミナモが短剣を芋虫の中央に突き刺すのは同時だった。
芋虫は、その場で身体を小さく揺り動かし、そして、ぷしゅう、と小さな音を立てて動かなくなった。
「ほいほい、みたみた?今の。簡単簡単」
ミナモがくるっと振り向いて戻ってくる。手にはいつ引き抜いたのか、さっきの銀の短剣が。
「じゃあね、次は、君の番」
ミナモは手に持った短剣を僕に掴ませて言う。
「へっ?君のじゃないの」
「あたしは見物~♪」
そういって、ミナモは足元を勢いよく踏みしめた。木の根みたいなものが割れる音がした。
ドオン!
今度は僕の右手に、さっきと同様の芋虫があらわれた。
「ひゃああああ」
「おうおう、さっきよりは悲鳴が小さくマシになったじゃん!」
褒められているんだか貶されているんだかよくわからない声援とともに、僕の初バトルが始まった。
芋虫は確かに大きくてグロテスクだったが、地面から飛び出したところでずっと蠢いていて、その位置から動かないようだった。
「これって、もしかして動けないの?」
僕がミナモの方を振り返ってきくと、ミナモはクイズの効果音のような声を出した。
「ピンポン!大当たり―。だから言ったでしょ、レベル1の雑魚モンスターだって」
そうとわかれば、話ははやい。僕はほっと胸をなでおろし、巨大な緑の顔と対峙した。
紫のふちでかたどられた、模様のフェイクの目と、黒くて小さい本当の目、四つの目が僕らを睨む。
いや、目などではない。デジタルデータだ。
僕はさっきミナモがやったようにそいつに近寄った。
ギャァ。と怪獣らしいい声をそいつはあげ、身体をぐっと持ちあげた。
今だ。
そいつの頭部が僕の顔の前に来た瞬間を見計らって、僕は深々とナイフを振り降ろした。
僕の腕は、低反発クッションを果物ナイフで切っているかのような感覚に見舞われた。
そして。
ビシャァ!
デジタルデータの体液が飛び散った。
目の前で、その巨大な芋虫は崩れ落ち、ぷすぷすと小さな気泡のような音を発しながら小さくなっていく。
「やった……やったぞ
なんとも言えないような高揚感。
冷静に考えてみれば、僕は、ただ目の前にもぞもぞしていた襲ってこない風船のような物に、一方的に大きな針をぶっ刺しただけだ。とてもバトルといえるような代物でないが、それでも僕は嬉しかった。
「おめでと」
振り向くとミナモが笑顔で立ってた。お世辞だと思うけど、それでも嬉しかった。軽く礼を言いながら、僕は単純馬鹿だと改めて自覚した。相手はさっきから散々僕のことを見下し馬鹿にしていた相手だぞと思ったが、それでも戦績を褒めてもらえるのが嬉しくて、感嘆詞が多めの言葉を高揚した時特有の饒舌な早口で連ねた。
ミナモはニコニコしながら、うんうんと頷いている。
「ふふ。いい笑顔だね
そういって、ミナモが声を張り上げた。
「そんじゃあいくよぉ!」
何がだよ、と思った瞬間、ミナモはポンポンとあたりを飛び跳ねていった。ミナモが着地する度に、パキパキとさっき聞こえたみたいに木の根が割れる音がした。
そして。
ドン!ドン!ドン!と地鳴りのような音がし、さっきのような芋虫モンスターが至る所に出現する。
「おい……もしかして……」
「ん?」と何事もなかったような顔をして、少し遠くのミナモがこちらを見る。そして、一瞬のち、彼女は小さなジャンプをして足元を踏みしめた。パキ、とまた割れる音。そして、
「おいおい……」
地鳴りのような音とともに、またに一体のキャタピルラが出現した。
僕は、やっと仕組みに気付いた。木の根っこのようなスイッチを踏むと出現する手動式モンスターだったとは……。
「そう!一回成功体験ができたら!あとは練習あるのみ!頑張ってねええええ!」
ミナモが楽しげに叫んだ。
「俺!こういう虫!苦手だって言っただろおー!なんで増やすんだよ!」
僕はすでにだいぶ遠くまで飛び跳ねていってしまったミナモに叫びかえす。
しかし、ともかく、このモンスターは倒し方が解ってるから大丈夫だ。ちょっと数は多いけど、その場から動かないのが判っているのも心強かった。
一体、さっきのようにナイフを突き刺す。軽く泡が飛び出る。そしてさっきのように、虫がすぼむはずだ。
はっと何かに気づいたように、遠くでミナモがなんか言った。でも、その声は遠くて、何を言ったかまで僕には聞きとれなかった。
案の定虫は地面につぶれ、すぼんでゆき、そして動かなくなった。完了。
そして、小さくなった虫の向こう側を見ると、おかしいことに、遠くの虫のサイズがどんどん巨大になっていた。いや、……違う。こっちに近づいてきているのだ。
「あ」
僕は一瞬、感覚と理性が同時にマヒしてその場で全く動けなくなった。
「動かないんじゃ……なかったっけ……」
かろうじて、口が僕の思考を体現した。だが、喋ったところで、相手はモンスターだ、意味は無い。
どんどんこっちへ近づいてくるキャタピルラ。スピードはよくわからない。あんまり速くはなさそうだけれども、それでももしかしたら人が走るのより速いのかもしれない。
頭は大分マシになってきた。
でも、僕は動けなかった。
実はそいつはすごい速かった。車でいうとトラクターぐらい。
気付いた時にはもう遅かった。
あ。轢かれる。
そう思った瞬間、やっぱり僕の身体は跳ね飛ばされた。
少し身体をあげて、ふと見ると、僕の真横を芋虫が通り過ぎているところだった。
盛大に跳ね飛ばされたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
そして、隣にミナモが立っていた。
「ふう」
ミナモが振り向く。長い方の剣の柄を握っていた。
「よかったよかった。今のは割と危なかったねえ」
「あ……ああ」
「ごめんごめん、ついあたしうっかりしててさ。紫のやつだけは、獲物めがけて突進してくるんだ」
うっかりしすぎだろう。はやく言え。
「といってもね、直進しかできないやつらだから、こうやって闘牛士みたいに受け流したら大丈夫なんだけどね」
ふと、周りを見渡すと、緑なのにぞわぞわしているキャタピルラがいた。妙だなと思いよく見ると、その向こうから別の紫の体表が見えた。どうやらそいつらがぐいぐい押しているらしい。
「こっちめがけて来てる……?」
僕がミナモに確認すると、ミナモはうんと頷く。動くやつは何体かと小声できくと、彼女は四と指で示す。
「それ、倒せる……?」
「正攻法だったら、今の君の実力じゃ、厳しいかもね」
「そんな……」
「正攻法だったら、って言ったでしょ」
その間にも、後ろから押されている緑のキャタピルラが四方からじりじりと近づいてくる。身体をよじり、ねじあがる幼虫の高さは、人の背丈よりも大きい。
「いい?足」
ミナモは自分の左のブーツを指さす。そして、その足で軽く地面を踏みしめる仕草をする。すると彼女の左足は反動で少し浮きあがった。
僕もその様子を真似した。確かに、足を踏みしめると、反動で突き上げられる感触がする。まるでブーツの先にスプリングがついているみたいだ。
そして、ミナモが言った。
「これで、跳ぶの」
じりじりと芋虫の壁が迫っている。
「跳ぶ……」
「モンスターの、向こう側」
ミナモが、草原の遠くのほうを指さす。
そんなの無茶だと思った。
「キャタピルラは後ろに下がれない」
ミナモが僕の目をまっすぐ見つめた。
―――じりじりと緑の壁が迫る。
目があう。
僕は、頷いた。
「さあ!」と小さく気合を入れて、ミナモと、そして僕は同時に地面を強く蹴りとばす。
僕らの身体は高く跳ね上がった。一瞬、下の草原と芋虫の様子が俯瞰で見渡せた。上から見ると緑の芋虫の団子は円のようになっていた。周りに紫の芋虫が連なって、それは、グロテスクな大きな花弁のように見えた。
そして、僕らはさっきまで「向こう」だった草むらに着地した。紫のキャタピルラはまだ僕らがこちらに来たのに気付いていない。
ミナモが、ふう、と息を整えてから、言う。
「折角だから、あいつら、ボーナスポイントの為に、倒しておく?」
開口一番、それかよ。
「いや、遠慮しておきます
「あ、そっか。虫嫌いなんだっけ
ミナモは妙な納得をして、それじゃあすぐに出発しよう、と僕を促した。僕が頷くのを見るや否や、彼女はすぐさま向こう側へ駆けていった。僕は一瞬、戸惑ったが、はっと気付いて慌てて追いかけた。草の背丈が高いので、うっかりすると水平線の向こうに彼女を見失いそうになった。
ミナモは初心者の僕に全く遠慮のない軽快な足取りで、草むらをずっと先へ駆けてゆく。僕は慣れない装備にまごついてしまったせいであまり上手く走ることができず、ついにミナモを見失った。
困った。
僕は立ち止まった。
周りは風になびく一面の草原。草のなびき方は規則正しいパターンになっている。
デジタルな草原に、僕一人。
「おーい、ミナモぉ!」
初めて彼女の名前を呼んだ気がする。
さっきまで一緒にいた筈のミナモはこのゲームの中の幻影であって、そんな人物、元々いなかったんじゃないか。
「こっちー!」
そんなことは無かった。
ミナモはちゃんといた。
僕は声の聞こえた方へ、駆けだした。
第一章 VS竜魔王 02(vs賢者モトキ)
草原はどこまでも永遠に続くかに見えた。しかし、あるとき、――学校の校庭の入り口からサッカーゴールぐらいまですすんだ頃だろうか――ほんとにたったそれだけの距離で、僕の目の前の景色が、がらりと変わった。
僕の目の前にはシンプルな形状の紅い門が見えた。よく見ると草原の前で見た看板にあったのと同じマークがついている。門の奥には、土壁の民家が建ち並ぶのが見えた。
それは、僕の前に急に村が出現したというよりも、むしろ僕自身の立っている場所が切り替わったような感覚だった。
そして実際、僕の足はさっきまでの草原の間の小道ではなく、土や砂利で素朴に舗装された土の道の上に乗っていた。
びっくりして振り向くと、僕が来た筈の草原が無くなっていて、かわりに見覚えのない砂利石の道路が続いていた。両脇の景色はさっきの一面の緑ではなく、道路と同系色の黄土色の荒野だ。
僕が慌ててそちらに踏み入れようとすると、
「戻るなー!」
と後ろから、声が聞こえた。もはや耳馴染みの、あの声だ。
村の方をふと見ると、さっきは気付かなかったが、紅い門の脇に、腕を組んだミナモが立っていた。
「遅いぞー!」
この、ちゃかしたような、半ば不機嫌なような口調は、ミナモ特融の歓迎の表現なんだろう、と好意的に受け取ろう。
「これは……?さっきまでの草げ……
「ゲームだから。ここは。わかる?ゲーム」
遮るように言うミナモ。
どういう意味だろうと僕はふと考えを巡らせた。そして、思いつくままに言う。
「ステージが変わった、っていうこと?」
「そうそう。舞台がチェンジしたの」
「へぇ」
どうりで、「切り替わった」感じがしたわけだ。
「じゃあ、もしかして、さっきの芋虫は追って来れないん?」
「うん、来れないよ」
僕は、少しほっとした。これで、寝ている間にあの巨大芋虫に襲われる夢をみないで済む。少し浮かれた気分になった。
「まじか。あいつらこないんだ!ステージで仕切られているの、めっちゃいいな
すると、ミナモが僕の言葉の何かに呼応して微かに首をあげた。
「ん?なんか気に障った?」
「え?なにも」
きょとんとするミナモ。
そうだよな、ミナモが僕の一挙一動にいちいち反応するわけないよな。
しかし、僕は、そのあと小さくつぶやいた彼女の声を聞いてしまった。
「いいわけないじゃない」
今までのミナモらしくない、神妙な声だった。
僕は、聞こえなかったことにした。
そのまま、何事もなかったかのように、ミナモは門をくぐり、僕もそれに続いてこの村に足を踏み入れた。
土色の香りがする、古代遺跡のありし日を再現したような村だった。窓の小さい、粘土のようなものと漆喰を混ぜ合わせて固めたような壁の建物が所狭しと並び、吹き抜ける乾いた風が心地いい。
普通の路地に出ている人はあまりいなかったが、時折、裏庭で洗濯物を干している人や、重たそうな荷物ををくくりつけた驢馬を引き摺っている人を見かけた。住人の恰好は、白を基調としたゆったりとした浴衣のような長衣を着ている人が多かった。下に同様の生地のズボンをはいている人もいた。きっと、この世界の価値観的には質素な平民服なのだろうが、TシャツにGパンがデフォルトな現代人の僕にとってはなかなか新鮮ないでたちだった。
それは「世界の辺境をめぐる旅」とかいかにもNHKでやってそうな、取材されている側に失礼だろうと思ってしまうようなドキュメンタリーとかで有りそうな風景だった。それでもって、妙な小奇麗さと清潔感にあふれている。大した産業もなさそうなのに、ぱっと見た感じ生活に困っている感じもしなかった。スラム街も、マフィアも、飢えもない。そして、我々の当たり前のように親しんでいる電波も、娯楽も、ペプシもない。
まるでファンタジーゲームの中に入り込んだような気分だった。
……と思って、ふとこれがゲームの中の世界だったことを思い出した、当たり前だ。
「びびってる?」
突然、ミナモが喋り出した。
「ファンタジーみたいだな……って」
「ファンタジーだからね」
ミナモはさっきまでのケロッとした口調に戻っていた。
「はじめてくる人は皆そうなんだよね。みんな感動してく」
「ミナモはここに来るのは何回目?」
「何回目だろう……さあ
「さあ、って」
「一杯すぎてわからない」
そんなに。わからないって相当だぞ。
「プレーヤーは全員強制参加の第一ステージだから」
「え、プレーヤー全員案内してるの?」
「全員じゃないけど、一杯」
ミナモはこれ以上根掘り葉掘り聞くな、というオーラを出して口をつぐむ。
「で、あたしが喋りたかったのはそういうことじゃなくて。ゲーム内時間で6時になったら先に来てたプレーヤーと食堂で待ち合わせする約束があるから、それまでに買い物と装備のメンテすませとこうって話」
「先に来てたプレーヤー……?」
突然のことでちょっと驚いたけれど、他のプレーヤーと合流かあ。RPGっぽくなってきたなあ。情報交換だけなのかな、それとも一緒にチームになって闘うのかなあ。一体どんな人なんだろう。
「そいつ強い?」
「そうね、あんたよりは遥かに」
そういえば、僕より一週間先に始めたモトキはどうしたのかなと思った。でも、俺より遥かに強いってのなら、あとで会うプレーヤーとやらが、あいつなわけがないな。
「で、……思ったより時間ないから、付いてきて」
そういって、ミナモは僕にこの街を案内した。……正確には、僕を連れ回した。
彼女がこの村へ、多すぎてわからないほど訪れたことがある、というのは本当のことらしかった。僕は、彼女が予想よりはるかにこの村の事情に詳しいことに驚いた。村の建物の並び順や店に陳列されている目玉商品の数々をそらでいい当てるどころか、立ち寄る全ての店のオーナー、従業員、あげく道路で舗装をしている作業員ひとりひとりの顔もよく覚えているようだった。
街の人は皆、気さくだった。僕らに気付くと、挨拶をしてくれるので、僕らも挨拶を返す。それは非常に自然なやり取りで、自然なスマイルで、言葉づかいで、仕草で……、ゲームの中であることを忘れそうになるほどだった。いや、現実の日本だったら、こんなに行きかう人同士で挨拶はそうそうしないか。
ミナモは、商店街の一角にある、古びた店の前で立ち止まった。
「必要でしょう」とミナモは言った。店の看板の文字は装飾をほどこしたアルファベットらしくてよく読めなかったが、どうやら、武器装具店らしかった。僕は頷いて、店へ踏み込むミナモの後に続いた。
いかにも、中世ヨーロッパの堅牢な城下町風味の、いかめしい石造りの扉をあけた中には、洞窟のような店の内装が広がっていた。薄暗い照明の下で照らされる武具や甲冑達。石の壁に吊り下げられている大きな斧、博物館とかでしか見たことがないような、いかにも盾、という感じの盾。そしてガラスのショーケースの中には金色に輝く剣。奥のカウンターではこれまたごつい亭主が手元で小ぶりな刃物を磨いている。
「これなんて、どう?」と、ミナモが金きらきんのいかにもの、ご立派な鎖帷子をマネキンから外して、手に広げてもつ。
僕が言うのもなんだが、割と趣味が悪いと思う。某赤白歌合戦の名物出し物的なにおいを感じるごてごて趣味な代物だ。
「はあ、なんだそれ……」
「鎖帷子」
「地味顔レイビス君にはこれぐらい派手な方がオーラとかでていいかなあと」
「いらねえよ。ていうか、そんなお金なんて……」
見透かしたようにミナモが言う。
「あるよ、初期装備で、腰巾着にいくらかはいっているはず。見てみ」
僕は、指摘されて、左側の腰のあたり、鎧のしたをあさる。そこにあった革製の子袋を取り出すと、中には、金貨が5枚。
「これって……」
「50ゴールドだね」
まて、通貨の名前を別ゲームからパクるな、と突っ込みそうになったが、まあ、ゴールドって割と普遍名刺ぽいから、いいのか。
「ていうか、50ゴールドってどれぐらいなんだ…?」
ミナモが鎖帷子の名札をぴらぴらさせて「ちなみにこれは、350ゴールド
全然足りないじゃないかと僕はずっこけそうになる。
「ローンで買ってあげるよ?」
「いや、遠慮しておきます」
「ていうか」僕は耳を疑った「ローン?」
そんなゲーム、こういうファンタジー系じゃ聞いた事ないぞ。
「そっ。ミナモ金庫からいくらか出したげるって言うこと」
ああ、そういうことか……。
「尚更ますます遠慮しときます……って」
ミナモに貸しを作るとか、何を後から要求されるか分かったことじゃない。
「ちぇっ、つまんないのーお」
わかりやすくアニメヒロインみたいな声を出してすねるミナモ。なんなんだこいつは。とりあえず、店に僕ら以外の客がいなくて良かった。
「でも、武器は必要でしょ?」
「ああ」
僕は気を取り直して店の中を物色する。ショーケースの中には、今までゲームや映画の中だけで見て来たような武器が所狭しと陳列されている。手に取ることができるサンプル付きの武器もある。なんだか僕はわくわくしてきた。
僕はそのうちの一つの剣を手に取った。鈍い光沢を放つ、いかにも勇者の装備品っぽい感じの片手剣だ。柄の部分には派手すぎない、シンプルな装飾がほどこされている。
手に持った感じ、見た目よりは意外と軽い印象だった。でも、グリップの部分の凹凸がが手の形にしっくりなじんでいい感じにフィットする。決して軽すぎるということのない丁度良い感触。そして、間近に眺めても見いってしまう光沢と金属の織りなす色のハーモニー。本当にこれが本物でないということが、嘘なんじゃないかと思う程、その剣は質感を伴っているように思えた。
僕はこの剣が気にいった。
僕はカウンターへ向かうことを決意する、……前に、少し値札を見る。
「へえ、そういうの好みなんだ」
と、ミナモが横から口を挟んできた。
「勝った……」僕は、思わずつぶやいた。値札には、45Gと書いてあった。
これなら手持ちの所持金で買える。僕は、こんな良質な剣を買えることに少し小躍りしたい気分だった。
「そうそう、みんなそれ選ぶんだよねー。なんていうか無難なチョイスっていうか」
後ろから声がした。なんかむかついたので、聞こえないふりをした。
「他に買いたいもの、ないの?」
「ああ」
僕は先程購入したばかりの片手剣をベルトにくくりつける。
「今時の若者は草食系っていうけどさ、それにしても物欲ないなあ君は」
僕は腰の皮財布に手をやる。心もとない貨幣の感触。
「たったこれだけの残金で何を買えと
残金は、5ゴールドだ。
どうやらこの世界では1ゴールドは大体100円らしい。つまり、僕の残金は500円。この店にある物でいったら虫取り網とか、きずぐすりとか、靴磨きぐらいしか買えない。
「ほら、ここに、ミナモバンクという、高利貸しがね…?」
高利貸しの意味わかってんのかこいつ。
慣れ慣れしく肩に手をおいてにやにやするミナモを払いのけて、僕は言った。
「逆にきくけど、じゃあ、俺の旅路には何が必要?」
「そうねえ……武器と食糧かな
「食料か」
「あ、でも、このステージはそんな長旅は出ないから、携帯食料とかは要らないんだよね」
「そうなんだ」
妙に素直だな、ミナモ。
「じゃ、時間あまっちゃったね
時間なかったんじゃないのかよ。
懐中時計を取り出してみると、まだ午後4時前だった。
「4時かあ……」
そういえば、ゲームの外では今一体何時なんだろうな。
「そう、まだ、4時。待ち合わせ時間まで、ゲーム内時間換算でまだ2時間も残ってるね!」
「うん、そうだけど……」
あれ、またミナモの様子がいつものうざい感じに戻ってるぞ……。これは……、
「そうそう、思いついちゃったんだよね、ヨシキ君に必要なもの」
「え……」
「それはーあ!」
僕は、嫌な予感がして、引き攣る。
「戦闘力!」
ミナモが高らかに拳を振り上げる。
「闘技場(コロッセオ)で、レベル上げ、やらないか!」
そして勢いよく親指を立てていうミナモ。それは、周りの通行人が一挙こちらを振り向くほどの声だった。
やらないか!じゃ、ねーよ!
その後、僕は町はずれの闘技場(コロッセオ)まで、なすすべもなく、ミナモに引きずられていった。
ーーーーーーーーーーー
30分ぐらい経った後だろうか。僕ら二人は、街外れの闘技場(コロッセオ)の前に立っていた。
雑然としていた先ほどの街中と景色はうってかわり、青い空の広がる開けた大地だった。ひらけた空の下、ただ一つ、大きな円筒状の石造りの建物が、鎮座していた。ミナモはその建物のことをコロッセオと呼んだ。中はゲートで閉ざされて外からよく見えない。石造りのごつごつした造型の成果、頑なに中を見せまいとする頑丈そうな門の印象か、それは、見慣れない自分にとっては威圧的に感じられた。RPGでよくある神殿のようだとも思った。
社会の勉強についてはあまり詳しくないけれど、たしかイタリアの観光地の映像でこういう景色を見たような気がする、とヨシキは思った。
小さな石ころが見当たる整備されていない砂地の上に立つのは、コンクリートの道路が当たり前になった現代の日本に暮らすヨシキには新鮮なことに思えた。
まあ、ともかく、僕らは目的地に来たのは確かなのだ。
ここでは、ミナモがいう戦闘力がつくらしい。
戦闘力とは…曖昧な言葉だな、と僕は少々不安に思った。
ミナモは、僕がついてくるのを確認するなりすぐに闘技場の入り口から中に入った。
僕もその後姿を追って門をくぐる。
門の向こうは石造りの通路が続いていた。
ちょうど装備を纏った僕やミナモが一人ずつ通れるぐらいの幅だった。
前を行くミナモは僕のほうを振り向かない。
さくさく進んで行く。
そうこうしているうちに、開けた所についた。
そは僕の目には近代風の待合室のように見えた。
いや、部屋自体は今までと同じ石造りなのだが、合成樹脂やポリエステル風の椅子と受付机があったり、その上には複数の小さなモニターが天井と固定されてあったりしたのだ。一気に時代が2000年ほど進んだかのように錯覚された。
面食らっている僕の横からミナモがふっと表れて言った。
「あのモニター?「スポーツジムの受付ってこんな感じ」っていう共通概念(コモンアイディア)の成れの果てさ。予算不足と想像力(イマジネーション)の不足ってやつだね」
そうか、そういえばこれはゲームの中の世界なのだ。僕の認知のほうがいささか曖昧すぎたのだろう。
「スポーツ…ジム?」
「ああ、そうそう」
さもあたりまえのことを?というかのように、ミナモは僕のほうを振り向いた。
「ここの施設は、昼はチュートリアルステージ、いうなればレベル上げのジムだね、夜は対専用コロッセオになるんだ」
そして僕らはコロッセオの闘技場のあるはずの中空のスペースに入った。そこは、木製の大型な構造物が並ぶプレイグラウンドのようなところだった。サスケだかMARIOだかそんな感じの競技だとかゲームだとか、そんな感じの大型アスレチックステージのようなところだ。
現実の競技との違いは、その目を見張るほどの大きさだ。
たとえば、「ジャンプして登りましょう」とでもいうかのような入り口が、地上3mぐらい上にある。
そして、網目のような構造物の下にはトランポリンだかバラエティ番組のドッキリ芸なんかで見かける、分厚い暑さのビニール風船みたいな大型マットが所狭しとひいてある。
「まあ、みかけだましで、アレには特に救命的な意味はないんだけどね」
ミナモがいった。
ジム……ジムと言うからにはたしかにそうなのだろうけれど、これではまるで、現実と同じようなスポーツ(肉体鍛錬)だ。
「運動かー」
僕は目の前の巨大な構造物群を前にして、感嘆符を口に出した。
ーーーーーーーーーーー
僕がミナモに連れ回されてヘトヘトになったあと、先程の受付室に戻ると、少し部屋の様相が変わっていた。
近未来的というか、ほのかに暗い中に青緑のモニターが発光しているのが印象的な部屋になっていた。
どこから持ってきたのか、ミナモが僕にプラスチック制のコップに入った飲料を渡す。世界観無茶苦茶すぎやしないか、と思いつつも喉を通ったそれは冷たくて美味しかった。
「トーナメント戦が始まるからね」ミナモは画面の方を顎で示した。
「対戦表を表示しているんだ」
見ると、そこには英語で示された名前がモニターに並ぶ。
「ビーグル…一強だな…」
「NPCじゃないの彼だけだしね」
またミナモは意味深なことを言う。
僕が「えぬぴーし……」と反芻すると、ミナモは「コンピュータが制御しているモブプレイヤーのことさ」とレクチャーしてくれた。なんでも、決まったモーションと動きの組み合わせでしか動かないからかんたんに攻略できるらしい。
「かれも君のこと楽しみに待ってるらしいしさ」
「ああ……えっ」
待ってる。なぜ僕のことを知ってるんだろう。
僕の次の言葉をさえぎって大げさな動作でミナモが言った。
「まあ、とりあえず、まずは勝ち抜かなきゃね。たとえ、NPCだったとしてもさ。油断は、禁物だよ?」
ミナモがみている向こうには暗い空洞があった。さっきのアスレチックゾーンだった時間とはステージが変化していたようだった。さすがデジタル。
第一章 VS竜魔王 (ヤマタノオロチ)
???
第二章 VS古代ギリシャ大賢人 (クエスト)
???
(この世界はどうやらおかしいぞ?)
第三章 (バビロニアモチーフ)
タイムトライアル系
(モトキが庇ってドロップアウト 遺志を継ぐ)
before the final battle 水槽の中の時空
???
最終章 till 1886 to 1991 JAPAN
???
(ここだけうってかわり、バブル時期の20代青年の視点を追体験させられる。
もちろんヨシキ視点ではまったく面白くない。
女性と付き合い結婚し、そこで)
真・最終章 この可憐な狂った世界の協奏曲
???
エピロローグ /現実(リアル)
病室
ファンタジーゲームっぽい世界の話(仮題)~水槽の中の時空~