野分風 (2)

野分風 (2)

パソコンを立ち上げた。何にも思い浮かばない。顔をごしごしこすった。
外で、ぐんと風が吹いて、窓ががんがん揺れた。おれは、風の音を聞いてるうちに、外に出てみたくなった。確か、ボールペンもあと一本しか無いし、ルーズリーフもあと半分くらいしか無い。今すぐいるものじゃないけど、とにかく、無い。おれは寝間着のシャツに、ジャージを履いて、傘を持って、玄関のドアを押した。
重い。
途端、ボリュウムたっぷりの、生あったかい風が、波みたいに、おれの体を押し返して、おれはからから、声を出して笑った。愉快。思っていたより、ずっとずっと風は強かった。ほんとに、台風だ。おれは、余計わくわくした。
アパートの廊下を歩いただけで、顔がびしょびしょになった。おれは、いよいよ楽しくなって、雨と、風に紛れて、一人で笑って、黒い雲が、ぼこぼこ浮かんだ空を見上げ、そして、アパートの階段を降りようとしたら、階段の一番下に、居た。
えりが座って居た。

雨は、かなりふっている。風も、かなり強い。どこかの家のゴミ箱が、がらんがらん音を立てて、転がってる。でも、えりは一人で、傘もささずに、そこに座って居た。途端、おれの笑顔は、中止せられた。

あいつは、ほんとに、馬鹿だ。

おれは、ちょっと意地悪く、足を高く上げて、わざと、かんかん音を立てながら、ゆっくり鉄の階段を降りていった。えりは、振り向きもしなかった。茶色と黒が、下品に混じった髪が、ぐっしょり濡れて、風のするまま、ぐしゃぐしゃに絡まっていた。
見ているうちに、後ろから、思いっきり蹴り飛ばしたくなった。無性に、いらいらさせられる後ろ姿だった。

おれは、えりに、同情しない。

おれは、わざと、えりのすぐ側、ギリギリの所を踏んで降りてやろうと思った。でも、その時、えりのスカートを、ほんの少し踏んでしまって、その瞬間、おれは、うっかり、
「あ、すんません」
と、言ってしまった。
(おれは、この女に、まだ優しさ、なんていうものを持ってるのか?)

言って、すぐ後悔した。恥ずかしくなった。(その恥ずかしさは、まるで、コップいっぱいの水をこぼしてしまって、思わず一人で、あっ、と言ってしまった声が、妙に間抜けで、誰にともなく恥ずかしくなるのに、少し、似ていた)おれの、思わず出た、すんませんは、異常に弱々しく小さい声だった。風の音で、あの女にすら、聞こえていなかったとしたら、酷く馬鹿馬鹿しい、恥ずかしい。コンビニの中をうろうろしながら、おれは、まだ、恥ずかしがっていた。

すんません、すんません、すんません。自分にしか聞こえなかった、すんません、が耳から離れない。いっそ、すいません、と大きな声で言えば良かった。すいません、なら、すんません、ほど恥ずかしくはならなかっただろう。恥ずかしい。死にたいな。

ボールペンもルーズリーフもどうでもよくなった。コーヒーを一度持って、店内をうろうろして、やっぱり戻して店を出た。

野分風 (2)

野分風 (2)

長くなったらすいません。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-10-20

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