落語ふぁんたじい <アライグマ夜話>

はるのいずみ

     
     

     
      落語ふぁんたじい〔上方編〕  /   アライグマ夜話       出演  引古見亭壮史郎 (花神亭風分、改め)
                                              
                                              公憤元年一月吉日
                                                  
                                              閑古鳥館 真打襲名拾う公演より 

     
     
 毎度ばかばかしいお話でご機嫌を伺いますが・・・

 最近はご存じのように家庭菜園というのがおおはやりで、皆さんの身近にもご自分で野菜や果物なんかを育てて

 楽しんでおられる方が大勢いてはるんやないかと思いますが、市販のものに比べてもぎ立ての味は一度食べたら

 やみつきになるんやそうで、ただ、やみつきになるのは人間 だけやのうて畑の近くにいるいろんな動物も味をしめて

 畑を荒らすんで困ってはるそうですな。今まではカラスの被害が一番多かったそうでみなさん苦労なさってるそうですが、

 最近はアライグマという動物の被害のほうがもっと深刻やそうで、実際に菜園やってはる方に伺いますと、アライグマは

 もともとペットで飼われていたものが逃げ出して野生化し、日本だけやなしに世界中で、しかも近代都市 の生活に適応し

 て増え続けているんやそうで、頭がいい上に手先が器用、しかも夜行性で、みんなが寝静まってから畑にやってくるよって

 に、始末がわるい。

 ― 「ほら、太郎も花子も治夫も幸子も健一も、はよ、おいでおいで!ここが、まっさんっちゅうおじさんが作っている畑や。

 ほらこれがあんたらの離乳食がわりのトオモロコシやで。お母さんのオッパイも出んようになってきたよって 食べ物にも

 慣れてもらわんとな。見てみいな今年もよう実ったわ。ほらみんなで手を合わすんや、ええか、いくで、いっせいのうで・・

 まっさん!あん!・・ああこれで気いよう食えるわ。あっ!治夫ちょっと待ち!あんた何べん言うたらわかるねんな。お母さん

 あんたに注意するのこれで三回目やで、ほらよう見てごらん。こっちの実はとうもろこしの軸に毛を上にして付いてるやろ?

 こっちの実は大きな金網の駕篭のなかにあって、さかさまにぶらさがってるやろ。ほらよう見んかいな。こんな食べ物触ったら、

 金網の入り口がバチンと閉まって、出られんようになって、あしたの朝、市役所のシルバー人材センターのおじいさんにどっか

 に運ばれて一巻の終わりや。もう二度とおかあさんの顔見られうになるんやで!分かってんのかいなこの子は!その顔は  

 セ・ン・ト・イ・テっていっつも言うてるやろ。その顔見るたびに別れた亭主の馬鹿面を思い出すねんから。なんであんただけ

 こんなに似たんやろなあもう・・・。やああ、幸子ちゃ~ん。あんたの食べ方上品なあ・・。私の若い時そっくりや。まあ、ほんで

 褒められたときのその笑顔、愛嬌があって、ほらここに、こんな可愛いえくぼができて、あんたほんまに得に生まれてるなあ・・・。

 あ、花子、あんたもおんなじように笑ろてんの、ちょっとそこどいてくれる。あ痛!ああ痛!ああ何んかにつまずいたとおもたら、

 スイカやないの!やあ嬉しいわあ。やっぱり、まっさん!え~えとこあるわ。うちが大好物やのん知ってて今年も植えて

 くれたんやわあ。まっさん大好き!フンフン・・この匂いやと一週間もしたら、アマ~イシュイカガ、タベラレル~もう最高!

 なんやねんな  その顔は?あんたらにもちゃんと、赤いとこ残ってる皮あげるがな。あれ昔は漬けもんにして食べた

 くらいの美味しいとこやで。それを食べたいのん我慢して、あんたらに残しといたんやよって、ありがたいとおもわなあかんで

 ほんまに・・・。あっ!電話や。ハイもしもしクマコです!やあ誰かとおもたらユカ~、お久しぶり~、あんたケイタイ拾ってから

 そんなに経たへんのにもう使えるようになったん?そやろ、私もそこらいじくりまわしているうちに使えるようになったんや

 わあ。メール?そんなもん覚えんでもええって!人間みたい料金請求されることもないし、第一じゃまくそうて、やってられ

 へんわ。この前もな。朝帰り際に自転車乗りながらメールしてたおっさんが、溝にはまりよるの見たで。人間てあほやなあ、

 そう思はへん?うん?今?まっさんの畑で子供たちにトウモロコシ食べさせてんね。あかんあかんは、ここは、うちの縄張

 りや。あんたとこ島やんの畑に通てんのとちがうん?ええ?一足先に刈り取られた?ぐずぐずしてるからやないの。髭が

 赤うなったら早う食べらなあかんて~、  そうやなあ、たしかに島やんは手強いなあ、あんなポーッとした顔してからに

 うちらの動きよう読んでるわ。まあ気い落とさんと、ほかの畑も回ってみたら、ほんならまた、ハ~イ。バイバイ!ちょっと

 太郎、あんたそれ何個目?嘘いいなさい。ちょっと尻尾あげてみ。ええからちょっと尻尾あげてみって!ああっ、あんた今

 尻尾で何本か溝に放り込んだやろ。なんであんたはいっつもそんなん?べつに健一の取らんでも、なんぼでも成ってる

 やろ!あんたは兄ちゃんなんやから、弟に自分の分あげるくらいの広い 心持ていうて、いつも言われてるやろ!また

 やまたや・・あんたそんなに大きいどんがらして、ちょっと言われたぐらいで泣くな!ちゅうねん。あんたほんまに恥ずか

 しくないん?いらいらするなあもう・・。幸子ちゃんあんたどないしたん?なんで食べへんの?おなかでも痛いん?え?

 なんやて?くちの中でもぞもぞ言うてんと、もっとはっきり言いなさい。どっちから食べていいのかわからん?あんた可愛い

 けど決断力がないのよ。こっちの大きいのん食べたいけど残したらお母さんに怒られる、かといって小さいのんやったら

 お腹一杯にならへんのやろ?ほんならこの中間のおおきさのんにすれば済むことやないの。え?これは形が気に入らん?

 好きにしてもお・・・、あんたの相手してたら夜開けてしまうわ。あんたら、もうええ?お腹一杯になったんか。ちょっと待ち、

 あんたらこのままにして帰るんか?お母さんいっつも何て言うてる?そうやろ散らかしたらちゃんと後片付けせないかんて、

 食べカスみんなここに集めて。ほらほら健ちゃんあんた何知らん顔してんの。え?僕は花子ネエに貰っだけや、取ったのは

 花子ネエやから、僕は片付けんでもええて?あんた、いっつもそれや!なんでもひとのせいのして、自分は楽しょうとする。

 そんな勝手は世間では通らへんねん。ええ?何やてえ、お母さんかてしてる?私が何をしたんやねん、言うてみ 、言うて

 みって。ええ?山田さんちの裏庭のペールの残飯食べた時、片付けへんかった?あれはやな、物音に気付いて山田さんち

 のママが勝手口のドアを開けたからやないの。うちらの姿見られたらヤバイやろ?あのママにはな、隣の坂口さんが飼って

 る黒猫がやったと思わせといたほうが、うちらにとって都合がええねん。人間いうのは近所付き合いというのがあってな、

 ペールに網掛けたり、蓋をしっかりした物に変えたら、坂口さんに、いやあ私に対する当てこ擦りやわ、と思われるのが嫌な

 んよ。私も同年代の主婦やからよう解るわ。それにぼちぼち坂口さんちの田舎から、おいしい桃が届く頃なんよ。そのおすそ

 分けが、め・あ・て、そらそうやわいな、人間かてアライグマかて何ぞメリットがあるさかいに、近所付き合いの煩わしさを

 我慢してるんやないの。まあ、あんたら子供にはわからんけどな、大人にはいろいろあるんやて・・・。そんなわけで、あの時

 は片付けんと帰ったんやて、これで納得したか。ええ?いっつもお母ちゃんは、例外は認めへん、て言うて?やかまし!

 大人と子供とは違うねん!もう何時頃やろ?」、ピッ!ピピピピ・・・・!「ああっ、もう四時やわ。あんたら、もうそろそろ帰るで・・。

 幸子ちゃん、あんたまだ食べてんの?あんた、そんなん一粒一粒食べてたら、そら時間掛かるわいな・・・。もうその辺で

 止めといて、持って帰ってええよって家でゆっくり食べえな。あんたのそのとろいとこ誰に似たんやろ?まあ、いずれにせよ、

 あんたは長生きするわ。そやけどな、あんた長生きすんのも考えものやで~え。あの神社の裏に住んでる熊蔵爺さんみて

 みいな、今年で九十五になって、まだ足引きづってでもトイレに行ってくれんのはええけど、もう呆けてしもてからに昼と夜の

 区別がつかんようになって、昼間みんな寝静まった頃に起きだして、やれ腹が減ったから飯食わせ、何でわしだけほったら

 かしにして寝てるんや言うて大声で騒ぐんやて、もうたまらんでえ、言うて長男の嫁さんこぼしてはったわ。あんたらにも

 言うとけど、このお母ちゃんも歳いったら、そうなるのんやで。その時は頼むで・・・。何でみんな黙りこくんねん。誰か一人でも、

 心配せんでええでお母ちゃん、うちが最後まで面倒みたるさかいなんて可愛いことを言うてくれる子はおらんのかいな?花子、

 あんたは手上げんでええねん。うち、あんたのその変に要領がいいとこが、どうも好かん。まあ、あんたらに愚痴言うても、らち

 があかんわ。さあ帰ろ帰ろ・・・。あっ、えらいこっちゃ。なんやお腹がグウグウ鳴るとおもたら、あんたらの世話ばっかりやいて、

 自分が食べるの忘れてたわ。」

  
 「まっさん、おはよう!」「・・やあ、誰かと思うたら、島やんやないかいな。こんなに早うどないしたんや。」「いやあ、

 歳のせいいか、このごろ毎朝四時に眼覚めて寝られんのよ。それにあんたの畑の様子が気になって、というのはな

 、ぼちぼち、あちこちの畑でトウモロコシの実を狙うてアライグマが出てきてるらしいが、あんたとこの畑は食われて

 へんか?」「ああ、うちは大丈夫・・やないわ!あっ!あああああ!食われてる!こっちの畝も!そっちの畝も!」「カラス

 と違うんかいな?」「イヤ!そうやない。この実見てみいな島やん、ほら、これ!一粒も残さんときれいに食うてるやろ?

 カラスなら嘴で突っつくさかい散らかして、こんなにきれいに食えへんはずや。ほらそれにあちこちにいっぱい足跡が

 ついてるがなアライグマや、アライグマに間違いない。しもた・・・!去年もそうやった。もうぼちぼち熟したさかい、明日

 あたりに獲ろか思うたあくる朝にイカれたんやった。こんなことになるなら、昨日のうちに獲っといたらよかったなあ・・・。

 いやな、うちの孫がトウモロコシが大好きやねん。この前来た時にな、ジイジイ今度来た時トウモロコシ食べさせてな。

 ジイジイ大好き!言うてな、わしのほっぺたにチュウしてくれたばっかりやのに、今日もし来たら泣きよるやろなあ・・。

 ああ、どうしょう?」「そんなん心配せんでもええがな、スーパー行ったら、なんぼでも売ってるやろ?それ買うてきてハイ

 て渡したらしまいやがな。」「あかん。」「なんであかんねん?」「うちの孫なあ。もう小学校三年生やけど、まだよう歩かん

 うちから、わしが抱っこして畑に連れて行き、ミニ・トマトちぎって食わしたぐらいやよって舌が肥えてるねん。今年の春に

 成ったイチゴ、カラスに食われたらあかん思うて、前の日に獲って置いたイチゴ食べて何て言うたと思う?あのな、

 ジイジイ、家庭菜園のええとこは、何でももぎ立てが食べられるとこやねんで。ちぎって置いといたら味が半減するやろ?

 言いよった。スーパーで買うたもんあてごうたら、すぐに見破りよるがな。」「ほんなら、こうしいな。トウモロコシは実の上に

 付いている髪の毛みたいな髭の束が、茶色に変わらん間は、若くて食えん、もうちょっと待ってな。いうたらしまいやがな。」

 「ああ、そうやな・・しゃあない。当座はそうやって凌いだとしても、あいつら次の実が熟したらまた食いに来よるで。なんぞ

 罠に掛かり易いように対策立てとかんといかんな。」「腹立つ連中やけど見てみいな、まっさん。カラスと違うて、きれいに

 後片付けしたかして食べカスひと処に集めとるがな。これはひょっとして、アライグマの母親が子供の躾の為にやったかも

 しれんな。おい、まっさん、ここに妙なものがあるでえ。ほら見てみいな、この実だけ特に一粒も残さんときれいに食べたあと

 、離れた場所に一本だけ置いてて、それにまっさん、その周りを爪でひっかいたような跡、なんやらハート型に見えへんか?」

 
 それから、二、三日が過ぎまして、島やんがいつものように、朝の畑を見回っておりますところへ、浮かぬ顔をした

 まっさんが、向うからやってきた。「やあ、まっさん、おはよう。あんたがうちの畑にやってくるやなんて、珍しいやないか。

 それに朝からえらい冴えん顔して、また奥さんとささいなことで口喧嘩でもしたんかいな。」「いいや、この頃嫁はんは 、

 宝くじ三千円当てたいうて上機嫌や。」「ほんならどうしたんや?あ、分かった。このまえの検診の結果、何かでひかかっ

 たんやろ。心配せんでもええ。むかしは無病息災言うて、病気せん人が長生きするといわれてたんやが、そんな人は

 自分の身体に自信持ちすぎてあんまり医者に掛からんので、知らんうちに病気が悪化して気付いた時には手の施しよう

 がなくて早死にするそうな、それよりなにか病気があるひとのほうが、通院する度んびに、やれ血液検査や、やれレントゲン

 や言うて診てもらうさかいにかえって怖い病気も早めに見つかって結果的に長生きするんやて。そやから、今は無病息災

 よりも一病息災のほうが安心らしい。検診でひっかかったからいうて、なんにも気にすることないで、まっさん。」「検診の結果

 は、血圧はちょっと高めやけど、他はまあまあ、こんなもんやと先生言うてはった・・。」「なんや、そうかいな。ほんなら、なん

 でそんな顔してんねんな。」「あのな、島やん、今日いつもの時間に畑に出ると、捕獲カゴにアライグマが掛かってたんや。」

 「ええ!何やてえ!アライグマ捕まえたんかいな!よかったがな~。今まであんたが育てた作物食い荒らした憎い奴や。

 これで胸がスカッとしたやろ。それにな、まっさん、アライグマは撲滅せないかん動物に指定されてて、捕まえたら一匹に付、

 何千円か報奨金が出るそうや。その金でかわいいお孫さんに、おもちゃでも買ってあげれるがな。よかったなあ!」「ところが、

 そんなに喜んでもいられんのやがな。まあ、いっぺんわしの畑に来てみいな。」

 
 「あっ、ほんまや、おるおる・・これが、アライグマかいな。へえ~。いやわしもな、遠くに歩いてるの見たことあるけど、

 こんなに近くで、しかも昼間に見たのは初めてや。顔は狸に似て案外可愛らしい顔してるがな。毛は灰色でふさふさし

 てて、毛皮にしたら高う売れるかも知れんで。それに縞々の尻尾、これがトレードマークやな。おっ、まっさんこのアライ

 グマめんたやで、見てみいな、しかも子育て中かして大きな乳房がひい、ふう、みい、よう、いつ、むう・・・六つも付い

 てるがな。」「それやねん!・・・。わしも最初は、ようもようもわしが育てた可愛い作物を食い荒らしよったな。ばちがあたった

 んやぞ。ざまあみさらせこのボケが!と思うたんや。そやけどこいつが母親やと分かった瞬間に、何やその気が失せて

 しもて、だんだん憂鬱な気持ちになってきたんや。なあ、島やん、考えてみ。こいつかて子育てるために何か食わんと

 乳が出よらん。子供のために毎日毎日、必死になって食い物を探して歩き回ってたんかと思うとなんや、意地らしゅう

 なってきて。それにこいつを市役所に引き渡すと間違いなく殺される、そうなったら残された子らは飢え死にするしか

 ないやろ?そんなん思うたら、手放しに喜べるか?島やん。」「そやけど逃がしてやったら、また来よるで。それにわしが

 ネットで調べたら、アライグマは繁殖力が強うて、いちどに五、六匹子を産むらしい。もっと問題なのは、こいつらの糞の

 なかにアライグマ回虫という寄生虫の卵入ってて、人間の身体に入ってくると、えらいことになって危険やさかい、

 捕まえても絶対に手で触ったらいかん。それに顔に似合わず凶暴で噛みつかれたら、狂犬病にかかるかもしれん、

 と書いてたで。まっさん、仏心も時によりけりや。そこはハッキリと割りきらなあかんのんとちがうか。なあ、お前も可哀想

 やけど、お前を逃がしたら、皆が迷惑するんや、悪いけど堪忍な・・ああっ、びっくりしたあ!今のこいつの顔見たか、

 まっさん。歯むき出してえらい顔で威嚇しよったがな!これがこいつらの本性や。やっぱ りけだものは獣や。こんな奴に

 情け掛けんでもええで、ああびっくりした~。あれ?ちょっとまちいな。わしの見間違いかいな。なんやまっさんが顔近付け

 ると、なんやらとろ~んとした目付きで、仰向けになったと思うたら・・・あらあら目つむって足広げよったがな。どないなって

 んのやこいつ。あっ!分かった動物ちゅうのは言葉が話せんよってに、身体の動きや顔色をみて意志疎通をはかってる

 らしいが、はは~ん、こいつ、まっさんの顔色みてこいつに、つけいったら助かるかもしれんと思うて色目使うとんのとちがうか。

 ほら図星かしてわしの方向いてフンと横向きよったがな。まっさん。こりゃあ、気いつけなあかんで、このアライグマ手が器用な

 だけに、男を手玉に取るタイプや。」

― お後のお支度がよろしいようで・・・・・。

                    

 *この話は完全なるフィクションであり、実際する、人名、地名、その他の一切の事物とは、全く関係がありません(筆者敬白)   

落語ふぁんたじい <アライグマ夜話>

落語ふぁんたじい <アライグマ夜話>

  • 小説
  • 短編
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