電話越しの遠くて近い距離で彼女が言った。

「ばかばかしい」

投げつける声。

「もっとまじめに生きたらどうなの」

「まじめにって」

例えば、どんな?

言いかけて僕は口をつぐんだ。たくさんの言いたいことはつまってしまう。
ナイフのような彼女の言葉に、僕は負ける。

「あんな女なんかのために」

あんな女。
赤い椅子。読みかけの本。カフェオレボウル。
全部彼女の言う「あんな女」がそろえたものだ。
赤は好きじゃないし、恋愛小説にはほこりがかぶるし
(本を読む、という行為は僕にとって退屈でしかない)、
カフェオレをいれてくれるひとは、もういない。

女は死んだ。
同じ夏の日、プラットホームで。僕もそこにいた。
きれいな赤だった。

「あんまりじゃない、ふたりとも」

その声は今にも泣き出しそうだけど。
驚くほどはっきりと、凛として僕に突き刺さった。

「生きてよ。生きて」






もう二度と恋はしないのに。
あの女だけを愛して死のうと決めたのに。
どうしよう。
君の蜜で、息が苦しい。

まとわりつく、くるしい甘さ。どうしようもなくて、もがく。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-13

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