短編 花言葉小説『ラッパズイセン』
きまぐれ更新の短編です。
花言葉を題材にしています。
1月13日の誕生花『ラッパズイセン』
「はあ? あんたバカじゃないの?」
学生でごったがえすファストフード店の一画にキョウコの罵倒がほとばしる。
ただでさえ友人から「キョウコちゃんの目つきって恐いよね」と言われる釣り目がさらにキツくなる。
「バカって……っ! 俺だって真剣に考えてだな」
テーブルを挟んだ向かいにはいかにも人の良さそうな少年。
適当に短く切った髪に大きなスポーツバッグ。ぱっと見て体育会系の男子だと分かる。
「真剣に考えてそれならなおさらバカよ、バカ。はい、決定」
「ぐぬぬ……ッ」
キョウコに言い負かされたスポーツ少年――ケンゴは悔しそうに唇をつきだす。
その表情はまるで褒めてもらえると思っていた子供が思わず怒られて拗ねたときのようでキョウコは内心苦笑する。――ああ、可愛いなあ。
(同じ年の男子をそんな風に思うアタシが変なんだろうけど)
はあ、と小さくため息。
ため息には呆れや諦め。それとちょっとの怒り。
「それで? 今週考えてたイヨをデートに誘うプランってさっきの土下座以外にないわけ?」
「ねえよ?」
きょとんとした顔のケンゴ。
ああ、こいつバカだ。
「あんたね~……一週間考えて土下座しか浮かばないって本当に人類? 脳みそついてんの?」
「部活が忙しかったんだって! 家帰ったら十時とかだしよ。朝練のことも考えたら飯食って風呂入って寝るくらいしかできねえんだって!」
「授業中なり、お風呂入ってる間なり考えられるでしょうが! サボってた言い訳しないのっ。あんた本当にイヨをデートに誘うつもりあるわけ? 適当にやってるなら親友のアタシが許さないよ?」
キっと睨みつける。
ケンゴは一瞬ひるんだようだったが即座に反論してくる。
「適当なわけないだろうがっ。そりゃ、忙しいってのを言い訳にしてたかもしんねえけど絶対に適当には思ってねえよ。俺はマジだ」
まっすぐで力強い瞳。
嘘は言っていない。
それがよく分かる。分かるからこそに辛い。
「…………分かった。さっきのはアタシが悪かったわ。でも、一つ言えることがある」
「なんだ?」
「やっぱりあんたバカだわ」
「ひでえ!」
「ケンゴに任せてたら一生デートに誘うなんて無理よ、無理」
「なんでダメなんだよ? 思いが通じれば大丈夫だってネットに書いてたぞ」
「はあ……あんたねえ。いきなり街中で女に土下座されてデートしてくださいって言われたらどうする?」
「え? 変質者?」
「無自覚か! あんた今それやろうとしてんのよ!」
「……( ゚д゚)!?」
思い切り驚いている。
全くの想定外だったようだ。
頭痛がしてきた。
「大切なことだからもう一度言うわ。やっぱりあんたバカだわ」
「うぐぐ……」
さすがに反論の余地もないのかケンゴはしゅんとうなだれた。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
拗ねたように言ってくる。どうしてこいつはこう小動物的な行動を取るんだろうか? 根が正直だからなのか? 思わず頭を撫でたくなる。
「それはあんたが考えないとダメよ。恋愛相談ならいいけど、あれしろこれしろって他人に聞くのはタブーよ。人に言われたからやる恋愛なんて最低よ」
「そっか。でも、土下座がダメなら俺もうなんもねえぞ?」
「あんたねぇ……他にもいろいろあるでしょ? 一緒にご飯食べるとか、クラス同じなんだから休み時間は話すとかできるでしょ。てか、ケンゴ。あんた今週ずっと見てたけどちっともイヨと話してなかったじゃない。なにやってんのよ」
ケンゴがバツの悪そうな顔をする。
何度か答えにくそうに口をぱくぱくすると、
「緊張すんだよ……」
恥ずかしそうに言った。
「乙女かおのれは! ただでさえイヨは内向的なんだからあんたが動かないと一生無理よ、無理!」
「だってどう話しかければいいんだよ!? 俺、陸上以外のことなんてなんもわかんねえぞ」
「アタシとは話せてるでしょっ。こんな感じでいいのっ」
「えぇ~……だってミナセさんとキョウコじゃ全然違うじゃん」
「なに、アタシが女子っぽくないってこと? 締めるわよ?」
今のは本気でイラっときた。
アタシじゃダメってこと?
「違うって! ほら、キョウコはもう家族っぽいてか。なんか姉ちゃんみたいな感じになってるからさ」
照れたようにはにかむケンゴ。
ひだまりのようなあったかくて、ほんわかして、きゅっと心に入ってくる。
その顔は初めて会った日のことを思い出す――
「あんた危ないでしょ!」
帰宅途中のこと。前々から楽しみにしていた本の発売日ということで、少し早足で駅に向かっていたらいきなり曲がり角から男子が飛び出してきた。
頭が本のことでいっぱいになっていたせいもあり驚いたまま動けなかったキョウコは正面から男子とぶつかってしまった。思い切りふっとばされて膝をすりむく。
幸せなひとときを邪魔されたばかりか怪我まで負わされキョウコのボルテージはMAXに達する。出る言葉も普段の倍は鋭さを増していた。
「曲がり角から出るときは気をつけろって小学生でも習ってるはずでしょ! あんた幼稚園からやり直したらどうなのっ!」
「本当にごめん。怪我、大丈夫?」
男子は本当に申し訳なさそうに謝った。
ほんの少しでも面倒くさそうにしたら絶対に手加減しないつもりだったが、その顔を見て少しはボルテージが下がる。でも、まだまだ言い足りない。
「大丈夫なわけじゃないでしょ! 血が出てるわよ、血が! どうしてくれんのよ!?」
自分での言いがかりになっているのは分かっていた。
それでも口は止まらない。
「あんたその格好からしてうちの陸上部っぽいけど練習するのは勝手だけど周りのこと考えなさいよ! こんな街中なんか走ってないで運動場なり堤防なり走ればいいでしょっ。もっと頭使いなさいよ!」
そこまで言うつもりはないの。
確かに足は痛いけど歩けないほどじゃないし、跡が残るほどのものでもない。
相手は本気で謝ってくれているのだし怒鳴り散らすほどのことじゃない。
分かっているのに自分の口は止まらない。
「それにもしアタシが大きな怪我でもしてたらあんた大会とか出場停止よ? 分かってんの!? 周りにだって迷惑かかるかもしれないわ。あんたがバカなせいでね!」
近くを通りかかった生徒が「言いすぎじゃん」とこぼしているのが聞こえた。
分かってる。
分かってるのにどうしてアタシはこうなんだろ? 気が短くて、口が悪くて、おまけに目つきもキツいなんて女として本当に終わってる。申し訳なさそうにしてた男子もさすがにそろそろ怒り出してくるんじゃ?
ちょっぴり不安になって男子の顔色を窺ってみると、
「………………」
男子はぽかんとした顔でこっちを見ていた。
呆れられてる!? それとも怒りが通り越してキレちゃってる!?
そんな内心とはうらはらにまるで睨んでいるような顔で男子を見る。
ぽかんとしていた男子は目をぱちくりとさせると………………はにかんだ。
「……は、ははっ」
「なにがおかしいのよ!」
「あ、ごめん。別にバカにしたわけじゃないって。その、怒ってるんだと思ってたら途中から説教になってきたからちょっとびっくりして……あとうれしくて」
「は? うれしいって……怒られるのが?」
もしかして、この男子……マゾ?
「ちがうって! あのさ。俺、先生から街中で走るのは危ないぞって前に注意されたんだよ。でもトラックは取り合いだし、堤防は遠すぎて面倒だしってずっと無視してたんだ。でも、さっき君が言った誰かを怪我させちゃったら陸上部のみんなにも迷惑がかかるってやつを聞いて、あっその通りだなってすごく納得できてさ」
照れたように話す男子。
その顔は心からこっちに感謝していた。
怒ってくれてありがとう。心から伝えてくれている。
「だから」
男子はゆっくりこっちに手を伸ばして、
「ありがとう」
にっこりと微笑んだ。
ドキンとした。
まるで自分がすべて受け入れられたみたいで。
ちょっとびっくりしながらキョウコは手を差し出す。
その手を握って立ち上がったとき、キョウコの心にはもう怒りなんてひとかけらもなかった。
それからお互いのことを話して。
実はクラスメイトだったということを知って。
言いすぎだったと謝って。
言ってくれてうれしかったと言ってもらって。
キツすぎる自分の性格も、受け入れてもらって。
そして。
彼のことが好きになって……。
そして。
彼が、自分の、親友のことを、好きに、なって……。
「あんたが弟って……ぞっとしないわね」
「なんか今日のキョウコいつにも増してキツくね!?」
「アタシはいつもこんなでしょ」
「えぇ~? ぜってえキツいって」
ごめんね。
ケンゴの言うとおり。今日のアタシ不機嫌だ。
だって……ケンゴが他の女と。
アタシじゃない女とデートするための話なんてしたくないよ!
どうしてアタシじゃないの?
どうしてアタシにこんな話をさせるの?
「とりあえず、今日はもうお開きにしましょ。あんたは宿題として今度こそちゃんと考えてくること。あと、普段からイヨと話すようにすること。分かった? 仲良くない男子からいきなりデートに誘われたって普通は断られるからね」
「う~い」
ケンゴは軽い調子で手を上げる。
本当にちゃんとしてよ? じゃないとアタシ……
ゴミを片付けて二人で店を出る。
街はもうオレンジから黒へと色を変えていた。駅へ向かう道は帰宅する企業戦士の姿が目立つ。
「それじゃあ今日はサンキューな。キョウコがいてくれてマジ助かるわ」
「はいはい、分かったから次はちゃんと考えてきなさいよ」
「おう! じゃあな!」
ケンゴは元気よく手を振って走り去っていく。
彼はいつだって走っている。
その背中に手を伸ばしている人には気付かずに走り去ってしまう。
「はあ……バカ」
キョウコがいてくれて助かるだなんて。
「聞きたくなかったな……」
感謝なんていらない。欲しくない。
そんなのただ哀しくなるだけだから。
距離は近くなっているのに、本当にいきたい場所からはどんどん遠ざかっている。
どこで道を間違えたんだろう?
出会ったこと自体が間違いだったなんて……そんな風に思いたくないのに。
このまま家に帰るのは嫌だな。そんな風に思ったとき、カバンの中の携帯がブルブルと震え出した。
ケンゴがお礼のメールでもくれたのかな?
ちょっとした期待をして携帯を見ると、
『着信 イヨ』
大好きな親友からの着信。
――ズキン。
痛み。
ほんの一瞬、話したくないって思った自分が嫌。
「もしもし?」
『あっ、もしもし。キョウちゃん? 今、お電話してもだいじょうぶ?』
少し舌ったらずで間延びした声。ほんわかとした親友の声。
「大丈夫よ」
嘘だ。話したくなんてない。
「なんか用? ってまあ大体想像はつくけど。どうせ、ケンゴのことでしょ?」
『そうなんだよ~! キョウちゃん、どうしよう? どうやったらイノセ君と仲良くなれるかな?』
そんなのアタシに聞かないで。
「前から言ってるでしょ。昼休みとか一緒にごはんでも食べればいいでしょって」
『だって、誘うの恥ずかしいんだもん。無理だよ』
二人そろって同じようなことを言う。
お互い相思相愛のくせに。
すぐにだってくっつけるくせに。
「そんなんじゃいつまで経っても無理よ、無理。あいつ本気で朴念仁だからしっかり気持ち伝えないと伝わらないわよ?」
アタシみたいに。
「でも告白なんて無理だよ。気持ちがまだ整理できてないよ!」
「いきなりしろなんて言わないわよ。でも、ちょっとは話す努力はしなさいよ。じゃないとどっかの誰かがケンゴを持って言っちゃうかもしれないわよ?」
アタシがイヨに取られたように。
『わわっ! それは嫌! キョウちゃん、わたしどうしよう!? どうしたらいいかな!?』
「はいはい、落ち着きなさいっての。ちゃんと相談乗ってあげるから」
『ありがとうキョウちゃん』
「そんかわり今度浦島屋のスイーツおごりなさいよ?」
『ええー。高いよ~』
「だったら相談乗ってあげない」
『うえ~』
冗談を飛ばしあいながら親友との電話は続く。
軽口が多くなる。ちょっといじわるも言う。
相談には乗るけど、協力まではしない。
自分でやらないとダメ、と言いながら心は悲鳴を上げている。
ねえ、神様。
アタシは、好きな人の幸せを望むことが出来ません。
ねえ、神様。
アタシは、大好きな親友の幸せを願うことが出来ません。
だって、神様。
アタシは自分の幸せを願うことが出来そうにありません。
人として当たり前のこと。
大切な人の幸せを願うこと。
そんな簡単なことが出来ない。
痛い。
苦しい。
ぎゅっと携帯を握る力が強くなる。
「ははっ、なに言ってるのよイヨったら」
言葉は明るく響き、心はどんどん暗く沈んでいく。
家につくまでずっと続いた電話を終え、部屋のドアを閉めたとき。
ふと気付いた。
鏡に映った自分の顔。
「あれ? アタシ……泣いてる?」
目の下が赤くなっていた。
つう……と落ちた涙。
アタシ――もうダメかもしれない。
「ははっ、アタシって本当にバカだ――」
しんと静まり返った部屋にキョウコの嗚咽が響く。
友人から「キョウコちゃんて目つきが恐いよね」と言われる釣り目がくしゃりと歪んだ。
テーマ
『ラッパズイセン』
花言葉:報われぬ恋、尊敬、心づかい
短編 花言葉小説『ラッパズイセン』
報われぬ恋の切なさを描きました。
少しでも心に残るものがあれば幸いです。