ジゴクノモンバンⅡ(8)

第八章 ひとりジゴク 

「腹が減っただけでなく、寒うなったわ」
「そりゃ、僕ら、上半身裸で、虎の皮のパンツ一枚やから」
「この商店街、風が通るなあ」
「吹き抜けやから。風が通り放題でっせ」
「風が通らん場所を探しにいこか」
「早う、行きまひょ。風邪ひいてしまいまっせ」
 青太たちは地べたから立ち上がると、寝る場所を探して歩きだした。
「昼間は華やかだったけど、夜になると、なんか寂しいなあ。きれいな建物が反対に冷とう感じるわ」
 青太が呟く。
「お店ばっかりで、人が住んでいないからと違いまっか」
 赤夫が答える。
「そうなんか」
「そうでっせ。お店の人は、商店街には住んでなくて、ほとんどの人が郊外から通っとんですわ」
「まあ、まつりの場所やからなあ。一日中、まつりの場所で生活しとったら、疲れてしまうわなあ」
「僕らかて、一日中、学校でおったら、気が狂うてしまいますわ。同じでっせ」
「それは、赤夫が勉強しとうないだけやろ。俺もやけど」
「なんで知っとんですか」
「やっぱり、仕事場と生活の場所は分けないかんのやろう」
「そうでっせ。それでも、ちょっと寂しい気もしますわなあ」
「あら。暗闇の中に、電気がついとる」
 青太たちは通りから路地を見た。
「LEDじゃなく、昔ながらの、白熱灯、裸電球でっせ」
「なんか、ほのぼのとした明るさやなあ」
「昭和の匂いがしまっせ」
「なんで昭和の匂いとわかるんや。赤夫は平成生まれやろ」
「ジゴクに落ちてきた昭和生まれのじいちゃんと同じ臭いがするんですわ」
「嗅いだ事があるんかいな」
「パパを仕事場に迎えに行ったときに、じいちゃんがおったんですわ。なんか他の奴と臭いが違うかったんを覚えていますわ」
「いわゆる、加齢臭いうやつやな。赤夫は観察眼が鋭いなあ」
「いやあ。観察臭ですわ」
 頭の角を掻く赤太。
「なに、照れてんのや」
「いや。あんまり、誉められたことがないんで、顔が真っ赤になってしまいましたわ」
「顔が赤いんは、生まれつきで。俺も、失敗ばかりで、顔が真っ青や」
「青太も生まれつきでっせ」
「まあ、そんなことはええわ。さっそく、あそこへ行ってみよう」
「行ってみまひょ」
 青太たちは、白熱灯に誘われた蛾のように、商店街から外れ、路地に入った。
「うわあ、これなんや」
「家でっか」
「段ボールに、新聞紙。雑誌にチラシ。紙類だけやないで。自転車に、冷蔵庫に、テレビに、ソファーになんでもあるで」
「でも、全部、壊れて使えそうには見えまへんで」
「家が傾いて、木が支えとる」
「自然の大黒柱でんな」
「効率ええな」
「エコでっせ」
「家はぼろぼろやなあ。隙間がようけ合いとるで」
「夏は涼しいんと違いまっか」
「エコかいな」
「エコでっせ」
「ほんでも、冬は寒いで」
「寒かったら服を着こんだらええんでっせ。裸以上は、脱げまへんから」
「俺らと一緒や」
「誰か住んでまっか」
「家の中は真っ暗やで。これもエコか」
「街灯が家の照明なんとちゃいまっか。これまた、エコでっせ」
「エコだらけの家やな。でも、ここでは寝れんのとちゃうか」
「ほんなら、どっかほかへ行きまひょか」
 青太たちがあばら家から立ち去ろうとしたら、ごそごそと音がして
「こ、こんな夜遅くに、だ、だれや」
と、どもる声がした。
 青太たちは暗闇の中で、おぼろげに人らしき姿を確認できた。
「なんや、あれ」
「ゆ、ゆうれいでっせ」
「赤夫まで、どもらんでもええで。それでも、ゆうれいか。噂には聞いたことがあるけど、ほんまにこの世にはおったんや」
「この世に未練があって、ジゴクに登れんかったん奴が、ゆうれいになるんでっせ」
「ほお。赤夫はよう勉強しとるなあ」
「いや、ジゴクの門の前で、パパが「名簿から一人足らんのやけど」と鬼鬼のおっちゃんに尋ねたら、「まだ、この世でゆうれいやから登って来れんかったんですわ」と答えたのを覚えとったんですわ」
「門前の小僧やな。現場をよう知っとる。俺もちょくちょく門の前に行って、勉強するわ。今度、誘ってたあ」
「へえ。いつでも」
 この様子を聞いていた人影が
「こ、こんな真夜中に、し、しかも、人の家の前で、何をごちゃごちゃ言うとんのや。それに、誰がゆうれいや。ちゃんと、足はあるで」
 青太たちが白熱灯の光の中で、目を凝らすと、そこにはおっさんが立っていた。確かに両足で立っている。
 おっさんは、帽子をかぶり、髪は伸びて、肩までかかり、足元まで隠れるベンチコートを着て、右手には、新聞やタオルなどが顔を覗かせているスーパーのビニール袋を持っていた。
「お、お前たち、何しに来たんや」
 互いに顔を見合わせる青太たち。
「いやあ、家に帰れんようになったんで、どこかで一晩明かす場所を探しとんですわ」
「商店街はぴゅうぴゅう風が吹いて寒いんで、どこかええ場所はないかと探していたら、明かりがあったんで、来てみたんです」
 おっさんは、青太たちを見て
「お、お前ら、家出してきたんかいな。それにしては、パンツ一枚で裸やんか。それに、鬼のかっこうして、仮装大会でも出とったんか」
「まあ、そんなもんです」
 説明するのが面倒くさいので、適当に答える青太たち。
 じろじろと青太たちを見るおっさん。
「あ、あやしい奴やなあ。それでも、今の時間帯やったら、電車もないやろうから、朝までこの家におってもええで」
「ありがとうございます」
 頭を下げる青太たち。
「見かけによらず、ええおっさんやで」
「ほんまや。
 おっさんの目の前で話す青太たち。
「だ、だれが、見かけによらずや。見かけどおりやろ。ま、まあ、入ったらええわ」
 おっさんが家の中に戻る。
 おっさんに続く青太たち。
「いてて。頭打った。何や。木の枝かいな」
「ゴミが至る所に落ちてまっせ」
 転びそうになる青太たち。
「だ、誰がゴミや。これはわしの財産や。この街の財産や。地球の財産や」
「財産?」
「そ、そうや。最近の奴らは何でもすぐに放りたがる。使えんものならまだしも、使えるものまで放ってしまう。まあ、わしにしたら、使えんものでも直したらなんとかなるのに、直そうともせん。わしにとっては、すべてが財産や。宝もんや」
 青太たちには、おっさんの言う宝が薄暗くてよくわからない。
「俺には、どれもガラクタのように見えるけどなあ」
「まあ、一晩泊めてもらうお礼に、宝もんと言うことにしまへんか」
「まあ、そうやな。けど、よう考えたら、あのおっさんが一番のガラクタとちゃうか」
「うまいこと言いますなあ」
「でも、ひょっとしたら、使える物でも放られてしまうんは、おっさんのこととちゃうか」
「そうでっか。どう見ても、おっさんは使えそうに見えまへんで」
 暗闇の中で話し合う青太たち。
「な、何をごちゃごちゃ言うとんねん。夜も遅いから、さっさと寝えよ」
 おっさんは、斜めに傾いている玄関から自分の体を斜めに倒して入っていった。
「寝え言うたって、どこに寝るんや」
「ほんまでんな。横になる場所がおまへんで」
「立って寝ないかんのかいな」
「満員電車やのうて、ガラクタ一杯家でんな」
「例えがあんまりうもうないな」
「すんまへん」
 青太たちはおっさんの後に続き、空いた隙間を探し、体育座りのかっこうのまま、眠りについた。

「はああ」
「ふわあ」
 青太たちが目を覚ました。太陽の光が顔を照らす。
「なんや。天井から空が見えるで」
「サンルーフでっせ」
「サンルーフやけど、ガラスはないで。生の空が見える」
「やっぱり、生が一番でっせ。新鮮な空気が直に吸えるよって」
「赤夫は前向きやな」
「いや、前やのうて、空を眺めて上を向いてまっせ」
 青太たちが話をしていると
「お、お前たち、もう、起きたんかいな。まだ、朝は早いで」
 おっさんの声がする。青太たちが声のする方向に目をやる。
 青いベンチコートの裾が見える。奥の方だ。板を橋渡しにしてその上で、おっさんが寝ている。簡易ベッドだ。
「おじさんは、一人で住んでいるんですか」
 青太が尋ねる。
「ひ、一人やないで。こうして、がらくた、いや宝物と一緒に住んどるんや」
「いや、物じゃなくて、生き物?」
「た、たまに、太郎と花子もやってくる」
「息子さんや娘さんでっか」
「い、いや、赤の他人や。まあ、正確に言うたら、黒い犬や白い猫やけどなあ」
「人間は来ないんですか」
「い、以前は、水道料金や電気料金を徴収しにきたけど、金を払わんかったら、来んようになったわ。その代わり、水道も電気も止められてしもうた。あっ、はっ、はっ」
「寂しくないですか」
「さ、寂しいないわ。ここで、じっとしているだけで、耳を澄ますと、壁や柱や天井、がらくたの、いや、宝物の、タンスや自転車、コタツ、ふとんが話しかけてくるんや」
 おっさんは、サンルーフの屋根から見える流れていく雲に遠い眼を向ける。
「そうですか」
 青太たちも青い空に遠い眼を向ける。
「あの、空の向こうがジゴクかいな」
「遠いでんな」
「ほんでも、帰らなあかん。ここは、俺ら鬼の住むとこやないから」
「そうでんな」
 青太と赤夫は立ち上がった。
「おじさん、お世話になりました」
「お世話になりました」
「な、なんや、もう帰るんか。寂しくなるなあ。また、いつでもこいや」
 おっさんは寝転がったまま答えた。
 青太たちはおじさんに礼を言うと、家を出て行った。

「なんや、あのおっさん、やさしかったんかいな」
「ようわかりまへんな」
「でも、ひとりやったんなあ」
「友だちはいてると言うとりましたで」
「がらくたや犬、猫やろ」
「いないよりましでっせ」
「そりゃそうや」
 青太たちがおっさんの家を出て商店街の方に行こうとすると
「おい、源作おるんか」
「おるんは知っとるで」
「はよ、出て来い」
「逃げられんことは知っとるやろ」
 ひとりは背広で、ひとりは警察官の服装だった。
「あの人らも、俺たちと同じ、仮装行列の参加者かいな」
「そんな、まさか、イベントは昨日で終わってまっせ」
「そりゃ、そうや」
「それとも、おっさんの友だちかいな」
「それにしては、物の言い方がきつうおまっせ」
 青太たちは、物かげからおっさんの家と警察の服装のおっさんたちの様子を窺っている。
 おっさんが出てきた。
「あっ、こりゃ、旦那」
 おっさんは、手を揉みながら、頭をシーソーのように前後に揺らしている。
「な、なにか、御用ですか」
「御用もなにもないだろう」
「お前、昨日何をしていた」
「な、何をって。朝起きて、顔洗って、トイレに行って、飯食って、捨てられた新聞読んで、商店街のベンチに座って・・・」
「そんなこと聞いとるんじゃない」
「誤魔化す気か」
「ええ、そんな。めっそうもない。旦那たちには、いつもお世話になっていますから」
 おっさんは、さらに、卑屈な笑みを浮かべ、蝿の手すり足すり戦法にでる。
「き、昨日の晩、夜八時頃、商店街のたこやき屋で、お客さんに渡そうとしたたこやきが盗まれる事件があったんや」
「ええ、そうでっか。えらい、物騒な世の中ですな」
「何が物騒や。それで、たこ焼き屋の店主やお客さんから話を聞いたら、盗んだ奴の風体が、どうも、お前によう似とんのや」
「ちょっと、話を聞きたいんで、署まで来てくれるか」
「へえ、だんなたちにはこれまでお世話になったんで、何でも協力しまっせ」
「そうか、じゃあ行こう」
「すぐ側やから、歩こう」
「へえ、でも、この家の戸締りは?」
「何が、戸締りや。この家は空屋やろ。お前が勝手に住んどるだけやろ」
「ほんとなら、この家に住んどるだけで、逮捕やで」
「す、住んどるけど、すんません」
「何をギャグ言うてんのや」
「ほないくで」
 おっさんは、刑事風の男と警察官に両脇を掴まれ、家から出て行った。
 おっさんが、青太たちの横を通りながら、
「あ、あの家、頼むで。わしの、ガラクタ、いや宝物がたくさんあるけんな。お前たちにやるわ。わしも、これで、やっと、ひとりジゴクから解放される。仲間たちに会えるし、三度の食事もできる。お前たちも、暇やったら、一遍、来いや」
 警察官が青太たちをじろりと見つめた。
「お前の知り合いか」
「ま、まさか、わしは鬼の子なんか知りまへんわ。赤や青の他人です」
「垢はお前の体中や。たまには、風呂に入れよ」
「はい、旦那。おかげで、これからは、規則正しい生活ができますわ」
「なんや、もう自白か」
「へえ。署に行かんとこのままムショに連れてってくださいよ」
「そう言うわけにはいかんのや。何でも手続きがあるんや」
「わ、わかってます。そやから、何もせんとムショには入れんから、たこ焼きを盗むという手続きを踏んだんですわ」
「あほか。そんな手続きはせんでええんや」
「す、すんません。それじゃあ、これから正式な手続きをお願いします」
「よっしゃ。じゃあ、行くぞ」
 青太たちは、刑事風の男と警察官とおっさんを見送った。
「あのおっさんと、また、ジゴクで会うかな」
 青太が呟いた。
「ジゴク以外の場所では会いまへんで」
 赤夫は小さくなっていくおっさんの後ろ姿に手を振った。

ジゴクノモンバンⅡ(8)

ジゴクノモンバンⅡ(8)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-11

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