変な人たち

どこにでもいそうでどこにもいなさそうな変な人たちのお話

   変な人たち      育田知未
 ここは東京近郊の路線。電車の中にはいろいろな人がいる。学生、OL、サラリーマンと様々な立場の人が今日も生活のため電車に乗っている。皆、電車の中でもそれぞれの過ごし方をしている。新聞を読む者、勉強をする人、化粧をする女性、寝ることで休憩をとっている人など何かをしている。だが、ここに一人だけ何もせず周りを見ている人がいた。20代のサラリーマン風の男である。彼は目だけを動かして周りをギロギロと見回している。そして、時々視線を止めたかと思うと、また周りを見回すのだ。彼は心の中でこう呟いていた。
「世の中の人間どもは格好を付けたりするが、一皮むけば皆同じだ。虚栄心の塊なんだ。一か月前はブランドスーツでビシッと決めたサラリーマンが何をしているのかと後を付けてたがしがない中小企業の営業マンだった。そんなに給料は高そうでなかったがなんでブランド品なんかを沢山持っているのかと不思議でならなかったが答えは簡単、外回りに出ている間にちょっと消費者金融の機械コーナーに立ち寄っていた。なるほど此処でうちでの小槌を振り回している訳か。思わずおかしくなっちまったぜ。」
彼の独り言は続く。
「この前の女はなんだったのかね。帰りの電車で見かけたちょっとかわいげな20代のOLの後を歩いていったが、そいつは七時に男と待ち合わせしてレストランで食事をし、その後ホテルにでもしけ込むと思ったがキスをしただけでそのまま帰っちまった。アパートに一人暮らしをしている様子だったのでしばらく外で眺めていたら、なんかイケメンの男が酒を持って部屋に入って行った。しばらく電気が付いていたけどそのうち部屋の明かりが暗くなった。卓上ライトの明かりだけがほのかに外に漏れ出しその中でかすかに人影が揺れていた。こいつ二股かけてるのか。かわいい顔して結構やるな。レストランの彼氏にチクッてやろうかなどと思ったけど、まあ、所詮は化かし合いの世の中なんだろうよ。」
そう、彼は他人を付けるくせがあるようだ。相手が男の場合朝から付けて行きどんな社会的な地位にいるのかを観察し、女性の場合には帰りに付けて行きどんなプライベートをしているのかを覗いているようだ。他人の後を付けるのは犯罪行為なのだろうか?迷惑防止条例が出来てからは犯罪ということにもなるのだろうが彼の場合は後を歩いていき偶然その人の傍にいる。相手に不快感を与えている訳ではないという言い訳の様だ。
「最近は普通の奴の後を歩いても面白くもなんともなくなっちまった。飽きて来た。でも、面白いと思う奴も時々いるんだ。どんな奴かって?この前は電車の隅にずっと立っていて電車のアナウンスをやっている人がいたな。皆、煙たそうな顔をしていたけど俺は見ていて飽きなかったな。自分の世界っていうのがあって好感が持てたぜ。あと、やたらに女の子に声を掛ける奴もいたな。女が居ると『こんにちは』と声を掛けるんだ。だが、片っぱしから誰にでも声を掛けるという訳でも無さそうだ。美人だからといって絶対声を掛けることはない。学生だからといって声を掛ける訳でもない。決まって優しそうなOL風の女の子に声を掛けるんだ。きっと奴なりの判断基準があるんだろう。他人に優しくされたいんだろうなどと思った。誰からも相手にされなくて寂しいんだろう。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。」
彼は最近ちょっと変わった人に興味を持つようになったようだ。たしかに普通の人間を追っていてもつまらない。容易に想像がついてしまう。皆自分と違う人間にこそ心惹かれるのも分かる気がする。
「嗚呼、最近は面白い奴もいないなぁ。くそ!」
彼がそう心の中で叫んだ時だった。一人の男が電車に乗って来た。まだ、秋口というのにダウンジャケットを着てなにやら、ブツブツ言いながら電車の中を歩いて来る。
「ああ、これだから日本は良くないんだよ・・・ブツブツ。」
男の服は原色系のジャケットにジーパン姿であったが、服が全てくすんでおり遠くからでも何やら臭いが漂って来そうだった。垢にまみれた黒ずんだ手でこれまた垢にまみれた顔をやたらと撫で回していると思うと、何やら文句の様なことを言っている。男は空席の状況を見定める。乗客はほぼ全てが寝たふりをして、なかには大股を広げて男が来ない様にガードしている者もいる。彼はドキドキしながら薄目を開けて男を観察していた。すると、男は彼の隣にスペースを見出したのかそれとも彼に興味を持ったのか近寄って来て隣に座ったのだった。
「あーあ。うーん。」
男はまるで湯船に浸かる様にしばらく呻いたかと思うと突如彼に尋ねて来た。
「おい、アメリカの大統領知ってるか?」
「・・・。」
彼は寝た振りをしてやり過ごそうとした。
「おい、今のアメリカの大統領知ってるか?」
「・・・。」
「アメリカの大統領だよう。」
「・・・。」
「これだからよう。今の若いのは・・・あぁ。」
男はまた呻き声ともため息ともつかない声をあげる。そして彼の顔を見ていた。彼は今までの人生で無い位ドキドキした。男はしばらくすると諦めたかのように立ち上がりよろよろと次の駅で降りた。彼は反射的に一緒に降りて行った。男は自動改札口で前の客にぴったりとくっつく。サラリーマン風の人は露骨に嫌そうな顔をするが何も言えずにそのまま自動改札を通過する。男はぴったりと付いたまま切符を入れずに自動改札を通過してしまった。要するに無賃乗車だった。
男は何食わぬ顔で駅を出て行くと繁華街の方へと歩いて行く。彼は少し距離を取り男と同じ方向に歩く。男を後ろから観察する。年は五十代後半だろうか。酔っているような足取りで繁華街をうろつく。男は少し歩いては立ち止り、立ち止っては少し歩く。彼は同じ距離を保ちながら男の後ろを歩いたり止まったりして行った。男はしばらく歩いたと思うと路地に入って行く。彼はそれに合わせ路地の前で立ち止まる。男はポリのごみ箱をあさって何かゴソゴソと探し始めた。どうやら晩飯を探している様だ。何やら口の中に放り込みクチャクチャと噛みながらその場を後にする。釣られて彼も歩きだす。しばらく歩くと公園があった。男は公園に入ると公衆トイレの近くの寝床と思われる段ボールの山に入っていった。彼はその様子を確かめるその場を後にした。こんなにドキドキしたのは生まれて初めてだった。
彼はその日以来例の男の姿が忘れられなかった。何か普通の一般大衆には無い強烈な印象が残っていたのだった。あの風貌に異臭そして何よりあの行動はあの男ならではだった。「ほかの奴らは何かしら他人の目を気にしている。虚栄心がある。だがあの男だけは他の人間が何をしようと気にしない。他人にどう思われようとか考えない。」
彼はまた男の行動が見たくなった。そして、その日も帰りに例の公園に寄ってみた。公園に着くと周りを見回してみるが誰一人としていない。今日はいないかとあきらめて帰ろうとした時後ろから
「ザパーン、ザパーン」
という音が聞こえて来る。どこからかと音のする方に近づいてみると果たしてそれは公衆トイレの中からであった。丁度小便がしたかった彼は公衆トイレの中に入ってみる。すると、そこには真っ裸になった男が洗面台に水をためて入浴しているではないか。とは言っても公園の公衆トイレ、お湯が出るはずもない。時期は秋しかも夜、かなり冷え込んでいる。こんな状況で人間が水風呂に入っているなどと今まで想像したことがなかった。彼は男が風邪をひかないかと人ごとながら心配になった。彼はまたドキドキして来た。その場に立っているのも辛い状態になった。だが、その場でいつまでも男を眺めている訳にもいかない。彼は仕方なく小便器へ行き用を足すと手を洗うことも出来ずそそくさとトイレを出た。用を足している間男がこちらを見ていたのは言うまでもない。彼はずっと男の視線を感じ鼓動はさらに高鳴った。何とも言えないこの高揚感。今までの日常生活では味わったことのないこの感覚。彼が帰ってから台所のシンクで身体を洗ったのは言うまでもない。
 翌日、彼は風邪気味だった。室内とはいえ冷水でいきなり行水をするのはこたえた。だが、男を見た時の高揚感は自分が行水をしても全く感じられなかった。怖いもの見たさというんだろうか?だが彼はその原因を探求することを中断した。今それを分析すれば気が狂ってしまいそうだったからだ。今日は外に出る気にならない。とりあえず市販の風邪薬を飲んで寝ることにした。彼はそのまま眠りについた。いつの間にか辺りが暗くなり始めていることが寝ているベッドからでも分かった。一度目が覚めるともはや目が冴えて寝ることが出来なくなっていた。彼は起きて例の公園に行くことにした。
「今日もいるだろうか?」
彼は妙な期待を持っている自分を感じ思わず苦笑した。公園に着く。辺りは既に暗い。公園の周りをフラフラと歩いてみる。何やら辺りが煙っている。焚火をしている様な臭いだ。少し歩きまわるとトイレの反対側の方が少し明るい感じがする。彼は敢えて気にしていない様に装いながらそちらの方に近づいてみた。なにやら明るい茂みの中を覗いてみると例の男がいた。
「いた、何をしているんだろう。」
彼は注意深く覗いてみる。すると、木の棒に何やらにわとりの肉の様な物を差して焼いている。一体何なんだろうか?辺りに散らばる羽を見て彼は気が付いた。
「・・・鳩・・・?」
そう、男は鳩を丸焼きにして食おうとしているのだ。早く食いたいと言わんばかりに内臓を取ることもせずに羽をむしるのもそこそこに焼いていたのだ。その光景を見て彼はまたドキドキとして来た。
 その時、男が声を掛けて来た。
「おい、お前、最近の選挙で勝った新党なんだっけ。」
「・・・。」
男の視線は妙に鋭い。
「新党だよ。新党。」
「・・・。」
「新党!」
「・・・。」
「全く何なんかね。」
男はそれきり口を聞かずひたすら肉を焼き続けた。彼はしばらくその様子を見つめていたがその後どのようにその場を去ったのかどのように家に帰ったのか記憶が遠くなりあまり憶えていなかった。
 翌日も彼は体調が悪かった。心の中に靄がかかった様な気分だった。他の人と接触する気になれない。今日も仮病だ。どこにも出かけたくない。だが、やはり気になる。男のことがやはり気になる。そうなると居ても立ってもいられない。今日も公園に行ってみるしかないと思ったのだった。とりあえず例の公園に行ってみた。
今日は少し時間が早い。だが、だんだん秋も深まる中の平日の夕方だ、誰もいない。奴も居ないのだろうか。公園をひと周りしてみた。するとトイレの傍のダンボールの中から何やら呻き声がしてくる。そちらの方に行ってみた。見れば男が腹を押さえて苦し気に唸っているではないか。
「こいつ食中毒にでもなったんじゃないか?世話の焼ける奴だ。」
彼は男に声を掛けた。
「大丈夫か?」
男は彼を見止めて言う。
「なんだ、いつもの野郎か。また、自信を無くしてここに来たのか?お前の求めることはここには無いぞ。おめえなんかどうせ一人じゃあ生きられないんだろう?だか俺は違う一人で生きて一人で死んで行くんだ。ほっといてもらおう。」
そう言われた瞬間彼は心の中が真っ白になった。そして、男が痛そうに押さえていた腹を力一杯殴っていた。
「痛ってえーっ。」
男は腹をしばらく抑えたがむっくりと立ちあがる。
「おかげで痛みが飛んだぜ。」
と礼を言うと男は彼の顔を三発殴った。たまらず、彼はうずくまる。そこに男は腹部に蹴りを入れる。その後、男はまた腹が痛くなったのかその場に座り込んでしまった。そして黙る。彼はよろよろと立ちあがると、その場を離れたところでまで行き念のため携帯電話から救急車を呼んだ。しばらくするとサイレンの音がして救急車がやって来る。男は何やら騒いでいたようだったが救急車に無理やりのせられ病院に連れて行かれたようだった。その様子を遠くで見届けた上で彼はその場を去った。
 それ以来、男の様子を見にいっても例の場所に男は居なかった。また、新たな『目標』を見つけなければならない。定期もそろそろ切れる。これからはどこに『通勤』しようか。会社をクビになってもう半年も経つ。この路線で通勤ごっこをして周りを観察するのも飽きた。これからはどこに通勤しようか。彼は切符売り場の雑踏の中でしばらく路線図を見つめていた。目の前をちょっとしたモデル風の美人が通り過ぎる。あの時ほどではないがちょっとドキドキした。もっとドキドキするため彼はその女性の後ろを歩いて行った。

変な人たち

変な人たち

どこにでもいそうでどこにもいなさそうな変な人たち。私もその一人でしょうか?あなたもその一人でしょうか?

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-11

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