ボート
ここに湖を一つ置きます。
人造のダム湖です。
昨今のダムは、人の住まない山奥に作られる場合もありますが、
湖底に沈んだ村落がある、そんなダム湖です。
そこに、ボートが一つ浮かんでいます。
ごく普通の手漕ぎボートです。
ボートには、若い男女が乗っています。
向かい合う形ではなく、並んで座って、
それぞれが手にオールを持って2人で漕いでいます。
女の方が非力なので、ボートは直進はせず、ゆるい円弧が湖面に描かれます。
いつしか漕ぐのをやめて、緩い流れにボートをまかせています。
女が静かに歌いだし、
男はそれを聞いています。
ダム湖の緩い流れは橋の影にさしかかっています。
湖にかかる橋で2車線の県道が通っています。
橋の下を通り抜ける時、男は軽くキスをします。
歌は、しばらくとまったあと、
また聞こえ始めます。今度は男も一緒です。
ここで時間を100年戻します。
場所は同じ場所とします。
ダム湖が作られる前に、住んでいた村人が空を見上げています。
彼は未来を見る目を持っています、ですが本人にその自覚がありません。
これは幻なんだと思いながら見ています。
宙に浮かぶボートの底と、多くの魚たちを低い空に見ています。
村人の真横を通り過ぎる魚もいます。
村人は、上機嫌でボートの2人に合わせて鼻歌を歌います。
100年先の流行歌だということを、村人は知りません。
何も知らない小鳥達が、村人が奏でる珍しいメロディに聞き入ります。
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ボート
上と下
今と昔
前と後
境(橋の下には竜宮があるという伝承とか)
などを考えて書きました