サンタ・クロースを捕まえろ
この街では、12月に入るとすぐに雪が降る。寒くて学校に行くのが憂鬱になって、また私は授業を休みがちになる。
でも、雪のせいばかりとは言えない。学校は私にとって、元々つまらない場所だった。
学校を2日休んで、ついに親の堪忍袋の緒が切れた。そんなに行きたくないなら、辞めればいいじゃない、と、涙声で母が言った。
まっこと、まっこと、その通り。
だけど、学校を辞めるつもりはなかった。
いまどき、高校ぐらい出てなきゃあ。なんてプライドは、私にもあるのだった。
久しぶりに入った教室は、相変わらず騒々しかった。
たくさんのグループがあって、たくさんの会話があった。
自分の席に座ってカバンを降ろすと、私は途端にやることがなくなった。ケータイをとりだし、カチカチ、カチカチ、待ち受けとメニューを行ったり来たりした。
アイツはまだ来ないのかな。扉をチラチラと見るけど、入ってくるのはみんなアイツとは違った。そういえば、アイツの家は最近タイヘンだ、という噂を聞いたことがあった。
お父さんが仕事をどーたら、夢を追ってどーたら、収入がどーたら、みたいな。
だけど私は、あんまり気にしていなかった。しょせん他人だし。
それに、私の高校での唯一の友達は、私と同じで元々あんまり学校に来ない奴だったんだ。
昼休みの終わりに、アイツが来た。私はそれまでを一人で過ごしていた。机につっぷして寝たフリをしたり、また無意味にケータイをいじくりまわしたり。やったことのある人ならわかるだろうけど、そういうのはやっててすごく疲れる。アイツは真っ黒なおかっぱ頭をテカテカさせながら、一目散に私に近づいた。
「サンタ・クロースを捕まえに行こう」
そう言うと、私の手をとった。
牛乳の瓶の底みたいに分厚いメガネの奥で、アイツの目は真剣だった。
「こんなとこにサンタがいるっての?」
「静かに。サンタが逃げる」
アイツはベンチの陰に隠れて、しーっ、と怒ってみせた。
昼過ぎの公園ではたくさんの子どもが遊具で遊んでいた。隅っこで集まって話をしているのは、彼らのお母さんだろう。ここにもグループ。私は眉をひそめて、将来子どもができても公園へは一人で行かせようと決めた。
「来た!」
不意にアイツが叫んだ。
おかっぱ頭を膨らませて、頬を上気させている。
公園の入り口を指さしながら、顔に埋もれてしまいそうなちっちゃな目を爛々と輝かせていた。
サンタは自転車に乗ってやってきた。
自転車の荷台にはハンバーグ屋さんのメニュー表みたいな、大きな木板が括りつけられていた。カゴには白い大きな袋が入れてあって、中に詰められたお菓子でパンパンに膨らんでいる。サンタは子どもたちの前に自転車を停めると、木板をたてて、そこに描かれた童話を演じ始めた。
「いまどき紙芝居って」
私は隣で興奮するアイツに構わず、呟いた。
サンタは15分ほど話をしたあと、子どもたちに簡単なクイズを出して、正解した子にお菓子を渡した。正解できなかった子にはお母さんに小銭をねだらせて、そのお金でお菓子を買わせた。つまりは、平均的な紙芝居屋さんの仕事をこなした。
アイツはそれをベンチの陰からジッと見つめているだけだった。
退屈した私は、サンタの二本目の童話をもっと近くで見るため、立ち上がった。アイツが必死で止めたけれど、別にアイツに従う理由もないはずだった。
地面に座り込んでサンタの童話を聞く子どもたちの後ろに、腕組みをして立った。背中のほうで、お母さん方のひそひそ話が聞こえる。
昼過ぎの公園で、子どもたちの後ろで紙芝居に聞き入る制服姿の女子高生。
確かにシュールだろうな、と思った。
サンタは私には気づかないみたいに話を進めた。クイズを出す段階になって私が手をあげることもなくじっと佇んでいても、私を気にする素振りさえ見せなかった。
「君、学校は?」
子どもたちがお母さんに手を引かれ帰っていったあと、サンタは私に話しかけてきた。
「今日、休み」
サンタの顔はモジャモジャの白い付けヒゲに覆われていたけれど、どうやら中年のおじさんがやっているらしいことは分かった。
「かっちり制服着込んで、なに言ってるんだよ」
そういってサンタは笑った。牛乳瓶の底みたいに分厚いメガネの奥で、ちっちゃな目が埋もれて見えなくなった。
「だって学校、つまんないんだもん」
サンタがメガネの位置を気にして、を親指と人差指でクイッとあげた。
「学校は行った方がいいよ。しんどいこともあるかもだけど」
サンタは私に大きな麩菓子を一つわたして、自転車に乗って行ってしまった。
アイツはまだベンチの陰にいた。
膝を抱えて丸くなって、上から見るとおかっぱ頭が真っ黒な毛玉みたいに見えた。
「あのサンタ」
「うん」
「割と、話上手だった」
「そう」
「それから、学校は行っとけってさ」
「うん」
私は麩菓子を半分に割って、片方をアイツに渡した。
「食べる?」
「うん」
「おいしい」
「うん」
アイツは丸くなったまま麩菓子をモソモソ、いじめられっ子の小動物みたいに齧った。
「あれ、もしかしてだけどさ、あんたのさ」
「学校、行こうか」
「うん」
アイツはそう行って先に歩き出した。メガネの位置をしきりに気にする仕草は、さっきのサンタと瓜二つだった。
サンタ・クロースを捕まえろ