ジゴクノモンバンⅡ(7)
第七章 塾ジゴク
「とうちゃんたち、どこにおるんやろ」
「ほんまに、パパはどこいったんやろ」
「あの門番たち、俺たち嘘ついたんかいな」
「ほんでも、この写真だけでは、なかなかわかりまへんでっせ」
赤夫は、虎のパンツのポケットから門番の写真を取り出した。
「ひとりは、しょぼくれたじいさんで、もうひとりは、頼りなさそうな若い奴でっせ。そんな奴、この商店街になんぼでもおりまっせ」
「そうやな。みんあ、同じように見えるわ。でも、商店街には、さっきのイベントのように、若い奴は確かにようけおるけど、年老いた奴はあんまりおらんのと違うのか。特に、おっさんやおじいはんは」
「そうでんな。若い女性やおばはんに交じって、若い男はおるけれど、年老いた男はいませんな」
「おっさんたち、どこにおるんやろ」
「商店街が華やかやら、くすんだおっさんたちは居心地が悪いんと違いまっか」
「ほんでも、おるんはおるで。ほら、あそこ見て見い」
青太が指を差す。
「ほんまや。商店街の隅っこの方に、なんや黒や灰色の生き物が動いてまっせ。巨大なゴキブリでっか」
「ゴキブリやない。おっさんや」
「えらい、隅っこに追いやられてまっせ」
「追いやられとんとは違うで。自分から隅っこを歩いとんのや」
「そんなに日陰もんなでっか、おっさんは」
「じめじめして、暗いところが好きなんやろ」
「商店街は明るうおまっせ。明るいとこの中から、わざわざ暗いところを歩くんやったら、木が生い茂った山ん中でも歩いたらええんとちゃいまっか」
「暗いところが好きんなんやけど、一人では寂しいんや」
「寂しいんは、おっさんだけやないと思いますわ。あの、ピコピコ、ピコピコしてる奴らも寂しいんと違いまっか」
「俺らも、とうちゃんがおらんから寂しいなあ」
「ほんまや。パパはどこにおるんやろ」
「きっと、とうちゃんたちもこの人間界に落ちて来て、寂しがったんとちゃうか」
「パパ、パパはどこやろ」
「辺りがだいぶ暗うなってきたで」
「夜でっせ」
「もう疲れたわ」
「足が棒でっせ」
青太たちは、他の若者たちのように、空き店舗のシャッターの前に座りこんだ。
「あーあ。疲れた」
「ほんまに」
その時、自分たちよりも年少の子どもたちが前を歩いて行く。
「あいつら、なんやろ、小学生かいな」
「身長から言えば、そうでんな。イベントは終わったんとちゃいまっか」
「夜にもお祭りがあるんかいな」
「また、参加しまひょか」
小学生たちは次々とビルの中に入っていく。
「あのビルの中でイベントがあるんかいな」
「それにしては、みんな、カバンを持ってまっせ。どう見ても、遊びに来たようにはみえまへんわ」
「ほな、なんや」
「ビルの看板になんとか塾と書いてまっせ」
「塾かいな」
「塾でっせ」
「あんな小学生が」
「僕らと同じ小学生でっせ」
「赤夫は塾に行っとんかいな」
「いいえ」
「俺もや」
「黄助や桃太郎は行ってるらしいでっせ」
「ほんまかいな。俺ら遅れとるんかいな」
「鬼からだけでなく、人間にも遅れとる」
青太と赤夫が話しこんでいると、授業が終わったのか、省ファ九生たちはビルから出ていく。それを待っていたかのように、小学生たちよりも大きな子どもが入っていく。
「こんどは、中学生かいな」
「たぶん、体つきから、そうでっしゃろ」
「小学生から塾に通って、中学生になっても、塾かいな。みんな、大変やな」
「僕らも、鬼の中学生になったら、塾に通わなあかんかいな」
青太と赤夫は再び話しこむ。
しばらくすると、中学生たちががやがやとビルから出ていく。それを待っていたかのように、より体の大きな人たちがビルの中に入っていく。
「こんどは、高校生かいな」
「そうでっしゃろ」
「時間はだいぶ遅いで。何時やろ」
「小学生から始まって、中学生、高校生と、いつまで塾に通うんやろか」
「一生、勉強や言うてますから、一生とちゃいまっか」
「一生か。ほんでも、腹へったなあ」
「ほんまに、お腹がすきましたな」
高校生たちがビルから出ていく。
ビルの電気が消された。商店街も真っ暗になって、静かになった。
「グーグー」
青太と赤夫のお腹だけが鳴り響く。
ジゴクノモンバンⅡ(7)