メリーゴーランド

いつも何か刺激が足りなくて、いつも何かに不満を抱いてる。
街を歩いてみても音楽を聞いてみても、今噂のスイーツを食べてみても
何か足りない。
これは私が出会った、きっとアリエナくて普通じゃない一夜の不思議なお話。



美妃。18歳。フリーター。
私は、彼氏もいて好きなアーティストにきゅんきゅんして
遊ぼうと誘えば快く遊んでくれる友達もいる、普通のひと。
きっとこのまま、結婚して子どもを産んで幸せに年をとっていくと思う。
でも、時々何か足りなくなる。
彼氏と会えない時は、メールを見返して見たりプリクラを見たりして
寂しさを紛らわし、好きなアーティストがテレビに出る時は夢中になって
その番組を見る。
その瞬間はとても幸せだし、満たされた気持ちになる。
でもなんでだろう。
ふと、寂しくなる。
悲しくなる。
自分はこのままでいいのかと、不安になる。
死んだらどうなるんだろうなんて、変なことを考えてみたりする。
そして、眠れなくなるのだ。
どうしようもなく大きな不安と悲しみに襲われて、眠気がどこかへ消えてしまう。
体は眠りたいのに、脳がそうはさせてくれない。



布団にいてもしょうがないと思った美妃は、家を出た。
年が明けたばかりのこの季節は、星が綺麗に見えた。
都心から少し離れた美妃の住む町は、街灯も少なく、星空がよく見える。
星空を白く不規則に染めながら、美妃はただ歩いた。
鳥も虫も、ヘリコプターも飛んでいない。
夏には虫の声がうるさい位に聞こえてくるが、今のこの時期はとても静かだった。
まるで、自分一人だけが存在しているみたいに。


ほんとに自分だけが存在してたら、どうなるんだろう…


ぽつりと呟いた声も、暗闇と寒さの中に消えてゆく。
そのまましばらくして、ふと気付くと見知らぬ所に居ることに気がついた。
自分の家からそう歩いていないはずなのに、星空を見ながら歩いただけなのに。
美妃が立っていたのは、森の中だった。
目の前にはとても綺麗に回る無人のメリーゴーランド。
音楽なんて流れていないのに、何かクラシックが聞こえてくる気がする。

いらっしゃい。眠れないんだね。


突然響いた声に、目が大きく開いて肩が強張る。
恐る恐る振り返ると、そこには立派な大木の根元に座るおじいさんの姿があった。
長いひげを一つにまとめて、からわらには杖が置いてある。
和やかにこちらを見ているその姿は、
まるで仙人かなにかのようだ。


おいで。何もしないよ


また声が響くと、自分の意思とは関係なく体がおじいさんの方へ歩き出した。
驚きで体は強張ったままだが、恐怖は薄れている。


眠れないんだね。美妃。

あたしの名前…

そんなことはどうでもいい。今夜は美妃のためにこの森は貸切だ。
眠りにつくまで星を眺めるといい。

おじいさんの森?あたし、家からそんなに歩いてないんだけど…


おじいさんの目の前までくると、体が座った。


美妃には私がおじいさんに見えるか。

どういうこと?

この森にはたくさんの若者が入れ替わりにいつもやってくる。
私の姿は見るものによって変わるんだ。
例えば美妃のように老人に見えたり、あるものは意中の異性に見えたり
あるものは親に見えたり、何か神話の神のようなものに見えたり。
動物に見えるものもいる。
私の姿はこの世界に存在する人間の数だけ存在するんだ。
さて。そんなことより。
美妃、お前は今とても大きな不安に襲われてはいないかな?


おじいさんは目を少しだけ開いてこちらに向けた。
優しい瞳なのに、しっかりと強さを感じる。
話してもいない自分の本心を言われて、また驚く。

その不安を感じているのは、お前だけではない。
ここに来る若者みんなが感じているものだ。
今の若者はどこがで何かを諦めている。
何かが起きても自分には関係ない、何かを目指そうにも興味が湧かない。
好きなことをしている時はとても楽しいし、満たされた気になる。
だが、その気持ちもすぐに冷めてしまう。
そして足りない刺激をいつも心の何処かで求めている。
想像の出来ない未来への不安に、押しつぶされそうになる。
自分は将来子どもをしつけられるのだろうか?
きちんと、常識のある人間に育てられるのだろうか?
いや、それさえも考えないものもいるな。
子どもが子どもを産む、というやつか。
将来への不安から、道を外れるものもいる。
もがいてもがいて、正解にたどり着けるものと、つけないものがいる。
漠然とした不安と悲しみは、誰もが感じることなんだ。


黒に近い深い碧の下で聞くおじいさんの話は、普段の自分なら絶対に聞けていなかったと思う。途中で寝てしまっていたと思う。
でも、何故かこの瞬間は自然に頭に響いた。
すんなりと、空気を吸って吐くように、当たり前のように。


いつか自分の正解にたどり着ける時まで、不安に襲われるかもしれない。
いや、もしかしたら正解だと思える時は来ないかもしれないし、不安だと思う事がなくなるかもしれない。
だが、刺激より、幸せが大事だと本当に心から分かる時がきっと来る。
今は目標もないだろう。
今が楽しければそれでいいだろう。
美妃はまだ若い。失敗しても、やり直しが効く。
興味があると思った事が少しでも出来たら、なんでも挑戦しなさい。
失敗を恐るな。
失敗から気づけることだってあるだろう。
今の幸せを、忘れるな。
不安を恐るな。
泣きたくなったら泣けばいいし、笑いたくなったら笑なさい。
刺激が足りなくなったら、とりあえず炭酸のジュースでも飲みなさい。
一生をつまらないままで終わらせたくないなら、チャレンジすることだ。
挑戦しなければ、失敗も成功も、正解も不正解も、刺激も訪れない。
わかったかい?


少し得意げな顔で炭酸ジュースの話をされて、少しだけ笑った。
いつの間にかさっきまであった自分の中の不安は、どこかへ消えていた。
ジョークであろう、炭酸の話のおかげだろうか。
深い碧は、気がつけば少し淡くなり始めていた。


今はわからなくてもいい。
また大きな不安に襲われたら来なさい。
いつでもここで美妃を迎えよう。


とても優しい笑顔で抱きしめられたかと思うと、何も見えなくなった。
次に気がついた時に、あたしは自分の家の自分の部屋で布団に寝ていた。
あれはなんだったのだろう。
夢にしてはリアルで、おじいさんの温もりもまだ覚えている。
窓を開けると朝日が輝いている。
まぶしさに目を細めながら朝日に手をかざして、指の間から漏れて見える陽の光に
おじいさんを重ねた。
夢でもなんでもいい。
あたしはなにか、刺激よりも大切なモノを手に入れた気がする。

メリーゴーランド

メリーゴーランド

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-03

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