わがままサンタのルーイ

初投稿になります。もう過ぎてしまいましたが、クリスマスということで、童話をイメージして書きました。ご感想お待ちしています。

 これは、ボクがひいおばあちゃんから聞いた話。ひいおばあちゃんの、そのまたひいおばあちゃんのひいおばあちゃんが生きていた頃の話。

 まだ中世の町並みが色濃く残る、フランスのとある郊外。街の賑わいも遠ざかった山あいの道を進んでいくと、切り立った崖のそばに、一軒の邸宅が建っていた。そこに住んでいる男の子――彼はルーイといい、貴族の息子だった。そのため毎日を何不自由なく過ごせていたが、ルーイには一つ問題があった。
 というのも、彼はとてもワガママだったのだ!
 ある冬の朝、窓には霜がおり始めていた。そして、ルーイはそのときも召使いのサラを困らせていた。

「ルーイぼっちゃま、朝ですよ。起きてください」
「……まだ夜だよー。眠いよー」
「それは、ぼっちゃまが布団を被ってらっしゃるからです。早く朝食に行かれないと、ご主人様に怒られますよ?」
 サラがそう言うと、ルーイはまだ半開きの眼を布団から覗かせて喚いた。
「やだ! ぼくお菓子がいいもん! クッキーとキャンディとそれとタルト! 急いで持ってこなきゃお前なんかクビだからな!!」
それだけ言い終わると、ルーイはまた布団を頭に被り、丸くなったまま、石のように動かなくなった。
「はぁ、困ったわ……」

 ルーイがなぜワガママになったのかは、大変な謎だった。そのため、サラだけでなくルーイの両親や召使いたちは皆、頭を悩ませては、毎日のようにウンウンうなっていたが、ルーイは知る由もなかった。
 そんな彼には、この時期なによりも楽しみなことがあった。
――それは、クリスマス。盛大なお祝いをして、美味しいご馳走を食べた後、サンタクロースが枕元に運んでくるプレゼントをルーイは毎年心待ちにしていた。
 去年のお願いは「エッフェル塔のように大きなお菓子」。その前は「ピラミッドの別荘」。さらにその前は「ペットのホッキョクグマ」……
――そして、今年は「サンタクロースになりたい」だった。

 みんなが寝静まったころ、ルーイは一人、ベッドの中で胸を高鳴らせていた。サンタクロースへの手紙は書いたし、来たときに喜ばせるためのミルクとクッキーも一緒に添えてテーブルに置いてある。あとはサンタさんが来るのを待つだけ――。もしかしたら、運良くお話できるかもしれない。そんなことを考えていると、余計に目が覚めてしまうのだった。
 それからしばらくして、ルーイはどこからか鈴の音が聞こえてくるのに気付いた。それは随分と歯切れの良い音で、聴いているとなんだかウキウキするようだった。
 しかし、いつまで経ってもその音は通り過ぎる様子がない。それどころか、ますますルーイの家に向かって近づいてきているようだった。
 不思議に思った彼は、寝室の窓を開けた。
 すると、月に映し出された黒いシルエットが、なんと空からこちらに向かってやってくるではないか!
 ルーイはその動物を図鑑でしか見たことがなかったが、木の枝のように分かれた角と、大きなそりを引く姿から、すぐにそれがトナカイだと分かった。けれども、肝心のサンタクロースはどこにも乗っていないようだった。
 二匹のトナカイたちはそりを窓に横付けすると、毛並みのよい身体をぶるりと震わせた。
 ルーイは、目の前で起きたことが信じられなかった。まさか、まさか、トナカイが空からやって来るなんて……。サンタクロースが乗っていなかったのは残念だけれど、間違いなく今までの人生の中で最高のプレゼントだと、ルーイは思った。
 宙に浮く身体を不思議がったり、少しゴワゴワとした毛並みを確かめていると、彼は、そりの中にサンタクロースの服と帽子、そして大きな袋が入っているのを見つけた。手に取ってみると、その服のサイズが自分にピッタリだという事に気付いた。
 なんて素敵なおくりものなんだろう! ルーイはあんまり嬉しくて、それをギュッと抱きしめた。服は小さいながらも丁寧に縫われており、一枚でずいぶんと寒さをしのげそうだった。
 ルーイは、パジャマの上からその服を着ることにした。
 服を袖に通していると、何かが彼の手に当たった。それはルーイが父親からもらった金の懐中時計で、彼がいつも大事そうに首にかけていたものだった。
 ルーイは一瞬時計を外そうかどうか悩んだが、結局つけたままにすることにした。というのも、彼はとても物を大事にする性格で、失くすのを何よりも嫌ったからだ。
 赤い立派な服を着た彼は、誰が見ても「かわいい」サンタクロースだった。ルーイは部屋にある大きな鏡で自分の勇姿を確認すると、満足そうに窓からそりに乗り込んだ。
 そりは不思議な乗り心地だった。ルーイが体重をかけると上下にゆらゆらと揺れたが、決してひっくり返りそうになることは無かった。座席はルーイが寝そべられるくらい広く、これなら大きなサンタさんが乗っても大丈夫だな、と彼は思った。
 すっかり気を良くしたルーイは、座っている赤いソファをポンポンと叩くと、「出発進行!」と叫んだ。するとその指示に従うかのように、二匹のトナカイたちは鈴を鳴らしながら、ゆっくりとそりを引き始めた。
 空の旅はルーイにとって初めての体験だった。どこを見渡しても遮るものがない広々とした空。その空に散りばめられた満天の星たち。ヒュルヒュルと頬をかすめる冷たい風。何もかもが新鮮で、感動の連続だった。
 その中でも、特に素晴らしかったのは街の灯りだった。
 大小様々な街灯があちこちに並ぶさまは、まるで夜空の星々をそのまま水面に映したようで、手を伸ばせば届きそうなまばゆさに、ルーイはとても興奮した。
 街の灯りを過ぎ、いくつもの山々を越えた後、そりはゆっくりと高度を落とし、雪降る街へとルーイを運んだ。

 夜のとばりは街全体を覆い尽くそうとしていたが、賑やかな大通りだけはそう出来なかったようだ。その通りに立ち並ぶ家々の間から王冠をかぶったような塔が三つ、ひょっこりと顔を出していた。蛍のように淡い灯りは街に光を与え、それに呼応するように建物や冠の塔は黄金色に輝いていた。
 トナカイたちはオレンジ色に染まった通りの端にそりを止めると、再び飛び立とうとはしなかった。それを悔しがったルーイは何とかして飛ばせようと、ソファを叩いたり、体を揺すったりと色々してみたものの効くことはなく、しまいには呪いの言葉を吐いて、さじを投げてしまった。
 あらためて街全体を見渡すと、どこもかしこも雪が積もっており、人が歩くと長靴の痕が深く地面に残った。あちらこちらでは、商人たちが景気のいい声を上げながら、年末最後の大売出しをしている。ここはどうやら店などが立ち並ぶ通りらしい。道行く大人たちは、ルーイの倍以上の背をしてるくせに、コートを着てやけに縮こまりながら歩いていた。なんだか、みんな忙しそうだ。もちろん、ルーイの格好に目を留める者など誰もいなかった。
 白い吐息で手を温めながら立っていると、ふと、ある金髪の少女が彼の目に止まった。
 先を急ぐ大人たちの中、道端にぽつんとうずくまる彼女も、ルーイと同じくかじかむ手を温めていたのだが、その身なりは随分みすぼらしく、およそ着ているものといえば、身に纏っている服とも呼べないボロ切れだけだった。裸足のまま雪の上に居る少女を、ルーイは少し哀れに思った。
 少女を見ていると、ルーイはあることを思い出した。
 彼女にクリスマスのプレゼントをあげればいい。そうすればきっと喜んでくれるはず――。
 ルーイは急いで人ごみをかき分け、少女の前に立つと、とびきりの笑顔でこう言った。
「メリークリスマス、お嬢さん! 今日はみんなが祝福される日です! 僕は君のために素敵なプレゼントを持ってきました! さあ、遠慮せずに何でも言ってください!」
 いきなりそう言われた少女は青い瞳をパチクリさせ、言葉を詰まらせていたが、やがて、それが冷やかしでないことが分かると乾いた唇を震わせながら答えた。
「……服。……あったかい服が、欲しい」
「服? わかった。ちょっと待っててね」
 ルーイは肩に下げた大きな袋を地面に下ろすと、中身を調べ始めた。
 中には人形や、模型を始めとしたさまざまなオモチャが入っていた――が、どこにも衣服の類は見受けられなかった。
「うーん、ないなぁ……。悪いけど、君の望んでるものはあげられないや。……きっとまた誰かが助けてくれるよ。それじゃあね」
 ルーイが適当にはぐらかしてその場を離れようとすると、ふいに服を掴まれた。振り返ると、少女は口を僅かに開き、何か物言いたげな表情をした。
「服、あるよ……。あったかそうなやつ」
 少女が掴んでいたのは、サンタクロースの服の袖だった。ルーイはハッと気づくと、慌ててその手を振り払った。
「これはダメ! サンタさんが僕にくれたのに、なんで君なんかにあげなきゃいけないんだ!」
 絶対に取られまい、と脇目も振らずにそりまで戻ったルーイだったが、少し後ろめたさが残り、建物の影から少女の方をそっと覗き込んだ。
 少女は、また同じ体勢でうずくまっていたが、その表情は悲しげで、今にも崩れてしまいそうだった。目には今にも溢れそうなほど涙が浮かんでいた。
 ルーイはその光景をしばらく眺めていたが、やがて目をつぶり息を深く吐き出すと、彼女の元へ駆け寄った。そして自分の上着を脱ぐと、それを綺麗に折りたたみ、彼女に差し出した。
「はいこれ!」
 少女は今度こそ狐につままれたような顔をしたが、おずおずと手を伸ばすと上着を受け取った。
赤い洋服は手触りが良く、僅かに残るその暖かさが、彼女の頬を緩ませた。
「いいの?」
 服を脱いだルーイは、上はパジャマ、下はサンタのズボンと、何ともちんぷんかんぷんな格好だった。
「さっき思いっきり走ったらさ、体が暑くなってきちゃって。だからもういいんだ。君にあげるよ」
 その時、ひゅうと北風が吹くと、それに合わせてルーイの体もぶるりと伸び上がった。それが可笑しくて少女はふふ、と初めての笑みをこぼした。
「……ありがとう」
 彼女にそう言われると、ルーイは自分の胸の奥がなんだかむず痒くなるのを感じた。でも、その正体が分からずに心はモヤモヤとしたままだった。

 次にトナカイが降り立ったのは名も無き街だった。
 賑やかな喧騒から離れ、ルーイの目に映ったのはひしめき合うように並んだ家々だった。車が二台やっと通れるような道のすぐ端には、そびえ立つ崖のように住宅が並んでいる。そのどれもがすすけた色をしており、活気は微塵も伝わってこなかった。
 ルーイは急に孤独を感じた。その街は決して小さくはないのに、家族の団欒はおろか、人の息遣い、ましてや動物の鳴き声すら聞こえてこなかったからである。ルーイは巨大な壁に挟まれた自分が、まるで何者かに監視されているような気さえした。
 寒さと恐怖におののきながら進んでいると、急に何かが前に飛び出してきた。
「わああぁぁあああああ!!?」
「えええぇぇえええええ!!?」
 ルーイが叫ぶと、それに驚いた何かも叫ぶ。辺りが暗いために相手の姿がよく見えず、お互いは思わず距離を取った。
 やがて慣れてきたルーイの目に映ったのは、小さな黒人の男の子だった。丸刈りの頭でボロボロのサッカーボールを抱えた彼はルーイの方を見て、明らかに動揺していた。
「ご、ごめん、驚かせちゃって。僕はサンタクロースなんだ。決して怪しいものじゃないよ!」
 そう言うと、男の子は余計に訝しんだ。
「嘘だい! お前みたいなサンタがいるもんか! 上はパジャマだし、トナカイも連れてないし!」
 何とか、誤解を解こうと、ルーイは男の子ににじり寄った。
「誤解だよ! 上は暑いから脱いだだけで、それと、トナカイは、あいつら動いてくれないんだ!」
「うわああ!! もういい! いいから、こっちくんなぁ!」
 男の子はとうとう喚き始めた。
 するとその声を聞きつけたのか、近くの家からルーイと同じくらいの黒人の少年が出てきた。彼は男の子をなだめると、訳を尋ねた。
「どうした、何かあったのか?」
 少年が尋ねると、男の子はしゃくり上げながら言った。
「あいつ、変なんだ! 自分のことサンタクロースとか言ってるくせにパジャマ着てるし! 兄ちゃん怖いよぅ……」
「誰かいるのか?」
 おもむろに少年が前を向いた時、ルーイはつい目を合わせてしまった。
 そして、しまったと思う。もし不審な奴だと思われ、襲われたら自分では歯が立たないだろう。
 じっとこちらを見つめてくる少年を警戒しながら、いつ逃げ出すかの算段を立てる。緊張の糸は限界まで張り詰められていた。
「なぁんだ、お客さんか!」
 沈黙を破ったのは少年の方だった。そのあまりにすっとんきょうな声に、ルーイの方が腰を抜かしそうになった。
「君、きっと別の街から来たんだろ? ここらじゃ見ない顔だし。俺はロベルトっていうんだ。さっきは弟が脅かしちゃってごめんな。あ、そうだ! 突っ立ってるままじゃ寒いだろ? 中に入りなよ!」
 早口でまくし立てる少年に、ルーイはすっかり気圧されてしまった。
「えっと、いいの? その……僕なんかが家に上がっても」
「もちろん! 全然構わないし、むしろ人が増えた方が賑やかで楽しいからな!」
 彼は悪びれる様子もなく、ニコニコしながら玄関を差した。トタンで出来た古い扉を開け、ルーイが中に入っていくと――、
「兄ちゃん、お帰り!」
「お帰り! あれ? その人だれ?」
「おかえり! もうお腹減ったよ~」
 右から三歳くらいの男の子、六歳くらいの女の子、四歳くらいの女の子が一斉にルーイたちを出迎えた。さっき外にいた男の子も合わせると五人だろうか……。
「びっくりしただろ? 実は、奥の部屋にもう一人居るんだよ」
「まだいるの!?」
「ああ、まだ赤ちゃんだけどな」
 ロベルトはルーイを奥の部屋へと案内した。子供たちは何も言わなくても彼について行く。それは、きっと彼が認められている証拠なのだろうとルーイは感じた。
 奥へ進んでいくと、少し広い部屋に出た。家具は全て使い古されたもので、中にはどう見てもガラクタにしか見えないものもあった。ここはどうやらダイニングのようだ。
 彼はそこを抜け、ドアのない部屋へと入っていった。ルーイが後を追うと、そこは寝室だった。いろいろな色の布を結んで作られたカーテンや、あまり寝ごこちが良さそうにないベッドが並ぶ中でロベルトは一番小さなベッドの傍にいた。覗き込んでみると、そこにはまだ歯も生えていない小さな赤ん坊が眠っていた。
「可愛いね、名前はなんていうの?」
「フォーゴって言うんだ。光っていう意味が込められてるんだよ」
「光、か……。あれ? そういえば何でこの子は白人なの?」
 考えてみればおかしかった。ここの家族はみんな黒人なのにどうしてなんだろう……。
「捨て子なんだ。フォーゴって名前も俺が付けたんだよ」
「え……」
 あまりにあっさりと話す彼に、ルーイは驚きを隠せなかった。
「この子だけじゃないぜ。ここの子供はみんなそう。大人たちの勝手な都合でこのスラムに捨てられたんだ。勿論、俺もね。俺は捨てられていたみんなを見て放っておけなかった。だから、弟たちとは血でつながっている訳じゃないけど、それでも、大切な家族だよ」
「そんな……。じゃあ、この家にはお母さんとかお父さんも居ないの?」
「いないよ。近所に仲のいいおじさんはいるけど、基本は俺たちだけで生活してる。料理と洗濯は妹たちで、力仕事は俺と弟。ついでに、俺はフォーゴの世話とお金のやりくりって感じで分担してるんだ」
「…………」
 言葉も出なかった。この子達に自分が普段どんな生活をしているか話したら、きっと、二度と口も聞いてくれないだろう。自分は、なんてちっぽけで、面倒くさがりで、ワガママな奴なんだ。僕は一体何のために生まれてきたんだろう。僕は……
「……イ、ルーイ?」
 気がつけば、ロベルトが自分の顔を覗き込んでいた。ハッとして我に返る。
「あ……、ごめん、何でもないよ」
「そう? じゃあせっかくだからさ、抱っこしてみない?」
 彼は手で抱きかかえるような仕草をした。
「えぇ!? だって僕、そんなことしたことないよ……」
「大丈夫だって! コツを教えてあげるからさ」
 ロベルトはニカッと白い歯を見せて、フォーゴを優しく抱きかかえると、ルーイに差し出した。ルーイは慌てながらも、泣かせないように、出来るだけそっとフォーゴを受け取った。
 ――赤ちゃんというのはこんなにも重たいものなのか。ルーイは驚いた。小さな存在としか思っていなかった赤ん坊は、確かに自分がここにいると主張しているようだった。
(赤ちゃんって、大きいんだなぁ……)
 その純粋で小さな瞳は、見るもの全てをからっぽで平等にさせた。
 この子が笑ったら、きっと誰もが微笑むだろうな、とルーイは思った。そして、ふとあることに気付く。
「光ってそういうことか……」
 この子をいつまでも見つめていたい。そう思った時だった。
「うー、うぅー、おぎゃ、ほぎゃあ! ほぎゃあ!!」
 急にフォーゴが泣き出した。それも尋常じゃない位に。
「うわぁ! どうしよ、なんか変な抱き方しちゃったかな……」
「うーん……、これは多分、お腹がすいたんだろうな。ちょっと悪いけど妹たちとご飯を作ってくれないか? 俺、あやしてるからさ」
「う、うん。分かった」
 ダイニングに戻ると、妹たちは既に夕食の準備に取り掛かっていた。
「えっと、何か手伝えることないかな? 君のお兄さんに頼まれたんだけど……」
 一番上の妹はしばらく考えた後こう言った。
「じゃあ……スープを作ってくれる? 今日は豆のスープよ」
「スープ? ターキーとかクリスマスケーキは作らないの?」
 ルーイがそう言うと彼女は深い溜息を吐いた。
「……呆れた。サンタさん。あなた、ここをどこだと思っているの?」
しまった、と思った。うっかり口を滑らせてしまった……。
「はぁ……、まぁいいわ。早くしないとフォーゴのことでお隣に迷惑言われちゃうし。あ、その暑そうな帽子は取ってよね」
 料理など一度もしたことがないルーイだったが、妹たちの助けの甲斐あって、意外にもうまく作ることが出来た。
 そして、ルーイを含めた家族は皆、食卓についた。テーブルの上には一切れのパンとルーイの作った豆のスープが湯気を立てている。
「よし、全員揃ったね。じゃあ、いただきます!」
 少年がそう言うと皆はそれに続き、楽しい夕食が始まった。
「今日は豪華だねー」
「美味しそう!」
「おかわりはまだあるからね~」
 ルーイがスープを啜っていると、向かいから声がした。
「これ、美味しい……!」
 見ると、一番初めに会った男の子だった。それからは気まずくなり、お互いに話すことは無かったが……。
「それ、そこのお兄ちゃんが作ったのよ」
 一番上の妹に言われると、男の子はルーイの方を見た。
「へ、へぇ、お前が作ったんだ……」
 言葉に詰まる彼の様子を見て妹は背中を叩いた。
「なによ、ウジウジして! お礼したいんならちゃんと言いなさい!」
 男の子は少し目を逸らし、恥ずかしそうに答えた。
「う……、その、作ってくれてありがと。それと、さっきはあんなこと言ってゴメン、なさい……」
「いいよ、僕の方こそ驚かせちゃったし」
「そりゃそうね、こんな格好のが来たら誰だって驚くわよ」
 一言余計だとロベルトにつっこまれて、食卓は笑いの渦に包まれた。
 そして、食事も終わりに差し掛かった頃、ルーイはとても大切なことを思い出した。
「そういえば、僕はここにプレゼントを運びに来たんだ。すっかり忘れてたよ。何か欲しいものとかあるかい?」
「おもちゃ!」
 一番下の男の子が叫んだのをロベルトの手が制した。
「期待にそえなくて悪いけど、欲しいものは特にないな。例え、おもちゃを貰ったとしても、普段の生活の差し支えになるだけだし。だから、今のままで十分だぜ」
「そんな! せっかく色々してくれたのに申し訳ないよ……。なんでもいいんだ。何かない?」
「うーん、そうだなぁ……。強いて挙げるなら生活費くらいだけど……」
 ルーイはしばし悩んだが、袋の中には使い道のないオモチャしか入っていないことを思い出し、うなだれた。
「……ごめん。お金は持ってないんだ。なんだか役に立てそうにないね……」
「そんなことない! ルーイは夕食の準備も手伝ってくれたし、何よりこの家に笑顔を運んでくれたんだ。もう十分助かったよ」
「ロベルト……」
「あ、そうだ。フォーゴにご飯をあげないと。ほら、皆手伝え!」
 少年がそう言うと子供たちはみな片付けを始め、忙しそうに寝室に入っていった。ダイニングにはルーイただ一人が残った。
 ルーイは思った。自分には何が出来るのだろうと。自分ひとりではこの家族を救うことすら出来ないが、それでも何かしてやりたい……。やり場のない悲しみだけが残った。
 ふと、先ほどの男の子の言葉を思い出した。その言葉が頭の中で反芻すればするほど、ルーイは何だか嬉しいような恥ずかしいような気分になった。そして、胸の奥が何だかむず痒くなるのを感じた。
――――まただ。
 ルーイがその正体を探せば探すほど、答えは心のどこかに隠れモヤモヤとした気持ちだけが溜まっていった。
 その苦しさのあまり胸を抑えると、手に何か硬いものが当たった。
 それは父親からもらった懐中時計だった。大切にしていた金色の時計はルーイの手の中で永久の輝きを放っていた。
 ルーイはその時計をしばらく見つめると、静かにテーブルに置き、そのまま家を後にした。

 最後にトナカイが降り立ったのは、賑やかな街だった。そこは初めに訪れた街によく似ていたが、その街よりも装飾はきらびやかで、誰もがクリスマスをお祝いしているようだった。
 ルーイは降りた道の向かい側に一人の老人が座っているのを見つけた。老人はボロボロの衣服を纏ったまま、建物に寄りかかり、静かに人ごみを眺めていた。寒さに震えるでもなく、ただ蓄えた白い髭を撫でながら道行く人を眺めるその姿は、ルーイの目にはなぜか特別な存在に見えた。
 ルーイはそりから降りると、恐る恐るその老人に近寄り、声をかけた。
「こんばんは、おじいさん。今日は冷えますね。 ……僕はあなたに暖かい上着を分けてあげたいけれど、あいにく先にあげてしまった人がいるんです。上着を買うお金をあげたいけれど、もう価値のあるものは何もありません。今の僕には何も出来ないんです、……ごめんなさい」
 老人は視線を静かにルーイへと向けると、暖かく微笑んだ。
「その格好を見れば分かるよ。それよりも、かわいいサンタさん。わしにお土産話を聞かせちゃくれないかい? わしはそういうのを聞くのが大好きなんじゃ。ほれ、ここに腰掛けて」
 そう言って老人は自分の隣をポンポンと叩いた。
 ルーイが腰掛けると、そこからは街の景色が一望出来た。教会の真下には大きなモミの木が植えられており、キラキラとした装飾で見事に飾られていた。その下では、サンタクロースの衣装を着た少女がベルを鳴らしながら、道行く人々を祝福している。
 ルーイはその様子を眺めながら、今までの体験を老人に話した。老人は何も言わずに時々、頷くような仕草をした。
 全てを話し終えると、ルーイは一つため息をついた。それは白
い吐息となって、上へ登っていくと、やがて黒々とした空に紛れ見えなくなった。
 老人は立派な白い髭を撫でた後、ルーイの方を向き、静かに頭を下げた。
「ありがとう」
 その時、またあの時の感情がルーイの内に蘇ってきた。胸の奥のむず痒さは止まらなくなり、モヤモヤが詰まった心は今にもはち切れそうだった。
 ルーイはふと、自分が泣いていることに気がついた。涙はいくら拭っても拭いきれず、その度、指の堤防を乗り越えていった。
「この気持ちはなんだろう……」
 頭の中で浮かんだ言葉がそのまま口に出たことに驚き、ルーイはとっさに手で塞いだ。
「それは『感謝される』という気持ちじゃよ」
 思わず体がピクリと反応する。ルーイが老人の方を向くと、彼は相変わらず髭を撫でながら人通りを眺めていた。
「今、通りを歩いている彼ら――――ほとんどがお金持ちじゃが、もしある男が女性に一〇〇万円もする指輪をプレゼントしたとする。彼女は喜ぶじゃろうか?」
「喜ぶと思います。高いものをもらって嬉しがらない人はほとんどいないでしょうから」
「ふむ……。では、その男の子どもが彼のために絵を書いたとしよう。絵はとても下手で、例えそれが彼の顔を描いたと言われても誰にもわからない。それをもらって男は喜ぶじゃろうか?」
「……はい。その男が子どもを愛していれば」
「ふーむ。なかなか君は利口な子のようじゃな。では君の場合はどうじゃろう。上着をもらった女の子は、スープを作ってもらった男の子は、喜んでくれたじゃろうか?」
「…………分かりません。だって、それは根本的な解決になっていませんから」
「おや、そうじゃろうか? 少なくともわしは話を聞けて、とても嬉しかったぞ?」
「……」
「お金は生きていくためには欠かせない大切なものじゃ。しかしこの世にはそれ以上に大事なものがある。それは『思いやり』じゃ。思いは金では買えない。そりゃ、確かにお金をかけたほうがいい物が買えるというのはある。じゃが、あまり背伸びしすぎて無駄になっては意味がない。一方、思いというのはいくら積み重ねても崩れたり減るものではない。むしろその分だけ自分の気持ちも相手に伝わるはずじゃ。君がしてあげたことは間違いなんかじゃない」
「そうでしょうか……」
「そうとも! それと、君がサンタクロースなら忘れてはいけないことがあるよ。それはサンタクロースはプレゼントだけじゃなく、笑顔を届ける仕事だということじゃよ!」
 そう言うと、老人は立ち上がった。その体は思ったよりずんぐりとして、まるで誰かさんみたいだった。
「おじいさん、あなたは、もしかして……」
 老人はルーイの帽子をヒョイとつまむと、高らかにこう言った。
「メリークリスマス! ルーイ! 今日は本当に良く頑張ったね。お礼に私から君へのプレゼントだ。さあ、そりに乗った乗った!」
 サンタのおじいさんが指笛を吹くと、停まったまま一歩も動かなかったトナカイが空を駆けてこちらにやってきた。それを見た人々から驚きの声が上がる。
 サンタクロースに手を差し伸べられたルーイが乗ったそりは周囲の歓声を浴びる中、冬の空へと舞い上がった。
 そりから眺める景色は来たときと同じように美しかった。だけれど、ルーイにとってそれは何倍にも素晴らしいものに感じられた。
 それは彼の夢が叶ったからと、その景色が、サンタのおじさんから彼への心のこもったプレゼントだったからに違いない。
 それからルーイがサンタのおじさんとどこに行ったとかは、ボクはよく覚えていない。最後に覚えているのはルーイが自分のベッドで目を覚ましたことだ。

 目に映ったのは見慣れた天井だった。身体を起こすとそこはいつもの部屋で、窓からは日差しが差し込んでいた。床には昨日散らかしっぱなしだったオモチャが散らばっており、召使いのサラがそれを片付けていた。
 彼女はルーイが起きているのに気がつくと微笑んだ。
「あら? 今日は早起きなんですね。もうしばらくお待ちください。オモチャを片付けたら、お着替えを手伝いますから」
「いいよ、僕自分で着替えるから」
「まぁ! ルーイぼっちゃまが自分からおやりになるなんて……。何だか夢でも見ている気分ですわ……」
 ルーイはベッドから起き上がると、自分で着替えを始めた。それが終わるとまだ片付けをしているサラの元に近寄り、こう言った。
「それも僕が片付けるよ。サラはもういいから、休んでて」
 彼女はキョトンとした顔をすると、急に戸惑った。
「え? ル、ルーイぼっちゃま? 何もそこまでなさらなくても……。それは私たち召使いの役目なのですよ?」
「いいから、僕にやらせて」
 サラは初めの方こそ驚いたものの、今日が何の日かを思い出すと、もう何も言わなかった。
「ねぇ、サラ」
「なんでしょう?」
 サラが意地悪く笑う。
「いつも、ありがとね」
 少し照れくさそうにしながらも、彼女は微笑を浮かべていた。
「そのお言葉、一生頂けないものかと思っていました」
「えぇ! ひどいなぁ……」
「冗談ですよ。でも、サラはルーイぼっちゃまの召使いで良かったです」
「そっか……。僕もサラが傍にいると嬉しいよ」
 ルーイはオモチャを片付け終わると、サラに背を向けた。
「ねぇ、サラ。もう一つだけいい?」
「はい、なんでしょう?」
 それから、満面の笑顔でサラの胸に飛び込むとこう言った。


――――メリークリスマス!

わがままサンタのルーイ

わがままサンタのルーイ

貴族の息子であるルーイはとてもワガママで、いつも両親や召使いたちを困らせていた。そしてクリスマスの夜。彼は「サンタさんになりたい」という願い事をして床についたのだが……?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-12-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
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