7:35
いつもの朝
7時35分のバス。
乗る人はだいたい同じ顔ぶれ。
指定席のように、乗るところも暗黙の了解で決まっている。
人が少なくてガラガラだけど、私は絶対に座らない。
あの人が乗るところは、いつも決まって運転手さんのうしろ。
座るのが面倒なのか、譲っているのか、それとも何か理由があるのか
席が空いていても必ずそこに立つ。
名前も学年もわからない、あこがれの人。
わたしはいつもその後ろに立つ。
あの人に、いちばん近いところ。手を伸ばせば届く距離。
朝の幸せな20分間。
そして今日も安定の7時35分。
いつものようにあの人の後ろに立つ。
イヤホンをして、英単語を覚えているから、わたしのことなんてひとつも見ていない。
なにを聴いてるのかな。
今なんの単語を覚えたのかな。
朝なに食べたのかな。
なにひとつ分からないまま、学校に着いてしまう。
それもいつものこと。
早めに教室に着く。
やることもなくて、なんとなく花瓶の水を替えたり、
黒板をきれいにしたりして、みんなが来るのを待つ。
教室にたった一人。この空間がわたしは割と好きだ。
今日の二番乗りはだれかな。
ガラッ
「はよー。今日もはえーな!」
山本涼。
出席番号が前後で、高校では一番仲のいい男友達。
なかなか、憎めないやつ。
「おはよー。山本も手伝ってよー」
「しゃーねえなー」
最近はこいつの二番乗りが続いている。
だから、よくわたしの作業の続きを手伝ってもらったりしている。
ガラッ
「おはよ!あ、また亜紀と涼だ」
三番手は平野侑加。
高校入ってから仲良くなった友達。
いろいろとお世話になってる。
「侑加だーおはよ!」
「はよー」
「あはは、また涼は手伝わされてんの?」
だいたい、来るのが早いのはこの三人。
だから仲良くなったっていうのもあるのかもしれない。
穏やかな朝。
ゆるいこの空気も、わたしは好き。
そんなこんなしてるうちに、たくさん人が来て穏やかな時間は終わる。
いつもの幸せな朝。
朝がいちばん好き。
7:35
7時35分のバス。
入学して半年以上経つが、
このバスに乗ることはわたしの日課になっている。
少し早い時間に学校に着いてしまうため、乗っている生徒は少ない。
だけどそれはわたしにとっては好都合。
あの人に会うために、わたしは今日も7:35のバスに乗る。
帰り道
あの人に会えるのはいつも朝。
きっと放課後は部活してるんだと思う。
何部なのかなあ。
運動部かな、文化部かな。
・・・そんなことも、知らないんだな、わたし。
バスに乗ると、いつもあの人のことを考えてしまう。
帰りは同じバスに乗ることはないから、席にこだわりはない。
今日は、座ろうかな。
あ、窓側空いてる、ラッキー。
バスではいつも一人だから、イヤホンをつけて目を閉じる。
軽やかなギターのイントロが流れ出す。
ああ、やっぱこのバンド好きだな。
もうすぐシングル発売だなー・・・
と、音が止まる。
え、なに、イヤホン故障した?
焦って見ると、イヤホンの先がウォークマンから抜けている。
「よお。なに聴いてんの?」
「・・・なんだ、山本か。びっくりした、イヤホン抜かないでよ」
「呼んでんのに、返事しねーんだもん。隣いい?」
「・・・いいけど」
山本は、馴れ馴れしい。
よくいえば、フレンドリーってやつ。
「山本、今日部活ないの?」
「おー。子どもが熱出して、顧問が帰っちゃったから、ナシ」
「フーン・・・何部だっけ」
「おいおいそっからかよ!サッカーサッカー!イケメンだろ」
ブー
『えー、このバスは☆公園経由〇〇駅行きです』
あ、バス出発する。
行き先を確認しようと前を向いた、その瞬間―――…
え!?
あの人が、いる・・・!!
いつもの運転手さんの後ろ側に、立ってる・・・!
「おい、無視んなよーアキ!」
「ちょっと・・・!」
そんな大声で名前呼んだら、あの人に聞こえちゃう・・・!
「山本うるさい。黙っててお願い」
「アキの隣座れて、テンション上がってんの」
もう、山本の話は聞いていなかった。
あの人がいる。あの人がいる。あの人が・・・!
どうしてこの時間に?
・・・もしかして
「山本!あの人って、サッカー部?!」
声をひそめつつ、こっそりあの人を指差す。
「ああ、遊佐先輩?サッカー部だよ」
「遊佐っていうんだ・・・!」
「イケメンだろ。まあ、俺の方が・・・っておい、聞いてねえだろ」
7:35